2015年12月26日土曜日
温暖化のピンチはチャンス?
気象庁によると、今年の世界の年平均気温は2010年までの30年間の平均値より0.4度高く、1891年の統計開始以来の最高になるという。日本の年平均気温も平年より0.63度高く、統計開始の1898年以降で4番目の高さで、過去100年間で1.16度の割合で上昇しているという。世界の年平均気温は過去100年間で0.71度の割合で上昇しているそうだ。
平均気温が上がった原因は、温室効果ガスの増加による地球温暖化と、南米ペルー沖で続く大規模なエルニーニョ現象の影響と気象庁は分析しているそうだ。知りたいのは、平均気温上昇に与えた影響は、エルニーニョがどれくらいで、地球温暖化ではどれくらいになるのかだが、それは明らかではない。だから一般的な受け止めかたは、温暖化のせいで気温が上がっているとなりそうだ。
日本では今年、3、5、11月は各地で月平均気温が観測史上最高を更新し、12月も寒波の襲来が少なく、全国で暖かい日が続き、北国では雪不足でスキー場が悲鳴を上げているとも報じられた。この冬は寒くないなと暖かさを実感しているところへ、「平均気温が高い」「温暖化だ」と報じられるのだから、地球温暖化説は盤石だな。
その地球温暖化の抑制へ世界各国が前向きに取り組んだとされるCOP21が先ごろ開催され、中国や米国など世界の主要排出国も温室効果ガスの削減へ、義務は負わないが自発的に動くことになった。これで地球温暖化の進行がストップする……わけではない。大気中には既に排出された温室効果ガスが大量に存在するからだ。
さらに、最大の排出国である中国の削減目標が「独自」で、実際の排出量削減の効果は疑わしい。GDP当たりの排出量を削減して、2030年頃には全体の排出量を減少へ転じさせると中国は前向きの姿勢を示しているように見えるが、GDPが増えれば排出量は増える仕組み。つまり2030年に多少減少させたとしても、排出量そのものは現在より増えている可能性がある。
地球温暖化の危機を煽る割にマスコミは、COP21の「成果」を好意的に報じた印象だが、実効性がどれほどあるのかは疑問符がつく。各国がそれぞれの削減目標を達成したとしても、それだけでは温暖化の進行を阻止できないとされるが、各国は削減の上積みには消極的だ。それに、義務ではない削減目標を各国が本当に達成するのかも不透明だ。
人類が排出した温室効果ガスにより地球が温暖化しているとするなら、温室効果ガスの排出量を実際に減らすべきだし、既に大気中に存在する温室効果ガスの回収技術の開発に世界が取り組むべきだろう。ところが、今回のCOP21を受けて排出権取引市場の再活性化が見込まれているとやら。実際の排出量の削減に排出権取引は何の効果もない。科学的な装いの温暖化論が、うさん臭さを払拭できないのは、温暖化論によって儲けようとする連中が群がっているからだろう。
2015年12月23日水曜日
軽減税率と加重税率
議会で自民党は単独で過半数の議席を有するのだから、もう公明党と連立を続けなくてもよさそうなものだが、連立を維持し続ける。安倍政権と公明党では、目指す政治の方向性が異なる印象だが、連立を解消しようとはしない。連立することでしか得ることができないメリットが双方ともにあるから、離れようとしないのだろう。
自民党にとっては、選挙で公明党の協力が得られなくなると当選者数はガタ減りするとも言われる。公明党支持者の基礎票をもらうことで自民党の単独過半数が実現できているとすれば、公明党を手放すことはできないな。公明党にすると、連立を解消して1野党になると現在の民主党などと同様、政策に影響を与えることができなくなる。
最近では、軽減税率の導入は公明党の要求だったという。軽減税率の効果は限定的で、複雑な制度構築による負担増など弊害が多いとも批判されるが、公約に掲げた公明党が自民党に導入をのませた。消費税率の10%への引き上げと同時に、食品などは8%のまま据え置くという軽減税率。8%のままで据え置くだけなのに、軽減という言葉を冠すると、何やら負担が軽くなる印象を与える。
消費税率の引き上げは、そもそも財政健全化を目指すものであったはず。だが、軽減税率の導入により税収が減るので、新たな増税も検討されているというから、その場しのぎのドタバタ手当ての様相だ。こうして税制は複雑化して行き、官僚の裁量権限は広がる。
「名は体を表す」とは「名は、その中身や性質を的確に表すことが多い」とか「名はその実体を表している」などの意味で用いられる言葉だが、政治の世界では、名と実体は異なることが多く、名と実体が正反対のことも珍しくない。政治用語では名は「建前を表す」ものであり、各方面への妥協や配慮の痕跡を示すものでもあり、世論に対する印象操作に好都合な名が選ばれるものでもある。
軽減という名には重税感を薄める効果のほかに、消費税率引き上げから軽減税率をめぐる論議に人々の関心を誘導する効果や駆け込み消費を緩和する効果もあるかもしれない。
政治的に便利に使われる軽減という言葉の反対語は過重だ。軽減税率を導入するのなら、同時に過重税率を導入して、消費税の体系の中で税収を確保するのも一案だ。
消費税率が10%に引き上げられると同時に特定の消費品目に、例えば20%、30%などと加重税率を適用する。資産家が増えているそうだから、高額の贅沢品の消費に過重税率を適用したり、巨大な宗教団体の経済活動に過重税率を適用したりと、ちまちまと軽減税率の線引きを検討するより増収効果は高そうだ。企業の莫大な内部留保に課税するのも一案だが、内部留保は消費ではないから加重税率の適用外か。
2015年12月19日土曜日
トランプの暴言
米大統領選へ共和党候補としての指名を争うドナルド・トランプ氏は暴言を繰り返すことで知られている。最近でも、米加州での銃乱射事件を受け、イスラム教徒が米国に入国することを全面的に禁止すべきだと主張して、米国内のみならず世界的な批判を浴びているが、トランプ氏は「人々は私の発言を好んでいる」と“反省”するポーズも示そうとしない。
泡沫候補なら、注意を引くために過激な発言をしたり、当選より自己主張を重視して好き勝手な発言をすることはあるだろうが、トランプ氏はもう泡沫候補とはいえない。支持率でトップを独走しているので、共和党の大統領候補に指名される可能性も現実味を帯びてきた。共和党主流派は困惑し、トランプ排除を探っているとも伝えられ、ドタバタ劇が繰り広げられ始めたなら、本選の大統領選より面白いかもしれないな。
一つの失言で評判を傷つけ、地位を失ったりする政治家は珍しくない。選挙ともなると、敵の失点は見方の得点だとばかり対立陣営が容赦なく追及して騒ぎをかき立て、失言した側は弁解したり釈明したり、さらには謝罪して発言を取り消したりして沈静化に懸命になるものだが、トランプ氏は暴言の波紋を楽しんでいるようにさえ見える。
トランプ氏の一連の発言をメディアは、失言ではなく暴言と表現する。社会常識に反していたり、政治的に言ってはならないとされている見解などを言ってしまうことでは、トランプ氏の暴言は失言の範疇なのだが、つい本音が現れた失言としてではなく、政治的な主張として打ち出される。それでメディアは、非難を込めて暴言扱いするのだろう。
しかし、トランプ氏の暴言は広い批判を招くが、支持率は上がるので人々に受け入れられているように見える。現段階の支持率は「いいね」ボタンを気軽に押すようなもので、投票時の真剣な政治的選択をどこまで現しているか不明だが、米でトランプ氏の暴言がマイナスに働いていないことは伝わって来る。
経験が豊かな政治家ならトランプ氏のような暴言は発しない。政治的に正しいことしか言わないだろう。だが、政治的に正しいことが、現実問題に対する正解であるとは限らない。そこに暴言が入り込む余地がある。素人政治家であることがトランプ氏の最大の強みだと解釈するなら、その暴言を含めて、既成の政治手法や政治言語に反し、抗い続けて、暴言が入り込む余地を広げ続けることがトランプ氏にとって必要になる。
候補者の言葉といえば8年ほど前には、オバマ氏の言葉に世界が酔った。理想を素晴しい演説で語り、9.11に続くアフガニスタンやイラクでの戦争に終止符を打って、米国のみならず世界を平和に導くのではないかと期待されたが……期待は裏切られた。オバマ氏は理想を謳ったが、トランプ氏は遠慮のない暴言を恥じない。米で既成の政治家への失望がいかに深いかということを、トランプ氏への高い支持率は示しているのかもしれない。
2015年12月16日水曜日
悲観的になることと加齢
永六輔さんのラジオ番組ではいつも野坂昭如さんからの手紙を紹介していた。その手紙は、世相を斬るといった内容が多かったが、柔軟で個性的な独自の視点からの評というより、子供の頃に戦争に巻き込まれた体験をベースに、世の中は悪くなっているゾと警鐘を鳴らす類のものが多かった印象だ。
野坂さんは病気のため自由に外出できなくなっていたそうだから、世間の動きを知るにはテレビや新聞、雑誌などからの情報に頼り、病気になるまでに構築した思想・見方で判断するのはやむを得ず、新たな発想を求めるのは酷かもしれない。自由に出歩いて、多くのものを見、多くの人に会っていれば、見えて来る世界は広がり続けたかもしれないが。
野坂さんが永さんのラジオ番組に最後に送った手紙では「日本がひとつの瀬戸際にさしかかっているような気がしてならない」「戦後の日本は平和国家だというが、たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、同じく、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする事にだってなりかねない。気付いた時、二者択一など言ってられない。明日にでも、たったひとつの選択しか許されない世の中になってしまうのではないか」などと危機感を漂わせていた。
気になったのは、そのような危機感を野坂さんがなぜ持ったのかということだ。日本が悪くなっているとの批判は年配者からいつの時代でもあったし、日本が戦争に巻き込まれかねないなどと反対派が批判する法案は過去にもあった。そうした諸々を野坂さんは見て来たはずだし、その後の日本を見て、有効な批判だったかどうかの判断もできたはず。
明日にでも戦時体制になりかねないと危機感を煽るアジテーションは、政権批判にしか存在意義を見いだすことができない少数野党の常套手段だ。そんな危機感を煽る政治屋と同列にできないのが作家・文化人としてのポジションのはずで、独自の視点からの批判が無くなれば野党の随伴者に成り下がり、作家・文化人を特別扱いする理由は失せる。
世の中は悪くなっていると野坂さんは感じていたのだろうから、危機感を露にして書いたのだろう。そこには、自由に出歩くことができなくなっていたり、加齢による影響があったとするのは意地悪すぎる見方だろうか。社会批評として書いているつもりが、悲観的な気分の影響を受けて否定的な側面に強く反応するようになっていた……若い頃の野坂さんなら、危機感をも面白い対象ととらえて書いたのではないか。
人は加齢につれて体力の衰えや様々な病気などの不安が増し、さらには、死を身近なものとして実感するようになったりして、悲観的になる材料が次々に見えるようになる。生老病死に悩むのは自然なことだが、加齢につれて気重になり悲観的になりがちなことを意識していないと、世の中を悲観的に見すぎていることに気づきにくくなる。
危機感を煽ることで自説を正当化する手法は珍しくはないし、深刻そうな顔をして世を憂うるポーズをしたがる文化人も珍しくない。斜に構えて、あれも悪い、これも悪いと言い立てるだけなら理性的な批判ではないが、メディアにとっては必要な時に都合よく使える存在となる。もちろん、それは野坂さんのことではない。
2015年12月12日土曜日
科学と未来予測
世の中に溢れる多くの言説の中には、「科学的に妥当だ」との装いを強調するものがあり、信用度を高めることに効果があったりする。科学という言葉には、客観的に証明された正しい知見とのイメージが投影されているので、それらの言説も客観的に正しいと見なされることを狙っているのだろう。
といっても、学術論文とは違って、それらの言説が、本当に科学的に妥当かどうか人々から厳密に検証されることは少ない。誰もが専門知識を持っているわけでもなく、誰もが最新の知見に通暁しているわけでもない。科学的というから間違ってはいないだろう……ぐらいの受け止めかたかもしれない。
自説に都合がいいように、科学的な装いを利用しているだけじゃないかなどと批判すると、論文やデータなどをまくしたてて反論されたりする。自説に都合のいい論文やデータだけを取り上げているのだろうとは感じながら、相手の理論武装に対して、いちいち検証して反論する労力を考えると面倒くさくなり、「まあ、いいか」なんて再反論をやめることは珍しくない。
科学的な判断に基づいて行われる事業があったりすると、現実には様々な利害が絡む。関係者はそれぞれが有利になるようにと、それぞれの科学的な主張を行うので、幾つもの「科学的に妥当」な論が出てきたりする。各自の利害が科学的な装いにくるまれているので、まとめることは簡単ではなくなる。
さらに、まとめるのが難しいのは、未来に関することだ。過去に起きたことや検証可能な事象の解釈であれば「科学的に妥当」という指摘は理解しやすいのだろうが、未来に起きるかもしれない事象における「科学的に妥当」との評価は絶対に正しい……というには限度がある。まだ何も生じていない未来なのだから。
未来を予測することは科学の得意分野ではない。その予測の正しさを支えるものは、蓄積されたデータと論文だが、過去に起きた事象だけが未来に起こるとは限定できず、人類が経験したことのない想定外のことが起こりうる可能性もある。科学が未来について予測するなら、ある事象が起きる可能性がどれくらいあるかを確率で示すことが「科学的に妥当な」態度だろう。
科学が未来を予測し、それに基づいて各国が事業を行って大金が動くとなると、全ての利害関係者が、同じように得するか同じように損するかといったラインで妥協するしかあるまい。そうした妥協を政治的に正当化するには、科学が未来を予測する不確かさをごまかしつつ、未来に起こりうる最悪の状況を強調して人々の不安感を高めることが欠かせない。
2015年12月9日水曜日
旧型になってから批判
自動車雑誌などに掲載されている新型車の試乗リポートは、その新型車の良いところしか取り上げないという印象がある。うっかり厳しい批判を書いてしまうと、広告を出してもらえなくなったり、広報に様々な便宜を図ってもらいにくくなったりするから“自主規制”せざるを得ないのだろうなあ……などと想像してしまう。
これは試乗リポートに印象批評が多いこととも関係しているのかもしれない。主観的なリポートならば、いくらでも恣意的に誉めることができるし、欠点などに触れずに済ますこともできる。数値などを主体にした分析的批評では、さじ加減が難しくなって、誉めるに苦労するだろう。
誉めるにもテクニックが要る。何でも次々に誉めてばかりでは、こいつは太鼓持ち評論家だなと見られるようになるので、試乗リポートなのに長々とスペックの解説をしてスペックを評価したり、内外装のデザインを細かく誉めたり、メーカーの戦略を詳しく解説したりとリポーターは工夫する。そんなリポートに接すると、実際に乗った感じでは誉めることがあまりないのだなと推察できたりする。
誉めるテクニックで、よくある手法は、さりげなく旧型の欠点を指摘して新型車を誉めるやり方。旧型にはこれこれの気になるところがあったが、それが新型車では「解消されている。素晴しい」とやる。旧型が販売されている時に、気になる点を指摘するのが自動車“ジャーナリスト”だろうと思うのだが、それは封印されるようだ。
この、旧型車の気になるところを強調して、それらが改善されたとして新型車の評判を上げるという戦略を新型プリウスでメーカー自ら行ったのがトヨタ。旧型車は良く売れ、まだ愛用者は大勢いるだろうに、メーカーが旧型の評価を落とすのだから、思い切ったPR戦術だな。プロトタイプの試乗会場に旧型車も用意して、比較試乗させたというから徹底している。
4代目プリウスの試乗リポートから旧型車に対する部分を抜き出すと、例えば「コーナー入り口では操舵レスポンスが鈍く、頑固なアンダーステア」「ブレーキもクセがあり、速いペースで走るとコントロールするのに苦労」「制動時にクルマが暴れ、腰砕けになる」「なんともゆる〜い作りなのだ」などとリポーター諸子は遠慮がない。試乗会での資料に旧型は、走りの楽しさ/乗り心地とスタイリングが弱みだったとはっきり書いてあったそうだから、気兼ねなく正直に書くことができた?
ハイブリッドで燃費が良いというだけでは、もうアピールする力が弱くなったので、自動車としての魅力を高めたことをメーカーは強調したいのだろうが、このPR戦略は過去のメーカー自身の開発姿勢や開発力を自己批判することでもある。正直になったのか、時代の変化に適応しただけなのか判別は難しいが、燃費だけではなく走行性能も優れた車を開発したのなら、ユーザーにとっては歓迎すべきことか。
さて、旧型の欠点を指摘して新型を誉めるという手法をメーカーに借用された評論家やリポーター諸氏は、この手法がメーカーに公認されたと安心してはいられない。新たな誉め方を工夫して編み出さなければ、評論家・リポーターとしてのプライドが霞む。相対批評に止まっているなら、新型車を誉めるための新たな比較の対象を探し出して来る必要がある。
2015年12月5日土曜日
誰かが買っている
ロシア政府は、トルコが「イスラム国(IS)」から石油を購入していると批判している。報道によるとロシア国防相は記者会見で、大量の石油が、シリアとイラクのISの拠点からトルコの地中海の港と、南東部のバトマンの製油所、シズレの積み替え基地に向かう3本のルートで運ばれていると指摘し、エルドアン大統領と親族が関わっていると厳しく非難した。
トルコの首相は「根拠のない誹謗中傷だ」と反発した。ソ連はウソをねつ造し、そのウソをプロパガンダで広めていたのでロシアも同じことをしかねないとまで言ったそうだから、言葉では負けていない。さらに、米の大統領報道官はISの石油の「最大の購入者がアサド(大統領)と彼の政権である十分な証拠がある」として、トルコの関与をぼかそうとしている。
でも、ISから大量の石油がトルコに密輸されているとの見方は以前から欧米情報当局などでもあり、米軍特殊部隊がISの石油事業責任者を殺害した時に押収した文書から、「トルコ当局者と『イスラム国』上層部の直接取引が明確になった」と英紙が報じた。その先の買い手が誰かはともかく、ISの石油がトルコ経由で世界に流れている疑いは濃い。
ただし、ISの原油はイラクのクルド人自治区に移送し、トルコやイランの業者に転売、トルコやイランの業者は自国に密輸して販売したり、シリア政府に売りつけたりしているという話もあったりし、戦闘を続けるISは周辺国に複数の販売ルートを持っていると見た方がいい。ルートは多いほうが空爆などで破壊されても経済的ダメージは少ない。
ISは豊富な資金源を有している。サウジアラビアなどスンニ派諸国からの支援があると言われるが、自力で調達する資金も多く、資金面では自立しているともいう。拉致誘拐で身代金を巻き上げたり、支配地で商人や農民に寄付を強要したり、少数派異教徒から安全保証料を徴収したり、古代遺物を売りさばいたりと様々な手法で資金を獲得するが、最大の資金源は占領した油田からの石油の販売のようだ。
石油密輸でISは年間で約20億ドルの収入があるとも、日産3万〜4万バレルの石油生産があり、100万〜150万ドル/日の収入があるともいうから、史上で最も財政的に豊かなテロ集団だろう。ISの打倒を本気で行うなら、資金源を断つことが必須のはずで、地上を走る多数のタンクローリーは、1年以上前から始まった空爆の格好の目標になるはず。
だが、タンクローリーへの空爆が行われたのは最近になってから。空爆はアサド政権を弱体化させることが優先されていたが、パリ連続テロでISが欧米の現実的な脅威になったことから、ようやくISつぶしに本気になったような印象だ。ロシアの空爆がシリアの反政府勢力やISの石油施設なども破壊し始めたので、遅れて欧米も続いたとの見方もある。
これらの空爆で数百台規模のタンクローリーが破壊されたというから、ISの盗掘石油の“輸出”に影響が出るのは確かだろう。ロシアがトルコへの報復として、トルコに向うISの石油密輸ルートを重点的に破壊するなら、トルコに実際にどのような影響が出るのか。さらには、トルコから先の買い手にどんな影響が出るのか。見えなかった糸が少し見えて来るかもしれない。
2015年12月2日水曜日
漂う木造船
遺体を乗せた木造船が海を漂っていても、海賊映画なら珍しくはないシーンだろうが、そんな船が日本海では現実に現れている。今年10月、11月の2カ月だけで漂流木造船は、北海道から福井県にかけての日本海側の沿岸や沖合で11隻が見つかり、計25人の遺体が確認されたという。
一昨年から今年にかけて合わせて170隻以上にもなるというから、日本に木造船が漂着することは特記する事件ではなくなり、「またか」と受け止められるだけか。しかし、沈没したものを含め、どれだけの木造船が日本海に漂っていたのか、どれだけの人が亡くなっていたのかと想像すると、大きな悲劇が起きているかもしれない。
船体や衣服などにはハングルが表記されていて、船内から釣り針や網などが見つかっていることから、朝鮮半島周辺の漁船が漂流してきたと海上保安部は見ているという。木造船はレーダーやGPSなどを搭載せず、船の構造や、「朝鮮人民軍」と表記された木造船も見つかっていることから、北朝鮮の漁船が遭難して漂流してきたとの見方が有力だ。
こうした漂流漁船が増えたのは、食糧の自給自足のために北朝鮮政府が水産事業に力を入れているからだと専門家は言う。日本海には暖流の対馬海流が流れ込み、北からは寒流のリマン海流が南下し、豊かな海の幸をもたらす。対馬海流は日本海の南側を西から東に流れるので、木造船は対馬海流に乗って漂流してきたのだろう。
日本海は栄養豊かで水産資源が豊富なので、北朝鮮が日本海側の沿岸や沖合などで水産事業を振興しようとするのは理解できるが、漁船の近代化が遅れている。以前は、亡命を阻止するために漁船の機能を低く抑え、航海能力を削いでいたともいうから、日本海で亡くなる人々は北朝鮮政府の政策の犠牲者であるともいえよう。
今年は地中海で、リビアから欧州を目指す難民・移民を満載した船が沈没したり、船から転落したりして数千人が亡くなったという。密航船には乗客名簿などないので、どれだけの人が亡くなったのか実数は不明だ。北朝鮮で政権崩壊などの混乱が生じると大量の難民が日本海経由で日本に押し寄せるともいわれるが、漂流木造船と同じような漁船に乗って来るとなると、かなりの遭難死もあり得る。
難民受け入れについて日本では現実感ある議論は希薄だが、国境も海も難民の移動を阻止することはできないことが、EUを見ると明らかだ。といって、北朝鮮からの難民流出を阻止するために、北朝鮮の現体制の維持を手助けすることはできまい。日本海を漂って日本に到着する木造船は、様々なことを示唆している。
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