2021年4月28日水曜日

食品偽装の誘惑

 コシヒカリと表示しながら低級米を混ぜていたり、輸入肉を和牛として売ったり、他産地の肉を松坂牛など銘柄肉に偽装したりと業者による産地偽装は珍しくない。加工食品では原料表示や加工日、消費期限の偽装などがあり、レストランなどのメニューでは材料の表示の偽装などが存在した。

 産地偽装や等級偽装、品質偽装、原材料偽装、消費期限偽装など様々な偽装が食品につきまとう。偽装の手段は様々だが、目的は金だ。安いものや廃棄すべきものを高く売ることができれば、儲かる。安く仕入れたものを高級品やブランド銘柄に見せて、できるだけ高く売ることで儲けが増える。

 食品の高級品やブランド品は相応に価格が高い。だが、消費者が必ず味わいの違いを識別できるかというと、心許ない。価格の高い食品と低価格品の味の違いを消費者が必ず識別できるとは限らず、赤身肉に牛脂を注入して霜降りに偽装した牛肉と銘柄牛を食べて識別できる消費者も少ないだろう。価格の高低と味わいの関係は曖昧だが価格差は存在するので、食品の偽装は根絶されない。

 見つかる可能性が低く、儲かるのだから食品偽装の誘惑は大きい。DNA分析で多くの食品偽装が暴かれるようになったが、DNA分析が全ての食品に対して行われるわけではない。事件化したものは氷山の一角だろう。欧州でもオリーブオイルやワインなどの産地偽装が頻発しているというから、食品偽装は珍しいものではないらしい。

 より美味しいものを食べたいという欲求は誰にでもあるだろう。売られている食品の味わいの違いは見ただけでは峻別し難く、価格の高低は一つの指標となる。そこから、高い食品=もっと美味しく品質がいい食品という了解(幻想?)を売る側と買う側の双方が共有した。商品の差別化は、高いものを買うことに満足する消費者の心理に支えられている。

 食品の表示は食品表示法により規定が統合され、販売される全ての食品に表示が義務化された。食品の種類ごとに細かな規定があるが、これで食品偽装が一掃されるか不明だ。法の抜け穴を探って一儲けしようという業者は必ず存在するだろうし、そもそも、偽装が見つからなければ儲けが大きいのだから食品偽装の誘惑が消えたわけではない。

 ところで、キツネそばやタヌキうどん、ウグイス餅、タイ焼きなどにキツネやタヌキ、ウグイス、タイなどの肉が入っているわけではない。こちらも食品偽装の一種と冷やかす人もいるが、消費者を騙す目的でつけた名称ではないから不問に付されている。油揚げ入り蕎麦とか揚げ玉入りうどんなどと「正確」な名称より、キツネそばやタヌキうどんなどのほうが食欲をそそるのは確かだ。

2021年4月24日土曜日

世界で日本で第4波

 感染が急速に拡大し、新規感染者が約33万2千人/日で死者2263人/日と過去最高になったインド(23日)。2020年9月には新規感染者が10万人/日だったのが21年2月には1万人/日程度になっていたのに、感染拡大を抑制し続けることができなかった。政府は行動制限を解除し、大規模な選挙集会や宗教行事などで感染が拡大したことに加え変異ウイルスの蔓延で、感染悪化に拍車がかかっている。

 インドのほかに南米や欧州、トルコなどでも変異ウイルスによる感染拡大が顕著で、世界で新規感染者が大幅に増え、第4波が襲来している状況だ。イスラエルや英米はワクチン接種が他国より早いペースで進み、行動規制の緩和が報じられるが、インドやブラジルなどでは集中治療室が埋まり、病院には患者が溢れ、医薬品や医療用酸素の枯渇もあって医療崩壊が現実となっている。

 世界での感染者数は1億4千万人、死者数は300万人を超えた。ワクチン接種が進むのは先進国などの特定国に限られる一方で、インドをはじめとする多くの国は変異ウイルスなどによる感染の拡大を抑制できず、人々の気の緩みなども指摘され、外出禁止など行動制限や商店の営業規制などに頼るしかない。米国でも州によっては若者を中心に感染者数が増加に転じているという。

 日本にも第4波が襲来している。大阪など近畿圏で感染拡大が顕著だったが、自治体も政府も毎日の新規感染者数などを深刻がって見てるだけで、素早い対策は希薄だった。そうしているうちに東京をはじめ全国的に感染の拡大が広がり、緊急事態宣言に追い込まれる地域も出てきた。緊急事態宣言の前段階として設定された「まん防」の効果は何があったのかと疑問になるような展開で、感染拡大を後追いしているだけの自治体と政府だ。

 変異ウイルスによる感染ルートに顕著な相違は報告されていないので、飛沫感染と接触感染が主であることは変わらないだろう。3密を避けるとの対策が引き続いて有効だろうが、自治体や政府から聞こえてくる対策は、飲食店の営業規制に偏る。だが、飲食店での飲み会ルートでの新規感染者はどれくらいなのか具体的な数字は示されない。科学的な対策というなら、根拠になるのはデータだ。

 1年前とは人々の意識は変化した。ワクチン確保が後手にまわり、外出自粛や営業自粛を呼びかける以外に対策はないように見える自治体や政府を人々は冷ややかに見ている。厚労省をはじめ官僚らが多数で飲み会を開いていたことが次々に暴かれ、自治体や政府の発する言葉に説得力が薄れた。人々の信頼を得るためには自治体や政府は、第4波を見事に抑制してみせるくらいを達成しなければなるまい。

 都会では、飲食店の時短営業などにより路上で酒を片手に飲み会をする人々が現れたという。自治体は路上飲み会も厳しく取り締まるというが、法的な根拠はぼやけている。感染リスクがあると専門家は指摘するが、路上飲み会と同様の感染リスクがある状況は、混雑する通勤通学時や会社内など都市生活には珍しくない。路上飲み会の感染リスクを数字で可視化して警告することが専門家の役目だ。第4波に対して人々の協力を得たいのなら、具体的なデータで人々を説得しなければならない。

2021年4月21日水曜日

衰えた翻訳力

 日本では言語状況も「グローバル化」が進み、カタカナ語の大幅な増加が続いている。明治以来、日本人は英語など欧米の言葉を適当な漢字を使ったり造語して翻訳し、新しい概念や技術などを吸収してきたのだが、翻訳の過程は欧米の言葉の意味するものを日本語で明確化する過程でもあった。

 日本では今も欧米から新しい概念や技術を吸収することは続いているが、インターネットの普及と英語を理解する日本人が増えたこともあってか、適する漢字を使ったり造語して翻訳する努力は放棄されたような状況となり、英語などをそのまま取り入れていることが大幅に増えた。

 といっても英語などをアルファベットでそのまま日本語の中に取り入れるようになったわけではなく、読みをカタカナに直しているだけだ。新聞や雑誌はまだ縦書きが多いが他は横書きが主流となり、インターネットは横書きの世界なのだから、アルファベット表記を日本語の文章の中に取り入れることは容易になったはずだ。だが、読みをカタカナ書きするだけ。

 新しい言葉をカタカナ書きする弱点は、その言葉の意味するものがぼやけてることだ。カタカナ表記を読んですぐに理解できる日本人は少ないだろうからと、カタカナ表記に続くカッコ内で言葉の意味を説明したりする。それは文字数を増やすだけなのだから、新しい英語などの言葉を日本語に翻訳して表記するようにしたほうが効率的だ。だが、カタカナ表記は増殖するばかり。

 英語などのカタカナ表記が増えたのは、日本語に翻訳する日本人の能力が低下したからだろう。おそらく漢文の識字能力が衰えて漢字の知識が乏しくなり、日本語の読解力も衰えた日本人は英語などから日本語に翻訳する能力も低下し、新しい概念や技術などを表す英語などの言葉を日本語にうまく翻訳=置き換えることが困難になった。まあ、読みのカタカナ表記で済ますほうが翻訳に頭を悩ますより簡単だし、立派そうに見えるか。

 カタカナだけで説明がない表記も増えた。そうした新しいカタカナ表記の意味を知りたくても国語辞書にはまだ載っていない。英語に堪能な日本人が増えたのならカタカナ書きするよりはアルファベットで表記するほうが理解しやすいだろうが、そうなるのはまだ先だ。新しいカタカナ表記は、言葉の意味するものを正確に知ろうとしない多くの日本人にとって、意味がよく分からない言葉のまま放置される。

 カタカナ表記の氾濫は、①日本人の翻訳能力の低下、②日本人は言葉の意味が曖昧のまま使用、③欧米発の新しい概念に盲従し、検証しないーなどを示す。翻訳とは英語などの言葉が意味するものを自らの言葉で理解することでもある。日本語に翻訳する作業を放棄して見慣れぬカタカナ表記を増殖させることは、ますます日本語の世界を曖昧にし、情緒的にする。

2021年4月17日土曜日

無人島に持っていくもの

 「無人島に1枚だけCDかレコードを持って行けるとしたら、何を持っていくか」との問いは、頻繁に聴く愛聴盤か最も高く評価している作品は何かを尋ねている(無人島には電気がないだろうから、CDやレコードを持っていっても音楽を聴くことはできないのだが)。

 同様の問いに「無人島に1冊だけ本を持って行けるとしたら、何を持っていくか」がある。これも愛読書か最も高く評価する本を尋ねているのだろうが、無人島では読む時間が十二分にあるだろうから、愛読書などではなく、読むのに時間がかかる本を挙げる人もいる。例えば、大部の辞書など。

 これらの問いは、無人島に行って1人ぼっちになり、しかも帰っては来ないという想定だ。つまり、無人島に行ったきりになる。だが、食糧や水など生存に必要なものは確保でき、生存を続けていくことができるとの暗黙の前提があるらしく、本を読んだりする時間だけはたっぷりあるということらしい。

 愛聴盤や愛読本、最も高く評価するものなどを問うために無人島を持ち出す必要はない。無人島を持ち出すのは、現実の生活から完全に離れることと、所有物を失って身一つになることを設定するためだ。無人島に持っていくという選択は、多くの所有物を捨てて一つを残すという選択だ。

 無人島に持っていく本は「無人島での暮らし方のガイドブックだ」と友人、「あるいは、無人島からの脱出法を解説した本があれば、そっちの方がいい」。何を持っていくかではなく、無人島に1人で生きなければならなくなることに友人は目を向けた。

 しかし、「ガイドブックがあっても、無人島での生活の役に立つかどうかは判らない」と友人。無人島に一つだけ持っていくという設定なので、ガイドブックを選んだなら、他に何もないことになる。「ガイドブックに無人島ライフの多くのノウハウが書いてあっても、道具がなければ何も実行できないだろう。サバイバルナイフのほうが実際に役に立つかもしれない。いや、現代なら衛星携帯電話だな」。

 無人島で外界から遮断された時間を過ごした後、戻ってくるという設定ならば、「無人島に一つだけ持っていくことができるとしたら、何を持っていくか」との問いの無人島はリゾート地と同じだ。わざわざ無人島を持ち出すのは、現実生活から離脱することをロマンチックに想像させるためか。

2021年4月14日水曜日

時代についていけない

 森喜朗氏の「不適切」な女性蔑視発言は、日本社会で女性の地位が低い状態のままであることを可視化した。さらに世界の男女平等ランキング(ジェンダーギャップ指数)で調査対象156カ国のうち日本は120位であり、指導的地位にいる女性の割合が少なすぎることなどが問題点として報じられたが、たちまち、新聞社やテレビ局などでの女性役員の少なさを批判する声が現れた。

 「第四の権力」として国家権力を監視し、批判する大役を担う新聞社に人々が向ける目は厳しくなっている。インターネットには新聞社やテレビ局が報じない内外の情報が大量に流れ、新聞やテレビを見なくても人々は多くの情報を得ることができる現在、大所高所から権力や社会を批判し、人々に向けて御高説を発信していた新聞社の存在価値が薄れたことは確かだろう。

 その新聞社は経営面でも厳しくなっている。紙に情報を印刷して配送し、販売店が家庭に届けるというビジネスが、インターネットが普及し、さらに、どこにいてもスマホでいつでも情報を得ることができるという時代についていけなくなった。各社の発行部数はハイペースで減少を続け、希望退職を募集するなど事業規模の縮小を繰り返す。構造不況業種だな。

 こうした状況はインターネットが普及し始めた頃から予想されていた。すでに米国では新聞社の統廃合が進んでいて、日本の新聞社には対応策を検討し、展開する時間的な余裕は十分にあった。だが各社から大胆な対応策は出て来ず、時代の変化に対応した斬新な発想が簡単に生まれるものではないことを新聞各社は示してみせた。

 各社はホームページを作ったものの、課金にとらわれすぎるためか、紙の新聞に比べてもニュースなどの情報量が少なく、情報の更新も遅い(紙の新聞には原稿の締め切りがあるが、インターネットには締め切りはない=いつでも締め切り)。紙の新聞より大量の情報があって情報源として魅力があると人々に思わせなければ、新聞社サイトはポータルサイトと同列の存在でしかない。

 紙の新聞の発行部数は減るばかりで、自社サイトは収益減にいつまでも育たず、リストラで社員を減らして不動産収入に頼るだけとなっては新聞社は先細り。毎日新聞社は大阪本社ビルを銀行に譲渡して資金を借り入れ、運転資金に充てるという。同社は資本金を1億円に減資したことも話題になった。税制上は中小企業の扱いとなり節税につながるというが、経営の余裕がなくなった現れだ。

 監視や批判が緩めば権力は腐敗し、強権的に振る舞い、説明責任を軽んじ、企業や官僚と癒着したりすることは最近の日本の例が示している。権力を常に監視し、批判する存在は民主主義社会に不可欠だが、経営難の新聞社がその役割を担うことはいつまで可能か。インターネット上に、権力監視の公共的な役割を担う新聞社に代わる存在はまだ現れてはいない。

2021年4月10日土曜日

機動的な対応に失敗

 まん防とは「まん延防止等重点措置」の略称である。これは「地域の感染状況に応じて、期間・区域、業態を絞った措置を機動的に実施できる仕組み」(内閣官房HP)で、「集中的な対策により、地域的に感染を抑え込み、府県全域への感染拡大を防ぎ、更に全国的かつ急速なまん延を防ぐ」ことが目的という。

 まん防は緊急事態宣言の前段階として新たに設定されたものだが、都道府県など自治体が地域の感染状況に応じて自由に発令できるものではなく、要請に応じて国が実施を決める。「機動的に実施」するなら全国の市町村がそれぞれの感染状況に応じて発令や解除を適時行うほうが効果的だろうが、政府は規制の権限を手放さない。

 全国各地で以前の緊急事態宣言の発令時と同様の感染状況に悪化してから、まん防の適用を政府は決めた。まん防の適用は緊急事態宣言レベルより感染状況が軽度の場合のはずだが、感染状況は緊急事態宣言にふさわしいレベル。まん防と緊急事態宣言の発令基準の違いは微妙で、政府や官僚の裁量権が増しただけとも見える。

 まん防は、緊急事態宣言の発令時のような経済活動へのダメージを少しでも軽減するために設定されたものだが、政府がもたもたして感染状況の悪化を後追いしているだけとなっては、まん防の存在の意味が薄れる。まん防という新たな基準の設定は混乱を増やしただけで、緊急事態宣言との違いを人々は実感できないだろう。

 まん防は、政治が出すメッセージとしては失敗例だ。緊急事態宣言の前段階として人々に警戒心を高めるように促すはずのシグナルが、状況認識の複雑化をもたらし、より混乱を招くだけとなった。まん防のような人々に理解されない政治メッセージでは効果は限られ、感染拡大防止の効果は期待できない。

 新型コロナウイルスに対する警戒シグナルは都道府県独自のものもあり、感染状況や医療逼迫状況に合わせて、それぞれ数段階に分かれる。各都道府県が独自に設定するので名称も各段階の基準もばらつきがあり、ぱっと見ただけでは理解しにくい。人々が全国を自由に移動する現在、政府は各都道府県の基準に共通性を持たせて、人々の警戒心を高め、行動変容を促す方向へ導くべきだろうに、まん防という新たな基準を政府が設定し、混乱を増やしている。

 政府や官僚は感染拡大を裁量権の拡大にうまく使った。都道府県が独自に警戒シグナルを発するより政府に判断を一本化したほうが感染拡大を効果的に抑制できるなら喜ばしいが、実際は政府や官僚は機動的な対応に失敗し、各地での感染拡大をもたもたしながら後追いしているだけだ。感染拡大の波はこれからも次々と続くことを覚悟した方がよさそうだ。

2021年4月7日水曜日

中国人の愛国主義

 愛することは普遍的な行為で人類が共有するものだが、誰を愛するか何を愛するかは個人の選択に任される個別的なものだ。愛するという普遍的な行為は、現れる時には個別的で特殊なものとなり、それは多彩で様々な形態や展開となる。もちろん、ある個人を複数の人が同時に愛することは珍しくないだろうし、例えば、ビートルズの音楽を愛する人は多数いるだろうから、共有する愛も存在する。

 共有する愛の一つに祖国愛がある。それはかならずしも国家に対するものではなく、郷土愛と未分化であることも珍しくないが、近代国家においては国家を愛することを国家が主導し、奨励し、強制し、祖国愛と愛国主義が同一のものとされたりする。素朴な郷土愛の対象は人々が生まれ育った風土だろうが、そこに国家が重ねられ、愛国主義が自然なものであるように演出される。

 国家を愛するという人々は、郷土や風土を除くと、何を愛しているのだろうか。政府や体制に対する熱烈な支持がしばしば愛国主義の具体的行動として現れる。政府や体制を支持することは政治意識に促される行為であり、政府や体制は本来、感情が大活躍する「愛する」対象にはふさわしくない(だが、政府や体制を愛することは禁じられてはいない)。

 人は愛する対象との距離を縮めようとする。政府や体制を愛する人々は国家に対する帰属意識を、政府や体制との距離を縮め、一体になると感じることで満足させているのかもしれない。そうした一体感は、権力に関与しない人々には実態を伴わない「片想い」でしかないのだが、政府や体制との一体感は自己肯定感にもつながるから心地よさを実感することはできよう。

 愛は盲目とも言う。対象を肯定的にだけ見ることで可能になり、持続する愛なら、愛する対象に対する批判精神は抑制される。対象を愛しつつ批判もすることは可能だが、それは誰にでも、いつでも可能であるとは限らない。政府や体制を愛するという愛国主義の欠陥は、人々から常に批判されなければ「腐りやすい」政府や体制に対して盲目になることだ。

 愛国主義という国家に対する愛は個人が感じるものだが、しばしば集団的な行動となって現れる。国家に対する帰属意識が愛国主義を支えているのなら、個人より国家を上位に置く集団主義との親和性は高い。個人があって集団があるのではなく、集団があって個人があるという集団主義は、同調しない個人や組織などを攻撃し、自由な言動を制約するなど排他性を帯びる。

 愛は対象を縛ることがある。愛するに値するように対象は常に立派でなければならないと求め、対象の自由を縛る。国家が煽る愛国主義は同調する人々が増えるにつれて、その愛国主義から逸脱する行動を制限する人々の圧力が増し、かくして国家も人々も愛国主義を抜け出せなくなる。国内で愛国主義を煽る中国共産党もその愛国主義に縛られ、内外政治における自由裁量の枠が狭まっている。人々が強く愛国主義に駆り立てられるほどに、その愛に値する政府や体制であり続けなければならなくなる。

2021年4月3日土曜日

感染拡大の波状攻撃

  フランスはパリなどで続けていた外出制限や店舗休業を全土に拡大し、学校を遠隔授業に切り替えた。850万人以上(国民の1割強)がワクチンを接種したが、感染力が強い英国型変異ウイルスによる感染加速で新規感染者数が6万人(3月31日)にもなる状況では、人々の接触を制限するしか策はない。ドイツでも変異ウイルスによる感染拡大が続いているが、規制強化を打ち出したものの人々の反発が強く政府は撤回に追い込まれた。

 米国でも新規感染者が6万人/日になるなど感染拡大が続き、CDC所長は欧州諸国で感染者や死者が再び急増している事態がアメリカでも起きないか心配だと警戒感を示した。ブラジルでも感染拡大が顕著で、死者数は昨年の2倍のペースで増加しているという。世界最大規模のワクチン生産国インドでも新規感染者が増え、国内接種のワクチン確保を優先するため輸出の制限を始めた。

 世界では感染者数は1億2830万人、死者数279万人(3月31日現在、以下同)。米国は感染者3039万人・死者55万人、ブラジルは1266万人・32万人、インドは1215万人・16万人。感染者数が1千万人を上回るのはこの3国だけ。フランスとロシア、英国は感染者数が400万人台、イタリアとトルコ、スペインが300万人台で、ドイツとコロンビア、アルゼンチン、ポーランド、メキシコが200万人台。

 感染拡大は日本でも目立つ。大阪や兵庫、宮城、山形、青森などで新規感染者の増加が続き、東京などでも減少傾向から反転し始めた。全国の感染者数は47万5335人で、死者数は9176人。東京で感染者数が12万人を超え、次いで大阪5.2万人、神奈川4.8万人、埼玉3.2万人、千葉2.9万人、愛知2.7万人。北海道と兵庫が2万人台で福岡が1.9万人。1千人未満は11県で、鳥取と島根、秋田は200人台で推移している。

 日本でも世界でも感染拡大が起きている地域・国と抑制されている地域・国に分かれる。感染拡大の理由として①人々の接触機会が多い、②人々の移動が多い、③変異ウイルスの存在ーなどの違いが想定される。外出制限やロックダウンなどが長引くと人々は我慢できなくなって反発したり、制限が日常化したことによる気の緩みなどからコロナ以前の行動形態に戻ることなどが影響している可能性もある。

 この感染拡大は第4波が襲来したと懸念する地域・国が多いようだ。新型コロナウイルスの感染拡大には波があり、波状攻撃とも見えるが、実際には、感染者の増加で外出制限やロックダウンなど規制を強めて人々を自宅に閉じ込めることで感染者の増加を減らし、制限を緩めると人々の接触機会が増えて感染者が増加することを繰り返しているだけだ。

 人々の接触機会が増えると感染者が増える構造が続くなら、新型コロナウイルスが自然消滅するか治療薬が誕生するまで感染拡大の波状攻撃が続くだろう。ワクチンの効果は未知数で、外出制限やロックダウンを厳しくしたり緩めたりを繰り返すしか人類には対応法がないとすると、これからも波状攻撃は繰り返される。人々が出歩いて人々と会って話し、旅行することを放棄することはないからだ。