2023年10月28日土曜日

ドイツとナチスの罪

  ドイツでは1933年にヒトラーの首相就任後にユダヤ人の商店に対する不買運動や公職者の追放が始まり、1935年にはユダヤ人の市民権が剥奪され、1938年に全てのユダヤ教会などが破壊され、ユダヤ人の資産の没収が始まり、1939年にはユダヤ人は職業に就けず、学校に行けず、非ユダヤ人との交際が禁じられ、ゲットーに住むように命じられた(ブリタニカ国際大百科事典)。

 戦争が始まり、ナチスは占領した土地でユダヤ人をさまざまな方法により殺害し続けたが、1942年のワンゼー会議で、ヨーロッパの占領地全体からユダヤ人を東部の収容所に組織的に移送し、「しかるべき扱い」に処することを決定した。やがてユダヤ人の大量殺害の最も効果的な方法として特別なガス室が考案され、大量虐殺が進行した(同)。

 ドイツが行ったのはまず、国内でドイツ人と共存していたユダヤ人に対する憎悪を煽り、ユダヤ人の諸権利を剥奪し、社会から強制排除した。開戦とともにドイツは占領地でも同様のユダヤ人に対する迫害を広げた。ドイツは「ユダヤ人の絶滅」を目標に冷酷に、効率が良い殺害方法を模索し、強制収容所でのガス室で多数を一度に毒ガスで殺害するという大量虐殺を実行した。

 ドイツにだけ反ユダヤ主義があったのではなく、欧州各国にもユダヤ人に対する差別や排除などは存在し、それがシオニズム(パレスチナへの帰還とユダヤ国家建設を目指す運動)につながり、1922年から英国が委任統治したパレスチナへのユダヤ人の移住が続いた。ユダヤ人の移住者が増えるとともにパレスチナ人との軋轢が強まり、武力衝突も始まった。

 ドイツにおけるユダヤ人に対する迫害政策のため、パレスチナへの欧州からのユダヤ人移住はさらに増え、入植地が拡大するとともにパレスチナ人との対立は激しくなった。1947年の国連のパレスチナ分割案勧告決議に基づき、イスラエルは1948年に独立宣言を行い、アラブ諸国との第1次中東戦争に勝利し、国連の分割案よりも領域を拡大して占領を続けている。

 もしドイツでユダヤ人に対する憎悪が高まらず、ユダヤ人の迫害や社会からの強制排除が行われず、ナチス・ドイツによる大量虐殺も行われていなかったとすれば、イスラエルの歴史は全く違ったものになっていただろう。シオニズムによるユダヤ人のパレスチナ移住はナチス・ドイツの登場以前から続いていたのでイスラエルの建国は実現したかもしれないが、パレスチナ人との共存を目指す建国だった可能性はある。

 ドイツが欧州でユダヤ人に圧力を加え、移住したユダヤ人がパレスチナに圧力を加え、パレスチナ人の反発が高まる。ガス抜きする仕組みが皆無と見える中東では、圧力に対抗するには対抗圧力を持ってするしかなく、溜まった圧力は爆発する。ドイツとナチスの所業の延長上に現在の武力に頼るイスラエルが建国され、妥協を排除し、パレスチナ人の虐殺を許容する強硬な姿勢を貫いているのだとすれば、ドイツとナチスの罪は現在にも及んでいる。

2023年10月25日水曜日

被害者と加害者

 欧州には古くから反ユダヤ主義による偏見と憎悪が存在するとされ、ナチス・ドイツによる一連の反ユダヤ政策にならって同様の政策を実施した諸国があった。だが、第二次大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺が終戦後に明らかになると、ユダヤ人に対する同情が欧州を含む世界で高まり、反ユダヤ主義は否定されるべき対象に変わった。

 現在でも欧州で、ユダヤ人はナチスによる虐殺の被害者という位置付けが前面に出るのは、ナチス・ドイツによる反ユダヤ政策を当時座視した各国の贖罪意識とも関連しているかもしれない。つまり、欧州ではユダヤ人は被害者との位置付けは強固であり、イスラエルの行動に対して欧州各国が及び腰かつ慎重な外交に終始するのは歴史的な背景がある。

 欧州では被害者であり続けるユダヤ人だが、中東ではユダヤ人国家のイスラエルが行ってきたことは加害者の行動である。武力で占領地を拡大し、住んでいたパレスチナ人を追い出し、抵抗する人々の殺害を続けてきた。抵抗する人々に対する攻撃は残虐性を伴うことも多く、欧州でユダヤ人が受けてきた仕打ちに対する怒りを、パレスチナの人々などに対して爆発させているようにも見える。

 パレスチナ人はイスラエル建国で、住んでいた土地から追われたり、過酷な占領地支配に苦しみ、抵抗すると容赦なく殺害される被害者である。だが、残虐な攻撃に対して残虐な反撃が生じるのは珍しくなく、パレスチナ人の抵抗は無差別にユダヤ人を狙ったりする。その結果、中東ではユダヤ人とパレスチナ人はともに被害者であり、加害者でもある状況だ。

 被害者は同情され、加害者は批判される。だが、双方が被害者であり、加害者でもある場合、第三者は誰に同情し、誰を批判するか。抗争の双方が同情すべき対象だという状況で、どちらに同情するかを決めるのは政治的な判断が必要になる。同様に、何をテロとみなすかという判断も政治的な立場により異なり、占領者に対する攻撃がテロとレッテル貼りされたり、レジスタンスと称賛されたりと分かれる。

 被害者には自衛権があるとされ、加害者に対する攻撃が許容されることが、双方が被害者であり加害者である時、状況を複雑化させる。双方が被害者であるなら双方に自衛権があることになり、攻撃を双方とも正当化できる。さらに、相手側をケダモノとか怪物とみなし、相手の人間性を否定することで相手に対する残虐行為を心理的に許容させたりすると、どんな行動も許されていると思い込む人々も出てくる。

 被害者であり加害者でもある人々は、状況によって被害者と加害者を使い分けることが可能になる。被害者として同情を得ながら、自衛権による行動だとして加害者の振る舞いを見えにくくもできる。歴史は、世界の人々が、ある時には被害者であり、ある時には加害者であることは珍しくないと示している。被害者と加害者を使い分けるのは、よくある行動だ。

2023年10月21日土曜日

気のせいだよ

  ファンに高い人気がある競輪選手の佐藤慎太郎氏は1976年11月生まれの46歳。大方の競輪選手は40代に入ると全盛期を過ぎて徐々に力が衰えるものだが、佐藤氏は40代になってからグランプリで優勝し、その年の賞金王になり、以降もS級S班を続けるなど活躍している(S級S班は、2300人以上在籍する競輪選手のトップ9人に限られる)。

 ぶつかり合いが激しかった競輪はかつて「走る格闘技」とも称されたが、現在はスピード重視のプロスポーツへと変貌しつつある。とはいえ、ゴール前での選手同士の押し合いや頭突きなどが消えたわけではなく、格闘技的な要素は残っている。相手選手を落車させずに、上手に牽制して抜かせないのがベテランのマーク屋(ラインの先頭を走る選手の後ろを走る選手のこと)の技の見せ所で、佐藤氏は指折りのマーク屋だ。

 その佐藤氏がインタビューなどで締めの言葉として言うのが「限界? 気のせいだよ!」だ。40代後半になってもトップ選手を続ける佐藤氏だから、この言葉は説得力があり、競輪ファンにはすっかりお馴染みのフレーズとなった。この言葉と佐藤慎太郎氏のイラストを配したTシャツも販売されていて、人気だという。

 特筆すべき実績がなく、日々の行動にも元気を感じさせず、老けたなと見られる身のこなしが目につくようになってきた人が「限界? 気のせいだよ!」と言っても、あまり説得力はないだろう。その人が「限界? 気のせいだよ!」と思っていたとしても、それは当人の主観に過ぎず、「限界がそろそろ見えてくるんじゃない?」などと周囲からは見られたりする。

 当人に元気が十分ある時の主観主義は、時には効果的であるが、時には傍迷惑にもなる。効果的になるのは、その主観に妥当性があって説得力があり、主観による施策が現実によく対応できている時だろう。だが、その主観に妥当性が乏しく説得力が希薄で、主観による独りよがりの施策と現実との齟齬が目立つのにゴリ押しされたりすると、周囲は迷惑する。

 傍迷惑な主観主義は「敗北? 気のせいだよ!」などと負けを認めず、負けを認めないから敗北の分析も真摯に行わず、精神主義に堕し、「劣勢? 気のせいだよ!」などと猪突猛進して、当座は局面を打開したりするが、やがて重なった無理が限界に達する。「現実の分析は理性で、行動方針は主観で」を実践する人なら強い指導者になれるかもしれないが、主観が偏る可能性がある。

 「限界? 気のせいだよ!」は気力を奮い立たせる効果がある言葉で、きつい日々のトレーニングの中で何度も佐藤氏はこの言葉を己に言い聞かせているのだろう。限界は競輪選手ならば自分で決めるが、組織においては他人の評価によって決まったりする。降格させられたり、閑職に追いやられたりしても人には意地とプライドがある。「まだまだやれる」と気力を奮い立たせるには「限界? 気のせいだよ!」は心強い言葉だろう。

2023年10月18日水曜日

21世紀の社会主義

 社会主義とは「 生産手段の社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする思想・運動」とか「社会の富の生産に必要な財産の社会による所有と、労働に基礎を置く公正な社会を実現するという思想」「各人は能力に応じて働き、働きに応じて分配を受ける社会体制を目指す思想」などとされる。

 大雑把に言えば社会主義は「社会の少数ではなく多数が利益を得る、より平等な体制」を目指す思想・運動だ。共産主義は「社会主義がさらに発展した平等な社会」と20世紀には理想視されたが、現実のソ連や中国などの共産党による独裁権力が社会に歪みを生じさせ、労働者や農民など社会の多数を占める人々が抑圧される体制であることが明確になり、共産主義の欺瞞性が明らかになった。

 21世紀の世界では各国で少数の富裕層が富を拡大させる一方、中産階層の解体が進み、所得格差の拡大が進行し、少数の富裕層と多数の下層・貧困層が形成される過程が進行していると報じられる。20世紀の社会主義は多数を占める労働者や農民らが声を上げ、行動することで社会的な動きとして現れたが、21世紀の世界では労働者や農民はまとまらず、分断されているように見える。

 20世紀において共産主義の欺瞞性が明らかになり、社会主義諸国の停滞に比べ先進資本主義諸国の経済発展が目立って社会主義の「輝き」は薄れた。20世紀末からグローバル化という資本主義に世界が覆われる動きの中で、各国で少数の人々に富の集中が進み、格差が拡大し、社会の多数は下層・貧困に向かう構造になった。人々が異議申し立ての声を上げる社会もある一方、自己責任だとの主張に負けて多数の人々が耐える社会もある。

 生産手段の社会的共有・管理とは国家による経済支配であり、人々は平等に貧しい状況に置かれたというのが20世紀の現実だ。21世紀の社会主義があるとすれば、生産手段の社会的共有・管理は資本主義社会では不可能なので、社会の多数の人々に対する平等な富の分配を全く別の手法により目指すことになる。

 資本主義に対する制約を緩めると社会に格差が拡大することが明らかになった。平等な富の分配を行う社会に向かうには国家の強制力が必要となる。富裕な人々や莫大な利益を溜め込んでいる企業に高い税率を課して税収を増やし、それを人々に分配することでしか、より平等を目指す富の再分配は不可能だろう。

 21世紀の社会主義は、①社会で多数を占める人々の利益を優先する、②富の再分配による平等を目指すーが基本になる。そのためには多数の下層・貧困層に支持され、支えられる国家権力が必要となる。多数の下層・貧困層が分断されず、連帯する方向に向かう道標となる思想・アイデアを提供できるならば21世紀にも社会主義は生き続ける。

2023年10月14日土曜日

タレント帝国

 『タレント帝国』は昭和43年の竹中労さんの著作だが、「5人の若いルポライター諸君と共働して私は上梓した」「当時、渡辺プロダクションは、まさにタレント帝国に君臨して、取材・出版妨害の工作すさまじく、やっと製本を了えた版元は偽装倒産、ゆくえをくらまし、東・日販の取次ぎ拒否にあって、この書物はわずかに千数百部しか書店にならばず、〝まぼろしのレポート〟と消えてしまった」(『タレント残酷物語』、竹中労著。昭和54年)。

 『タレント帝国』は「芸能プロダクションの構造を分析した、ほとんど唯一の出版物とされている」(同)が、その中に「ジャニーズ解散・始末記」と題された一節がある。ジャニー喜多川による性加害は1999年に週刊文春が連載で明るみに出したと言われるが、昭和43年(1968年)時点ですでに知られていたことだった。

 現在では『タレント帝国』は稀少本だろうから、「ジャニーズ解散・始末記」の中から、ジャニー喜多川による性加害に関連する箇所の概略を紹介する。

・1967年暮れ、ナベプロ所属のジャニーズが解散した。

・1961年、神宮外苑に集まって遊んでいた子どもたち4人は、アイスクリームやコーラを買ってくれるジャーニー喜多川と親しくなり、彼の言うことは何でもきくようになっていった。ジャーニー喜多川は当時32歳。

・1962年、ジャニーズは売れっ子になっていたが、奇妙なふんい気が車で彼らを送り迎えしていたジャニー喜多川との間に醸し出されていく。「あおい君が相談にきて、ジャニーさんのおかげでボクの一生は終わりですと涙ぐんでいた」と真砂みどり談。

・1963年、新芸能学院のK少年が「ジャニーさんに接吻された」と訴えた。名和太郎が追求し、学院の小学生から高校生を含め14人がジャニーの被害に遭っていたことが判明、メリー喜多川は泣き泣き真相を告白した。

・同年6月、名和はジャニーズ4人の父親を集め、ジャニー喜多川に手を引かせることで落ち着いたが、7月に父兄たちは同性愛事件はでっち上げだとして、メリー喜多川に一切を任せると宣言。

・同年、同性愛事件を奇貨としてナベプロはジャニーズの家族を名和太郎から離反させ、ジャニー姉弟ぐるみで掌中におさめることができた。そしてナベプロはジャニーズを大々的に売りまくった。

・原告名和太郎は、金銭問題をぬきにして、ワイセツ事件だけで提訴したところ、被害者(ジャニーズ)の直接の訴えがなければ受理できないと却下され、立替金請求事件とした。

・名和は訴訟の前に、報道関係にジャニーの醜行を暴露する印刷物を配布したが、芸能ジャーナリストの大半は名和の訴えを無視した。

・1967年、東京地裁の記録では、ジャーニー喜多川から性加害を受けたとの複数の少年の証言があったが、法廷に立たされたジャニーズは4人とも、蒼白な表情で震えながら、「覚えていません」「知りません」などと証言。猥褻行為は立証されず示談で終わった。

 文春の報道にジャニー喜多川は文春側を提訴し、一審は喜多川側が勝訴したが、東京高裁は2003年に性加害を認定し、最高裁も喜多川側の上告を退けた。1967年にジャニー喜多川の性加害が法廷に持ちこまれていたのだから、裁判所や検察、警察が適切に動いていれば、数百人ともされる被害者の数はもっと少なくなっていただろう。

2023年10月11日水曜日

ロシアの勝利

 2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナ南西部などで激しい戦闘が続いていて、終戦や停戦に向かう動きは見えない。ウクライナには欧米諸国が武器弾薬などを供与して支援し、戦力的に優位と見られたロシアも消耗戦は想定外だったのか、諸国から武器弾薬を調達していると見られている。

 ウクライナへの欧米諸国からの武器弾薬の支援が続き、ロシアにウクライナ全域を戦場とするのに十分な兵力がない場合、この消耗戦は続きそうだ。だが、ウクライナへの欧米諸国からの武器弾薬の支援が滞ると、戦局は次第にロシア有利に傾くだろう。劣勢になったウクライナが停戦を求めるには、おそらく現ゼレンスキー大統領の辞任が必要になる。

 イラクのクウェート侵攻に対して国連はイラク軍の撤退を求め、多国籍軍を認可し、多国籍軍がクウェートを解放した。だが、安保理で拒否権を有するロシアに対して国連の軍事的な強制措置は不可能であり、ロシアがウクライナを占領したとしても欧米諸国は批判することと経済制裁を続ける以外にできることはない。つまり、勝利したロシアを罰することはできない。

 ロシアの勝利が意味するものは、①武力による他国への侵攻・占領が許容された、②武力による国境変更が許容された、③武力による国際紛争(隣接国との対立など)の「解決」が許容されたーなどだ。つまり安保理5カ国やその同盟有力国などの他国に対する軍事行動には国連は動くことができず、さらに軍事力の比重が増大する世界になっていく。

 ロシアの勝利は世界を変える。第一に、戦時下の体制として権威主義体制の優位が強調される。それは権威主義諸国の体制を正当化することに役立つとともに、権威主義体制を持続させるために他国との緊張を高めることが促され、国際情勢はますます混沌としたものになる。権威主義体制の優位の強調は、中国やロシアの影響力の増大につながる。

 第二に、民主主義が普遍的な価値観であるとの信仰が揺らぐ。多様な価値観を許容する民主主義の国では国内が分裂状態になっていたりするが、社会に連帯感が希薄な民主主義は国家防衛に非力であると見なされれば、民主主義に代わる体制を求める動きも出よう。これは権威主義体制の優位の強調と相まって生じる現象かもしれない。

 第三に、軍事力強化のために各国は軍事産業の育成・強化に励み、ウクライナ侵攻で威力を発揮した武器の備蓄を進めるだろう。同時に国際的な武器市場が拡大し、武器貿易が活発化する。また、軍事力行使のハードルが下がり、戦争や紛争が増えることになれば、防衛のために核兵器を新たに持とうとする諸国の動きもおそらく活発化する。

2023年10月7日土曜日

大雨と都市計画

  米NYで9月末に大雨が降り、洪水や停電が発生し、道路は冠水して各地で動けなくなった車が放置され、建物への浸水も発生、駅に浸水して地下鉄が一部運休するなど影響が広がり、救助要請が相次ぎ、知事は緊急事態宣言を発令した。市当局は、降雨による被害の大きい地域や地下に住んでいる人々に避難するよう呼びかけたという。

 米NYでは1週間にわたり雨が続いていて、1時間に50mmを超える激しい雨が降った地域もあり、ケネディ国際空港では29日に200mm以上の降水量を記録し、1948年以降の観測史上最多となった。今年9月の同市の降雨量は14.15インチ(約360mm)で、1882年9月の16.85インチ(約428mm)に次ぐ大雨だった。今回はは141年ぶりの大雨だった。

 日本でも今年は各地で大雨が降ったとのニュースが多かった。例えば、1月には西日本など、5月には四国など、6月には近西日本から東日本の太平洋側など、7月には北東北や九州など、8月には西日本などで豪雨が伝えられ、九州や東北など各地で相次いだ大雨の被害について政府は激甚災害に指定した。

 天気予報で線状降水帯という言葉がしばしば使われるようになり、気象庁が記録的短時間大雨情報を発表して安全を確保するようにと呼びかけることも増えた。冠水した道路を車が走ったり、道路脇の排水溝などから水が溢れたり、濁流した水が流れる河川がすぐにでも溢れそうになったり、土砂崩れなどのニュース映像も増え、大雨はすっかり非日常の出来事ではなく日常の出来事になったような気配だ。

 大雨で地上に降った水は山野の土壌に染み込んだり、河川に流れ込んだりする。だが、地面がアスファルトで覆われ、中小河川がコンクリートで覆われた都市では大雨で降った水の行き先は限られる。地面に染み込むことができない水は地表に溢れ、やがて決められた排水コースをたどることになるが、その排水コースが水で満ちていたりして水の滞留が方々で起きる。

 「これまでの下水道は、雨水流出率50%、降水量1時間当たり50mmに対応する計画が一般的だが、近年多発する集中豪雨の影響も加わって下水道への負荷は、その限界を超えることが多くなっている」と国交省HP。50mm/hを越える降水量が珍しくなっているのだから、100mm以上/hに対応した都市での排水機能を整備することが必要だ。

 日本国内のみならず世界各地での大雨の報道が増えた。これは、大雨に関する報道が増えて可視化されたとも解釈できるが、実際に大雨の頻度が世界で増えているのだとしたなら、100mm/hの大雨が降るのはしばしば起きることだと想定して対策を講じるしかない。地球環境は不変のものではなく、常に変化の中にあると考えるなら、人間にできることは変化に対応して対策を講じることだけだ。

2023年10月4日水曜日

可能性がある

 「可能性がある」という言い方は、「明日は雨が降るだろう」など将来に起きるだろうことを述べるときや、「ロシア軍は大規模な作戦を準備している」など事実として確認できないが多くの情報から導き出された推察を述べるときに使われる。「可能性がある」には将来予測と推定の2通りあるが、その可能性の確率が示されることはほとんどない。

 「1%の可能性がある」と「30%の可能性がある」や「50%の可能性がある」「80%の可能性がある」などでは、可能性の重みが異なる。どこかに大地震が起きる可能性が1%と70%では人々の用心する心構えは違うだろう。雨が降る確率が1%では傘を持たずに出かける人が大半だろうが、80%ではほとんどの人は傘を持って出かけるだろう。

 「可能性がある」とだけ言われた場合、つい50%以上の可能性があるなどと受け止めたりするが、「可能性がある」の文言だけでは、本当に何かが実現したり存在する可能性があるのかどうかは不明だ。確率が示されない「可能性がある」は、「そんな気がする」「〜かもしれない」程度の曖昧な言い方だ。

 確率が示されない「可能性がある」の文言はマスメディアにもSNSにも多い。確率を考慮せず、感覚だけで「可能性がある」を使用している場合は珍しくなさそうで、「可能性がある」は便利な文言なのだろう。主観による思い込みで、せいぜい数%程度の可能性を70%程度に格上げして思い込み、「@@の可能性がある」などと言い立てたりもする人もいそうだ。

 科学における将来予測において可能性は確率をもって表現される。確率を導き出す根拠が検証されて、確率の数字が妥当だと認められて初めて科学的に「可能性がある」との表現が許される。だが、例えば気候変動関連のように、マスメディアが報じるときには煩雑な数字(確率)は略され、気候変動により「@@が起きる可能性が高い」などと危機感を煽る警告として報じられたりする。

 科学における将来予測で確率が最も高いのは日食や月食の予想だ。はるか以前から正確な日時が示される。実際に日食や月食が起きる確率はおそらく99%以上だろう。気象予想は観測精度の向上や数値計算の高性能化などで正確さは以前よりも増しているとされるが、不確定要素(予知できない気象現象)が多く、安定して高い確率で予想することは難しそうだ。 

 確率を示すことができない対象もある。例えば、神や仏や来世や幽霊などの存在は検証できないので、存在するとも存在しないとも言える。この場合には「存在する可能性がある」とか「存在しない可能性がある」などと曖昧にするしかない。人の心にのみ根拠を有する事柄は、可能性の判断も心境次第になる。