2024年7月31日水曜日

スポーツとルール

  パリ五輪の体操女子代表の宮田笙子選手(19)が、喫煙と飲酒の発覚により代表を辞退した。成人年齢は18歳となったが、喫煙・飲酒は20歳以上という法規制は残っており、体操協会の行動規範では、日本代表として活動するときは20歳以上でも飲酒・喫煙は禁止となっていることから、代表辞退は当然と世間は受け止めたようだ。

 一方、「問題だったが、代表権を奪うほどではない」とか「厳重注意のうえ反省文を書かせれば良いことだ」「些細なことで19歳の夢を潰すのか」「成人しても煙草、酒がダメなままなのが理解できない」「ドーピングではなく犯罪でもないから、出場停止は過剰な罰だ」「投票権も持つ19歳の体操選手が喫煙で代表辞任に追い込まれる異常さ」などと五輪代表辞退に疑問や異議を唱える反応も報じられた。

 五輪代表選手としての重圧があったであろう19歳に同情する声や代表チームのコーチらの選手管理の責任を問う声なども上がったが、飲酒・喫煙は禁止という明示されていたルールを破った当人が悪いと受けとめた人が多かったようで、賛否両論が激しく衝突することは続かず、開幕したパリ五輪の話題に隠れてしまった。

 スポーツにはルールがあり、選手がルールを守ってプレーすることは義務であり、違反行為にはペナルティーが課せられる。例えば、19歳だからとサッカー選手が手を使ってボールを動かしてもいいとなれば競技は成り立たないだろうし、体操競技で19歳だからと着地で大きく動いても減点しないとなれば競技が歪むだろう。側から見ているとスポーツのルールには不合理なものも見受けられるが、それぞれのスポーツのルールをプレイヤーが遵守することは義務だ。

 だが、社会では多少のルール破りは大目に見られることもある一方、厳しく咎められることもあるなど状況次第で責任の問われ方は変わる。ルール破りが見つかれば批判されたりするが、見つからなければ問題にはならない。20歳未満で飲酒・喫煙している人はいるだろうが、見つからなかったり、周囲の大人が甘かったりすると容認された状況になる。

 ルールは人間が決めたものであり、スポーツのルールでも社会のルールでも現実に合わなくなったり、ルールを守ることによる弊害が大きくなったりしたなら、変更することができる。だが今回の代表選手辞退を受けて、法を変えて飲酒・喫煙の年齢制限を18歳以下にしろ等の主張は希薄で、現行の飲酒・喫煙ルールの是非はほとんど問題視されていない。

 スポーツに大金が絡むようになり、スポンサーの意向もあってか世界のテレビ視聴者に分かりやすくするため多くのスポーツでルール変更がなされた。時代の変化に合わせてルールに問題があれば変更するのは当然だが、現実には社会でもスポーツ界でもルール変更は簡単ではない。特に、決められたルールは守るのが当然で、ルールを決めるのは自分たちではないとする人々が多数の社会では、ルールに不満があっても我慢することが要求される。「みんな我慢しているんだから、おまえも我慢しろ」と。

2024年7月27日土曜日

意見の相違と人格攻撃

 米国の大統領選では民主・共和両党の候補者陣営が激しく対立候補を批判する。政策の違いだけではなく、相手候補の過去の不祥事を暴いたり、過去の不適切な言動を探し出して大々的に相手を攻撃するネガティブキャンペーンを繰り広げる。時には、ファシストだとか過激な左派だとかレッテル貼り合戦になり、政策論議は添え物のような扱いになる。

 意見の対立は米国の政治家に限らず、おそらく世界中の人々の間で日常的に生じているだろう。そうした意見の対立が、相手への反感となって怒りへと発展し、相手の人格を否定する言動になることも珍しくないだろう。相手を否定することで自分の主張が正当化されるわけではないのだが、意見の対立が感情を爆発させることにつながったりする。相手との意見の相違を、相手の人格否定などに発展させないためには何をどうすれば良いのか。

 加藤周一氏は、相手との意見の相違を認識して対話・議論を進める必要と重要性を説く。批判が相手の人格否定に変わると、互いに相手を攻撃するだけとなる。当選者が1人の選挙では、相手の失点=自分の得点になるだろうが、共存を続けていかなければならない状況下では相手の否定が自分の得点になるとは限らず、相手の人格否定を行う側は周囲から冷ややかに見られたりする。

 「たとえば原発を作ることに賛成と反対があるでしょう。なぜ反対なんですかと聞けば、その人は反対理由を明示する。なぜ賛成なんですかと聞けば、その人は賛成の根拠を列挙する。そして、それらの返答に対するコメントが必要で、『あなたが言っている第一の理由は、事実と合わないではないか。第二は確かに合っている。第三は私もそうだと思う』などと話が展開する。そうして『何がなんでも賛成だと言っているのではなく、反対にも十分理由があると思う』などとなる。そういうことになって議論が成立する」

 「ただ、話の展開には一つ条件がある。意見の違いが、その人に対する攻撃になってはいけない。人に対する攻撃ではなく、意見が違っても人を攻撃しないという区別がはっきりしないといけない。それがごっちゃになるから、日本人は議論しない」「日本では、誰かの意見に反対すると、人に反対しているのだと思われる。危ないから黙っているということになります。それを何とかして除く必要がある」(「20世紀と放送」内川芳美氏との対談、1997年=『加藤周一対話集⑤ー歴史の分岐点に立って』所収。適時修正あり)。

 意見の対立を相手の人格否定に発展させないためには、①感情をコントロールする、②自分の意見が正しいと絶対視しない、③丁寧な言葉遣いに努めるーことが必要となる。意見の対立から相手の人格否定へと攻撃的になると、やがて対話や議論は放棄され、行き着く先は暴力の応酬にもなったりする。対話や議論の「マナー」を身につけることは共同体や社会の安定にも寄与する。

2024年7月24日水曜日

負けるを覚悟で

 米バイデン大統領が大統領選から撤退することを発表、後継の民主党の大統領候補としてカマラ・ハリス副大統領を支持するとした。ハリス氏が後継候補になることへの支持が民主党内で広がっているともされるが、一方で、トランプ氏に対する支持率は高く、ハリス氏が民主党候補になってもトランプ氏優位を覆すことができるのか不透明だ。

 民主党は大統領選での敗北を想定し、上院・下院での民主党の議席確保を重視してバイデン氏に撤退させたという見方がある。高齢不安が高まったバイデン氏が大統領選にとどまり続けると、上院・下院での民主党候補に対する投票行動に影響を与え、上院・下院の過半数を共和党に取られるとの懸念だ。最高裁は共和党が「押さえ」ているので、行政・立法・司法を共和党が掌握すると米国で三権分立は形骸化する。

 不人気だとされるハリス氏が大統領選でトランプ氏に勝つことは難しいと見られる中で、ハリス氏はどういう選挙戦を闘うべきだろうか。当選を目指して選挙運動を行うことは確かだろうが、負けるを覚悟で選挙戦を闘うという戦略もある。知名度や認知度を上げることと、政策を訴えることに注力し、次の選挙につなげる闘いだ。

 どんな選挙でも候補者は当選を目指して闘うのだが、いつか自分の主張が理解され、いつか自分が支持されると信じて闘うという闘い方もある。当選を目指しつつ落選をも想定し、自分の政策を訴えることを最優先し、対立候補に対する批判は重要視しない。それが信念のある政治家だというイメージにもつながる。ただし、独自の政策が希薄な候補者では、こうした選挙戦略は無理だろう。

 かつて自民党の総裁選で三木武夫氏は3回立候補して敗れたが、当時の田中角栄首相が金権批判で退陣した後、推されて首相に就任し、政治資金規制法の改正など政界のクリーン化に努めた。小泉純一郎氏は3回目の立候補で総裁に当選、首相となり、世論調査で80%という高い支持率を得て、構造改革を行った。

 三木武夫氏や小泉純一郎氏の施政には限界も偏りもあったが、何度も総裁選に立候補して負けるを覚悟で、その主張を曲げずに訴え続けたことが後の首相就任につながったことは否めないだろう。主流派派閥に適当な人材がおらず、党のイメージの刷新が求められている時に三木武夫氏や小泉純一郎氏の存在と起用は自民党にとって「最後の一手」だった。

 負けるを覚悟で闘う候補者の存在は ①次代の候補者の準備、②異論の確保・保存ーなどの意味がある。ハリス氏は当選を目指すだろうが、4年後を視野にトランプ氏とは異なる政策を訴えるという戦略もある。選挙運動を続けるには大金を必要とする米国の大統領選では、4年後を見据えた選挙などという悠長なことは現実に困難だろうが、ハリス氏が民主党候補としてトランプ氏相手にどのような負けっぷりを見せるか興味深い。

2024年7月20日土曜日

あふれるデマ

  デマとは、①事実に反する噂、②悪口や根拠のない噂、③政治的な目的で相手を誹謗し、相手に不利な世論を作り出すように流す扇動的かつ虚偽の情報、④社会情勢が不安な時などに人心を惑わすような憶測や事実誤認による情報ーだ。デマはdemagogyの略で、古代ギリシアで扇動政治家が民衆を扇動するために用いた宣伝・扇動が原義だという。

 フェイクニュースは、①メディアやブログやSNSで公開されている本当ではない記事(総務省HP)、②政治的な目的で世論を操作するため、ウェブサイトのアクセス数を増やすため、センセーショナルで面白いからなどと発信・拡散される不確実な情報、③事実とは異なるが真実のように伝えられる情報ーだ。フェイクニュース=デマは確かな根拠がない情報で、フェイクニュースはネット時代の産物だ。

 トランプ氏の暗殺未遂事件では、▽シークレットサービスの長官が容疑者を倒す命令を出すのを拒否した、▽銃撃は大統領選に向けてトランプ氏の人気を高めるための演出だ、▽トランプ氏は「安倍元首相の声が聞こえて振り返った」、▽トランプ氏が事件の翌日に「ゴルフに行った」、▽バイデン大統領が暗殺を指示した、▽シークレットサービスがホワイトハウスの命令により意図的にトランプ氏を保護せず、セキュリティ強化の要請を断ったーなどのフェイクニュースが米国で流れたという。

 デマに浮き足だって踊らされず、冷静に関連ニュースを集めて検証すればデマだと見破ることは可能だろうが、自己の直感や政治的信条に合致するからとデマを信じたがる人やデマを面白がる人がいて、デマは拡散する。デマは人々の好奇心を刺激するのだが、時には人々に不安や怒りなどの強い感情を抱かせ、人々を行動に向かわせたりすることもある。

 政治が絡むと、政敵に不都合なデマを歓迎したり静観したりするが、自己に不都合なニュースならデマだと主張する人々が現れる。人間には知性と理性が備わっているはずだが、政治や利害が絡むと知性や理性は自己の利益のために働き、デマを許容したりもする。知性や理性は主観に影響され、デマの峻別に有効に働くとは限らないとすると、人はデマに無防備かもしれず、デマがあふれる状況が続くことも当然か。

 「嘘も百回言えば真実になる」はナチス・ドイツ宣伝大臣のゲッベルスの言葉だそうだが、今はSNSなどで「デマも百回見れば真実だと思う」か。ただし、真実だと思わせるには、デマを信じさせるために都合のいいニュースの断片を散りばめつつ特定の方向へと誘導する主張をさりげなく行う。全体の8〜9割が事実であることが残り2〜1割のデマを人々に信じさせる。

 トランプ氏の暗殺未遂事件であふれたフェイクニュースには、米国内の対立を煽る狙いでロシアなど諸外国が関与したものが含まれるだろう。言論戦には国境がなく、常に世界中で激しく展開されているのが現代だと認識するなら、トランプ氏の暗殺未遂事件はロシアなどにとって絶好のネタだ。日本でも大きな地震が起きるたびにフェイクニュースが流れた。国内外からデマは常に湧き出て、撒き散らされる。

2024年7月17日水曜日

函館バスの闇

  北海道南部の渡島半島に路線網を展開しているのが函館バスだ。函館市内には密に路線を張り巡らし、西は江差や上ノ国、南は木古内や松前、東は鹿部や椴法華、北は森や長万部や今金などへ路線が伸びていて、渡島半島の各地を結ぶ路線バスは函館バスしかない。その函館バスには問題があるようだ。

 報道された主なニュースを並べると次のようになる。

 <2024年>7月=裁判で函館バスの違法性が何度も認められているにもかかわらず同社が改善の姿勢を見せないため、私鉄総連函館バス支部と組合員2人が函館弁護士会に人権救済を、函館地方法務局に人権侵犯の被害を申し立てることを決めた。2021年以降、支部は民事訴訟や労働委員会への不当労働行為救済申し立てを相次いで起こし、会社側の敗訴や労働委による救済命令が続いているが、「函館バスは司法判断にすら従わない」(支部代理人の弁護士)。

 6月=函館バスの株主である函館市は同社の森健二社長について最高裁で「再雇用を不当に拒否した」とする判決が確定したことから、判決に従って再雇用するよう指導した。

 5月=慰謝料計550万円の支払いなどを命じた裁判所の判決に会社側が応じず、函館地裁は森健二社長の預金を差し押さえる命令を出した(函館地裁は昨年10月、配置転換が不当労働行為に当たるとして会社と森社長に賠償を命じる判決。札幌高裁も今年4月、一審判決を支持し、会社側の控訴を棄却)。

 5月=判決で言い渡された慰謝料の支払いに函館バスが応じていないことをめぐり、函館地裁は森健二社長の自宅を差し押さえることを決定(判決には強制執行が可能な仮執行宣言が付いていた)。

 3月=函館バスが労使協定を結ばないまま乗務員に時間外労働をさせたとして函館労働基準監督署は、会社と社長・常務を労働基準法違反の疑いで書類送検(函館バスをめぐって労働組合が去年10月に告発状を提出し、函館労働基準監督署が聴き取りや勤務記録を計算するなどの捜査を進めていた)。

 1月=函館バスの労働組合に所属する男性が従業員としての地位確認などを求めた裁判で最高裁は上告を退ける決定をし、従業員としての地位を認めた上で会社に未払い賃金などの支払いを命じる判決が確定した。

 <2023年>10月=函館地裁は、函館バスの人事措置は組合活動を侵害する不当労働行為にあたると認定。同社と森社長に慰謝料計605万円の支払いを命じた。同社の労使紛争を巡っては、札幌高裁が8月、同支部の執行委員長に対する雇い止めは無効だとする判決を出している。

 10月=函館バスが労働組合が求める団体交渉に応じなかったり、組合側への支配介入を行ってきたのは不当労働行為にあたるとして、北海道労働委員会は組合側の申し立てを全面的に認める救済命令を出した。

 10月=函館バスに対して札幌高裁が未払い賃金など約500万円を支払うよう命じた判決について、会社側が応じていないことから裁判所は、会社に保管されている現金を差し押さえる強制執行を行った(判決の確定前に強制執行ができる仮執行宣言が付いていた)。

 8月=札幌高裁は、雇い止めを無効とした一審・函館地裁判決を支持。会社側に雇い止め後の賃金など約530万円の支払いを命じた。判決は、組合休暇の取得方法は労使間で合意に至っておらず、懲戒処分の理由に当たらないと指摘。同社の制度では定年後も希望者を再雇用することになっており、黒瀧さんの雇い止めは「社会通念上相当であると認めることはできない」。

 ※函館バスは報道によると、担当者不在などとして取材にほとんど応じていない。

 私鉄総連は「今回の函館バス㈱のように、団体交渉拒否・不当解雇・不当配転・支配介入・そして中立義務違反に至るまで、ここまで正面から労働組合法を無視し、労働委員会の命令や司法判決が明確に出されても従わない経営者は、私鉄総連の長い歴史を振り返っても極めて稀有な存在です」とコメント。

 労働法規を無視し、裁判所の決定にも従わない函館バス。競合する路線バス会社が渡島半島には存在しないから、労組潰しなど、やりたい放題を函館バスの経営陣が行っていると見える。一連の報道で函館バスの企業イメージは低下しただろう。全国的にバス運転手が不足しているというから、函館バスは全国のバス会社にとってバス運転手の草刈場になるかもしれない。

2024年7月13日土曜日

濃い味付け

  毎年の健康診断のたびに血圧が高いことを指摘された友人は、減塩を意識するようになり、漬物には箸をつけず、お椀に半分ほどしか味噌汁を入れず、ラーメンなどのスープも残すようになった(以前は必ずスープを飲み干していた)。そうした食事作法が身につくには数年かかったというが、今では意識せずに自然に減塩の薄味の食事を楽しんでいるという。

 醤油やソースを使わないように心掛けるようになったので、外食時にも醤油やソースを使わないことがあり、店主や周囲の客から怪訝な顔をされることもあるという。だが、すっかり薄味になれた友人は「例えば、とんかつにソースをドバドバかけて食べると、ソースを味わっているだけだ。揚げた肉の味なんか分からないだろう」とし、調味料を使うなら最低限にすべきだとする。

 天ぷらなどを塩につけて食べることを推奨する飲食店は珍しくなくなったが、友人は「塩は人体に必要なものであり、外部から取り入れるしかないので、塩を美味しいと感じるのは人間の本性だ。だから、塩をつけて食べることで料理を美味しいと感じさせるマジックが働く」と言い、「平凡な料理でも、塩をつけて食べさせることで客に美味しいと錯覚させている」と厳しい。

 塩辛いものが以前は好きだった友人だが、薄味に慣れてからは「味付けが濃すぎるから」と外食を好まなくなった。移動が多い仕事の関係で昼食は外食になるというが、「中華は濃い味付けで出される料理が多いので行かなくなった。和食かカフェで、卓上の調味料を使わず素材の味を楽しむことができるような店を探す」。

 そうした店が見当たらない時に友人は見つけた飲食店に入るが、「我慢して、濃い味付けの料理を食べることもあるが、濃い味付けに塩辛さを感じることが多く、食べている間はずっと気になる。気になるのは、塩分量が多いことではなく、塩辛さという単調な味付けしかできていないことで、うまさや美味しさを提供しようという意欲が店側に欠如している」と厳しい。

 濃い味付けやタレなどに頼った料理の全てを友人は否定はしない。「例えば、ウナギの蒲焼きは素材の味ではなく、タレの味を楽しむ料理だ。素材のウナギがどんな味なのか白焼きを食べたことがない人には分からないだろう。蒲焼きを楽しむことは濃厚なタレの味を楽しむことだから、たまには食べに行くよ」、続けて「山椒は好きだから、俺は多めに掛ける」と塩分を含まない調味料にはおおらかだ。

 薄味になれたことで友人は、素材の味を楽しむことを発見した。刺身を醤油にどっぷり浸してから食べる人もいるが、「それでは魚の味が霞む。醤油の味のかなたに魚の味がぼんやり浮かんでいるようなもので、魚種による味の違いを楽しむには適さない」と友人は批判的だ。薄味になれて味覚が繊細になったらしい。

2024年7月10日水曜日

状況を変化させる

 フランスの国民議会(下院)の総選挙で議会第1勢力になったのは、予想されていた右派政党の国民連合(RN)ではなく、左派の政党連合の新人民戦線(NFP)だった。マクロン大統領率いる与党連合は2位となったが、選挙協力を行ったNFPと政策面では隔たりがあり、今後の議会運営はマクロン大統領が進めてきた路線の修正に向かうとの見方が有力だ。

 イギリスでも下院の総選挙が行われ、労働党が209議席増の411議席の単独過半数を獲得し、14年ぶりに政権を奪還した。与党だった保守党は251議席減の121議席と大敗して政権の座から降りた。保守党には長期政権の驕りや弛緩が表面化し、EU離脱の成果が乏しく、インフレによる生活苦などが重なり、主権者は政権を交代させることを選んだ。

 イランの大統領選では改革派のマスード・ペゼシュキアン元保健相が当選した。最高指導者のハメネイ師は保守強硬路線の継続を求めていたとされるが、主権者は保守強硬派の候補ではなく、欧米との対話を重視する改革派のペゼシュキアン氏を選んだ。保守強硬派の政治は国内で厳しくヒジャブの取り締まりを行い、多数の死者を出すなど過酷なものだったが、そうした政治の軌道修正を主権者は選んだ。

 インドでも総選挙が行われ、モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)主導の与党連合が議席を減らしたものの下院で過半数を超える293議席を獲得した。が、BJPは単独では過半数を獲得できず、連立政権となり、モディ首相が強権的な政権運営を続けることができるのか不明だ。疲弊した農村や宗教色の濃い政策、強権的手法、インフレなどに対する主権者の不満が選挙結果に現れ、モディ政権に対して軌道修正を求めた。

 米国では11月の大統領選挙を控え、現職のバイデン大統領(民主党)に対する撤退圧力が高まっている一方、共和党のトランプ前大統領の当選が有力視されている。両氏の個人的なキャラクターをめぐっての選択とも見えるが、政策では、トランプ陣営は減税策、アメリカ第一主義、パリ協定軽視、自動車排ガス規制の撤廃などを掲げ、バイデン陣営は半導体など巨額の政府支援、気候変動対策の重視、ウクライナ支援の継続などを掲げるが、対中強硬姿勢では大差ない。

 トランプ大統領が現職だった頃、パリ協定やTPPやWHOから離脱し、減税政策を行い、中国製品に対する制裁関税を高め、北朝鮮の金正恩氏と会談し、メキシコとの国境に壁を建設し、NATO諸国などに軍事費の増額を要求し、同盟国からの輸入品に関税上乗せを行うなど、それまでの米国の政策を変更した。トランプ氏が大統領選に勝利すると数々の政策変更が行われるだろう。それはトランプ氏の個人的な判断によるものだろうが、主権者が選択した政策でもある。つまり、トランプ氏を当選させることで主権者は政策変更を選択したことになる。

 選挙で主権者は政治状況を変化させることができる。選挙で、驕りや弛緩や腐敗が目立つ長期政権を交代させたり、インフレや失業や生活苦に喘ぐ人々が「現状を変えろ」との要求を政党・政治家に突きつける。政治状況を選挙により変化させ、野党に政権を担わせることで野党に経験を積ませ、野党を現実的な政権運営能力を備えた政党に育てることで、いつでも主権者は選挙で政権交代を行い、政治状況を変えることができるようになる。頼りになる野党がいないから長期政権が続いているという状況は主権者の責任である。

2024年7月6日土曜日

現世と神

 パレスチナのガザでの戦闘でイスラエルの首相は「ハマスの壊滅が近づいている」とし、国防相はハマスが「壊滅しつつある」と発言したという。イスラエルはヨルダン川西岸でのユダヤ人入植地の建設を続けていて、約13km2の土地を国有地と宣言し、領土拡大に向け実効支配地の拡大をやめない。

 イスラエルはパレスチナを国家として認めていないので、今回のガザへの侵攻は国家間の戦争ではなく、テロ組織との戦闘との位置付けだろうが、イスラエルに敵対する相手に対して容赦なく圧倒的な武力で制圧するという姿勢は変わらない。イスラエルの軍事行動や入植地拡大には国際的な批判が高まっているが、国際社会がナチスドイツのユダヤ人の大量虐殺に無力だった歴史もあってかイスラエルは、そうした批判を無視する。

 シオンの地を追われて約1900年、ユーラシアの各地などで流浪の民として生きてきたユダヤ人がパレスチナの地にイスラエルを建国したのは第二次大戦後のことだった。ユダヤ人とはユダヤ教を信仰する人々のことで、人種や民族という概念で捉えることはできない。ユダヤ教の信者がユダヤ人だが、米国に住む約750万人のユダヤ人は政財界やメディアで大きな影響力を持つとされる。

 ユダヤ教は、唯一絶対で万物の創造主である神が存在するという宗教で、神から与えられた律法を守ることなどを信者に求め、この世の終わりには神が派遣したメシア(救世主)が来てユダヤ人だけが救われるとする。唯一絶対の神の存在を信じるユダヤ人は、離散して移り住んだ土地で迫害を受けたり、大量虐殺などの経験を経て生き延びたのだから、現世において神の救済はないと見極めたのかもしれない。

 ユダヤ教が現世での救いを約束する宗教であったなら、ナチスドイツによる大量虐殺などの苦難の歴史を体験した人々はユダヤ教を見捨てただろう。人間から神への一方的な信仰だけが存在するとし、現世は神が人間を試す場で、神の裁きが死後に待っているというのは検証不可能のストーリーだが、信じることしか人間にできることがないから信仰は保たれた。

 現在、パレスチナでは同じ神を信じるユダヤ教の信者たちとイスラム教の信者たちが殺し合っている。唯一絶対の神の存在を信じる人たちが無慈悲に殺し合っている光景は、現世には神が不在であり、神による救いはないと証明している。また、同じ唯一絶対の神を信じる人たちだから、神の正義は自己の側にあるとして妥協の余地がなくなっているようにも見える。

 現世に神が関与しないと身に染みて経験したユダヤ人は、自分ら人間の都合のいいように現世では行動する。神のためではなく、生存のために戦いを続け、無慈悲に対立する側の人々を殺し続ける。そうした行動を正当化するのは、ユダヤ人の歴史意識と宗教だろう。どちらもストーリー(物語)だが、そうしたストーリーの中に身を置いて生きる人々が殺し合っているのが現世だ。

2024年7月3日水曜日

お笑い選挙

 大統領選を控え民主党候補になるとみられるバイデン氏と共和党候補になるとみられるトランプ氏の公開テレビ討論が行われ、報道によると、バイデン氏は声がかすれ、何度も言い間違えたり口ごもり、うつろな表情で高齢不安を払拭できず、トランプ氏は司会者の質問に答えずに根拠のない自説を述べたり、不規則発言が多かったという。政策をめぐっての議論は深まらなかったそうだ。

 世界最大の経済力と軍事力を有する米国の指導者を選ぶ選挙で、4年の任期を全うできるのか不安がある人物と、自分勝手で何をするか分からない人物のどちらを選ぶのかと問われて、返答に困る人は多いだろう。毒蛇か肉食獣のどちらかと一緒にベッドに入れと言われたなら、両方とも嫌だと拒否するのが正解だろうが、選挙において両方とも嫌だとすると棄権するしかない。

 主権者が自由投票により、国家権力の行使に関与する議員や行政の長を選出するという民主主義は、能力・見識があり信頼できる有能な人物を選挙で選び出すことで立派に機能する。だが、選挙に立候補した候補者が、精神的に詐欺師やコソ泥ばかりで、当選したならばガッチリ儲けようと狙っている連中だとしたら、主権者がどの候補者を選出しようと、民主主義による政治は混迷するばかりだろう。

 また、当選して「名誉」ある地位につくことだけが目的だったり、権力を握ることだけが目的だったりする人物や国政に関与するには無能というしかない人物、偏狭な主張にとらわれて異論を排除することに熱心な人物らが候補者として並ぶと、どの候補者に投票しようと主権者は機能不全の民主主義から逃れることはできない。

 主権者の自由投票により成立する民主主義が機能するには、全ての候補者の「質」を一定水準以上に保つことが必要だと考えられるが、誰もが立候補できることも民主主義には必要な条件だ(イランの大統領選のように候補者の事前審査を行うと、審査する側にとって不都合な人物は排除される。日本のように高い供託金を設定すれば、金持ちしか立候補できない)。

 全ての問題を解決する正義のスーパーマンは存在しないと思えば、さまざまな立候補者の中から、少しでもマシな人物を見分けて投票するしかなく、公約などを見比べて検討することになる。だが、公約は票集めのためのキャッチコピーに過ぎないとすると、主権者は何を根拠に候補者を選択すればよいのか曖昧になり、少しでもマシとは何かを考えることになる。

 民主主義を支える自由選挙が変質し、トンデモ候補者が跋扈して部外者からは「お笑い」選挙のように見えたりするのは米国の選挙だけではなく、日本の選挙でも珍しい光景ではなくなった。だがね、主権者が国家や自治体の政治の方向を決めるという民主主義は、主権者が真摯に自由投票に臨むことで健全さが保たれる。お笑い選挙の結果として、お笑い権力者やお笑い行政が誕生すると、いつまで主権者は笑っていられるのか誰にも分からない。