2022年7月30日土曜日

そういう考えもある

 特定の世界観に基づいた理論や主張を振り回したり、押し付けてくる人々がいる。特定の世界観の代表は宗教だろうが、理想とする政治や社会体制を特定の世界観に仕立て上げて賛同者を集めたり、反対者を批判・攻撃する政治運動もある。また、陰謀論に基づく世界観もあって、それぞれに壮大な理論体系を構築して勢力拡大に励んだりする。

 特定の世界観に基づく理論や主張は、例えば、1神教では全能の神の存在を無条件に認めることを基礎に組み立てられ、マルキシズムでは社会に階級対立があるとの認識が基礎になり、陰謀論では何らかの陰謀が進行しているとの認識が基礎になる。だから、いくら壮大で精緻な理論体系であろうと、基礎の部分を共有できない人々には受け入れ難い。

 それらの理論や主張を振り回す人々は、神を信じる必然性や革命の必然性などを言い立てたりし、賛同しなかったり反対する人と険しい議論や言い合いになったりする。特定の世界観に興味も関心もない人にはうるさがられるだけだろうし、特定の世界観の押し付けだと受け止められもする。

 それらの理論や主張を振り回す人々が知り合いだったりすると厄介だ。簡単には拒絶できず、気の弱い人なら曖昧にやり過ごそうとし、別の信仰や理論などを持つ人なら同意できないと穏やかに主張し、気が短い人なら言い合いになったりする。それらの理論や主張を振り回したり押し付けることに熱心な人々に出会うと、態度が強引だと見えたりし、そうした態度に反発を感じる人もいるだろう。

 自分の考えと違う理論や主張を冷静に聞くためには「そういう考えもある」と、同意も納得もしないが、相手が主張することは許容する態度が有効だ。特定の世界観を否定も肯定もせず、「そういう考えもある」と受け止める。否定でもなく肯定でもなく、特定の世界観に基づく理論や主張の存在は認める態度だ。

 同意も納得もしない主張や論理を許容するためは、それらを理解することが前提となる(理解できない理論や主張に対して、許容するのは屈服か自己欺瞞であろう)。理解しても全否定でも全肯定でもなく、部分否定でも部分肯定でもなく、「そういう考えもある」とするのは、そうした理論や主張や世界観を面白がることである。

 「そういう考えもある」との態度は相対主義と似るが、特定の世界観による理論や主張を理解はしても肯定も否定もしないのだから、相対主義ではない。何でも記事にしようという取材者の立場に近いかもしれない。カントを読んでも「そういう考えもある」、ニーチェを読んでも「そういう考えもある」、マルクスを読んでも「そういう考えもある」などと対応できれば世界を見る目は広くなろう。

2022年7月27日水曜日

夏を迎えて感染拡大

 夏を迎え日本では新型コロナウイルスの感染者が全国で急増している。7月23日には新たに20万975人が確認され、死者数も72人と増えた。感染者は22日に19万5000人、21日は18万6200人、20日は15万2000人と増加ペースが加速した。7月初めころの新規感染者数は2万人台/日だったが、15日に10万人を超えた。

 この急増の原因として、感染力が強い「BA.5」への置き換わりが進んでいることのほか、▽人々の外出が活発化(外出の自粛が減少)、▽イベントや旅行などが再開され接触機会が増加、▽ワクチン接種や感染で獲得した免疫の低下、▽冷房使用に伴い換気が不十分、▽子供や若者のワクチン接種率が低いーなどが指摘されている。

 さらに、市中には無症状の感染者が既に多く存在しているのだが、感染急増のニュースにPCR検査などを受ける人が増え、そこで陽性となって感染者とカウントされて感染急増を加速させ、それが大きく報道されてPCR検査を受ける人をさらに増やすという「探せば探すだけ感染者が見つかる」循環だと皮肉る人もいる。

 ちなみにPCR検査数は、6月28日は101,708件だった(翌29日の新規感染者数は2万3千人台)が、7月12日144,967件、7月19日224,068件、7月21日308,436件、7月22日318,534件と増えた(厚労省サイト)。7月24日は140,953件と減ったが、この日は日曜日(PCR検査は民間検査会社が過半を担っている)。日経によると、7日移動平均の感染者数と検査数で単純計算した検査陽性率は61.15%。

 世界に目を向けると、累計感染者数は5億7018万人(死者数638万人、7月25日現在)。国別の最多は米国で9041万人と突出して多く、次いでインド4390万人、フランス3362万人、ブラジル3359万人、ドイツ3033万人、英国2342万人、イタリア2066万人、韓国1924万人、ロシア1826万人、トルコ1552万人、スペイン1320万人、日本1137万人、ベトナム1076万人で、これらの諸国が1千万人以上の累計感染者数。

 日本以上に感染者が多い英国は2月に新型コロナウイルス対策の法的規制を全て撤廃し、欧州諸国も規制の緩和に動き、米国では全ての州でマスク着用義務が撤廃されるなど、パンデミック前の日常生活に復帰する政策を欧米は実行している。パンデミック終息の見込みがなく、重症化率が低いことなどから新型コロナウイルスとの共生を容認した(共生せざるを得ない現実に対応した)。

 夏のバカンスシーズンで人の移動が活発化している欧州では新規感染者が増加傾向で、過去2週間で新規感染者は約3割増加したが、各国政府には規制を再強化する考えはなく、人々も過剰な恐怖心を持たなくなったと報じられている。「人々の接触機会が増えれば新規感染者は増加する」ことは日本も世界も同じだが、欧米は新規感染者の増加にも落ち着きを失わない社会になりつつあると見える。

2022年7月23日土曜日

アフガニスタン

 外務省サイトなどネット情報にによると、アフガニスタンは「長年の他民族による支配の後、18世紀半ばドゥラニ王朝が成立」「1880年に英国保護領となるが、1919年に独立を達成」し、1973年に王制から共和制に移行し、1978年にクーデターで社会主義政権が成立した。「1979年にソ連の軍事介入のもとカルマル政権が成立」したものの内戦状態が続き、「1989年に駐留ソ連軍の撤退が完了」した。

 「1992年にムジャヒディン勢力の軍事攻勢によりナジブラ政権が崩壊」して暫定政権が成立するが「各派間の主導権争いにより内戦状態が継続」し、1994年頃から「タリバーンが南部から勢力を伸ばし、1996年に首都カブールを制圧、1999年までに国土の9割を支配」した。だが、2001年10月から「米英主導でアルカーイダ及びタリバーンに対する軍事行動」が行われ、「12月までにタリバーン支配地域が奪還」された。

 面積は日本の約1.7倍あり、人口は3890万人。気候は一般に乾燥気候で、首都カブール(標高1766m)の平均最高気温は7月で24.4℃、最低は1月で零下2.8℃。南西部での夏季の最高は常に40℃を超える。年降水量は約340mmで、その7割が1~4月に降り、7~9月にはほとんど降雨がない。南部のカンダハール(標高1010m)の平均最高気温は7月で32.1℃、最低は1月で5.5℃。最高峰はノシャーフ山(7485m)。

 民族はパシュトゥン人が4割以上を占め、次いでタジク人が3割弱、ハザラ人、ウズベク人など。少数のヒンドゥー教徒、シク教徒を除き、住民の99%がイスラム教徒で、その86%がスンニー派、9%(おもにハザーラ人)がシーア派。裾の長いシャツと幅の広いズボンが伝統的服装の基本である。主食は小麦のパン、副食品として重要なのは乳製品。チャイがよく飲まれる。

 イスラム教は7世紀後半に入ってきて仏教やゾロアスター教を消滅させ、深く根を降ろした。町にも村にもモスクがあって1日5回の礼拝が行われており、断食もかなり忠実に守られている。識字率が低く、読者層が限られるため出版は盛んではない。1998年にタリバンが政権を握ると、マスコミは制限され、テレビ放送も禁止された。

 GDPは192.9億ドル(2019年。1人当たりGNIは530ドル)で、主要産業はサービス産業、農業、牧畜、建設業、鉱業・採石業など(就業人口の推計65.6%が農業に従事=2004年)。主要な輸出品はドライフルーツが最も多く、次いで薬草、果物、鉱物、野菜など。主要な輸入品は食品が3割を占め、次いで石油、機械類、金属類など。

 アフガニスタンとは「アフガン人の地」という意味。天然資源に乏しいため、世界でもっとも貧しい国の一つである。アフガニスタンの主要産業は農業であり、自作農が多く、大土地所有は発達していない。生産量で最も多いのは小麦、次いで米、トウモロコシ、イモなど。ケシの生産量は2002年以降に急増し、2004年には4200トンになった。南部地域に多く、タリバンの資金源になることが心配されている。

2022年7月20日水曜日

ご飯を鍋で

 日本人の主食はコメ(米)だ。家庭では炊飯器を使って炊くのが一般的だろうが、パンや麺類などで食事を済ますことや外食などが増え、コメの消費量は減っている。1人当たりの消費量は1962年(昭37)の118.3kgをピークに減少傾向で、2000年に64.6kg、2020年には50.7kgとなった(農水省サイトから)。

 一方で炊飯器には7万〜8万円から10万円台などの高級モデルが登場し、話題となった。店頭には数千円のものから様々な価格帯の炊飯器が並べられ、廉価のものでもそれなりに美味しく炊けるというが、より美味しいコメを食べることができるとの期待が高級モデルを定着させた(食べ比べると、高級モデルで炊いたコメは確かに美味しいという)。

 美味しくコメを炊くことができる日本製の炊飯器の人気は国境を超えて米食文化圏に広がった。来日する中国観光客が増え始めた頃、日本で炊飯器を各自が買って大量にカートに積み上げて持ち帰る様子が報じられた。炊いたコメの美味しさが違うと気づいた人は高くても、いい炊飯器を買う(美味しく炊くにはコメの種類や状態に合わせた水分の微調整が必要だが、それらを高級モデルは行ってくれるそうだ)。

 炊飯器が普及する前、家庭では羽釜を使っていた(今でも羽釜で炊いている飲食店があり、それをウリにしたりしている)。歴史的に、日本では縄文時代後・晩期には水田稲作が行われていた可能性が高く、弥生時代以降、水田稲作が本格的に始まったという。当時は土器で茹でて汁がゆや固がゆにして食べ、奈良時代には固がゆの水分が更に少なくなったものを食べ、平安時代に土器製の羽釜が現れ、鎌倉時代に鉄製の羽釜が現れ、江戸時代中頃には鉄釜が普及した(米穀安定供給確保支援機構サイトから)。

 まだ20代で独身の友人は、昼食は会社近くで外食を楽しみ、夕食は飲み会がなければ街中華などで済ますことが多く、たまに早く帰宅してもコンビニで買った弁当などで済ましていた。ところが、パンデミックで会社の売り上げが半減して給料は減らされ、自由に使える金額が減って友人は外食を控えるようになった。コンビニで弁当やパン、カップ麺などを買う毎日だったが、食料品の値上がりが続き、友人は考えた。

 「このままでは金が足りなくなる。毎食の食べる量を減らすと腹が減って仕方がないし、毎日2食にするのもきつい。きちんと毎食を食べつつ、出費を抑えるためには、自分で調理するしかないか」とコメを買ってきて自炊することにした。だが、蓄えがあまりないので炊飯器を買うことを躊躇し、昔の人は鍋で炊いていたのだから、インスタント麺をつくる片手鍋でも炊けるはずだと調べると、ネットに鍋でのコメの炊き方が載っていた。

 「うまく鍋で炊くことができるようになったか」と聞くと友人は「試行錯誤して何とかコツはつかめました。上手に炊けるとコメって本当に美味しいと感じます」と言い、「コメが美味しければ、おかずは少しあればいいんですよ。いい漬物だけでも満足できます」。自分で弁当を作ることも考えているという友人は炊飯器に頼らず自分流の美味しいコメを食べて満足している。

2022年7月16日土曜日

選挙は政権選択

 例えば、候補者が公約として掲げる「経済を再生し、賃金アップと雇用拡大」とか「消費税ゼロ」、「出産無償化と教育無償化」、「ガソリン税ゼロ」、「最低賃金は時給1500円」、「高3までの全ての子供に児童手当15,000円」、「年金削減ストップ」などの主張に反対する人は少ないだろう。一方、これらの公約の実現可能性が非常に低いことも多くの人が知っている。

 今年の公約にはロシアのウクライナ侵略を受けてか、安全保障の強化を主張する文言が並び、「積極防衛能力を整備」とか「領海警備・海上保安体制強化法を制定」、「国防費はGDP比3%以上」、「自分の国は自分で守る」、「日米同盟を基軸に抑止力・対処力を向上」、「竹島・尖閣諸島侵略への軍事的対抗」などと勇ましい。一方、「軍事費2倍にキッパリ反対」や「外交の力で沖縄・南西諸島を戦場にさせない」などもある。

 公約には「希望がもてる日本に」や「平和のために正義を実現」、「国民の不安を取り除き、安心を届けます」、「強い日本を取り戻す」、「暮らしを守る」、「日本の舵取りに外国勢力が関与できない体制づくり」、「もっと良い未来」、「正直な政治」、「身を切る改革」などの文言もあった。これらはキャッチコピーだな。

 「希望」や「正義」「不安」「強い日本」「守る」「外国勢力」「もっと良い」「正直」「身を切る」などの文言が意味するものは、人によって異なる。投票した人がイメージするものと、候補者がイメージするものが一致するとは限らない。かつて多くの政党や候補者が「改革」を公約したが、いまだに「改革」を公約に掲げる候補者や政党が多いのは、改革の意味するものが不明確なことも関係している。

 さらに、候補者が掲げた公約を実現するためには、国会で法律を成立させなければならない。法を成立させるためには国会で賛成者が過半数に達することが必要だ。つまり、過半数に達しない議員数の政党に所属する候補者が、どんな公約を掲げようと実現可能性はない。少数政党に属する候補者が掲げる公約は「言いっぱなし」の言葉で、おそらく本人も実現可能性がないことを承知していよう。

 今回の選挙には15政党が参加したが、うち5政党はそれぞれ得票数が20万票未満で当選者はゼロだった。そうした政党の公約は政治団体などのPRとも見え、選挙を自己主張の機会とする活動だった気配だ。こちらも「言いっぱなし」の公約だが、おそらく主張を公約に仕立ててを衆目を集めることが目的だろうから、実現可能性は初めから考慮していまい。

 選挙で有権者は候補者や政党の公約を比較して投票先を決めるーとする考えがあるが、それが日本の政治の硬直化を招いている。選挙は、それまでの政権与党に対する審判であり、それまでの政治に満足するなら与党に投票し、それまでの政治に不満なら野党第1党に投票する。それが選挙の意味であり意義である。

 候補者や政党の公約をいくら比較検討したところで、野党の公約の実現可能性はほぼないのだから、無駄な行為だ。選挙は政党の選択ではなく、政権の選択である(いわゆる政権担当能力が弱い野党を育てるには、野党に政権を担当させて経験を蓄積させるしかない。野党政権による混乱は日本の民主主義を強めるための代償だ)。

2022年7月13日水曜日

全体像の把握が欠如

 人々の生活圏でクマが目撃されると、ニュースになる。山村や農村なども人々の生活圏だが、大騒ぎになるのは都市部などにクマが出没した場合だ。山村や農村のほうがクマの生息圏と近く、おそらく山村や農村でもクマの出没はあるのだろうが、そこで大きなニュースになるのは人に危害が加えられたりしたケースだ。

 クマの都市部への出没は全国各地でニュースとなるが、最近多いのが札幌市でのヒグマの出没事例だ。札幌市では昨年、ヒグマが中心部の市街地に現れ、襲われて4人が負傷した。ヒグマが市内を逃げ回る様子や人を襲う様子は映像でとらえられ、全国ニュースでも大きく報じられた。ヒクマという大型動物が人の生活圏に「侵入」する危険性が強調された。

 今年も札幌市ではヒグマの目撃情報が連日伝えられ、もはやヒグマの生息域と人の生活圏が重なり始めたように見える状況だ。日本で最強の大型動物ヒグマが市街地に現れたなら人は無力で、逃げるしかない。それがヒグマに対する恐怖を掻き立てる(ヒグマより小型の月輪グマでも人を襲う攻撃力が強く、人は無力だ)。

 クマの生息数が増えているのかクマの生息圏が拡大しているのか定かではないが、市街地でのクマの出没が日常的になると、クマが人の生活にとって日常的な脅威となる。クマの生息数が増えて人の生活圏にクマが侵入しているのだとすれば、クマの駆除を求める人々の声は多くなるだろう(マスメディアの報道では、野生動物の駆除を主張する声は抑制されている気配だ)。

 クマの出没が増えて行政は、例えば札幌市は「放棄されたままになっている果樹や作物は、ヒグマを誘引」するとし、「ヒグマが出没する可能性のある地域では、必要の無い果樹は伐採する、伐採できない場合には果樹を電気柵で囲う、実っている果実を早目に収穫するなどの対策が必要」とする。さらに「市街地と森林との間にある草地や市街地につながる河畔林など、ヒグマの侵入経路となり得る場所の木や雑草を刈り取って見とおしをよくすることで、ヒグマの出没を減らすことができ」ると草刈りの重要性を訴えている。

 クマの出没増に行政の対応が追いついていないと見えるのは、クマの出没や目撃情報があってから動くという受け身の対応を続けているからだ。受け身の対応になるのは、クマの生息数や生息圏などの確かな情報を行政が把握していないことが影響している。全体像が把握できていないから、個別事例への対応で済ますしかない。

 クマの出没が増えているのだから行政はクマの生息数の調査を早急に実施し、より正確な生息データに基づいて対策を考えるべきだ。札幌市は数年前に近郊にヘアートラップと自動撮影カメラを設置してヒグマの生息状況の調査を行ったが、生息数や生息圏を把握する調査は行っていない。

 近づくと危険なクマの生息数調査は簡単ではないが、自動撮影カメラの設置個所を大幅に増やすとともに、積極的にクマを捕獲して発信器をつけて放す等の調査を毎年続けてデータを集め蓄積することはできるだろう。野生動物の生息数と生息域を人為的に管理することが、野生動物が増えた都市における生活に必要な時代になっている。

2022年7月9日土曜日

倫理観と科学

 集中豪雨によって大きな被害が出たとのニュースは、日本のみならず世界各地ですっかり珍しいものではなくなった。世界で集中豪雨が増えたと理解すべきだろうが、気候変動という問題意識がマスメディアに広がり、集中豪雨など「異常気象」に関連しそうな気象現象を選んで積極的に流すので、ニュース量が増えたのかもしれない。

 世界で集中豪雨が増えた場合、世界の年間降水量は①増える、②変わらない、③減るーに分かれる。集中豪雨は降水量の増加をもたらすが、集中豪雨を除いた期間の降水量が平年並みか多い場合は①、集中豪雨を除いた期間の降水量が減って集中豪雨で増えた分を相殺するなら②、集中豪雨を除いた期間の降水量の減少量が集中豪雨で増えた分より多ければ③になる。

 世界の降水量は気象庁サイトによると、2020年の世界の陸域の降水量の基準値(1991〜2020年の30年平均値)からの偏差は+20mmで「北半球は+16mm、南半球は+31mm」で、世界の陸域の年降水量は1901年の統計開始以降、周期的な変動を繰り返しているという。

 30年平均値を基準に気候変動を言い立てるのは、百年に満たない時間を生きる大半の人間の生活感覚に即したものだろうが、周期的な変動を気候変動として「異常だ」「危機だ」と騒ぐのは解釈の誤りだ。さらに例えば、数百年に一度という気象現象は地球史においては頻繁に起きる現象だろうが、人間にとっては異常な現象になろう。だが、それは地球史では異常でもなく危機でもないだろう。

 気候変動の危機を共通認識とすることが既定事項となりつつあるのは、欧州諸国がCO2排出削減を世界的に「強制」し、経済構造を変えて主導権を握るという戦略が成功したためだ。科学という「印籠」を振りかざされると、人々もマスメディアも批判能力が萎縮することはCOVID-19のパンデミック以降、日本では珍しくなくなった。

 気候変動の危機を主張する人々の言動には、科学を言い立てながら妙に倫理的な装いがつきまとっている。科学の主張に倫理観などの支えは必要ないのだが、「環境保護は正義だ」との前提があるようで、気候変動に対する客観的な検証をも、正義や倫理に反する行動であるかのように仕立てたりする。

 気候変動に関する議論から倫理観や正義感などを排除し、気象や将来予測に関する科学にはまだ限界があることを認識して、主観を廃した議論を積み重ねることが、気候変動のより正確な脅威を見いだすには必要だ。だが、気候変動の議論はもはや世界で、科学の分野から政治や経済の分野に重点が移ってしまった。

2022年7月6日水曜日

夏だけの短期移住

 関東から西日本各地で6月中から最高気温が35度を上回る猛暑日となった。梅雨明けが早く、太平洋高気圧に覆われる日が続き、もう真夏になった(梅雨前線は押し上げられ、北海道などでは雨の日が続いた)。熱中症で搬送される人も多く、秋の到来が平年並みとすると今年は猛暑に耐える日々が長く続く。

 北海道でも気温は年々上がる傾向にあり、内陸部などでは東京などと同様の猛暑日も珍しくなくなったが、湿度は低く、夕方には急に気温が下がりやすいので、東京などよりは過ごしやすい。そこで、例えば首都圏在住者から「夏の間だけ、北海道に移住したい」などの声が上がったりする。

 「夏の間だけ」というのは、冬の寒さと降雪を懸念しているのだろう。猛暑に加え集中豪雨や台風禍など暮らしにくさに通じる気象現象は全国でも起きるが、寒さや降雪は数カ月続くので、寒さや降雪に精神的ストレスを感じる人が冬の北海道で暮らすことを嫌うのは当然か。猛暑にストレスを感じる人は多いだろうが、猛暑が日本全国でフツーになりつつあるので「逃げ場」はない。

 夏は北海道で暮らし、冬は東京などで暮らすという生活を実現するには相応のコストがかかる。夏の間だけ賃貸できる家屋があれば北海道への短期移住者が増えるかもしれないが、そんな短期移住は毎日出社しなければならない会社員には不可能だ。リモートワークが定着している会社に勤める人なら、北海道への短期移住は可能かもしれない。

 リモートワークが定着している会社に勤める人なら、北海道に移住して「冬の間だけ」東京などで暮らすという生活が可能だ。東京で暮らす人なら、軽井沢に別荘を買うより北海道で住宅を買うほうが安上がりだし、行き来に要する時間も空路を使えば大差はない。食材の豊かさなどを考えると移住して北海道を本拠とする魅力は多い。

 猛暑を避けて夏の間だけでも北海道で暮らす人が増えれば、東京などで夏のクーラー使用が減り、省エネに貢献する。「家の作りやうは夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑きころ、わろき住居は堪へ難き事なり」とは兼好法師の論だが、クーラーなしで東京などでの生活はもう成り立たないだろうから、居住人数が減ることが省エネに貢献する。

 北海道では人口減少が続いている(札幌市は人口増加で一極集中が進む)。パンデミック対策として普及したリモートワークが多くの企業で定着するなら、北海道などにとっては移住者を誘致するチャンスとなる。そのためには①光回線網を密に整備、②短期間の移住者向けの住宅を用意、③短期間の移住者の子供向けの教育環境を整備ーなどが必要となる。

2022年7月2日土曜日

国家の主権の根拠

 プーチン氏は主権国家を「米国など他国の影響力を排し、独自の判断ができる国」と定義し、主権を持たない国は「厳しい地政学的争いの中で生き残ることはできない」と述べた。ロシアがウクライナに侵攻したのは、米国などの影響力を廃し、独自の判断で行動できる主権国家だから可能だったのは確かだが、プーチン氏流の主権国家は国際社会で危険な存在であることをも明らかにした。

 プーチン氏の定義による主権国家として思いつくのは、ロシアのほかに中国、北朝鮮、イランなどだ。米国からの自国への影響力を排し、米国と鋭く対立することも辞さない国々だが、米国と対抗できるように軍事力の増強に励む国々でもある。また、強権的な政治勢力が独裁して、人々を抑圧しているように見える国々でもある。

 ロシアの影響力下にあるベラルーシなど旧ソ連の構成国やシリア、また、中国の影響力下にあるカンボジアなどは「他国の影響力」を排していないので、プーチン氏の定義による主権国家には該当しないだろう。「独自の判断ができない」国々をロシアや中国、そして米国は自国の勢力圏として重宝したり、利用する。

 ベネズエラとフィリピン、ミャンマー、ブラジルなども米国の影響力を排した国家運営を行っているように見えるが、現在の権力者や権力を掌握する軍が米国と折り合いが悪いだけで、政権が変われば親米国に変わる可能性がある。親米国では米国の影響力が強いとも映り、プーチン氏などには主権国家ではないと見えるだけだろうが、自前の軍事力で大国に伍することができない小国はどこかと軍事同盟を結ぶしかない。

 政権が変われば国家関係が変わるのは、米国がいい例だ。トランプ氏が大統領だった頃、米国は北朝鮮の独裁者との融和的な関係の構築を模索し、トランプ氏はプーチン氏との対立を望まず、ロシアとの対立が先鋭化することを自重したように見えた。トランプ氏が権力の座から去って米国は北朝鮮やロシアとの対立関係を容認する方向へ舵を切った。独自の判断ができる主権国家は、民主主義が機能していなければ権力者の判断に振り回される。

 トランプ氏は国家よりも自分を優先して考えていた気配があり、国家の主権と個人に託された権力を混同していた可能性がある。主権国家において民主主義は国家主権に枠をはめるが、中国などのように人々に主権がなかったり、ロシアなどのように人々の主権が限定的な国では、国家主権は権力者に従属する(国家主権の行使に対する人々の検証・批判は封じられる)。

 「米国など他国の影響力を排し、独自の判断」を行う国にはほかにトルコやインドなどがある。自国の利益を最優先して、大国にも簡単には妥協しない。独自の判断ができるのは、相応の軍事力に加え、歴史の荒波の中を生き続けてきた人々の気概があるからだとも見える。主権国家の主権は、どこからくるか。国によって様々であり、主権国家の態様は、プーチン氏が主張するような単純なものではない。