2022年11月30日水曜日

リスクをとる日本人

  30年以内に70%の確率で起きる可能性があるM7級の首都圏直下地震により、最悪の場合、死者が2万3000人、経済被害が約95兆円に上るとの想定を国の有識者会議が2013年に発表した。冬の夕方で風が強い場合、全壊または焼失する建物は61万棟で、うち火災で焼失するのは約41万棟となり、死者2万3000人のうち1万6000人は火災による死者とされた。

 負傷者は12万3000人、避難者数は720万人と想定され、約5割の地域で停電となり、都区部の約5割で断水し、開通するまでに地下鉄は1週間、私鉄・在来線では1カ月程度を要し、道路はガレキや放置車両などによって深刻な交通障害が発生する見込み。経済被害の約95兆円の内訳は建物等の直接被害が約47兆円、生産・サービス低下の被害が約48兆円。

 首都圏に住む人は誰でも首都圏直下地震が発生した時に、想定される死者や負傷者、あるいは避難者に含まれる可能性があり、停電や断水などライフラインの途絶に遭遇する可能性はさらに高いだろう。首都圏に住む人は、発生する可能性が高い現実的なリスクを承知で住んでいるといえる。

 時期は不明だが大地震が発生する可能性が高いリスクにもかかわらず、首都圏に住む人は多い。パンデミックでリモートワークが普及したことにより郊外などへの転出が増えたともいわれるが、大地震の可能性を理由にした首都圏からの脱出・転出は目立ってはいない。

 株式投資が少なく、貯蓄が多い日本人はリスクをとらないなどともいわれるが、実は日本人はリスクをとる人々だ。大地震が発生すれば生命の危険があり、生き延びたとしてもライフラインも公共交通網も寸断され、就業先も被害を受けるなど大地震後の生活が不安定化する可能性が高い首都圏に人々は集まり、暮らしている。

 大都市が大地震に脆弱だということは阪神大震災における神戸の被害が実証した。だが都市での生活は利便性が高く、就業機会も多く、歓楽街もあるなど魅力的で、魅力がリスクを上回ると感じて人々は首都圏に集まり、住む。火災で約41万棟が消失し、1万6000人が火災で死亡するという首都圏直下地震の想定にもかかわらず人々は、首都圏に住むリスクを引き受ける。

 とはいえ、東南海地震(南海トラフ地震)や千島・日本海溝地震などの発生も確実視され、被害は大規模になるとの想定も公表されている。さらに全国どこでも断層が動けば直下型の地震になる。首都圏だけではなく日本全国どこでも大地震のリスクがあるのだから、日本列島で生きる人々は皆、リスクをとって暮らしていることになる。リスクをとる日本人とは、首都圏に住む人に限られるわけではない。

2022年11月26日土曜日

戦争と誤爆

 報道により事実だと推定できるのは、▽ポーランド政府は11月15日、東部プシェボドフにロシア製のミサイルが着弾し、2人が死亡したと発表した、▽ポーランド東部プシェボドフはウクライナ国境から約7kmに位置する、▽同日はウクライナ全土でロシア軍による主にエネルギー施設を狙った約90発のミサイル攻撃があり、プシェボドフから南に約70kmのリビウにも攻撃があったーなどだ。

 ポーランドはNATO加盟国であり、北大西洋条約は第5条で加盟国に対する攻撃をNATO全体への攻撃とみなし、攻撃された国の防衛義務を負う集団的自衛権を定めているので、ロシアからの攻撃であれば集団的自衛権が発動される可能性が現実味を帯び、ロシアとNATOの開戦も想定される事態だった。ただ集団的自衛権の発動には加盟30カ国の承認が必要で、過去に発動されたのは同時テロを受けた米国のアフガニスタン戦争だけだ。

 ロシア国防省はすぐに関与を否定して「意図的な挑発行為である」とし、大統領府の報道官は「われわれは、狂ったようなヒステリックな反応を目の当たりにした。様々な国の高官が何が起きたのかなど考えないまま、声明を出した」と批判したという。

 米バイデン大統領は16日、G7とNATOの緊急首脳会合後、「軌道から考えるとロシアから発射された可能性は低い」と述べた。米国家安全保障会議の報道官は声明で、ウクライナの迎撃ミサイルが着弾した可能性が高いとするポーランドの分析を追認したが、「悲劇的な事件の最終的な責任がロシアにあるのは明らかだ」とロシアを非難した。NATOは共同声明で、ポーランドに落下したミサイルについてロシアが発射したとは断定せず、「ポーランドが進める調査への全面的な支持と支援を提供する」とした。

 ポーランドの大統領は16日、「ミサイルは旧ソ連製のS300で、ロシア側から発射された証拠はない。ウクライナの防空システムから発射された可能性が高い」と述べ、NATO事務総長も、ウクライナが発射した地対空ミサイルだった可能性を指摘した。一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は16日、「我々のロケットではなかったことを疑っていない」と述べ、その後も、着弾したのはロシアのミサイルだとの主張を続けている。

 戦場をウクライナに限定することをロシアもNATO(含米国)も暗黙に了解している気配で、ウクライナ軍のロシア領土への攻撃もロシア軍のNATO加盟国の領土への攻撃も抑制されてきた。だが、ポーランドへのミサイル落下は、いつでもロシアがNATOを戦争に引きずりこむことができると示した(そうした決断はロシアにも難しいことだろうが、NATOに対する威嚇の材料にはなる)。

 戦争に誤爆はつきものだ。仮にポーランドに落下したミサイルがロシア軍が発射したものだったとすれば、全面戦争はともかくNATOはウクライナ支援を一層強化しただろう。それでロシア軍が劣勢になったとしても、いまさらロシア軍が撤兵するとは考えにくく、戦線の膠着状態が長引くかもしれない。それは、兵器や人命などのさらなる壮大な消耗線となる。

2022年11月23日水曜日

函館の温泉事情

 「渡島半島から青森北部にかけてマグマが地下にあり、温泉の熱源になっている可能性が高い。この地域には温泉が多く、日本でも有数の地熱地帯だ。この地域は通常の2〜3倍の熱量で、地下の浅いところに熱源があることを意味する」(鹿部町HP。一部修正)。渡島半島には駒ヶ岳、恵山、日本海の渡島大島の火山があり、青森には八甲田山、岩木山、むつ燧岳、恐山、十和田の火山がある。

 地下に熱源があるので渡島半島や青森には温泉が多く、青森県には酸ヶ湯、浅虫、蔦、奥入瀬、不老ふ死、大鰐、鯵ヶ沢、黒石、十和田湖畔、青荷、薬研など多くの温泉があり、秘湯と言われる温泉もあって、全国の温泉ファンに知られている。青森市内にも温泉はあって日帰り入浴施設が多くある。

 渡島半島にも温泉は多く、温泉施設がある市町村は多いが、全国から観光客が訪れる温泉街は湯の川温泉以外になく、温泉旅館があっても小規模な数軒があるだけだったりする(津軽海峡がなければ首都圏などから多くの温泉ファンが訪れて、もっと賑わったかもしれない)。その代わりに町営などの日帰り温泉施設が各地にあって、ドライブがてら温泉を楽しむことができる。

 函館市内では湯の川温泉が全国的にも有名で、熱源は5万年前に噴火した銭亀沢火山のマグマの余熱とされる(銭亀沢火山は、函館市の沖合2kmの海底にある火山)。また、函館山の山麓にある谷地頭温泉も温泉ファンには知られており、民営化されたが以前と変わらぬまま営業している(熱源は約100万年前に噴火した函館山火山のマグマとされる)。

 銭亀沢火山のマグマと函館山火山のマグマが熱源となって、その熱は地中で四方に伝わるだろうから、函館市内ではおそらくボーリングして地下水にあたれば温水が出てくる。だから函館市内には日帰り温泉施設が多く、天然温泉を使う銭湯もある。水道水を使う銭湯も各地にあるので、日帰り温泉だからと集客が容易だというわけではなく、日帰り温泉施設も増減を繰り返す。

 函館市では、湯の川温泉のホテル雨宮館、笑函館屋、ホテルかもめ館、KKRはこだて、大黒屋旅館、ホテルテトラ、湯元啄木亭、海と灯、ホテル万惣、湯の浜ホテルで日帰り入浴ができる。市街地で現在も営業している日帰り温泉は、昭和温泉、鍛治温泉、山の手温泉、乃木温泉、にしき温泉、湯元花の湯、北美原温泉、谷地頭温泉、花園温泉、湯元漁火館などで、函館東部の恵山や川汲にも日帰り温泉がある。

 日本には入湯客が多い箱根や別府、熱海、草津などをはじめ温泉が全国各地にあるが、北海道の温泉地数は日本で最も多く、延べ宿泊利用人数も日本で最も多い。昨年、道内各地を訪れた観光客のうち92.5%が道民だった。パンデミックによる行動制約の影響が大きいのだが、以前から道内観光客に占める道民の割合は大きかった。おそらく道内の温泉を訪れる人々の多くも道民なのだろう。冬の寒さが厳しい北国に住む人々への自然の恵みが、各地に多くある温泉なのかもしれない。

2022年11月19日土曜日

皆が監視対象に

 中国の北京市など主要都市で新型コロナウイルスの新規感染者が増えている。全土で1万人台半ばの新規感染者が連日確認され、各地では厳しい行動制限が取られている。中国政府はゼロコロナ政策を継続する方針で、徹底的に感染拡大を抑え込むことを目指す。PCR検査を大規模に実施し、人々は数日おきに検査を受けているという。

 ゼロコロナ政策では、①大規模なPCR検査、②感染者と濃厚接触者らの徹底的な隔離、③厳しい入国制限ーが行われる。PCR検査の結果が人々の移動の自由を左右する。例えば、北京市では施設や交通機関を利用するには72時間以内の陰性証明が必要で、市外からの訪問者は48時間以内の陰性証明が必要だ。人々は頻繁にPCR検査を受けることを強いられている。

 PCR検査の結果はスマホのアプリ「健康コード」に表示され、人々は頻繁にスマホの陰性証明の提示を求められる。陰性証明を得ている人も、スマホの移動データから感染地区にいた記録があったりすると感染リスクがあると当局に判断され、アプリがフリーズするので更にPCR検査を数回受けて陰性証明を得なければ、交通機関に乗ることができず、出張先で身動きがとれなくなった人も珍しくないと報じられている。

 感染者が出ると集合住宅や地区が閉鎖されるので、人々は閉じ込められる。感染リスクがあるとされた人々を社会から強制的に隔離することで感染拡大を抑え込むというゼロコロナ政策は、公式発表では欧米諸国に比べて少ない感染者数と死者数という成果と成功体験を中国にもたらした。新型コロナウイルスは世界から消えず、感染力が強い変異株の蔓延もあって、ゼロコロナ政策の限界が明らかになったが、ウイズ・コロナ政策に中国は転換しない。

 ゼロコロナ政策は変更できないのだという説がある。ゼロコロナ政策を解除した場合、6カ月で感染者数は1億1220万人、入院者数510万人、うち重症者数270万人、死亡者数160万人になるとの研究が米の医学誌に掲載されたそうだ。中国の国産ワクチンの有効性はファイザーなどより低いと言われ、ウイズ・コロナ政策に転換したなら、感染爆発が起きる可能性が高いので中国はゼロコロナ政策を続けるしかないとの説だ。

 問題は、防疫対策としてのゼロコロナ政策が人々(=人民)の管理に活用されていることだ。当局が徹底的に人々を監視し、施設などに隔離して閉じ込めて「社会の安寧」を保つことを中国はウイグルなどで行っているとされる。そうした当局の強硬策(「成功」体験)が中国全土においても適用されるようになった。

 中国政府の暴力がウイグル人などに向けられていた時、漢人など多くの中国人は座視するだけだった。権力の暴力に苦しむ人々が社会に少数でも存在するなら、いつか、権力の暴力は社会のすべての人々にも向けられるということを中国は示している。中国人は現在、皆がウイグル人体験をしている。

2022年11月16日水曜日

偶然と解釈

 例えば、「流れ星が消えないうちに願いごとをすると願いがかなう」とか「茶柱が立つと縁起がいい」などの俗信がある。流れ星も茶柱も珍しくはないが、滅多に遭遇しない出来事だから、吉兆とされ、願いとか縁起などと結びつけられた。それらの吉兆には確かな根拠がないことを皆知っているが、俗信は生き残っている。

 流れ星と願いがかなうことにも茶柱と縁起がいいことにも因果関係はなく、吉兆だとするのは解釈にすぎない。流れ星や茶柱を不吉な前兆だと解釈することもできるが、そうした解釈は広まらなかった。不吉な前兆としては「黒猫が前を横切る」がある。これは西洋の迷信が伝わったもので、昔の日本では黒猫に対する特別視はなかったという。

 滅多に遭遇しない偶然の出来事に何らかの意味を付与して解釈したのは、偶然の出来事を特別な出来事と見なしたからだ。特別な出来事にすると、そこには何らかの意味があると考えることができる。ただし、具体的な根拠はないので、運命や神など検証不能な何かを持ち出したり、幸運などと結びつけて体裁を整える。

 特別な意味がないものに特別の意味を付与することは広く行われている。意味を付与することは、その出来事を解釈することであり、それぞれの物語ができあがる。学術的な解釈には客観性が求められるが、世間で広く行われている解釈には客観性が希薄でも容認されるから、何にでも意味を付与することができよう。

 吉兆を求める行為に、おみくじをひくことがある。おみくじに運勢判断を委ね、大吉をひくと大喜びし、小吉などをひくと物足りなそうに引き下がる。凶を求めておみくじをひく人はいないだろうが、運勢の波があるとすれば凶もあって当然だ。凶が出ると再度おみくじを引き直す人もいたりして、運勢判断を求めながら、ひいた運勢判断を拒んだりもする。

 おみくじの運勢判断に一喜一憂するのは、日常の小さなイベントだ。大吉をひいた人は良いことが起きると期待し、凶をひいた人は心を引き締める。偶然手にしたおみくじに自分の運勢が記されているという演出が、おみくじの御託宣の効果を高める。おみくじを見て「そういう解釈もある」などと冷静な人でも大吉には喜んだりする。

 人間の力が及ばない偶然に対して人の対応は①事実として認識できることを受け入れる、②解釈して意味を付与するーに分かれる。偶然に人は無力だが、解釈して意味を付与することで偶然を人の秩序に組み入れることができる。おみくじは偶然を利用して、御託宣に権威を持たせる仕組みであり、人々は偶然に運命などの作用が働くと見て、おみくじを楽しむ。

2022年11月12日土曜日

「独自」との表示

 新聞社サイトなどで「独自」との表記がついた記事があるが、ごく一部に限られる。わざわざ「独自」と強調するのは、スクープだと大威張りでアピールするためかとも推察できるが、新聞なら1面に大見出しで掲載されるような記事は少ない印象で、どうやら「独自」とは他社に先駆けて、つかんだネタという印らしい。

 「独自」がごく一部の記事にしか表記されていないのは、ほかの多くの記事は独自ではないということか。発表ものなどは他社も同じように入手しているし、取材対象に各社の記者が群がっているような状況では、独自の情報を得ることは難しいだろう。「独自」と一部の記事に表記して他社と差別化しているつもりなのかな。

 各社の紙面やニュース番組が似たり寄ったりになるのは、起きていることを報じるという同じ立場に各社あるのだから当然だ。何かが起きて、現場に行ったり関係者を探して話を聞いたりと各社の記者が群がって取材するのだから、出てくる記事やニュースは同じようなものになる。横並びになるのはやむを得ないが、それがマスメディア不信につながったりもする。

 極端なマスコミ不信論ではマスメディアが揃って同じような記事やニュースを報じるのが「操作されている証拠だ」としたり、権力などの情報操作にマスメディアも加担していると主張して「マスメディアも大企業だからな」などと結論づけたりする。それらは客観性に欠ける情緒的な論でしかないのだが、似たり寄ったりの紙面やニュースに毎日接していると、つい共感したくなる?

 「独自」の表記に妙な違和感を感じるのは、独自の取材記事がたいそう少なくなっていることが強調されるからだ。歩き回って独自のネタを拾うのが記者の取材だーーとは大昔の記者イメージで、ネタがあるところに出かけて取材するのが現代。ネタがあるところに各社の記者が群がるので、似たような記事やニュースができ上がるのだが、「独自」は珍しさを強調しているようでもある。

 埋もれている問題を地道な取材で掘り起こして記事化し、社会に問題提起するという「独自」記事・ニュースこそ、発表ものが多い紙面やニュースを毎日見て飽きている人々の期待するものかもしれない。だが、そんな「独自」記事やニュースはそうそう多くはなく、小さなネタでも他社がつかんでいないなら、「独自」との表記をつけて自慢するマスメディアの光景は何やら哀れを誘う。

2022年11月9日水曜日

動物園にイヌやネコ

 今回のパンデミックでは外出が厳しく制約され、癒しを求める人々が増えたのか世界的にペットの需要が増えたという。だが、欧米などで対策方針がウイズ・コロナへと転換し、人々の生活がパンデミック以前に戻るにつれて、飼育放棄や動物保護施設に持ち込まれるペットが増えていると報じられた。

 保護犬や保護猫とは、飼い主が飼育放棄して捨てたり行政に持ち込んだり、劣悪な飼育環境から救い出されたり、繁殖引退、迷子になったりと様々な経緯で保護された犬や猫だ。動物愛護団体などが受け皿となって飼育しながら、譲渡会や保護犬・保護猫カフェやネットなどで新しい飼い主を探している。

 日本では50年ほど前には犬や猫の引取り数は年間125万匹ほどだった。そのうち返還・譲渡数は3万匹弱しかなく、120万匹以上が殺処分されていた。殺処分数は年々減少を続け、20年ほど前に年間50万匹を割り込み、10年ほど前に年間20万匹以下になり、5年前に年間5万匹を下回るようになった。

 最近の日本における年間の犬の引き取り数は27,635匹、猫の引取り数は44,798匹の計72,433匹だ(2020年度、環境省HP)。飼い主から引き取ったのは犬が2,701匹、猫が10,479匹だが、所有者不明は犬が24,934匹、猫が34,319匹。つまり引き取り数の81%は所有者不明だ。

 引き取られて殺処分されたのは犬が4,059匹、猫が19,705匹の計23,764匹。ほかに返還された犬が9,463匹、猫は255匹の計9,718匹、譲渡されたのは犬14,736匹、猫が25,130匹の計39,866匹だ。つまり処分される犬や猫の32%が殺処分され、54%が譲渡されている。50年ほど前に比べる殺処分数は劇的に減ったが、譲渡数の増え方は緩やかだ。

 ペットとして飼われる犬や猫は全国で1605万匹(犬710万匹、猫895万匹)という(2021年、ペットフード協会。インンターネットによる調査)。入手先は犬は「ペットショップで購入」が過半数だが、猫は「野良猫を拾った」「友人や知人からもらった」がそれぞれ3割前後となる。保護犬の譲渡は6%ほど、保護猫の譲渡は15%ほどとなり、入手先としては低位にとどまっている。

 ペットを飼いたい人が保護犬や保護猫の中から探すことが一般的になるためには、保護犬や保護猫との出会いの場を日常的に設置することが必要だ。例えば、各地の動物園に保護犬や保護猫の展示スペースが設置されれば、多くの人が保護犬や保護猫と対面することが容易になる(保護犬や保護猫の飼育管理や譲渡は動物愛護団体などが行い、動物園は場所を提供するだけ)。

2022年11月5日土曜日

人の心の中にある

 歌人としても知られる鎌倉三代将軍の源実朝には『金槐和歌集』がある。「おほ海の磯もとどろによする波われてくだけてさけて散るかも」(大海の磯もとどろに寄する波 割れて砕けて裂けて散るかも)などが人口に膾炙しているが、「神といひ仏といふも世中の人のこゝろのほかのものかは」(神といい仏というも世の中の 人の心の他のものかは)もある。

 神や仏に対する信仰には長い歴史があるが、神や仏の存在が客観的に実証されたことはなく、神や仏が実際に姿を現したこともない。神や仏は信じる人の心の中にだけ存在しているのだろうが、いくら強く確信したとしても神や仏の存在は、その人の心の中の出来事でしかなく、現世の人々を神や仏が救いに来ることも助けに来ることもない。それを詠んだのが源実朝だ。

 鎌倉時代は日本で仏教が独自の歩みを行った時代で、浄土宗、浄土真宗、時宗、日蓮宗、臨済宗、曹洞宗が広まった。仏教がいわば日本化して土着した時代で、その死生観などは大きな影響を与えた。そうした時代に、神や仏の存在を冷ややかに見ていた源実朝。刀をとっての剥き出しの暴力で権力を争う時代だったから、ある種の諦観めいたものを持っていたのかもしれない。

 神も仏も人の心の他にはない=神も仏も人の心の中にだけ存在するものでしかないーという認識は、脳内における思考プロセスの解明が進んだ現代においては目新しい認識ではなく、宗教の規範に強く縛られなくなって宗教離れが進む諸国においても珍しい認識ではないだろう。だが、神や仏の存在を信じる人々は世界になお多く、宗教が絡む対立も絶えることがない。

 神や仏は人間に超越する存在とされ、その存在を人間は信じるしかないとの考えもある。物理学や脳科学は現世を対象にしたものであり、死後の世界にも介入できるとされる神や仏が科学をも超越した存在だとすると、その存在は現世に生きる人間には窺い知れないものとなる。これは、信じる人には神や仏は存在し、信じない人には神や仏は存在しないという珍しくもない論になる。

 教祖を崇める新興宗教がある。神や仏に匹敵する特別な存在であるかのように教祖が振る舞い、その教えに帰依した信者は、例えば、懸命に献金したり、布教に励んだりする。しかし、そうした教祖も寿命には抗えず、何の奇跡も起こすことができず、現世を去る(=普通の人間であることを示す)。中には教祖が金に執着するなど俗人性を発揮したりもするのだが、教団が揺らぐことなく親族に「相続」されたりする。

 新興宗教の教祖や教団に金を貢ぐ信者の人々に見えている世界は、信仰を持たない人には想像もつかない因果などの物語に絡め取られて身動きがままならないものかもしれない。新興宗教の教義も「人の心の他のものではない」だろうが、鎌倉時代に源実朝が達した心境に現代の人々でも到達することが簡単ではないことを、あの和歌は示している。

2022年11月2日水曜日

被害者は同情される

 オレオレ詐欺(振り込め詐欺、預貯金詐欺、架空料金請求詐欺、還付金詐欺、融資保証金詐欺など)が問題化して久しいが、一向に減る傾向は見られず、現在も活発に行われているようだ。詐欺の手法が複雑化して、電話口でドラマ仕立ての寸劇が演じられることもあるとされ、うっかり騙されて大金を振り込んだり、訪ねてきた関係者と称する人物に金を渡してしまったりする事例がニュースとして頻繁に報じられる。

 ニュースとして報じられるのは数百万〜数千万円を騙し取られた事例が大半だが、中には複数回にわたって要求されて1億円以上も騙し取られた事例もある。大金を振り込みかけた高齢者に気がついて、注意を促したり親族に電話して確認させたりして、詐欺被害を未然に防いだ人が警察から表彰されるという地域ニュースも珍しくない。

 大金を騙し取られた人はニュースでは被害者として扱われる。オレオレ詐欺に騙された事例が頻繁に報じられ、行政などからしきりに警戒が呼び掛けられるのに、騙される人は相次いで現れるのが現実だ。おそらく手口は常に「進化」していて、ニュースでは報じられない新たな状況設定を被害者に信じ込ませ、大金を出すように仕向けているのかもしれない。

 大金を騙し取られた人の場合は事件として報じられる一方、詐欺の電話に騙されない人もいるだろうが、その実態は不明だ。おそらく騙す側は大量の電話をかけていて、ごく少数が騙されるのだろうと推察されるが、全国で多くの詐欺グループがどれだけの電話をかけているのかも不明で、オレオレ詐欺の全容は闇の中だ。

 オレオレ詐欺が問題化して20年以上になるのだから、全国の警察には事件化したオレオレ詐欺のデータが膨大に蓄積されているだろう。警視庁がサイトで手口を紹介して警戒を呼びかけるなど手口については分析が行われているのだろうが、膨大なデータを分析してオレオレ詐欺の全容を把握することはできていないように見える。例えば、被害者(騙された人)に共通する要素などが膨大なデータから抽出できれば、被害者になりやすい人に絞って警戒を呼びかけることができよう。

 膨大なデータを集めて、分類して分析するのは社会科学の基本だ。警察は個別事件への対応で手一杯なのだろうから、犯罪学などの研究者が警察が蓄積した膨大なデータを分類して分析することで、例えば、騙す側と騙される側などオレオレ詐欺の全容が解明されるかもしれない(問題は、日本の官僚組織が保有するデータの公開に積極的でなく、その保存に無頓着なことだ)。

 オレオレ詐欺の被害者は同情の対象となり、自己責任だと冷ややかに見られることは少ない。せいぜい数万円程度なら騙された側(被害者)が「マヌケなカモだ」と見られることもあるだろうが、数百万〜数千万円を騙し取られた人に対して同情心が先立ち、当人の責任を問うことは控えられる。オレオレ詐欺を仕掛ける側の卑劣さへの怒りが社会的に共有されているからだろう。