2025年9月27日土曜日

解党的出直し

 自民党は今年の参院選で39議席を獲得したが、連立を組む公明党の8議席と合わせても計47議席で、非改選の75議席と合わせて122議席となり過半数(125)割れとなった。自民党は総括文書で主な敗因を▽内閣支持率の低迷▽縮んだ自民党支持層を固めきれなかった▽無党派層への訴求力不足▽若年層・現役世代と一部保守層の流出などとし、「解党的出直しに取り組む」とした。

 自民党は2024年の衆院選でも56議席減の191議席で、公明党の24議席と合わせて215議席となり、過半数(233)を割っていた。派閥の裏金問題で毅然とした対応を示すことができなかった自民党に対する強い不信感の現れとの見方が多く、ほかに▽組織力の低下▽保守色の強い人たちの離脱▽石破総理に対する不支持-なども指摘された。

 自民党が退潮傾向にあることが最近の国政選挙で示されたのだが、具体的な「解党的出直し」の動きはまだ見えない。従来の支持者の高齢化と若者の参加が少ないことで地方組織が弱体化しているのは既成各党に共通するだろうが、自民党の場合、各地で自民党候補の選挙を熱心に手伝っていた旧統一教会の信者が離れ、その影響が無視できないとの真偽定かならぬ説もある。

 自民党の総裁選が行われている。どのような「解党的出直し」を行うのかを候補者たちが語る機会だが、候補者たちは政策を闘わせている。自民党の新しい総裁が次の首相に選ばれる可能性は高く、各自が政策を語って独自性を示すのは当然のように見えるが、場違いな主張だ。総裁選で候補者が真っ先に語るべきは、党をどう改革するかだ。党を改革しなければならないと本気で考えているなら総裁選は絶好の機会だったが、候補者たちは自民党の「解党的出直し」に関心が乏しく、政策を語る。

 報道によると、公開討論会で候補者たちは物価高対策をはじめとする経済政策や成長戦略、社会保障制度改革、外交・安全保障政策などを巡り幅広く論戦を交わしたという。具体的には、「頑張れば報われるという実感を持ってもらう」とか「国民の求める結果を出す」「暗い状況を一致団結して乗り越えていく」「将来の財源を生む投資を重視する」「日韓関係を深化させていく」「戦略的な危機管理投資で経済成長」「物価高対策としてガソリンの暫定税率を廃止」などだ。

 自民党は参院選の公約として、強い経済・豊かな暮らし・揺るぎない日本の3ビジョンを掲げ、5アクションを①強い経済・伸びる賃金、②安全が安心を生む暮らし・「ひと」が中心の社会、③地方を元気に・日本を元気に、④国を守り・世界で輝く、⑤憲法改正と不断の改革で・国のかたちを国民の手で-とした。どれも抽象的かつキャッチコピーの類だ。党としての具体的な政策を明確にせず、政策の優先順位も示していないので、総裁選の候補者はそれぞれ独自の政策を主張できるのだ。

 候補者が「解党的出直し」の道筋を示さないのは、次の首相を争っているとの意識しか持たないからだろう。また、「解党的出直し」などは本気で考えておらず、今は自民党に対する向かい風が強いが、そのうち風向きが変われば自民党はまた選挙で勝つなどと考えているのかもしれない。そうなるかもしれないし、そうはならず、自民党の退潮傾向は構造的なもので、長期政権の「終わりの始まり」かもしれない。いずれにしても、危機感が薄いトップが率いる組織が変化に弱かった例は珍しくない。

2025年9月24日水曜日

表現者と匿名

 英ロンドンの王立裁判所の建物の壁にバンクシーによる新しい壁画が描かれていた。壁画には、判事が、地面に横たわる抗議者を小槌で殴打し、抗議者が持つプラカードに血が飛び散る様子が描かれていたとBBC。数日前にロンドンで、親パレスチナ団体に対する活動禁止命令への抗議デモが行われ、約900人が逮捕されていたことと関係があるようだ。

 バンクシーの作品は高値で取引されたことがあり、今回の壁画も高額になると見られたが、裁判所の建物が歴史的建造物に指定されていることを理由に当局は壁画を消した(作業員が約2日かけてこすり落としたという)。この作品を壁ごと切り取って売却すれば高額の臨時収入になり、壁の修復代金など余裕でまかなえたであろうが、当局は壁画を抹殺することを選んだ。

 バンクシーが匿名であり続けるのは、街中の建造物に無断で壁画を描くストリートアートを主な表現の場にしているからだ。ゲリラ的に描いた壁画が高く評価されたとしても、匿名では本人が売却代金を得ることは困難だろうが、以前には代理人がいて、現在はネットで版画作品などを販売しているというから活動資金には困ってはいないようだ。

 バンクシーの正体を知っている人は結構いるそうだが、社会批判や風刺が多い壁画で話題になったこともあり、個人名を知られるとバンクシーの主張に対する批判が個人攻撃として現れることは間違いなく、匿名のままで活動することが無難か。覆面アーティストとして世界的な知名度を得ている現在、匿名でいることを止めるメリットも乏しそうだ。

 表現者は創作意欲に駆り立てられて次々と作品を仕上げていくと一般に思われているようだが、作品は評価されず売れないのでは生活の維持に支障をきたす。貧しい暮らしの中で創作を続けても、例えば、死後に高く評価されるようになることはまず起こらない。匿名のバンクシーは名声を得ているのだから、創作意欲に衰えは見られないか。

 バンクシーは個人だと見られているが、匿名なのだから複数人がバンクシーの名のもとに活動することも可能だ。匿名は正体を隠す目的だろうが、運動体であることを隠すには匿名で個人であるように装うことが有効だ。運動体であるなら、外国人や難民・移民の表現者をメンバーとして活動することが可能になる。バンクシーの壁画は型紙を作って、建物にスプレーなどで吹き付けて描くのだろうから、個性は共有できよう。

 街中の建造物に無断で壁画や文字などを描くストリートアートは建物の所有者にとっては迷惑だろう。大半の「作品」には何の価値もなく、消す手間がかかるだけだ。だが、画壇にも画商にも認められない表現者には、バンクシーのようにストリートアートを表現の場にすることも選択肢だ。もちろん、バンクシーのように評価されて名声を得ることは困難だろうが。

2025年9月20日土曜日

挑発されても

  ポーランド軍は9月10日、ロシアの19機のドローンが領空を侵犯し、3機を撃墜したと発表した。大半はベラルーシ側から侵入し、国境から約400km離れた地点にも到達していたという。NATOの領空内でロシアのドローンが撃墜されるのは初めてで、ポーランドの首相は「大規模な挑発行為だ」とロシアを非難した。13日にはルーマニアの領空をロシアのドローンが侵犯した。

 ポーランドの要請を受けてNATO加盟国は緊急協議を開催したほか、仏マクロン大統領は「ロシアを最も強い言葉で非難する」とし、「無謀なエスカレーション」をやめるよう求め、米NATO大使は「NATOの領土を1インチたりとも譲らず守り抜く」、

国連のグテーレス事務総長は「拡大する現実的なリスクを浮き彫りにした」と強い懸念を示した。

 ロシア国防省は「ポーランド領内を目標とする計画はなかった」とし、ウクライナへの大規模攻撃を実施した際に起きた可能性があると主張したそうだ。ロシアはウクライナに大規模なドローン攻撃を続けているが、その一部が誤ってポーランド領空に入ってしまったという説明だが、コントロールのミスか、機体に問題があったのかなど詳細な説明はない。

 NATOの反応を見るためのポーランド領空侵犯だったとしてもロシアが認めるはずがなく、単純なミスによるものだとの主張を続けるだろう。しかし、ポーランドをはじめNATO側はロシアの「真意」を疑う。ロシアに対する不信感が積み上がった現在、ロシアの主張を疑ってかかるのは当然で、軍事が絡むと最悪の事態を想定して対応策を考えるのは当然だ。

 ドローンのポーランド領空侵犯は、NATOの対応を見るためだったのか、ミスだったのか、挑発だったのか。いずれにしても、NATOの緊張をロシアは注視し、ドローンの侵入に対してNATO諸国がどのように反応・対応したのかを見定めていただろう。意図的な領空侵犯ではなかったとしても、ロシアは今回、NATO側の防空体制に関する貴重なデータを収集することができた。

 ポーランドは襲来するロシアのドローンの半分も撃ち落とすことができなかった。もしドローンが爆弾を抱えていたならばポーランドは相応の被害をこうむっていたに違いない。ロシアにはウクライナ以外に戦線を広げる余裕はないと見られるが、ポーランドの領空侵犯に対する反応でNATOは、防空体制が「甘い」とロシアに隙を見せてしまったことは確かだ。

 米国抜きでウクライナを支えることができないNATOには、挑発されたとしても、ロシアと交戦する余力はない。ロシアの侵攻をウクライナ国内にとどめ、ロシアの勝利を妨げることが現在のNATOにできることだ。ロシアはNATOの足元の危うさを見越し、今後もNATOの揺さぶりを続けるだろう。

2025年9月17日水曜日

停戦交渉の価値

 イスラエル軍は9月9日、カタールの首都ドーハを空爆した。滞在していたハマス指導部を狙ったもので、「カタールはテロリストに安全な隠れ家をあたえ、資金を提供してきた」とネタニヤフ首相は主張し、交戦国ではないカタールに対する空爆を正当化した。カタールの首相は「国家テロとしか解釈できない」と強く批判した。

 カタールにはハマスの政治部門が拠点を置いており、カタールはイスラエルとハマスの停戦交渉を仲介してきたのだが、交渉団のトップも狙われた空爆でハマスは態度を硬化させるだろうし、カタールも停戦交渉の仲介を停止するだろう。そうなることを承知でイスラエルが空爆を行ったのは、停戦交渉を見限ったからだ。

 イスラエルはガザを徹底的に破壊し、人々への食糧支援を妨害して大規模な飢餓状況を生じさせたと国際的に批判されているが、意に介さない。軍事組織としてのハマスをほぼ壊滅させたので、停戦交渉に応じて相手の要求を考慮する必要性は乏しく、停戦交渉を軽視していただろう。圧倒的に有利な状況なのだからハマスに対して微塵も譲歩するつもりがないとすれば、停戦交渉が進展しないのは想定通りだったか。

 戦況が膠着状態になって交戦国の継戦能力に影響が出始めたなら、停戦交渉の出番となる。だが、一方が圧倒的に有利な戦況での停戦交渉は五分五分の交渉ではなく、立場に差が出る。ハマスは停戦交渉を長引かせて時間稼ぎをしたかったのだろうが、イスラエルはハマスを軍事力で壊滅させるのは「今しかない」と見て、軍事力で決着をつけると決めた気配だ。圧倒的に「勝っている戦争」なら、停戦交渉の価値は低い。

 イスラエルのカタール空爆は国際法違反であり、主権国家に対する攻撃に反撃する権利がカタールにある。だが、中東において圧倒的な軍事力と情報網を有するイスラエルと交戦する選択肢はカタールにはない。米国もイスラエルの行動を抑制することができず、国連もイスラエルに対して無力な現在、イスラエルは軍事力で一気に支配地を拡大するとともに、周辺諸国の制空権も確保したので、いつでもどこでも空爆できよう。

 イスラエルは周辺諸国で敵対勢力の幹部を狙った暗殺も繰り返している。ハマス幹部を狙ったカタールでの攻撃は許されるとイスラエルは主張するが、それを認めると、どこの国でもハマス幹部が滞在しているならイスラエルは攻撃できることになる。例えば、日本に滞在しているハマス幹部も標的にできるという主張になり、空爆は困難だろうが、暗殺なら許されるとするだろう。

 サウジアラビアもエジプトもイスラエルの軍事行動を黙認し、イランもイスラエルの空爆に抗することができない状況で、イスラエルは中東において軍事的な覇者となった。ハマスもヒズボラも弱体化したが、イスラエルに殺された人々を記憶する各地の人々の恨みは残る。イスラエルの軍事力による中東支配が始まったが、次の世代の人々によるイスラエルに対する新たな抵抗活動のタネがまかれたのかもしれない。

2025年9月13日土曜日

ケサランパサラン

 ふわふわと風に乗って空中を漂う白い綿毛のようなものがケサランパサランだ。これは「つる性植物の種子。直径3~5cmほどの種髪(綿毛)をもつ植物は、園地内ではシタキソウ、テイカカズラ、サカキカズラ」「果実に付く綿毛を冠毛(かんもう)、種子に付く綿毛を種髪(しゅはつ)と言う。タンポポの果実(痩果)に付く綿毛は冠毛、サカキカズラの種子に付く綿毛は種髪」(吉野熊野国立公園・宇久井ビジターセンターHP)。

 ガガイモの種子だという説もある。風に乗せて種子を遠くに運ばせるために綿毛をつけた種子を放出する植物はいろいろありそうだ。他にも動物の毛玉だという説もあるそうで、過去には、正体不明の生物だとか、さらには妖怪だと取り沙汰されていたこともあったという。確かに、空中を漂う風情は雪虫にも似て、何かの生物かと早合点する人がいたとしても不思議ではない。

 正体不明だった頃には「捕まえると幸せになる」とか「持っていると病気にかからない」などとされて家宝として大切に扱われたという。また、「桐の箱で飼うと、おしろいを食べて増える」などと信じられ、「年に一度だけしか見てはならない」など禁忌が付随していたことも幸運をもたらすとの言い伝えを信じさせることに効果があっただろう。

 都内に住む友人は昨年、旅行先で初めてケサランパサランを見た。捕まえようと腕を伸ばすと、その勢いが風となってケサランパサランはふわっと逃げる。何度か繰り返してケサランパサランをやっと捕まえたそうだ。「大事に持ち帰って、大切にしているか?」と聞くと、「娘が気味悪がっていたので、捨ててきた」と友人。

 ケサランパサランにまつわる言い伝えを話し、「残念だったな。持ち帰って家宝として祀っていれば、幸運をもたらしてくれたかもしれないのに」と言うと、友人は「幸運グッズだったのか。娘はパワースポット巡りが好きで、俺もたまに付き合わされる。ケサランパサランが幸運グッズだと知れば、欲しがるかも知れないな」と笑った。

 空中を漂うケサランパサランを思い出して友人は「人生を感じた」。どういう意味かと問うと、「右に流され左に流され、上がったり下がったり、風まかせだ。これまで自分の意思で方向を決めて生きてきたように思っているが、その時々の社会のいろいろな風というか力を受けて漂っていただけかも知れない」。「初めて聞く人生哲学だ」と言うと、「大きな流れの中で生きることしか人間にはできないのかもな」と友人。

 「自由意思の否定か?」と聞くと、友人は「違う。誰もが自分の意思で人生を切り開いているんだ」、続けて「だが、個人はミクロな人生を生きるだけで、世の中というか世界の状況の影響を受ける。自分を取り巻く状況を無視して生きることはできまいから、マクロで見ればケサランパサランのように漂っているだけかも知れない」。ケサランパサランから人生論を引き出した友人は、今度捕まえたなら「大事に持ち帰る」と言い、娘が幸運グッズと知れば「横取りされるだろうな」と付け加えた。

2025年9月10日水曜日

縮む公共事業

 国や地方自治体などが税金を投入して行う公共事業は、収益を上げることが目的ではなく国民生活の向上が目的だ。収益が見込めず民間に任せていたなら供給されないだろう財やサービスを供給することが公共事業の責務だ。全国各地の道路や橋梁、港湾、空港、上下水道、ダム、防災施設、公園、学校、病院、図書館などの整備・維持や、ごみ収集、環境保護などの事業が公共事業として行われる。

 かつて鉄道輸送も、全国の人々の移動の利便性を確保するため公共事業として行われていたが、累積債務が膨れ上がったことから民営化され、公共事業ではなくなった。公共事業ではなくなったので採算性に乏しい路線は次々と廃止された。同様に民間事業者が運行する路線バスも採算性や運転手の確保難などで各地で次々と廃止され、地方自治体がコミュニティーバスで路線を引き継いだりする。

 学校や病院など民間事業者が参入している分野があるが、収益性重視の経営が行われ、収益が見込めなくなると料金を値上げしたり、撤退する。赤字でも財やサービスを供給しなければならないのが公共事業で、赤字でも社会として「やらなければならない」ことが公共事業として行われる。一方、公共事業は政治の強い影響を受けるため、車がほとんど通らない道路が整備されるなど無駄な事業も行われる。

 公共事業は営利事業ではない。だが、市場経済の論理が持ち込まれ、税金に支えられた運営が赤字垂れ流しだと批判されることがある。公共事業は収益を求めるものではなく、社会に必要だから国や地方自治体が行うものであり、例えば、ごみ収集を有料化して経費を賄っても利益が出たとすれば、料金の引き下げ要求が住民から出るだろう。

 公共事業は国や地方自治体が行う経済活動で、民間が行う経済活動とは異なる原理で動いている。だから、民間の感覚で収益性を持ち出すと、大半の公共事業は批判の対象になる。そして、民間企業に経営を委託すると、例えば、図書館では「客」集めが重視され、様々な図書や新聞・雑誌にアクセスする場であることが次第に軽視されていく一方、経費削減が進められ、収益をもたらさない利用者は軽視されたりする。

 人口減少が続く時代を迎えて公共事業は見直しを迫られている。補修や再建が必要な構造物が増え、利用者が減った公共施設の維持などが負担となり、必要な経費は増えるが税収は逆に減る。人口減少は早くから指摘されていたが政治の動きは鈍く、経済停滞を長引かせた政府の経済政策もあって、「縮む日本」が現実化した。

 公共事業を支えていた税収が減るのだから、公共事業も規模を縮小させるしかない。公共事業として供給されるサービスには民間事業者に委託しても継続できるものがあり、民間に委託する事例が増える可能性がある。民間事業者は収益を重視するだろうから、有料化や利用料金の引き上げ、サービス範囲の縮小などが繰り返される可能性があるが、公共事業によるサービスは独占的な事業であることが多く、住民は従うしかない状況になるだろう。

2025年9月6日土曜日

陰謀論と宗教

  陰謀論は、解釈が先にあり、その解釈を補強して正当化する事実だけを散りばめ、推論を発展させて特異な世界観を構築する。その世界観に惹かれた人々が集まってきて、やがてカルト集団を形成したりする。特定の解釈に支えられた世界観から抜け出すには、自分の考えていることは100%正しいわけではないという自覚が必要だ。だが、そうした自覚を持つ人はそもそも陰謀論にはまらないだろう。

 アニメやハリウッド映画などでは、様々の「見えない」敵が登場する。人類を破滅させようとする宇宙人や地球人に化けた宇宙人などのほか、世界支配を企む組織や人々、大金を得るために手段を選ばない組織や人々なども「見えにくい」敵として登場する。この「見えない」「見えにくい」敵が現実世界にも存在すると主張することは陰謀論でもよく行われている。

 自然現象を何らかの意味に解釈したり、ひらめいたことを事実に違いないと思い込むことは誰にでもある。そうした解釈や思い込みが、客観的な事実を認識することや他者からの異論などによって補正されずに蓄積され続け、独自の世界観を構築するようになったら、陰謀論への道が開かれる。独自の世界観にはまると、その世界観に合致する情報に強く反応するようになる。

 陰謀論による世界観を共有する人々は、何らかの妄想を共有している状態だ。妄想にとらわれた人々は、自分が妄想にとらわれていることを認めず、妄想だと指摘されると時には激しく反発する。現実世界を客観的に認識することよりも、側からは妄想と言われる独自の世界観に固執し、そうした世界観が正しいと主張する。

 新興宗教も独自の世界観を主張し、同調する人々を信者とする。新興宗教の多くは社会的に容認された既存の宗教の教義や聖典の部分的ツギハギに教祖の主観をまぶしたものであったりするのだが、信者は気が付かず、新しい何かが与えられたかのように新興宗教にのめり込んだりする。そこには、信じることが自己実現につながるという確信や思い込みが支えとなる。

 世界の三大宗教とされる宗教も独自の世界観を主張する。唯一の神が存在するとか、悟りを開くことで輪廻から脱することができるなどの主張は、その世界観に同調する人々に受け入れられるだけだ。「見えない」神や仏が存在するという主張は、同調する人々によって受け入れられ、勢力を拡大した。だが、信者数が巨大なことと、その教義が真実であるかどうかは関連しない。

 陰謀論も宗教も、独自の世界観を構築する。共通するのは人々の「信じる」という行為に支えられていることだ(三大宗教にはそれぞれ膨大な人々の思索の蓄積があるが)。最初に何らかの教義や解釈を信じ、それから「考える」ことで、それぞれの世界観を自己のものとしていく。与えられた特定の世界観に人々が同化することで陰謀論も宗教も支えられる。

2025年9月3日水曜日

貢物は新幹線

  植民地支配していたインドで英国は1853年に鉄道を開業、これはアジアで初めてだった(日本の鉄道開業は1872年)。広大な国土面積と世界1の人口を有するインドは全土に鉄道網を張り巡らせ、その総延長は6万2000km以上で、日本の倍以上の規模だ。大量の列車を走らせ、大量の人々の移動を支えているが、列車からの転落など事故も多いという。

 インドには主要都市を専用軌道で結ぶ高速鉄道計画があり、2017年にムンバイとアーメダバードを結ぶ約500kmの高速鉄道の起工式が開催された。日本の新幹線方式で建設され、2023年中に全線開業することになっていたが、用地買収の遅れや細々とした設計変更(インド側からの要望が相次ぐ)などで開業は遅れている。

 ムンバイとアーメダバード間の高速鉄道建設に日本政府は大盤振る舞いした。総事業費は約9800億ルピー(約1.8兆円)とされ、そのうち8割は円借款で賄われる(金利は年0.1%、償還期間は50年・15年の据置期間を含む、調達条件はタイド)。だが、総事業費は計画を上回ることが確実視され、インドは将来的に車両を日本からの輸入から国内生産に切り替えることを想定していると見られている。

 新幹線の輸出が日本で政治的な課題とされたため、新幹線の建設費用を日本側で用意し、技術協力も運転手養成なども官民あげて協力する態勢が取られた。経済案件ならばインドの高速鉄道建設に協力することで日本が得ることのできる利益はどれほどか厳しく検討されただろうが、政治案件となったので、日本が建設費用の大半を用意して、新幹線輸出の実績を実現することが目的となった。

 償還期間は50年だが、数十年後にはインドがGDP規模で日本を抜いている可能性があり、この高速建設に関わる円借款はインドにとって非常に軽い負担だろう。何やら、日本からインドへの貢物のようにも見えるが、交渉上手のインドだから、日本に感謝することよりインド側の勝利であると自負するだろう。また、50年後には技術力などでもインドに逆転され、日本がインドから最新の高速鉄道の車両を輸入する状況になっている可能性もある(先進国から入手した最新技術を我が物にし、自力開発を発展させた中国にインドも続くだろう)。

 来日したインドのモディ首相に日本側は、JR東日本が開発中の次世代新幹線車両「E10系」導入を提案した。当初は「E5系」の採用が想定されていたが、開業の遅れでE10系が候補に浮上した。E10系は最高営業運転速度320km/hを目指して開発されている車両だ。E10系のノーズは長いが、これはトンネル突入時の圧力波を抑え、騒音を軽減するためだ。人口が多いインドで使うなら、ノーズを短くして乗車定員を少しでも増やすほうが適切だろうが、ムンバイ近くの河口にインド初の海底トンネルが設定されている。長さ21kmというからE10系が適している。

 世界1の人口だけでなく経済力や国際的影響力をさらに高めるだろうインドとの関係を良好に保つことは重要だが、政治案件としての側面が目立つ新幹線の輸出に過大な期待をかけるべきではないだろう。交渉上手で独自の外交を展開するインドと、「貢物」抜きで交渉し、信頼し合う外交関係の構築ができているのか試されている。