2024年9月28日土曜日

収集して保存

 世界で既知の総種数は約175万種で、哺乳類が約6000種、鳥類が約9000種、昆虫が約95万種、維管束植物は約27万種という(環境省HP。維管束植物はシダ植物と種子植物=裸子植物・被子植物=で、菌類や藻類やコケ類は別)。世界中で研究者が探し回って発見した種のデータが共有され、膨大なデータが蓄積され精査されて分類されて系統樹が作成された。収集して分類するのは学問の基本的な方法だ。

 収集して分類することが有効なのは学問に限ったことではない。例えば、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻などを正確に理解するには、多方面からの情報を集めて精査することが必要だろうし、西洋美術史を知るにはギリシア美術から中世の美術、ルネサンス美術、バロック美術、近代美術などの作品を多く見て、表現の対象や技法の変遷などを整理して理解することが必要だ。

 浮世絵は日本独自の表現作品で世界に多くのファンがいて、現代では日本で独自に発展した漫画やアニメにも世界に多くのファンがいる。だが、浮世絵に特化した国立の美術館はなく、多くの美術館や博物館で展示が行われているだけだ。浮世絵は高価になるとともに世界中のコレクターが収集対象にしているので、これから国立の浮世絵美術館をつくろうとすると相応の金額を要するだろう。

 漫画やアニメの国立の美術館も日本にはない。2009年に当時の麻生首相が、アニメや漫画・映画・ゲームなどを展示する国立メディア芸術総合センターの建設に動いたが、約120億円の整備費が無駄遣いだとか、「アニメの殿堂」「国営マンガ喫茶」などと批判が多く、政権交代後の民主党政権が計画を中止した。昨年、政府が漫画やアニメの原画を扱う国立美術館などの建設を検討していると報じられた。訪日外国人の増加に向けた施策だという。

 浮世絵の美術的価値を最初に認識したのは19世紀のフランスなど欧州諸国だった。日本で美術館や博物館が建設されるまでには年月を要し、浮世絵の収集などの優先順位は低かっただろう。漫画やアニメなどは現代日本の特色ある表現作品であり、その美術的価値は高く、漫画やアニメなどを収集して分類し、日本の漫画やアニメの系統樹を作成することは必要だ。漫画もアニメも大衆芸術で、見終わったなら忘れられ、捨てられる。今、保存しなければ大半が消えていくだけだろう。

 浮世絵も漫画・アニメも平面(二次元)の表現だ。政府のアニメ美術館の建設計画は旧来の発想にとらわれ、公共事業でハコモノを建設することに固執している。漫画やアニメの作品量は膨大であり、ハコモノを建設しても展示できるのはごく少数でしかない。二次元の表現はディスプレー画面によく馴染む。ハコモノの代わりに専用のデータセンターを建設し、そこに漫画やアニメなどのデータをストックするなら全く新しい美術館が誕生する。

 今後も漫画やアニメ作品は増え続けるだろうから、データセンター形式の美術館なら必要に応じて容量を拡大できる。作品はスマホやPCなどで見ることができ、世界中からアクセスできるので、日本に関心を持つ外国人もさらに増えるだろう。さらに浮世絵も加えるなら、日本の美術史を概観できる美術館になる。漫画やアニメを収集して保存する作業は日本にしかできない。

2024年9月25日水曜日

石庭と解釈

 京都の龍安寺の石庭は日本を代表する庭園だとする人もいる。水を使わず山や川を砂や岩だけで表現するという枯山水の石庭は作庭者が不明で、何を表現しているのかも不明で、様々な解釈を許す。白砂が広がる中に15個の岩が配され、虎が子供を連れているように見えるので「虎の子渡しの庭」ともされる。

 また、岩が7個、5個、3個と分けて配置されているので「七五三の庭」ともされ、7+5+3の和である15という数字は完全を意味するという考えがあるといい、石庭を眺めるどこからも15個の岩が一度に見えないので、完全はないとの示唆だとか、禅の精神を表現したとか、大海に浮かぶ島々を表すとか、作庭の意図をめぐって多くの推測がなされてきた。

 作庭者が石庭で何かを表現しようとしたのか、あるいは、広い長方形の白砂の中に作庭者の感覚でバランスよく美しく岩を配置しただけなのか、そこも不明だ。石庭は白砂と岩による抽象的な表現であり、作庭者が何かを表現しようと意図したとしても、出来上がった作品(石庭)は見る人に様々な解釈を許す。どこかの自然を模倣しただけの庭園になっていたなら石庭の人気は限定的だったかもしれない。

 神社仏閣を見て回るのが趣味だという友人は京都に20回以上行っているという。龍安寺の石庭は何度か見たことがあり、「いつも混んでるので人混みの後ろから見るだけだったが、1回だけ、観光客が少ないタイミングで、正面に座ってじっと見ることができた」と言い、「白砂が広がりと波の動きを感じさせ、岩が島々を連想させた」が感想。

 禅の精神が何かを知らず、虎が子供を連れているようにも見えなかったという友人が、石庭から禅の精神も虎のイメージも湧かなかったというのは当然か。抽象的な表現に対しては、何らかの解釈を付与する人もあり、解釈を排して、ありのままの抽象的な表現を鑑賞する人もある。解釈は人それぞれで分かれ、解釈は心情や感情などに影響される。

 何らかの解釈を「正解」だとするには客観的な根拠を必要とする。だが、石庭の作庭の意図を説明する資料はなく、様々な解釈が主張される状況を許している。様々な解釈は作庭者の意図を推測するものであり、石庭を見た人の感じたことが様々な解釈に発展しているが、「正解」は誰にも分からない。

 高尚な解釈に背を向けて友人は、作庭者が表現しようとしたのは「故郷の風景か、思い出深い風景という可能性もあるし、どこかで見た水墨画をイメージして白砂の中に岩を並べたのかもしれない」と新解釈を思いついた。石庭は自由な解釈を許すので、見る人は自由に各自の解釈を許されるし、解釈を排して抽象的な表現を鑑賞することもできる。

2024年9月21日土曜日

劣等民族

 YouTubeチャンネルでジャーナリストの青木理さんが、対談相手の津田大介さんから「人々はなぜ自民党に入れ続けるのか?」という講演を予定していることを告げられると、「ひとことで終わりそうだよ。劣等民族だから」と述べたと報じられた。リベラル派の論客だという青木さんの発言に批判が高まったが、青木さんは取材に応じず、発言の真意はぼやけている。

 劣等は「等級・程度などが水準より劣っている」「ふつうのものより劣っている。質が悪い」「下等」などの意味で、劣等民族は「他民族よりも劣っている民族」の意味になる。青木さんが属している日本人(日本民族)を青木さんが劣等民族と言うのは、相当に自己肯定感が低い人物だから卑下しているのかと即断しそうになるが、青木さんは自分は別だと位置付けているらしい。

 青木さんの発言は、自民党に投票する人々に対して劣等民族だと主張している。とすると、日本民族のうち自民党に投票する人々が劣等民族で、野党などに投票したり棄権する人々は劣等民族ではないことになる。このような民族の定義は、全く新しく斬新なものであるが、民族学的には一考にも値しないだろう。

 同一民族であっても人々の政治的主張は様々で、民族内で時には鋭く対立することがあるのは世界の各国の歴史が示している。だが、同一民族の内部で対立する相手側を劣等民族と批判することは、自分も劣等民族の一員だということを失念している。ある民族が劣等民族だと主張できるのは、別の民族に属しているか、すべての民族に属さない人々だけだ。日本人の青木さんの主張が成り立つには、青木さんが自分を日本民族には属さないとするしかない。

 ところで、不祥事が相次ぐ一方、既得権益を守りつつ新たな利益誘導や米国追従外交などを長く続ける自民党の政治は閉塞感をもたらし、政権交代を望む人々も少なくないだろう。しかし、国政選挙では多数の人々が自民党に投票し、政権を委ねている。自民党に投票する人々は、劣等な人々で、政治意識が低く、判断能力が劣った人々なのだろうか。

 政治は細かな現実問題に対処することの繰り返しだが、自民党は日本社会の膨大な現実問題に対処してきた(対処の方向性や成果の評価は分かれよう)。日本では野党に投票しても、野党には現実問題に対処する力はない。少しでも社会を良くするためには現実的に考えると、自民党を動かすことが野党の「成長」を待つよりも有効だろう。

 自民党はダーティーでタフな政党だが、制度を変えたり、政策の優先順位を変えたり、予算配分を変えたりして実際に社会を少しずつ変えてきた(成果の評価は分かれよう)。現状の何かを変えて欲しいと思う主権者が、野党ではなく自民党に投票したり、自民党に近づく行動は、ある種の合理的な判断でもあろう。野党に現実問題に対処する力があったなら、野党に投票して政権交代を実現することが、現実を変える有効な手段になるのだが。

2024年9月18日水曜日

増殖する詐欺メール

 警察や中央省庁の職員を騙り、詐欺に引っ掛けようとする電話が全国で増えているそうだが、友人のパソコンには今年になって、実在の大企業からのメールが毎日、10〜20通ほど届くようになったという。発信元はアマゾン、JCB、東京電力、三井住友カード、エポスカード、JR東日本、アメックス、イオンカード、ヤマト運輸、セゾンカード、TS・CUBIC、楽天市場、ETCマイレージサービスなどで、最近は国税庁まで現れたそうだ。

 友人は宛先に自分の名前が記載されていたこともあって発信元を疑わず、「この会社のクレカは持っていないのに、なんでオレあてに、支払いを求めるメールが届くのか」と不思議だった。それで、説明を求めようとメールの文中にある問い合わせ先のURLをクリックしたが、途端にパソコン画面に、そのサイトは怪しいと警告が表示され、友人は慌ててサイトを閉じた。

 クレカ各社からのメールは「パスワードの入力ミスが続いているのでサイトの利用を制限しています」「再認証が必要です」「確認が必要な取引があります」「セキュリティ保護のため携帯番号の再認証が必要です」「カード利用を制限しているので、制限解除の手続きを行ってください」「不審な取引が検出されたため、カード情報の再確認が必要です」「本人の利用か確認したい取引があったので、利用確認を行ってください」「決済が不成立となっている」などと不安を煽り、メール内にあるリンクやボタンをクリックさせようとする。

 また、「今だけ、ワンクリックでポイントをゲットできます」などと誘ったり、多額の「異常な取引が確認されたので、確認手続きをお願いします」「カードの利用が一時停止されました」と確認のリンクに誘導したりもする。友人あてに、持っていないカード会社から「ご請求金額が確定しましたので、ご確認ください」とか「次回の引き落とし日が確定しました」と金額を確認するようクリックさせるメールを毎日見ているうちに、怪しいメールに対するカンが働くようになったと友人。

 ヤマト運輸を騙ったメールは「不在なので荷物を持ち帰りました」とメール内の再配達のボタンをクリックさせようとし、アマゾンでは「アカウントを更新できなかったので、アカウントの情報を確認し、更新してください」「支払い方法の承認手続きを完了してください」「不審な取引が検出された」、東電では「お支払いが未確認です」、JR東日本では自動退会処理の人でも「えきねっとに一度ログインすれば、引き続き利用できます」、楽天市場は「あなたのカートのアイテムがもうすぐなくなります」、国税庁では「未納の所得税および延滞金があり、納付期限を過ぎると財産の差し押さえが開始される可能性がある」などとまぎらわしい。

 これらのメールの作成には「きっとA Iが使われているに違いない」と友人は推察し、詐欺グループは「実際の大企業のメールを参考に詐欺メールをA Iに作成させて大量にバラ撒いているのだろう」。よくできているので、ちょっと見には本物と見分けがつかないが、メール内でどこかをクリックさせようとするので、怪しいと見分けがつくと友人。

 中国人の知り合いがいない友人に、中国語のメールが届いたことが一度あったことから、これらの大量の詐欺メールに中国人が関わっていて、中国か東南アジアから発信されているンじゃないかと友人は疑う。ただ、メールの宛先に友人の名が記されていたことが気に掛かり、日本人の個人情報が大量に中国などに流れているのではないかと不安を感じているそうだ。

2024年9月14日土曜日

ブルースの自由さ

 人間を商品として大々的に貿易の対象にしたのがポルトガル・スペイン・イギリス・フランス・オランダなど欧州諸国だ。まずポルトガルが15世紀にアフリカから連れ帰った黒人を欧州で奴隷として売り、16世紀にスペイン・ポルトガルがアメリカ大陸の植民地にアフリカから連れてきた黒人を供給するようになり、17世紀にはイギリスやフランスが参入、イギリスは1713年のユトレヒト条約で大西洋の黒人奴隷貿易を独占した。

 米国で黒人は奴隷として売買され、労働力として酷使された。1861年に南北戦争が始まり、1863年にリンカーン大統領が奴隷解放を宣言し、1865年の南北戦争終戦後に制度としての奴隷制は廃止され、南部諸州においても奴隷は解放された。奴隷貿易と奴隷制度は弁解の余地がない悪行だが、アフリカからアメリカへの大規模な人の移動は様々な変化ももたらした。

 代表的なものは、黒人音楽が発展し、世界的に大きな影響を与えたことだろう。昔の黒人たちは自由に歌っていたのだろうが、西洋由来の楽器を手にした黒人たちは西洋音楽の和声や規範などを取り入れ、ブルースという音楽が形成されていった。黒人たちが思いついた言葉を歌ったり、時にはダンスの伴奏をしたりと自由な表現を繰り広げ、徐々に形成された音楽がブルースだった。

 黒人たちが楽しんでいたブルースはやがてジャズやR&Bなどに取り入れられて発展していった。ブルースを歌い、演奏する黒人ミュージシャンとは別に、音楽形式としてのブルースが広まった。それは12小節で4小節を3回重ねる構成の音楽だ(古いブルースミュージシャンは8小節や16小節など、必ずしも12小節にとらわれないが、12小節のブルースが圧倒的に多い)。20世紀後半にはロックの誕生にブルースが重要な役割を果たした。

 形式としてのブルースはジャズやロックのミュージシャンに自由な表現の場を与えた。代表例は、ジャズではチャーリー・パーカー、ロックではエリック・クラプトンで、多くの名演が残されている。ブルースは12小節で単純な構成の音楽だが、単純な構成だから多彩な表現を許し、演奏者の個性を際立たせる。言葉数に制約がある和歌や俳句が人々の個性を存分に発揮させるように単純な枠組みは自由な表現を促す。

 形式としてのブルースは表現の制約が少ない音楽で、演奏者は自由に個性を発揮することができる。これは、誰もがチャーリー・パーカーやエリック・クラプトンのように演奏できるということではない。創作力が乏しい人が演奏すると単調で陳腐なフレーズしか奏でることができないだろうから、自由に個性を発揮できる場は常に演奏者が試される場である。

2024年9月11日水曜日

需要と供給

 都会ではJRなどの駅前には必ずタクシー乗り場があり、地方都市では駅前でタクシーが客待ちしていたりするが、各駅列車しか停まらない過疎地の駅ではタクシーの姿はなく、利用者は電話でタクシーを呼ぶしかない。利用者がいない駅でタクシーが客待ちするのは、需要がないのに供給を続けている状態だ。

 JR北海道は、赤字だが国や自治体の支援を受けて存続をめざす8線区(黄色線区)の存続プランを発表した。観光列車を増やしたり、特急列車の利便性を向上させるなどで利用拡大を図るとともにコスト削減を進めるという。ただ、今回の目標を達成したとしても赤字は解消されず、年間100億円に赤字幅が短縮されるだけだ(8線区の23年度の赤字額は148億円だった)。

 JR北海道の2023年度決算は、グループ売上高は1477億円(うち鉄道事業売上高が698億円)だが営業経費が1977億円かかり、営業損益は499億円の赤字。営業外収益で経営安定基金の運用益315億円と国からの補助金249億円などがあり、最終的な当期純利益は33億円。鉄道事業単体の赤字額は563億円だが、小売業・不動産賃貸業・ホテル業などで64億円の利益を確保し、最終的にグループ全体の赤字額を499億円に圧縮した。線区別では全21区間が営業赤字だったが、9区間で赤字幅が縮小した。

 赤字体質のJR北海道は国鉄分割民営化以降は経営安定基金の運用益で赤字を補填する仕組みになっていたが、長く続く低金利により運用益は減少し、国から毎年、財政支援を受けている。純粋な民間企業なら、赤字を垂れ流している事業は撤退や売却など整理の対象にするだろうが、JRは公共交通の色彩を色濃く保っているので簡単には赤字路線を廃止するわけにはいかない(赤字路線を廃止するとJR北海道に路線が無くなってしまう?)。

 赤字路線はJR北海道以外にも多く存在する。赤字でも列車を走らせるのは地域の人々の移動手段を確保するためで、鉄道インフラは公共事業の側面を持つ。だが、旧国鉄の赤字路線には厳しい目が向けられ、赤字路線は順次廃止されてきた。一方、全国の道路を線区ごとに見るなら大半が赤字だろうし、地方空港の大半も赤字だろうが、そうした赤字は騒がれない。維持費などには税金が投入されている。

 鉄道だけが赤字路線が問題視される。だが鉄道の赤字路線を存続させる方法は簡単だ。それは利用者を増やすことで、利用者を増やすには、沿線に住む人数を増やしたり、沿線の駅周辺に学校や病院や企業の事務所や工場などを新設することなどが効果があるだろう。おそらく誰もが、そんなことは分かっているだろうが、現実には地方自治体は人口減少や過疎化に無力で、学校や病院や企業を沿線に誘致するインセンティブを提供する余力もない。

 JRの赤字路線の問題は、人口減少や過疎化に無力な地方自治体が多すぎ、地域の衰退に歯止めがかからず、地域経済が縮小を続けていることを示す。利用者がいなくなった路線は、需要が消えた路線だから供給(路線維持)が停止されるというのは民間企業としては合理的な判断だが、地方鉄道は公共インフラでもあるから地方自治体は路線廃止に難色を示す。鉄道会社にも地方自治体にも金がなく、名案も出てこず、ただ議論ばかりが続く。

2024年9月7日土曜日

移民の受け入れ

 多くのインドシナ難民が発生した1975年、日本にもボート・ピープルとして続々と到着した。75年に9隻126人、76年に11隻247人、77年には25隻833人へと急増し、79年から82年の4年間は毎年1000人台を記録した(外務省HP)。日本政府は当初、一時的な滞在のみを認めていたが、78年にベトナム難民の定住を認めることにし、定住許可の条件を順次緩和した。2005年までのインドシナ難民定住受入れ数は11319人。

 ボート・ピープルの日本への到着は当時、マスメディアで大きく報じられ、社会的な関心が高まった。到着した難民をベトナムなどへ送還することは現実的ではなく、他国に移送することもできず、日本政府は難民の定住を認めざるを得なかった。ちなみにインドシナ難民を最も多く受け入れたのは米国で約82万人、オーストラリアとカナダが約14万人、フランスが約10万人、ドイツと英国が約2万人。

 ドイツ東部テューリンゲン州の州議会選挙で、移民排斥を掲げる極右政党「AfD」が州議会レベルで初の第1党となり、州議会で極右政党が勝利したのも第2次大戦後で初めてとあって、ドイツで極右の勢力が拡大していると警戒感が高まり、シュルツ首相は「全ての民主的政党は今、右翼過激派を排除した安定した政権を樹立することを求められている」と述べたと報じられた。

 この州議会選では、反移民を掲げる極左政党も躍進した。AfDと極左政党は、反移民・反EU・反体制・親ロシア・ウクライナ支援に消極的ーなど政策面では共通点があるという。欧州では極右は反移民や反イスラムや反ユダヤなど特定の人々に対する排他性を持つ人々で、極左は反資本主義や反グローバリズムなどを主張する人々だ。反移民は既存体制の批判に有効なのだろう。

 欧州には中東やアフリカなどから大量の移民・難民が現在も殺到しており、ドイツにも移民・難民が押し寄せている。2015年にはドイツに100万人以上の移民・難民が殺到し、ロシアが侵攻したウクライナからは100万人以上を受け入れている。大量の移民・難民を受け入れた国では、人々の日常生活の場に移民・難民が現れて住みつき、言葉が通じなかったり、異なる文化・習慣が持ち込まれたりし、共生を強いられたとの感情を持つ人々もいるだろう。

 ドイツの州議会におけるAfDの勝利を日本のマスメディアは、極右が勢力を拡大していると報じた。だが、日本に中国大陸や朝鮮半島やアジアなどから毎年、数十万単位の移民・難民が押し寄せる状況になったら、送り返すことはできまいから日本政府は滞在を認めざるを得ず、日本社会にも大量の移民・難民が現れて住みつく。現在も日本在住の外国人に対するバッシングは存在するが、数十万単位の移民・難民が毎年増える状況になったなら、反移民感情が高まるだろう。

 そうした状況になったなら反移民を掲げる政党も日本に現れるだろう。大量の移民・難民受け入れ問題は日本ではまだ現実感を持って論じられてはいないが、中国大陸や朝鮮半島やアジアなど日本周辺で政権崩壊などが起きれば、大量の移民・難民が発生する可能性はある。現在の欧州諸国や米国などのように、大量の殺到する移民・難民に対する対応が日本政治の重要課題になる日が来るかもしれない。

2024年9月4日水曜日

中国の過剰生産

 中国で過剰生産されたEVなどが欧州市場に大量に輸出されて問題となっている。中国には年間4000万台の自動車生産能力があるが、中国国内での販売台数は2200万台程度という。品質向上もあってか中国車は徐々に世界各地で受け入れられるようになって輸出台数は増え続け、2023年には約500万台に達した(EVは4分の1)一方で、稼働していないガソリン車工場は多いという。

 過剰生産は鋼材でも同様で、2023年の生産量は国内消費量(約9億トン)を1億トン超も上回ったが、不動産販売の低迷などで内需が低迷し、国内では膨れ上がった在庫を処分するため価格が急落した一方、輸出ドライブに拍車がかかっている(中国は世界の粗鋼生産の半分を占める)。過剰生産はソーラーパネル、リチウムイオン電池、アルミなどでも指摘されている。

 中国国内の過剰生産が問題になるのは、第一に過剰に生産された製品が世界市場にあふれ出て、安値で各国市場を侵食する、第二に中央政府や地方政府が各種の補助金によって工場建設や設備投資を促した結果、設備過剰となって過剰生産になっているーからだ。中国の過剰生産には政治主導の側面があり、EUや米国が中国に過剰生産の是正や政策転換を求めても中国政府は反発するだけだ。

 過剰生産は資本主義につきものの病だとするのが共産主義だ。もっと多くの利潤を得ようと資本家たちは過度の投資を行い、やがて過剰生産から過剰供給になって景気低迷、時には恐慌に至るとする。かつての共産主義国では生産は国家に統制され、旧ソ連などのように日用品を買うためにも人々が行列を作ったように、計画経済国には過少生産が多かった。

 中国は1992年、計画経済に資本主義を取り入れた社会主義市場経済を導入すると決定した。改革開放以来の経済発展に伴い市場主義の比重が大きくなっていたが、習近平体制になって計画経済(社会主義)の比重が大きくなっているようだ。そうした中で中国の様々な業種における過剰生産は、市場経済(資本主義)による資本家たちの過度の投資と、計画経済による中央・地方政府の投資奨励策が重なって起きている現象だ。

 市場経済(資本主義)と中国共産党による計画経済のメリットが重なって成長が続いた中国で、過剰生産となっているのは市場経済(資本主義)と計画経済のデメリットが重なって生じている現象だ。過剰生産は中国政府の政策の結果でもあるため簡単には軌道修正できず、過剰生産の抑制に動くことは欧米の批判に「負けた」ことにもなるので中国政府は、過剰生産だという指摘を受け入れることができない。

 中国が世界経済と切り離されていたなら、過剰生産は供給過剰となって国内市場に襲い掛かり、景気低迷が長引いただろうが、中国は世界市場に参入しているので、過剰な生産物は世界市場にあふれ出る。皮肉なことに、欧米が中国に大々的に投資して製造業を育てた結果として現在の過剰生産がある。だが、欧米が自国の製造業の衰退を座視してきたため欧米の供給力は減り、中国の過剰生産が続いても世界恐慌にはつながりそうにない。