中国は、ネットを介した厳しい監視国家になったという。少数民族が住む地域が以前から徹底した監視下に置かれていることは報じられていたが、そうした監視技術が、より高度化されて全土で使用され、厖大な個人情報が蓄積され続けているそうだ。
例えば、大量の監視カメラが人々の行動データを収集し、スマホやパソコンでインターネットを使用すると、書き込みはもちろん、あらゆる取引履歴も把握される。収集された膨大な個人情報はAIで識別する精度を上げるために使われるだろうから、国家による個人の監視は強化されるばかりだ。
さらに、中国政府は個人の社会信用度をランク化する制度を導入、政府が決めた基準によって個人の行動に点数をつけ、個人点数が一定水準以下に下がった人は、鉄道や飛行機のチケット購入が禁止されたり、買い物や旅行、就職先の制限などを課せられるという。親の社会信用度が低ければ子供の進学先も限られるとか。
倫理や道徳も国家権力が独占し、国家の決めた規範に従って人々は生きていかなければならないという中国。個人の信用度を国家がランク付けすることができるのは、国家が個人を監視し、その行動や言動などのデータを細かく収集できるようになったからだ。
倫理や道徳を国家権力が独占するとは、自由や民主主義、人権尊重などを求める個人を、例えば、軽微な交通違反や軽犯罪などを口実に社会から排除することを正当化する。そうしたことは既に行われていたが、容赦のない監視社会になるにつれて、システム化されて迅速に排除が行われることになろう。
中国が「先進的」なキャッシュレス社会に急速に移行していると賞賛する報道が日本で増え、キャッシュレス化を日本でも進めるための雰囲気づくりが進んでいる。だが、中国でのキャッシュレス取引データは国家が全て把握しているだろうから、特定の個人をキャッシュレス取引から排除することも可能だろう。
中国製のスマホや通信機材、監視カメラなどは日本をはじめ世界で販売されているが、データが密かに中国に送信されているとの疑念がつきまとっている。日本に住んでいるから中国政府が自分の個人情報を収集しても気にしないという考えもあろうが、外国の航空会社にも政治規範を強制するなど中国政府は国境の外をも管理する。外国に住む人の個人情報を収集した中国政府は、それを「有効」に活用するだろう。
2018年7月28日土曜日
2018年7月25日水曜日
カジノには賭け麻雀
民間事業者が運営するカジノが、観光振興や地域経済活性化などの公共性があるとして合法化された。カジノだけを設置することはできず、ホテルや国際会議場、商業施設なども整備しなければならないから、街中のパチンコ店のようにカジノだけが増えるわけではないようだ。都会での闇カジノの市場は守られた?
カジノを含む統合型リゾート(IR)が開業するのは数年後とみられている。当初の設置区域は日本全国で3カ所に制限され、割高な入場料と回数限定で日本人の入場には制約を課す。これは、カジノでギャンブル依存症になる人が増えることを防ぐためという。
ギャンブル依存症は日本では珍しくはない精神疾患で、パチンコ、競馬、競艇などギャンブルにのめり込み、自制が効かなくなった状態のこと。小遣いの範囲でギャンブルを楽しむ段階から、サラ金などから借金をしてギャンブルを続けるようになったらギャンブル依存症だ。
カジノ合法化をめぐる審議でギャンブル依存症が取り上げられ、対策を強化することが付帯決議に盛り込まれたが、実際に有効な対策がどれほど為されるのかは不明だ。実態を把握するための全国調査を実施して基礎データを収集すべきだが、公営ギャンブルに影響が及びそうなことを官僚は行わないだろう。
競馬は農水省、競輪とオートレースは経産省、競艇は国交省(カジノも)、宝くじは総務省、サッカーくじは文科省と「利権」が分散され、民間のパチンコ業界は警察の「利権」とされる。日本におけるギャンブル依存症の実態調査を行うと、どこかの「利権」に影響が出る可能性があるとすれば、そんな実態調査は行われまい。
ところで、カジノは合法化されたが、どのようなゲームが実施されるのかは明らかではない。カジノだからルーレットやブラックジャック、バカラなどのほかスロットマシン等が中心になるのだろうが、スタッフを揃えなければならないので、具体的なことが決まるのは先のことだろう。
日本人を呼び込むためには日本の伝統的なギャンブル(手本引き、丁半、バッタまき、チンチロリンなど)を採用すべきだろう。付帯決議にも「我が国の伝統・文化・芸術を活かした日本らしい国際競争力の高い魅力ある観光資源を整備する観点」に留意することが明記されている。
日本人の入場は制限し、あくまで外国人観光客が狙いだというなら、その中心になると目されている中国人観光客にアピールするゲームを採用すべきだろう。それは麻雀。中国人に馴染みが深いゲームだから、高額なレートを容認するなら、一攫千金や中国人の間のマネロンなど様々な目的の中国人観光客が集まってくるかも。
カジノを含む統合型リゾート(IR)が開業するのは数年後とみられている。当初の設置区域は日本全国で3カ所に制限され、割高な入場料と回数限定で日本人の入場には制約を課す。これは、カジノでギャンブル依存症になる人が増えることを防ぐためという。
ギャンブル依存症は日本では珍しくはない精神疾患で、パチンコ、競馬、競艇などギャンブルにのめり込み、自制が効かなくなった状態のこと。小遣いの範囲でギャンブルを楽しむ段階から、サラ金などから借金をしてギャンブルを続けるようになったらギャンブル依存症だ。
カジノ合法化をめぐる審議でギャンブル依存症が取り上げられ、対策を強化することが付帯決議に盛り込まれたが、実際に有効な対策がどれほど為されるのかは不明だ。実態を把握するための全国調査を実施して基礎データを収集すべきだが、公営ギャンブルに影響が及びそうなことを官僚は行わないだろう。
競馬は農水省、競輪とオートレースは経産省、競艇は国交省(カジノも)、宝くじは総務省、サッカーくじは文科省と「利権」が分散され、民間のパチンコ業界は警察の「利権」とされる。日本におけるギャンブル依存症の実態調査を行うと、どこかの「利権」に影響が出る可能性があるとすれば、そんな実態調査は行われまい。
ところで、カジノは合法化されたが、どのようなゲームが実施されるのかは明らかではない。カジノだからルーレットやブラックジャック、バカラなどのほかスロットマシン等が中心になるのだろうが、スタッフを揃えなければならないので、具体的なことが決まるのは先のことだろう。
日本人を呼び込むためには日本の伝統的なギャンブル(手本引き、丁半、バッタまき、チンチロリンなど)を採用すべきだろう。付帯決議にも「我が国の伝統・文化・芸術を活かした日本らしい国際競争力の高い魅力ある観光資源を整備する観点」に留意することが明記されている。
日本人の入場は制限し、あくまで外国人観光客が狙いだというなら、その中心になると目されている中国人観光客にアピールするゲームを採用すべきだろう。それは麻雀。中国人に馴染みが深いゲームだから、高額なレートを容認するなら、一攫千金や中国人の間のマネロンなど様々な目的の中国人観光客が集まってくるかも。
2018年7月21日土曜日
命令口調の天気予報
最近、各地で大雨が増えた印象がある。うっかりと、天候不順だから大雨が増えていると思いがちだが、①実際に大雨の回数が増えている、②大雨についての情報提供量が増えた、③大雨に対する注意や警戒を発する基準が引き下げられた、の可能性がある。大雨の回数がさほど変わっていなくても、②③により、大雨が増えたとの印象を持つだろう。
命令口調になったことも天気予報の印象を強めている。大雨予想などで警報が出され、「ン十年に一度の災害が起きる」と強い言い方をされると、誰だって気になる。天気予報に命令される覚えはないのだが、「備えてください」と言われると、反論したり抵抗することなく、素直に受け取ってしまう。
気象災害などで避難が遅れて被害が生じる事例を減らそうと、早めの避難など対策を促すため天気予報が命令口調になったのだろうが、脅しているような気配は拭えない。各地の大雨では浸水被害などが実際に生じているので命令口調の天気予報に対する反発は見えないが、命令口調の天気予報が空振りすると、途端に反発が批判となって現れるかもしれない。正確な予報が命令口調には必須であろう。
気象庁は「大雨警報(浸水害)の危険度分布」と「洪水警報の危険度分布」を開始した。土砂災害についての土壌雨量指数、洪水害についての流域雨量指数に加えて新たに、浸水害について表面雨量指数を開発し、危険度が著しく高まっている地域をより明確にして大雨特別警報を発表するようになった。表面雨量指数とは、降った雨が地中に浸み込まずに地表面に溜まっている状態を指数化したものという。
気象庁の「地域における気象防災業務のあり方検討会」報告書では、「近年、大雨等による災害が相次いで発生」し、「各地で地震・火山噴火による災害も発生」しているため、「自治体や住民等における防災気象情報等の理解・活用を支援・促進するなどの取組が一層重要」になり、「大災害は必ず発生するとの意識を社会全体で共有」し、「防災意識社会への転換に貢献」していくそうだ。
人々の防災意識を高めることが、いつの間にか気象庁の役割になったようで、天気予報に命令口調や強い警告が混じり、人々に直に指示している印象だ。大雨予報が外れて被害が出なくても、それは幸いだったと厳しく責任を問われることはないだろうから、「命令」するが責任は問われないというポジションを気象庁は獲得したか。財務省だって気象庁ほどには、人々に向かって指示したりはできない。
日本では台風や梅雨前線、発達した低気圧などによる大雨は全国各地で繰り返されてきた。大雨は珍しくないのだが、1時間に50㎜以上の雨が降る頻度が1970~80年代に比べ3割程度増加していると気象庁は説明している。だから気象庁は防災に力を入れるようになったのだろうが、非常時だとの演出を利用して気象庁が権力を拡大したようにも見える。
命令口調になったことも天気予報の印象を強めている。大雨予想などで警報が出され、「ン十年に一度の災害が起きる」と強い言い方をされると、誰だって気になる。天気予報に命令される覚えはないのだが、「備えてください」と言われると、反論したり抵抗することなく、素直に受け取ってしまう。
気象災害などで避難が遅れて被害が生じる事例を減らそうと、早めの避難など対策を促すため天気予報が命令口調になったのだろうが、脅しているような気配は拭えない。各地の大雨では浸水被害などが実際に生じているので命令口調の天気予報に対する反発は見えないが、命令口調の天気予報が空振りすると、途端に反発が批判となって現れるかもしれない。正確な予報が命令口調には必須であろう。
気象庁は「大雨警報(浸水害)の危険度分布」と「洪水警報の危険度分布」を開始した。土砂災害についての土壌雨量指数、洪水害についての流域雨量指数に加えて新たに、浸水害について表面雨量指数を開発し、危険度が著しく高まっている地域をより明確にして大雨特別警報を発表するようになった。表面雨量指数とは、降った雨が地中に浸み込まずに地表面に溜まっている状態を指数化したものという。
気象庁の「地域における気象防災業務のあり方検討会」報告書では、「近年、大雨等による災害が相次いで発生」し、「各地で地震・火山噴火による災害も発生」しているため、「自治体や住民等における防災気象情報等の理解・活用を支援・促進するなどの取組が一層重要」になり、「大災害は必ず発生するとの意識を社会全体で共有」し、「防災意識社会への転換に貢献」していくそうだ。
人々の防災意識を高めることが、いつの間にか気象庁の役割になったようで、天気予報に命令口調や強い警告が混じり、人々に直に指示している印象だ。大雨予報が外れて被害が出なくても、それは幸いだったと厳しく責任を問われることはないだろうから、「命令」するが責任は問われないというポジションを気象庁は獲得したか。財務省だって気象庁ほどには、人々に向かって指示したりはできない。
日本では台風や梅雨前線、発達した低気圧などによる大雨は全国各地で繰り返されてきた。大雨は珍しくないのだが、1時間に50㎜以上の雨が降る頻度が1970~80年代に比べ3割程度増加していると気象庁は説明している。だから気象庁は防災に力を入れるようになったのだろうが、非常時だとの演出を利用して気象庁が権力を拡大したようにも見える。
2018年7月18日水曜日
忘れた頃にやって来る
「天災は忘れた頃にやって来る」という言葉がある。物理学者で随筆家の寺田寅彦が講演などで話していた言葉だという。災害に備えることの必要性を説いた警句として伝わっているが、現代ではメディアが「@@から10年。被災地はいま」などと頻繁に報じるので、数多い天災を忘れることは簡単ではなくなった。
天災とは、地震・洪水・暴風雨・噴火などの自然現象によって起こる災害のことだが、梅雨前線の活発化による集中豪雨や台風による暴風雨は毎年、日本のどこかを襲っているし、マグニチュード(M)7クラスの地震は数年ごとに、M5、M6クラスの地震は日本のどこかで毎年起きている。「天災を忘れて暮らしたい」と思っても、そうはいかない。
天災は甚大な被害をもたらす。人々の嘆き、苦しみ、無念さ、喪失感など被災の記憶は、メディアの発達もあり、被災地から遠い人々にも共有される。そうした被災の記憶は社会で毎年、上書きされ続けるので、現代では「天災は次から次と毎年やって来る」ものになった。
「最悪のことは最悪のタイミングで起きる」という言葉もある。元々はジョークだというが、被災者にとっては、自然災害に巻き込まれた途端に状況は最悪へと一変するだろうから、結果的に「天災は最悪のタイミングで起きる」のかもしれない。
人々の生活を破壊し、多くの命を奪い、社会を混乱させる天災は、平穏な日常に対する危機の最たるものである。危機には、戦乱など人為的にもたらされるものと自然災害がある。自然災害を人間が防ぐことは困難だから、予報の精度を高めることと、起きることを前提に即応体制を構築しておくことが危機管理の重点になる。
しかし、もしものための即応体制の構築には限度がある。天災が発生する日時を特定することが不可能だから、国家予算などでの優先順位は低くなる。また、主要河川全ての堤防の整備には年月がかかるからと、大雨による氾濫を見越して河川の周辺の住宅建設を禁止することは地権者などの同意形成が簡単ではないだろう。
即応体制の整備の遅れには、政治家や官僚の危機意識の希薄さが関係する。例えば、いつか必ず大地震に襲われるといわれる東京。人間や企業、学校などの集中を抑制、分散させつつ、災害発生時にも機能を失わないように都市インフラを整備することが必要だが、最優先で行われているようには見えない。「天災は忘れた頃にやって来る」というのは政治家や官僚に向けた警句だと解釈すると、現代に生きている言葉だ。
天災とは、地震・洪水・暴風雨・噴火などの自然現象によって起こる災害のことだが、梅雨前線の活発化による集中豪雨や台風による暴風雨は毎年、日本のどこかを襲っているし、マグニチュード(M)7クラスの地震は数年ごとに、M5、M6クラスの地震は日本のどこかで毎年起きている。「天災を忘れて暮らしたい」と思っても、そうはいかない。
天災は甚大な被害をもたらす。人々の嘆き、苦しみ、無念さ、喪失感など被災の記憶は、メディアの発達もあり、被災地から遠い人々にも共有される。そうした被災の記憶は社会で毎年、上書きされ続けるので、現代では「天災は次から次と毎年やって来る」ものになった。
「最悪のことは最悪のタイミングで起きる」という言葉もある。元々はジョークだというが、被災者にとっては、自然災害に巻き込まれた途端に状況は最悪へと一変するだろうから、結果的に「天災は最悪のタイミングで起きる」のかもしれない。
人々の生活を破壊し、多くの命を奪い、社会を混乱させる天災は、平穏な日常に対する危機の最たるものである。危機には、戦乱など人為的にもたらされるものと自然災害がある。自然災害を人間が防ぐことは困難だから、予報の精度を高めることと、起きることを前提に即応体制を構築しておくことが危機管理の重点になる。
しかし、もしものための即応体制の構築には限度がある。天災が発生する日時を特定することが不可能だから、国家予算などでの優先順位は低くなる。また、主要河川全ての堤防の整備には年月がかかるからと、大雨による氾濫を見越して河川の周辺の住宅建設を禁止することは地権者などの同意形成が簡単ではないだろう。
即応体制の整備の遅れには、政治家や官僚の危機意識の希薄さが関係する。例えば、いつか必ず大地震に襲われるといわれる東京。人間や企業、学校などの集中を抑制、分散させつつ、災害発生時にも機能を失わないように都市インフラを整備することが必要だが、最優先で行われているようには見えない。「天災は忘れた頃にやって来る」というのは政治家や官僚に向けた警句だと解釈すると、現代に生きている言葉だ。
2018年7月14日土曜日
日本の核武装
日本が核兵器を持つことで、防衛力は高まるのだろうか。すでに中国、ロシア、米国は日本全土を攻撃できる核攻撃能力を有しているだろうから、これから日本が少数の核兵器を持ったところで、核攻撃能力の不均衡状態は変わるまい。国土面積が広い中国、ロシア、米国と日本の相互抑止(相互確証破壊)が新たに構築されるかどうかは不明だ。
核開発を進める北朝鮮に対して、日本が核兵器を持つことで防衛力(反撃力)が高まるかは定かではない。すでに北朝鮮が多数配備する通常弾頭の中距離ミサイルの射程にある日本が、飛んでくるミサイルを全部、撃ち落とすことは不可能だろうし、ミサイルを撃ち込まれて日本で多大な被害が生じてから核兵器で反撃したところで、誰も賞賛しないだろう。
しかし、日本が核兵器を使って先制攻撃することはできまい。核兵器が大量虐殺をもたらす悲惨な非人道的な兵器であることは、核兵器による攻撃を受けた唯一の国である日本は熟知しており、日本が先に核兵器を使用することを政府が決断するには相当の困難が伴うだろう。
さらに、日本が保有する核兵器で反撃攻撃される可能性が高い場合、日本に対する外国からの先制攻撃は、日本の報復能力をできる限り破壊するという容赦ないものになるだろう。先制攻撃を察知してすぐに相手国に報復攻撃したとしても、放たれたミサイルを止めることはできまいから、相互に破壊し合うだけとなる。
日本が核兵器を持っても先制攻撃に使うことが困難だとすれば、核兵器を保有する目的は、①報復攻撃能力を高める、②外交における交渉力を高める、が考えられる。しかし、多額のコストを要して核兵器を持たなくても通常兵器の強化によって報復反撃能力を高めることは可能だろうし、核兵器が外交交渉力を高める保証はない。
核兵器を持った国の外交交渉能力が高まるなら、北朝鮮の現在のような国際的な孤立はないだろう。つまり、核兵器保有による軍事的な恫喝が外交において交渉力を高めるとは言えない。外交において非妥協的であることを貫くためには効果があるかもしれないが、それは同時に国際的な信頼を失うことでもある。
日本が核兵器を持ったなら、現在の北朝鮮と同様に経済制裁の対象になる可能性がある。原発のウラン燃料や原油などエネルギー源の多くを輸入に頼る日本は、経済制裁には脆弱だ。核兵器を保有することで日本は、ある種のプライドを満足させることができるかもしれないが、現実には失うものが多いだろう。
核開発を進める北朝鮮に対して、日本が核兵器を持つことで防衛力(反撃力)が高まるかは定かではない。すでに北朝鮮が多数配備する通常弾頭の中距離ミサイルの射程にある日本が、飛んでくるミサイルを全部、撃ち落とすことは不可能だろうし、ミサイルを撃ち込まれて日本で多大な被害が生じてから核兵器で反撃したところで、誰も賞賛しないだろう。
しかし、日本が核兵器を使って先制攻撃することはできまい。核兵器が大量虐殺をもたらす悲惨な非人道的な兵器であることは、核兵器による攻撃を受けた唯一の国である日本は熟知しており、日本が先に核兵器を使用することを政府が決断するには相当の困難が伴うだろう。
さらに、日本が保有する核兵器で反撃攻撃される可能性が高い場合、日本に対する外国からの先制攻撃は、日本の報復能力をできる限り破壊するという容赦ないものになるだろう。先制攻撃を察知してすぐに相手国に報復攻撃したとしても、放たれたミサイルを止めることはできまいから、相互に破壊し合うだけとなる。
日本が核兵器を持っても先制攻撃に使うことが困難だとすれば、核兵器を保有する目的は、①報復攻撃能力を高める、②外交における交渉力を高める、が考えられる。しかし、多額のコストを要して核兵器を持たなくても通常兵器の強化によって報復反撃能力を高めることは可能だろうし、核兵器が外交交渉力を高める保証はない。
核兵器を持った国の外交交渉能力が高まるなら、北朝鮮の現在のような国際的な孤立はないだろう。つまり、核兵器保有による軍事的な恫喝が外交において交渉力を高めるとは言えない。外交において非妥協的であることを貫くためには効果があるかもしれないが、それは同時に国際的な信頼を失うことでもある。
日本が核兵器を持ったなら、現在の北朝鮮と同様に経済制裁の対象になる可能性がある。原発のウラン燃料や原油などエネルギー源の多くを輸入に頼る日本は、経済制裁には脆弱だ。核兵器を保有することで日本は、ある種のプライドを満足させることができるかもしれないが、現実には失うものが多いだろう。
2018年7月11日水曜日
消費税廃止と終末
1990年の総選挙に立候補した真理党(オウム真理教が結成した政党)は、消費税廃止を公約として大きく掲げていた。麻原彰晃が出馬した東京4区に当時住んでいたので、彼らの選挙パフォーマンスを数回見かけたが、オウム真理教について知識がなかったこともあり、その奇妙さだけが印象に残った。
印象に残ったということは、宗教団体としての認知度を高め、関心を集める目的の立候補だったのなら奇妙な選挙パフォーマンスは効果的だった。当選を目指さずに、選挙はPRの場と割り切り、宗教団体の知名度を上げ、信者獲得に利用する戦略はありうる。
しかし、麻原彰晃は自分が当選すると信じ込んでいたという。真理党から25人が立候補したが、麻原彰晃の1783票が最多得票という有様で全員落選した。それを国家権力による妨害と解釈、国家権力に対する敵対意識を強くし、凶暴性を加速させたと報じられている。
当時、真理党の印刷物が郵便ポストに連日入っていて、その一つに漫画仕立てでオウム真理教の教義を解説した冊子があった。大要は「人類の終末が近づいているが、人類を救うには目覚めた者が増えることが必要。オウム真理教に入って修行して目覚めた者が増えることで、人類は救われる」といったものだった。
読み終えて、人類の終末が近づいていると認識しているなら、なぜ選挙でそれを強く主張しないのかという疑問を感じた。人類の終末が近づいているのなら、消費税廃止なんかを訴えたところで意味がないだろう。あの冊子は、宗教団体としてのオウム真理教の主張に疑問を抱かせる効果はあった。
消費税廃止を大きく掲げたのは、主権者の関心が高いテーマだからと集票を狙ったのだろうが、多くの野党も同様の主張をしていた。主張が埋没してしまっては選挙で少数政党、まして初めて選挙に参加した宗教団体の候補者が当選することは難しい。
もし宗教団体としての認知度を高めるために総選挙に参加していたなら、消費税廃止を大きく掲げることよりも、人類の終末が近づいていると終末論で危機感を煽ることを優先しただろう。彼らが政治活動ではなく宗教活動に徹していたなら、麻原彰晃らの末路は違ったものになっていたかもしれない。
印象に残ったということは、宗教団体としての認知度を高め、関心を集める目的の立候補だったのなら奇妙な選挙パフォーマンスは効果的だった。当選を目指さずに、選挙はPRの場と割り切り、宗教団体の知名度を上げ、信者獲得に利用する戦略はありうる。
しかし、麻原彰晃は自分が当選すると信じ込んでいたという。真理党から25人が立候補したが、麻原彰晃の1783票が最多得票という有様で全員落選した。それを国家権力による妨害と解釈、国家権力に対する敵対意識を強くし、凶暴性を加速させたと報じられている。
当時、真理党の印刷物が郵便ポストに連日入っていて、その一つに漫画仕立てでオウム真理教の教義を解説した冊子があった。大要は「人類の終末が近づいているが、人類を救うには目覚めた者が増えることが必要。オウム真理教に入って修行して目覚めた者が増えることで、人類は救われる」といったものだった。
読み終えて、人類の終末が近づいていると認識しているなら、なぜ選挙でそれを強く主張しないのかという疑問を感じた。人類の終末が近づいているのなら、消費税廃止なんかを訴えたところで意味がないだろう。あの冊子は、宗教団体としてのオウム真理教の主張に疑問を抱かせる効果はあった。
消費税廃止を大きく掲げたのは、主権者の関心が高いテーマだからと集票を狙ったのだろうが、多くの野党も同様の主張をしていた。主張が埋没してしまっては選挙で少数政党、まして初めて選挙に参加した宗教団体の候補者が当選することは難しい。
もし宗教団体としての認知度を高めるために総選挙に参加していたなら、消費税廃止を大きく掲げることよりも、人類の終末が近づいていると終末論で危機感を煽ることを優先しただろう。彼らが政治活動ではなく宗教活動に徹していたなら、麻原彰晃らの末路は違ったものになっていたかもしれない。
2018年7月7日土曜日
中国の債務
中国では金融引き締め政策によって企業の資金繰りが悪化し、企業が発行した債券でデフォルトが相次いでいると報じられた。今年上半期(1〜6月)の不履行額は昨年の4割増だという。「シャドーバンキング」の規制が強まる見通しもあって資金調達が簡単ではなくなっているようだ。
だが、市場から退出すべきゾンビ企業を中国でも支えることができなくなったと見るのは早すぎるようで、中央銀行の中国人民銀行は社債市場の下支えを始め、金融緩和に動くとも報じられている。市場経済も政府の管理下にある中国では、景気の足を引っ張る企業倒産が増えることは容認されまい。
購買力平価で見る経済規模では米国を抜いたともされる中国では、地方政府や企業などの債務が巨額に積み上がっていて、中国経済の最大の問題と見られているが、実態は詳らかではない。公的な発表はあるが、それが実態にどれほど近いのか不明だ。
例えば、人民銀の発表では、中国国内の家計・金融企業・非金融企業などを合わせた債務規模は244兆元(約4075兆円。16年12月末)というが、中国国家統計局の統計では、16年のGDPは約75兆元で債務の対GDP比率は約350%とされ、もっと多い。
債務は探せば探すほど出てくる可能性が高いが、荒療治に踏みきる覚悟がなければ発表は適当な数字に止めておくしかあるまい。注意すべきは、当局が実態を把握しているのか把握しきれていないのかは、発表された数字から判断することができないことだ。
中国では不動産バブルが起きているともいわれ、過剰な投機を抑制するために当局は金融引き締めに動くが、それは、野放図に債務を膨張させた企業の資金繰りを直撃する。不動産バブルを抑制しつつ、債務の返済に支障が出ている企業を救うために資金の流れを緩めるという矛盾した対策が続く。
資金が流入している間はバブルは続くが、バブルが続くと企業などの債務は更に増え、ゾンビ企業が増えていく。減速しつつも成長は続くと見られている中国経済だが、永遠に成長を続けることはできまい。バブルが崩壊し、債務膨張の清算を迫られる日を永遠に先送りすることもできまい。
だが、市場から退出すべきゾンビ企業を中国でも支えることができなくなったと見るのは早すぎるようで、中央銀行の中国人民銀行は社債市場の下支えを始め、金融緩和に動くとも報じられている。市場経済も政府の管理下にある中国では、景気の足を引っ張る企業倒産が増えることは容認されまい。
購買力平価で見る経済規模では米国を抜いたともされる中国では、地方政府や企業などの債務が巨額に積み上がっていて、中国経済の最大の問題と見られているが、実態は詳らかではない。公的な発表はあるが、それが実態にどれほど近いのか不明だ。
例えば、人民銀の発表では、中国国内の家計・金融企業・非金融企業などを合わせた債務規模は244兆元(約4075兆円。16年12月末)というが、中国国家統計局の統計では、16年のGDPは約75兆元で債務の対GDP比率は約350%とされ、もっと多い。
債務は探せば探すほど出てくる可能性が高いが、荒療治に踏みきる覚悟がなければ発表は適当な数字に止めておくしかあるまい。注意すべきは、当局が実態を把握しているのか把握しきれていないのかは、発表された数字から判断することができないことだ。
中国では不動産バブルが起きているともいわれ、過剰な投機を抑制するために当局は金融引き締めに動くが、それは、野放図に債務を膨張させた企業の資金繰りを直撃する。不動産バブルを抑制しつつ、債務の返済に支障が出ている企業を救うために資金の流れを緩めるという矛盾した対策が続く。
資金が流入している間はバブルは続くが、バブルが続くと企業などの債務は更に増え、ゾンビ企業が増えていく。減速しつつも成長は続くと見られている中国経済だが、永遠に成長を続けることはできまい。バブルが崩壊し、債務膨張の清算を迫られる日を永遠に先送りすることもできまい。
2018年7月4日水曜日
難民の大量死と欧州
地中海でリビア北岸から欧州に向かっていた密航船の沈没が相次ぎ、200人以上が溺死したと報じられた。海に落ちて行方不明になった人も多く、今年の地中海での死者と行方不明者の合計は1000人を超えたというから、減少傾向にあるとはいえ欧州を目指す移民・難民が過酷な状況にあることは変わっていない。
リビア内戦に欧米を主とした多国籍軍が軍事介入してカダフィ体制を崩壊させたが、その後は3つの政治勢力が並立し、各地で武装勢力が活動するなど国家としては崩壊したままだ。欧州への渡航斡旋で稼ぐ密航業者が多く存在し、密航希望者はアフリカ諸国やアラブ諸国から次々と集まるのだろうから、リビアから欧州への移民・難民は減りそうにない。
当時のカダフィ政権による反体制派デモ隊への攻撃を人道に対する罪だと批判して欧州は、リビアに対する軍事介入に踏み切った。人道を掲げて行動し、悪名高いカダフィ政権を崩壊させたのだから欧州は満足しただろうが、それが現在の地中海での移民・難民の大量死につながっている。
「人道に対する罪を看過しない欧州」というのが本当なら、地中海での大量死という非人道的な状況に対応する方法は、無制限の受け入れしかない。欧州が崩壊させたリビアで治安が回復する見込みはなく、移民・難民の「供給」圧力は高まったままだ。過酷な状況に置かれた移民・難民を、人道を重視する欧州は放ってはおけないはずだ。
だが、欧州は移民・難民を明確に拒否し始めた。EU加盟国が移民・難民を分担して受け入れると決めたが、拒否する国々が現れ、各国で反移民を掲げる政党が勢力を伸ばし、イタリアの新政権は移民・難民を乗せた船舶の寄港を拒否し始めた(イタリアには過去4年で移民60万人以上が流入)。
EUは首脳会議を開いたものの、移民・難民を積極的に受け入れることはできず、全面的に拒否することもできなかった。合意したのは①EU加盟各国が自主的に新たな移民施設を設置、②北アフリカ諸国への金融支援拡大、③密入国の斡旋を行うギャングを壊滅、④EU域内での移民の移動制限、⑤アフリカ大陸への投資拡大などだ。
欧州以外の他国に対しては人道を振りかざし、軍事介入して政権を倒し、国家を崩壊させることまで行うが、自国に影響が及ぶとなると人道を後回しにする。欧州のいつもの二重基準だと冷ややかに見ていればいいが、そうしている間にも地中海で死んだり、行方不明になる人々がいる。
リビア内戦に欧米を主とした多国籍軍が軍事介入してカダフィ体制を崩壊させたが、その後は3つの政治勢力が並立し、各地で武装勢力が活動するなど国家としては崩壊したままだ。欧州への渡航斡旋で稼ぐ密航業者が多く存在し、密航希望者はアフリカ諸国やアラブ諸国から次々と集まるのだろうから、リビアから欧州への移民・難民は減りそうにない。
当時のカダフィ政権による反体制派デモ隊への攻撃を人道に対する罪だと批判して欧州は、リビアに対する軍事介入に踏み切った。人道を掲げて行動し、悪名高いカダフィ政権を崩壊させたのだから欧州は満足しただろうが、それが現在の地中海での移民・難民の大量死につながっている。
「人道に対する罪を看過しない欧州」というのが本当なら、地中海での大量死という非人道的な状況に対応する方法は、無制限の受け入れしかない。欧州が崩壊させたリビアで治安が回復する見込みはなく、移民・難民の「供給」圧力は高まったままだ。過酷な状況に置かれた移民・難民を、人道を重視する欧州は放ってはおけないはずだ。
だが、欧州は移民・難民を明確に拒否し始めた。EU加盟国が移民・難民を分担して受け入れると決めたが、拒否する国々が現れ、各国で反移民を掲げる政党が勢力を伸ばし、イタリアの新政権は移民・難民を乗せた船舶の寄港を拒否し始めた(イタリアには過去4年で移民60万人以上が流入)。
EUは首脳会議を開いたものの、移民・難民を積極的に受け入れることはできず、全面的に拒否することもできなかった。合意したのは①EU加盟各国が自主的に新たな移民施設を設置、②北アフリカ諸国への金融支援拡大、③密入国の斡旋を行うギャングを壊滅、④EU域内での移民の移動制限、⑤アフリカ大陸への投資拡大などだ。
欧州以外の他国に対しては人道を振りかざし、軍事介入して政権を倒し、国家を崩壊させることまで行うが、自国に影響が及ぶとなると人道を後回しにする。欧州のいつもの二重基準だと冷ややかに見ていればいいが、そうしている間にも地中海で死んだり、行方不明になる人々がいる。
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