2018年3月31日土曜日

強権国家は国境外も脅かす

 2年前のクーデター未遂で非常事態が宣言されて以来、トルコでは16万人が逮捕され、公務員15万人余が解雇されるなど人権状況が悪化していると国連が報告書で指摘した。また、テロ対策を理由にクルド人に対する殺人や暴行、拷問などが行われている疑いがあると懸念を示した。

 そうした政治の中心にいるのがエルドアン大統領だ。3期12年間に渡って首相を務め、2014年から大統領職にある。首相時代には、経済を成長させ、国内外で友好的な対話路線に基づく関係改善を進めるなど、それなりの評価を得ている政治家だった。だが、長く権力の座にいたため権力の「毒」が回ったのか、次第に強権的な政治家へと変貌した。

 強権による統治を正当化するには、敵を設定して脅威を煽ることが手っ取り早い。国内でクルドの弾圧に方向転換したトルコはさらに、隣国シリアのクルド人民兵部隊が脅威だと、シリアに侵攻して軍事行動を続けている。シリアにはトルコの主権は及ばないはずだが、内戦状態のシリアにはトルコの軍事行動を止める力はない。

 ある国において強権による統治が行われているとき、その強権に抑圧されるのは国内にいる人々だけだと見える。だが、強権による統治が成立しているのは、国内において権力に対する制約、監視が失われているからであり、そうした強権政府に周辺国の人々も脅かされる。

 国内で人々を強権で抑圧している政権が、国際社会においては既成の秩序におとなしく従うなら国際社会に及ぼす影響は限定的だ。だが強権政府が国際社会で、既成の秩序に従うことよりも自己主張を強める言動をとることは、トルコの他にも中国、ロシアなどの例で明らかだ。

 ある国において、自由選挙により選出された代表による議会が国政の方向を定めるという民主主義が維持されることは、その国に住む人々にとって、強権による抑圧政治より、はるかにマシだろうが、周辺国の人々や国際社会にとっても歓迎すべきことなのだ。

 強権による統治体制の国家は、対外的に攻撃的で時には侵略的になる。それは、民主主義など「普遍」を目指す価値観を示すことができず、独自のナショナリズムぐらいしか掲げるものがないからだ。それは他国と共有することが困難であり、外交の場では無力である。外交(言葉)が無力であるから、対外的にも強権に頼ることになる。

2018年3月28日水曜日

北国の長い春

 春分の日に東京の奥多摩など関東西部を中心に雪が降った。気温は上がらず、最高気温は東京都心で6.6度にとどまり、「真冬並みの寒さ」と報じられた。真冬並みとされた6.6度という気温は、例えば、3月の北海道では、今日は割に暖かいねと人々は感じるだろう。同じ気温でも、真冬に戻ったと感じたり、春の兆しを感じたり、地域によって受け止め方は大きく異なる。

 気象用語で冬は「12月から2月までの期間」、春は「3月から5月までの期間」とされるが、境目は明確ではなく、より正確を期するなら「冬と夏の間」とでも定義するしかない。個人によっても寒暖の感じ方は異なろうし、気象は毎年変化するので季節の移り変わりは漠然としている。

 しかし、桜の開花や満開、梅雨の始まりと終わりなど気象庁は宣言している。同じように季節の始まりを「○月○日から春になったとみられます」などと宣言しても良さそうだが、そんな気配はない。梅雨関係の宣言は相当にあやふやなのに気象庁は続けているのだから、漠然とした季節の始まりを宣言して、あやふやであっても押し通すことができるかもしれないのにね。

 季節の移行期は不安定で、特に春や秋の天候の予想は難しいだろうから、季節の始まりの宣言は気象庁にとってハードルが高いのかもしれない。3月に関東に降雪をもたらす南岸低気圧は、辿るコースの少しの違いで雪になったり雨になったり微妙だというから、「春になりました」宣言などには手を出さないほうが懸命か。

 それに、季節の移り変わりを気象庁に決めてもらう必要はないと考える人も多いだろう。四季がはっきりしている日本で、季節感を日本人は大切にし、文学の欠かせないテーマにもなってきた。季節感は個人の感性によるところが大きいので、「春になりました」宣言などは余計なお世話だと批判が出ることは間違いない。

 北国では最高気温が5度、6度にもなれば春の兆しである。積雪が日ごとに低くなり、立木の根元ではいち早く地面が見え、道路から雪が消える。春は、東京などでは3、4月くらいだろうが、北国では3月下旬から6月までと長かったりする。

 さらに、宣言する前に季節の定義を明確化する必要があるが、そうした定義は難しそうだ。平均気温が季節の目安になりそうだが、例えば、「平均気温が10度を超えたから春になりました」などと宣言することに、さほどの意味はない。やはり季節の変化は日本各地で個人がそれぞれに感じ、判断することか。

2018年3月24日土曜日

安定を求めること

 民主主義が実施されている国であることは、その国に住む人々にとって、強権で抑圧される支配よりマシだろう。民主主義の結果として、多様な利害関係が反映する議会が構成され、議論ばかりで「決められない」議会になったり、政治が機能していないように見えたとしても、強権で抑圧されるより遥かにマシだろう。

 民主主義が実施されている国では政府は、揺れ動く民意の反映として形成されるので常に現在形である(不安定ともいえる)。議論が百出し、長期的な展望に基づく政治ではなく、日々の変化に対応するだけの政治が行われているようにも見える。そうした現在形(不安定)の政治こそが民主主義による政治の「証」であるのかもしれない。

 安定した政治(政府)を求めるなら、揺れ動く民意を政治に反映することを制限すべきという発想が生まれる。そこで問題になるのは、どこまで民意の反映を制限するかということだが、これは権力の正統性と関わる。許容される民意反映の制限の範囲は明確ではないし、社会状況によって常に変化する。

 民意反映の制限は、民主主義においては許されないという考えもある。「主権者が自由投票により選出した代表による議会が国政の方向性を定めること」と民主主義を定義するなら、民意反映の制限は民主主義に背を向ける発想になる。だから、別の大義名分を掲げて選挙制度を手直しするぐらいが現実に行われる民意反映の制限となる。

 安定した政治(政府)を求める声が高まり、民意反映の制限を主張する勢力に主権者が自由選挙で多数議席を与え、政権を委ねるならば、民意反映の制限が行われよう。民主主義の弱点は、民主主義の否定を民主主義によって行うことができることだ。歴史上に実例は多々ある。

 ここで問われているのは、政治の安定が意味するものは何かである。強権による抑圧政治が行われている国は外からは、安定しているように見える。異論を許さず、強権で封じ込めるのだから表面的には安定して見えるが、抑圧された人々は移民を夢見たりする。政治の安定そのものに価値はあるのか。

 民意が揺れ動くものであるなら、民意を反映した政治が揺れ動くのは当然だと、民主主義を支持する主権者は理解すべきだろう。政治に安定など求めず、民意を反映した揺れ動く政治を常態だと見て、向き合い続けることが民主主義を維持するためには必要なのだ。

2018年3月21日水曜日

忘れることの恩恵

 東日本大震災から7年目を迎えた2018年3月11日。「あの日を忘れない」をテーマにした特番や特集がテレビや新聞に現れたが、翌日にはほとんど消えた。8月15日などと同じように回顧ネタになったことは、非日常であった大震災の体験や記憶が、日常の中で薄まったとも風化しつつあるとも言える。

 特別な体験や記憶を「いつまでも忘れない」ことが正しく、「いつまでも」忘れずにいるべきだと考える人もいようが、人は非日常の中で生き続けることはできない。日常を回復し、非日常の悲惨な記憶が薄れていくことで人は救われる面もある。忘れることの恩恵だ。

 東日本大震災のような大きな出来事では人は「共通」の体験や記憶を持つと錯覚しやすい。当然ながら体験や記憶は人により異なり、例えば、テレビ画面で津波の映像を見た人と、津波に襲われた人の体験や記憶は同質のものではない。しかし、大震災を同じように体験したとの先入観があると、体験や記憶は皆同じだと誤解する。

 「忘れない」の意味が当時のテレビ映像を思い出すことだったなら気軽に言うこともできようが、目の前で津波に街が襲われ、住宅が流され、多くの人が傷ついたことを見て、自身はやっと助かった体験を有する被災地の人に向かって、他人が軽々に言える言葉ではなかろう。

 東日本大震災は巨大災害であり、東北の太平洋側のみならず日本列島の多くの場所で人はそれぞれに大震災を体験した。それらの体験や記憶を集めたとしても、標準的な体験や記憶を抽出することはできない。存在するのは個別の体験や記憶であり、データ化可能なら記録として伝えていくべきものだ。

 過酷な記憶でも日常の中で次第に風化するのは自然なことであり、記憶が薄らぐことが人の再起を助ける。切り傷がやがてカサブタに覆われるように「忘れる」ことによっても人は「心の傷」を癒すのだろう。テレビ特番などが「忘れない」と強調するのは簡単だが、「忘れない」の意味は東京などのマスメディアと被災者とでは同じではない。

 感情や情緒を伝えるためには、受け手の感情や情緒を揺さぶることが必要になる。体験を共有しない人を対象にした時には、感情や情緒を揺さぶる演出が駆使される。そうした演出が、伝えるということを歪めるのは日本でも世界でも珍しくない。

2018年3月17日土曜日

財務省版の大本営発表

 報道によると、交渉記録は廃棄したと佐川氏が国会で答弁した数日後に、財務省本省の理財局が近畿財務局に、「特例承認」の決済文書の書き換えを指示した。佐川氏が隠蔽しようとした交渉の経緯が決済文書に多く書かれていたので、辻褄を合わせるために、佐川氏の答弁の訂正ではなく、決済文書を改ざんすることを財務省は選択した。

 これが「省庁の中の省庁」と呼ばれる財務省の実態だった。財務省が認めた決済文書の書き換えは驚きを持って受け止められ、「許されることではない」「あってはならないこと」「極めて悪質」などの批判がある一方、「よほどの事情があったのだろう」と不正を許す歪みが財務省内に存在することが推定された。

 自分たちの都合に合わせて役人が決済文章を書き換えることが許されるのなら、役人は誰に対しても責任を持たない。自分らに都合の悪いことは、いくらでも後に修正することができるのだから、日本は役人天国になる。役人は上位にある力に従ってさえいれば何をやってもいいとなれば、法治の体をなさない。

 役所や役人に不都合な事柄があれば彼らが決済文書に手を入れ、過去に遡って「事実」を書き換えたり、削除したりすることがまかり通るとなれば、役所や役人は情報公開に積極的になるだろう。情報をいかようにもコントロールできるのだから役所や役人は大歓迎だ。

 今回の決済文書書き換えは、大げさにいうなら歴史の書き換えであり、歴史の創作である。公文書は歴史的には史料であるはずだが、役所や役人による事実に基づかない書き換えが紛れ込んでいるならば、それはもう史料ではなく歴史小説に近づく。今回の書き換えた決済文書は、財務省版の大本営発表だったのかもしれない。

 情報公開には消極的で、様々な理由をつけて情報隠蔽に動く中央や地方の官庁にとって「省庁の中の省庁」財務省の実態はどう受け止められたのか。公文書管理のずさん極まる扱いは財務省も同じだったのかと安堵した……はずはなかろうが、財務省が特異な例外で他の中央や地方の官庁は厳正に公文書を管理しているのだろうか。

 決済文書書き換えは、ありえないと思われていたから大きな驚きなのだが、実は役所や役人の「必要」に応じて行われていたとする見方を、否定する根拠も肯定する根拠もない。「省庁の中の省庁」で行われていたのなら、そう珍しい行為ではないかもしれないという疑いが出てくる。全官庁における調査が必要だ。

2018年3月14日水曜日

ファースト・スター

 宇宙最古の星であるファースト・スターに由来する電波を初めて検出したと米などの研究チームが発表した。検出された電波は136億年ほど前に存在していたファースト・スターの活動を示すもので、その痕跡が宇宙背景放射に残っているという。

 ファースト・スターとは宇宙で最初に誕生した星々のこと。宇宙誕生(138億年前)後の2億年以内に水素が集まって誕生した太陽の40〜100倍の質量という巨大な恒星で、紫外線を放射したと考えられている。質量の大きい星ほど寿命が短く、ファースト・スターは数百万年ほどで寿命を終えたと見られ、現在の宇宙には残っていない。

 ファースト・スターに由来する電波だと認められるためには、他の研究者らによる観測でも同様の結果が得られることが必要だが、報道によると、ノーベル賞を受賞した2015年の重力波検出以降で最大級の天文学的発見だとの声も上がっているという。

 ファースト・スターが誕生して宇宙の暗黒時代が終わった(『ミクロの窓から宇宙を探る』藤田貢崇)。宇宙の暗黒時代とは、宇宙誕生の38万年後の宇宙の晴れ上がりから数億年のことで、宇宙では水素やヘリウムが均等に分布していたので恒星が誕生しにくかった。暗黒物質(ダークマター)に水素やヘリウムが引き寄せられてファースト・スターが生まれたと考えられ、今回の検出により暗黒物質の解明が進むとも期待されている。

 地球も人類も存在していなかった頃なのに、ファースト・スターがあったと考えられるようになったのは、現在の宇宙に存在する古い星に含まれる重い元素の割合が多いため、宇宙創世の初期に巨大な恒星が存在して、超新星爆発をして重い元素を撒き散らしたと見られているからだ。

 どうやって重い元素はできたか。質量が重い恒星でも中心核で核融合によりつくられるのは鉄までで、鉄より重い元素は超新星爆発の時の途方もないエネルギーにより核融合が連鎖的に起こってウランまでがつくられる。ファースト・スターが存在して、最後に超新星爆発をしたと考えるなら、現在の宇宙の説明がつく。

 鉄より重い元素は地球にも大量に存在し、それらを人類は様々に利用・活用し、近代文明をつくりあげた。地球に存在する重い元素にもファースト・スターが残してくれたものが含まれているだろう。我々はファースト・スターのかけらとともに生きているのだ。

2018年3月10日土曜日

朝鮮半島人の外交

 韓国の大統領特使団が北朝鮮を訪問し、金正恩氏に親書を渡し、夕食を含め4時間にわたり会談したという。報道によると、4月に韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長が板門店で会談することで合意したほか、北朝鮮側は米国と対話する用意があるとし、対話が続いている間、核実験や弾道ミサイル発射を凍結するそうだ。

 さらに北朝鮮は、軍事的脅威が解消されて体制の安全が保証されれば核を保有する理由がないとし、核兵器や通常兵器を韓国に向かって使用しないと確約したと韓国側は発表。また、南北の首脳間にホットラインを設置し、首脳会談前に電話協議することでも合意したという。

 ここで問題になるのは、北の言うことをどこまで信用できるかということだ。北には前科がたっぷりある。1991年に南北は朝鮮半島における非核化に関する共同宣言に合意し、核兵器の製造・保有の禁止、核燃料の再処理施設やウラン濃縮施設の非保有などを明記したが、93年に北はNPTからの離脱を宣言し、94年にIAEAからの脱退を宣言。

 94年に北は米国と核開発の凍結、国交正常化などで枠組み合意し、米国は北に年50万tの重油を供与するようになり、2000年には初の南北首脳会談で平和統一の実現に向け南北共同宣言を行ったが、02年に北は高濃縮ウランによる核開発の計画を認め、03年にNPT脱退を再度宣言、米朝枠組み合意の破綻が明確化した。

 北は05年に核兵器の保有を宣言し、06年に初の地下核実験を行った。07年に南北は2回目の首脳会談を行ったが、外交的な成果は乏しく、09年に北は2回目の核実験を実施し、10年には北による韓国哨戒艇沈没事件や大延坪島砲撃などで緊張が高まった。北は13年に1回、16年に2回、17年に1回の地下核実験を行ったほか、中長距離弾道ミサイルの発射を続けている。

 歴史が示しているのは、北朝鮮は外交交渉で何を決めようと密かに核開発を続けていたという事実だ。過去に何度も外交による取り決めを破ってきた国が、新たな外交交渉では忠実に取り決めを守ると信ずべき根拠は乏しい。北の国家体制が同じであるので、今後も同様の行動をすると判断するのが合理的だろう。

 外交交渉で決めたことを一方的に破るというのは南にも見られる行動だ。韓国は新政権に移行して以来、2015年の日韓合意の実質的な否認を始めた。また、以前から韓国は1965年の日韓基本条約についても、様々な請求権を新たに設定して一方的に「解釈」し直している。

 北でも南でも同じように、外交交渉で決めたことを一方的にひっくり返してきたという歴史から浮かび上がるのは、朝鮮半島人にとって外交交渉で決めたことは、自己の都合で一方的に変更可能だという思考が存在するらしいことだ。それが事実なら、朝鮮半島人の国家を相手にした外交交渉では、後日に一方的にひっくり返される可能性があると覚悟しておく必要がある。

2018年3月7日水曜日

現状変更か、現状追認か

 米トランプ政権がイスラエル大使館を5月に、現在のテルアビブからエルサレムに移転すると発表した。とりあえずはエルサレムにある米国の総領事館の建物に大使館機能を移転し、最終的な移転先は未定だというから、イスラエル建国70周年に合わせ、エルサレムを首都と認めるという米国からのプレゼントだ。

 エルサレムを永遠の首都とするイスラエルは大歓迎しているが、東エルサレムを将来の独立国家の首都とするパレスチナ側は強く反発している。昨年12月に国連総会の緊急特別会合は、米国がエルサレムをイスラエルの首都に認定した決定は無効とする決議を賛成多数で採択していた(安保理がエルサレム首都認定の撤回を求める決議案を採決したが、米国が拒否権を行使)。

 国連総会の決議には拘束力はないが、9カ国が反対したものの圧倒的多数の128カ国が賛成したのだから、エルサレムがイスラエルの首都だと認めないのは国際社会の総意に近いものだろう(棄権35カ国)。これまでは、親イスラエルの米国政府もエルサレムの首都認定を先送りし続けてきた。

 トランプ政権の決定は、現状変更なのか、現状追認なのか。エルサレムをイスラエルの首都とは認めないというのが現状だと認識する立場からは、現状変更だと解釈するだろう。一方、第三次中東戦争(1967年)でイスラエルがエルサレム全体を制圧し、エルサレムはイスラエル支配下にあるからとイスラエルの主張を認めるなら、現状追認の現実的な対応だと主張するだろう。

 イスラエルとパレスチナが共存を目指すことで同意したオスロ合意(1993年)では、エルサレム問題は最終地位交渉でイスラエルとパレスチナが話し合って決めると先送り・棚上げした。しかし、共存を目指す和平プロセスは行き詰まり、オスロ合意は事実上、破綻している。

 今回のトランプ政権の決定は、中東において米国が中立的な仲介者であると装うことを放棄した宣言でもある。イスラエル寄りであった米国が中立を装うことができたのは、イスラエルの主張に一定の距離を置く姿勢を保ったからだが、もう米国には中東における仲介役は務まらなくなる。

 トランプ政権の決定は、中東の流動化を更に促すだろう。アフガニスタン、イラク、リビア、シリアと実質的な国家解体が続いてきたが、パレスチナ国家への道は保たれてきた。それが消えようとしている。理念も原則もなく、ただ現状を追認するだけでは中東におけるイスラエルの力の支配を無原則に肯定するだけになる。

2018年3月3日土曜日

摘発される側と摘発する側

 2012年11月からの習近平指導部の1期目の5年間で、官級以上の高官で280人、局長級で8600人を汚職で摘発したという。大物幹部では周永康前政治局常務委員、薄熙来元重慶市党委書記、郭伯雄・徐才厚の両前中央軍事委副主席、令計画前党中央弁公庁主任らが摘発された。

 末端組織でも摘発が行われ、規律違反や違法行為で処分を受けた党員は5年間で130万人以上とも200万人以上ともいう。最近でも大物幹部の孫政才政治局員らが摘発され、楊晶国務委員(副首相級)が免職処分になるなど共青団関係にも容赦なくなり、「反腐敗闘争」は続いている。

 収賄や公費流用などが厳しく摘発されて中国が「クリーン」な国家になるのなら慶賀の至りだが、「虎もハエも一網打尽にする」との言葉を真に受ける人ばかりではない。習主席が政敵を失脚させるために腐敗摘発を利用しているとの批判があり、公平性については疑問が拭えない。

 大物幹部から末端組織まで、これほどの摘発が行われたということは、中国で腐敗が蔓延していたということだ。それは腐敗が特別の行為ではなかったことを意味し、摘発の公平性について疑問が出ているのは、摘発される腐敗と摘発されない腐敗が存在するからだろう。

 摘発されない腐敗とは、例えば、習近平氏の周辺だ。パナマ文書には習近平氏の親族に関する記載があるとされ、以前にも、習近平氏の親族が3億7600万ドルの資産を保有していると米メディアが報じた。また、摘発の指揮をとっていた王岐山氏の家族や親族が米国に財産を移しているとの疑惑も出ている。

 腐敗の摘発が公平に行われるとすれば、いつか習近平氏らの周辺にも摘発の矛先が向けられる可能性がある。それを避けたいと習近平氏が考えたなら、どうするか。中国では法も共産党の指導下にあるので、共産党のトップに座り続け、腐敗の摘発を指示する側に居続けることが最も確実な方法だろう。

 憲法にある国家主席の任期制限を削除することで、習近平氏の3期目以降の続投が正当化される(総書記の任期については共産党の規約に明文規定がない)。権力欲があったのかもしれないが現実として、腐敗を摘発する側に居続けることが習近平氏にとって必要だった。それに、大量の摘発で失脚し、蓄積した財産を失った多くの人々の恨みの的にもなっているだろうから、最高権力者であり続けることが最高の身の安全保障になる。