2023年11月29日水曜日

ユダヤ人と宗教

 民族の定義は複雑だ。辞書では「言語・人種・文化・歴史的運命を共有し、同族意識によって結ばれた人々の集団」「言語・宗教・生活慣習など文化的な共通意識を持っている人々の集団」などとなるが、例えば、中国人とは民族ではなく中国国家に帰属する人々のことで、ユダヤ人とはユダヤ教の信者のことで共に民族ではないという説がある。

 国際政治の分野では「自決権を行使できると見なされる人間の集団の単位」という意味でnationが使われている場合、これを「民族」と訳してきたが、社会学や文化人類学、政治学の分野では、自決権の行使とは必ずしも関わりを持たない社会的集団を意味するethnic group、society、community、tribeの翻訳語のとして「民族」が使われてきた(アジア経済研究所HP)。

 本質論では、血縁・性・身体的特性・社会的出自・言語・慣習など人にあらかじめ与えられたもの、自分の意思では変えられないもの、外から見て明らかなもの(客観的な属性)が集団を確定するとする。構築論では、集団は人々が他の集団との相互作用の過程で選択的に形成するものであり、目的にあわせて自分である程度自由に選び取れるものとし、外から見て必ずしも明らかでない帰属意識など(主観的な属性)が集団の確定に重要だと考える(同)。

 主観的な帰属意識などを重視する構築論からすると、ユダヤ教を信じるユダヤ人という存在への帰属意識が民族意識につながることがあるならユダヤ人は民族として成立することになる。キリスト教やイスラム教など特定の宗教への帰属意識が民族意識の形成に必ず結びつくものではないが、ユダヤ教の場合は信者が世界的に見て少数の集団に限られていることが信者=民族との解釈を招いた。

 ユダヤ人がローマ帝国に追放されたということを記録した信頼できる歴史的資料はなく、今のユダヤ人の祖先は世界各地でユダヤ教に改宗した人々であって、古代ユダヤ人の大部分はそのまま残り、その子孫は実は今のパレスチナ人だと説いたのはシュロモー・サンド氏。2008年に『ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか』がイスラエルでベストセラーになり、各国語に翻訳された。

 サンド氏の主張は、ユダヤ人が祖先の土地に戻るというシオニズム運動の根本を否定するものであり、ユダヤ人が世界各地から戻ってきて建国したイスラエルという国家の建国の正当性にも疑念を投げかけるものだ。サンド氏は、イスラエルはパレスチナ人を含む全市民に平等な権利を与える民主国家を目指すべきだとする。

 ユダヤ人の離散(ディアスポラ)を事実とし、欧州などで過酷な体験をしたユダヤ人に対する欧米諸国の同情と贖罪意識が、祖先の土地に戻るというシオニズム運動の容認につながり、イスラエルが建国された。信心深い人々がユダヤ人であるはずだが、今のイスラエルから伝わってくるのは「敵」に対する容赦のない無慈悲な攻撃姿勢だけだ。神に救いを求めても無駄だと見限った人々にとって、宗教は現世のことには関わらないものらしい。

2023年11月25日土曜日

枯れたりしない

 ザ・ローリング・ストーンズが2024年4月から米国ツアーを行うと発表した。4月28日のヒューストン(テキサス州)から7月17日のサンタクララ(カリフォルニア州)まで各地で16回のコンサートが予定されている。2カ月半で16回の公演になったのは、間隔を空けているためだ。

 ミック・ジャガーは1943年7月26日生まれで80歳、キース・リチャーズは1943年12月18日生まれで79歳だからもうすぐ80歳、ロン・ウッドは1947年6月1日生まれで76歳。引退して静かに悠々自適の余生を過ごしていても珍しくはない年齢だから、さすがに連日のライブはきつくなったのだろう。椅子に座ったままでライブを行う高齢のミュージシャンもいるが、そんな静かなライブは彼らには似合わない。

 悠々自適の余生を過ごすだけの資産は蓄えているだろうから引退してもおかしくはなく、ロック・ミュージシャンでも墓碑銘に名を連ねる人が多い年齢なのだが、彼らは活動をやめない。彼らは今年、新作「ハックニー・ダイアモンズ」を発表し、好評だ。オリジナル曲がメインのアルバムは18年ぶり(2016年にブルース・ナンバーをカバーした「ブルー&ロンサム」をリリースしている)。

 3人にはそれぞれ専属トレーナーがついて健康管理や体調維持などに細心の注意がはらわれているのだろうが、いくら周囲がサポートしても本人らに音楽活動を続ける意欲がなければ、バンド活動は続けられないだろう。創作意欲が衰えていないから新作アルバムを作り、ステージに立つ意欲と観客の前に身をさらす覚悟があるからツアーを続ける。

 3人に活動を続ける意欲があり、それを支援する周囲の環境があり、3人の活動を歓迎するファンが世界中にいる。論語では「四十にして惑わず」「五十にして天命を知る」「六十にして耳したがう」と続き、最後は「七十にして矩をこえず」とあるが、3人なら「八十にして引退せず世界を騒がす」だな(彼らは20代から世界を騒がし続けてきたのだが)。

 意欲といえば、山村や漁村や地方都市などで元気に働いている高齢者は珍しくなく、テレビの旅番組などでタレントが出会った住民と会話する中で、「82歳だよ」「90歳だ」などと話すのを聞いてタレントが驚く場面は珍しくない。元気で活動している高齢者は何らかの役割を意欲的にこなしている様子で、求められる役割があり、それに応える意欲があれば、簡単には「枯れたりしない」のは3人にも共通する。

 高齢になって枯れる(=欲望が薄れる)人は古潭の境地に達したなどと称賛されたりするが、枯れるだけが理想の高齢者の生き方ではない。やりたいことをやる高齢者が周囲に迷惑を及ぼすと暴走老人などと揶揄されたりするが、やりたいことがあって枯れたりしているヒマはないと生涯現役を貫くのも理想的な高齢者の生き方だろう。枯れたりしない人生は面白そうだと3人は示している。

2023年11月22日水曜日

タレントと才能

  大手芸能事務所に所属するタレントが、次々にヒット曲を放ち、やがてテレビでバラエティー番組の司会をこなしたり連続ドラマに出演したりと露出を増やして人気を得ていたとしても、どこまでが本人の才能なのか、どこまでが大手芸能事務所の演出やサポートによるものかは判別が難しい。

 大手芸能事務所を離れてから、そのタレントに本当に才能があるのかが見えてくる。曲作りの才能があり、歌うことが本当にやりたいことだったなら、そのタレントは音楽活動を続けていくだろう。だが、大手芸能事務所からあてがわれた曲を大手芸能事務所にあてがわれた舞台やテレビ局などで歌っていただけなら、大手芸能事務所から離れた途端に音楽活動を止めざるを得まい。

 過去のヒット曲を大手芸能事務所に取り上げられたとしても、そのタレントに音楽活動を独力で行う才能と意欲があるなら、自前で曲を用意して活動を続けていくだろう。資金力やスタッフなどの不足で大きな会場でのコンサートができなくても、小さなライブハウスは全国にある。また、演技者として才能があり、舞台に立ちたいのなら、大手芸能事務所のにらみが効かない小舞台などが活躍の場となるだろう。

 日本では、大手芸能事務所から離れたタレントの多くが、大手芸能事務所のにらみもあってテレビや雑誌などでの露出がなくなり、やがて目立たなくなっていく。ヒット曲を歌い、テレビドラマなどに出ていた過去があっても、歌手としても演技者としても評価が低いタレントは、大手芸能事務所の「あやつり人形」に過ぎないことが大手芸能事務所を離れると露呈し、タレントの人気は大手芸能事務所の演出やサポートに依存していたことが明らかになる。

 歌手や役者になることを目指した人なら大手芸能事務所から離れても活動を続けるだろうが、タレントになって人気と高収入を得ることが目的だった人は大手芸能事務所から離れると、できることは別の芸能事務所に入ることだけだ。そういうタレントにとって自己プロデュース能力とは、自分を盛り立ててくれる芸能事務所を見つけて所属することだ。

 人気と高収入を得ることが目的だったタレントは、露出し続けることが人気を維持するためには欠かせないと自覚し、音楽でも司会でもドラマでも、呼ばれれば何でもやる。呼ばれること=露出する場を用意するのが大手芸能事務所だけである場合、タレントは人気を得るために大手芸能事務所に従属するしかない。大手芸能事務所に従属して人気を得ていたタレントは、大手芸能事務所と離れたなら人気も失っていく。

 大手芸能事務所を離れてからタレントは、どんな才能があるのかを試される。人気や高収入が目的だったタレントの多くは、大手芸能事務所の演出やサポートがなくなれば、できることは何もなくなり、お呼びを待つだけの存在になる。やりたいことがあって芸能活動を行っていたタレントなら、大手芸能事務所と切れても自己プロデュース能力を発揮して、やりたいことをやるだろう。

2023年11月18日土曜日

欧州内で建国

 欧州においてユダヤ人は11世紀頃までキリスト教社会の中で異教徒として共存していたが、11世紀末の十字軍時代以降にユダヤ人に対する迫害が始まった。1096年にドイツでユダヤ人に対する襲撃事件が起き、各国で反ユダヤ人暴動が発生、虐殺もあった。大火や内乱、疫病の流行などがあるとユダヤ人が関係していると攻撃の口実にされた(世界史の窓HP)。

 13〜14世紀には欧州各国で、ユダヤ人は異教徒だとして激しい迫害が行われ、集団的な虐殺(ポグロム)も行われた。英仏やスペインではユダヤ人の国外追放や一定の居住地(ゲットー)への強制移住が行われ、14世紀の黒死病の大流行時には、社会不安の高まりもあってユダヤ人に対する迫害が最も広範囲で激しく行われ、60の大ユダヤ人集団と150の小集団が絶滅した(同)。

 16世紀の宗教改革でルターはユダヤ人がルター派に改宗しなかったので失望し、ユダヤ人を憎悪するようになり、プロテスタントの領主にユダヤ人を追放するよう要請した。カトリック教会はユダヤ人取り締まりを再開、ユダヤ教徒25人を火あぶりで処刑したほか、ゲットーに隔離し、ユダヤ人に差別バッチを付けることを強要した。カトリック圏でのユダヤ人迫害は19世紀中頃まで続いた(同)。

 18世紀に欧州で啓蒙思想が普及し、19世紀までにゲットーや宗教裁判は否定されてユダヤ人は解放された。しかし、帝国主義の時代になってナショナリズムが高まり、偏狭な人種主義が強まり、格好な攻撃目標とされたのがユダヤ人で反ユダヤ主義が広まって、ロシアや仏などで激しい迫害が行われた。一方、反ユダヤ主義に対する反発からシオニズム運動が盛んになった(同)。

 シオニズムとは、ユダヤ人が祖先の地とみなすシオン(エルサレム付近の名。現在のパレスチナ)を約束の地とし、戻って建国しようという運動で、ユダヤ人が欧州で生きることへの失望から出てきた。ユダヤ教とユダヤ人という「民族」意識に支えられたシオニズムは19世紀後半に誕生し、1917年に英国がバルフォア宣言で支持した。1920年以降、ユダヤ人の入植(移住)が推進されたが、パレスチナのシオニスト機関がアラブ住民の土地没収などを行い、アラブ住民との対立は激化した。

 反ユダヤ主義が蔓延した欧州にユダヤ人の居場所はないという状況から勢いを得たシオニズムは、欧州におけるユダヤ人と他の人々との共生を諦める思想でもある。ユダヤ人に対する迫害を繰り返してきた欧州の人々にとって、欧州からのユダヤ人排除にシオニズムは好都合だった。その結果として現在のパレスチナの状況がある。

 もし、イスラエルが欧州内で建国されていれば、現在のパレスチナの悲劇はなかった。1945年に戦勝国がホロコーストの責任として敗戦後のドイツを3分割し、その一つをユダヤ人の国としていれば欧州の多くのユダヤ人が集まり、現在のイスラエルとは全く異なる国になっていただろう。ただし、年月とともにドイツにおいて国土回復運動が勢いを得て、ユダヤ人の国と対立が起きた可能性はある。

2023年11月15日水曜日

移民の押し付け合い

 米NY市に13万人を超す中南米やアフリカなどからの移民が到着し、「受け入れの限界を超えた」と市長。移民はメキシコから国境を抜けて米国に入ってくるのだが、止まない移民の流入に対応せざるを得ない南部のテキサス州などが、専用バスを用意して移民をNY市や首都ワシントンなどに送り続けている。南部が北部に移民を押し付けている状況だ。

 これは、流入する多数の移民を持て余している南部が、不法移民の人権を尊重し、保護するNY市などに、「綺麗事ばかり言うなら、そっちで面倒を見ろよ」と移民を送り込み始めた結果だ。昨年春から今年10月までに13万人以上となり、昨今でも約600人/日が到着するという。米国には約300の聖域都市(郡や州も含む)があり、不法移民の強制送還に反対するなど移民に寛容な行政を行っている。

 必要のある人にシェルターを提供するNY市では移民がホテルや仮設住宅などのシェルターにあふれ、ホテル前などで路上生活をする移民も多く、滞在費や食費、移民の子供の教育費などの財政負担が増大した。不法移民の人権や尊厳は守られなければならないという考えは正しいが、実際に移民が殺到すると、膨大な生活コストを負担しなければならなくなり、移民を受け入れた側にのしかかる。

 NY市は連邦政府に援助や国境管理の強化などを求め、バイデン政権は、建設を中止したメキシコ国境の壁について判断を変え、建設を続けることを認めることを余儀なくされた。NY市長は22年8月に「ニューヨークは移民の街だ。常に新たな移民を歓迎する」と述べ、移民を送りこむテキサス州知事を「思いやりの心がない」と批判していたが、今年10月には移民危機として非常事態を宣言した。

 殺到する移民の押し付け合いはEUでも起きている。地中海をわたって押し寄せる移民を大量に受け入れているイタリアは、移民をEU内で再配分するよう求めたが他のEU諸国は難色を示し、さらにイタリアと国境を接する仏とオーストリアは国境管理を強化している。移民を本国に送還するにもコストがかかり、移民の出身国が帰国を認めないこともあるという。

 10月にEUは緊急時の国境管理の厳格化を認める移民抑制策で合意した。報道によると、①移民が急増する緊急時にEU加盟国は「特別なルール」を適用できる、②移民希望者を国境の施設で数カ月とどめる、③資金支援と引き換えに移民希望者を他の加盟国に移送して受け入れ審査を引き継げるーなどの内容だ。移民は大歓迎だと積極的に引き受けるEU加盟国はなくなり、移民を押し付けあっている現在、今回の抑制策が有効に機能するのかは未知数だ。

 家族と離れ故郷を後にして米国やEUを目指す移民の事情は様々で、同情すべき面もあるだろうが、受け入れ側は移民の生活を当面「丸抱え」しなければならず、移民の増加に伴ってコスト負担は大きくなる。移民の急増が遠くの場所で起きているならば、移民は保護されるべきだと「正論」を主張することもできようが、移民受け入れの当事者となれば「正論」は現実に押されて後退する。

2023年11月11日土曜日

欧米主導の世界秩序

 1989年11月9日の夜、ドイツを東西に隔てていたベルリンの壁が人々の手により崩され、同年12月22日にルーマニアでチャウシェスクの独裁統治が人々により打倒された。人々の自由などを求める動きは活発化し、東欧諸国は次々と体制転換を余儀なくされ、民主主義を基本とする体制へと移行した。

 ソ連も1991年12月に崩壊してロシアへと移行した。当時の中国は1989年6月の天安門事件を経て経済開放路線のもと、経済の急成長を続けていて、「豊かになれば民主化する」との期待が西側で広がっていた。共産主義諸国の相次ぐ体制崩壊で「人々には自由。政治は民主主義」という欧米由来の国家体制が体制間の競争に勝利したとの楽観論も現れた。

 当時、「人々には自由。政治は民主主義。経済は資本主義」という欧米由来の国家体制の国以外に、豊かで政治的に安定している国はなく、米国などが「人々には自由。政治は民主主義。経済は資本主義」は普遍的であるとの主張を声高に続けていることなどもあってか、冷戦後の世界は欧米由来の価値観一色で塗られるとの見通しさえ出ていた。

 現在の世界は、中国が世界2位の経済大国になるとともに欧米の価値観を批判しつつ独自の価値観の主張を始め、一度は民主主義国に移行したロシアは権威主義の国家に先祖返りし、中東やアフリカなどの多くの破綻国家で武装勢力が権力を掌握するなど「人々には自由。政治は民主主義」に反する国家が続々と現れている。

 これらの現象が示すのは世界構造の大きな転換期だということだ。民主主義や自由、人権など西欧由来の価値観が普遍性を持たないという現実の中で、民主主義や自由、人権など西欧由来の主張が相対視され、「そういう考えもあるんだね」程度に冷ややかに見られる世界になったとも見える。民主主義などを掲げる欧米諸国の、それらを都合よく使い分ける二重基準の欺瞞性が明らかになり、普遍性だとの主張に説得力がなくなった結果でもあろう。

 政権の正当性に民主主義を装うことが必須だと考えられていた時代は冷戦終了後、長く続いたが、権威主義や独裁でも国家は成立し、中国のように豊かにもなることができると実証された。これは「人々には自由。政治は民主主義」が普遍的だとの欧米主導の世界秩序形成が崩壊し始めたことを示す。欧米主導の世界秩序が欧米に有利な構造であることに対する不満を各国が隠さなくなったともいえる。

 だが、欧米主導の世界秩序に代わる世界秩序の姿は見えず、諸国が対立し、時には武力をも辞さずに争う混乱の世界が現れてきた。自由や人権、民主主義などの理念に普遍性はあるのだが、世界の現実政治の中でその普遍性は色褪せた。各国が自己主張するだけの無秩序の世界では弱肉強食が基本となろう。もう一度、自由や人権、民主主義などの理念が普遍性を獲得するには、例えば、諸国を巻き込んだ大規模な戦争の惨禍を人類が体験する行程を経る必要があるのかもしれない。

2023年11月8日水曜日

カタカナ表記の意味

  英語などの外国語をカタカナ表記した言葉の氾濫に対する批判は以前から多かった。だが、カタカナ表記の言葉は増える一方で、コンピューターが普及し、インターネットにより情報の国境の壁がほとんどなくなったこともあってか外国語のカタカナ表記の増殖は止まらない。英語に堪能な日本人が増えたのなら慶賀の至りだが、英語に堪能になったのならカタカナ表記よりもアルファベット表記のほうが理解しやすいだろう。

 最近では行政が打ち出す施策にもカタカナ表記が増え、中には長ったらしいカタカナ表記が混じることも珍しくない。環境保全やら持続的発展やら欧米由来の政策に追随することに励んでいて、日本人に理解しやすい言葉に翻訳する努力を放棄し、カタカナ表記にして済ませている景色だ。自国語を尊重しない日本の行政。

 外国語のカタカナ表記を見て誰もが、その意味することを即座に理解しているとはいえまい。外国語のカタカナ表記の欠点は、意思伝達手段である言葉の機能を失わせることだ。例えば、「ソーシャル・ディスタンス」という言葉が日本で広く使われているが、英語では偏見などによる心理的距離を意味する一方、「ソーシャル・ディスタンシング」は、人と人の物理的な距離をとることを意味する。

 日本では感染予防のため「ソーシャル・ディスタンス」が使われ、「ソーシャル・ディスタンシング」は使われない。カタカナ表記にすることで本来の意味から離れ、日本独自の意味を持たされる。日本人の多くが「ソーシャル・ディスタンシング」のつもりで「ソーシャル・ディスタンス」の言葉を使うが、外国に行ってうっかり「ソーシャル・ディスタンス」を使うと、時と場合によっては誤解を招きかねない。

 すでに定着した外国語のカタカナ表記の言葉も多く、辞書に載っている言葉も多い。だが増殖するカタカナ表記の言葉の多くはまだ社会的に共有されているとは限らず、その意味するものを誰もが理解しているとは言えないようだ。それは、カタカナ表記の言葉が伝達手段としては不完全であり、意思疎通を阻害することもあることを示す。

 外国語のカタカナ表記が増殖する一因は、日本人の翻訳能力(=造語能力)が衰えたためだろう。外国語を日本語に翻訳するためには日本語能力が豊かでなければならないが、すでに漢文や日本の古典を読む人が少なくなり、漫画やアニメが大勢力となった環境で育った人々に高い日本語能力を期待するのは無理なのかもしれない。

 外国語のカタカナ表記が増殖する背景には、欧米発の概念を尊ぶ日本人の欧米コンプレックスと欧米発の概念で自己を飾ろうとする個人の欲がある。他人と意思疎通し、他人を説得しようとするなら、意味を共有できる言葉を使わなければならないが、理解されにくいカタカナ表記の言葉を多用する人は、相手に理解ではなく自分への従属を求めているのかもしれない。

2023年11月4日土曜日

権利か迷惑か

 全米自動車労組(UAW)は9月15日から、▽賃金を4年間で40%引き上げる▽賃金をインフレ率と連動させる生計費調整の復活▽新規雇用の労働者の賃金を低く設定する給与体系の廃止▽EVへの移行に伴う雇用の確保などを要求して、ビッグ3社の工場を指定してストライキに突入した。ストには3社の組合員約15万人のうち5万人近くが参加したという。 

 10月末にUAWは3社と相次いで新たな労働協約で暫定合意し、1カ月半に渡ったストライキは終了した。合意内容は、▽4年半で25%の賃上げ▽熟練労働者の最高賃金を33%引き上げ▽退職者に2500ドルの一時金を支払う▽生計費調整の復活▽年金支給乗率の増加▽一部の工場での従業員を二分する給与体系の廃止などと報じられ、労働者側が勝ち取った成果は大きい。

 米国では2021年春から物価上昇が続き、2022年6月には消費者物価指数(CPI)が9.1%にもなり、23年6月には3%に下がったものの7月からまた上昇気配だった。インフレは労働者の生活を直撃するので人々は黙って耐え忍んだりしない。労働組合が賃上げを求めたり、ストライキを行う動きが米国で広がり、組合員33万人の物流大手UPSの労働組合は賃金の引き上げを求め、パートの賃金を5年間で48%引き上げるなどの内容で合意し、ユナイテッド航空のパイロット組合は4年間で40%の賃金の引き上げで会社側と合意したという。

 欧州でも物価上昇が続き、労働需給の逼迫もあって各国で労働組合が賃上げを求めてストライキを行っている。航空会社や鉄道会社、エネルギー産業、公共部門、郵便、コールセンター、看護師、医師、港湾労働者、消防士、教員など多く職種に賃上げ要求ストライキが拡大した。CPIが10%を超え、家庭の平均光熱費は80%上昇する見込みという英国でも多くの職種の労働組合がストライキを行った。

 コロナ禍で各国でエッセンシャルワーカー(必要不可欠な労働者)が社会を支えていることが明らかになった。小売や運輸・物流、医療・介護、行政、交通、公共サービズ、ライフライン、第一次産業などで人々が出勤して働くことによって社会が機能しており、リモートワークだけでは社会は回っていかないことが示された。そうして働く人々の多くは富裕層ではないだろうから物価やエネルギー費、光熱費などの上昇によって生活が脅かされる。

 「こんな賃金ではやっていけない」と労働者が賃上げを求め、ストライキも辞さないのは労働者の権利であり、自然な展開だ。だが、日本でも円高や原油高などにより物価上昇が続いているが、賃上げを要求して労働組合がストライキを決行する事例は少ないようだ。労働組合がストライキを行うとマスメディアは利用者の声を取り上げるが、それは「こっちの迷惑も考えて欲しい」といったものが多く、日本ではマスメディアは常に会社側に寄り添うように見える。

 賃上げを求めて闘わない日本の労働組合だが、組織率が過去最低の16.5%(推定、2022年)に低下し、組合数も組合員数も減少が続いている。政府や日銀から脱デフレには労働者の賃上げが必要だとの声も聞こえるが、そんな「追い風」にも労働組合の動きは鈍く、春闘という労組の晴れ舞台まで力をためている気配だ。もしかすると、権利の行使よりも我慢することが賞賛される日本社会で組合員も組合も、ストライキは迷惑をかけると自重し、我慢して耐え忍ぶことを選んでいるのかな。

2023年11月1日水曜日

クマの個体数

 今年、日本では東北地方を中心に北海道から北陸まで全国各地でクマの出没が相次ぎ、農山村のみならず市街地でも目撃例が増えている。遭遇したクマに襲われて負傷する被害も多発しており、最も多かった3年前の158人をすでに上回る172人に達したとNHKが報じた(10月29日現在)。10月に入ってからの被害が各地で増えたという。

 山菜やキノコなどを採るため山林などに入った人が被害に遭う事例は例年発生しているが、今年はクマが人里に現れ、遭遇した人が襲われる事例が多発している。クマの出没とクマによる被害のニュースを世間はまだ冷静に受け止めている気配だが、もし子供がクマに襲われて負傷したり、殺される事例が発生したなら世論は一気に変わる。世論は沸騰して「行政は何をやっていたんだ。こうした事態は予見できたはずだ」と行政に対する批判のボルテージは高まるだろう。

 クマの出没が増えた要因として、①今年は夏の猛暑によりクマが食べるドングリなどが不作で少ない、②クマの個体数が増えている、③狩猟者の減少やクマの世代交代によって人間の怖さを知らないクマが増え、人を恐れなくなった、④餌を求めてより広範囲にクマが行動するようになった、⑤農山村の過疎化などで耕作放棄地が増え、クマの隠れ場所が拡大して行動範囲が広がった、⑥市街地の柿の木などに実る果実を食べに人里にもクマの行動範囲が拡大した、⑦クマの生息域にまで市街地が拡大したーなど様々な推測がある。

 野生生物の保護は「正しい」ことと世界的にされ、各国で野生生物が保護されるようになり、生息数を増大させる野生生物も珍しくなくなった。その結果、クマなどと人の遭遇が増えた。欧州最大のヒグマの生息地のルーマニアでは、クマが人や家畜を襲う事例が増加し、当局は殺処分を認めるヒグマの年間上限頭数を50%増の220頭まで大幅に引き上げた。観光客による餌付けや、施錠されていないゴミ箱に放置された食べ物が誘因となってクマが出没するようになったという。

 日本でも知床などの観光地では以前から、観光客が不用意にクマに接近したり餌付けすることが問題化していた。観光客にとってクマは日常生活には存在しない珍しい野生生物だろうが、住民にとってクマは共存せざるを得ない肉食獣であり、「クマが日常にいる暮らしはロマンチックなものでは全然ない」とルーマニアの元環境相。ルーマニアの山間部の住人は、クマは怖いが「共存に慣れただけだ。他に道はない」。

 日本でもクマの個体数は増えていると推定されている。本当に増えていて、それが市街地などへの出没につながり、被害に遭う人数を増大させているのだとすれば、人との共存に適切な個体数にクマを管理するしかない。ルーマニアはクマの個体数を約8000頭と推定しており、220頭まで殺処分数を引き上げても、おそらく種の絶滅などの懸念はないだろう。

 問題は、日本ではクマの個体数がぼやけていることだ。どれだけクマが増えているのか誰も知らず、クマの個体数を適切な範囲に管理しようとしても、根拠となる数字がない(推定の個体数は発表されていても、上下の幅が広すぎたりして、実態はぼやけている)。政策の根拠となる数字がぼやけているのだから、クマに襲われる被害が深刻化すると、世論に押されてクマの殺処分が先行するかもしれない。