2013年10月にハマスはイスラエルを奇襲攻撃し、約1200人を殺害、約250人が人質として連れ去られた。イスラエルはガザに対する容赦ない反撃攻撃を開始し、ガザでの死者数は7万人を超すとされる。圧倒的な軍事力を有するイスラエルはレバノンに対する攻撃も始め、さらに米国とともにイランに対する攻撃も行った。
中東における軍事的パワーバランスは激変した。今年、イスラエルと米国はイランに対する大規模な攻撃を開始し、多数の死者が出ているだろうが、米兵の死者については詳しく報じられるものの、イラン人の死者についての報道はほぼ皆無で、死者数だけが時折報じられる。イスラエルと米国はイラン各地を戦場に変え、人々が殺されている。
今回のイランなど戦場における死者はミサイル攻撃や空爆によるものが大半だろうが、イスラエルが封鎖しているガザでは餓死者も出たという。どんな死に方を戦場で人々はしているのだろうか。かつて日本軍に従軍した人々の声を保阪正康氏は記録している(『昭和史の核心』、保阪正康著。適時省略あり)。
「日本は国家総力戦を都合よく解釈して、国家を兵舎とし、国民すべてを兵士と想定しての戦争を続けた。日中戦争やその延長としての太平洋戦争で、どこが戦争の終結点なのか考えもせず、ひたすら国家予算、物資、そして国民の命をつぎ込んだ」
「とんでもない戦略や戦術が横行した。玉砕戦術や特攻作戦に見られるような国民(兵士)の命を無視した戦いを平然と続け、軍事指導者はひたすら、死ねと兵士たちに命令を発し続けた。兵站を無視した日中戦争、太平洋戦争で日本の軍人・軍属、兵士など戦死者は240万人、そのうち7割は餓死だったとの分析もある」
「玉砕、特攻、餓死による戦死者は他国では考えられない。それほど軍事指導者は命を粗末にした。国民の命をもてあそぶなと、次の世代はこの一点で太平洋戦争を検証してみるべきである」(「歴史的見方とは何か」)
「戦死といっても、いろいろなタイプがある。戦闘死、飢餓死、事故死、戦病死などがある。死がいかに悲惨だったかは兵士たちも書き残していて、『戦友の死体にたちまち蛆がわく。蛆は傷口に群がり、やがて全身が蛆だらけになる。骨と皮だった死体が蛆虫で膨れ上がる。ああ自分も明日にはこうなるのかと愕然とする』といった証言は誰もが口にする」
「北方では、手足の凍傷から壊疽になり、切断手術が行われ、麻酔などないから、兵士たちが押さえ込んだり、殴って意識を混濁させたりした。そういう死の形は詳しく語られてはいない」
「戦場で死ぬとは死体が悲惨な姿になることであり、弾丸が当たって一瞬で亡くなる者もいれば、傷を負って戦場に放置されたまま、ゆっくりと死んでいく者もいる。精神的に異常な言動に走る者も出てくる」
「軍事を生半可にかじった者が『日本の兵士は勇敢で優れている』などという巷説を持ち出して讃えることは、大本営の参謀の責任から目をそらさせるためのトリックだ。この戦死者の実像を見つめることが問われている」(「戦死のリアル」)
他国民の死に米国は冷淡であるが、自国民の死には過敏になる。かつての日本は他国民の死にも自国民の死にも冷淡だった。独裁的な権力だったから国内での批判を封印でき、自国民の大量の死を権力維持のために容認できたが、行き着く先は無条件降伏というボロ負けだった。イスラエルも米国も自国民の死には敏感だが、他国民の膨大な死には無頓着だから、中東で戦線を拡大している。