2024年11月30日土曜日

読んだ経験

 例えば、夏目漱石の小説を読んだことがない人に、その面白さや素晴らしさなどを漱石ファンが熱心に説いても、実感としての読書体験は伝わらない。そもそも小説なんか読んだことがないという人は小説に興味がなく、小説との接点も希薄だろう。そうした人に小説の面白さを実感してもらうには、何かの小説を読む経験から始めてもらう必要がある。

 小説を読み始めた人が、いつか漱石の小説を読んでも面白いとも素晴らしいとも感じないかもしれないが、実際に自分で読む経験をしたか、読まずにいるかでは、判断の信憑性が異なる。漱石やその作品の情報はネット上に多く、ネット上の情報を読んだだけで漱石とその作品について知ったかぶりで論じたりすることもできようが、読まずに言う見解は自分のものではなく、誰かの見解の受け売りでしかない。

 「月ぎめで紙の新聞をとっている」人は50.6%で、 「新聞や新聞記事は読まない」人は 37.5%。「月ぎめで紙の新聞をとっている」人は年代の上昇とともに多くなり、70代以上で80.4%になるが、30代以下では10%台だ。「新聞や新聞記事は読まない」人は年代が低いほど多く、30代以下で60%を超え、30代以下では3人に2人は新聞を読む経験が乏しいのが現代だ(メディアに関する全国世論調査、2023年)。

 新聞をとっていない家庭で育った人は、新聞を読む習慣が身についておらず、親元を離れて暮らし始めても新聞をとらないだろう。ニュースに接するのはテレビがスマホという人が、新聞を軽視し、読んだことがない新聞記事には関心も興味も持たず、SNSなどで流れる玉石混合の情報に影響されるのは自然な現象だ。

 その存在は誰もが知っているだろうが、ニュース源として重要視されなくなった新聞。宅配が減り購読者数を減らし続けている新聞業界は、ネット空間に活路を求め、各社は自社サイトを公開している。だが、有料購読者数は伸びず、収益事業としての成長は見込めず、記事の有料化を増やしたり、いちいち読者登録を求めたりし、公開している記事の冒頭だけしかサイトを訪れた人は読むことができない状況だ。

 これでは、何かについて知りたいと新聞社のサイトを訪れた人がSNSなどに流れるのは当然だ。新聞記事を読んだ経験が乏しい人なら、新聞社のサイトは「面倒くさい」と感じるだけだ。新聞が読まれなくなっている現在、新聞記事を読む体験を広く提供できるのが新聞社サイトのはずだが、各社は新聞記事を囲い込んで、新聞記事を読む体験を広めるチャンスを放棄している。

 新聞記事を読んだ経験が乏しい人々が新聞を見捨て、「情報はネットで」となる流れは定着した。新聞各社は縮小再生産から脱することができず、ネット戦略は収益性にとらわれすぎている。新聞社は自社サイトを「新聞記事を読む経験をしてもらう」場として再構築し、積極的に無料公開記事を増やすなら、より多くの人が新聞記事を読む経験ができる。新聞を読む体験をした人々を増やすしか、新聞が生き延びる道はない。

2024年11月27日水曜日

中国と保護貿易

  世界への輸出基地として高度成長を続けて世界2位の経済大国になった中国は、次第に独自の政治的な主張を強めるようになった。欧米の価値観に基づく現在の国際秩序の変更をあからさまに唱えたり、新興諸国との連携を強化したりする一方で、軍事力の膨張を進め、海軍の展開能力の拡大を誇示する演習などを繰り返している。

 中国への投資や中国企業の米国での上場などで利益を得ていたため中国の経済成長を歓迎していた米国は、中国に対する警戒心を高め、その膨張する軍事力は西太平洋から東アジアにかけての米国の軍事覇権に対する脅威だとの認識に転じた。米国は中国企業に対する制裁を増やし、米国内での中国人の活動制限を厳しくするなど、中国封じ込めに転換した。

 対抗して中国も米国企業を標的に制裁を発動し、互いに相手国企業の活動に対する制約を増やしている。制裁対象になるのは軍事関連や情報関連などの企業が多く、民生品に関わる企業が制裁対象になることは少ない。だが、中国では、行政機関による法の解釈が恣意的で、外資企業も共産党統治のシステムに組み込まれることを強制されるなど、以前から外国企業の経済活動は自由ではなかった。

 さらに米国は中国EVに高関税を課すなど関税面でも中国からの輸入を制限する方向に動き、「やられたら、やりかえす」中国は対抗して米国からの輸入商品に関税を上乗せするなど、互いに国内市場を囲い込み、相手国の商品の国内市場からの排除を進める。EUも中国EVに高関税を課したので、中国は対抗措置に動くだろう。

 制裁合戦や関税引き上げで各国が国内市場を囲い込む動きが広がると、最も影響を受けるのは輸出主導で成長してきた中国だ。中国の国内市場は大きいと内需主導の成長に切り替えるしかないだろうが、国内需要を遥かに上回る生産能力が中国経済の重荷になる。国内需要を遥かに上回る供給能力は中国の強みだったが、それが弱点に転じる。

 「これからは内需だ」と中央政府が指示したとしても、中国の人々が簡単には消費活動を活発化させないことは、不動産バブル崩壊で国内消費の停滞が長引く現実が示している。自由貿易により多大な利益を得てきた中国は、制裁合戦や関税引き上げなどで各国が保護貿易に向かうことに反対し、「自由貿易はwin-winだ」などと主張するだろう。

 だが、国内のインターネット空間への米国など外国企業の参入を制限し、基幹産業は国営企業などで押さえ、スパイ取り締まりを口実に外国企業の駐在員らを逮捕するなど、様々な非関税障壁で国内市場を保護する保護貿易は中国が以前から続けてきたことだ。自国市場を保護しながら、自由貿易で各国への輸出を拡大させるという状況は中国に好都合だったが、そんな状況に変化が訪れようとしている。

2024年11月23日土曜日

可視化された影響

 北海道森町の函館線・森駅―石倉駅間でJR貨物の貨物列車が脱線したのは11月16日。このため森駅―長万部駅間で普通列車と特急北斗とJR貨物の貨物列車が3日間運休し、鷲ノ木道路踏切の近辺で破損したレールや枕木の取り替え作業が完了したあと、19日始発から運転を再開した。特急北斗の運休で影響を受けたのは16日が約5500人、17日と18日はともに約7000人。

 運休が続く函館―長万部駅間で17日から代行バスの運行が始まった。特急北斗は函館-札幌間を11往復/日しているが、JR北海道が用意できた代行バスは4往復分で、十分な代替輸送を確保できなかった。JR北海道は他の交通機関を利用するよう呼び掛けたが、札幌と函館を結ぶ都市間バスや航空便は満席となり、多くの乗客が取り残され、報道によると、函館-札幌間のJR以外の交通手段が乏しいことに観光客らから不満の声が上がった。

 函館―長万部駅間が運休したことにより、函館と室蘭・苫小牧・千歳・札幌などの間をJR特急で移動する人々は足止めされ、長距離輸送に欠かせないJR貨物の貨物列車が動かないので本州と北海道を結ぶ物流はストップし、北海道産の農産物をはじめ宅配便や雑誌などの輸送に大きな影響が出た。今回の運休は、道南で函館線が機能しなくなれば、どういう影響が出るのかを実際に示した。

 運休が始まった16日にJR北海道は代行バスを手配できず、代行バスの運行が開始されたのは17日だったが、4往復分だけ。特急北斗の乗客全員を輸送できるか不明で、報道によると、利用客は「駅員から『代行バスに乗れる保証はない』と冷たく言われた。誰のせいでこうなったのかと腹が立った」。代行バスに使用した観光バス1台の乗客数は補助席を含め60人程度。

 函館市は新幹線の函館駅への乗り入れを目指し、コンサル会社に経済効果を試算させたり、PRイベントを開いたりと公金を使う。新幹線が函館駅に乗り入れるためには、新函館北斗駅-函館駅間の全面的な工事が必要になる。在来線のレールの外側に1本、新幹線の軌道に合わせたレールを設置しなければならないが、それには枕木を全て取り替える必要があり、橋なども架け替えたり、場所によっては地盤強化も行わなければならないだろう。

 今回、鷲ノ木道路踏切近辺で破損したレールや枕木を取り替える作業は昼夜を通して行われたが3日間を要した。新函館北斗駅-函館駅間は約18kmあり、新幹線を走らせるための作業は昼に限られるだろうから、相当の日数を要する。それは、相当の日数、特急北斗を含む在来線とJR貨物の貨物列車が運休することを意味する。在来線や貨物列車が3日間、運休しただけで大勢の利用客が移動できず、本州と北海道間の物流はストップした。

 函館駅への新幹線乗り入れを実現するためには、特急北斗や貨物列車などを工事が行われる相当期間、ストップさせることになり、その影響(=利用客や物流関係や道内の農業関係にかける迷惑)は計り知れない。函館市は現実的に問題が多い函館駅への新幹線乗り入れ計画を放棄し、市民の福祉向上のために公金を使うべきだ。新函館北斗駅-函館駅間を、新幹線工事のために運休させる責任を函館市は負えるのか。

2024年11月19日火曜日

怒る神と裁く神

  スペイン東部のバレンシア州などで、8時間の雨量が491mm(年間降水量に匹敵)の地点や、過去最高の雨量を記録した地点が相次ぐなど記録的な豪雨があり、やがて同国では過去最悪レベルの洪水被害を生じ、死者は220人を超えるなど大きな被害をもたらした。対応の遅れで洪水の被害が広がったとして州政府に対する住民の怒りが爆発し、バレンシアでは約13万人の大規模なデモが発生、警官隊との衝突に発展した。

 豪雨や洪水、雷、強風、日照り、地震、噴火など、現在では自然現象であると解明され、発生のメカニズムを多くの人が理解している現象も、古代の人々には、恐れ、おののき、過ぎ去るまで耐えるしかない現象だっただろう。自然現象の強大な「パワー」を見せつけられた人々が、起きている自然現象に意味を求め、自然を支配し、あやつる何らかの存在を想像したのは不思議ではない。

 そうした目に見えない何らかの存在が人格化されて、世界各地で人々が崇める様々な神が誕生したのだろう。陸や海などで豊かな恵みをもたらす神々もあれば、人々の生活を破壊し、死をももたらす神々も人々は想定した。おそらく自然現象や日常生活の出来事の一つ一つを神のなしたものであると見なし、多くの神々と「共生」していると現実世界を理解しただろう。

 キリスト教やイスラム教の影響が弱い社会では、様々な神が存在する。人々は豊かな恵みや安寧をもたらす神に感謝し、自然災害など災いをもたらす神々を恐れ、慈悲を求めて祈る。自然災害などの災いと神を関連させた人々は、なぜ神が人間に災いをもたらすのかと考え、何かの罰だとか試練だ-などと恐れただろう。

 豊かな恵みや安寧をもたらす神は人間の生活を豊かにし、人間を守る神だが、自然災害などの災いをもたらす神は人間の生活を時には破壊する怒れる神だ。キリスト教などでは、全能で唯一の存在の神が人間に「正しく」生きることを求め、最後の審判で人間を裁くという。地獄に落とされる人もあるとされ、神の裁きは厳しいものだが、その裁きが行われるのは未来においてだ。

 自然災害など災いをもたらす怒れる神と、最後の審判で人間を裁く神は同一の存在ではない。怒れる神は人々を守る神と一緒に人間生活に関与する神々だが、最後の審判で人間を裁く神は、現世で起きる自然現象や日常生活の出来事の一つ一つには関与しない存在で、人間に神を信じて「正しく」生きることを求めるだけだ。

 キリスト教やイスラム教が強い影響力を持つ現在、神は全能で唯一の存在との解釈が優勢だが、目に見えない存在なのだから、唯一の神だけが存在しているとも様々の神々が存在しているとも解釈でき、どちらを信じるかは個人の自由だ。人々と「共生」する神々がいて、人間に超越して一方的な信仰を人間に求め、人間を裁く唯一の神もいる。

 スペインの人々は豪雨も洪水も自然現象であると理解し、避難指示などが遅れ、多大な被害を出し、多くの人命が失われたことに怒り、州政府の責任を問い、警官隊とも衝突した。今回の災害と神を結びつけないのは合理的な判断だが、豪雨や洪水に巻き込まれた人々は、おそらく神に祈っただろう。だが唯一の神に祈っても現世において救いはない。

2024年11月16日土曜日

カキフライ

 マガキ(真牡蠣)は全国各地で養殖されていて、10月〜4月に水揚げされ、旬は12月~2月ごろだ。夏は産卵期で、蓄えた栄養を放出してしまうので水っぽくなり、味が落ちるという。だが、岩ガキの旬は6月~8月ごろで、春に旬を迎える産地もあり、春牡蠣としてブランド化して販売している産地もあり、厚岸(北海道)は低水温で成長が遅くなる性質を利用して、1年中出荷している(本田水産HP)。

 カキといえば「Rが付かない月は牡蠣をたべるな」との欧州由来の警句がある。欧州ではカキの生食が古くから行われていたので、「あたると怖い」と食中毒への警戒を呼びかけた言葉だ。現在では、カキの生育環境の衛生基準が厳しく、冷凍冷蔵の設備や流通が整っているので年中、カキを食べることができるようになった(生食用はすぐ食べ、他は中心部までよく加熱すること)。

 富士山の初冠雪が報じられて、冬の到来を意識した友人はふと、「何年もカキフライを食べてない」ことに気づいたという。仕事であちこち動いていたころは外食が多かった友人は、冬場になるとカキフライ定食がお気に入りで、昼食に入った飲食店でメニューにあると、よく注文していたそうだ。

 定年後の再雇用を断り、放置されていた実家に戻って「農家のマネゴトを始めた」と友人。マネゴトというのは、専業農家のように収穫量増加を目指さず、自家用を目的に多くの種類の野菜を育てるが、獲れすぎた場合にだけ野菜を友人知人に送るという形態だからだ。野菜を方々に配るボランティア農業だと言う友人は、こどもの頃に手伝わされていたので、農作業のコツはすぐに思い出したという。

 「久しぶりにカキフライを食べたい」と思い始めると我慢できなくなり、近隣では知られているトンカツ店に出かけた友人は、メニューを見たが、カキフライがない。店員に聞くと、「今年は遅れていて、まだ、やってないんです」。高まっていたカキフライへの思いが一気にくじかれ、他のメニューを見ても、どれも魅力的には思えなかったという友人は、1時間近くかけて出かけてきたのだからとカツカレーを注文したそうだ。

 海水温の上昇で死滅するカキが増えたり小ぶりにとどまり、収穫量は減っており、今年は全国的に品薄で、取引価格は2倍ほどに高騰していると報じられている。こうした傾向は数年続いており、海の環境の変化が養殖事業にも大きな影響を及ぼしているようだ。「まだ牡蛎の身入りは弱く、全体的に水っぽい牡蛎がほとんど」「販売開始は11月中旬以降となる見通し」だったが「多少の遅れが出る模様」(仙台かき徳HP、11月5日投稿)。

 カキフライを年中提供する居酒屋などがあるが、「あれは冷凍物を使ってるんだろう。小さなカキフライばかりで、カキを食べたという満足感が薄い」と友人。カキフライのカキは大ぶりでなければいけないと主張する友人は「あのトンカツ屋は、産地で今年採れたカキだけを使っているんだな。いいカキフライを出してくれそうだ」と期待を新たにし、年末ごろにまた出かけていくと決めた。

2024年11月13日水曜日

累が及ぶ

 累は「迷惑」の意の漢語的表現で、累が及ぶは「巻き添えを食う。とばっちりを受ける。他者の災いが自分に及ぶ」ことで、累を及ぼすは「巻き添えにする。他者に迷惑を掛ける。災いが他者にまで及ぶ」ことだ。累が家族に及ぶ可能性があれば多くの人は行動を自重したり、慎重になる(家族に累が及んでから後悔する人もいる)。

 家族に累が及ぶことを強調して、人を操ろうとする犯罪組織があり、SNSや求人アプリや掲示板などで「高額収入」を掲げ、「簡単な仕事」「すぐに稼げる」「誰でも即日支払い」「リスクなし」「運ぶだけ」「引越しの手伝い」「荷物を受け取るだけ」「電話をかけるだけ」などの誘い文句を並べ、闇バイト(犯罪行為によって報酬を受け取るバイト)に応じる人を探している。

 うっかり応募した人は、運転免許証や身分証などで個人情報を握られ、さらに親など家族の情報の提供を求められる。その後に仕事が犯罪がらみと知って断ると、「個人情報を晒す」「逃げられないぞ」「家に行くぞ」「家族に危害を加える」などと犯罪組織から脅され、やめられなくなる。また、最初は簡単な仕事を任されるが、やがて強盗グループなどに加えられ、逃げ出すことができなくなることもあるという。

 闇バイトの求人は、▽「叩き」「運び屋」など隠語が求人情報に掲載されていることがある、▽具体的な仕事内容が書かれていない、▽報酬が異常に高い、▽募集対象の性別が限定されている、▽連絡手段を匿名性が高いSNSに限定するーなどと専門家。個人情報や家族の情報を犯罪組織に知られているので、闇バイトに応じた人は脅され、なかなか抜け出すことができなくなるという。

 離れて暮らす親などにも危害が及ぶと犯罪組織から脅され怯えた人は、犯罪組織の指示に従わざるを得なくなるという。自分に向けられた暴力には立ち向かう覚悟が芽生えた人でも、遠く離れて暮らす親などに暴力が加えられる可能性が高いと心配すると犯罪組織に立ち向かうことは難しくなるだろう。

 「累が親族にも及ぶ」ことを国家として利用しているのが中国だ。日本や米国など外国に居住する中国政府に批判的な評論家や活動家を黙らせるために、中国大陸に居住する親族に累が及ぶと日本や米国など現地駐在の公安関係者らが接触して警告すると報じられている。こうした警告が説得力を持つのは、中国大陸では中国政府に批判的な人物に対して容赦ない制圧が加えられるという現実がある。

 中国政府は人民の個人情報を把握し、全国に張り巡らせた監視網で個人の行動情報の収集を続けていると見られ、中国大陸に親族が居住している人は、自分が外国に出たとしても親族を「人質」に取られ、中国政府の警告(脅し)から逃れることはできないのが現実だ。親などに累が及ぶことを心配するのは国籍に関係ない自然な心情だろうが、中国では政府が個人情報を握り、共産党の独裁統治の維持のために活用する。

2024年11月9日土曜日

増える棄権

 日本の総人口は1億2435万2千人で前年比59万5千人減と13年連続の減少、日本人人口は1億2119万3千人で同83万7千人減と減少が続いている(2023年10月1日現在。総務省)。第50回衆院選の当日有権者数は約1億388万人だが、投票率は53.85%で戦後3番目の低さだった。これは約5594万人が投票したが、約4794万人が棄権したことを示す。

 選挙で投票する権利を持つ人は有権者と呼ばれ、現在は満18歳以上の日本人が該当する。選挙で投票することは権利であり、人々は選挙で投票することにより国政などに参加する。棄権とは「権利を行使しない。権利を捨てる」ことで、棄権した理由は人により様々で、やむを得ない事情があった人もいるだろうが、主権在民の体制は棄権する人が増えることにより脆弱化する。

 前回選の投票率は55.93%だったので今回は2.08ポイント下がった。今回の投票率の1%は約104万人だったので、今回は棄権した人が200万人以上増えた。投票率53.85%=約5594万人が投票したのだが、約5594万人は日本人人口の1億2119万の半分に届かない。今回の選挙の結果、日本人人口の半数を下回る人々の意向で今後の日本の国政が左右されることになった。

 報道によると第50回衆院選の小選挙区の政党別得票総数は、自民党が約2086万票、立憲民主党は約1574万票。自民党は前回選挙より約700万票少なく、立憲民主党も約150万票減らした。投票総数が減る中で自民党は大きく得票数を減らし、立憲民主党は減ったものの踏みとどまったといえる。獲得議席数では自民党は56議席を失って191議席、立憲民主党は50議席増の148議席。

 総務省によると、今回の比例代表の得票数は自民党が前回選から533万票も減らした1458万票となる大敗で、連立を組む公明党も同114万票減で600万票台を割り込む596万票だった。両党とも比例代表導入以降では過去最少の得票数だというから、連立与党の政治の実績と政治姿勢が厳しく批判されたといえよう。とはいえ、宗教団体との不適切な関係や裏金問題など不祥事が次々と暴かれたにもかかわらず、自民党に投票し続ける人々が最も多いことも示した。

 立憲民主党はほぼ横ばいの1156万票。国民民主党は前回選の259万票から617万票へと358万票も増えた。維新の会は510万票で前回選より294万票減と失速し、国民民主党が野党第2党になった。れいわ新撰組は380万票と大きく得票数を増やし、336万票へと得票数を減らした共産党を上回った。参政党は187万票、保守党は114万票、社民党は93万票などとなった。

 二大政党制だったら政権交代が起きていただろうが、不祥事が次々に暴かれた自民党に対する批判票が野党各党に分散し、政権交代には至らなかった。「自民党には反省してもらう必要がある」などと考えた自民党支持者が野党第1党に投票を集中させていれば政権交代となっただろうが、彼らは棄権するか立憲民主党以外の野党に投票した。そうした行動が、変わることができない自民党を支えている。

2024年11月6日水曜日

混沌に突き進む

 トランプ氏は、大統領に選出されれば、米国への輸入品に「10%から20%の関税をかける」とし、外国に工場を移していた「企業を米国に呼び戻すつもりだ」とする。関税を高くする対象にはEUなど同盟国も含まれ、中国からの輸入品には60%以上の関税をかけ、メキシコから輸入される自動車の関税は200%にし、ドイツなどから輸入される自動車にも関税を課すと主張した。

 関税が引き上げられると、輸入品の価格は高くなり、価格競争力を失った輸入品は輸入されなくなり、米国市場に頼る外国企業は米国内での生産を増やさざるを得なくなる。トランプ氏は、関税引き上げは米国内の製造業を活性化させ、雇用を増やし、貿易赤字や財政赤字の拡大を防ぐと利点を強調し、「バイデン政権は貿易赤字を記録的に増やした。多くの雇用が失われ、多額の富を流出させた」とする。

 自由貿易の利点は、▽各国が得意な分野に特化する国際分業が進み効率化が図られる、▽各国の消費者は外国産の商品を安価に購入できる、▽輸出が増えることで各国の生産や雇用が拡大する、▽貿易が活発になるーなど。短所は▽競争力の低い国内産業は衰退する、▽競争力を失った国内産業からの失業が増加する、▽輸入が過大になると貿易赤字が拡大するーなどにより、関税や輸入制限などの通商障壁を設ける保護貿易を求める動きが顕在化する。

 トランプ氏が主張する関税引き上げに対し、経済学者らは、輸入業者は関税分を販売価格に転嫁したり、米国内で製造される割高の製品に切り替えたりしてインフレを再燃させると批判する。さらに各国による関税引き上げ合戦を招いて、世界で貿易取引を減少させ、世界経済の停滞につながると懸念する。米国が高関税に移行すると、ロシア・中国も対抗して高関税に移行し、世界はいくつかのブロック経済圏に分かれる可能性がある。

 また、関税を引き上げて所得税を引き下げるというトランプ氏の政策で恩恵を受けるのは富裕層だけで、低中所得層の消費者はインフレにより負担増になるとされる。日用品の多くが低価格の輸入品に代替されている状況で、輸入品に「10%から20%の関税をかける」と、その関税引き上げ分を負担するのは米国内の低中所得層の消費者になるとの見方だ。

 米国が高関税国になれば、米国への輸出で経済成長を続けていた諸国に大きな影響が及ぶだろう。米国に対抗して各国も関税を引き上げるなら、モノの移動が自由でなくなり、グローバリズムは停滞あるいは終焉を迎える。ロシアや中国など権威主義国と欧米の対立が先鋭化している状況で、ブロック経済圏の構築が進むことになったなら、第二次世界大戦につながった1930年代の再来も想定される。

 自由や民主主義や人権など欧米由来の価値観に基づく国家形成が「標準」だとされた世界秩序は現在、ロシアや中国、イスラエルなどの行動により、信頼性が揺らいでいる。そこに米国が高関税政策に転換するなら、築かれていた国際秩序は崩壊に向かい、世界は混沌に突き進む。欧米由来の価値観は見向きもされず、自国ファーストとして各国が本音むき出しの行動に励む世界が近づいているのかもしれない。

2024年11月2日土曜日

心配すんな

 クレイジーキャッツのヒット曲「だまって俺について来い」は1964年に発売され、何度もカバーされている(作詞は青島幸男、作曲は萩原哲章)。「植木(等)の極めて無責任なリーダーシップが、かえって人の悩みを吹き飛ばしてしまう。『そのうちなんとかなるだろう』というフレーズと、あまり根拠のなさそうな高笑い」(「クレイジーキャッツ/ホンダラ盤」解説)が聴いている側の心を開放的にする。

 1番の歌詞は「ぜにのないやつぁ 俺んところへこい」と始まるが「俺もないけど 心配すんな」。そして、青い空や白い雲を一緒に見て、雄大な自然に比べりゃ小さい悩みだと気分を転換させ、「そのうちなんとか な〜るだろう」とチョー楽観的な気分にさせ、確かな見通しがなくても不安を過剰にせず、自信を持って進めと促される。

 楽観的な気分にさせられたり、自信を持って進めと促されるのは歌詞にある「ぜにのないやつ」なのだが、同時に歌を聴いている人も巻き込んで、一緒に楽観的な気分にさせる。人生の応援歌というには無責任すぎる歌詞だが、聴く人の元気を喚起する歌になったのは、植木等のハキハキとしてアッケラカンとした明るい歌唱が聴く側の気持ちを楽しくさせるからだ。

 ゼニがない不安にとらわれ、どうやって食いつなごうかと気が塞いでいる人が、楽観的になっても状況は変わらないだろう。ゼニがない不安を解消するにはゼニを得ることだ。だが、簡単にはゼニを得ることができないから、ゼニがない不安に押しつぶされて悲観的になる。そこへ「なんとかなる」という根拠のない励ましは時と場合によっては逆効果で、悲観的になっている人を怒らせるかもしれないが、どうにもならない状況を笑い飛ばすことができれば、塞いでいた気分の転換になる。

 2番の歌詞は「彼女のないやつぁ 俺んとこへこい」、3番の歌詞は「仕事のないやつぁ 俺んとこへこい」と始まり、水平線やあかね雲など雄大な自然を一緒に見て、「そのうちなんとか な〜るだろう」と続けるが、3番の歌詞では「そのうちなんとか な〜るだろう」の後に、「だまって俺について来い」と付け足して締める。

 ぜにも彼女も仕事もない「俺」について行っても、いいことは起こりそうにないだろうが、そんな状況でも「俺についてこい」と言うことが出来る「俺」は頼りがいがある人物に見えなくもない。現代なら、ぜにも彼女も仕事もない「俺」が仲間を集めて金目当ての犯罪に走ったりしそうだが、高度経済成長の1960年代には「なんとかなるだろう」との気分が社会にみなぎっていて、この歌はその反映なのかもしれない。

 単純な歌詞と単純な構成の歌だが、この歌には確かにパワーがある。訪問客を集めようと全国でパワースポットが増殖しているそうだが、本当にパワーがあるのかどうかは誰も知らず、信じる人だけがパワーを感じる場所でしかない。だが、この歌は紛れもないパワーソングで、発売から60年を経た今日でも、聴く人の心を明るくさせ、楽しませるパワーを失っていない。