ジャーナリズムは真実を探求すると言われる。隠蔽されている不祥事を暴き、企業・団体の発表や官僚、政治家らの発言の信憑性を検証し、社会に存在する様々な問題を掘り起こして可視化したりするのがジャーナリズムだとされ、真実の追求が正義の追求でもあると時には意識されたりする。
「真実は一つ」であるなら真実は絶対的なものとなり、そうした真実を追求するジャーナリズムを正義の追求者とみなす人がいることも理解できよう。だが、常に「真実が一つ」であるのか。むしろ立場によって複数の真実が主張されることは珍しくなく、ジャーナリズムの主張する真実も批判の対象になる。
真実が立場により異なるのは、立場によって物事が違って見えることからだ。様々の角度から取材して多くの情報を集め、それらをつき合わせて全体像を浮かび上がらせ、報じるのがジャーナリズムだが、立場によって異なって見える真実とジャーナリズムが報じる真実(全体像)が、必ず一致するとは限らない。
ジャーナリズムが報じる真実(全体像)に対して、一つの解釈に過ぎないとの批判は様々な立場から発せられる。真実は立場によって様々あると認めるとジャーナリズムの役割・機能・評価は限定的なものとなる。謙虚なジャーナリズムがあれば、そうした批判を認め、そうした批判と共存しようとするだろうが、まだ謙虚なジャーナリズムはあまり見かけない。
インターネットが大衆化したことで、様々な情報や意見を誰でも目にすることができるようになった。ジャーナリズムが真実の主張を独占することはできなくなり、立場によって様々な真実があるとの理解も共有されるようになった。こうした変化は、社会におけるジャーナリズムの役割を変化させる。
様々な情報、意見がインターネットに溢れる世界で、ジャーナリズムの役割は何か。真実の探求を掲げ、正義を振りかざすことは批判や反感を招くだけだろう。多くの情報や意見が溢れる日常でジャーナリストに求められるのは、「針路」を示す手がかりを提供することだろう。
真実は常に一つではない世界で、社会に存在する不祥事や嘘、隠蔽などを世間に晒すことはジャーナリズムに引き続いて求められる。ジャーナリズムが真実の追求を放棄する必要はないが、その真実が絶対的なものではないと自覚し、合理的な説明をどこまでも追求する必要がある。満足な説明ができない対象には説明責任を追求し、虚偽の説明があれば糾弾する。真実をジャーナリズムが独占できた時代は終わった。
2020年3月28日土曜日
2020年3月25日水曜日
致死率の差
日本政府は検査数を抑制して、新型コロナウイルスの感染者数を少なく見せているとの批判がある。一方、感染者の多くは軽症であり、高齢者や基礎疾患がある人の検査を優先したから日本では、病院が様々な感染者であふれて対応が追いつかなくなる医療崩壊を阻止できているとの指摘がある。
検査数を増やせば感染者が増えると各国の例から推察できる。検査数を増やして感染者をできるだけ多く見つけ出して隔離することは、致死率が高い疫病の場合は最優先で行うべきだ。だが、新型コロナウイルスは、「8割の患者は軽症のまま治癒」し、「2割の症例で肺炎症状が憎悪し入院」「約2〜3%で致命的」という(厚労省サイト)。
インフルエンザに比べると新型コロナウイルスの致死率は高いようだが、軽症や無症状の人を早期に徹底的に見つけ出して隔離することが最優先の対策かどうか判断が分かれる。感染の実態を正確に把握するためには徹底的に検査すべきだろうが、重症者の数が限られている状態なら感染者はそう多くないと推定できよう。
各国が公表する累計の検査数(3月13日現在)は、中国が32万件と最も多く、韓国25万件、イタリア8万6000件、ロシア7万7000件、英国3万件、米国1万4000件などとなる。日本は3万2000件。中国は独自に簡易検査用の診断キットを開発し、現場の医療機関などで検査を行っているという。
新型コロナウイルスの致死率は国によりバラツキが大きい。WHOは致死率を3.4%と発表したが、各国の致死率(3月22日現在。カッコ内は死者数)は、イタリア9.0%(4825)、インドネシア8.4%(38)、イラン7.5%(1556)、フィリピン6.3%(19)、スペイン5.4%(1381)、英国4.6%(233)、中国4.0%(3261)、フランス3.9%(562)、オランダ3.7%(136)、ベルギー2.4%(67)、トルコ2.2%(21)、米国1.2%(307)、韓国1.2%(104)、スウェーデン1.1%(20)、スイス0.9%(56)、ポルトガル0.9%(12)、ドイツ0.3%(46)などとなる。日本は3.4%(36)。
各国の致死率の違いは、衛生状態や医療体制、人々の健康状態など様々な要因が関係するのだろうが、バラツキ度合が大きすぎる印象だ。新型コロナウイルスの致死率は何かの因子に大きく影響されるのか、適切な医療を施している国では致死率を下げることができるのか、世界は模索の真っ最中だ。
検査数が少ないとの批判が向けられている日本だが、死者数は、中国や急増する欧米諸国に比べて低位にとどまっている。感染者数と死者数に比例関係があるのなら、死者数が低位の日本は感染者数も低位であると推定できる。ただ、それが成り立つには、新型コロナウイルスの致死率が世界的に同程度であることが必要になる。致死率のバラツキが存在し続けるなら、死者数で感染者数を推定することはできない。
検査数を増やせば感染者が増えると各国の例から推察できる。検査数を増やして感染者をできるだけ多く見つけ出して隔離することは、致死率が高い疫病の場合は最優先で行うべきだ。だが、新型コロナウイルスは、「8割の患者は軽症のまま治癒」し、「2割の症例で肺炎症状が憎悪し入院」「約2〜3%で致命的」という(厚労省サイト)。
インフルエンザに比べると新型コロナウイルスの致死率は高いようだが、軽症や無症状の人を早期に徹底的に見つけ出して隔離することが最優先の対策かどうか判断が分かれる。感染の実態を正確に把握するためには徹底的に検査すべきだろうが、重症者の数が限られている状態なら感染者はそう多くないと推定できよう。
各国が公表する累計の検査数(3月13日現在)は、中国が32万件と最も多く、韓国25万件、イタリア8万6000件、ロシア7万7000件、英国3万件、米国1万4000件などとなる。日本は3万2000件。中国は独自に簡易検査用の診断キットを開発し、現場の医療機関などで検査を行っているという。
新型コロナウイルスの致死率は国によりバラツキが大きい。WHOは致死率を3.4%と発表したが、各国の致死率(3月22日現在。カッコ内は死者数)は、イタリア9.0%(4825)、インドネシア8.4%(38)、イラン7.5%(1556)、フィリピン6.3%(19)、スペイン5.4%(1381)、英国4.6%(233)、中国4.0%(3261)、フランス3.9%(562)、オランダ3.7%(136)、ベルギー2.4%(67)、トルコ2.2%(21)、米国1.2%(307)、韓国1.2%(104)、スウェーデン1.1%(20)、スイス0.9%(56)、ポルトガル0.9%(12)、ドイツ0.3%(46)などとなる。日本は3.4%(36)。
各国の致死率の違いは、衛生状態や医療体制、人々の健康状態など様々な要因が関係するのだろうが、バラツキ度合が大きすぎる印象だ。新型コロナウイルスの致死率は何かの因子に大きく影響されるのか、適切な医療を施している国では致死率を下げることができるのか、世界は模索の真っ最中だ。
検査数が少ないとの批判が向けられている日本だが、死者数は、中国や急増する欧米諸国に比べて低位にとどまっている。感染者数と死者数に比例関係があるのなら、死者数が低位の日本は感染者数も低位であると推定できる。ただ、それが成り立つには、新型コロナウイルスの致死率が世界的に同程度であることが必要になる。致死率のバラツキが存在し続けるなら、死者数で感染者数を推定することはできない。
2020年3月21日土曜日
増殖する非日常
欧州諸国や米国などでも新型コロナウイルスの感染者が急増し、各国政府は人々の外を制限して屋内での退避を義務づけ、飲食店や小売店などの営業やイベントや集会を禁止、学校を休校させ、さらには外国人の入国を規制するなど次々と強制的な対策を講じている。
新型コロナウイルス騒動は中国を始めとするアジアの問題だと眺めていた欧米の人々は、平穏な日常を失った。非日常に直面し、自分や家族が感染するのではないかとの不安に怯えつつ、経済活動がほぼ停止したことによる将来の見通しがつかない不安も感じつつ、生き延びるための食糧や日用品の確保に懸命だ。
各国で人々は買い溜めに急ぎ、スーパーマーケットなど量販店の商品棚が空になった様子が報じられている。各国の量販店は購買個数の制限を導入し、オーストラリアではトイレットペーパーを巡って乱闘が起きたという。人々が争って買うことが多くなったからか高齢者だけの入店時間を設定する店舗も出てきた。
9年前の3月11日午後2時46分、日本でマグニチュード9.0の大地震が起き、瞬時にして多くの人々が非日常の中に放り出された。東北を中心に広く各地の沿岸を襲った巨大津波はテレビで中継され、それを見た地震の被災地以外の多くの人も「これは現実なのか」と、非日常の感覚を共有しただろう。共有といっても、被災地の人々と同じ非日常の感覚ではなかっただろうが。
平穏な日常から突然、非日常の中に放り出される経験は日本人の多くが経験している。毎年のように日本のどこかで大きな地震が起き、被災者は非日常に直面する。日本人の多くは、余震が続き、ライフラインが失われた中で生存や生活の不安に怯えつつ非日常を生き延び、やがて日常に復帰する体験を持つ。
非日常といっても、その具体的な現れ方は様々だ。日常が、人により居住地により国により大きく異なるだろうから、非日常も異なる。電気や水道などライフラインが整備されていない中で暮らす人にとっての日常は、都市居住者の非日常かもしれない。
大地震が少ない欧米の人々の多くは日本人ほど非日常の経験を持っていないようだ。だが、都市の生活者が買い溜めに急ぎ、量販店の商品棚が空になる光景はよく似ている。それは、都市における生活環境が国を問わず、よく似ているからだろう。非日常に直面し、生存や生活の不安に突き動かされた人間の行動様式には国境がないことが今回の新型コロナウイルス騒動から見えてきた。
新型コロナウイルス騒動は中国を始めとするアジアの問題だと眺めていた欧米の人々は、平穏な日常を失った。非日常に直面し、自分や家族が感染するのではないかとの不安に怯えつつ、経済活動がほぼ停止したことによる将来の見通しがつかない不安も感じつつ、生き延びるための食糧や日用品の確保に懸命だ。
各国で人々は買い溜めに急ぎ、スーパーマーケットなど量販店の商品棚が空になった様子が報じられている。各国の量販店は購買個数の制限を導入し、オーストラリアではトイレットペーパーを巡って乱闘が起きたという。人々が争って買うことが多くなったからか高齢者だけの入店時間を設定する店舗も出てきた。
9年前の3月11日午後2時46分、日本でマグニチュード9.0の大地震が起き、瞬時にして多くの人々が非日常の中に放り出された。東北を中心に広く各地の沿岸を襲った巨大津波はテレビで中継され、それを見た地震の被災地以外の多くの人も「これは現実なのか」と、非日常の感覚を共有しただろう。共有といっても、被災地の人々と同じ非日常の感覚ではなかっただろうが。
平穏な日常から突然、非日常の中に放り出される経験は日本人の多くが経験している。毎年のように日本のどこかで大きな地震が起き、被災者は非日常に直面する。日本人の多くは、余震が続き、ライフラインが失われた中で生存や生活の不安に怯えつつ非日常を生き延び、やがて日常に復帰する体験を持つ。
非日常といっても、その具体的な現れ方は様々だ。日常が、人により居住地により国により大きく異なるだろうから、非日常も異なる。電気や水道などライフラインが整備されていない中で暮らす人にとっての日常は、都市居住者の非日常かもしれない。
大地震が少ない欧米の人々の多くは日本人ほど非日常の経験を持っていないようだ。だが、都市の生活者が買い溜めに急ぎ、量販店の商品棚が空になる光景はよく似ている。それは、都市における生活環境が国を問わず、よく似ているからだろう。非日常に直面し、生存や生活の不安に突き動かされた人間の行動様式には国境がないことが今回の新型コロナウイルス騒動から見えてきた。
2020年3月18日水曜日
壁としての国境
新型コロナウイルスが「壁」としての国境を復活させた。ドイツは隣接するフランス、スイスなど5カ国との国境で検問を始めた。通勤など以外での外国人の入国を規制し、感染者が入国する可能性を最小にする。物流は規制しないとするが、これは人的な国境封鎖だ。
欧州諸国はシェンゲン協定により国境での入国審査を撤廃して人の自由な移動を実現していたが、新型コロナウイルスの感染拡大が欧州で加速し、各国は次々に国境での管理を復活させている。人の自由な移動がイタリアなどから感染者を欧州諸国に拡散させたとの指摘もあって、急速な感染者増加に直面するドイツなど各国は国境を封鎖せざるを得なくなった。
さらにEUは感染拡大を抑制するためとして、第三国からEUへの渡航を30日間原則禁止する。自由な人の移動はEU内でも失われはじめ、EU外からの入域をも制限する光景は、EUの理念や存在意義の後退に見える。地域統合が新型コロナウイルスの感染拡大で否定され、個別国家の主権の回復で感染拡大に対応している格好だ。
人の自由な移動を制限するのは欧州のみではない。米国は欧州諸国からの入国を禁止し、感染者の増加はまだ穏やかなアルゼンチンなど南米の諸国も国境を封鎖し、欧州などから外国人の入国を制限した。陸路でも空路でも海路でも人の移動は世界で制限され、開かれた世界から、国境で区切られた世界に戻りつつある。
20世紀末から、国境を超えて人や資金、モノが自由に移動するグローバリズムは進展し、世界の一体化は進む一方で、国境の意味は薄れていくばかりとの印象だったが、新型コロナウイルスが国境を復活させた。自由な人の移動にはリスクが伴い、それは時には制御困難にもなることが現実として示された。
国境の復活は主権国家の復活でもある。パンデミックに対応する司令塔にはWHOがふさわしいだろうが、頼りなさが如実に示され、米国にも諸国をリードする力はなかった。各国は国家主権を前面に、国境を封鎖し、人々の外出を制限し、飲食店や小売店などを閉めさせ、集会やイベントなどを禁止して感染拡大を遅らせるしか対応策は残っていない様相だ。
「ウイルスがグローバル化を逆回し」てな落首が世界の経済都市のどこかの壁に書かれるかもしれない。グローバリズムを色あせさせ、主権国家の存在を回復させた新型コロナウイルスは、人間に対する脅威であるとともに、人間が構築した諸々の制度や仕組みを揺るがす威力を持っていた。主権国家が強権を振るうしか対応策がなくなった世界で、国境の復活は国家による人民支配の強化にも見える。
欧州諸国はシェンゲン協定により国境での入国審査を撤廃して人の自由な移動を実現していたが、新型コロナウイルスの感染拡大が欧州で加速し、各国は次々に国境での管理を復活させている。人の自由な移動がイタリアなどから感染者を欧州諸国に拡散させたとの指摘もあって、急速な感染者増加に直面するドイツなど各国は国境を封鎖せざるを得なくなった。
さらにEUは感染拡大を抑制するためとして、第三国からEUへの渡航を30日間原則禁止する。自由な人の移動はEU内でも失われはじめ、EU外からの入域をも制限する光景は、EUの理念や存在意義の後退に見える。地域統合が新型コロナウイルスの感染拡大で否定され、個別国家の主権の回復で感染拡大に対応している格好だ。
人の自由な移動を制限するのは欧州のみではない。米国は欧州諸国からの入国を禁止し、感染者の増加はまだ穏やかなアルゼンチンなど南米の諸国も国境を封鎖し、欧州などから外国人の入国を制限した。陸路でも空路でも海路でも人の移動は世界で制限され、開かれた世界から、国境で区切られた世界に戻りつつある。
20世紀末から、国境を超えて人や資金、モノが自由に移動するグローバリズムは進展し、世界の一体化は進む一方で、国境の意味は薄れていくばかりとの印象だったが、新型コロナウイルスが国境を復活させた。自由な人の移動にはリスクが伴い、それは時には制御困難にもなることが現実として示された。
国境の復活は主権国家の復活でもある。パンデミックに対応する司令塔にはWHOがふさわしいだろうが、頼りなさが如実に示され、米国にも諸国をリードする力はなかった。各国は国家主権を前面に、国境を封鎖し、人々の外出を制限し、飲食店や小売店などを閉めさせ、集会やイベントなどを禁止して感染拡大を遅らせるしか対応策は残っていない様相だ。
「ウイルスがグローバル化を逆回し」てな落首が世界の経済都市のどこかの壁に書かれるかもしれない。グローバリズムを色あせさせ、主権国家の存在を回復させた新型コロナウイルスは、人間に対する脅威であるとともに、人間が構築した諸々の制度や仕組みを揺るがす威力を持っていた。主権国家が強権を振るうしか対応策がなくなった世界で、国境の復活は国家による人民支配の強化にも見える。
2020年3月14日土曜日
韓国の異常な外交
韓国政府は、観光目的で入国する日本人に対する90日間のビザ免除の制度を停止し、すでに発給されたビザの効力も停止、入国時の検疫も強化した。これは、新型コロナウイルス対応で日本政府が打ち出した入国制限への対抗措置であるとアピールした。
この韓国政府の対応について、あまりにも政治的な判断であり、外交的な一貫性が希薄で、情緒的な行動だとの批判がある。韓国からの入国禁止や隔離などを行っている国・地域は100以上になるが、韓国は中国以外の国・地域に対して入国制限を行っていなかった。100以上の国・地域に対する対抗措置を行わない韓国が、日本に対してだけ対抗措置を行うのは異常な外交だ。
それを正当化するため韓国は日本を貶める。韓国の国家安全保障会議は、自国は「世界が評価する科学的で透明な防疫体系を通じてコロナ19を厳格に統制管理しているが、日本は不透明で消極的な防疫措置で、国際社会から不信を受けている」とし、「事前協議がなかったことは納得しがたく、相互主義に立脚した措置」をとるとしたそうだ。
自国を特別視する国は珍しくないが、韓国は自国と共に日本をいつまでも特別視する。日本との比較で韓国の立ち位置を確認し続けている気配だ。だから日本の上位に位置することに執着し、日本の上位に位置するためには日本を貶めることが必要になり、貶めることを正当化するために「歴史問題」を持ち出したりしつつ、日本の動きに過敏に異常に反応する。
韓国政府が100以上の国・地域の入国制限を甘受するのに、日本の入国制限にだけ反発するのは、特別視する日本に対する甘えと、甘えが拒まれたことに対する感情的な反応であるように見える。おそらく日本に対する強硬姿勢が喝采される国内事情が、韓国政治を動かす大きな要因なのだろう。
日本が、感染者が大幅に増えている韓国からの入国者を制限するのは政治的な動きではない。しかし、韓国が日本からの入国者を制限したのは政治的な行動だ。ここに韓国政治の歪さが露呈している。日本を特別視して貶めることを必要とする政治風土が続いている韓国なら、いつまで経っても日本離れは困難だだろう。
新型肺炎対策は政治問題でもなく歴史問題でもなく疫病対策だ。だが韓国政府は日本に対する政治問題に仕立てた。それは韓国内で感染が拡大したことから関心を逸らし、日本という仮想敵を引っ張り出すことで政治問題と仕立て、怒りの対象に日本を据えることが政治的に好都合だからだろう。
この韓国政府の対応について、あまりにも政治的な判断であり、外交的な一貫性が希薄で、情緒的な行動だとの批判がある。韓国からの入国禁止や隔離などを行っている国・地域は100以上になるが、韓国は中国以外の国・地域に対して入国制限を行っていなかった。100以上の国・地域に対する対抗措置を行わない韓国が、日本に対してだけ対抗措置を行うのは異常な外交だ。
それを正当化するため韓国は日本を貶める。韓国の国家安全保障会議は、自国は「世界が評価する科学的で透明な防疫体系を通じてコロナ19を厳格に統制管理しているが、日本は不透明で消極的な防疫措置で、国際社会から不信を受けている」とし、「事前協議がなかったことは納得しがたく、相互主義に立脚した措置」をとるとしたそうだ。
自国を特別視する国は珍しくないが、韓国は自国と共に日本をいつまでも特別視する。日本との比較で韓国の立ち位置を確認し続けている気配だ。だから日本の上位に位置することに執着し、日本の上位に位置するためには日本を貶めることが必要になり、貶めることを正当化するために「歴史問題」を持ち出したりしつつ、日本の動きに過敏に異常に反応する。
韓国政府が100以上の国・地域の入国制限を甘受するのに、日本の入国制限にだけ反発するのは、特別視する日本に対する甘えと、甘えが拒まれたことに対する感情的な反応であるように見える。おそらく日本に対する強硬姿勢が喝采される国内事情が、韓国政治を動かす大きな要因なのだろう。
日本が、感染者が大幅に増えている韓国からの入国者を制限するのは政治的な動きではない。しかし、韓国が日本からの入国者を制限したのは政治的な行動だ。ここに韓国政治の歪さが露呈している。日本を特別視して貶めることを必要とする政治風土が続いている韓国なら、いつまで経っても日本離れは困難だだろう。
新型肺炎対策は政治問題でもなく歴史問題でもなく疫病対策だ。だが韓国政府は日本に対する政治問題に仕立てた。それは韓国内で感染が拡大したことから関心を逸らし、日本という仮想敵を引っ張り出すことで政治問題と仕立て、怒りの対象に日本を据えることが政治的に好都合だからだろう。
2020年3月11日水曜日
マスクとトイレットペーパー
マスクが全国の小売店の店頭から姿を消し、人々はマスクの争奪戦を続けている。政府はインターネットでのマスク転売を禁止し、メーカーに増産を促し、さらに国がマスクを確保して北海道の一部地域での配布を開始した。
マスクが店頭から姿を消したことについて、人々の行動を批判する声はあまり見られない。外出するときにはマスクが必要だとの了解が社会にあるらしく、マスクを探し回る人々に対しては同情的だ。健康な人がマスクを着用する必要はないとの専門家の見解もあるが、マスク争奪戦を批判する動きは乏しい。
トイレットペーパーも店頭で品薄になった。「トイレットペーパーの製造元が中国で、トイレットペーパーが入ってこなくなる」とのデマが広がり、人々が買い漁った。やがて、トイレットペーパーの生産はほとんど日本国内で行われているので、供給が途絶えることはないと判明し、トイレットペーパーに殺到した人々に対して批判したり、揶揄する声が現れた。
欧米メディアも日本におけるトイレットペーパーに殺到する人々を批判・揶揄する記事を掲載した。しかし、欧米で新型コロナウイルスの感染が広がり、欧米でも人々がマスクやトイレットペーパーの買い漁りを始め、店頭から品物が消えた。欧米メディアは、自国の人々の動きとなると、気楽に面白がって批判・揶揄することはできないらしい。
必要がないのに買い漁ったとトイレットペーパーを買い急いだ人々は批判されたが、マスクを買い漁った人々に対する批判は乏しい。マスクは新型コロナウイルスの感染拡大で必需品となったから人々が探し回るのは当然視され、トイレットペーパーを買い漁る人々はデマに振り回された人々だと批判された。
マスクが店頭から消え、のんびり構えていた人々は慌てて探し回ったが、入手できない。トイレットペーパーのような日用品にも買い漁りが始まり、品薄になったと報じられれば、人々が探し回るのは当然の行動だろう。デマに踊らされたなどと批判があっても、現実に品薄になったのだから、トイレットペーパーを入手しようとする人々の行動には、ある種の合理性がある。
デマに踊らされた人々が動いて市場に影響を与えた場合、市場の動きに対応して他の人々が行動することは、愚かさによる行動と断言できない。株式市場などでは、大勢が買いに動いて暴騰すれば自分も買い、大勢が売りに動いて暴落すれば自分も売ることは当然の行動だ。
「一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ」とか「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」という言葉がある。個人が自己の利益を最優先して動き、それが社会を動かす。デマに踊らされた人々は愚かだが、愚かな人々も社会の成員である。誰もが常に正しい判断をするわけではなく、誤った判断をする人々を包摂して社会は成り立っている。
マスクが店頭から姿を消したことについて、人々の行動を批判する声はあまり見られない。外出するときにはマスクが必要だとの了解が社会にあるらしく、マスクを探し回る人々に対しては同情的だ。健康な人がマスクを着用する必要はないとの専門家の見解もあるが、マスク争奪戦を批判する動きは乏しい。
トイレットペーパーも店頭で品薄になった。「トイレットペーパーの製造元が中国で、トイレットペーパーが入ってこなくなる」とのデマが広がり、人々が買い漁った。やがて、トイレットペーパーの生産はほとんど日本国内で行われているので、供給が途絶えることはないと判明し、トイレットペーパーに殺到した人々に対して批判したり、揶揄する声が現れた。
欧米メディアも日本におけるトイレットペーパーに殺到する人々を批判・揶揄する記事を掲載した。しかし、欧米で新型コロナウイルスの感染が広がり、欧米でも人々がマスクやトイレットペーパーの買い漁りを始め、店頭から品物が消えた。欧米メディアは、自国の人々の動きとなると、気楽に面白がって批判・揶揄することはできないらしい。
必要がないのに買い漁ったとトイレットペーパーを買い急いだ人々は批判されたが、マスクを買い漁った人々に対する批判は乏しい。マスクは新型コロナウイルスの感染拡大で必需品となったから人々が探し回るのは当然視され、トイレットペーパーを買い漁る人々はデマに振り回された人々だと批判された。
マスクが店頭から消え、のんびり構えていた人々は慌てて探し回ったが、入手できない。トイレットペーパーのような日用品にも買い漁りが始まり、品薄になったと報じられれば、人々が探し回るのは当然の行動だろう。デマに踊らされたなどと批判があっても、現実に品薄になったのだから、トイレットペーパーを入手しようとする人々の行動には、ある種の合理性がある。
デマに踊らされた人々が動いて市場に影響を与えた場合、市場の動きに対応して他の人々が行動することは、愚かさによる行動と断言できない。株式市場などでは、大勢が買いに動いて暴騰すれば自分も買い、大勢が売りに動いて暴落すれば自分も売ることは当然の行動だ。
「一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ」とか「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」という言葉がある。個人が自己の利益を最優先して動き、それが社会を動かす。デマに踊らされた人々は愚かだが、愚かな人々も社会の成員である。誰もが常に正しい判断をするわけではなく、誤った判断をする人々を包摂して社会は成り立っている。
2020年3月7日土曜日
新型コロナの基本情報
厚労省サイトなどから基本的な情報をまとめてみた。
<ウイルス>人に感染するコロナウイルスは7種類見つかっており、その一つが新型コロナウイルス。4種類は一般の風邪の原因の10~15%を占める。2種類はSARSとMERS。 コロナウイルスはあらゆる動物に感染する。アルコール消毒(70%)などで感染力を失う。
<感染>飛沫感染と接触感染が主。空気感染は起きていないと見られるものの、閉鎖空間で多くの人が近距離でいる環境下であれば、咳やくしゃみ等がなくても感染を拡大させる可能性がある。
<症状>発熱や呼吸器症状が1週間ほど持続することが多く、強いだるさ(倦怠感)を訴える人が多い。感染した人はほとんどが無症状ないし軽症だが、一部の症例は人工呼吸器など集中治療を要したり、重篤な肺炎症状を呈し、季節性インフルエンザよりも入院期間が長くなる。高齢者・基礎疾患を有する人では重症化するリスクが高い。
<重症率>国内での発生事例と武漢からのチャーター便帰国者事例を合わせると、重症(人工呼吸器等を必要とした又は集中治療室に入院した)者は約9%。中国では、息苦しさ(呼吸困難)などを認めない軽症例が80%以上、呼吸困難が生じる重症や呼吸不全に至る重篤例は20%未満(2月11日)。
<治療>ウイルスが上気道や肺で増えることで生じる発熱や咳などの症状を緩和する目的の治療(対症療法)として、解熱剤や鎮咳薬を投与したり、点滴等を実施。発熱や咳等の呼吸器症状が消失し、鼻腔や気管などからウイルスを検出できなくなった状況を「治癒した」と判断。肺炎を起こした場合は、酸素投与や人工呼吸等を行う。
<致死率>WHOは3.4%とするが、米保健省の次官補は推定致死率0.1~1%とする(季節性インフルエンザの致死率は0.1%)。中国でWHOなどの専門家チームが行った共同調査では、高齢になるほど高く、80歳を超えた感染者の致死率は21.9%。武漢では5.8%、その他の地域では0.7%と差が大きい。
<PCR検査>新型コロナウイルスを検出できる唯一の検査法。急激な感染拡大に備え、限られたPCR検査の資源を、重症化のおそれがある人の検査のために集中させる必要がある。
<感染の予防>一般的な感染症対策や健康管理が重要。▽石けんによる手洗いや手指消毒用アルコールによる消毒などを行う▽人込みの多い場所を避ける▽十分な睡眠を確保する▽イベントや屋内で他の人との距離が十分に確保できない状況で一定時間を過ごすときは要注意。
<マスク>飛沫とウイルス飛散を防ぐため、咳やくしゃみ等の症状のある人はマスクを着用。予防用にマスクを着用することは、屋内や乗り物など換気が不十分で混み合った場所では感染予防策と考えられるが、屋外などではマスク着用による予防効果はあまり認められていない。
<ウイルス>人に感染するコロナウイルスは7種類見つかっており、その一つが新型コロナウイルス。4種類は一般の風邪の原因の10~15%を占める。2種類はSARSとMERS。 コロナウイルスはあらゆる動物に感染する。アルコール消毒(70%)などで感染力を失う。
<感染>飛沫感染と接触感染が主。空気感染は起きていないと見られるものの、閉鎖空間で多くの人が近距離でいる環境下であれば、咳やくしゃみ等がなくても感染を拡大させる可能性がある。
<症状>発熱や呼吸器症状が1週間ほど持続することが多く、強いだるさ(倦怠感)を訴える人が多い。感染した人はほとんどが無症状ないし軽症だが、一部の症例は人工呼吸器など集中治療を要したり、重篤な肺炎症状を呈し、季節性インフルエンザよりも入院期間が長くなる。高齢者・基礎疾患を有する人では重症化するリスクが高い。
<重症率>国内での発生事例と武漢からのチャーター便帰国者事例を合わせると、重症(人工呼吸器等を必要とした又は集中治療室に入院した)者は約9%。中国では、息苦しさ(呼吸困難)などを認めない軽症例が80%以上、呼吸困難が生じる重症や呼吸不全に至る重篤例は20%未満(2月11日)。
<治療>ウイルスが上気道や肺で増えることで生じる発熱や咳などの症状を緩和する目的の治療(対症療法)として、解熱剤や鎮咳薬を投与したり、点滴等を実施。発熱や咳等の呼吸器症状が消失し、鼻腔や気管などからウイルスを検出できなくなった状況を「治癒した」と判断。肺炎を起こした場合は、酸素投与や人工呼吸等を行う。
<致死率>WHOは3.4%とするが、米保健省の次官補は推定致死率0.1~1%とする(季節性インフルエンザの致死率は0.1%)。中国でWHOなどの専門家チームが行った共同調査では、高齢になるほど高く、80歳を超えた感染者の致死率は21.9%。武漢では5.8%、その他の地域では0.7%と差が大きい。
<PCR検査>新型コロナウイルスを検出できる唯一の検査法。急激な感染拡大に備え、限られたPCR検査の資源を、重症化のおそれがある人の検査のために集中させる必要がある。
<感染の予防>一般的な感染症対策や健康管理が重要。▽石けんによる手洗いや手指消毒用アルコールによる消毒などを行う▽人込みの多い場所を避ける▽十分な睡眠を確保する▽イベントや屋内で他の人との距離が十分に確保できない状況で一定時間を過ごすときは要注意。
<マスク>飛沫とウイルス飛散を防ぐため、咳やくしゃみ等の症状のある人はマスクを着用。予防用にマスクを着用することは、屋内や乗り物など換気が不十分で混み合った場所では感染予防策と考えられるが、屋外などではマスク着用による予防効果はあまり認められていない。
ドキュメント「情報操作」(2月分)
中国政府が2月に発表した新型コロナウイルスの死者数と感染者数、他の主な動向は次の通り。
1日=死者259人、感染者1万1791人(中国本土の感染者は、当局が原因不明の肺炎の発生を昨年末に公表してから1カ月で1万人を超えた。感染者の確認は26カ国・地域)。2日=死者304人、感染者1万4380人。3日=死者361人、感染者1万7205人(SARSの死者349人を上回った)。
4日=死者425人、感染者1万9550人(香港で死者1人)。5日=死者490人、感染者2万4324人。6日=死者563人、感染者2万8018人。7日=死者636人、感染者3万1161人(李文亮氏が死亡)。
8日=死者722人、感染者3万4546人。9日=死者811人、感染者3万7198人。10日=死者908人、感染者4万171人。
11日=死者1016人、感染者4万2638人。12日=死者1113人、感染者4万4653人。13日=死者1355人、感染者5万9493人(感染者の8割以上が集中している湖北省は感染者の公表対象に従来より簡易な臨床診断まで含めると発表)。
14日=死者1380人、感染者6万3851人(死者数は集計に重複があったとして108人減らした。湖北省と武漢市トップが更迭)。15日=死者1523人、感染者6万6492人(アフリカ大陸で初となる感染者がエジプトで確認され、28カ国・地域の600人以上に拡大。仏でも死者)。
16日=死者1665人、感染者6万8500人。17日=死者1770人、感染者7万548人。18日=死者1868人、感染者7万2436人。
19日=死者2004人、感染者7万4185人(中国メディアは盛んに「感染者の増加ペースが鈍化している」などと状況好転との報道)。20日=死者2118人、感染者7万4576人(中毒は感染者の集計方法を再び変更)。
21日=死者2236人、感染者7万5465人(中国各地の刑務所で感染が広がっていることが判明。中央と湖北省で感染者数を巡り混乱)。22日=死者2345人、感染者7万6288人(当局が発表する感染者数の統計を巡って混乱が続き、中国のネット上で不信感が広がる)。23日=死者2442人、感染者7万6936人(WHOの調査団が感染拡大が特に深刻な湖北省の現地調査を行った)。
24日=死者2592人、感染者7万7150人(全人代の延期を決定。イタリアで感染者が急増)。25日=死者2663人、感染者7万7658人(野生動物の取引を全面的に禁止)。26日=死者2715人、感染者7万8064人(湖北省を除くと新たに確認された感染者は5人にとどまり、死者はゼロ。習近平主席が中国経済の早期回復を明言するなかで、新たな感染者数は著しい減少。工場の稼働再開を官民一体で急ぎ始めた)。
27日=死者2744人、感染者7万8497人(新たな死者、感染者の約9割が湖北省。中国各地で日本や韓国ならから戻った人に14日間の自宅待機や外出制限など隔離を求める動き)。28日=死者2788人、感染者7万8824人(上海市など多くの都市で新規の感染者数がゼロの日も増えた)。29日=死者2835人、感染者7万9251人。
死者数や感染者数の増加数が2月下旬になって少なくなった。感染増加のピークをすぎたと期待したいが、発表される数字が実態をどこまで正確に反映しているのかは外部からは判断できない。経済活動を再起動させようと中央政府などが動き始めたそうだが、そのためには「環境整備」が必要になろうことは確かだ。
1日=死者259人、感染者1万1791人(中国本土の感染者は、当局が原因不明の肺炎の発生を昨年末に公表してから1カ月で1万人を超えた。感染者の確認は26カ国・地域)。2日=死者304人、感染者1万4380人。3日=死者361人、感染者1万7205人(SARSの死者349人を上回った)。
4日=死者425人、感染者1万9550人(香港で死者1人)。5日=死者490人、感染者2万4324人。6日=死者563人、感染者2万8018人。7日=死者636人、感染者3万1161人(李文亮氏が死亡)。
8日=死者722人、感染者3万4546人。9日=死者811人、感染者3万7198人。10日=死者908人、感染者4万171人。
11日=死者1016人、感染者4万2638人。12日=死者1113人、感染者4万4653人。13日=死者1355人、感染者5万9493人(感染者の8割以上が集中している湖北省は感染者の公表対象に従来より簡易な臨床診断まで含めると発表)。
14日=死者1380人、感染者6万3851人(死者数は集計に重複があったとして108人減らした。湖北省と武漢市トップが更迭)。15日=死者1523人、感染者6万6492人(アフリカ大陸で初となる感染者がエジプトで確認され、28カ国・地域の600人以上に拡大。仏でも死者)。
16日=死者1665人、感染者6万8500人。17日=死者1770人、感染者7万548人。18日=死者1868人、感染者7万2436人。
19日=死者2004人、感染者7万4185人(中国メディアは盛んに「感染者の増加ペースが鈍化している」などと状況好転との報道)。20日=死者2118人、感染者7万4576人(中毒は感染者の集計方法を再び変更)。
21日=死者2236人、感染者7万5465人(中国各地の刑務所で感染が広がっていることが判明。中央と湖北省で感染者数を巡り混乱)。22日=死者2345人、感染者7万6288人(当局が発表する感染者数の統計を巡って混乱が続き、中国のネット上で不信感が広がる)。23日=死者2442人、感染者7万6936人(WHOの調査団が感染拡大が特に深刻な湖北省の現地調査を行った)。
24日=死者2592人、感染者7万7150人(全人代の延期を決定。イタリアで感染者が急増)。25日=死者2663人、感染者7万7658人(野生動物の取引を全面的に禁止)。26日=死者2715人、感染者7万8064人(湖北省を除くと新たに確認された感染者は5人にとどまり、死者はゼロ。習近平主席が中国経済の早期回復を明言するなかで、新たな感染者数は著しい減少。工場の稼働再開を官民一体で急ぎ始めた)。
27日=死者2744人、感染者7万8497人(新たな死者、感染者の約9割が湖北省。中国各地で日本や韓国ならから戻った人に14日間の自宅待機や外出制限など隔離を求める動き)。28日=死者2788人、感染者7万8824人(上海市など多くの都市で新規の感染者数がゼロの日も増えた)。29日=死者2835人、感染者7万9251人。
死者数や感染者数の増加数が2月下旬になって少なくなった。感染増加のピークをすぎたと期待したいが、発表される数字が実態をどこまで正確に反映しているのかは外部からは判断できない。経済活動を再起動させようと中央政府などが動き始めたそうだが、そのためには「環境整備」が必要になろうことは確かだ。
2020年3月4日水曜日
不安と確率
目の前に1個のサイコロがある。サイコロを振らなければ殺され、サイコロを振って、例えば5が出れば解放されるが、5以外だと殺されるという状況にあるならば、ほとんどの人はサイコロを振ることを選択するだろう。
そういう状況では、サイコロを振らなければ殺される確率は100%であり、サイコロを振って5が出る確率は6分の1(約17%)で、その確率は殺されない確率である。サイコロを振らずに殺されるよりも、殺されない確率が少しでも高いほうを誰もが選ぶだろう。
反対に、サイコロを振らなければ殺されないが、サイコロを振って、特定の目が出れば殺されるという状況ならば、ほとんどの人はサイコロを振らないだろう。サイコロを振って特定の目が出て殺される確率は6分の1(約17%)だが、サイコロを振らなければ殺される確率はゼロだから、生き延びたいと思うなら選択は明確だ。
現在という時間の先にある未来は、数秒先、数分先であっても人は知ることはできず、未来を人は確率で判断するしかない。だが、サイコロの出る目の確率なら明確だが、世界の大半の出来事の生じる確率は定かでない。不確定要素が多すぎるからだ。
禍をもたらすような出来事が起きることに対して人は、起きて欲しくないと願いつつ、もし起きたならばと不安を持つ。起きないだろうと思い、忘れることで日常生活の平安が保たれるが、いざ、そうした出来事が起きると、不安が増すばかりで、時には不安にかられて右往左往したりする。
不安が増すのは、起きていることの細かな情報が多すぎる一方、次に何が起きるかについては悪い事態を強調して危機感が煽られることも影響する。最悪の事態を想定して対策を考えることは組織にとって必要だが、最悪の事態になる確率を明示することが浮き足立たないためには必要だ。
禍をもたらす出来事が起きている時、さらに悪くなるとすると、どういうことが起きるのか、その起きる確率はどれくらいか、それらを知ることで過剰な不安を抑え、より現実的な対応ができよう。
不安を判断の根拠にすると、例えば10%の確率で起きる悪い未来に怯え、何も起きない確率が50%だったとしても、不安に突き動かされる。確率を見れば冷静な判断ができやすくなろうが、メディアを含め、提供される多くの情報に確率が明示されていないことが多すぎるのが現実だ。確率を考えずに、悪いほうへと考えや見方が傾くことは浮き足立つことを助長する。
そういう状況では、サイコロを振らなければ殺される確率は100%であり、サイコロを振って5が出る確率は6分の1(約17%)で、その確率は殺されない確率である。サイコロを振らずに殺されるよりも、殺されない確率が少しでも高いほうを誰もが選ぶだろう。
反対に、サイコロを振らなければ殺されないが、サイコロを振って、特定の目が出れば殺されるという状況ならば、ほとんどの人はサイコロを振らないだろう。サイコロを振って特定の目が出て殺される確率は6分の1(約17%)だが、サイコロを振らなければ殺される確率はゼロだから、生き延びたいと思うなら選択は明確だ。
現在という時間の先にある未来は、数秒先、数分先であっても人は知ることはできず、未来を人は確率で判断するしかない。だが、サイコロの出る目の確率なら明確だが、世界の大半の出来事の生じる確率は定かでない。不確定要素が多すぎるからだ。
禍をもたらすような出来事が起きることに対して人は、起きて欲しくないと願いつつ、もし起きたならばと不安を持つ。起きないだろうと思い、忘れることで日常生活の平安が保たれるが、いざ、そうした出来事が起きると、不安が増すばかりで、時には不安にかられて右往左往したりする。
不安が増すのは、起きていることの細かな情報が多すぎる一方、次に何が起きるかについては悪い事態を強調して危機感が煽られることも影響する。最悪の事態を想定して対策を考えることは組織にとって必要だが、最悪の事態になる確率を明示することが浮き足立たないためには必要だ。
禍をもたらす出来事が起きている時、さらに悪くなるとすると、どういうことが起きるのか、その起きる確率はどれくらいか、それらを知ることで過剰な不安を抑え、より現実的な対応ができよう。
不安を判断の根拠にすると、例えば10%の確率で起きる悪い未来に怯え、何も起きない確率が50%だったとしても、不安に突き動かされる。確率を見れば冷静な判断ができやすくなろうが、メディアを含め、提供される多くの情報に確率が明示されていないことが多すぎるのが現実だ。確率を考えずに、悪いほうへと考えや見方が傾くことは浮き足立つことを助長する。
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