2020年2月29日土曜日

外国メディアに従う人たち

 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で新型コロナウイルスの集団感染が起き、日本政府の対応が失敗したと欧米メディアが批判した。それを日本のメディアも大きく報じ、すぐに日本でも政府の対応を批判する声が高まった。それらの批判の多くは欧米メデイアに追従しているだけのように見えた。

 集団感染が起きたのだから日本政府の対応について批判されるのは当然だろうし、詳しく検証して反省点を今後の対応策に生かさなければならない。だが、欧米メディアが現場で日本政府の対応を綿密に取材して、独自の新しい情報を日本メディアより多く持っていたとも思われない。

 なぜ日本メディアなどは欧米メディアに追従しているように見えるのか。それは、欧米メディアの批判を紹介し、引用するだけで、日本メディアなどが独自の視点で批判することを行っていないからだろう。欧米メディアが示したのは新しい事実ではなく日本政府を批判する観点であったとすると、日本政府を批判したがっているが手掛かりに乏しい(?)メディアなどが追従するのは当然か。

 欧米メディアの指摘や主張が常に正しいわけではなかろうから、外国メディアの記事や主張を日本メディアが紹介・引用するには、①事実関係に誤りがない、②事実認識に偏りがない、③主張に応分の妥当性がある、などの検証が必要だ。だが、それらを検証した上で日本メディアが紹介・引用している気配は希薄だ。

 日本政府の対応を批判するときに日本メディアなどが外国メディアの批判を紹介・引用することは多い。その理由は、第一に、批判する独自の視点・言葉を持たないか希薄、第二に、欧米メディアを盾にして政府などの反発から身を守る、第三に、欧米メディアを崇めて自己の基準にしている、などが考えられる。

 「人のふんどしで相撲を取る」とか「虎の威を借る狐」「尻馬に乗る」などの言葉が思い浮かぶ。欧米メディアの日本政府批判に日本メディアなどが追従しているように見える光景は、日本メディアの価値を損ねている。日本メディアの国際的な影響力は限られているのが現実だろうが、欧米メディアに付和雷同していると見えては恥だろう。

 外国からの指摘や主張には貴重なものもあろうし、参考にすべき場合も多いだろう。日本国内では言いにくいことをズバリと指摘されることもあって、つい和を優先しがちな日本社会には有益な場合もあろう。だが、欧米メディアを参考にすることと追従することの見分けがつかない様子は、欧米を基準にする習い性と見える。欧米メディアの主張は、そういう見方もあると受け止めておけばいい。

2020年2月26日水曜日

基準は二転三転

 中国湖北省は2月13日から、検査でウイルス感染が確認されていなくてもレントゲンなどの画像診断で肺炎の特徴がみられた場合には「臨床診断」として新型コロナウイルスの感染者に加えたため、新たな感染者の数が大幅に増加した。この感染認定の変更がなぜ行われたのか、どこかからの指示があったのかは不明だ。

 ところが湖北省は20日、診断基準を変更したとして、「臨床診断」で感染者とされた人を差し引いて発表したので新たな感染者数は減少した。中国からの発表データに頼るしかない日本など外国メディアの中には、感染の勢いが鈍ったなどと早合点して報じたところもあったそうだ。

 認定の基準は二転三転する。翌21日に湖北省は、感染者の急減に関して「データ調整が疑念を招いた」として、「臨床診断」による感染者の数を差し引いて発表することを禁止、「再度、足し合わせる」とした。省トップは「確定診断病例の除外は許されず、責任者には厳しく責任を問い、感染状況のデータの透明性と正確性を確保していく」と述べたという。
 
 ウイルス検査で陰性であっても画像診断などで肺炎の症状のある患者を、新型コロナウイルスの感染者と認定するか認定しないか。認定した場合には、あらゆる肺炎の患者も新型コロナウイルスの感染者にカウントされ、認定しない場合は、検査で見つからなかった新型コロナウイルスによる肺炎の患者はカウントされない。

 新型コロナウイルスに感染した人から必ずウイルスが検出されるならば、判定が容易で、こうした混乱は起きなかっただろう。新型コロナウイルスに感染しても症状が長期間現れず、ウイルス検査で陰性と判定される人が多く存在するのならば、「臨床診断」の併用には合理性がある。また、患者の急増で医療現場が混乱している状況なら、「臨床診断」の併用は必要かもしれない。

 同一人に対するウイルス検査の結果が食い違う事例が世界で頻発していることを見ると、新型コロナウイルス検査の結果は絶対視できないようだ。症状はなく、検査で陰性を示しながら体内に潜伏するのが新型コロナウイルスだとすると、感染の広がりを抑えこむことは簡単ではないだろう。

 中国での認定基準の二転三転は、当局が数字を操作しているとの疑念を高めた。そうした疑念は以前からあったが、感染状況を世界が注目している中で当局が数字を修正して、減らしたり増やしたりした。厄介なのは、「臨床診断」による感染者数を含む数字が正確なのか、含まない数字が正確なのか、あるいは正確な数字は全く別なのか、外部から判別できないことだ。

2020年2月22日土曜日

信じるもの

 ユダヤ教・キリスト経・イスラム教に現れる神は世界を創ったという。他にも、神が世界を創ったという神話は世界各地にある。だが、そうした神の創ったという世界に、例えば、恐竜は登場しない。これが意味するのは、そうした創世神話は当時の人間の知見に基づいて組み立てられたということだ。

 神が実在するのか神が世界を創ったのか、立証するのは不可能だ。神の存在は信じるしかないから、宗教になる。現在の科学で解き明かされた地球史に背を向けて、神がこの世界を創ったと信じるのは個人の自由なのだが、科学的な知見に背を向けた宗教が影響力を持つことは弊害があるだろう。

 仏教では、生きることは生労病死という苦しみ・迷いの世界のサイクルの中にあるとし、そのサイクルから離脱するのは悟りを開いた人だけだとする。またブッダや諸仏に祈願することで救いがあるとされるが、これも立証は不可能で、信じるしかない。この世界が迷いや苦しみに満ちていると感じる人なら信仰しやすいのかもしれない。

 立証できない存在などに対する反応は、①信じる、②信じない、に分かれるが、「立証できない=存在の否定」ではないから、③判断を留保する、という立場がある。判断の留保とは、肯定も否定もしないことであり、論語に「怪力乱神を語らず」とあるのは、この③の立場に通じるかもしれない。

 政策など政治的な事柄に対する判断の留保は、うっかりすると現状追認になってしまう。だが、神の存在などのように立証が困難な事柄に対する判断の留保は、肯定することもできないし、否定することもできないということ。判断するための材料が不十分だと認識しているから、判断を留保せざるを得ない状態だ。

 神の創った世界に恐竜が存在しないことは、全能なる神は存在しないことを示している。だが、神の創った世界に恐竜は存在したが、神が人間に恐竜の存在を語らなかっただけとも解釈できるが、それも立証は困難だ。神の存在の立証は困難なので、その神の意志の存在も人間にとっては立証が困難で、信じたい人は信じるしかない。

 神の存在などに限らず立証できないものは日常においても珍しくない。例えば、インターネット上には、正しいのか間違っているのか真偽不明の情報が溢れている。そうした情報に対しても、①信じる、②信じない、③判断を留保、に分かれる。判断の留保を意識して行うことが、虚偽の情報に振り回されないためには効果があるだろう。

2020年2月19日水曜日

過剰なプライド

 中国の発表によると、2018年のGDPは前年比6.6%増の90兆309億元だという。日本円に換算すると1500兆円超になり、日本のGDPは548兆円だったので、中国の経済規模は日本の3倍近くにも成長した。米国は20兆4940億ドルで世界1位を続けている。

 軍事費で見ると、中国の2019年の国防予算は1兆1898億元(約20兆円)で日本の約3.8倍の規模。2000年に比べ約10倍に増えて世界2位になったというから、中国は軍事大国でもある。米国の国防総省予算案は6860億ドルで中国の約3.5倍になるが、中国の軍事関連予算はあちこちに別項目で振り分けられているとされるので、米国との差はもっと小さいかもしれない。

 さらに、購買力平価で見た経済規模では中国はすでに米国を抜いているといわれるから、国防予算額で中国は米国より少ないとしても、実質的な購買力で米国との差は縮まるだろう。物価水準を勘案すると中国の調達能力は相当に高く、技術力の向上もあって高性能の最新ハイテク兵器を装備するようになった。

 経済大国になり軍事大国になった国が、国際的な影響力の拡大を求めるのは歴史的には自然なことだ。中国も、欧米主導の国際秩序に対する異議申し立てを強めている。だが、欧米主導の国際秩序が公正でも公平でもないことは明らかなものの、中国の異議申し立てに対する賛同国は少ない。

 かつてソ連が欧米に対抗した時には、イデオロギーが国際的な影響力につながり、ソ連の賛同国も賛同者も世界に少なからず存在した。だが、中華思想には国際的な賛同を得る力はないだろうし、1党独裁や国家資本主義は同類の国だけが親近感を持つ。軍事大国としての中国を歓迎している国は見当たらず、中国が有する国際的な影響力は経済力だけというのが現状だろう。

 欧米主導の国際秩序に対する中国の異議申し立てに対する賛同が世界に広がらないのは、中国が自国の利益だけを目的に動いていることが見え透いているからだ。共有する利益が乏しければ賛同者は広がらない。つまり中国は何かの代表者、代弁者ではなく、ただ中国の利害で動いているだけだ。

 欧米以外で経済大国かつ軍事大国になったのは、かつては日本だけで、白人の世界支配に対する挑戦とみなす向きもあった。中国は非白人国家であり、かつて列強の侵略に苦しんだ歴史がある。だが中国は白人の世界支配に挑戦する代表にも、帝国主義に対する挑戦者にもなり得ていない。自己の文明に対する過剰なプライドと振る舞いが、賛同者を遠ざけているように見える。

2020年2月15日土曜日

将来予測とサイコロ

 これからサイコロを1回振って、例えば3が出る確率は6分の1だ。1から6まで、どの数字が出るのかは不確定だから、確率で示すしかない。前(過去)にサイコロを1回振ったときに3が出たのであれば、それは事実として起きたことであり、確かな記録となる。

 これからサイコロを1回振って、3が出ると予想したり予言したり期待したりすることは誰にでも可能だ。それらの予想や予言、期待の正当性を主張し、独自の理論で説明したりすることも誰にでもできるだろう。だが、それらの主張や説明にどんなに説得力があろうと、3が出る確率を変えることはできない(サイコロに細工でもしない限りは)。

 これからサイコロを振ることは未来における行為であり、何かの数字が出ることは未来における現象である。これからサイコロを振ることは止めることができるが、サイコロを振ったなら何らかの数字が出る。未来における行為はコントルール可能だが、その行為の結果としての現象をコントロールすることは難しい。

 サイコロを振るという行為は単純なもので、3が出る確率は6分の1とすぐ分かるが、世の中の出来事は多くの要素が複雑に絡んで起きている。未来における何かの出来事が生じる確率は、多くの要素を勘案しなければならず、時には膨大な計算を要する(例えば、気象予測)。

 未来において生じることは、確実なものと不確実なものが入り混じっている。例えば、次の日に世界のどこかで交通事故が起きることは確実だろうが、いつ、どこで交通事故が起きるのかは予測不可能だ。過去に交通事故が多く発生している場所や事故多発の時間帯などを総合して、交通事故の発生確率を算出することはできようが、その確率は統計的な確率でしかない。

 これから何が起きるのか未来を知りたいとの人間の欲望は強く、天気予報から相場予想、環境変動予想、国際情勢予想など様々な分野で将来予測が溢れている。だが、これから何が起きるのか人間は知ることができないのだから、将来予測の根拠は発生確率であり、確率に基づいた推論が将来予測である。

 将来予測が信頼を得るためには、①発生確率を明記する、②起こり得るケースを列記する、③推論は主観による判断であることを明記することが必要だ。ただし、発生確率が明記されたとしても推論が妥当であるとは限らない。推論を支えるのは主観であり、いくらでも飛躍できる。

2020年2月12日水曜日

何が事実か

 中国政府は2月11日、新型コロナウイルスによる死者が前日10日に108人増えて1016人になったと発表、武漢市で中国最初の死者が出たとの発表は1月11日だったので、1カ月で1000人を超えた。このウイルスが急速に致死率を高めたと見えるが、発表数字がコントロールされているとの疑念も払拭できない。

 中央政府であれ地方政府であれ、発表されるデータに対する疑念がつきまとうのが中国。こうした疑念があると、例え実態を正確に反映するデータが発表されたとしても、どれが正確で、どれが修正され粉飾されているのか見分けがつかない。だから、すべての発表数字を眉に唾をつけて見ることになる。

 中国は国内で情報統制を厳しく行っているが、中国の内部情報を外部(世界)に対して完全には遮断できず、真偽定かではないが、様々な情報が世界のインターネットに溢れる。それらは、新型コロナウイルスによる死者数は中国発表の数字より遥かに多いとするようだ。

 例えば、▽武漢に建設した火神山病院では毎日200~400人が軍部により運び出され、新しい患者が直ちに入室する。遺体は軍の車が運び出す(火神山病院は中国軍が管轄し、軍医が対応)。▽武漢市の火葬場が24時間稼働しており、自宅から運ばれる遺体が多く、死亡証明書の死因は「新型肺炎の疑い」が多い(発表される死者数は、感染を確定した患者の死亡者数。感染疑いのままで死亡した人を含まない)。

 欧米などのメディアが武漢市に入って自由に取材できれば、より正確な実態が判明するだろうが、中国政府の発表より実態が遥かに深刻だと判明すれば、中国のメンツは丸潰れになるとともに、人々の政府に対する信頼は急速に低下するだろう。それは中国共産党の1党独裁を揺るがす。

 何が事実か。新型コロナウイルスの感染が拡大して以来、中国政府や湖北省などが死者数や感染者数などを毎日発表し続けている。その数字に基づいてWHOや各国の医療関係者らが新型コロナウイルスの感染性などを議論しているが、それらの数字が実態とはかけ離れていたとしたなら、そうした議論に科学的な客観性は皆無となる。

 武漢市は人の移動を最大限減らすため全ての住宅地を「封鎖管理」し、北京市や上海市は市民の移動規制を実施。北京、上海、天津、重慶の4直轄市と他の80都市で都市封鎖または外出・移動規制が実行されている。2月11日発表の感染者は10日だけで2478人増え、4万2638人とされる。強権で人々の移動を禁止しなければならないほど感染の実態は深刻であると、中央政府も地方政府も認識してらしい。

2020年2月8日土曜日

批判の矛先を他に向ける

 不祥事を起こした組織や企業のトップらが謝罪会見で「お騒がせしましたことを、お詫びいたします。申し訳ございませんでした」などと言ってから立ち上がり、深々と頭を下げてみせる光景は日本では見慣れた儀式となった。ニュース映像ではトップらが頭を下げる場面を必ず流すので「お騒がせしました」の言葉もついてまわる。

 こうした会見の場面は、不祥事そのものではなく、世間を騒がせたことに謝罪のポイントを移したようにも見える。責任を曖昧にし、できれば回避したいと思うトップなら、騒がれていることが問題だとし、騒がれていることを謝罪して責任をとったことにして騒ぎを終わらせたいと考えるだろう。

 組織のトップに権力が集中し、君臨している場合には、組織や企業の内部からトップの責任を追及する動きは鈍く、トップに責任を取る意思がなければ、そうした動きは封じられるだろう。誤りを正し、正しい方向へ組織や企業を動かしたいと思う人は皆無ではないだろうが、「猫の首に鈴をつける」には具体的に動いて賛同者を増やすことが必要だ。トップが独裁する組織の内部では、そうしたトップ批判の動きは権力闘争とみなされよう。

 中国共産党は最高幹部が集まる政治局常務委員会を開催、「今回の疫病への対処であらわになった欠点や不足に対応するため、我々は国の緊急管理制度を改善し、緊急かつ危険な任務に対処する能力を高めなくてはならない」とした。日本では、強権で独裁する中国共産党が「欠点と不足」を認める異例の「反省」を表明した等と報じられた。

 1党独裁を続けるためには無謬性が欠かせないと中国共産党は、事実などが不都合であれば隠蔽したり、修正したり、時には「政治的に正しい事実」に変えたりする。だから、今回の「反省」は異例だと解釈もできようが、これは中央政府から地方政府に向けた粛清宣言だと解釈した方がいいだろう。

 会議を主宰した習近平総書記(国家主席)は「直接の責任者だけではなく、主要な指導者の責任も問う」と述べたそうで、地方だけではなく中央でも責任を問われる幹部が出てきそうだが、権力を自身に集めた習氏は責任を負わないと見える。何百人いや何百万人が死のうとも1党独裁を続けてきた中国共産党だから新型コロナウイルスごときでビクつきはしそうにない。

 世界が注視する中で事実などの隠蔽には限度があるから、「誰が悪いのか、誰に責任があるのか」と中央政府が動く。責任を追及する立場に中央政府を据えることで、批判の矛先を他に向けるという仕組みだ。権力を握って君臨するトップから「誰が悪いのか」と問われて、「お前だ」と言い返すことができる人は居そうにないし、居たならば何かの

2020年2月5日水曜日

偏西風と暖冬

 この冬は暖冬で雪が少ない。気象庁は、昨年12月以降「東・西日本を中心に気温がかなり高く、日本海側では降雪量が記録的に少なく」、2月にかけても「本州付近への寒気の南下は弱く、北日本から西日本の気温は平年より高く、日本海側の降雪量は平年より少ない見込み」とした。

 暖冬の原因として気象庁は、①日本付近において偏西風(亜熱帯ジェット気流)が北に蛇行した、ことを指摘する(熱帯付近の積雲対流活動がインド洋西部付近で平年よりも活発で、インドネシア付近では不活発となったことが影響した)。

 さらに、②正の北極振動により、寒気は北極域から中緯度域に南下しにくくなった。バイカル湖の北から沿海州付近で寒帯前線ジェット気流が明瞭となり、東シベリア付近の寒気が弱くなった、という(正の北極振動は、北極域の海面気圧が平年より低く、中緯度域の海面気圧が平年よりも高くなる現象)。

 正の北極振動がある一方、負の北極振動もある。それは、北極域の海面気圧が平年より高く、中緯度域の海面気圧が平年よりも低くなる現象。正の北極振動がある時には北極付近に寒気が蓄積され続け、負の北極振動では北極付近に蓄積された寒気が、中緯度地方に向かって放出される。

 大気は気圧の高いところから気圧の低いところに向かって風となって流れる。北極付近の気圧が高い時には蓄積された寒気が周囲(中緯度地方)に向かって流れ出すが、北極付近の気圧が低い時には寒気が周囲に流れ出さず、寒気が閉じ込められる状態になる。それが、この冬。

 気圧差を利用して空気の流れを制御することは日常でも多く、例えば、東京ドームは内部気圧を外より0.3%高くして屋根膜を支え、精密機器の製造に欠かせないクリーンルームは内部気圧を高めて外からの浮遊塵の侵入を防ぎ、病院には大気圧より高い気圧環境の中で酸素を吸入させて治療する設備がある一方、感染症患者を治療する病室は病原体を閉じ込めて拡散を防ぐため陰圧にする。

 気象に少しでも変調があると、すぐに気候変動と結びつける風潮が珍しくなくなったが、この暖冬は地球温暖化論を引っ張り出さなくても説明できた。北極からの寒気が張り出して北米などに大寒波をもたらしたことは過去に何度もあったから、北極振動の影響は「通常」の気象現象で、暖冬もあれば厳しい寒さの冬もあるのは「異常」気象ではない。

2020年2月1日土曜日

ドキュメント「情報操作」

 中国の武漢市や湖北省、国家衛生健康委員会による患者数と死者数などの発表を日付順に追うと次のようになる(2019年12月8日に武漢市は原因不明のウイルス性肺炎に感染した患者を初めて確認したとされるが、関連の報道は12月には乏しい)。

 <2020年1月>5日=上海市は病原菌が歴史上見たことのない新型コロナウイルスであることを突き止めた。
 9日=武漢市に中国政府が派遣した調査団が新型のコロナウイルスを検出(9日までに59人の患者が確認された)。
 11日=武漢市で男性(61)が死亡し、初めての死者。10日時点で41人が発症。15日=2人目の死者。武漢市の患者数が4人増え45人。17日=患者数が62人。
 20日=習近平が「重要指示」を発布。武漢市は18~19日に発症が確認された人が25~89歳の男女136人と急増し、計198人の患者のうち死者は1人増えて3人と発表。北京市と深圳市は計3人の発症を確認(武漢以外の中国での発症確認は初めて)。中国全体の発症者は201人。。
 22日=死者数は9人に増え、患者数は440人。23日=死者17人、感染者571人。24日=死者26人、感染者830人。25日=死者41人(武漢市内の病院で働く医師1人も死亡)、患者1287人。
 26日=患者数が1975人となり、うち56人が死亡。重症者324人(感染しづらいとみられてきた子供にも発症が拡大)。27日=死者は24人増えて81人、感染者は769人増えて2744人。
 28日=死者が100人を突破し106人、患者数は4515人。29日=感染者は5974人、死者数は26人増えて132人。30日=死者170人、感染者7711人(チベット自治区で初めて感染者が確認され、中国本土の感染は全ての省・直轄市・自治区に広がった)。31日=感染者9692人、死者213人。

 1月20日を過ぎてから発表される死者数と感染者数は急テンポで増えた。これは、①ウイルスが伝染性を強めた、②都市の封鎖などにより人々が閉じ込められ感染が拡大しやすい状況になった、③医療現場の混乱により放置されていたデータが収集された、④正確なデータを発表することが政治的に許された、⑤実態に合わせるように発表数字を調整している、など様々に解釈できる。

 更に、20日以降に発表されたデータが実態を正確に反映しているのかとの疑問を持つ人もいる。発表された感染者数がそう多くない段階で武漢市が急ピッチで病院建設を始めたことも、感染者数は発表より相当多かったとの推察を招いている。感染の広がりの実態は外部から判断しようがないが、情報操作がなされていたと考えると、今回の発表は格好な研究事例となる。