土日に仕事などが入らず自由に時間が使えるとなると日帰りか1泊の旅に出ることがある友人は、どこに行くかを事前に決めることはなく、行き先は「その時の気分で決める」という。名所旧跡や評判の名物料理や飲食店などを事前に調べることはなく、「出たとこ勝負というか、駅についてからカンでどっちの方向に歩くか決める」そうだ。
だから、その土地の名所旧跡に行かなかったり、名物料理を食べることを逃したりすることが珍しくない。「せっかく行った土地で、機会を逃して、残念じゃないのか?」と聞くと、「名所旧跡は駅前の観光案内板に記載されていることが多いから、気が向けば見に行く。それに名物料理より、見かけた飲食店に入って、おいしい料理に出合えると、俺が発見したという気になって嬉しい」と友人。
ガイドブックやネットの情報を事前に調べて、何を見るか、何を食べるか、誰と合うかなどを決めて、そのスケジュール通りに動くのは「俺の旅行スタイルではない。日常を離れて自由に動くのが旅行の楽しさの一つだろう?」とし、「どんな景色と出合うか、どんな店に出合うか、どんな人に出会うかーどんな出合いをすることができるのかは、その人の才能の一つだと思うんだ」と友人。
旅に限らず、ふと気になる本を書店で見かけて、買って読んでみると大きな感銘を受けたり、見かけて気になった飲食店に入って美味しい料理に出あったり、通りかかった映画館でポスターが気になって入って観ると、いい映画だったり、チラシで知ったシンポジウムに出かけ、この人は正しいことを言っていると共感できる人を知ったりすると、出合いは才能だと友人は実感するそうだ。
ガイドブックに載っておらず、ネットにも情報がほとんどない事柄は多い。ガイドブックやネット情報に頼りすぎると、その人が認知する世界が狭くなる。書籍を例にとると、出版されてから10年、20年経っているような書籍は社会的に忘れられたような存在だろう。書名を知らない書籍を検索することは困難だが、書店の店内を歩いていて、ふと出合うことはある。
書店の多くの書籍から、ふと出合った1冊を買って読んで満足することは誰にでもあることだろう。そうした出合いは自分で動いて書店に行き、何か発見はないかとアンテナを作動させていたから生じた。自分にとって価値あるものに遭遇していても、それに気づかなければ出合うことはできない。自分が動いて価値ある情報に出合い、キャッチすることを友人は「出合いは才能だ」とする。
今では何でもスマホで検索することが行われているが、自分が気づいていないことを検索することはできない。友人は「自分で動いて、出合って何かを感じることが大事なんだ。それが自分の情報感度を磨く」と言い、「ガイドブックやネットに載っている情報は万人向けの情報であり、そうした情報で満足していると、独自の情報を見つけて蓄積することが少なくなる。出合って発見することが才能だ」と主張する。