2022年4月30日土曜日

未来は不安

 天変地異や事件事故・犯罪に巻き込まれることや、自分や家族の罹患、家族や近親者の不幸など人が不安を感じる要素は日常に多い。国によっては、活発に活動する武装集団や犯罪組織による襲撃や誘拐などを現実的な不安とする人々もいるし、政治や経済的要因などによる社会の混乱に不安を感じる人々もいるだろう。

 人が不安を感じるのは、①現実に起きていること(現在)、②起きるかもしれないこと(未来)ーに分かれる。①(現実に起きていること)は可視化された不安であり、②(起きるかもしれないこと)は可視化されない不安だ。ウイルスに対する不安は可視化された不安であるが、必ず感染するとはいえないので、感染するかもしれないという可視化されない不安でもある。

 可視化された不安に対しては、事実やデータを集めて不安の対象になる出来事の起きる確率を検討し、確率が高ければ適切に備えることで過剰に不安がることを軽減できる。不安は情緒を刺激し、過剰に反応しやすい。冷静になれないから不安に駆られるのであり、確率を検討することで情緒にとらわれることを抑制できよう。ただし不安から、確率を過大視する可能性は残る。

 可視化されない不安とは、まだ起きてはおらず、起きるかどうかが不明な事象に対する恐れや心配だ。事実やデータが存在しないので発生確率を検討することは困難で、推定するしかない。とはいえ、起きるかもしれないと強く思って不安を感じているのだから、確率を過大に推定する可能性は高く、過大に推定した確率が不安を鎮める効果は薄いだろう。

 可視化されない不安とは、未来に対する不安である。人にとって未来とは一寸先から数日先、数年先、長くても十年先ぐらいまでだろう(人には寿命があり、100年先とか1000年先などのことに現実的な不安を感じることはあるまい)。起きるかもしれないとの現実感が及ぶのが人にとっての未来であり、もし起きたならとの不安がついてまわる。

 そうした未来が不安なのは、現在や過去における多くの問題が未解決のままであることや、悪い状況になるとの予想や予測がマスコミなどによって振りまかれることも影響する。身近な不安を喚起する典型は天気予報で、大雨や熱波、台風、降雪などへの注意を促すのだが、気象災害が頻発していることから、脅かすように強く注意喚起するのが珍しくなくなり、人々の不安を煽ることに貢献している。

 人類が誕生して以来、人々は生存などの不安を日々感じて生きてきただろう。不安を意識するのは人として自然な自己防衛の反応だとすると、歴史とともに対象が変わるだけで不安を常に感じながら生きるのが人類か。不安を過大視せず、不安に押しつぶされないようにすることがバランスの取れた生き方なのかもしれない。

2022年4月27日水曜日

侵攻か侵略か

 ウクライナに軍を進めたロシアの行動を報じるときにNHKは軍事侵攻という言葉を使用する。侵攻の意味を辞書で見ると、「敵地に侵入して攻めること」「他国や他の領地に攻め込むこと」「攻めて相手の領地に入りこむこと」などとある。侵入したり攻め込んだりする国家の組織は軍だから、軍事侵攻は「被害を被る」「犯罪を犯す」などと同じ重言だ。

 ウクライナに対するロシア軍の侵攻をロシアは特別軍事作戦と称し、ウクライナ東部のロシア系住民を救うための行動であり、国連憲章に基づく自衛権の発動だと強弁するが、国連の決議を得ていない自衛権の発動に正当性は乏しい。歴史を振り返ると、他国に攻め入る軍事行動の多くが「自衛のため」などと正当化されていた。

 NHKが軍事侵攻と報じて軍事を強調するのは何らかの意図に基づくのだろう。その意図の説明がないので、軍事侵攻という言葉の妥当性を判断することは困難だが、特別軍事作戦という言葉を使うロシアへの対抗なのかもしれない。あるいは、軍事を強調して平和主義を訴える意図が隠れているのかも。

 実態は変わらず同じままなのに、別の言葉に言い換えて実態をごまかしたり隠したりすることは昔から行われてきた。メディアが統制され、人々の自由な発言が制限される独裁的な強権国家の発表には真偽が入り混じり、どの言葉が実態を正確に示し、どの言葉がごまかしなのか、外部から判断するのは難しい。それは軍事関係に限らず、例えば、経済統計などの発表数字にも疑念がつきまとう。

 独裁的な強権国家が真偽定かならぬ発表を行うのは、そうした国家の言うことは常に「正しく」なければならないからだ。人々の自由選挙などによる正当性がないので、体制の正当性を主張するためには、常に正しくなければならない。それで、それぞれの体制における正しさを常に優先し、事実は二の次三の次になって軽視される。

 特別軍事作戦とは他国に居住するロシア系住民の保護を目的とする軍事行動ということだろうが、それが許容されるなら、同様の軍事行動を多くの国が行うことができる。血統による民族意識が帰属意識を決定するなら、例えば、ロシア系住民が居住している国にとってロシア系住民の存在は危険であり、「ロシア系住民はロシアに帰れ」とロシア系住民を追い出す動きがロシアの周辺国で始まるだろう。

 今回の軍事行動はロシア軍によるウクライナ侵略だ。NHKは、軍事侵攻でもなく侵攻でもなく侵略とロシア軍の行動を報じるべきで、他のマスメディアも侵攻ではなく侵略と報じるべきだ。侵略という言葉を使うとロシアを刺激し、特派員の追放など報復されるかもしれないが、正確に実態を表現する言葉を使わないマスメディアは、権力のごまかしに加担していることになる。

2022年4月23日土曜日

より攻撃的になる

  民間人の処刑だと解釈できる事例などウクライナに侵攻したロシア軍の残虐行為が伝えられている。組織的に行われているのか兵士個々の判断による行為なのか定かではないが、戦争のおぞましさをリアルに伝える情報だ。今回のロシアのウクライナ侵攻は国連の無力さを明らかにしたが、戦時において国際法などが無力であることも示した。

 国際法の出番は、戦争終了後に国際法廷が設置されたときだろう(国際司法裁判所の選択条項受諾をロシアと中国と米仏は宣言していないので、提訴されても応じる義務はない。国際司法裁判所は3月16日、ロシアに対して直ちに軍事行動をやめるように暫定的な命令を出したが、戦争は続いている)。だが、ロシアが敗戦国とならない限り、そうした国際法廷の設置は困難だ。

 戦場において残虐行為は、第一に他国に侵攻した軍や兵士によることが多い。サキの短編だったか失念したが、王に命じられて対立相手の畑を荒らしに行く兵たちが途中でも関係のない畑を荒らしていくので、村人がとがめると兵は「向こうの畑を荒らすことに正当性はないのだから、どこの畑を荒らしても同じだ」などと返答し、途中の畑を荒らして行った。

 他国に侵攻した軍や兵士には、侵攻を正当化する相応の大義名分が国家から与えられる。例えば、その地の人々を圧政から解放するためだなどと信じて、出掛けてはみたものの現地で人々の強い反発や激しい抵抗などに直面して、軍や兵は戸惑う。大義が希薄な軍や兵ならば、侵攻先で、倫理観を失って規律が乱れ、民間人の殺害や略奪、婦女暴行などを行ったりする。そうした例は歴史上に珍しくない。

 戦場における残虐行為は、第二に侵攻された側で報復感情が高まり、裁判によらずに侵略軍の捕虜を処刑することだ(これは戦闘行為による殺害ではない)、第三に宗教や思想などに基づく戦争で、対立相手の壊滅を目指す場合に大量の殺害が行われたことも歴史上に珍しくない(宗教的感情や思想などにより共存が否定され、大量殺害が正当化される)。

 当初はウクライアを簡単に制圧できると想定し、すぐに首都キーウの確保を目指していたようなロシア軍の行動からは、ナチズム云々との大義名分で押し切るつもりだったとみえる。だが、ウクライナ軍の抵抗に遭ってロシア軍の行動は制約され、ナチズム云々との大義名分はウクライナ人にも国際的にも共有されず、ロシア軍は異国(ウクライナ)内で「招かれざる客」になった。

 大義名分は色褪せ、異国(ウクライナ)での軍事活動による成果を国家から厳しく要求されるロシア軍において兵らの士気が高まらず、規律が緩むことは想像に難くない。そうした軍や兵士が、より攻撃的になったり残虐行為を繰り広げたりすることも想像に難くない。侵略戦争を遂行する軍や兵において規律が乱れるのは、侵略行為が倫理性を伴わないからだ。

2022年4月20日水曜日

情報発信から見えるもの

 社会に提供される情報が厳しく管理されている国がある。国内のテレビや新聞では体制を翼賛する情報が主に提供され、SNSなどインターネットにおける情報発信は厳しく監視・制約されて、体制に従順な声があふれる。政府批判はもちろん、政策や官僚の対応などを検証しようとする試みも排除されたりする。

 人々の批判を封じ込める国で政府は、独裁的な権力を確立している。その独裁的な権力は堅牢に見えるが、人心が離反すると政治的な権力はたちまち揺らぐので、独裁的な権力は常に人々を従わせつつ、監視したり懐柔して人々からの支持を得つつ、人心の離反を防ぎ続けなくてはならない。独裁的な権力を維持するためには相応の努力を要する。

 一方で、社会に提供される情報が基本的に自由で、政府に対する批判はもちろん、あらゆる出来事に対して大量の賛否の情報が渦巻く国がある。情報の提供が自由であるから、新聞やテレビなどマスメディアに加え個人もSNSで熱心に情報発信する。さらに、大量の情報には虚実が入り混じる。

 虚実が入り混じるのは、第一に個人が発信する情報には事実誤認や錯誤が含まれていたり、主観に適合する真偽定かならぬ情報が選ばれるからだ。第二に外国勢力による情報提供があり、国内の分裂や混乱を誘ったり、世論を当該国に有利になるように仕向けることがあり、第三に陰謀論などを主張するために捏造された事実の情報が流布されるからだ。

 情報は大きく、①事実を伝える、②意見や解釈を伝える、③創作物ーに分かれる。虚偽を伝える情報は創作された情報であって事実を伝えるものではないが、事実を伝えていると装う。そうした情報を受け入れてもらうために断片的に事実を交え、事実と創作された情報を混ぜ合わせ特定の見方に導く。これらは受け手を誘導することが狙いだが、事実ではないことを事実であると伝える情報もある。混乱させることが狙いだ。

 SNSが存在する現代の戦時において、情報戦の重要性は格段に高まった。現在のロシアのウクライナ侵攻においても、ウクライナ側とロシア側双方が大量の情報を世界に向けて日々発信する。双方の情報に事実も虚偽も含まれているだろうから、第三者が虚実を見分けるのは簡単ではないが、侵略者=ロシアの情報が厳しく検証されるのは当然だろう。

 ロシア軍が撤退した地域で多数の民間人の遺体が放置されていたと報じられ、ウクライナはロシア軍が虐殺を行ったと非難し、ロシアはロシア軍の撤退後にウクライナ側が配置したと反論する。実態は定かではないが、虐殺の汚名を着せられたとロシアが判断したなら、もっと激しく反論したり、ロシア軍の撤退時の映像などを示して否定するだろう。

 民間人の虐殺が行われたという場所はウクライナ国内である。ロシア軍がウクライナの国内で軍事行動を行っていたこと自体が否定さるべき行動であり、他国へ侵略した軍にモラルの低下が見られるのは歴史において珍しいことではない。

2022年4月16日土曜日

戦勝国と秩序

 第二次世界大戦が終戦したのは77年前の1945年だ。第二次大戦の戦勝国は、全体主義に勝利したとの道義的優越性を漂わせ、第二次大戦終了後の世界の秩序は勝利した連合国が主導した。戦争に勝った側が「正義」を独占する国際秩序だったのだが、戦勝国の行動がいつも「正義」に沿っていたわけではない。

 道義的優越性や「正義」の解釈は戦勝国だけが行うことにより、この国際秩序は維持される構造だ。戦勝国から5カ国が国連安保理で拒否権を持ち、国連を支配しているのが実態だから、5カ国の行動に対して安保理も国連も無力である。その5カ国は第二次大戦後にそれぞれ、道義的優越性など見当たらない醜い戦争や軍事介入を各地で行ったが、戦勝国が主導する国際秩序は維持されてきた。

 米英ソが中心となって形成された国連は、その憲章の前文で「言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い」「正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し」「寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し」「国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ」「共同の利益の場合を除く外は武力を用いない」ことなどを決意して、国際機構を設けると宣言している。

 第二次大戦の大規模な惨害に直面したり体験した人々が戦争に対する強い拒否感を持つのは当然で、そうした感情は戦勝国の政治家も共有していたに違いない。それが平和共存を目指す国連を誕生させたのだが、やがて戦勝国の政治家は、国益を最優先することや国際的な影響力を高めるために自国の軍事力の行使を正当化するようになった。

 戦勝国主導の国際秩序は戦勝国の5カ国を縛らない。これが現在の世界であると世界は気付いていたが、安保理で5カ国が拒否権を持っている限り国連の改革は限定され、5カ国の地位に関する変更は不可能だ。それは5カ国が、国際秩序を無視して、思うがままに振る舞うことができることを許している。

 今回のロシアのウクライナ侵攻は、ロシアの自衛のための戦争ではなく、国連決議を経た戦争でもない。国連が認めない戦争なのだが、ロシアの行動に対して国連は無力である。残念な事態だが、国連は5カ国が行った多くの戦争や軍事介入に無力だったので、今回が特別に国連の無力さを曝け出したというわけでもない。

 5カ国は第二次大戦後の国際秩序をそれぞれ自国に有利に活用してきたが、今回のロシアのウクライナ侵攻でその身勝手さが再認識されよう。5カ国は何をやっても罰せられることはないというのが現在の国際秩序なのだが、今回はロシアに対して米英EUと西側の同盟国などが制裁に動き、第二次大戦後の国際秩序に亀裂が現れた。形骸化した国際秩序を新たに構築する機会だ。

2022年4月13日水曜日

平均気温が上がったら

 日本列島は弓形の形をしていて、西日本から関東あたりまでが緩い右上がりで、関東から北海道までは急に立ち上がるようになっている。2022年の桜の開花予想日は、九州・四国が3月の中下旬、中国・近畿・東海が3月下旬(高山は4月上旬)、関東・甲信が3月下旬から4月上旬、北陸が3月下旬から4月上旬、東北が4月上中旬(角館は4月下旬)、北海道は4月下旬から5月上旬だ。

 大まかに見て、西日本から関東までが3月中に開花し、東北は4月に入ってから開花、北海道は4月下旬以降に順次開花する(東海や北陸、甲信の標高が高い地方では4月に入ってから開花する)。日本列島が弓形で逆L字形をしていることから、西日本から関東あたりまでは似たような気候だと想像できる。

 年間の平均気温(2020年)を見ると、九州は17度台(鹿児島は19度台、宮崎は18度台、沖縄は23度台)、四国は17度台、中国は15〜16度台(広島は17度台)、近畿・中部は16〜17度台、北陸は14〜15度台、甲信は山梨が15度台、長野が13度台。南関東は16〜17度台だが、北関東は15度台、東北は福島が14度台だが他の県は11〜13度台、北海道は10度台。西日本から南関東まではほぼ17度台前後だが、北関東から北海道まで平均気温が次第に下がるのは日本列島の形状からも想像できる通りだ。

 気候変動で地球が温暖化しているとの危機感が世界各国で共有され、気温上昇を2度未満に抑えることを目指していたが、最近では1.5度以下に抑えることが目標として掲げられている。地球温暖化は現実で、今後も気温上昇が続くのは避けることができないとの認識に基づいて、気温の上昇幅を抑えることが各国の努力目標となった。

 さて、平均気温が2度上昇すると、どんな変化があるだろうか。日本に当てはめると、西日本から南関東までの平均気温が19度台になり、鹿児島あたりと同じような気候環境になると予想される。北関東は17度台になり、東北は13〜15度台、北海道は12度台になる。数字だけでは小さな変化に見えるが、例えば、海水温の上昇によりサケやサンマ、イカ、ブリなどの回遊域が変化することは漁獲量に表れている。

 平均気温が上昇するだけなら、つい「暖かな日が増えるだけ」と簡単に受け止めたりするが、気象現象は複雑だ。例えば、地球のどこかで水分の蒸発量が増えると、どのような影響を周囲に及ぼし、それが気球規模の気象にどのような影響を与えるか。変数が多すぎて予想の正確さには限度がある。気温の上昇は植生にも影響を与えるが、植生の変化と光合成の関係など未知数だ。

 さらに日本では偏西風の蛇行の影響が大きく、それが低気圧や高気圧の動きとなって現れる。だが、偏西風の蛇行と温暖化の関係の説明は乏しいなど、温暖化の進行と日本における環境変化は仮説段階だ。温室効果ガスの排出削減が各国の計画通りに行われたとしても、平均気温が抑制できるのかどうか不明なのが現実だろう。平均気温の上昇が程度の差はあれ今後も続くとするなら、変化には対応するしかない。

2022年4月9日土曜日

政党の弁証法的成長

 2009年夏の衆院議員総選挙で大勝した民主党は政権を担ったが、「改革」の実は上がらず、米軍の普天間基地移設問題や消費税などで迷走し、政治資金問題などでの追及や党内対立の激化などで支持率は低迷、2012年に解散・総選挙で主権者の再度の支持を求めたが、大敗して野党に戻った。

 1度とはいえ政権を担ったのだから民主党が野党に戻っても、従来のような政権・与党を攻撃するだけに熱心な野党から、いつでも政権を担う準備ができている野党になることが期待された。だが、野党に戻った民主党は以前の野党のスタイルで、いつでも政権を担うことができる政党であると主権者に示すことができなかった。

 民主党も自民党も野党になったときに、政策論議を重視して「政権担当能力」を主権者に示すことは限定的で、スキャンダルなどで政権攻撃(=政権の否定)に励んだ。政治家として不適切な人物を排除するためにはスキャンダル追求を行うことは必要なことだろうが、それは国会審議において中心となるものではあるまい。激しい政権攻撃は政権への支持を減らす効果はあるが、攻撃した野党への支持を高めるものではない。

 日本では自民党の政権が長く続き、政権を担った経験がある政党は少ない。だから政策に影響を与えることが難しい野党は政権攻撃に励んで、それが日本における野党のスタイルになったのかもしれない。政権攻撃はマスコミ受けもいいだろうから野党の存在感をアピールするには重宝だ。

 政権攻撃に励むのは野党が現実政治において受動的な立場にいることと関係する。スキャンダル追求などの政権攻撃で能動的な姿勢にも見えるが、予算をはじめ提出法案の修正はほとんど行われず、実行される政策への野党の関与は乏しい。成立が見込めなくとも野党が独自に法案を提出することもほぼなく、政府・与党の動きに対応するだけの受身の姿勢のままでいる。

 政党が野党を経験し、与党も経験したならば、その二つの経験を積み重ね、いつでも政権を担うことができる政党に変貌すると想像するのは自然だろう。いわば政党の弁証法的成長だ。いつでも政権を担うことができる政党が複数存在することは日本の政治の安定感を高め、日本の民主主義の健全性をも向上させる。

 しかし、自民党は野党になったときに従来の日本の野党スタイルを演じ、政権から離れた民主党は従来の野党スタイルに戻った。政権攻撃だけではなく建設的な提案のできる政党が増えることが望ましいと以前から言われてきたが、人材の問題か政党組織の問題か、そうした政党は現れず、いつでも政権を担うことができる野党の不在が続いている。

2022年4月6日水曜日

グレタはどこだ

 EUは2月2日、原子力と天然ガス発電を環境にやさしい「グリーンエネルギー」として認め、「持続可能な投資」に分類できるとした。太陽光や風力など再生可能エネルギーだけに頼ることはできないのが現状だとし、温室効果ガスの排出削減に原子力と天然ガス発電が役立つと認めた。年内に全ての原発の運転を停止する予定だったドイツなどは反対を表明した。

 ロシアがウクライナへの侵攻を開始したのは2月24日。これで、欧州のエネルギー供給がロシアに大きく依存していたことが問題視され、ロシアからの原油や天然ガス供給に頼りながら脱炭素を進める戦略の見直しを欧州各国は余儀なくされた。再生可能エネルギーだけでは冬場の暖房さえ賄うことができない現実なのだから、欧州の各国政府は綺麗事の脱炭素にこだわってはいられなくなった。

 例えばドイツは、ロシア産ガスへの依存度を引き下げるためにエネルギー政策を大きく転換する方針を表明したが、石炭火力発電所と原子力発電所の運用期限を延長すると見られている。ロシアからのパイプラインに頼っていた天然ガス供給を見直し、初めてのLNG輸入ターミナル建設を決めるなど目先のエネルギー確保に懸命だ。

 再生可能エネルギーを大幅に増やし、石炭火力発電所などを停止することで脱炭素社会への転換を目指す欧州の戦略は挫折した。ロシアからの天然ガスや原油の供給に頼りながら欧州は、世界的に脱炭素の動きをリードしてきたが、実態は天然ガスや原油などの安定的な供給が脱炭素に不可欠だった。

 欧州が急ピッチで進める電機自動車(EV)の普及も、再生可能な発電は供給が不安定で、ロシアからの天然ガスなどに頼った発電に支えられているとすれば脱炭素は看板倒れ。慌てて原発をグリーンエネルギーだと認めて帳尻合わせに動いたところで、ロシアがウクライナに侵攻した。ウクライナの情勢が毎日大きく伝えられるようになり、エネルギー供給の不安が高まり、脱炭素の運動のニュースはほとんど消えた。

 欧州が脱炭素を強くアピールしていた頃に、欧州のマスメディアに頻繁に登場していたのがスウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリさんだ。戦争で正規軍を動かすと、戦車など戦闘車両や輸送車両などが大量のCO2を排出する。戦争となれば大量のCO2排出などに構ってはいられず、地球温暖化を促進するだろう。だが、活発に地球環境の危機を煽っていた連中も、リアルな眼前に出現した人々の生命に関わる危機を前に、反応が鈍い。

 グレタさんが関係する組織がウクライナ侵攻への抗議活動を開始し、ロシアからガスを買うなと訴えているそうだが、グレタさん本人の発言は聞こえてこない。学校に行かずに抗議活動するなどグレタさんは行動において独創性があったが、発想や思考において独創性が希薄だったことを思い出すと、戦争と環境保護の関係で言うべきことがなくても不思議ではない。環境保護活動は平時において活発化する運動であり、有事においては環境保護など二の次三の次になるから、黙っているのが賢明か。

2022年4月2日土曜日

戦争の記憶の伝承

 ロシアがウクライナに侵攻して以来、日本でも新聞やテレビなどは連日、ウクライナの情勢を大きく報じ、都市が攻撃されて破壊された様子や困窮する人々、国外に脱出して避難民となったウクライナ人の様子などを伝える。ニュース番組の他にワイドショーでも大きく扱われているそうだ。同様の情報はSNSで大量に発信されている。

 こうした情報の提供が連日続くのは、人々の関心が高いからだろう。新型コロナウイルスの感染に関するニュースに代わってウクライナでの戦禍の状況が大きく扱われ、ミサイルなどで建物が破壊されたり、空爆されたりして、嘆き苦しむ人々の様子を映像で見た人々はロシアの非道さに憤りを感じ、戦禍に苦しむ人々への同情心を高めるだろう。

 こうした報道やSNSなどの情報を日本で見ている人が、戦争の悲惨さを感じ、苦悩するウクライナの人々に共感することができるとすれば、ウクライナの戦時下における人々の体験や苦悩が日本人にも伝わったといえよう。ベトナム戦争などでも日本で大量の報道が戦禍に苦しむ人々の状況を伝え、日本でもベトナム戦争に反対する運動が広がった。

 テレビや新聞などで伝えられる外国の戦争を見ることは、戦争の断片的な小さな疑似体験に過ぎないだろう。だが、それでも日本人は戦禍を想像できようから、ウクライナの人々に同情し、その苦悩に共感することができる。テレビや新聞、SNSなどの断片的な情報だけでも日本人に、戦禍に苦しむ人々の記憶は伝わるのだ。

 日本では毎年8月15日前後にテレビや新聞に、戦争の記憶の伝承が薄らぐことを危惧する報道が現れたりする。それは日本が関わった戦争を特別視して、「二度と戦争はいたしません」と考えさせる狙いだろうが、戦禍の記憶の伝承は日本が直接関わらない外国の戦争の情報でも可能であることを、ウクライナやベトナムなどの戦争報道と日本での受け止め方が示す。

 なぜ、日本が関わった戦争の記憶の伝承をテレビや新聞は特別視するのか。戦争をしない国(戦争ができない国)=日本であることを強調するためだろうが、日本人が体験した戦禍の記憶の伝承に頼り過ぎていると、日本だけが平和であればいいとの1国平和主義に陥る。年月とともに戦争の体験者は減り、記憶の伝承は細るので、戦禍の記憶の伝承が危ういと日本のマスメディアは同じような報道を毎年繰り返す。

 日本のテレビや新聞がこだわる記憶の伝承とは個人の体験談の伝承だが、他人の体験談を受け入れるには共感する力が必要になる。共感する力がある人なら、日本人の戦争や戦禍の体験だけではなく、遠い外国の戦争で苦しむ人々の体験にも共感できる。戦争や戦禍に関する日本人の体験談を語ることができる人がいなくなっても、遠い国の戦争や戦禍を伝えることで日本のテレビや新聞は記憶の伝承を促すことができる。日本の人々にも共感する力がある。