2026年1月31日土曜日

雪の音

 歌舞伎で冬の名場面といえば「仮名手本忠臣蔵」の討ち入りだろう。雪が降る深夜に吉良上野介の屋敷に赤穂義士が突入し、主君の仇討ちとして吉良上野介を討つ。映画などでは、翌朝、槍の穂先に吉良上野介の首を掲げ、降った雪が路上に残る中を泉岳寺まで隊列を組んで行進し、浅野内匠頭の墓前に吉良上野介の首を供え、本懐を遂げたことを報告するまでが描かれたりする。

 討ち入りが暑い真夏の出来事であったなら、義士たちの装束は夏物で、汗だくの姿で義士たちは泉岳寺まで行進することになる。桜の咲いた中での討ち入りも、紅葉の中での討ち入りも血生臭い殺傷沙汰には似つかわしくない舞台設定で、討ち入りは真っ白な雪が降る冬だから情緒を高めたか。義士たちは揃いの火事装束で集団行動を怪しまれないようにしつつ、防寒性も確保した。

 雪中の大事件といえば、大老の井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」だ。歌舞伎では事件前夜、側室と共に静かに過ごす井伊直弼を描いた「井伊大老」があり、初代松本白鸚と中村歌右衛門の共演で観たことがあるが、しみじみとした情感を漂わせていたのが印象的だった。雪中の大事件には二・二六事件もあるが、こちらは歌舞伎にはなっていない。

 ほかに冬の名場面がある歌舞伎演目には、「恋飛脚大和往来」「義経千本桜」「菅原伝授手習鑑」「雪夕暮入谷畦道」「鷺娘」「三人吉三巴白浪」「天衣粉上野初花」「奥州安達原」などがあり、舞い落ちる真っ白な雪が舞台効果を高める。同時に舞台下手から大太鼓の音が聞こえてくる。雪音というそうで、ゆっくりと雪降る空に響いていくようにドーン、ドーンと続く。

 現実には降る雪に音はなく、逆に積もった雪が音を吸収するそうで、雪が降る光景は静かだ(吹雪などの時には風の音が大きい)。だが、雪には音がある。それは、冷えこんな日の朝方などに積もった新雪を踏んだ時に、キュッキュッと鳴る音だ。日中も冷えこみが続くと、地上に降った雪が溶けないためか、グッグッ、ギュッギュッと一足ごとに音が鳴る。降った雪が冷えこみで粉末状になって、擦れ合っているような感じだ。

 真っ白な雪は降り積もると、景色を一変させる。見慣れた都会の風景に雪が加わると非日常感を漂わせ、雪の中に家々が点在する郊外は童話の挿絵を連想させ、葉を落とした森林の木々に雪が張りつくと白と焦茶色の水墨画の様相になる。杉林は冬でも緑だが、風上側の葉や枝には雪があちこちにこびりつき、自然が造形したクリスマスツリーのようになる。

 雪はキリリとした寒さを連想させる。「雪夕暮入谷畦道」で直次郎が蕎麦屋で股火鉢をするのは行儀が悪い行為だが、直次郎の性格と外の寒さを同時に表現した。「恋飛脚大和往来」では死出の旅に出た忠兵衛と遊女梅川に雪が降りしきる。自然状況の厳しさが主人公たちの置かれた状況の厳しさを連想させる。降りしきる雪の中で描かれる人間模様の効果音として雪音を考案した先人の発想は見事だ。

2026年1月28日水曜日

俺の誕生日

 米トランプ大統領は2期目の就任以来、しばしば一方的主張を掲げ、乱暴とも見える諸施策を打ち出し、関税の一方的な引き上げなど実行に移されたものも多く、世界は振り回されている。何を言い出すか見当がつかず、何をやるのかも見当がつかないトランプ氏の言動に世界は注目し、トランプ氏のSNSでの投稿内容がトップニュースになったりもしている。

 MAGAを掲げて当選したトランプ氏は、アメリカ・ファーストを基本に既存の国際秩序の組み替えを進めている。何らかの戦略に基づいて進めているのだろうが、奇策の連発にも見える。既存の国際秩序に従わず、トランプ流の米国優先を着々と実行に移しているような気配だが、強権を振るう様子は権威主義国の統治スタイルと似てきた。トランプ氏に対する批判は米国でも顕在化し、デモでは「No king」の言葉も現れた。

 自由選挙が定着し、最高権力者である大統領の任期は2期に制限されている米国で、権力を一手に握り任期に制限がない「王様」が誕生する可能性は低いが、もしトランプ氏が、中国の習近平氏やロシアのプーチン氏のように強権で議会や最高裁を従わせて憲法を改正して3期以降の続投が実現すると、トランプ氏は「王様」になることができる。

 トランプ氏が「王様」になることができたなら、何を行うだろうか。想像してみた。トランプ氏は1946年6月14日生まれであり、2025年には誕生日に約7000人の兵士や150台の軍用車両などが参加する大規模な軍事パレードを実施し、今年からはトランンプ氏の誕生日に、グランドキャニオンなどの国立公園に誰でも無料で入園できるようにするという。

 自己愛や自己肯定感が際立って強いトランプ氏なら、「王様」になれば自分の誕生日を特別な日であるとして祝日にし、国民皆がトランプ氏を祝う日であるとするだろう。もちろん、当日のデモは州兵や連邦軍によって厳しく取り締まられる。「俺の誕生日だぞ。祝わない奴はアメリカ人じゃない。国外追放だ」などと怒り散らし、アメリカ・ファーストがトランプ・ファーストに変質したことを示す。

 連邦政府の建物には自分の肖像画や写真を掲げることを義務化し、主だった空港には自分や家族の名前を冠し、連邦政府が関与する文化施設やスポーツ施設にも同様に自分や家族の名前を冠することを強制する。トランプ氏が「王様」になっても諸外国(日本以外?)は簡単には言いなりにならず、国際的な名声を得ることは困難だろうから、例えば、米国がトランプ平和賞を創設し、自分が受賞して大いに誇る(賞金額はノーベル賞の数倍にするかな)。

 こうしてトランプ「王様」は、できないことはない=何でもできると満足するだろうが、1946年生まれとあって高齢化には抗することができない。うかつに後継者を決めると、政権内の自分への忠誠心が薄れる可能性があるので、子供を後継者にするしかない。だが、自分の子供を次期「王様」にするための憲法改正を行うことができるパワーが、その時の「王様」に残っているのかは不明だ。

2026年1月24日土曜日

予言と運命

  例えば、「あなたの今後1年には、思ったようにいかなかったり、辛い思いをしたりすることがあるでしょうが、楽しいことや嬉しいこともあります。曇りや雨や雪の日があるでしょうが、必ず晴れる日があるでしょう」という予言は必ず当たる。その人の未来の体験を言い当てている。だが、そんな予言に感心し、ありがたがる人はいないだろう。

 小学生ほどの子供に向かって、その将来を「君は大金には縁がないだろうが、真面目に働けば小金には困らず、生活に苦労することはないだろう」とか「誰にでもチャンスはある。そのチャンスを君が逃さず、しっかり掴むことができれば君は成功する」などの予言は、多くの人に当てはまる言葉であり、予言というより激励の言葉だ。

 予言は「未来は決まっている」という前提で成立する。本人が何を考え、どう生きようと、人の一生はあらかじめ決まっているコースをたどると信じるが、そのコースを本人は知ることができない。だから、そのコースを知ることができるという人の予言に頼る。真偽を疑う人なら、そもそも予言などに見向きもしないだろう。

 人の一生があらかじめ決まっているコースをたどるものなら、個人の自由意思とは何かという問いが生じる。人生を自力で切り開いて生きることが、親や周囲の言うがままに受動的に生きることと変わらないことになる。どうせ決まっているのなら、無理に頑張らずに、楽して生きることを選ぶ人も出てきそうだが、そうした選択も決まっていたことだとすれば、人は皆、操り人形だ。

 決まっているコースについても、細部まで全てが決まっているのか、主要な出来事や大きな体験だけが決まっているのか、さらには、自由意思で変えることができる部分があるのか、ないのか-など、人生は決まっているという範囲の解釈次第で、人の未来をどのようにも描くことができるので、予言は人によって様々に変わってくる。

 運命を信じる人ならば、予言は可能だと考えたり信じたりすることに抵抗がないだろう。運命という言葉も、人の一生は定められているとし、人生における幸福や不幸との巡り合わせなどを納得するために便利だ。だが、運命を予知することは難しいらしく、何かが起こった後で感じるものが運命のようだ。

 占いは「当たるも八卦 当たらぬも八卦」だが、予言も同じだ。人の一生はあらかじめ決まっているコースをたどるのか運命があるのか検証は不可能で、未来が決まっていなくても予知能力を持った人なら、察知できるので予言は可能だとの考えもある。だが、その予知能力も検証は不可能だ。何かの不安を感じていたり、辛さや苦しさなどにとらわれた人の心の隙間を埋めるためには、予言や運命は役立つのだろう。

2026年1月21日水曜日

集団的自衛権の行使

 1939年にドイツのヒトラーとソ連のスターリンは独ソ不可侵条約を締結したが、1941年6月にヒトラーは独ソ不可侵条約を一方的に破棄してソ連に侵攻し、独ソ戦が開始された。1941年4月には、ソ連は日本と日ソ中立条約を締結した。これは、相互に領土の保全と不侵略を約束し、締約国の一方が第三国から攻撃された場合は他方は中立を維持することを決めた条約だが、1944年5月にドイツが無条件降伏し、8月にソ連は日ソ中立条約を破棄し、対日宣戦布告を行い、満州などで進撃を開始した。

 不可侵条約は世界情勢の変化に影響を受け、各国の力関係が変化するとともに条約の価値が変動し、時には一方的に破棄されることもあり、締約国の長期的な安全保障には限定的な効力しか持たないことを歴史は示す。2国間の相互防衛条約も国際関係の影響を受け、破棄される。例えば、米国と台湾が1954年に締結した米華相互防衛条約は、1979年の米中国交正常化によりアメリカは台湾を国家とみなさなくなり、1980年に米華相互防衛条約は破棄された。

 2国間の相互防衛条約ではなく多国間の防衛条約なら、世界情勢の変化によって1〜2国が離脱しても集団防衛体制は保たれるかもしれない。現在、世界にはNATO(北大西洋条約機構)のほか、米・豪・NZのANZUS(太平洋安全保障条約)などがあり、ロシアには集団安全保障条約機構(CSTO。旧ソ連諸国が加盟)がある。中国は軍事同盟ではなく多国間の対話の枠組みを重視している。

 NATOは1949年に設立され、現在の加盟国は32。「北大西洋条約に基づき、加盟国の集団防衛を含め、加盟国の自由及び安全保障を政治面・軍事面での保障を目的とする」組織で、政治的には「民主主義の価値を推進し、加盟国が防衛・安全保障上の課題の解決のために議論・協力し、長期的な信頼を構築して紛争を防ぐ」、軍事的には「外交的努力が敗れた際には、危機管理のための軍事的オペレーションを遂行する」(外務省HP)。

 北大西洋条約の第4条は「締約国は、領土保全、政治的独立又は安全が脅かされていると認めたときは、いつでも協議する」、第5条は「欧州又は北米における一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす。締約国は、武力攻撃が行われたときは、国連憲章の認める個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するために必要と認める行動(兵力の使用を含む)を個別的に及び共同して直ちにとることにより、攻撃を受けた締約国を援助する」とする。

 トランプ大統領はデンマーク自治領グリーンランドの領有に向け、軍の活用を含む様々な選択肢を検討しているとする。グリーンランドに米軍が侵攻して占領すれば、NATO加盟国に対する攻撃であり、締約国は集団的自衛権を行使し、必要な行動をとらなければならない。だが、米国はNATO加盟国であり、軍事的行動の前段階の協議において米軍の行動を正当化し、NATOとしての軍事行動を阻止するだろう。

 脅しをかければ国際協調を重視する諸国はやがて従うとトランプ氏は学んだ気配があり、脅しを連発する。グリーンランドを武力で占領しても、すぐに資源開発が可能になるわけではなく、住民やEU諸国の反発を考慮すれば占領にかかるコストは大きい。強く脅してディールを米国有利にし、NATO諸国の防衛費を大幅に増やさせることが狙いかとも判断できるが、グリーンランド領有を本当にトランプ氏は夢見ているのかもしれず、世界の混沌は増すばかりだ。

2026年1月17日土曜日

山が見える日常

 山には存在感がある。標高2千メートルを超すような高山ではなく3百〜4百メートルの低山であっても、人々は見上げるたびに山の存在感を感じるとともに、自宅や日々の生活空間から見える山に親近感を持つ。山が崇拝の対象となるのは日本に限らず、世界各地で山は宗教的な意味を与えられてきた。

 日本の最高峰は富士山(3776m)だ。噴火を繰り返す富士山は、縄文時代から畏れられ神聖視されていたそうで、中世には修験者たちの山岳修行の聖地となり、やがて一般巡礼者も富士山に登るようになり、江戸時代には富士山を崇拝する信仰が関東地方で広がり、多くの人が富士講を組んで登山したり、富士五湖などを巡礼するようになった。

 大神神社(奈良県桜井市)は三輪山を、筑波山神社は筑波山を、金鑚神社(埼玉県)は御室ヶ嶽を、石鎚神社(愛媛県)は石鎚山を神体とするなど神が宿ると信仰されてきた山が各地にある。また、出羽三山(山形県の月山・羽黒山・湯殿山)や白山、大峰山、日光、立山、御嶽山、英彦山などは山岳信仰の場とされ、現在でも信仰登山が行われているという。

 各国にも山岳信仰がある。古代ギリシャではゼウスを始めとした神々が住むオリンポス山が信仰の対象になっていたとされ、中国では五岳(泰山・衡山・嵩山・華山・恒山)が神格化され、チベットではカイラス山が聖なる山とされ、白頭山は朝鮮・韓国人に聖地とされているそうだ。昔は山には悪魔が住むとされていた欧州は1神教のキリスト教を受容したため、山と信仰は切り離された。

 神がいてもいなくても山の存在感は大きく、世界の人々は日常生活で毎日見える山に親近感を持つ。山に神が宿ると信じる人が少なくなったであろう現在も人々は山を何か特別な空間・領域と見なす。崇拝の対象にはならなくなっても、地面を高く持ち上げて山を成した自然の力の強大さ・偉大さを毎日見る山に感じ、畏敬の念を投影する。

 ちなみに各国の最高峰は、中国はチョモランマ(=エベレスト、8848m)、インドはカンチェンジュンガ(8586m)、米国はマッキンリー(=デナリ、6190m)、カナダはローガン(5959m)、タンザニアはキリマンジャロ(5895m)、イランはダマバント(5671m)、ロシアはエルブルス(5642m)、メキシコはオリサバ(5611m)、ケニアはケニア山(5199m)、トルコはアララト(5137m)、スイスはモンテローザ(4634m)、イタリアはグラン・パラディーゾ(4061m。だがモンブラン=4810m=の山頂の領有権でフランスと争っている)、パプア・ニューギニアはウィルヘルム(4508m)などとなる。

 一方、英国はベン・ネヴィス(1344m)、アイルランドはキャラントゥール(1038m)、ガーナはアファジャト(885m)、ウルグアイはカテドラル(514m)、オランダはファールス山(323m)、デンマークはモレホイ(170m)、シンガポールはブキッ・ティマ(164m)など国土に高低差があまりない諸国もある。山は高くても低くても、いつも同じ場所にあり、人々とともにあった。山に親しみを感じ、時には崇拝の念を持つのは自然な感情なのかもしれない。

2026年1月14日水曜日

外国崇拝の精神

 どこの国にも外国の文化に興味を持つ人々はいる。興味の対象となる外国は個人により様々で、熱中度合いも様々だ。中には興味を持った外国に憧れるようになる人もいて、積極的に外国の文化を生活に取り入れる人もいる。さらに、外国の文化とそれを育んだ精神などを崇拝し、同化しようと努める人もいる。

 現在の日本で外国崇拝といえば対象は西洋だが、かつては中国だった。論語や漢詩など中国語をそのまま読み下し、その精神や主張や情緒を理解しようとしたり、水墨画を愛でたりしていた。新しい文化や思想などを日本は中国経由で受容していたが、19世紀以降、新しい文化や思想などを日本は西洋から直接取り入れるようになり、それとともに憧れる対象も西洋に変わった。

 外国崇拝は外国を理想化することになりやすいが、そこには自前の普遍的な価値観を構築・共有することができなかった日本の事情があると加藤周一氏は説く(「日本人の外国観」、1963年=『加藤周一セレクション⑤』平凡社ライブラリー所収。適時省略あり)。

 「日本人の外国観には昔から二つの型が目立つ。第一は、日本の遅れを強調して、特定の外国を理想化する態度であり、第二は、外国の遅れを強調して、日本を理想化する態度である。第一の態度は『一辺倒』の型であり、第二の態度は『国家主義』の型である。『一辺倒』は日本の歴史上、今に始まったことではない」

 中世の儒家の大部分は「中国を理想化し、日本の遅れを強調した。中国という歴史的・具体的・特殊な文化または国家を超歴史的・抽象的・普遍的な価値と同一視する傾向があった。もし彼らが普遍的な価値の立場をとっていたとすれば、現実の中国に対しても現実の日本に対してと同様、批判を加えていたであろう」

 「しかし大部分の儒者において、中国を批判する普遍的な価値の基準はなく、中国と価値は混同され、同一視されていた。これが中国『一辺倒』の基本的な構造である。『一辺倒』とは、外国の理想化ではなく、外国と理想の同一化である。広くいえば、歴史的で特殊な対象と普遍的な価値の同一化という現象である。特殊なものと普遍的なものとの同一化は、状況や心理を超える世界観の基本的な構造の問題である」

 かつては中国、現在では西洋に対して「外国と理想の同一化」が起きる日本。諸外国との交流が歴史的に少なく、現実の中国や西洋を知る人が少なかった歴史がある日本だから、新しい文化や思想などの受容先の外国を理想化する傾向が定着したのかもしれない。

 西洋崇拝の裏返しとして現在、西洋から日本の何かが高く評価されると過剰に喜び、評価が低いと残念がる。これは判断の基準が外国の価値観であった歴史と関係するだろう。外国崇拝は自国を評価するときに外国の価値観を尺度にすることになるが、その反動として日本の独自性を過剰に誇ったりする。グローバル化が進む中で日本と日本人は世界の中での立ち位置を模索し続けている。 

2026年1月10日土曜日

寒さに弱い

 2025年の日本の平均気温が平年(20年までの30年間平均)を1.23度上回ったと気象庁。3年連続で平年を1度以上も上回り、1898年の統計開始以降で2025年は3位の高さだった。特に夏は全国的に記録的な高温で、北日本、東日本、西日本、沖縄・奄美などで夏・秋の平均気温が観測史上1位を更新した。地球温暖化に加え偏西風の北寄りや太平洋高気圧の勢力強化などが重なったことが高温の原因とする。

 全国で昨年の猛暑に「勘弁してよ」と思った人は多かっただろうが、人間は暑さには強い生き物だと研究者。人間は恒温動物であり、汗をかくこと(湿性放熱)で体温を調節することができ、50℃くらいまでの気温には耐えることができるという(気温が高くなるほど大量の汗をかくので大量の水分の補給が必要)。ただし、猛暑などで体内にこもった熱を、冷房や大量の汗をかくことなどで捨てなければ体温が上がりすぎて意識を失い、時には死に至る(熱中症)。

 私たち現世人類(ホモ・サピエンス)は約20万年前にアフリカで誕生し、世界に広がったとされる。暖かだったアフリカでの生活に適応していた彼らは、移動した先はアフリカより気温が低かっただろうから、相対的な寒さを感じただろう。寒さに対応して熱を逃さない仕組みは人体には備わっておらず、着衣を工夫し、住居を作って寒さを凌いで現世人類は世界各地で生き延びてきた。

 寒さは人体から熱を奪うので、恒温動物である人間は警戒する。皮膚には暑さを感じる温点と寒さを感じる冷点がある。皮膚で温点の密度は1〜6個/cm2だが、冷点は8〜23個/cm2とはるかに多く、人体は寒さを感じやすくできている(冷点は顔面に多く、下肢で少ない)。寒さを嫌うのは本能的なものと言えるが、人間は極寒の地にも生息地を広げた。

 近年の猛暑にまいっている人が多いだろうが、夏が涼しい寒冷地への移住者が増えないのは、寒さが人体にとって厄介で、寒さを嫌うのは本能ともみなすことができるからか。報道では夏の猛暑や熱中症への警戒が呼びかけられ、猛暑にうんざりしている人々の様子が連日報じられるが、猛暑より寒冷地の冬の寒さのほうが人体には負荷となる。人間の深部体温は37℃前後に保たれているが、寒さで熱が体外に逃げるので、深部体温を維持するためには大量のエネルギーを消費する(暑い時も発汗などで大量のエネルギーを消費する)。

 寒冷地に住む友人は、避暑を兼ねてか夏場には東京などからの訪問客が増えるが、冬場には誰も来ないと愚痴る。雪が降り積もった冬場こそ、ストーブを囲んで、じっくりと、あれこれ話すことができると言うのだが、誰も来ない。猛暑の夏場には、「こっちは涼しい。俺も移住したい」などと話す輩が珍しくないのに、移住してくる人は皆無で、冬場の雪や寒さを試そうと来る人もいないそうだ。

 寒いといっても日本の寒冷地はアラスカやシベリアよりも気温は高い。様々な冬場の保温性が高い衣類が売られており、寒冷地の住宅は熱を逃さないように作られているので、多くの人々が寒冷地で暮らしている。移住したいと言った人に友人が聞いたところ、「寒いところは嫌だと妻が言うので〜」などと弁解されたという。電話を切った後、友人は「寒さに立ち向かう気力がない奴は無理だな」と呟いたそうだ。

2026年1月7日水曜日

ベネズエラ

 スペインの植民地だったラテン・アメリカにおいて各地の独立運動に加わり、指揮したシモン・ボリバル(1783〜1830)は「南アメリカ解放の父」と言われる。まずベネズエラの独立運動に参加し、ベネズエラは1811年に独立宣言を行った(翌年の大地震後にスペイン軍が政府を崩壊させ、ボリバルはカルタヘナなどを経てジャマイカに移った)。

 再起したボリバルは1816年から南米各地を転戦し、1819年にスペイン軍を撃破して、大コロンビア共和国の独立を宣言、大統領に就任した(大コロンビア共和国は現在のベネズエラ・コロンビア・エクアドルを含む)。その後、ボリバルはペルーやボリビアの独立運動にも参戦し、独立を助けた。

 武力で植民地支配を拡大することが容認されていた帝国主義の時代にあって、再びスペインなどの侵攻があると危惧したボリバルは、独立したラテン・アメリカ諸国が集団安全保障体制を構築して防衛体制を固めることを目指して1826年、各国が参加するパナマ会議を招集、会議で合意はなされたが、大コロンビア共和国以外の国では条約が批准されなかった。

 以前から存在した地域的な対立が強まって大コロンビア共和国は1830年にコロンビア、ベネズエラ、エクアドルの3国に分裂し、同12月にボリバルは死去した。ベネズエラは共和国として独立したものの、歴代の大統領による専制政治が行われた時代が多く、反乱も度重なり、不安定な状態が続いたが、欧州諸国の資本による開発が進められた。20世紀に入ると内戦の後にゴメスによる独裁統治が続いた。

 世界最大級の油田が発見されたのはゴメス時代。外資による油田開発が進み、貧しい農業国から世界有数の石油輸出国へとベネズエラは変わり、国内では産業化と近代化が進み、富裕層や中産階層が形成されたが、体制変革を求める動きも活発化した。軍部独裁とクーデターの後、民主制に復帰したのは1958年で、二大政党による民主的な政治体制が継続し、選挙によって大統領を選出することが定着した。

 低所得者層の高い支持を得てチャベス大統領が就任したのは1999年。チャベス大統領は「21世紀の社会主義」建設を標榜し、低所得層支援の推進、ベネズエラ石油公社(PDVSA)の掌握を通じた経済活動の国家管理などを行い、体制を強化した(外務省HP)。後継のマドゥロ政権が発足したのは2013年だが、治安や経済情勢の悪化が進み、国民の不満が高まり、2015年12月に行われた国会議員選挙では、野党が3分の2の議席を獲得し国会の多数を占めた(同)。マドゥロ政権の時代に、原油価格の暴落とともに高インフレによる生活苦や過酷な独裁統治などから約800万人が難民として国外に逃れた(2024年の人口は2646万人)。

 ベネズエラの人々はスペインによる植民地支配に抵抗し、専制統治や軍部独裁などに抵抗して民主的な共和国を形成した。だが、チャベス・マドゥロ時代は、原油価格低迷により経済は低迷、深刻な格差・貧困問題や治安の悪化が続き、ベネズエラの国としての「輝き」は失われていた。ロシア・中国・米国と強大国が帝国主義的な行動を辞さなくなった現在、ベネズエラは新たな植民地になるのか、それとも新たな共和国を目指して人々が動くのか。

2026年1月3日土曜日

100年前は1926年

 ドイツが国際連盟に加盟したことで、前年末に成立した英仏独伊など7カ国によるロカルノ条約が発効し、1926年の欧州では集団安全保障体制が実現、相対的な安定期となった。ドイツは国際社会に復帰したが、巨額の賠償金支払いを続けており、国民の不満は鬱積していた。ロカルノ条約から外されたソ連は反発し、敵対的な集団安保体制だと見なした。

 だが、ギリシャでパンガロスが独裁を始め、イタリアはファシスト系以外の労働活動を非合法化したりファシスト党以外の政党を解散させ、ポーランドやポルトガルで軍事クーデターが起き、ドイツではナチスが再結成後の初の大会を開催した1926年、マケドニアがユーゴに侵入、スペインは国際連盟を脱退し、リトアニアでクーデターが起きるなど欧州には不穏な気配も漂っていた。植民地だった自治領と本国を対等とする英連邦が成立したのもこの年。

 中国では、3月に北京で軍閥政府反対の国民大会が開催され(軍発砲で死者50人超)、蒋介石が戒厳令を公布して広州を封鎖した。7月に広東国民政府の国民革命軍は北伐を開始、長沙や漢陽を占領し、武漢や南昌を攻略した。国民革命軍には共産党員も参加し、ソ連の軍事顧問団も加わり、都市では労働者のストライキが頻発し、農村では農民が地主を襲撃するなど各地で民衆が呼応した。

 日本では1月に京都帝大の学生に最初の治安維持法が適用され、全国の社会科学連合会の学生の検挙が続いた。3月に大審院が朴烈と金子文子に死刑宣告を行い、後に減刑されたが、金子文子は獄中で自殺した(7月)。朴烈と金子文子が予審調室で寄り添う写真を配布した首謀者として北一輝が逮捕されたのは8月。9月には京都学連事件で野呂栄太郎・石田英太郎ら38人が有罪とされた。

 5月に十勝岳が噴火し、144人が死亡した。日本航空が大阪ー大連間の定期空路を開設したが、これは初の海外定期飛行(9月)。東京に円タクが登場したこの年、ネオンサインが初登場し、半蔵門に自動信号塔が登場、京浜線電車に自動ドアが付設され、SBカレー粉が発売され、断髪が流行り、モガが現れた。小鳥の飼育が流行し、夏の簡単服であるアッパッパが流行した。

 チャンバラ映画の隆盛は続き、大河内伝次郎がデビューしたこの年、邦画の製作数が洋画輸入数を上回った。築地小劇場が初の創作劇「役の行者」(坪内逍遥)を上演し、「この道」「酋長の娘」「ヨサホイ節」などが流行った。改造社が現代日本文学全集(全67巻)を刊行、1巻1円で円本と呼ばれ人気になった。「伊豆の踊り子」を川端康成が、「一寸法師」を江戸川乱歩が発表した。

 銀座・松屋デパートで初の飛び降り自殺があり、千葉の出淵熊次郎が殺人放火など重ね逃走した(鬼熊事件)1926年は、大正15年であるが12月に嘉仁さんが死去、裕仁さんが天皇になり、昭和元年に改元された。東京日日新聞が新元号は「光文」に決定したとスクープしたものの、その後の閣議で元号は「昭和」に変更された。この年、アントニオ・ガウディ(スペイン建築家)やルドルフ・バレンティノ(米俳優)、尾上松之助、クロード・モネ(仏画家)、ライナー・リルケ(独詩人)らが亡くなった。