2019年3月30日土曜日

世界が激動した年

 30年前の1989年に米ソ首脳が会談し、冷戦終結を宣言した。この年は共産主義・社会主義諸国が崩壊した年でもある。ソ連の弱体化が明らかになり、東欧諸国では1党独裁の強権政権が行き詰まって、次々と民主化へ動いた。一方で、なお共産党独裁を続ける中国は、民主化を求める人々を武力鎮圧した天安門事件で国際的な孤立を深めた。

 1989年に起きたことを各国別に見ると、ハンガリーがオーストリア国境の鉄条網を撤去したことで多くの東独市民がオーストリア経由で西ドイツへ亡命を始めた(10月に社会主義体制を完全に放棄)。東独では10月にホーネッカー書記長が失脚、11月にベルリンの壁を含む国境の通行を自由化(ベルリンの壁崩壊)、12月に1党支配体制が終焉した。

 ポーランドでは「連帯」が合法化され、議会選挙で圧勝した。チェコスロバキアでは6月に共産党政権が崩壊(ビロード革命)、民主化を求める声が高まり、12月に詩人のハベルが大統領に就任した。ルーマニアでは、デモや集会に治安部隊が発砲して多数の死傷者を出し、国軍が民衆側に転じて治安部隊と交戦して全土を制圧、チャウシェスク政権が崩壊した。

 中国では5月に学生らがハンストを始めた天安門広場に100万人集まり、北京に戒厳令が出され、6月3日深夜から中国の戒厳部隊が北京市街中心部に出動し、翌4日に天安門広場で学生・市民らを装甲車・戦車で武力排除した。ルーマニア国軍は民衆側に転じたが、中国の人民解放軍は民衆を攻撃した。

 共産主義・社会主義の理想を掲げながら、実は人々を抑圧してきた独裁的な強権政治が崩壊したのは、30年後の今から振り返ると当然だと見える。だが、ソ連にしても東欧諸国にしても数十年、独裁的な強権体制を維持してきた。これは、いびつで無理がある政治体制でも、強権支配で持ちこたえることができることを示す。

 歴史を振り返ると、人民主権の民主主義体制による国家が誕生する以前は、権力を握る支配層が人々を強権で抑圧する体制が大半だった。だから、共産主義・社会主義国には支配の実態として新しさは何もなかったのだが、イデオロギーを前面に出して共産主義・社会主義体制を正当化することで、過去の独裁国家とは異なると装った。

 東欧の社会主義諸国は崩壊したが、中国は崩壊せず、実質的に資本主義体制に転じ、米国と覇権を争う大国に成長した。崩壊した共産主義・社会主義諸国と中国の違いは、第一に中国は経済成長で多くの民衆を豊かにすることができた、第二に中国は共産党独裁体制を維持するために民衆に対する更なる強権行使を躊躇しなかった。

 東欧諸国など他の共産主義・社会主義国も民衆に対する強権を行使し、多くの死傷者が出ている。だが、乱暴な言い方になるが、死傷者数のケタが大きく異なる。中国共産党は革命戦争、大躍進、文化大革命などで合計すると数千万人から1億人以上の中国人の死に責任がある。俗な表現をすれば、中国人の血に染まった中国共産党は独裁体制を維持するために必要なら、さらに数千人、数万人が死のうと強権による抑圧を躊躇しないから、持ちこたえている。

2019年3月27日水曜日

50年前の伝説

 2019年8月に米ニューヨーク州のワトキンス・グレンで、「ウッドストック 50」が開催される。これは1969年に開催された「ウッドストック・フェスティバル」の50周年を記念したもので、3日間の大規模フェスとなる予定だ。

 出演者は最近のヒップホップやロック、ポップのバンドやミュージシャンが多いが、1969年に出演したベテランバンドやミュージシャンも参加する。例えば、サンタナ、デビッド・クロスビー、カントリー・ジョー・マクドナルド、キャンド・ヒート、メラニー、ジョン・セバスチャン、ジョン・フォガティら。

 大規模フェスに集まる観客の大半はおそらく1969年以降に生まれた人々だろうから、最近の人気バンドやミュージシャンを集めなければ集客は簡単ではなかろう。ウッドストックが伝説として語り継がれているといっても、ウッドストックの再現を期待するファンだけで大規模フェスを成立させることができるはずもない。

 企画者の一人であるマイケル・ラング氏はインタビューで「25周年、30周年などで記念イベントを行ったが、お祝いの意味合いが強かった。50周年は1969年に近いイベントにしたい」とする。1969年に近いとは、「もっと政治的なイベントとなる。持続可能な運動につなげるようなコンサートにしたい」。

 別のインタビューでは、「単にコンサートが行われる以上のことにしたい。人々が立ち上がり、声を上げ、投票へと向かわせるこの試みに多くのバンドが参加してくれることを願っている。もし自分の感じていることを体現してくれる候補者がいないのであれば、そうした人物を探す、ないしは、自分自身が出馬してほしい」と、政治的な意味づけをしている。

 1969年のウッドストックは、ベトナム反戦、反体制、ラブ&ピースなどの言葉とともに語り継がれている。想定以上の人々が集まり、雨が降り、トラブルもあったが、観客の間に連帯感が生まれたと参加者は言う。音楽を聴きに集まった若者たちの間で、分裂ではなく、助け合いや共存の感覚が生じたのだとすれば、現在の米国で「再現」を目指す気持ちは理解できる。

 だが、結果として生じたことと、意図的に生じさせることとの違いは大きい。社会的・政治的メッセージを発するイベントにしたいと企画しても、現在の商業化された大規模イベントは様々なトラブルに備えて万全な準備が整えられるであろうから、観客の間に連帯感が生まれる余地があるか定かではなく、単なる音楽イベントで終わるかもしれない。

 主催者の意図通りに観客が思考し、行動する必要も義務もない。予期せぬ偶然が重なって新たな伝説が生まれるかもしれないが、それは50年前の伝説とは違ったものになるだろう。観客は音楽を楽しめばいい。音楽が多くの人々を集め、音楽が人々の情感に働きかけ、開放的にする力があることを確認、共有するだけでも意味がある。

2019年3月23日土曜日

130億年前の巨大ブラックホール

 宇宙は138億年前、針先よりも小さな超高温・超高密度の空間であり、そこから膨張を続けて現在に至ると考えられている。136億年前までの2億年の間に誕生した恒星はファーストスターと呼ばれる。ファーストスターの質量は太陽の40〜100倍とされ、重い恒星は寿命が短いので現在の宇宙には残っていない。

 ファーストスターはブラックホールになっただろう。太陽の質量の40倍を超える星は最後に、超新星爆発を起こした後、中心部が爆発の反動で収縮を続け、極めて強い重力により光さえ脱出できないブラックホールになるとされる。ファーストスターはブラックホールとして現在も残っている可能性はあるが、特定することは困難だ。

 宇宙誕生から8億年後(130億年前)の時点で、巨大ブラックホールが多数存在したと愛媛大や東京大などの国際研究チームが発見した。質量が太陽の1億倍〜10億倍の巨大ブラックホールを新たに83個発見し、最も遠いのは130億5000万光年先にあったという。

 巨大ブラックホールは銀河の中心にあり、太陽系が属する銀河系(天の川銀河)の中心には太陽の質量の400万倍のブラックホールがあるとされる。宇宙には1000億以上の銀河があり、その中心に巨大ブラックホールがあるとすれば、巨大ブラックホールは宇宙では珍しい存在ではない。

 今回発見された130億年前の巨大ブラックホールとファーストスターの関係は不明だが、ファーストスターが巨大ブラックホールの母体になったとも、巨大ブラックホールの形成を手助けしたとも考えられ、“若い頃”の宇宙に想像は膨らむ。

 巨大ブラックホールがどのように形成されたのかは、まだ分かっていない。極めて強い重力で何でも捕らえてブラックホールは成長を続けるが、吸い込む量には限界があって巨大になるには相当の時間を要する。ブラックホール同士が合体を繰り返せば巨大化しやすいだろうが、広大な宇宙でブラックホールが次々と出合う確率は小さい。

 宇宙には1000億以上の銀河があり(観測精度が向上すれば、さらに多くの銀河が発見されよう)、銀河にはそれぞれ数千億個の恒星があり、惑星を持つ恒星もある。宇宙は物質に満ちているようだが、現在の宇宙の構成は、普通の物質が4.9%、暗黒物質が26.8%、暗黒エネルギーが68.3%とされる。ブラックホールと暗黒物質、暗黒エネルギーとの関係は分かっていない。

2019年3月20日水曜日

MMTと米国ドル

 米国で現代金融理論(MMT=Modern Monetary Theory)が議論を呼んでいるそうだ。これは、独自の自国通貨を持っている国の政府は、通貨を限度なく発行することができ、債務返済が滞ってもデフォルトに陥ることはなく、政府債務残高が増加しても問題はないとする考えだ。

 政府債務残高の増加でデフォルトした国はアルゼンチンなど実際に存在するが、そうした国家と米国は異なるとする。アルゼンチンなどは信用低下から貨幣価値が暴落し、資本が流出、金利が高止まりして債務返済が困難になって破綻した。

 だが米国のドルは基軸通貨であり、米国の債券は各国政府など世界の投資家が購入するので信用は保たれており、米国がドル発行を増やしても財政破綻は起きないとする。インフレが起きないとの条件付きだが、米国政府債務の増加は問題ないとし、政府支出の拡大で諸施策を推進すべきとする。

 米国政府の債務残高はこの2月に22兆ドル(約2400兆円)を突破した。トランプ政権が実施した大型減税で税収が大幅に落ち込み、財政赤字を賄うために国債発行が増えている。MMTが実際に行われているとも見えるが、実はMMTを主張しているのは民主党サイドで、財政出動により国民皆医療保険や温暖化対策を推進すべきとする。

 このMMTは、米国ドルが将来も世界で基軸通貨として流通するという前提で成り立っているようだ。確かにユーロも円も元も米国ドルに代わって基軸通貨になることはできていない。だが、米国ドルが基軸通貨であること=米国への信用、ではない。交換価値の媒介物として世界で多くの人が米国ドルを使用しているから、他の人も使用しているだけかもしれない。

 交換価値の媒介物であるためには、それ自身の価値が安定しており、大きく変動しないことが必要だ。例えていえば、長さを図る定規の目盛りが時によって変わるようならば定規として信用されなくなる。米国政府が望むままに米国ドルを際限なく発行し始めても、米国ドルや米国政府に対する信用が保たれるかどうかは未知数だ。

 通貨を際限なく発行することは、交換価値を際限なく創造することである。通貨を際限なく発行して社会が整備され皆が豊かになるのなら慶祝のいたりだが、世界ではハイパーインフレーションが繰り返されてきた。実体経済をはるかに上回るマネーが世界には溢れているというのでMMTにより、行き場のないマネーが米国ドルに吸収されるかもしれない。だが、そうしたマネーは逃げ足が早い。

2019年3月16日土曜日

定義を共有する

 例えば、民主主義について議論(対話)する時に、一方は民主主義を善なるものと位置づけ、他方は民主主義は一つの政治制度とするだけだったら議論は深まらないだろう。民主主義を善とする人は、民主主義に対する批判の全てを、善なるものに対する批判として拒絶するかもしれない。

 対話が成立するには、言葉の定義を共有することが前提となる。具体的な事柄に関わる言葉の定義なら、事実関係などに基づいて個人による認識の違いを修正することができるだろうが、抽象語になると、そこに善悪や正邪などの価値判断を含める人もいて、定義を共有するための議論が平行線のままで推移したりする。

 善や正義についての解釈が一つであれば、まだ議論(対話)は成立しやすいだろうが、立場によって善や正義の解釈は異なる。その異なる善や正義の概念がそれぞれの立場の正当化のために使われると、言葉の定義をめぐる議論が、それぞれの立場の正当性を争うことにもなる。つまり、妥協を行うことが難しい。

 抽象的な概念について話す時には、定義を共有しなければ議論(対話)は成立しない。定義を共有することは、主観に頼る議論を抑制する。言葉の定義をめぐって議論することは遠回りのようにも見えるが、言葉の定義を共有しないままの議論では、双方の言いっ放しに終始したりすることも珍しくない。

 抽象的な概念が重なり、例えば、「神にとっての善や正義」などとなると更に定義が困難になる。善や正義という抽象語の定義に加え、神の概念の共有が必要になる。集団や個人がそれぞれに異なる神を崇めていたりする場合には、神の概念の共有は困難だろう。

 「神にとっての善や正義」を語る人の言うことが真実か、更には、神の考えを人間が知ることができるのかという疑問が生じる。「人民にとっての善や正義」とか「民族にとっての善や正義」も同様で、神や人民、民族などが有する価値観を個人や集団が“代弁”する場合には、真偽の検証が困難であると同時に、主張する側の主観との区別が困難だ。

 善や正義は絶対的な価値とされることが多いが、その定義は個人や集団により相当の幅があったりする。だから、絶対的な価値とする善や正義を振りかざすためには、その定義を独占することが都合がいい。個人や集団の善や正義を押し付けるためには、定義を共有せずに個人や集団が定義を独占することが好都合だ。そこでは一方的な押し付けがなされ、議論(対話)は必要とされない。

2019年3月13日水曜日

変装の効果

 官憲の厳しい監視下にあった大杉栄は1923年1月、夜泣きの屋台に変装した同志と入れ替わり脱出に成功、東京駅から上海を経てフランスに着いた。国際無政府主義者大会に出席するためだったが、大会は延期を繰り返し、大杉はパリのメーデー集会で演説した後、警察に逮捕され、日本に強制送還された。

 かつての日本は大杉栄ら国家に対する「反逆者」を厳しく監視し、現代でも中国などでは「反逆者」を厳しく監視しているという。「反逆者」とされた側が自由に行動しようとするなら監視の目をごまかさなければならず、変装するのは重要な抵抗手段だ。

 変装は場合によって肯定的にも否定的にも解釈される。自由な政治活動を続けるための変装もあれば、犯罪に関連して身元を隠すための変装、マスコミなどの好奇の目を避けるための変装など様々だ。もちろん趣味として変装することだって、周囲に害を及ぼしていない限りは個人の自由だろう。

 変装の目的は、別人を装って正体を隠すことにある。当人の日常とは関係がないような服装に変え、顔をマスクやサングラス、大きな帽子などで隠したり、化粧を施し、風貌を変えて見分けにくくする。さらには、片足を引きずって歩いたりして動作を偽装したり、性別まで偽装できたなら変装の上級者だろう。

 変装の有力な方法は、何かの職業人になりすますことだ。制服か制服めいたものがある職業ほど、そうした服装をまとえば偽装しやすい。こうした職業人になりすます利点は、服装を変えるだけで大きな効果があることだ。だから、何かの職業人の制服をまとって更に顔をマスクやサングラスなどで隠したりすると逆に周囲の印象に残ったりする。

 何かの職業人になりすまして周囲に不審を抱かせないためには、場所が重要だ。コックの格好で街中を歩いたり、駅員の格好をして盛り場にいたりすれば逆に目立つ。何かの職業人にはそれぞれふさわしい場所があり、建物の出入りにしても、正門を使うか通用門を使うかで変装の効果は異なる。

 何かの職業人の服装をまとって、同じ格好をした人たちと一緒にいれば変装の効果は高まる。だが、周囲に融けこむことを狙って作業員に変装しながら、警備の人に厳重に囲まれて、正門から出てくるようでは逆に目立ってしまい、注目してくださいと言っているのと同じだ。変装に失敗して目立ってしまっては、笑いのネタだ。

2019年3月9日土曜日

列車の旅

 2回目の米朝首脳会談を終えた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が3月2日、ベトナム首都ハノイを車で出発し、ベトナム北部ドンダン駅から特別列車で中国経由で帰国の途につき、5日午前3時に平壌駅に到着したと報じられた。列車は北京や広州を経由しなかったという。

 ハノイへ向かったのは2月23日午後。平壌駅を特別列車で出発し、丸2日以上も中国を南下し、26日早朝にベトナム北部のドンダン駅に着き、ハノイ市までの約170kmを特製ベンツで移動、2時間半ほどでハノイに入った。

 特別列車は往復ともに4000km以上をほぼ3日かけて移動した。国家の最高権力者はスケジュールがぎっしり詰まっているだろうから、長距離の移動には専用の飛行機を使う。時間がかかっても列車での移動を北朝鮮が選択したのは、独裁者だからスケジュールなどは、どうにでも調整できることを示している。

 北朝鮮の専用飛行機は旧式だとされるから、安全性を重視したともされる。頑丈な装甲を施したであろう特別列車には墜落の心配はなく、途中の通過ルートも中国が厳重に警備していたと伝えられ、特別列車には宴会施設もあるというから、金正恩氏はハノイに向かう時には、会談の成功を信じて前祝いしていたかもしれない。

 約20両編成とされる特別列車にはおそらく、平壌に戻ってくるまでに必要な食料や飲料を積んでいたであろう。選挙がある国では指導者は視察先で地元の名物を食べてみせたりするが、そんな“危険”なことは金正恩氏はしない。さらに金正恩氏が外遊するときには、健康状態も極秘事項なので自前のトイレを携行し、排泄物も持ち帰るというから、特別列車に積まれていたのだろう。

 今回の特別列車のルートは、平壌ー丹東ー天津ー武漢ー長沙ードンダン(ベトナム)の最短コースだったという。ほぼ3日も列車に乗り続けるのは普通なら退屈するだろうが、乗り鉄なら興味を持つだろう。この特別列車の速度は時速60〜70kmというから、車窓から風景を楽しむには適している。

 中国の鉄道というと、急速に路線が拡大した高速列車に注目が集まるが、広い中国の各地を巡る長距離の観光寝台列車が登場したなら、世界からも鉄道ファンが乗りに行くかもしれない。中国国内を走る“シベリア鉄道”のイメージだ。そのためには外国人が鉄道利用をしやすく、規制や制限、監視などを緩める必要がある。

2019年3月6日水曜日

問題意識を共有できるか

 韓国の外相が国連人権理事会で、旧日本軍の従軍慰安婦問題に言及し、紛争下での女性への性暴力に関する国際会議を今年後半に開催するとした。最近も世界の紛争地で女性に対する性暴力が問題視されているので、国際会議を開催するとの韓国外相の提案は国際的な賛同を得るかもしれない。

 いつまでも韓国が従軍慰安婦問題を提起し続けることは、日本に対する執拗で攻撃的な外交だと日本国内では受け取られているが、韓国にとっては①韓国は「被害者」であると主張し、②道義性で日本に圧力を加えて優位な立場に立ちつつ、③国際社会で韓国の存在感と「正しさ」をアピールする、ための格好なカードであろうから手放すことはないだろう。

 国際会議開催の提案は、紛争下での女性への性暴力が旧日本軍だけの特殊な問題だとの認識から、昔も今も世界で多く起きている問題だと問題意識が変化したことを示すと見える。従軍慰安婦は紛争下での女性への性暴力の一部で、普遍的な問題だと韓国が認識するようになったことを意味するなら、きっと国際会議で韓国軍の過去の紛争下での女性への性暴力問題も並べて提起するだろう。

 だが、これまで韓国は「歴史問題」で独自の「正義」を振りかざして日本を一方的に批判し続けてきただけに、韓国の独自の「正義」に疑念をもたらし、揺るがしかねない行動を行うだろうか。韓国の「正義」とは特殊(個別)なものであった。普遍性を意識するように韓国が変化したなら歓迎すべきだが、国際会議が韓国の「正義」を拡散する目的ならば普遍性は伴わない。

 特殊(個別)と普遍を区別することは、従軍慰安婦問題に新しい光を当てる。旧日本軍だけが引き起こした特殊な問題だとして韓国などは日本の責任を問い続けてきたが、紛争下での女性への性暴力という普遍的な問題だと認識するなら、日本だけを批判して済む問題ではなくなる。別の言い方をすると、問題を普遍化しなければ国際会議を開催する意味がない。

 日本は北朝鮮による日本人拉致問題を特殊(個別)な問題だと国際社会に提起している。だが、これを国家権力による民間人の拉致問題と見るなら、北朝鮮のほかにも強権的な政府による自国民など民間人拉致は昔から世界で起きていた。北朝鮮の日本人拉致を、国家権力による民間人に対する不当な暴力と普遍化するなら、国際社会に対する発信力は大きくなっただろうし、各国の拉致被害者の家族と広く連携できたかもしれない。

 問題があるときに、それを特殊(個別)とするよりも普遍と位置付けたほうが、問題意識を世界で共有しやすいだろう。普遍化するためには、問題の構造を見いだす必要がある。だが韓国が従軍慰安婦問題から、どんな普遍性を引き出すのか定かではない。普遍を掲げながら、実は韓国独自の「普遍」でしかない可能性も想定される。

2019年3月2日土曜日

猫の足あと

 「雪やこんこ」と歌い出す童謡「雪」は100年以上前の作品で、子供の頃に歌った人は多いだろう。その歌詞にある「犬は喜び庭かけまわり 猫はこたつで丸くなる」から、猫は寒さが苦手で雪が降ると外に出ないとの漠然としたイメージを持っている人も多いかもしれない。

 確かに飼い猫なら雪の日の外出をやめることができる。飼い主が餌を用意してくれるし、縄張り(飼い主の自宅の中)の平安は保たれているだろうし、安心して眠ることができる場所もある。だが、野良猫は違う。雪国で生きる野良猫は、雪の日にも餌を探し、縄張りを見回る。

 降雪量が多い日には短足胴長の猫は動きづらいだろうが、2、3cm程度の降雪の日には、新雪に猫の足跡が延々と続いているのを見ることができる。いつも同じコースに、方向も同じ足跡を見るので、おそらく野良猫の見回りは決まった順路を決まった辿り方で行われている。

 注意して見ると野良猫の足跡はけっこう広い範囲にあることに気がつく。猫の行動範囲は半径500mぐらいになるともされ、都市部の野良猫なら住宅街のあちこちに餌場などがあるのだろうから、見回りは生きるための欠かせない行動だ。野良猫は雪の日にも、丸くなって休んでいることはできない。

 野良猫はあちこちにいるので、その縄張りは重なり合っているのだろう。そうした猫の集まる場所があって、猫の集会が行われているなどとされる。雪国では、人通から離れた日当たりのいい場所に猫が集まっていたりする。互いに微妙な距離感で座っているだけなので猫たちは、ただ日向ぼっこしているだけのようでもある。

 雪を喜ぶと歌われる犬だが、最近は冬に、寒さ対策なのかウェアを着用した小型犬を散歩させている光景を見かけることが増えた。その多くが洋犬で、寒さに弱いのか抜け毛対策なのか定かではないが、ウェアを着用した犬の従順な様子を見ると、雪に喜んで駆け回るほどの活発さが伝わってこない。

 野良犬なら野良猫と同様に雪国でもたくましく生きるのだろうが、野良犬は現在ほぼいなくなったから、野良猫のたくましさだけが印象に残るのかもしれない。雪の朝、新雪に延々と続く足跡は野良猫の活発な行動を可視化する。