2016年8月31日水曜日
カモメとウミネコ
旅行で海辺の街を訪れた時に、白と黒、灰色が混じった鳥を街中で見かけた子供がはしゃいで「カモメだ」などと言ったら、地元の人に「あれはウミネコだよ」と優しく訂正された。子供は「海の猫なの? 鳥じゃないの?」と聞くと地元の人は「鳥だよ。カモメの仲間なんだけど、カモメとは少し違うんだ」と説明してくれた。
カモメもウミネコも同じカモメ科に属し、見た目は非常に似ている。大きさもほぼ同じ(カモメがウミネコよりやや小さいが、個体差を考えると、大きさだけで見分けることは難しい)。見分けるポイントはクチバシで、ウミネコのクチバシの先端は黒い(赤も混じる)。飛んでいるなら、尾羽が白いのがカモメで、黒い帯があるのがウミネコ。ついでに、目つきはウミネコのほうが鋭い。
両者とも海辺や水辺などに住むが、季節により顔ぶれは変わる。カモメは渡り鳥で、秋に日本に飛来して冬を過ごす。ウミネコは留鳥で日本で繁殖するので、夏に見かけるのはウミネコだということになる(オオセグロカモメも北海道などで繁殖する留鳥だが、ウミネコより一回り大きい)。
「クチバシを見るんだよ」と言われた子供は、警戒しながらも立ったまま動かない鳥に、こわごわと近寄って、「ホントだ。クチの先が黒くなってて、少し赤い」と嬉しそうに言う。海辺の白い鳥=カモメだと思っていた子供の世界認識が広がったのは歓迎すべきか(大げさな表現だけど)。
尾のほうを見ようと子供がさらに近づくとウミネコは飛び立った。「尾は見えたか」と聞くと、「よく分からなかった」との答え。「港に行けば、たくさんいる」と地元に人に聞き、港に行くと、そこここにウミネコがいる。子供が近づくとウミネコは逃げるが、何回か繰り返した後、さりげない近寄り方を子供は見つけた。だが、地上のウミネコは閉じた羽根の先が尾の上に重なるので、黒い帯があるのか、よく見えない。
港の突堤のほうでウミネコが飛び交っていたので見に行くと、1羽が低く滑空してきて、目で追いながら子供は「尾が黒い」。そのウミネコは何かをまき散らしながら飛んでいった。地上には点々と白い斑点状のもの。通りかかった人が「気をつけないと、ひっかけられるよ」と笑う。
鳥類には膀胱も尿道もなく、尿は腸に排出され、他の排出物と一緒に排出する。飛ぶためには軽いほうがいいので、溜れば出すということらしい。確かに、飛びながら何かをまき散らしているウミネコは他にもいた。友達がカラスにフンを落とされたことがあると子供は言い、「鳥って飛びながらフンをするんだ」と、また、世界認識が広がったようだ。
2016年8月27日土曜日
譲位できなかった大正天皇
長嶋茂雄という人々に愛された天才的なプロ野球選手がいた。1974年に引退したのだが、人気者の長嶋茂雄であり続けている。プロ野球選手という職務からは引退できるが長嶋茂雄という個性からは引退できない。もし、長嶋茂雄が特別な選手だからと、引退を許されず生涯現役でいなければならないとしたら、体力や気力の衰えもあるだろうから、いつか、現役を続けなければならないことが苦痛になるだろう。
引退の様式は職業によって異なり、例えば、歌手など個人で活動する職業の場合は生涯現役を続けることが可能だ。ただし、売れなければ若くても消えていったりするので、常に引退と背中合わせでもある。生涯現役を続けたとしても、ヒットが続くことは稀で、やがて忘れられていく。生涯現役のつもりでも、いつしか声量が衰え声域が狭まったりもし、懐メロ番組などで無惨な歌声を聴かせるはめになったりもする。
病んだり老いたりする人間が高齢になって、それまでの職務・責務を手放し、続く世代にバトンタッチすることは社会の流動を促し、活力を保ちつつ安定させる循環システムであろう。本人にとっても、第一線を退き、社会的な役割などが次第に薄れ、平穏な日々を過ごすようになることは、人生の果実の一つであるかもしれない。
天皇は日本の象徴とされ、存在することが責務となる。でも、ただ座っているだけではなく、象徴としての様々な公務があるほかに、天皇として振る舞うことも要求される。自分が天皇であることの使命感を常に持っていなければ、天皇を“続ける”ことが重荷になることがあるかもしれない。
公的な存在であることに限界を感じた個人なら、自分の意思で引退は可能だが、象徴として存在することが責務である天皇は老齢になっても簡単には引退できない。個人の意思は制約され、天皇として存在し続けることを要求され、それに応え続けなければならない存在だ。神であったのなら引退など考えなくてもいいのだろうが、現人神はもういない。
人間には様々な限界があり、天皇としての役割・責務を果たせなくなることもある。病気で天皇の責務を果たすことができなくなり、摂政を設置されたのが大正天皇だ。象徴としての天皇ではなく現人神の天皇の時代であったのだが、記憶や言語に障害が見られ、ついには寝たきりになったというから、存在としての天皇の姿を見せることもできなかっただろう。
そんな大正天皇でも譲位できなかったのは、存在するだけで尊いとの考えが強く、現人神としての公務は軽視されていたからだろう。象徴としての天皇には象徴としての公務があり、その公務を満足に務めることができなくなったと自覚した天皇本人が、象徴としての存在に強い責任感を持っていたなら、ポジションを次の世代に譲るという考えが生じるのは自然なことだろう。
2016年8月24日水曜日
偶像からの脱出
グループとして活動していた人達が、年月とともにメンバー各自の方向性の違いや不和などが顕著になり、解散することは珍しくない。個人が集まって結成したグループの場合、一緒に活動することによる不満や苦痛のほうが満足や楽しみより大きくなったなら、自らの意思で解散できる。グループの主導権をメンバーが有しているから、グループの進路を自分らで決めることができる。
プロダクションがメンバーを集めて、つくりあげたグループの場合、生殺与奪の権はプロダクションが握る。グループとしての活動に不満があってもメンバーは、プロダクションの意向に従うしかない。従わないなら、グループから追い出される(売れていないグループなら、もう余計な金は使えないと、解散させられる)。
プロダクションは、歌手やタレント志望の少年や少女の中からメンバーを選んでグループを形成させ、テレビ各局に売り込み、楽曲を与えてデビューさせ、“金のなる木”に育てる。個人が集まって結成したグループなら、楽曲をつくることも、それを披露する場を得ることも自力でやるしかない。そうした“産みの苦しみ”をくぐり抜けて大きな存在となる(もちろん、大半は消えていくが)。
ビートルズやローリング・ストーンズのようなビッグ・グループになると、自らの創作や活動の自由を保つため、マネジャーやプロデューサーを自分らで選び、自分らでレーベルをつくり、自分らでツアーを企画し、バンド名を自分らで所有し、グッズ類の製作・販売を管理する。メンバーの交代やグループの解散を決めるのも自分らだ。
プロダクションがタレント志望者を集めてつくったグループが、与えられた楽曲を歌ってヒット曲を連発したりもし、各メンバーに音楽などの才能があるようにプロダクションが演出したりもするので、自発的に集まったグループと混同されやすい。しかし、そこには大きな違いがある。前者が行っているのはタレント活動であり、後者が行っているのは音楽活動だ。
プロダクションは、グループとして売るとともに各メンバーの“バラ売り”も行い、メンバーは個別にテレビのバラエティー番組やドラマなどに出演するようになる。個別のタレント活動の場が広がると、グループとしての活動は従属的になるが、それをプロダクションは歓迎する。グループなら1番組にしか出られないが、個別メンバーでバラ売りすれば複数の番組に同時に出ることもできるから、売り上げが上がる。
プロダクションの所有物であるグループを、メンバーの意思で解散させることが難しいのは、メンバーは管理され収奪される対象でしかないからだ。自発性を求められない従属的位置づけの存在であるメンバーが、急に自己主張を始めたところで、プロダクションに聞き入れてもらえるはずもない。
音楽などの才能に関わりなくプロダクションに「アーティスト」に仕立て上げられたタレントは、自立しても「アーティスト」としては生きていくのは難しい。グループの解散を求めることはタレントとして自殺行為であるが、それでも解散を求めるなら、プロダクションのクビキを脱して自立して生きる機会になる。プロダクションと対立した多くのタレントは消えたが、プロダクションに従属して生きる人生だけが最高とは限らない。
2016年8月20日土曜日
自由の女神
画家ドラクロワの作品「民衆を導く自由の女神」は、1830年7月の労働者や学生、市民による蜂起を題材とした作品だ。右手に持った三色旗を高々と掲げ、左手に銃を持つ女性が中央に描かれ、女性に先導されるかのように、銃や剣を持った男たちが続く。足元には死者らが倒れているが、彼らを踏み越えて人々は戦いに向かう。
王侯貴族らと新興ブルジョアジー、市民、労働者らが衝突したフランス革命とその後の政権争いでは、社会の混乱は長引き、何度も衝突が起き、多くの人が傷つき、死んだ。だが、王侯貴族の支配が打倒され、民主主義社会の先駆けとなったことで歴史的な評価は高く、多くの人が死んだからと否定的に見る人は少ないだろう。それは、蜂起に立ち上がった市民、労働者らの側から見る視点を受け継いでいるからだ。
殺すことも殺されることも否定、拒否し、傷つけあうことを嫌悪するのが正しい歴史体験の伝承の仕方だとするのなら、人々の悲しみや苦しさなどの記憶を中心に語り継ぐだろう。だが、フランス革命では、多くの人が死んだことよりも、権利や自由を求めて立ち上がった人々への称讃や革命の意義などが伝承される。
フランスのように革命により成立した社会では革命の精神を伝承することが正しいとされるが、戦後日本のように敗戦により成立した社会では戦争への拒否感を伝承することが正しいとされ、拒否感を維持するために戦争による個人の悲惨で苦しい体験にスポットを当てる。歴史を受け継ぐためには、感情よりも精神のほうが一般化しやすく適しているだろうが、敗戦の精神となると負け犬根性と見分けがつき難くなりそう。
国家間の戦争と、人々が権利や自由を求めて権力と戦う革命とを同列に論じることには異論もあろうが、どちらも生命を危険に曝すことでは個人にとって似たようなものだ。敵国により殺された兵士や人々のほうが、自国の治安部隊により殺された人々よりも悲惨だとはいえまい。個人の悲惨で苦しい体験を伝承すべきとするのは、語り継ぐべき精神が先の戦争にはなかったことを示しているだけだ。
戦争は悪であり、起きないことが望ましいが、戦争をなくすことはできていない。人々が傷つけあい殺しあう革命も起きないほうが望ましいから民主主義の制度を人間は整え、革命によらずに社会矛盾を解消して行く方法論を人間は見いだした。感情に基づく拒否感では戦争を抑止することはできないが、革命から受け継いだ価値観や精神は社会の基盤となり、安定させた。
1945年以前の日本にも権利や自由を求める様々の動きがあったものの、制度としての民主主義は敗戦後の占領により実現した。だが、人々が立ち上がって獲得した価値観ではなかったため、人権や自由、民主主義などの精神が社会を強く支え、伝承されている……とは言い難い面がある。語り継ぐべき精神や価値観が希薄のままの戦後日本。敗戦で打ちのめされた人々に革命の精神を求めるのは無理があったか。
2016年8月17日水曜日
伝えるものは論理
日本人で戦争を経験した人々が次第に少なくなり、戦争の“現実感”が風化することを危惧するマスコミは、戦争の記憶の伝承が大切だと強調する。悲惨で苦しかっただろう個別の様々な具体的な経験は歴史を記録する豊富な資料になるため、後世に残すことは必要だ。しかし、個別の体験を伝えることだけが、戦争体験を伝承することではない。
個人の様々な経験を伝えるという作業には限界もある。体験を伝えるとは体験者の実感(感情)を伝えることだろうが、それは聞き手に想像力と共感力を要求する。聞き手と話し手が知見、感情などで共有する部分が多いほど伝えやすいが、生活実感の隔たりが大きい場合は伝えにくいだろう。つまり、世代を経るほどに実感を伝えることは簡単ではなくなる。
隔たりとは世代間だけではなく、例えば、国が異なれば生活実感に大きな隔たりがあろうが、戦争による悲惨で苦しい体験となれば、人間として共感できる部分が多いはずだ。でも、第二次大戦後も世界で戦争は起き続けているのに、そうした戦争の実態を伝えることも使命であるはずのマスコミは、日本人の戦争体験の伝承を重視する。
日本人が関わった戦争が他の戦争と異なる点は核兵器が使用されたということであり、その記録や記憶を伝承することは重要だ。だが、核兵器の使用は先の戦争の一部分でしかない。戦争は個人にとって全てが特別な体験であり、語り伝えるべき重みを持つ体験であろうが、個別の体験から見た戦争と全体としての戦争が同じものであるとは限らない。
個別の戦争体験の伝承は、悲惨さや苦しさを強調しがちだ。そうした伝承から導き出されるのは、戦争への感情的な拒否感であり、非戦論の有力な支えになる。第2次大戦後に日本人が直接巻き込まれ、日本が戦場になる戦争がなかったから、戦争に対する嫌悪感をかき立てるために、悲惨で苦しかった戦争体験を伝えることに励むのかもしれないな。
戦争は否定されるべきものであり、起こらないほうがいいに決まっているが、人類は常に世界のどこかで戦争を続けて来た。人々にとっては悲惨で苦しいだけの戦争が根絶されないのは、全体としての戦争には個人の感情とは別の論理が働き、方法論として戦争を肯定するからだろう。それは、個人の戦争体験の伝承からだけでは見えてこない。
悲惨さや苦しさなど個人の体験を伝えることに偏重すると、「戦争はいやだね」と拒否感は再生産されようが、世界のどこかで常に戦争が続き、世界では戦争が容認される場合があるという事実から目をそらすことにもつながる。個人にとっては悲惨で苦しいだけの戦争が世界では起き続けている理由を考えるためには、個人の戦争体験だけでは不充分なのだ。
個別の経験、事実を総合したところに一般化された論理が生まれる。日本人の個別の戦争体験から、一般化された戦争否定の論理が生まれたのなら喜ばしいが、戦争への拒否感を再生産するにとどまっている。個別の体験の伝承には限界があるが、一般化された論理なら世代を超え、国境を越えて理解されやすいだろう。個別の戦争体験の伝承にこだわり続けるのは、戦争否定の論理を構築することに日本人が失敗していることの反映でもある。
2016年8月13日土曜日
悪い奴らは殺すという政治
乱暴な社会実験がフィリピンで進行中だ。麻薬や犯罪を撲滅することを目指すドゥテルテ大統領が、密売人らを警察が摘発する時に殺害を容認(訴追免除)し、殺害した警官には報奨金を払い、民間人であっても密売人を殺害したなら報奨金を払うと約束したから、民間の自警団も密売人の殺害を始めている。
「効果」ははっきり現れた。ドゥテルテ大統領が就任して1カ月余りで麻薬絡みの容疑者402人を射殺したとフィリピン警察は発表、自警団による射殺なども加えると800人以上が殺害されたという。就任前の半年間で警官に射殺された容疑者は約100人だったというから、大幅な増加だ。また、薬物中毒者ら約57万人が当局に出頭し、リハビリ施設に送られるという(そんな大量の人数を収容できる施設があるのかは不明)。
報奨金の額は報じられていないが、高額なら、西部劇の賞金稼ぎのように密売人を捜して次から次にと殺す連中(自警団?)が現れそうでもある。人が多い都市部で生活する麻薬の密売人の存在を突き止めることは、西部劇のように荒野を探しまわることより容易だろう。犯罪を憎む警官なら、この機会に「悪」を一掃しようと奮起するかもしれない。報奨金で収入も増えるしね。
麻薬の密売人らに対象を限定したとはいえ、殺人を合法化したフィリピンの社会で今後、何が起きるのか、乱暴な社会実験だが、興味深い。麻薬の密売人が消え失せ、中毒者が大幅に減少し、犯罪件数も減少、リハビリを経て社会復帰した元中毒者らが仕事に励むようになり、安定した社会になったフィリピンは着実な経済成長軌道に乗りました……となれば理想的だろう。
だが、映画や小説と違って社会には「終わり」がないから、殺人を合法化したことによる歪みは社会にいつか現れる。厳しい取り締まりで抑えつけている体制は、抑えつけを続けるしかなく、厳しい抑えつけが少しでも緩めば反動が生じるが、ドゥテルテ大統領には任期がある。ドゥテルテ氏が大統領でなくなれば、裁判を経ずに殺害された人々の家族・親族などの恨みが噴出する可能性もある。
さらには、麻薬販売で生きていた連中が自衛のために強力に武装して、例えば、過激主義を掲げて武装闘争を正当化したり、ゲリラ闘争組織と連携したりすることは、ドゥテルテ大統領の任期中にも起きる可能性がある。歴史を振り返れば、政治的な武装闘争組織が麻薬を資金源にしていたことは珍しくなく、島嶼国フィリピンには各地に武装闘争組織がある。
今回の乱暴な社会実験には、密売人ら犯罪者を片っ端から殺害すれば麻薬を根絶できるのかという根本的な疑問のほかにも、▽殺害された人々は本当に密売人なのか(殺害の妥当性について個別に検証はなされているのか)▽自警団の正体は何か(仲間を売る犯罪者が紛れ込んでいないか)▽誤認殺害が判明したなら誰が責任を負うのか……など疑問点が放置されたままだ。
警官が裁判官をかねたように、現場で容疑者を死刑にするという光景が現実となったフィリピン。法の支配が損なわれ、「悪人」は殺害して排除するという社会で何が起きるのか……という貴重な社会実験は、自由選挙で選出された民主主義国の大統領なら、強権を発動して人権を軽視することが許されるのかという社会実験でもある。民主主義が実現したなら社会は善くなると期待しがちだが、民主主義の実現が全ての「解」ではない。
2016年8月10日水曜日
民主主義の手法で民主主義を否定
トルコで軍の一部がクーデターに動いたが、失敗に終わり、政権は一気に、軍のみならず検察、警察、公務員、教育界、報道など広い範囲で多くの人を拘束、解任するなど粛正の動きを進めている。今回のクーデター失敗でエルドアン体制の強権支配が数歩前進したことは間違いなく、欧米は対応に苦慮している。
今回、民主主義を守ることを、クーデターに動いた側も政権側も掲げた。クーデターに動いた側は、憲法による秩序や民主主義を回復させることが行動の目的だとアピールし、政権側はトルコの民主主義に対する攻撃であると主張し、人々に街頭に出て抗議の意思を示すよう呼びかけた。報道では、街頭で人々が兵士らを説得しているらしき映像が流れた。
クーデターが失敗に終わり、トルコにおける民主主義は「危うい」ままなのか、「守られた」のか、どちらだろうか。選挙で選ばれた政権が維持されたことで、トルコにおける民主主義は守られたように見えるが、クーデター騒ぎや強権による粛清は、民主主義が「傷つけられた」ことを示している。民主主義という“錦の御旗”を奪い合って、今回は政権側が勝っただけか。
善悪などの価値判断を加えずに民主主義を定義すると、「主権を有する人民による自由投票で選出された人々が議会や政府を形成し、政治を行う」体制を是とする主義で、その議会や政府の交代は人民の自由投票のみにより行われる。だから、軍事力や強権で議会や政府の停止・交代を行うことは民主主義に反するが、議会や政府が強権支配を容認・正当化することも民主主義を損なう。
自由選挙で選出された議会や政府が強権を容認・正当化するようになるのは実はそう珍しいことではない。代表例は独ナチスで、自由選挙で第1党になって権力を掌握し、徐々に独裁へと歩んだ。民主主義は、民主主義を否定する活動をも許容するという弱点を有する。規範としての民主主義と、方法としての民主主義は一体のものではない。
今回のトルコでは、民主主義を守ろうと軍の一部が反民主主義的なクーデターに動き、民主主義は守られたとする政権側は反民主主義的な強権支配を加速している。おもしろいネジレ現象が繰り広げられたわけだが、どちらも民主主義を、おそらく権力闘争の口実として持ち出しただけであろうことは想像に難くない。
規範としての民主主義は尊いものだが、多くの国にとっては移入された概念であり、簡単に実現するものではない。民主主義を政治体制として根付かせて行くためには、それぞれの国で、方法としての民主主義をそれぞれ見つけだし、規範としての民主主義との乖離を狭めるように努力を続けるしかない。その努力とは、例えば、クーデターにも強権支配にも否と主張する人々を増やすための報道・教育を確保することであろう。
2016年8月6日土曜日
安売りされる感動
五輪の陸上や水泳などの長距離競技で、他の選手がゴールした後、大きく遅れた1人の選手が懸命にゴールを目指していると、観客から盛大な声援が送られたりする。あきらめずに最後まで力を振り絞って競技を続ける姿に、声援を送りたくなるのは自然な気持ちだろうが、それは感動しているのだろうか。もし感動だとするなら、その選手は観客に感動を与えたことになる。
最近、大舞台に臨む意気込みを訪ねられたスポーツ選手から、「感動を与えたい」との言葉を聞くことが珍しくない。活躍する姿を見て喜んでほしいという程度の意図なのだろうが、「感動を与えたい」などと言われると、ありがたく感動させてもらいますと期待するか、与えてなんかいらねえよと反発したくなる、
選手は、上から目線で言っている気はないだろうし、観客のマインドをコントロールするつもりもなく、コントロールできるとも思っていないだろう。でも、選手は「感動を与えたい」と言いたがるようになった。「感動を与える」と公言することで、必ず成果を出すと自分を奮い立たせているのかもしれないが、それなら「期待に沿うように頑張ります」と決意を込めて言えばいいだけだ。
中には、日本人に「感動を与えたい」などと大きなことを言う人もいたりして、どれだけの感動を与えてもらえるのかと(さして期待もせずに)見ていると、結果はさっぱりで、感動よりも肩すかしを与えられることも珍しくない。感動を期待して見ていた側は、期待した感動の分だけ、負けた選手が色褪せて見えるのかもしれない。
「感動を与える」の感動は勝利を意味する。もちろん、大差のビリでも懸命にゴールに向かう姿にうっかり感動する観客がいるかもしれないが、声援を送る皆が感動しているわけではない。大差で離されながら懸命に頑張ってゴールを目指す姿より、1着を目指してデッドヒートの中で懸命に争う選手の姿のほうが感動につながろう。
ただ、勝利する姿が必ず感動と結びつくわけでもない。五輪では次から次と競技が行われるので観客は、勝利した選手にいちいち感動してはいられまい。それに、自分が応援する、例えば自国の選手が勝利した時には感動するが、他国の選手が頑張って勝利した時には感動しないなどという便利な感動の使い分けは難しいだろう。
引退したスポーツ選手に「感動をありがとう」の言葉が送られたりするので、どうやらプロ・アマ問わずスポーツを見る側は感動を味わったり、求めているらしい。感動は特別な感情ではなく、日常にありふれた感情の一つと位置づけられたのだろうが、安売りされすぎている気配もある。デフレが続く日本では、感動などの感情表現も安売りされる?
2016年8月3日水曜日
大義が隠すもの
大義とは、「人間として踏み行うべき最も大切な道(特に国家・君主に対して国民のとるべき道をいうことが多い)」「重要な意義。大切な意味」(大辞林)であり、大義名分は「人として、また臣民として守るべき事柄」「何か事をするにあたっての根拠。やましくない口実」(同)とある。何か大きなものと結びつけて、自己の言動を正当化するときに使われる言葉だ。
現代では、君主を持ち出す大義は歌舞伎や時代劇の中だけに限られるように、大義は時代とともに変わる。「国家のために」という大義はまだ生き残っているが、国家のためと言えば何でも許されるわけではなくなった。国家の在り方が問われるようになり、国家のための大義よりも、例えば、民主主義や人権などを優先する人もいる。
大義は地域によっても変わり、宗教によっても変わる。現代の世界を揺るがしているのは、イスラム圏の大義だろう。異教徒との戦いをイスラム教徒の大義だとし、武装勢力の活動や欧州諸国などでのテロを正当化しているように見える。日常の中にテロを持ち込まれたと感じる欧州諸国の人々にとっては、まことに迷惑な「大義」だ。
大義がうさん臭く見えるのは、殺人を正当化するケースだ。社会には人命よりも優先する価値があるという考え方は、抽象論としては検討に値するだろうし、歴史的な事件を検証する時には当時の価値判断を考慮しなければならないので、当時の大義を踏まえることは必要だ。だが、死刑廃止の広がりが示すように現在では、人命より優先する大義があるとの考え方は限定されよう。
フランス北西部の教会で高齢の神父が殺害された。教会に入った犯人2人は朝の礼拝中の神父を跪かせ、喉を切って殺害し、その様子を動画で撮影していたとも伝えられた。喉を切る殺害方法は、捕虜などを残忍に殺害するISの公開動画を連想させる。事件後にIS関係の通信社は犯人がIS指導者に忠誠を誓う映像を公表した。犯人2人とISの関係は詳らかではないが、2人はISの影響下にあったようだ。
欧州では人々を狙った無差別テロが相次ぎ、多数の人命が失われているが、フランスで神父を殺害した今回の事件は更なる危惧を抱かせる。それは欧州はじめ世界で、ISが影響下にある人々にキリスト教の聖職者を標的にすることを促し、宗教対立を煽ることで社会の不安や混乱を拡大させるとの懸念だ。彼ら流のイスラムの大義を掲げるためには、キリスト教の聖職者を標的にすることは役立とう。
ローマ法王は事件後、世界では「利益をめぐる戦争やカネをめぐる戦争、天然資源をめぐる戦争、人々を支配するための戦争が起きている」と述べたが、宗教戦争ではないとし、「あらゆる宗教は平和を欲している。戦争を欲しているのは他の人々だ」と語った。ISのテロリストがカトリック聖職者を殺害したのは欧州では初めてであり、動揺を抑えようとの意図もあっただろう。
宗教戦争が始まったなら、大義と大義の衝突であるから、双方とも簡単には妥協できなくなる。シリアなど本拠地で劣勢のISにとっては、世界でのテロが宗教戦争の装いを帯びることは好都合だろう。ISの影響下にある世界各地の人々がテロを実行し、成功しても失敗してもISには恐怖を煽ったという「成果」だけは残る。大義をまとったテロは厄介だ。犯罪の枠組みから抜け出し、政治行為や宗教行為に化けることもある。
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