2023年12月27日水曜日

共和国憲法(後)

〔日本共和国憲法〕ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第六章 地方自治

〔道州制〕

第八十九条 日本国は、三道(北海道、四国道、九州道)六州(東北州、関東州、北越州、東海州、関西州、中国州)から成る。三道六州の構成、組織、運営に関する事項は、法律でこれを定める。

〔道州の自治〕

第九十条 三道六州の日本国からの独立は認めない。三道六州は日本国政府を支え、その指示を受けつつ、住民の福祉向上のために地方自治を遂行する。

〔道州の議会、直接選挙、住民投票〕

第九十一条 三道六州には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。

(2)三道六州の長、その議会の議員および法律の定めるその他の吏員は、その道州の住民が直接これを選挙する。

(3)前項の規定により選出された長、議員、吏員は、法律の定める住民投票において過半数の賛成により、解職することができる。

〔道州における住民投票〕

第九十二条 三道六州において、特定の事項に関して、住民の五分の一を上回る要求があれば、住民投票を行わなければならない。

(2)前項の住民投票で示された結果を、三道六州の長およびその議会と議員は、尊重しなければならない。

〔道州の権能〕

第九十三条 三道六州は、その財産を管理し、事務を処理し、行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

〔地方自治の基本原則〕

第九十四条 地方公共団体の組織および運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。

〔地方公共団体の議会、直接選挙〕

第九十五条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。

(2)地方公共団体の長、その議会の議員および法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙する。

〔地方公共団体の権能〕

第九十六条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

〔特別法の住民投票〕

第九十七条 三道六州のいずれか、または、一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その道州、または、その地方公共団体の住民の投票において過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。


第七章 自衛権

〔自衛権〕

第九十八条 われら日本人は自由と権利を守り、日本国の独立、主権、領土を保持するために自衛権を有する。

(2)日本国が自衛権を行使するには、参議院ならびに衆議院において、各々過半数の賛成による議決を必要とする。

〔侵略戦争の禁止〕

第九十九条 われら日本人は、正義と秩序を基調とする国際平和を希求し、征服や支配を目的とする、国権の発動としての侵略戦争と、武力の行使を行わない。

(2)前項の目的を達するため、征服・支配を目的とする軍事同盟には加わらない。

〔地域防衛軍と国防軍〕

第百条 われら日本人と日本国が有する自衛権に基づき、地域防衛軍と国防軍を設置する。

(2)地域防衛軍は陸軍を主体とする。道州ごとに地域司令部を置き、地域司令部の長は定期的に、少なくとも年一回、道州議会に活動実態を報告しなければならない。

(3)国防軍は空軍と海軍を主体とする。統合司令部を首都に置き、防衛大臣は定期的に、少なくとも年一回、参議院に、国防軍ならびに地域防衛軍の活動実態を報告しなければならない。

(3)国防軍ならびに地域防衛軍に属する何人も、国会並びに地方議会の議員になることはできない。また、国防軍ならびに地域防衛軍に属する何人も、中央政府並びに地方政府の意思決定に参加することはできない。

(4)国防軍ならびに地域防衛軍は、日本人に対して武力を行使してはならない。

〔地域防衛軍と国防軍の予算〕

第百一条 地域防衛軍の予算は、国と道州で折半する。国防軍の予算は国が負担する。

〔防衛会議〕

第百二条 大統領を長とする防衛会議を設置する。防衛会議で定められた方針に基づき、統合司令部が、国防軍ならびに地域防衛軍の指揮をとる。

〔武力攻撃への対応〕

第百三条 日本国が他国により武力攻撃を受けたとき、または国籍不明の武力を行使されたときは、大統領が非常事態を宣言する。

(2)非常事態が宣言された後は、防衛会議の方針に基づき、統合司令部が国防軍ならびに地域防衛軍の指揮をとり、日本国に対する武力の行使を停止させる行動を行う。

(3)非常事態が宣言された後は、参議院は、国防軍ならびに地域防衛軍の行動を、事後的に検証する。

(4)非常事態が宣言された後は、防衛会議の方針に基づく国防軍ならびに地域防衛軍の行動は、法律の制約を受けない。ただし、非常事態が終了した後に、参議院に検証委員会を設置し、国防軍ならびに地域防衛軍の行動の妥当性について、検証委員会は調査し、報告しなければならない。

(5)非常事態が宣言された時に、防衛会議の方針に基づく国防軍ならびに地域防衛軍の行動により、財産権侵害等の不利益を被った日本人は、非常事態が終了した後に、法律の定めにより、日本国に損害賠償を請求することができる。

〔非常事態時における戦争犯罪行為の禁止〕

第百四条 日本国が他国により、または国籍不明の武力を行使されたときに、日本国内において日本人に対して、法律に定める戦争犯罪行為を他国人は行ってはならず、戦争犯罪行為を行ったとき、その他国人は、法律の定めにより、損害賠償を行わなければならない。

〔地域防衛軍と国防軍の活動〕

第百五条 地域防衛軍ならびに国防軍は、国連から要請があった時にのみ、日本国の国境内ならびに周辺公海を離れて活動することができる。

〔地域防衛軍と国防軍の忠誠義務〕

第百六条  地域防衛軍ならびに国防軍に所属する日本人は、この憲法ならびに日本国を尊重し擁護する義務を負う。また、地域防衛軍ならびに国防軍に所属する日本人は、いかなる政治的な行動にも関与してはならない。

〔外国の軍隊の日本駐留の制限〕

第百七条 日本国内において他国の軍隊が駐留することは、参議院ならびに衆議院で、各々過半数の賛成による議決を必要とする。駐留できる期間は最長三年間で、それを超えて他国の軍隊が日本国内に駐留するには、三年ごとに参議院ならびに衆議院で、各々過半数の賛成による議決を必要とする。

(2)日本国に駐留する他国の軍隊ならびにそれに所属する軍人は、日本国の法律を遵守する義務を負う。

(3)日本国に駐留する他国の軍隊は、相当額の対価を日本国に払わなければならない。


第八章 天皇制

〔天皇の地位、国民主権〕

第百八条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

〔皇位の継承〕

第百九条 皇位は世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

〔天皇の国事行為と内閣の責任〕

第百十条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う。

〔天皇の権能と委任〕

第百十一条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。

(2)天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

〔摂政〕

第百十二条 皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名で国事に関する行為を行う。その場合には、前条第一項の規定を準用する。

〔天皇の国事行為〕

第百十三条 天皇は、内閣の助言と承認により、国事に関する次の行為を行う。

 一、皇室の伝統を保持、継承するための儀式を行うこと。

 二、栄典を授与すること。

 三、外国の王室と交遊すること。

 四、外国の大使および公使を接受すること。

 五、日本国のために殉じた人を追悼すること。

〔皇室の財産授受〕

第百十四条 皇室に財産を譲り渡し、または皇室が財産を譲り受け、もしくは賜与することは、国会の議決に基づかなくてはならない。


第九章 最高法規

〔基本的人権の本質〕

第百十五条 われら日本人に、この憲法が保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、これらの権利は、現在および将来の日本人に、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

〔最高法規、条約・国際法規の遵守〕

第百十六条 この憲法は、日本国の最高法規である。

(2)この憲法の条規に反する法律、命令、詔勅および国務に関するその他の行為の全部または一部は、その効力を有しない。

(3)日本国が締結した条約および確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

〔憲法尊重擁護の義務〕

第百十七条 国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員および天皇または摂政は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。


第十章 改正

〔憲法改正の手続き、公布〕

第百十八条 この憲法の改正は、まず、各議院の総議員の過半数の賛成で、国会に特別委員会を設置して、改正条文案を作成しなければならない。作成された改正条文案は、各議院の総議員の過半数の賛成を経たあとに、国民に提案して承認を経なければならない。この承認には特別の国民投票において、過半数の賛成を必要とする。

(2)憲法改正の国民投票では、主権者である日本人は投票をしなければならない。

(3)特別委員会の委員は、衆議院、参議院、内閣、最高裁判所、各道州の代表をもって構成しなければならない。

2023年12月26日火曜日

共和国憲法(中)

〔日本共和国憲法〕ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第三章 行政

〔行政権〕

第五十九条 行政権は、内閣に属する。

〔内閣の組織・資格・国会に対する連帯責任〕

第六十条 内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣ならびに大統領およびその他の国務大臣で組織する。

(2)内閣総理大臣ならびに大統領およびその他の国務大臣は、文民でなければならない。

(3)内閣は、行政権の行使について、国会に対して連帯して責任を負う。

〔内閣総理大臣の指名〕

第六十一条 内閣総理大臣は、衆議院議員の中から衆議院の議決で指名する。この指名は、他のすべての案件に先立って行う。

(2)内閣総理大臣は内政に関する事項をつかさどる。

〔大統領の指名、大統領の任期、兼職の禁止〕

第六十二条 大統領は、参議院議員を含む文民の中から参議院の議決で指名する。

(2)大統領は外交および防衛に関する事項をつかさどる。

(3)大統領は参議院ならびに衆議院の会議に出席する義務を負わない。

(4)大統領の任期は六年とし、任期は一期のみとする。

(5)大統領は、参議院議員を含め、兼職はできない。

〔国務大臣の任免〕

第六十三条 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。ただし、その半数までは衆議院議員の中から選ぶことができる。

(2)大統領は、外交を担当する国務大臣ならびに防衛を担当する国務大臣を、参議院議員の中から選び、任命する。

(3)内閣総理大臣ならびに大統領は、任意に国務大臣を罷免することができる。

〔衆議院の内閣不信任、参議院の大統領問責決議〕

第六十四条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、または信任の決議案を否決したときは、内閣が決定する特定の事項に関する国民投票を行うことができる。

(2)内閣は、参議院で大統領の問責決議案を可決し、または信任の決議案を否決したときは、内閣が決定する特定の事項に関する国民投票を行うことができる。

(3)内閣は、国民投票で示された結果を、尊重しなければならない。

〔内閣総理大臣の欠缺〕

第六十五条 内閣総理大臣が欠けたとき、または衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は総辞職をしなければならない。

〔総辞職後の内閣の任務〕

第六十六条 前一条の場合には、内閣は、あらたに内閣総理大臣が任命されるまで引き続き、その職務を行う。

〔大統領の欠缺〕

第六十七条 大統領が欠けたとき、参議院はあらたに大統領を指名しなければならない。

〔内閣総理大臣ならびに大統領の職務〕

第六十八条 内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務について国会に報告し、ならびに行政各部を指揮監督する。

(2)大統領は、内閣を代表して議案を国会に提出し、外交関係および防衛関係について国会に報告し、ならびに外交関係および防衛関係の行政各部を指揮監督する。

〔内閣の職務〕

第六十九条 内閣は、他の一般行政事務のほか、次の事務を行う。

 一、法律を誠実に執行し、国務を総理すること。

 二、外交関係を処理すること。

 三、条約を締結すること。ただし、事前に、時宜によっては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。

 四、法律の定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理すること。

 五、予算を作成して国会に提出すること。

 六、この憲法および法律の規定を実施するために、政令を制定すること。ただし、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。

 七、大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除および復権を決定すること。

〔法律・政令の署名・連署〕

第七十条 法律および政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。

(2)外交および防衛に関する法律および政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、大統領が連署することを必要とする。

〔国務大臣の訴追〕

第七十一条 国務大臣はその在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。ただし、これがため、訴追の権利は害されない。

(2)外交および防衛に関わる国務大臣はその在任中、大統領の同意がなければ、訴追されない。ただし、これがため、訴追の権利は害されない。


第四章 司法

〔司法権・裁判所、特別裁判所の禁止、裁判官の独立〕

第七十二条 すべて司法権は、唯一の最高裁判所および法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

(2)特別裁判所は設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。

(3)すべて裁判官は、その良心に従い独立して、その職権を行い、この憲法および法律にのみ拘束される。

(4)衆議院で三分の二で議決したときは、衆議院内に、特定の事案についてのみ起訴権を有する特別検察官を任命することができる。

〔裁判所制度〕

第七十三条 下級裁判所は、刑事、民事、行政、経済、労働、交通、軍事の分野別に各々二審制を構築する。

(2)最高裁判所に判断を求めることができるのは、憲法判断を求める場合と、第二審後に新たな証拠が発見された場合である。

(3)下級裁判所のうち第一審は各々道州に属し、第二審と最高裁判所は国に属する。

〔裁判所の規則制定権〕

第七十四条 最高裁判所は訴訟に関する手続き、弁護士、裁判所の内部規律および司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。

(2)検察官は、最高裁判所の定める規則に従わなければならない。

(3)最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。

〔裁判官の身分の保障〕

第七十五条 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関が行うことはできない。

〔最高裁判所の構成、国民審査、定年、報酬〕

第七十六条 最高裁判所は、その長たる裁判官および法律の定める員数のその他の裁判官で構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣で任命する。

(2)最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙のときに国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙のときに更に審査に付し、その後も同様とする。

(3)前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は罷免される。

(4)審査に関する事項は、法律でこれを定める。

(5)最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達したときに退官する。

(6)最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は在任中、減額することはできない。

〔下級裁判所の裁判官、任期、定年、報酬〕

第七十七条 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣で任命する。その裁判官は任期を十年とし、再任されることができる。ただし、法律の定める年齢に達したときには退官する。

(2)下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は在任中、減額することはできない。

〔法令等の合憲性審査権〕

第七十八条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則、処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

〔裁判の公開〕

第七十九条 裁判の対審および判決は、公開法定で行う。

(2)裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序または善良の風俗を害する恐れがあると決した場合には、対審は、公開しないで行うことができる。ただし、政治犯罪、出版に関する犯罪、または、この憲法第一章で保障する日本人の権利が問題となっている事件の対審は、常に公開しなければならない。


第五章 財政

〔財産処理の権限〕

第八十条 国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない。

〔課税の要件〕

第八十一条 あらたに租税を課し、または現行の租税を変更するには、法律または法律の定める条件によることを必要とする。

〔国費の支出と国の債務負担〕

第八十二条 国費を支出し、または国が債務を負担するには、国会の議決に基づくことを必要とする。

〔予算の作成と国会の議決〕

第八十三条 内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

(2)国が負担する債務の額は、毎会計年度の予算において歳入全体の二十五%を上回ってはならない。また、国が負担する債務の累積額は、当該予算の前年度の国民総生産額を上回ってはならない。

(3)毎会計年度の予算において、見込まれる税収額の百五十%を超える歳出額を計上してはならない。

〔予備費〕

第八十四条 予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基づいて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。

(2)すべて予備費の支出について内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

〔皇室財産・皇室の費用〕

第八十五条 すべて皇室財産は国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。

〔公の財産の支出または利用の制限〕

第八十六条 公金その他の公の財産は、宗教上や政治上の組織もしくは団体の使用、便益もしくは維持のため、または公の支配に属しない慈善、教育もしくは博愛の事業に対し、これを支出し、またはその利用に供してはならない。

〔決算、会計検査院〕

第八十七条 国の収入支出の決算は、すべて毎年、会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。

(2)会計検査院が検査して、改善をもとめた事項に関して、国会の過半数の議決により承認されたときは、内閣は、次の年度に継続して、その事項に関する予算を計上することはできない。既に予算が成立したとき、内閣はその事項に関する予算執行を停止しなければならない。

(3)会計検査院の組織および権限は、法律でこれを定める。

〔財政状況の報告〕

第八十八条 内閣は、国会および国民に対し、定期に、少なくとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。


2023年12月25日月曜日

共和国憲法(前)

 以前に別サイトで公開していた「日本共和国憲法私案」は、当該サイトの閉鎖とともに公開は終了した。だが最近、もう一度読みたいとの知人からのリクエストがあったので、当時の私案を再掲する。加えたい条項や再構築したい条項などがあるが、かつての掲載当時のままで3回に分けて再掲載する。


日本共和国憲法(試案)ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 〔改正の骨子〕

 ■衆参の機能を分け、衆議院は内政を担当し、参議院は外交、防衛を担当する。

 ■衆議院から首相(内政担当)を選出し、参議院から大統領(外交・防衛担当)を選出する。

 ■議員の通算任期に制限を設ける。

 ■解散権をなくし、代わりに国民投票を導入する。

 ■赤字予算を続けることに制限を設ける。

 ■裁判制度を分野別の二審制にする。その上に最高裁判所を設置する。

 ■道州制を導入する。

 ■現実に存在する軍事力(自衛隊)に関して、憲法で規定する。

 ■国防軍と地域防衛軍を設ける。

 ■天皇制を政治から切り離す。象徴天皇制は維持する。

 ■国による全機関に情報公開を義務づける。

 ■日本国憲法は日本人の間に定着していると考え、継承すべきものは継承する。


〔日本共和国憲法〕ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(目次)

第一章 日本人の権利および義務 (第一条〜第三十三条)

第二章 立法 (第三十四条〜第五十八条)

第三章 行政 (第五十九条〜第七十一条)

第四章 司法 (第七十二条〜第七十九条)

第五章 財政 (第八十条〜第八十八条)

第六章 地方自治 (第八十九条〜第九十七条)

第七章 自衛権 (第九十八条〜第百七条)

第八章 天皇制 (第百八条〜第百十四条)

第九章 最高法規 (第百十五条〜第百十七条)

第十章 改正 (第百十八条)

第十一章 補則 ()


〔日本共和国憲法〕

 われら日本人は日本国の主権を有し、思想・表現・信仰などの自由を有し、個人の尊厳と社会的な統合・安定を尊重しつつ、社会的・経済的・政治的正義の実現を目指す。 われらの日本国は、独立した不可分の、非宗教的かつ民主的な共和国である。日本国の政治は日本人により、日本人のために行われる。日本国の政治は、日本人の厳粛な信託によるものであり、その権威は日本人に由来し、その権力は日本人の代表者が行使し、その福利は日本人が享受する。 われら日本人は、1945年に終戦した戦争について、近隣諸国に多大な被害を与えたことを真摯に反省するとともに、そうした戦争を遂行した政治体制および軍事体制を否定する。そうした政治体制および軍事体制とは隔絶した民主的な日本国を形成し、維持していくことを決意する。 われら日本人は、自由を愛する諸国民とともに、平和で公正で安定した世界の実現のために努力する。われら日本人は、征服・支配を目的とするいかなる戦争も行わず、諸国民の自由に対しても、日本国の武力を行使しない。


第一章 日本人の権利および義務

〔日本国の主権者〕

第一条 われら日本人は、日本国の主権を有し、日本国を統治する。

〔日本人たる要件〕

第二条 日本国で生まれた人は日本国籍を有する。日本国以外で日本人の両親から生まれた子供は日本国籍を有する。日本国在住の外国籍の両親から生まれた子供は、その子供が十八歳になった時に日本国籍を選択することができる。二重国籍は認めない。

〔基本的人権の享有〕

第三条 われら日本人は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が日本人に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の日本人に与えられる。

〔自由・権利の保持と公共の福祉〕

第四条 この憲法が日本人に保障する自由及び権利は、日本人の不断の努力によって、保持しなければならない。また、日本人は自由及び権利を濫用してはならず、公共の福祉のために利用する責任を負う。

〔個人の尊重〕

第五条 われら日本人は、個人として尊重される。生命、自由および幸福追求に対する日本人の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

〔法の下の平等〕

第六条 われら日本人は、法の下に平等であって、民族、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的・経済的・社会的関係において、差別されない。

(2)貴族の制度は認めない。

(3)栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない。栄典の授与は、現にこれを有し、または将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

〔日本人の公務員選定罷免権、公務員の本質、普通選挙の保障、投票の秘密〕

第七条 公務員を選定および罷免することは、日本人固有の権利である。

(2)すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。

(3)公務員の選挙については、成年者による普通選挙とする。

(4)すべて選挙における投票の秘密は、侵してはならない。選挙人は、その選択に関し、公的にも私的にも責任を問われない。

〔請願権〕

第八条 すべての日本人は、損害の救済、公務員の罷免、法律・命令または規則の制定・廃止・改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有する。すべての日本人は、かかる請願を行ったことによる、いかなる差別待遇も受けない。

〔国および公共団体の賠償責任〕

第九条 すべての日本人は、公務員の不法行為により損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国または公共団体に、その賠償を求めることができる。

〔奴隷的拘束および苦役からの自由〕

第十条 すべての日本人は、いかなる奴隷的拘束も受けない。また、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

〔思想および良心の自由〕

第十一条 思想および良心の自由は、侵してはならない。

〔信教の自由〕

第十一二条 われら日本人は信教の自由を有する。いかなる宗教団体も、国から特権を受けたり、政治上の権力を行使してはならない。

(2)われら日本人は、宗教上の行為・祝典・儀式・行事に参加することを強制されない。

(3)国およびその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならず、宗教的活動に対して公金を支出してはならない。

〔集会・結社・表現の自由、通信の秘密〕

第十三条 集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自由は保障する。

(2)検閲は行ってはならない。通信の秘密は侵してはならない。

〔居住・移転・職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由〕

第十四条 われら日本人は、公共の福祉に反しない限り、居住、移転および職業選択の自由を有する。

(2)われら日本人は、外国に移住し、または国籍を離脱する自由を侵されない。

〔学問の自由〕

第十五条 われら日本人は、学問の自由を有する。

〔情報公開〕

第十六条 われら日本人は、日本国のすべての機関で作成された、すべての書類を見る権利を有する。

(2)特別な理由により、書類の内容を秘匿しなければならないときは、その機関は、秘匿すべき理由を明示し、内閣の承認を得なければならない。

〔婚姻、個人の尊厳と両性の平等〕

第十七条 婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

(2)配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚ならびに婚姻および家族に関するその他の事項に関して、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

〔最低生活の保障、国の社会保障義務〕

第十八条 われら日本人は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

(2)日本国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上・増進に努めなければならない。

〔教育を受ける権利、教育義務〕

第十九条 われら日本人は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

(2)われら日本人は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる権利を有する。義務教育は無償とする。

〔勤労の権利、勤労条件の基準、児童の酷使禁止〕

第二十条 われら日本人は、勤労の権利を有する。

(2)賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律で定める。

(3)児童は、酷使してはならない。

〔勤労者の団結権、団体行動権〕

第二十一条 勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利は、保障する。

〔財産権の保障、財産権の内容、正当補償〕

第二十二条 財産権は侵してはならない。

(2)財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律で定める。

(3)私有財産は、正当な補償の下に、公共のために用いることができる。

〔納税の権利〕

第二十三条 われら日本人は、法律の定めるところにより、納税の権利を有する。

〔法的手続きの保障〕

第二十四条 われら日本人は、法律の定める手続きによらなければ、その生命もしくは自由を奪われたり、その他の刑罰を科せられない。

〔裁判を受ける権利〕

第二十五条 われら日本人は、裁判所において裁判を受ける権利を有し、奪われない。

〔逮捕に関する保障〕

第二十六条 われら日本人は、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、かつ、理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

〔抑留拘禁に対する保障〕

第二十七条 われら日本人は、理由を直ちに告げられ、かつ、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留または拘禁されない。

(2)われら日本人は、正当な理由がなければ拘禁されず、要求があれば、その理由は直ちに、本人およびその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

(3)われら日本人は、起訴されないままで長期に拘禁されたときは、日本国に、法律の定めるところによる損害賠償を請求できる。

(4)抑留または拘禁において、公務員による取り調べ状況は記録されなければならない。公開の法廷で要求があった場合は、公開しなければならない。

〔住居侵入・捜索・押収に対する保障〕

第二十八条 われら日本人は、その住居、書類および所持品について、侵入・捜索・押収を受けることのない権利は、第二十六条の場合を除いては、正当な理由に基づいて発せられ、かつ、捜索する場所および押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

(2)捜索または押収は、権限を有する司法官憲が発する格別の令状により行う。

〔拷問および残虐な刑罰の禁止〕

第二十九条 公務員による拷問および残虐な刑罰は、絶対に禁止する。

〔刑事被告人の権利、証人審問権、弁護人依頼権〕

第三十条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

(2)刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられ、また、公費で自己のために強制的手続きにより証人を求める権利を有する。

(3)刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。これを被告人が自ら依頼することができないときは、国でこれを附する。

〔不利益な供述の不強制、自白の証拠能力、自白のみによる処罰の禁止〕

第三十一条 われら日本人は、自己に不利益な供述を強要されない。

(2)強制、拷問もしくは脅迫による自白、または不当に長く抑留もしくは拘禁された後の自白は証拠とすることができない。

(3)われら日本人は、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、または刑罰を科せられない。

〔刑罰法規の不遡及、二重処罰の禁止〕

第三十二条 われら日本人は、実行の時に適法であった行為や、既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない。

〔刑事補償〕

第三十三条 われら日本人は、抑留または拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、その保障を日本国に求めることができる。


第二章 立法

〔国会の地位、立法権〕

第三十四条 国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。

〔両院制〕

第三十五条 国会は衆議院および参議院の両議院で構成する。

〔両議院の組織〕

第三十六条 両議院は、すべての日本人を代表する選挙された議員で組織する。

(2)両議院の議員の定数は、法律で定める。

〔両議院の機能〕

第三十七条 衆議院は内政に関する事項を審議し、参議院は外交・防衛に関する事項を審議する。

〔議員および選挙人の資格〕

第三十八条 両議院の議員とその選挙人の資格は法律で定める。ただし、民族、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産、収入によって差別してはならない。

(2)この憲法で保障する日本人の自由と権利を否定する日本人は、両議会の議員になることはできない。

〔衆議院議員と参議院議員の任期〕

第三十九条 衆議院議員の任期は二年とし、通算九期まで務めることができる。参議院議員の任期は六年とし、三年ごとに半数を改選する。参議院議員は通算三期まで務めることができる。

〔両議院の議員の任期制限〕

第四十条 衆議院議員および参議院議員で通算二十年を超えて国会議員の地位にあるものは、両議会議員としての被選挙権を失う。

〔選挙に関する事項の法定〕

第四十一条 衆議院議員は、地方割りにした選挙区から選出される。参議院議員は、全国一区の選挙区から政党別の比例代表制により選出される。

(2)衆議院議員を選出する選挙において、当選した立候補者よりも多い票を得た立候補者を落選させてはならない。

(3)選挙区、投票の方法、その他両議院の議員に関する事項は、法律で定める。

〔両議院議員兼職の禁止〕

第四十二条 何人も、同時に両議院の議員たることはできない。

〔議員の歳費〕

第四十三条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。

〔議員の不逮捕特権〕

第四十四条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。

〔議員の発言・表決の無責任〕

第四十五条 両議院の議員は、議院で行った演説、討論、表決について、院外で責任を問われない。

〔常会〕

第四十六条 衆議院の常会は、毎年一回召集する。参議院の常会は常に開催する。

〔臨時会〕

第四十七条 内閣は、衆議院の臨時会の招集を決定することができる。衆議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

〔国民投票〕

第四十八条 両議院は、国民投票が行われたとき、そこで示された結果を、尊重しなければならない。

〔議員の資格争訟〕

第四十九条 両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。ただし、議員の議席を失わせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

〔定足数、表決〕

第五十条 両議院は、各々その総議員の三分の二以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。

(2)両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

〔会議の公開、会議録、表決の会議録記載〕

第五十一条 両議院の会議は公開とする。ただし、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。

(2)両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、かつ、一般に頒布しなければならない。

(3)出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の評決は会議録に記載しなければならない。

〔役員の選任、議院規則、懲罰〕

第五十二条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。

(2)両議院は、各々その会議その他の手続き、内部の規律に関する規則を定め、また、院内の秩序を乱した議員を懲罰することができる。ただし、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

〔法律案の議決、衆議院の優越〕

第五十三条 内政に関する法律案は、衆議院で可決したとき法律となる。外交・防衛に関する法律案は、参議院で可決したとき法律となる。

(2)内政および外交・防衛に関係する法律案は衆議院および参議院で審議する。衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。

(3)前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。

(4)参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取った後、六十日以内に議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。

〔予算〕

第五十四条 毎会計年度の予算案の内政に関する予算案は、衆議院で可決したときに成立する。毎会計年度の予算案の外交・防衛に関する予算案は、参議院で可決したときに成立する。

(2)毎会計年度の内政および外交・防衛に関連する予算案は、先に衆議院に提出し、その議決の後、参議院で審議する。参議院が衆議院と異なった議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、または参議院が、衆議院の可決した予算を受け取った後、三十日以内に議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

〔条約の国会承認〕

第五十五条 条約の締結は、参議院の議決をもって国会の承認とする。

(2)条約の締結に際して、衆議院が審議参加の議決を行ったときは、先に参議院で可決した後、衆議院での承認を求める。衆議院が参議院と異なった議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、または衆議院が、参議院の承認した条約を受け取った後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に議決しないときは、参議院の議決を国会の議決とする。

〔議院の国政調査権〕

第五十六条 両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭および証言、記録の提出を要求することができる。

〔国務大臣の議院出席〕

第五十七条 内閣総理大臣その他の国務大臣は、両議院の一に議席を有すると有しないとに関わらず、いつでも議案について発言するために議院に出席することができる。また、答弁または説明のために出席を求められたときは、出席しなければならない。

〔弾劾裁判所〕

第五十八条 国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。

(2)弾劾に関する事項は、法律で定める。

2023年12月23日土曜日

極右と宗教

 極右とは「極端な右翼思想。また、その思想をもつ人や団体」とされるが、右翼思想は国や地域により異なり、日本では、戦前との連続性を持ち天皇崇拝を維持して時には街宣活動を行う団体や人々が右翼とされるが、欧州ではイスラム圏などからの移民を排斥・制限することを主張する団体や人々が極右とされる。

 米国では様々な保守主義があって右翼の定義はぼやける。多くの国からの移民が建国したという歴史があり、移民した人々がそれぞれの母国の伝統などを引き継いだ保守意識を維持する一方、建国の理念以外に共有する価値観が乏しい。かつては反社会主義などを掲げる団体や人々がイデオロギー的要素により右翼とみなされたが、共産諸国の崩壊とともにイデオロギーによって立つ右翼の存在はかすんだ。

 保守主義と右翼の境界線はぼやけている。各国それぞれの伝統的な価値観を引き継ぐのが保守主義で、伝統的な価値観を守るために時には攻撃的にもなるのが世界における右翼とされる団体や人々の共通項と見える。攻撃的な振る舞いは排他性の現れと見え、右翼に対する共感や評価を妨げ、排他性が他からの右翼に対する排他性を招く。

 ガザへの容赦ない侵攻を続けているイスラエルのネタニヤフ氏が首相として2022年12月に組閣した第6次政権は、極右とされる宗教政党との連立だ。直前の総選挙で極右政党が躍進して議席を増やし、イスラエル建国来、最も宗教色が濃い右派政権とされる。イスラエルにおいて右翼や極右はユダヤ教との距離によって判断される。

 連立に加わった極右政党「宗教シオニズム」は、ヨルダン川西岸地区を神からユダヤ人が授かった「約束の土地」として入植地の建設を宗教的な義務とし、ヨルダン川西岸の併合や入植活動の推進を支持し、国内におけるユダヤ人の権利拡大やイスラエル国家に忠誠を誓わないアラブ人の追放なども主張するユダヤ人ファーストの政党だ。パレスチナ人に対する排他性と攻撃性を隠さない。

 他にもユダヤ教の宗教政党は連立に参加しているが、「宗教シオニズム」が最も強硬で極右とされる。伝統的な価値観ではなくユダヤ教という宗教に忠実であろうとするのは、イスラエルが世界各国からの人々が集まって建国されたという歴史が影響する。伝統的な価値観が乏しいイスラエルにおいて右翼や極右はユダヤ教の信仰を拠り所とするしかなく、パレスチナの地に人工的に建国され、パレスチナ人やアラブ人の敵意に囲まれた状況で、ユダヤ教に頼って右翼や極右は排他性を強める。

 総選挙で極右を含む宗教政党が議席を伸ばしたのは、イスラエル社会で右傾化が進んでいる反映だ。イスラエルの軍や治安部隊とパレスチナ人の衝突などが相次いでいたこともあり、和平推進を訴えてきた左派政党が議席を失うなど、イスラエル社会はパレスチナ人との平和共存に期待しなくなっていた。そこに今回の紛争が起きた。極右の宗教政党はパレスチナ人をイスラエルから排除する機会ととらえ、連立政権にも社会にも平和共存を見限った雰囲気があるとすれば、大量殺戮は簡単には止まらないだろう。

2023年12月20日水曜日

鈍感だったマスコミ

 1枚2万円のパーティー券を企業や団体、個人に大量に買わせて、主催した政党の派閥や政治家が多額の政治資金を得るという仕組みは、企業や団体などからの政治献金規制を迂回するルートとして定着していた。この仕組みはパーティー券収入を主催者が収支報告書に正確に記載し、パーティー券収入の一部を環流された議員も収支報告書に正確に記載することで透明性が保たれる。

 だが、各派閥のパーティー券収入から議員への還流が闇に隠され、裏金として使われていたことが明らかになった。大半の議員側がキックバックを受けていたという安倍派の収支報告書の不記載・虚偽記載罪の時効にかからない5年間(2018~22年)の総額は5億円規模とされ、岸田派でも収支報告書に記載していなかったパーティー券収入の金額は5年間で数千万円になると報じられた。

 派閥は所属議員に当選回数や役職などによってパーティー券販売でノルマを課し、ノルマを上回ってパーティー券をさばいた議員に超過分をキックバックしていたが、派閥も議員側もキックバック分は収支報告書に記載せず、裏金となっていた。時効にかからない5年間の金額だけで億円単位になるのだから、パーティー券販売による過去の裏金の総額は百億円を超えるかもしれない。

 派閥から所属議員にパーティー券のノルマを超過した金額が政策活動費の名目で流れたといわれる(政策活動費は政党から政治家個人への寄付という政治献金で、使途を公開する義務がない金だ)。報道によると、政策活動費は2021年までの20年間で主要政党で約456億円に上り、うち自民が約379億円だったという。さらに、ノルマ超過分は派閥に収めず、そのまま裏金にしていた議員もいるというからパーティー券をめぐる闇は深い。

 裏金づくりの背景を「政治は金がかかる」と説明する声も漏れ伝わるが、正確には「選挙は金がかかる」だろう。国会議員には文書通信交通滞在費(1人当たり月額100万円。現在は調査研究広報滞在費に名称変更)、会派に対して立法事務費(1人当たり月額65万円)が支給されていて、使途は公開されずに自由に使うことができる。議員の政治活動をサポートするには十分すぎる金額だろう。議員の地元の後援会活動を維持することなどに金がかかっているのだ。

 派閥や政治家の資金集めパーティーは盛大に行われ、マスメディアの政治部記者らは取材を兼ねて参会していただろうに、パーティー券収入を使った裏金づくりに気づかなかったか、気づいていても問題意識を持たずに報じてこなかった。時効にかからない5年間の金額だけで億円単位になる不正にマスメディアは鈍感だった。これは、日本のマスメディアの政治権力を監視する能力はかなり貧弱だということを示している。

 日々の出来事を追うことはマスメディアの主要業務だが、速報性に有利なSNSなどの普及もあって、マスメディア各社の独自性を発揮できるのは調査報道しかない。政治家や派閥などの収支報告書の細かな検証を行う取り組みが各社でシステム化されていたなら、もっと早く裏金づくりが暴かれていたかもしれない。収支報告書がデジタルデータ化されればAIを活用して精査することは簡単になり、複数の収支報告書や決算書などを突き合わせることもAIがやってくれるようになる。

2023年12月16日土曜日

ユートピア

 モンテスキューの『ペルシア人の手紙』の第10番目の書簡から第14番目に至る部分(古代人がエチオピア沿岸に住んでいると信じていたトログロディート人の話)について渡辺一夫氏は次のように述べる(『風刺文学とユートピア』=加藤周一氏との対談。1966年。一部修正あり)。

「トログロディート人は法も社会もない生活をして、利己主義だけで生きている間は悲惨事が続き、滅亡しかけた。しかし、次に素朴な共和制となり、正しい個人主義に目覚めて、やがて社会連帯とか相互扶助などの考えを持つようになり、社会理念と法とによって生き、幸福で繁栄した国をつくるようになった。ここいらにモンテスキューのユートピア思想のようなものを感じる」

「その次の段階になると、人々は自分たちの幸福繁栄を当たり前なものと感ずるようになったばかりか、自分たちが自ら考えて、自分たちの生活を正しく美しく善くする努力を払うのが面倒になってくる。つまり、法を生かして使ったり、生きた法を考え出したりするよりも、誰か王様のような人から命令されて動くほうがはるかに楽だと思うようになった」

「そこで人々は、この国の平安を刻苦して作り上げてきた人々の生き残りの老人に向かって、王様になって自分たちに命令してくれ、そのほうがどれだけ楽か判らないと頼んだ。老人はびっくりするとともに、たいへん悲しみ、自分が死んで皆の先祖に再び会った時に、皆がそんな情けない心根になったことを告げたら、どんなに憤慨もし、悲嘆にくれもするだろうと、泣きながら話した」

 渡辺氏は「人間が自分たちの幸福のために苦心して作ったものを使いこなせなくなり、その奴隷になって、そこに幸福を求めようと望むようになったら、変なことになると教えてくれる。ユートピアが人間性の必然的な動向から破局へ進んでゆくことをモンテスキューは描こうとしていた」とする。

 トログロディート人の話からは、民主主義や法の支配や個人の権利などが制度として存在しても、人々が使いこなすことができなくなると空洞化し、命令されることを人々が望むようになったら機能しなくなることを連想させる。皆が豊かになることが「自分たちが自ら考えて、自分たちの生活を正しく美しく善くする努力を払うのが面倒になる」ことにつながるとすれば、豊かさの社会的な弊害だろう。

 ユートピアは今では「理想郷」「空想的社会」あるいは「どこにも存在しない場所」などの意味で使われる。だが、個人にとってのユートピアは実在することもあろう。大金持ちにとっては現実社会はユートピアに近いだろうし、支配されることに満足する奴隷のユートピア(=奴隷の幸福)もあるかもしれない。王様を得たトログロディート人は奴隷のユートピアに満足するのかな。

2023年12月13日水曜日

銀河系外から来た宇宙線

 宇宙空間を光に近い速度で飛び交っている高エネルギーの宇宙線は、原子核や素粒子などの極めて小さな粒子。地球外から大気に飛び込んでくる高エネルギーの粒子(放射線)が一次宇宙線(陽子が約90%、残りの大半はヘリウムの原子核)。一次宇宙線が大気中の原子核に衝突して生じるのが二次宇宙線(中間子・電子・γ線などの放射線)で、地上に到達する宇宙線は二次宇宙線。

 高エネルギーの宇宙線は太陽系外に起源を持つとされ、「飛来する宇宙線は10の8乗eVから10の20乗eV(可視光の1億倍から1垓倍のエネルギー)という幅広いエネルギーでやってくる」「最も高いエネルギーで到来する一次宇宙線の粒子1個のエネルギーは、電球1個が1秒間に放つエネルギーにも値し、放射性原子核起源の放射線の100兆倍、加速器実験で人工的に作り出せる最高エネルギー粒子の1000万倍のエネルギーにもなる。このようなエネルギーにまで粒子を加速するメカニズムが宇宙のどこに存在するのかは解明されていない」(宇宙線研究所HP)。

 太陽系外から来る宇宙線は、超新星爆発による衝撃波と銀河系内の磁場によって加速を続ける宇宙線と、銀河系内の磁場では閉じ込めることができない10の15乗eV以上の高エネルギーの宇宙線があり、後者は銀河系外から飛来したと考えられている。「比較的エネルギーの低い宇宙線は多数到来するが、太陽系内や銀河系内の強力な磁場によって進路を曲げられて発生場所の情報を失う。最高エネルギーの宇宙線は強力な磁場にも進路をほとんど曲げられることなく到来するが、大変稀少」(同)。

 太陽も宇宙線の発生源だ。太陽フレア(太陽表面で起きる大規模な爆発)などがあると大量の宇宙線と電磁波が地球にもやってきて、電磁波が地表の電子機器などに大きな影響を与えたり、人工衛星を破壊したり、長距離ケーブルの電線で火災を発生させたりなどする。太陽の周辺では水素原子はプラズマ状態になっていて、太陽フレアなどで吹き飛ばされた粒子がエネルギーを得て宇宙線となる。

 eVとは電子ボルト。素粒子や原子核、原子、分子などの運動エネルギーを表す単位で、1eVは1個の電子が真空中で1ボルトの電位差で加速されたときに得る運動エネルギーの大きさ。蛍光灯が光るときのエネルギーは2eV程度。10の20乗eVという膨大な運動エネルギーをもつ宇宙線は極めて少なく、その検出が大きなニュースとなった。

 大阪公立大学などの国際研究グループは、観測史上2番目に高いエネルギー(2.44×10の20乗eV = 244エクサeV)を持つ宇宙線の検出に成功した。この粒子は南西の方角から飛来したといいい、1991年に米国で検出された粒子(320エクサeV)に次ぐ高いエネルギーを持っていた。244エクサeVは計算上、1グラムあれば地球が破壊されるほどと報じられた。

 「巨視的なエネルギーをもつ宇宙線の発生源は、宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バーストや、活動銀河核中心の超巨大ブラックホールやそこから吹き出すジェット、宇宙最強の磁場を持つ強磁場中性子星といった宇宙における極限物理現象を起源に持つと予想されている」(同)が、今回検出された宇宙線が到来した方向には候補となる有力な天体が見つからず、未知の天体現象や、暗黒物質(ダークマター)の崩壊など標準理論を超えた新物理起源の可能性も示唆されると解説された。

2023年12月9日土曜日

首都圏から移住者

 コロナ禍で企業はリモートワークの拡大を余儀なくされ、社員皆が出社しなくても業務が回ると実証されたことで、そのままリモートワークが拡大定着するかと見られた。だが、対面での情報交換や意思疎通が大事だとの再評価も出てきて、新型コロナウイルス感染症が5類移行し、コロナ禍前の日常に復帰するとともにリモートワークの拡大に勢いが見られなくなったという。

 過密な首都圏への人口流入がコロナ禍で頭打ちとなり流出傾向が見られるとの報道もあったが、首都圏からの人口流出の動きは定着せず、コロナ禍前の日常に復帰するとともに首都圏への人口流入が以前のように起きているという。就職や就学などの利便性や歓楽の場に富む首都圏の人口誘因力は強力だ。

 地方の都市や郡部では人口流出が続いているし、高齢化も進む。それは購買力の低下をもたらし、地方の鉄道やバスは赤字続きとなり、地方の商業施設は赤字続きで閉店が相次ぎ、農業や漁業や中小企業などでは後継者難から事業継承が見通せず先細りするばかりとなる。地方では人口減少が購買力低下となって現れ、停滞感を後押しし、若者らの流出を加速させている。

 こうした中で地方の都市や郡部の自治体が最優先で取り組むべき課題は、人口を増やすことだ。移住者を増やすための試みは方々で行われていて、それなりに効果を上げている自治体もあるが、首都圏からの地方への人口分散が進んでいるなどとは言えない。政府にも本気で首都圏からの人口分散を進める気がないと見られ、このままでは地方の都市や郡部の過疎化は止まらず、疲弊は進む。

 地方の都市や郡部が人口を増やすためには、人口の多い場所から移住者を引っ張ってくることだ。具体的には過密な首都圏から移住者を集めることだ。そのため、首都圏とは異なる自然環境や子育て環境などの魅力をアピールするとともに、就業・就学・医療などの環境を整え、都市生活者の生活レベルの低下が少ないことを保証することが必要になる。

 従来の地方の都市や郡部の移住者獲得策は、地方の魅力を訴求することに重点が置かれ、移住者の具体像が曖昧だった。田舎暮らしへの憧れと移住が混同されると、自然豊かな環境での暮らしに憧れる人=移住者との限定されたイメージにとらわれ、例えば、首都圏とのつながりを維持したまま移住したいとか、移住しても都市生活の利便性を手放したくないーなどの需要に真摯に向き合うことが少なくなったりする。

 リモートワークの定着は、地方の都市や郡部への移住に追い風となる。首都圏の会社に勤めながら、地方の都市や郡部で生活するという移住者を支えるのは強固なインターネット網だ。地方への移住希望者が首都圏にどれだけ存在するかを調査し、その人たちの具体的な要望に応えて地方の住環境を整備することが、地方の都市や郡部の自治体が行うべき首都圏からの移住者獲得策だ。

2023年12月5日火曜日

議会の自浄能力

 米国の下院は12月1日、共和党のジョージ・サントス議員を除名する決議案を下院議員311人の賛成で可決した(民主党議員の大半に加え共和党議員も105人が賛成。定数435人の3分の2以上による賛成が必要だった)。除名された下院議員は米国史上6人目で約20年ぶりだと報じられた。

 サントス氏は多くの経歴詐称の疑惑に加え、選挙資金を私的に流用していたなど金銭をめぐる疑惑も多く、20以上の罪状で起訴されていたが、辞任を拒否していた。下院倫理委員会の報告書によると、サントス氏は選挙資金を高級ブランド品の購入や美容のためのボトックス注射の費用、クレジットカードの支払いや借金の返済など私的に流用したほか、コロナ禍の失業給付金を不正受給していた。テレビ広告などに使うとサントス氏は選挙資金を集めていた。

 サントス氏は35歳。ブラジル出身の母親の祖父母はウクライナ系ユダヤ人でホロコーストを逃れてブラジルに移ったとし、自身はニューヨークで有名私立大学を卒業後、ゴールドマン・サックスなどで働いたとの経歴を掲げていたが、これらが全てウソであるとマスメディアに暴かれた。母親にユダヤ系の血筋はなく、大学に在籍記録がなく、職歴は作り話だった。虚偽を指摘されてサントス氏は「履歴書に装飾を施したに過ぎない」などと述べたという。

 サントス氏は虚名癖(実際以上の評判や名声を得ようとする習性)があったのか、有名大学を優秀な成績で終え、大手金融会社で仕事をし、ユダヤの血筋で動物保護NGOを設立して犬や猫の保護に尽力し、大学の頃はリーグで優勝したバレーボールチームでスターだったと誇る一方、幼少期は貧しい暮らしで、母親は世界貿易センターで働いていたが9.11の惨禍を生き延びたなど、人々の興味をひく事柄を並べ、目立つとともに同情を集めた。だが、それらのほとんどがウソだった。

 遠く離れて見ている分には、異国のサントス氏の転落劇は笑える。こんな人物が議員に当選して国政に関与する国における民主主義が形骸化していることは明らかで、主権者はもっとしっかりしろと言いたくなる。とはいえ、民主主義国における国政選挙が人気投票に陥ることは珍しくなく、程度の差はあれ、候補者の多くが「履歴書に装飾を施し」ていることは暗黙の了解事項だろうから、サントス氏と同類の人物は探せば見つかりそうだ。

 もしサントス氏と同様の経歴詐称と選挙資金流用を米国議会の議員の大半が行っていたとすれば、サントス氏の除名決議案の賛成票ははるかに少なかっただろう。サントス氏の行為が除名に値するとなれば、他の多くの議員も除名に値することになるからだ。サントス氏の除名決議案に賛成票を投じた議員は、サントス氏と同様の行為を自分はしていないと主張できるからサントス氏の除名決議に賛成した。

 日本では、自民党の多くの派閥でパーティー券を利用した裏金づくりが行われ、多くの議員も裏金づくりを続けていたと報じられている。政治資金規正法を無視し、多くの自民党議員が裏金づくりを公然と行っていたのだから、政党に自浄作用は働かず、国会で自民党議員の誰かを処分すれば次々と連鎖して処分されるのだから、自民党は誰一人として処分はさせず、守るしかない。

 自民党の全議員がサントス氏なのかもしれないから、国会で自民党の誰か1議員の除名決議などできない。議会で多数を占める政権与党で組織的に行われていた裏金づくりを調査する倫理委員会は日本には不在で、第三者委員会を設置して事実関係を解明することは自民党が拒否するだろう。サントス氏は1人の悪行だったから議会はサントス氏を除名して「正義」を保つことができたが、政権与党の大半の議員が裏金づくりに関与していたとあって、日本では議会の自浄能力は発揮されそうにない。

2023年12月2日土曜日

意思疎通に障害

 外国語のカタカナ表記の増殖が止まらないのは、第一に米国などからの新しい概念の流入が増殖している、第二に、そうした新しい概念などを適切な日本語に翻訳する人が減ったーためだろうが、概念規定が曖昧なままで言葉を使う人が多いことも影響している。曖昧なままで済ますのは、意思疎通が雑であることを示す。

 外国語のカタカナ表記の氾濫の弊害は①言葉の意味が曖昧になり、②言葉の理解の共有がおざなりになるーことだ。言葉の理解の共有ができていない状況は、各自が一方的な主張を述べている状況と似る。つまりコミュニケーション(意思疎通)が上辺だけで、成り立っていない。これは、外国語のカタカナ表記を多用する人は一方的な主張を述べているだけだということを示す。

 外国語のカタカナ表記の氾濫を厳しく批判していた加藤周一氏の言葉を引用する(「<漢字文化圏>の歴史と未来=一海知義氏との対談。2000年。加藤周一対話集④所収。一部修正あり)。

「日本に入っている漢語は、大部分は古典中国語と同じ意味です。母国語は外国語と違うから、外国語で意味がわかったなんて言っているよりも、日本語そのものですから、わかり方が全然違う」

「明治維新のころ、中江兆民はフランスから帰ってきて仏学塾をつくったのですが、彼は塾生に漢学を必須科目にした。中江兆民の考え方は、日本人は考えるときに日本語で考える、日本語のかなりの部分は漢語なので、その自国語の能力をきちんとしなければ、文化的な自己の確立が揺らぐ」

「フランス語を訳そうとすると、どうしても日本語能力が問われる。明治の初期の日本は欧米文献の翻訳時代です。それには二つの能力、外国語を理解する能力と、それを自国語で表現する能力が必要だということを彼は見抜いた」

 漢語の省略性について「たとえば電算機と書けば、電は電気に関係があり、算は計算することに関係があり、機は機械だからと、はじめて見ても、およその見当はわかってしまう。コンピュータでは英語を知らない人にはわからない。カタカナにすると、類推のしようがなく、個別的に一々覚えなければならない」 

 強権国家では人々は、保身や身の安全のために権力に逆らうことを控える。そうした社会では人々は、権力に従ったり迎合するために権力の指示を受け入れるだけなので、権力が発する言葉を無批判に受け入れるだけだ。日本における外国語のカタカナ表記の氾濫はいささか事情を異にするが、人々の相互理解を軽んじていることでは似ている。

2023年11月29日水曜日

ユダヤ人と宗教

 民族の定義は複雑だ。辞書では「言語・人種・文化・歴史的運命を共有し、同族意識によって結ばれた人々の集団」「言語・宗教・生活慣習など文化的な共通意識を持っている人々の集団」などとなるが、例えば、中国人とは民族ではなく中国国家に帰属する人々のことで、ユダヤ人とはユダヤ教の信者のことで共に民族ではないという説がある。

 国際政治の分野では「自決権を行使できると見なされる人間の集団の単位」という意味でnationが使われている場合、これを「民族」と訳してきたが、社会学や文化人類学、政治学の分野では、自決権の行使とは必ずしも関わりを持たない社会的集団を意味するethnic group、society、community、tribeの翻訳語のとして「民族」が使われてきた(アジア経済研究所HP)。

 本質論では、血縁・性・身体的特性・社会的出自・言語・慣習など人にあらかじめ与えられたもの、自分の意思では変えられないもの、外から見て明らかなもの(客観的な属性)が集団を確定するとする。構築論では、集団は人々が他の集団との相互作用の過程で選択的に形成するものであり、目的にあわせて自分である程度自由に選び取れるものとし、外から見て必ずしも明らかでない帰属意識など(主観的な属性)が集団の確定に重要だと考える(同)。

 主観的な帰属意識などを重視する構築論からすると、ユダヤ教を信じるユダヤ人という存在への帰属意識が民族意識につながることがあるならユダヤ人は民族として成立することになる。キリスト教やイスラム教など特定の宗教への帰属意識が民族意識の形成に必ず結びつくものではないが、ユダヤ教の場合は信者が世界的に見て少数の集団に限られていることが信者=民族との解釈を招いた。

 ユダヤ人がローマ帝国に追放されたということを記録した信頼できる歴史的資料はなく、今のユダヤ人の祖先は世界各地でユダヤ教に改宗した人々であって、古代ユダヤ人の大部分はそのまま残り、その子孫は実は今のパレスチナ人だと説いたのはシュロモー・サンド氏。2008年に『ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか』がイスラエルでベストセラーになり、各国語に翻訳された。

 サンド氏の主張は、ユダヤ人が祖先の土地に戻るというシオニズム運動の根本を否定するものであり、ユダヤ人が世界各地から戻ってきて建国したイスラエルという国家の建国の正当性にも疑念を投げかけるものだ。サンド氏は、イスラエルはパレスチナ人を含む全市民に平等な権利を与える民主国家を目指すべきだとする。

 ユダヤ人の離散(ディアスポラ)を事実とし、欧州などで過酷な体験をしたユダヤ人に対する欧米諸国の同情と贖罪意識が、祖先の土地に戻るというシオニズム運動の容認につながり、イスラエルが建国された。信心深い人々がユダヤ人であるはずだが、今のイスラエルから伝わってくるのは「敵」に対する容赦のない無慈悲な攻撃姿勢だけだ。神に救いを求めても無駄だと見限った人々にとって、宗教は現世のことには関わらないものらしい。

2023年11月25日土曜日

枯れたりしない

 ザ・ローリング・ストーンズが2024年4月から米国ツアーを行うと発表した。4月28日のヒューストン(テキサス州)から7月17日のサンタクララ(カリフォルニア州)まで各地で16回のコンサートが予定されている。2カ月半で16回の公演になったのは、間隔を空けているためだ。

 ミック・ジャガーは1943年7月26日生まれで80歳、キース・リチャーズは1943年12月18日生まれで79歳だからもうすぐ80歳、ロン・ウッドは1947年6月1日生まれで76歳。引退して静かに悠々自適の余生を過ごしていても珍しくはない年齢だから、さすがに連日のライブはきつくなったのだろう。椅子に座ったままでライブを行う高齢のミュージシャンもいるが、そんな静かなライブは彼らには似合わない。

 悠々自適の余生を過ごすだけの資産は蓄えているだろうから引退してもおかしくはなく、ロック・ミュージシャンでも墓碑銘に名を連ねる人が多い年齢なのだが、彼らは活動をやめない。彼らは今年、新作「ハックニー・ダイアモンズ」を発表し、好評だ。オリジナル曲がメインのアルバムは18年ぶり(2016年にブルース・ナンバーをカバーした「ブルー&ロンサム」をリリースしている)。

 3人にはそれぞれ専属トレーナーがついて健康管理や体調維持などに細心の注意がはらわれているのだろうが、いくら周囲がサポートしても本人らに音楽活動を続ける意欲がなければ、バンド活動は続けられないだろう。創作意欲が衰えていないから新作アルバムを作り、ステージに立つ意欲と観客の前に身をさらす覚悟があるからツアーを続ける。

 3人に活動を続ける意欲があり、それを支援する周囲の環境があり、3人の活動を歓迎するファンが世界中にいる。論語では「四十にして惑わず」「五十にして天命を知る」「六十にして耳したがう」と続き、最後は「七十にして矩をこえず」とあるが、3人なら「八十にして引退せず世界を騒がす」だな(彼らは20代から世界を騒がし続けてきたのだが)。

 意欲といえば、山村や漁村や地方都市などで元気に働いている高齢者は珍しくなく、テレビの旅番組などでタレントが出会った住民と会話する中で、「82歳だよ」「90歳だ」などと話すのを聞いてタレントが驚く場面は珍しくない。元気で活動している高齢者は何らかの役割を意欲的にこなしている様子で、求められる役割があり、それに応える意欲があれば、簡単には「枯れたりしない」のは3人にも共通する。

 高齢になって枯れる(=欲望が薄れる)人は古潭の境地に達したなどと称賛されたりするが、枯れるだけが理想の高齢者の生き方ではない。やりたいことをやる高齢者が周囲に迷惑を及ぼすと暴走老人などと揶揄されたりするが、やりたいことがあって枯れたりしているヒマはないと生涯現役を貫くのも理想的な高齢者の生き方だろう。枯れたりしない人生は面白そうだと3人は示している。

2023年11月22日水曜日

タレントと才能

  大手芸能事務所に所属するタレントが、次々にヒット曲を放ち、やがてテレビでバラエティー番組の司会をこなしたり連続ドラマに出演したりと露出を増やして人気を得ていたとしても、どこまでが本人の才能なのか、どこまでが大手芸能事務所の演出やサポートによるものかは判別が難しい。

 大手芸能事務所を離れてから、そのタレントに本当に才能があるのかが見えてくる。曲作りの才能があり、歌うことが本当にやりたいことだったなら、そのタレントは音楽活動を続けていくだろう。だが、大手芸能事務所からあてがわれた曲を大手芸能事務所にあてがわれた舞台やテレビ局などで歌っていただけなら、大手芸能事務所から離れた途端に音楽活動を止めざるを得まい。

 過去のヒット曲を大手芸能事務所に取り上げられたとしても、そのタレントに音楽活動を独力で行う才能と意欲があるなら、自前で曲を用意して活動を続けていくだろう。資金力やスタッフなどの不足で大きな会場でのコンサートができなくても、小さなライブハウスは全国にある。また、演技者として才能があり、舞台に立ちたいのなら、大手芸能事務所のにらみが効かない小舞台などが活躍の場となるだろう。

 日本では、大手芸能事務所から離れたタレントの多くが、大手芸能事務所のにらみもあってテレビや雑誌などでの露出がなくなり、やがて目立たなくなっていく。ヒット曲を歌い、テレビドラマなどに出ていた過去があっても、歌手としても演技者としても評価が低いタレントは、大手芸能事務所の「あやつり人形」に過ぎないことが大手芸能事務所を離れると露呈し、タレントの人気は大手芸能事務所の演出やサポートに依存していたことが明らかになる。

 歌手や役者になることを目指した人なら大手芸能事務所から離れても活動を続けるだろうが、タレントになって人気と高収入を得ることが目的だった人は大手芸能事務所から離れると、できることは別の芸能事務所に入ることだけだ。そういうタレントにとって自己プロデュース能力とは、自分を盛り立ててくれる芸能事務所を見つけて所属することだ。

 人気と高収入を得ることが目的だったタレントは、露出し続けることが人気を維持するためには欠かせないと自覚し、音楽でも司会でもドラマでも、呼ばれれば何でもやる。呼ばれること=露出する場を用意するのが大手芸能事務所だけである場合、タレントは人気を得るために大手芸能事務所に従属するしかない。大手芸能事務所に従属して人気を得ていたタレントは、大手芸能事務所と離れたなら人気も失っていく。

 大手芸能事務所を離れてからタレントは、どんな才能があるのかを試される。人気や高収入が目的だったタレントの多くは、大手芸能事務所の演出やサポートがなくなれば、できることは何もなくなり、お呼びを待つだけの存在になる。やりたいことがあって芸能活動を行っていたタレントなら、大手芸能事務所と切れても自己プロデュース能力を発揮して、やりたいことをやるだろう。

2023年11月18日土曜日

欧州内で建国

 欧州においてユダヤ人は11世紀頃までキリスト教社会の中で異教徒として共存していたが、11世紀末の十字軍時代以降にユダヤ人に対する迫害が始まった。1096年にドイツでユダヤ人に対する襲撃事件が起き、各国で反ユダヤ人暴動が発生、虐殺もあった。大火や内乱、疫病の流行などがあるとユダヤ人が関係していると攻撃の口実にされた(世界史の窓HP)。

 13〜14世紀には欧州各国で、ユダヤ人は異教徒だとして激しい迫害が行われ、集団的な虐殺(ポグロム)も行われた。英仏やスペインではユダヤ人の国外追放や一定の居住地(ゲットー)への強制移住が行われ、14世紀の黒死病の大流行時には、社会不安の高まりもあってユダヤ人に対する迫害が最も広範囲で激しく行われ、60の大ユダヤ人集団と150の小集団が絶滅した(同)。

 16世紀の宗教改革でルターはユダヤ人がルター派に改宗しなかったので失望し、ユダヤ人を憎悪するようになり、プロテスタントの領主にユダヤ人を追放するよう要請した。カトリック教会はユダヤ人取り締まりを再開、ユダヤ教徒25人を火あぶりで処刑したほか、ゲットーに隔離し、ユダヤ人に差別バッチを付けることを強要した。カトリック圏でのユダヤ人迫害は19世紀中頃まで続いた(同)。

 18世紀に欧州で啓蒙思想が普及し、19世紀までにゲットーや宗教裁判は否定されてユダヤ人は解放された。しかし、帝国主義の時代になってナショナリズムが高まり、偏狭な人種主義が強まり、格好な攻撃目標とされたのがユダヤ人で反ユダヤ主義が広まって、ロシアや仏などで激しい迫害が行われた。一方、反ユダヤ主義に対する反発からシオニズム運動が盛んになった(同)。

 シオニズムとは、ユダヤ人が祖先の地とみなすシオン(エルサレム付近の名。現在のパレスチナ)を約束の地とし、戻って建国しようという運動で、ユダヤ人が欧州で生きることへの失望から出てきた。ユダヤ教とユダヤ人という「民族」意識に支えられたシオニズムは19世紀後半に誕生し、1917年に英国がバルフォア宣言で支持した。1920年以降、ユダヤ人の入植(移住)が推進されたが、パレスチナのシオニスト機関がアラブ住民の土地没収などを行い、アラブ住民との対立は激化した。

 反ユダヤ主義が蔓延した欧州にユダヤ人の居場所はないという状況から勢いを得たシオニズムは、欧州におけるユダヤ人と他の人々との共生を諦める思想でもある。ユダヤ人に対する迫害を繰り返してきた欧州の人々にとって、欧州からのユダヤ人排除にシオニズムは好都合だった。その結果として現在のパレスチナの状況がある。

 もし、イスラエルが欧州内で建国されていれば、現在のパレスチナの悲劇はなかった。1945年に戦勝国がホロコーストの責任として敗戦後のドイツを3分割し、その一つをユダヤ人の国としていれば欧州の多くのユダヤ人が集まり、現在のイスラエルとは全く異なる国になっていただろう。ただし、年月とともにドイツにおいて国土回復運動が勢いを得て、ユダヤ人の国と対立が起きた可能性はある。

2023年11月15日水曜日

移民の押し付け合い

 米NY市に13万人を超す中南米やアフリカなどからの移民が到着し、「受け入れの限界を超えた」と市長。移民はメキシコから国境を抜けて米国に入ってくるのだが、止まない移民の流入に対応せざるを得ない南部のテキサス州などが、専用バスを用意して移民をNY市や首都ワシントンなどに送り続けている。南部が北部に移民を押し付けている状況だ。

 これは、流入する多数の移民を持て余している南部が、不法移民の人権を尊重し、保護するNY市などに、「綺麗事ばかり言うなら、そっちで面倒を見ろよ」と移民を送り込み始めた結果だ。昨年春から今年10月までに13万人以上となり、昨今でも約600人/日が到着するという。米国には約300の聖域都市(郡や州も含む)があり、不法移民の強制送還に反対するなど移民に寛容な行政を行っている。

 必要のある人にシェルターを提供するNY市では移民がホテルや仮設住宅などのシェルターにあふれ、ホテル前などで路上生活をする移民も多く、滞在費や食費、移民の子供の教育費などの財政負担が増大した。不法移民の人権や尊厳は守られなければならないという考えは正しいが、実際に移民が殺到すると、膨大な生活コストを負担しなければならなくなり、移民を受け入れた側にのしかかる。

 NY市は連邦政府に援助や国境管理の強化などを求め、バイデン政権は、建設を中止したメキシコ国境の壁について判断を変え、建設を続けることを認めることを余儀なくされた。NY市長は22年8月に「ニューヨークは移民の街だ。常に新たな移民を歓迎する」と述べ、移民を送りこむテキサス州知事を「思いやりの心がない」と批判していたが、今年10月には移民危機として非常事態を宣言した。

 殺到する移民の押し付け合いはEUでも起きている。地中海をわたって押し寄せる移民を大量に受け入れているイタリアは、移民をEU内で再配分するよう求めたが他のEU諸国は難色を示し、さらにイタリアと国境を接する仏とオーストリアは国境管理を強化している。移民を本国に送還するにもコストがかかり、移民の出身国が帰国を認めないこともあるという。

 10月にEUは緊急時の国境管理の厳格化を認める移民抑制策で合意した。報道によると、①移民が急増する緊急時にEU加盟国は「特別なルール」を適用できる、②移民希望者を国境の施設で数カ月とどめる、③資金支援と引き換えに移民希望者を他の加盟国に移送して受け入れ審査を引き継げるーなどの内容だ。移民は大歓迎だと積極的に引き受けるEU加盟国はなくなり、移民を押し付けあっている現在、今回の抑制策が有効に機能するのかは未知数だ。

 家族と離れ故郷を後にして米国やEUを目指す移民の事情は様々で、同情すべき面もあるだろうが、受け入れ側は移民の生活を当面「丸抱え」しなければならず、移民の増加に伴ってコスト負担は大きくなる。移民の急増が遠くの場所で起きているならば、移民は保護されるべきだと「正論」を主張することもできようが、移民受け入れの当事者となれば「正論」は現実に押されて後退する。

2023年11月11日土曜日

欧米主導の世界秩序

 1989年11月9日の夜、ドイツを東西に隔てていたベルリンの壁が人々の手により崩され、同年12月22日にルーマニアでチャウシェスクの独裁統治が人々により打倒された。人々の自由などを求める動きは活発化し、東欧諸国は次々と体制転換を余儀なくされ、民主主義を基本とする体制へと移行した。

 ソ連も1991年12月に崩壊してロシアへと移行した。当時の中国は1989年6月の天安門事件を経て経済開放路線のもと、経済の急成長を続けていて、「豊かになれば民主化する」との期待が西側で広がっていた。共産主義諸国の相次ぐ体制崩壊で「人々には自由。政治は民主主義」という欧米由来の国家体制が体制間の競争に勝利したとの楽観論も現れた。

 当時、「人々には自由。政治は民主主義。経済は資本主義」という欧米由来の国家体制の国以外に、豊かで政治的に安定している国はなく、米国などが「人々には自由。政治は民主主義。経済は資本主義」は普遍的であるとの主張を声高に続けていることなどもあってか、冷戦後の世界は欧米由来の価値観一色で塗られるとの見通しさえ出ていた。

 現在の世界は、中国が世界2位の経済大国になるとともに欧米の価値観を批判しつつ独自の価値観の主張を始め、一度は民主主義国に移行したロシアは権威主義の国家に先祖返りし、中東やアフリカなどの多くの破綻国家で武装勢力が権力を掌握するなど「人々には自由。政治は民主主義」に反する国家が続々と現れている。

 これらの現象が示すのは世界構造の大きな転換期だということだ。民主主義や自由、人権など西欧由来の価値観が普遍性を持たないという現実の中で、民主主義や自由、人権など西欧由来の主張が相対視され、「そういう考えもあるんだね」程度に冷ややかに見られる世界になったとも見える。民主主義などを掲げる欧米諸国の、それらを都合よく使い分ける二重基準の欺瞞性が明らかになり、普遍性だとの主張に説得力がなくなった結果でもあろう。

 政権の正当性に民主主義を装うことが必須だと考えられていた時代は冷戦終了後、長く続いたが、権威主義や独裁でも国家は成立し、中国のように豊かにもなることができると実証された。これは「人々には自由。政治は民主主義」が普遍的だとの欧米主導の世界秩序形成が崩壊し始めたことを示す。欧米主導の世界秩序が欧米に有利な構造であることに対する不満を各国が隠さなくなったともいえる。

 だが、欧米主導の世界秩序に代わる世界秩序の姿は見えず、諸国が対立し、時には武力をも辞さずに争う混乱の世界が現れてきた。自由や人権、民主主義などの理念に普遍性はあるのだが、世界の現実政治の中でその普遍性は色褪せた。各国が自己主張するだけの無秩序の世界では弱肉強食が基本となろう。もう一度、自由や人権、民主主義などの理念が普遍性を獲得するには、例えば、諸国を巻き込んだ大規模な戦争の惨禍を人類が体験する行程を経る必要があるのかもしれない。

2023年11月8日水曜日

カタカナ表記の意味

  英語などの外国語をカタカナ表記した言葉の氾濫に対する批判は以前から多かった。だが、カタカナ表記の言葉は増える一方で、コンピューターが普及し、インターネットにより情報の国境の壁がほとんどなくなったこともあってか外国語のカタカナ表記の増殖は止まらない。英語に堪能な日本人が増えたのなら慶賀の至りだが、英語に堪能になったのならカタカナ表記よりもアルファベット表記のほうが理解しやすいだろう。

 最近では行政が打ち出す施策にもカタカナ表記が増え、中には長ったらしいカタカナ表記が混じることも珍しくない。環境保全やら持続的発展やら欧米由来の政策に追随することに励んでいて、日本人に理解しやすい言葉に翻訳する努力を放棄し、カタカナ表記にして済ませている景色だ。自国語を尊重しない日本の行政。

 外国語のカタカナ表記を見て誰もが、その意味することを即座に理解しているとはいえまい。外国語のカタカナ表記の欠点は、意思伝達手段である言葉の機能を失わせることだ。例えば、「ソーシャル・ディスタンス」という言葉が日本で広く使われているが、英語では偏見などによる心理的距離を意味する一方、「ソーシャル・ディスタンシング」は、人と人の物理的な距離をとることを意味する。

 日本では感染予防のため「ソーシャル・ディスタンス」が使われ、「ソーシャル・ディスタンシング」は使われない。カタカナ表記にすることで本来の意味から離れ、日本独自の意味を持たされる。日本人の多くが「ソーシャル・ディスタンシング」のつもりで「ソーシャル・ディスタンス」の言葉を使うが、外国に行ってうっかり「ソーシャル・ディスタンス」を使うと、時と場合によっては誤解を招きかねない。

 すでに定着した外国語のカタカナ表記の言葉も多く、辞書に載っている言葉も多い。だが増殖するカタカナ表記の言葉の多くはまだ社会的に共有されているとは限らず、その意味するものを誰もが理解しているとは言えないようだ。それは、カタカナ表記の言葉が伝達手段としては不完全であり、意思疎通を阻害することもあることを示す。

 外国語のカタカナ表記が増殖する一因は、日本人の翻訳能力(=造語能力)が衰えたためだろう。外国語を日本語に翻訳するためには日本語能力が豊かでなければならないが、すでに漢文や日本の古典を読む人が少なくなり、漫画やアニメが大勢力となった環境で育った人々に高い日本語能力を期待するのは無理なのかもしれない。

 外国語のカタカナ表記が増殖する背景には、欧米発の概念を尊ぶ日本人の欧米コンプレックスと欧米発の概念で自己を飾ろうとする個人の欲がある。他人と意思疎通し、他人を説得しようとするなら、意味を共有できる言葉を使わなければならないが、理解されにくいカタカナ表記の言葉を多用する人は、相手に理解ではなく自分への従属を求めているのかもしれない。

2023年11月4日土曜日

権利か迷惑か

 全米自動車労組(UAW)は9月15日から、▽賃金を4年間で40%引き上げる▽賃金をインフレ率と連動させる生計費調整の復活▽新規雇用の労働者の賃金を低く設定する給与体系の廃止▽EVへの移行に伴う雇用の確保などを要求して、ビッグ3社の工場を指定してストライキに突入した。ストには3社の組合員約15万人のうち5万人近くが参加したという。 

 10月末にUAWは3社と相次いで新たな労働協約で暫定合意し、1カ月半に渡ったストライキは終了した。合意内容は、▽4年半で25%の賃上げ▽熟練労働者の最高賃金を33%引き上げ▽退職者に2500ドルの一時金を支払う▽生計費調整の復活▽年金支給乗率の増加▽一部の工場での従業員を二分する給与体系の廃止などと報じられ、労働者側が勝ち取った成果は大きい。

 米国では2021年春から物価上昇が続き、2022年6月には消費者物価指数(CPI)が9.1%にもなり、23年6月には3%に下がったものの7月からまた上昇気配だった。インフレは労働者の生活を直撃するので人々は黙って耐え忍んだりしない。労働組合が賃上げを求めたり、ストライキを行う動きが米国で広がり、組合員33万人の物流大手UPSの労働組合は賃金の引き上げを求め、パートの賃金を5年間で48%引き上げるなどの内容で合意し、ユナイテッド航空のパイロット組合は4年間で40%の賃金の引き上げで会社側と合意したという。

 欧州でも物価上昇が続き、労働需給の逼迫もあって各国で労働組合が賃上げを求めてストライキを行っている。航空会社や鉄道会社、エネルギー産業、公共部門、郵便、コールセンター、看護師、医師、港湾労働者、消防士、教員など多く職種に賃上げ要求ストライキが拡大した。CPIが10%を超え、家庭の平均光熱費は80%上昇する見込みという英国でも多くの職種の労働組合がストライキを行った。

 コロナ禍で各国でエッセンシャルワーカー(必要不可欠な労働者)が社会を支えていることが明らかになった。小売や運輸・物流、医療・介護、行政、交通、公共サービズ、ライフライン、第一次産業などで人々が出勤して働くことによって社会が機能しており、リモートワークだけでは社会は回っていかないことが示された。そうして働く人々の多くは富裕層ではないだろうから物価やエネルギー費、光熱費などの上昇によって生活が脅かされる。

 「こんな賃金ではやっていけない」と労働者が賃上げを求め、ストライキも辞さないのは労働者の権利であり、自然な展開だ。だが、日本でも円高や原油高などにより物価上昇が続いているが、賃上げを要求して労働組合がストライキを決行する事例は少ないようだ。労働組合がストライキを行うとマスメディアは利用者の声を取り上げるが、それは「こっちの迷惑も考えて欲しい」といったものが多く、日本ではマスメディアは常に会社側に寄り添うように見える。

 賃上げを求めて闘わない日本の労働組合だが、組織率が過去最低の16.5%(推定、2022年)に低下し、組合数も組合員数も減少が続いている。政府や日銀から脱デフレには労働者の賃上げが必要だとの声も聞こえるが、そんな「追い風」にも労働組合の動きは鈍く、春闘という労組の晴れ舞台まで力をためている気配だ。もしかすると、権利の行使よりも我慢することが賞賛される日本社会で組合員も組合も、ストライキは迷惑をかけると自重し、我慢して耐え忍ぶことを選んでいるのかな。

2023年11月1日水曜日

クマの個体数

 今年、日本では東北地方を中心に北海道から北陸まで全国各地でクマの出没が相次ぎ、農山村のみならず市街地でも目撃例が増えている。遭遇したクマに襲われて負傷する被害も多発しており、最も多かった3年前の158人をすでに上回る172人に達したとNHKが報じた(10月29日現在)。10月に入ってからの被害が各地で増えたという。

 山菜やキノコなどを採るため山林などに入った人が被害に遭う事例は例年発生しているが、今年はクマが人里に現れ、遭遇した人が襲われる事例が多発している。クマの出没とクマによる被害のニュースを世間はまだ冷静に受け止めている気配だが、もし子供がクマに襲われて負傷したり、殺される事例が発生したなら世論は一気に変わる。世論は沸騰して「行政は何をやっていたんだ。こうした事態は予見できたはずだ」と行政に対する批判のボルテージは高まるだろう。

 クマの出没が増えた要因として、①今年は夏の猛暑によりクマが食べるドングリなどが不作で少ない、②クマの個体数が増えている、③狩猟者の減少やクマの世代交代によって人間の怖さを知らないクマが増え、人を恐れなくなった、④餌を求めてより広範囲にクマが行動するようになった、⑤農山村の過疎化などで耕作放棄地が増え、クマの隠れ場所が拡大して行動範囲が広がった、⑥市街地の柿の木などに実る果実を食べに人里にもクマの行動範囲が拡大した、⑦クマの生息域にまで市街地が拡大したーなど様々な推測がある。

 野生生物の保護は「正しい」ことと世界的にされ、各国で野生生物が保護されるようになり、生息数を増大させる野生生物も珍しくなくなった。その結果、クマなどと人の遭遇が増えた。欧州最大のヒグマの生息地のルーマニアでは、クマが人や家畜を襲う事例が増加し、当局は殺処分を認めるヒグマの年間上限頭数を50%増の220頭まで大幅に引き上げた。観光客による餌付けや、施錠されていないゴミ箱に放置された食べ物が誘因となってクマが出没するようになったという。

 日本でも知床などの観光地では以前から、観光客が不用意にクマに接近したり餌付けすることが問題化していた。観光客にとってクマは日常生活には存在しない珍しい野生生物だろうが、住民にとってクマは共存せざるを得ない肉食獣であり、「クマが日常にいる暮らしはロマンチックなものでは全然ない」とルーマニアの元環境相。ルーマニアの山間部の住人は、クマは怖いが「共存に慣れただけだ。他に道はない」。

 日本でもクマの個体数は増えていると推定されている。本当に増えていて、それが市街地などへの出没につながり、被害に遭う人数を増大させているのだとすれば、人との共存に適切な個体数にクマを管理するしかない。ルーマニアはクマの個体数を約8000頭と推定しており、220頭まで殺処分数を引き上げても、おそらく種の絶滅などの懸念はないだろう。

 問題は、日本ではクマの個体数がぼやけていることだ。どれだけクマが増えているのか誰も知らず、クマの個体数を適切な範囲に管理しようとしても、根拠となる数字がない(推定の個体数は発表されていても、上下の幅が広すぎたりして、実態はぼやけている)。政策の根拠となる数字がぼやけているのだから、クマに襲われる被害が深刻化すると、世論に押されてクマの殺処分が先行するかもしれない。

2023年10月28日土曜日

ドイツとナチスの罪

  ドイツでは1933年にヒトラーの首相就任後にユダヤ人の商店に対する不買運動や公職者の追放が始まり、1935年にはユダヤ人の市民権が剥奪され、1938年に全てのユダヤ教会などが破壊され、ユダヤ人の資産の没収が始まり、1939年にはユダヤ人は職業に就けず、学校に行けず、非ユダヤ人との交際が禁じられ、ゲットーに住むように命じられた(ブリタニカ国際大百科事典)。

 戦争が始まり、ナチスは占領した土地でユダヤ人をさまざまな方法により殺害し続けたが、1942年のワンゼー会議で、ヨーロッパの占領地全体からユダヤ人を東部の収容所に組織的に移送し、「しかるべき扱い」に処することを決定した。やがてユダヤ人の大量殺害の最も効果的な方法として特別なガス室が考案され、大量虐殺が進行した(同)。

 ドイツが行ったのはまず、国内でドイツ人と共存していたユダヤ人に対する憎悪を煽り、ユダヤ人の諸権利を剥奪し、社会から強制排除した。開戦とともにドイツは占領地でも同様のユダヤ人に対する迫害を広げた。ドイツは「ユダヤ人の絶滅」を目標に冷酷に、効率が良い殺害方法を模索し、強制収容所でのガス室で多数を一度に毒ガスで殺害するという大量虐殺を実行した。

 ドイツにだけ反ユダヤ主義があったのではなく、欧州各国にもユダヤ人に対する差別や排除などは存在し、それがシオニズム(パレスチナへの帰還とユダヤ国家建設を目指す運動)につながり、1922年から英国が委任統治したパレスチナへのユダヤ人の移住が続いた。ユダヤ人の移住者が増えるとともにパレスチナ人との軋轢が強まり、武力衝突も始まった。

 ドイツにおけるユダヤ人に対する迫害政策のため、パレスチナへの欧州からのユダヤ人移住はさらに増え、入植地が拡大するとともにパレスチナ人との対立は激しくなった。1947年の国連のパレスチナ分割案勧告決議に基づき、イスラエルは1948年に独立宣言を行い、アラブ諸国との第1次中東戦争に勝利し、国連の分割案よりも領域を拡大して占領を続けている。

 もしドイツでユダヤ人に対する憎悪が高まらず、ユダヤ人の迫害や社会からの強制排除が行われず、ナチス・ドイツによる大量虐殺も行われていなかったとすれば、イスラエルの歴史は全く違ったものになっていただろう。シオニズムによるユダヤ人のパレスチナ移住はナチス・ドイツの登場以前から続いていたのでイスラエルの建国は実現したかもしれないが、パレスチナ人との共存を目指す建国だった可能性はある。

 ドイツが欧州でユダヤ人に圧力を加え、移住したユダヤ人がパレスチナに圧力を加え、パレスチナ人の反発が高まる。ガス抜きする仕組みが皆無と見える中東では、圧力に対抗するには対抗圧力を持ってするしかなく、溜まった圧力は爆発する。ドイツとナチスの所業の延長上に現在の武力に頼るイスラエルが建国され、妥協を排除し、パレスチナ人の虐殺を許容する強硬な姿勢を貫いているのだとすれば、ドイツとナチスの罪は現在にも及んでいる。

2023年10月25日水曜日

被害者と加害者

 欧州には古くから反ユダヤ主義による偏見と憎悪が存在するとされ、ナチス・ドイツによる一連の反ユダヤ政策にならって同様の政策を実施した諸国があった。だが、第二次大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺が終戦後に明らかになると、ユダヤ人に対する同情が欧州を含む世界で高まり、反ユダヤ主義は否定されるべき対象に変わった。

 現在でも欧州で、ユダヤ人はナチスによる虐殺の被害者という位置付けが前面に出るのは、ナチス・ドイツによる反ユダヤ政策を当時座視した各国の贖罪意識とも関連しているかもしれない。つまり、欧州ではユダヤ人は被害者との位置付けは強固であり、イスラエルの行動に対して欧州各国が及び腰かつ慎重な外交に終始するのは歴史的な背景がある。

 欧州では被害者であり続けるユダヤ人だが、中東ではユダヤ人国家のイスラエルが行ってきたことは加害者の行動である。武力で占領地を拡大し、住んでいたパレスチナ人を追い出し、抵抗する人々の殺害を続けてきた。抵抗する人々に対する攻撃は残虐性を伴うことも多く、欧州でユダヤ人が受けてきた仕打ちに対する怒りを、パレスチナの人々などに対して爆発させているようにも見える。

 パレスチナ人はイスラエル建国で、住んでいた土地から追われたり、過酷な占領地支配に苦しみ、抵抗すると容赦なく殺害される被害者である。だが、残虐な攻撃に対して残虐な反撃が生じるのは珍しくなく、パレスチナ人の抵抗は無差別にユダヤ人を狙ったりする。その結果、中東ではユダヤ人とパレスチナ人はともに被害者であり、加害者でもある状況だ。

 被害者は同情され、加害者は批判される。だが、双方が被害者であり、加害者でもある場合、第三者は誰に同情し、誰を批判するか。抗争の双方が同情すべき対象だという状況で、どちらに同情するかを決めるのは政治的な判断が必要になる。同様に、何をテロとみなすかという判断も政治的な立場により異なり、占領者に対する攻撃がテロとレッテル貼りされたり、レジスタンスと称賛されたりと分かれる。

 被害者には自衛権があるとされ、加害者に対する攻撃が許容されることが、双方が被害者であり加害者である時、状況を複雑化させる。双方が被害者であるなら双方に自衛権があることになり、攻撃を双方とも正当化できる。さらに、相手側をケダモノとか怪物とみなし、相手の人間性を否定することで相手に対する残虐行為を心理的に許容させたりすると、どんな行動も許されていると思い込む人々も出てくる。

 被害者であり加害者でもある人々は、状況によって被害者と加害者を使い分けることが可能になる。被害者として同情を得ながら、自衛権による行動だとして加害者の振る舞いを見えにくくもできる。歴史は、世界の人々が、ある時には被害者であり、ある時には加害者であることは珍しくないと示している。被害者と加害者を使い分けるのは、よくある行動だ。

2023年10月21日土曜日

気のせいだよ

  ファンに高い人気がある競輪選手の佐藤慎太郎氏は1976年11月生まれの46歳。大方の競輪選手は40代に入ると全盛期を過ぎて徐々に力が衰えるものだが、佐藤氏は40代になってからグランプリで優勝し、その年の賞金王になり、以降もS級S班を続けるなど活躍している(S級S班は、2300人以上在籍する競輪選手のトップ9人に限られる)。

 ぶつかり合いが激しかった競輪はかつて「走る格闘技」とも称されたが、現在はスピード重視のプロスポーツへと変貌しつつある。とはいえ、ゴール前での選手同士の押し合いや頭突きなどが消えたわけではなく、格闘技的な要素は残っている。相手選手を落車させずに、上手に牽制して抜かせないのがベテランのマーク屋(ラインの先頭を走る選手の後ろを走る選手のこと)の技の見せ所で、佐藤氏は指折りのマーク屋だ。

 その佐藤氏がインタビューなどで締めの言葉として言うのが「限界? 気のせいだよ!」だ。40代後半になってもトップ選手を続ける佐藤氏だから、この言葉は説得力があり、競輪ファンにはすっかりお馴染みのフレーズとなった。この言葉と佐藤慎太郎氏のイラストを配したTシャツも販売されていて、人気だという。

 特筆すべき実績がなく、日々の行動にも元気を感じさせず、老けたなと見られる身のこなしが目につくようになってきた人が「限界? 気のせいだよ!」と言っても、あまり説得力はないだろう。その人が「限界? 気のせいだよ!」と思っていたとしても、それは当人の主観に過ぎず、「限界がそろそろ見えてくるんじゃない?」などと周囲からは見られたりする。

 当人に元気が十分ある時の主観主義は、時には効果的であるが、時には傍迷惑にもなる。効果的になるのは、その主観に妥当性があって説得力があり、主観による施策が現実によく対応できている時だろう。だが、その主観に妥当性が乏しく説得力が希薄で、主観による独りよがりの施策と現実との齟齬が目立つのにゴリ押しされたりすると、周囲は迷惑する。

 傍迷惑な主観主義は「敗北? 気のせいだよ!」などと負けを認めず、負けを認めないから敗北の分析も真摯に行わず、精神主義に堕し、「劣勢? 気のせいだよ!」などと猪突猛進して、当座は局面を打開したりするが、やがて重なった無理が限界に達する。「現実の分析は理性で、行動方針は主観で」を実践する人なら強い指導者になれるかもしれないが、主観が偏る可能性がある。

 「限界? 気のせいだよ!」は気力を奮い立たせる効果がある言葉で、きつい日々のトレーニングの中で何度も佐藤氏はこの言葉を己に言い聞かせているのだろう。限界は競輪選手ならば自分で決めるが、組織においては他人の評価によって決まったりする。降格させられたり、閑職に追いやられたりしても人には意地とプライドがある。「まだまだやれる」と気力を奮い立たせるには「限界? 気のせいだよ!」は心強い言葉だろう。

2023年10月18日水曜日

21世紀の社会主義

 社会主義とは「 生産手段の社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする思想・運動」とか「社会の富の生産に必要な財産の社会による所有と、労働に基礎を置く公正な社会を実現するという思想」「各人は能力に応じて働き、働きに応じて分配を受ける社会体制を目指す思想」などとされる。

 大雑把に言えば社会主義は「社会の少数ではなく多数が利益を得る、より平等な体制」を目指す思想・運動だ。共産主義は「社会主義がさらに発展した平等な社会」と20世紀には理想視されたが、現実のソ連や中国などの共産党による独裁権力が社会に歪みを生じさせ、労働者や農民など社会の多数を占める人々が抑圧される体制であることが明確になり、共産主義の欺瞞性が明らかになった。

 21世紀の世界では各国で少数の富裕層が富を拡大させる一方、中産階層の解体が進み、所得格差の拡大が進行し、少数の富裕層と多数の下層・貧困層が形成される過程が進行していると報じられる。20世紀の社会主義は多数を占める労働者や農民らが声を上げ、行動することで社会的な動きとして現れたが、21世紀の世界では労働者や農民はまとまらず、分断されているように見える。

 20世紀において共産主義の欺瞞性が明らかになり、社会主義諸国の停滞に比べ先進資本主義諸国の経済発展が目立って社会主義の「輝き」は薄れた。20世紀末からグローバル化という資本主義に世界が覆われる動きの中で、各国で少数の人々に富の集中が進み、格差が拡大し、社会の多数は下層・貧困に向かう構造になった。人々が異議申し立ての声を上げる社会もある一方、自己責任だとの主張に負けて多数の人々が耐える社会もある。

 生産手段の社会的共有・管理とは国家による経済支配であり、人々は平等に貧しい状況に置かれたというのが20世紀の現実だ。21世紀の社会主義があるとすれば、生産手段の社会的共有・管理は資本主義社会では不可能なので、社会の多数の人々に対する平等な富の分配を全く別の手法により目指すことになる。

 資本主義に対する制約を緩めると社会に格差が拡大することが明らかになった。平等な富の分配を行う社会に向かうには国家の強制力が必要となる。富裕な人々や莫大な利益を溜め込んでいる企業に高い税率を課して税収を増やし、それを人々に分配することでしか、より平等を目指す富の再分配は不可能だろう。

 21世紀の社会主義は、①社会で多数を占める人々の利益を優先する、②富の再分配による平等を目指すーが基本になる。そのためには多数の下層・貧困層に支持され、支えられる国家権力が必要となる。多数の下層・貧困層が分断されず、連帯する方向に向かう道標となる思想・アイデアを提供できるならば21世紀にも社会主義は生き続ける。

2023年10月14日土曜日

タレント帝国

 『タレント帝国』は昭和43年の竹中労さんの著作だが、「5人の若いルポライター諸君と共働して私は上梓した」「当時、渡辺プロダクションは、まさにタレント帝国に君臨して、取材・出版妨害の工作すさまじく、やっと製本を了えた版元は偽装倒産、ゆくえをくらまし、東・日販の取次ぎ拒否にあって、この書物はわずかに千数百部しか書店にならばず、〝まぼろしのレポート〟と消えてしまった」(『タレント残酷物語』、竹中労著。昭和54年)。

 『タレント帝国』は「芸能プロダクションの構造を分析した、ほとんど唯一の出版物とされている」(同)が、その中に「ジャニーズ解散・始末記」と題された一節がある。ジャニー喜多川による性加害は1999年に週刊文春が連載で明るみに出したと言われるが、昭和43年(1968年)時点ですでに知られていたことだった。

 現在では『タレント帝国』は稀少本だろうから、「ジャニーズ解散・始末記」の中から、ジャニー喜多川による性加害に関連する箇所の概略を紹介する。

・1967年暮れ、ナベプロ所属のジャニーズが解散した。

・1961年、神宮外苑に集まって遊んでいた子どもたち4人は、アイスクリームやコーラを買ってくれるジャーニー喜多川と親しくなり、彼の言うことは何でもきくようになっていった。ジャーニー喜多川は当時32歳。

・1962年、ジャニーズは売れっ子になっていたが、奇妙なふんい気が車で彼らを送り迎えしていたジャニー喜多川との間に醸し出されていく。「あおい君が相談にきて、ジャニーさんのおかげでボクの一生は終わりですと涙ぐんでいた」と真砂みどり談。

・1963年、新芸能学院のK少年が「ジャニーさんに接吻された」と訴えた。名和太郎が追求し、学院の小学生から高校生を含め14人がジャニーの被害に遭っていたことが判明、メリー喜多川は泣き泣き真相を告白した。

・同年6月、名和はジャニーズ4人の父親を集め、ジャニー喜多川に手を引かせることで落ち着いたが、7月に父兄たちは同性愛事件はでっち上げだとして、メリー喜多川に一切を任せると宣言。

・同年、同性愛事件を奇貨としてナベプロはジャニーズの家族を名和太郎から離反させ、ジャニー姉弟ぐるみで掌中におさめることができた。そしてナベプロはジャニーズを大々的に売りまくった。

・原告名和太郎は、金銭問題をぬきにして、ワイセツ事件だけで提訴したところ、被害者(ジャニーズ)の直接の訴えがなければ受理できないと却下され、立替金請求事件とした。

・名和は訴訟の前に、報道関係にジャニーの醜行を暴露する印刷物を配布したが、芸能ジャーナリストの大半は名和の訴えを無視した。

・1967年、東京地裁の記録では、ジャーニー喜多川から性加害を受けたとの複数の少年の証言があったが、法廷に立たされたジャニーズは4人とも、蒼白な表情で震えながら、「覚えていません」「知りません」などと証言。猥褻行為は立証されず示談で終わった。

 文春の報道にジャニー喜多川は文春側を提訴し、一審は喜多川側が勝訴したが、東京高裁は2003年に性加害を認定し、最高裁も喜多川側の上告を退けた。1967年にジャニー喜多川の性加害が法廷に持ちこまれていたのだから、裁判所や検察、警察が適切に動いていれば、数百人ともされる被害者の数はもっと少なくなっていただろう。

2023年10月11日水曜日

ロシアの勝利

 2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナ南西部などで激しい戦闘が続いていて、終戦や停戦に向かう動きは見えない。ウクライナには欧米諸国が武器弾薬などを供与して支援し、戦力的に優位と見られたロシアも消耗戦は想定外だったのか、諸国から武器弾薬を調達していると見られている。

 ウクライナへの欧米諸国からの武器弾薬の支援が続き、ロシアにウクライナ全域を戦場とするのに十分な兵力がない場合、この消耗戦は続きそうだ。だが、ウクライナへの欧米諸国からの武器弾薬の支援が滞ると、戦局は次第にロシア有利に傾くだろう。劣勢になったウクライナが停戦を求めるには、おそらく現ゼレンスキー大統領の辞任が必要になる。

 イラクのクウェート侵攻に対して国連はイラク軍の撤退を求め、多国籍軍を認可し、多国籍軍がクウェートを解放した。だが、安保理で拒否権を有するロシアに対して国連の軍事的な強制措置は不可能であり、ロシアがウクライナを占領したとしても欧米諸国は批判することと経済制裁を続ける以外にできることはない。つまり、勝利したロシアを罰することはできない。

 ロシアの勝利が意味するものは、①武力による他国への侵攻・占領が許容された、②武力による国境変更が許容された、③武力による国際紛争(隣接国との対立など)の「解決」が許容されたーなどだ。つまり安保理5カ国やその同盟有力国などの他国に対する軍事行動には国連は動くことができず、さらに軍事力の比重が増大する世界になっていく。

 ロシアの勝利は世界を変える。第一に、戦時下の体制として権威主義体制の優位が強調される。それは権威主義諸国の体制を正当化することに役立つとともに、権威主義体制を持続させるために他国との緊張を高めることが促され、国際情勢はますます混沌としたものになる。権威主義体制の優位の強調は、中国やロシアの影響力の増大につながる。

 第二に、民主主義が普遍的な価値観であるとの信仰が揺らぐ。多様な価値観を許容する民主主義の国では国内が分裂状態になっていたりするが、社会に連帯感が希薄な民主主義は国家防衛に非力であると見なされれば、民主主義に代わる体制を求める動きも出よう。これは権威主義体制の優位の強調と相まって生じる現象かもしれない。

 第三に、軍事力強化のために各国は軍事産業の育成・強化に励み、ウクライナ侵攻で威力を発揮した武器の備蓄を進めるだろう。同時に国際的な武器市場が拡大し、武器貿易が活発化する。また、軍事力行使のハードルが下がり、戦争や紛争が増えることになれば、防衛のために核兵器を新たに持とうとする諸国の動きもおそらく活発化する。

2023年10月7日土曜日

大雨と都市計画

  米NYで9月末に大雨が降り、洪水や停電が発生し、道路は冠水して各地で動けなくなった車が放置され、建物への浸水も発生、駅に浸水して地下鉄が一部運休するなど影響が広がり、救助要請が相次ぎ、知事は緊急事態宣言を発令した。市当局は、降雨による被害の大きい地域や地下に住んでいる人々に避難するよう呼びかけたという。

 米NYでは1週間にわたり雨が続いていて、1時間に50mmを超える激しい雨が降った地域もあり、ケネディ国際空港では29日に200mm以上の降水量を記録し、1948年以降の観測史上最多となった。今年9月の同市の降雨量は14.15インチ(約360mm)で、1882年9月の16.85インチ(約428mm)に次ぐ大雨だった。今回はは141年ぶりの大雨だった。

 日本でも今年は各地で大雨が降ったとのニュースが多かった。例えば、1月には西日本など、5月には四国など、6月には近西日本から東日本の太平洋側など、7月には北東北や九州など、8月には西日本などで豪雨が伝えられ、九州や東北など各地で相次いだ大雨の被害について政府は激甚災害に指定した。

 天気予報で線状降水帯という言葉がしばしば使われるようになり、気象庁が記録的短時間大雨情報を発表して安全を確保するようにと呼びかけることも増えた。冠水した道路を車が走ったり、道路脇の排水溝などから水が溢れたり、濁流した水が流れる河川がすぐにでも溢れそうになったり、土砂崩れなどのニュース映像も増え、大雨はすっかり非日常の出来事ではなく日常の出来事になったような気配だ。

 大雨で地上に降った水は山野の土壌に染み込んだり、河川に流れ込んだりする。だが、地面がアスファルトで覆われ、中小河川がコンクリートで覆われた都市では大雨で降った水の行き先は限られる。地面に染み込むことができない水は地表に溢れ、やがて決められた排水コースをたどることになるが、その排水コースが水で満ちていたりして水の滞留が方々で起きる。

 「これまでの下水道は、雨水流出率50%、降水量1時間当たり50mmに対応する計画が一般的だが、近年多発する集中豪雨の影響も加わって下水道への負荷は、その限界を超えることが多くなっている」と国交省HP。50mm/hを越える降水量が珍しくなっているのだから、100mm以上/hに対応した都市での排水機能を整備することが必要だ。

 日本国内のみならず世界各地での大雨の報道が増えた。これは、大雨に関する報道が増えて可視化されたとも解釈できるが、実際に大雨の頻度が世界で増えているのだとしたなら、100mm/hの大雨が降るのはしばしば起きることだと想定して対策を講じるしかない。地球環境は不変のものではなく、常に変化の中にあると考えるなら、人間にできることは変化に対応して対策を講じることだけだ。

2023年10月4日水曜日

可能性がある

 「可能性がある」という言い方は、「明日は雨が降るだろう」など将来に起きるだろうことを述べるときや、「ロシア軍は大規模な作戦を準備している」など事実として確認できないが多くの情報から導き出された推察を述べるときに使われる。「可能性がある」には将来予測と推定の2通りあるが、その可能性の確率が示されることはほとんどない。

 「1%の可能性がある」と「30%の可能性がある」や「50%の可能性がある」「80%の可能性がある」などでは、可能性の重みが異なる。どこかに大地震が起きる可能性が1%と70%では人々の用心する心構えは違うだろう。雨が降る確率が1%では傘を持たずに出かける人が大半だろうが、80%ではほとんどの人は傘を持って出かけるだろう。

 「可能性がある」とだけ言われた場合、つい50%以上の可能性があるなどと受け止めたりするが、「可能性がある」の文言だけでは、本当に何かが実現したり存在する可能性があるのかどうかは不明だ。確率が示されない「可能性がある」は、「そんな気がする」「〜かもしれない」程度の曖昧な言い方だ。

 確率が示されない「可能性がある」の文言はマスメディアにもSNSにも多い。確率を考慮せず、感覚だけで「可能性がある」を使用している場合は珍しくなさそうで、「可能性がある」は便利な文言なのだろう。主観による思い込みで、せいぜい数%程度の可能性を70%程度に格上げして思い込み、「@@の可能性がある」などと言い立てたりもする人もいそうだ。

 科学における将来予測において可能性は確率をもって表現される。確率を導き出す根拠が検証されて、確率の数字が妥当だと認められて初めて科学的に「可能性がある」との表現が許される。だが、例えば気候変動関連のように、マスメディアが報じるときには煩雑な数字(確率)は略され、気候変動により「@@が起きる可能性が高い」などと危機感を煽る警告として報じられたりする。

 科学における将来予測で確率が最も高いのは日食や月食の予想だ。はるか以前から正確な日時が示される。実際に日食や月食が起きる確率はおそらく99%以上だろう。気象予想は観測精度の向上や数値計算の高性能化などで正確さは以前よりも増しているとされるが、不確定要素(予知できない気象現象)が多く、安定して高い確率で予想することは難しそうだ。 

 確率を示すことができない対象もある。例えば、神や仏や来世や幽霊などの存在は検証できないので、存在するとも存在しないとも言える。この場合には「存在する可能性がある」とか「存在しない可能性がある」などと曖昧にするしかない。人の心にのみ根拠を有する事柄は、可能性の判断も心境次第になる。

2023年9月30日土曜日

ブラック企業とブラック国家

 ブラック企業という言葉が定着して使われているのは、日本にブラック企業という言葉に相当する企業が珍しくないと人々が感じているからだろう。ブラック企業の法的な定義はないが、厚労省は①労働者に極端な長時間労働やノルマを課す、②賃金不払い残業やパワーハラスメントが横行するなど企業のコンプライアンス意識が低い、③労働者に過度の選別を行うーなどをブラック企業の特徴とする。 

 ③労働者に過度の選別を行う結果、ブラック企業では離職率が高く、従業員の入れ替わりが激しく、若者らの「使い捨て」が常態化している。そのため社員などの募集を頻繁に行っている。もちろん「使い捨て」の対象は若者に限ったものではなく、社長や役員らとその取り巻き以外の人間は皆「使い捨て」の対象だ。

 ブラック企業の見分け方について多くのサイトがある。例えば、「ベンナビ」はブラック企業の特徴として①長時間労働・過重労働(月80時間以上の残業が続くのはブラック企業の可能性が高い)、②休日が少ない・有給が取れない、③給料が低い・最低賃金を下回っている、④残業代が出ない、⑤謎の雇用契約(社員を管理職にして残業代を出さない、みなし残業を悪用など)、⑥従業員の入れ替わりが激しく離職率が高い、⑦募集要項に、やる気や情熱の言葉が多い、⑧上司や社長が絶対のトップダウン、⑨パワハラやセクハラの横行、⑩精神論がよく出てくる(やればできる、感謝、仲間などはブラック企業が好むフレーズ。「頑張る=長く働く」ことになる)。

 ブラック企業とは知らずに入社した人が「ここはブラック企業だ」と認識したなら、金銭的・精神的被害を最小にする対応法は一刻も早く辞めることだろう。働き続ける人には様々な事情があるのだろうが、働き続けることで金銭的・精神的被害は拡大する(一方、ブラック企業は、我慢して働き続ける人がいることで利益を増大させる)。

 ブラック企業と同じような体制の国家がある。独裁者らが特権階層を形成し、トップダウンの政治を行い、人々を管理の対象とする。人々を強制労働に駆り出したり、過大なノルマを課し、低賃金を放置して中産階級の形成を阻止する。国内でも国際的にもコンプライアンス意識が低く、異論や反対論を主張する人々を社会から排除し、国民に対しては精神論で「やればできる」「国家に感謝しよう」「団結せよ」などと鼓舞する。

 そうした国家はブラック国家と言えるが、国際的にブラック国家を取り締まる法も機関もない。人々にできることは①我慢する、②政府を打倒する、③国外に逃れるーなどだ。欧米発の民主主義が世界に広まり、多くの国で採用されているのは、ブラック国家の誕生を防ぐことに効果があったからだ。だが、主権者による自由選挙でブラック国家に親和的な権力者が誕生したりもする。ブラック企業と同様にブラック国家の根絶も簡単ではない。

 ※「ブラック国家」という言葉は世界では黒人国家と解釈される可能性があり、日本から出国して欧米などで使用するには注意を要する。

2023年9月27日水曜日

地中海の魚介類

 死んだクジラを水深500mの海底に沈め、どういう生物が群がるかをJAMSTEC(海洋研究開発機構)が2013年に調査した。海底に横たわったクジラの死骸にカグラザメやコンゴウアナゴ、ムラサキヌタウナギ、オオグソクムシ、エゾイバラガニなどが次々と現れて食い尽くしていく様子が映像に記録された。

 深海の海底に沈んだクジラの死骸には「鯨骨生物群衆」という生態系が形成される。最初に死骸の肉を食う生物が現れて数カ月かけて肉を食べ、次に残った骨を食うゴカイ類などの生物が現れて数年かけて骨を分解し、さらにクジラの骨の有機物は細菌に分解されて硫化水素が発生するが、やがて硫化水素を利用する貝などが集まるという。「骨の形が分からなくなるまで分解されるには少なくとも10年以上かかる」と専門家。

 JAMSTECは有人潜水調査船を使ってブラジル沖の水深約4200mの海底でクジラの骨が散らばる鯨骨生物群集を発見した。そこにはゴカイやコシオリエビ、巻貝、ホネクイハナムシなどの41種類以上が生息しており、ほとんどが新種と判明した。栄養が極めて乏しい深海の海底ではクジラの死骸は貴重かつ大量の有機物であり、100種類以上の生物が群がるとみられている。

 人間の場合、肺に空気が入った状態では浮くが、肺の空気がすべて抜けた状態(=死体)ではほとんどが沈むという。深海の海底に沈んだ死体は水温が低いため腐敗が進まず、水圧が高いので死体の膨張が抑えられ、浮き上がることがなく、海底で体の組織が変性して死蝋化して数年以上も低酸素の環境で保存されるという。一方、人間の死体も深海で多くの生物に分解されるとみられるが、詳細は不明だ。

 カナダで行われた研究では、ブタの死体を約94mの海底へ沈めると大量のエビやカニなど甲殻類が群がって食べ尽くし、さらに深い海底に沈めた豚の死体は4日ほどで骨だけになったという。研究でブタの死体を使ったのは、体の大きさがブタと人間は同程度で、生物学的にもよく似ていることと、法医学研究では人間の死体の代わりにブタの死体が使われることがあるからだという。つまり、海底に沈んだ人間の死体はブタの死体と同様の分解過程を経る可能性がある。

 大勢の移民を詰め込んだ船が地中海に乗りだし、欧州入りを目指す動きは以前から続いていたが、今年は活発化し、イタリアにはすでに12万人以上の移民が殺到している。移民を乗せた船が沈没しても捜索や救助が全く行われないこともあるといい、地中海の海底に沈んだ移民の数は少なくないだろう。地中海中央を横断するルートでは2021年以降2836人の死者と行方不明者が確認されていると国際移住機関(2022年10月24日現在)。

 地中海の海底に沈んだ移民の死体にはおそらく様々な生物が群がって、やがて分解されていくだろう。一方でイタリアなど地中海沿岸の欧州諸国ではロブスターやオマール、カニなど甲殻類の料理が食べられている。海底に沈んだ移民の死体が地中海の食物連鎖に取り込まれるとすると、地中海で漁獲される魚もその中に含まれよう。移民の死体を食べた魚介類がそのまま食卓に上がっているかどうかは誰も知らない。

2023年9月23日土曜日

亀裂が入ったダム

 リビア東部で、大洪水でダムが決壊して少なくとも1万3千人が死亡したとリビア赤新月社は発表したが、死者は約4000人、行方不明は約9000人とWHO。内乱が続いて分裂状態のリビアでは政府はほとんど機能しておらず、正確な人数は把握できていないだろう。地中海に流された人が多数いるとされ、死者と行方不明者の合計が1万人以上になる大災害であったことだけは確かだ。

 報道によると、決壊した二つのダムは貯水よりもデルナを洪水から守ることを目的に建設されたが、1998年時点で亀裂の存在が確認され、2007年になって当時のカダフィ政権はトルコ企業に補修を依頼したが、費用の支払いを巡る交渉などで工事は始まらず、その後、内戦が始まり、亀裂が入ったダムは放置されたままだった。ダムが補修されていれば大災害を防ぐことができたかどうかは不明だが、生存や生活を脅かす危険性があるのに放置されたままの状況で、人々にできることは移住することだけだ。

 問題は、生存や生活を脅かす危険性の存在を人々が知らなかったとすれば、そうした危険性に人々は無力だ。知っていたとしても、現実的な脅威と認識せず、政府が適切に対応するはずだなどと傍観していると、亀裂が入ったダムの下流で生活していた人々と同様の被災者になりかねない。

 最近、人々の生存や生活を脅かす危険として世界的に強調されているのは温暖化(気候変動)だ。日本ではこの夏、猛暑となり、気象庁は「夏の日本の平均地上気温はこれまで最も高かった2010年を上回り、1898年の統計開始以来、1位の高温となる見込み」とし、異常気象だとした(「30年に1回以下で発生する現象」を気象庁は異常気象としている)。連日の猛暑にうんざりした人々は「異常気象じゃ仕方がない」と納得したのかな。

 「こまめに水分をとりましょう」などとメディアは呼びかけるが、全国で熱中症により救急搬送される人数は過去最多に迫る勢いだという。大半は軽症だが、重症者や死者も出ている。今年の猛暑はエルニーニョ現象が続いたことと偏西風が北に蛇行したことの影響が大きいと気象庁は説明したが、仮に温暖化が今年の猛暑の重要な一因だとすると、温暖化の進行に歯止めはかかっていないので、来年以降も猛暑となる可能性は高いだろう。

 温暖化が人々の生存や生活を脅かす現実的な脅威だとしても、温暖化の進行を阻止する現実的な対応は乏しい。EVをこれから世界的に増やしてみたってCO2の削減効果が現れるまでに相当の日時を要し、温暖化の進行をどれだけ阻止できるか不明だ。つまり、温暖化論が正しいとすると、日本でも世界でも人々はこれから毎年のように猛暑に直面する。

 温暖化という生存や生活を脅かす危険に各国政府とも手をこまねいているので、人々にできることは、少しでも猛暑の影響が少ないところに移住することだ。首都圏には直下地震という人々の生存や生活を脅かす別の危険も指摘され、住み続けるリスクは顕在化している。温暖化対策として首都圏などから地方への移住を大々的に促すことぐらいが政府にできることだろうが、動きは見えない。「亀裂が入ったダム」が放置されたままなのはリビアだけではなさそうだ。

2023年9月20日水曜日

合理的な判断

 ジャニーズ事務所に所属するタレントを起用したCMは大量に存在するが、ジャニー喜多川の数百件にも及ぶという所属タレントへの性加害という犯罪行為が正式に認められて以来、ジャニーズ所属タレントを自社のCMから排除する企業が増えている。そうした企業が次にはジャニーズ所属タレントが出演しているテレビ番組のスポンサーを降りかねないとテレビ局が危惧していると噂されている。

 こうした動きに対して、悪いのはジャニー喜多川とその悪行を黙認していた経営陣であり、所属タレントには罪はないのだからとCM打ち切りに対する批判がある。さらに降板させられたタレントが可哀想だとの同情論もあるとか。確かにタレントが性加害に加担したり、類似の行為をしていないのだとしたら「罪はない」だろうが、タレントは芸能プロの商品であり、不祥事にまみれた企業の商品の価値が暴落するのは仕方がない。

 CMの契約はタレントが勝手にできるはずもなく、ジャニーズ事務所が仕切っているのだろうから、金は事務所に入る。CMにジャニーズ事務所のタレントを起用した企業が「ジャニーズ事務所が適切な対応を講じないから契約を終了する」という対応を取らなければ、CMを流している企業がジャニーズ事務所を支援している構図になり、CMを流している企業の社会的責任が問われかねない。

 CMは新商品の魅力を強調して購買につなげることや企業のイメージアップを狙って展開されるものだ。CMからは商品や企業に対するネガティブな要素は排除され、新商品の利点だけが訴求されたり、企業の明るく清く正しいイメージとか真面目に活動しているイメージなどを演出する。だからCMから不快感を感じさせる要素は排除され、汚れているとか不正があるーなどのイメージは御法度だ。

 ジャニー喜多川の犯罪行為が認定され、その実態の断片が多くのメディアに報じられ、人々はジャニーズ事務所に所属するタレントの多くがジャニー喜多川による犯罪行為の被害者になっていたことを知った。数百件にも及ぶという性加害の被害者が何百人いるのか不明だが、企業が流すCMに起用されているタレントが被害者である可能性を否定するジャニーズ事務所からの説明はない。

 こうした状況でジャニーズ事務所のタレントが出演しているCMを流していると、「このタレントもジャニー喜多川にやられているのかな」などと興味本位で見る人々もいるかもしれない。それはCMの効果を台無しにする。CMが訴求する新商品の魅力や企業の良きイメージは損なわれ、ジャニー喜多川という少年ばかりを餌食にする同性愛者のイメージがCMによって喚起されかねない。

 CMは出演タレントのためにあるのではなく、企業の経済活動の一環であり、CMが企業にとってマイナスイメージしかもたらさないとしたなら、そうしたCMを中止するのは合理的な判断だ。さらにジャニーズ事務所のタレントを使うCMを打ち切ることができない企業には、ジャニーズ事務所との関係など何らかの事情があると勘繰られかねない。

2023年9月16日土曜日

人気と芸

 日本で、芸能界に君臨する芸能プロにテレビや新聞などマスメディアが迎合し、少しの批判をすることもできず、好き勝手に振る舞うことを許すのは今に始まったことではない。敗戦後の芸能界に君臨し、テレビ局の番組編成に大きな影響力を行使し、新聞を黙らす地位はナベプロ(渡辺プロダクション)に始まり、ジャニーズ事務所に受け継がれている。

 多くのバラエティー番組や歌番組を放映するテレビ局が、人気タレントを多く抱える芸能プロを批判できないのは不思議ではない。民間のテレビ局が骨のある報道機関だと見ている人は少ないだろうし、バラエティー番組を増やし、語学番組にもタレントを多く起用するようになったNHKが芸能プロに対する依存を高めているだろうことは容易に見て取れる。

 社会の公器ともされる新聞社は営利企業であり、新聞発行と収益確保のバランスで常に揺れている。毎日を除く新聞社はテレビ局に出資しており、テレビ局と利害を共有するほか、新聞社が発行する様々な媒体でタレントを使うので、芸能プロに気を使ったりする。例えば、ジャニー喜多川が死んだ後に発行された週刊朝日7/26号は「ジャニーさん、ありがとう!」の言葉を表紙に大きく掲げた。

 企業としての新聞社が記事にできないネタでも、大手芸能プロで犯罪が行われているのに取材もせず、記事を紙面化しないのは間違っていると「骨のあるジャーリスト」が社内にいたならば何らかの情報が表面化し、犯罪行為が続くことはなかっただろうーなどと思うのは高望みだ。新聞記者は会社員でしかなく、骨のあるジャーナリストが紛れ込んでいても社内で「淘汰」されるだけだ。

 マスメディアがジャニー喜多川の犯罪行為に沈黙したのは、芸能に対する軽視や蔑視があったのかもしれない。芸能界には枕営業が存在すると噂され、性行為と商売が絡む業界だとマスメディアが芸能界を見ていたとしたなら、ジャニー喜多川の犯罪行為も「そういう業界」の話として受け止め、無視したのかもしれない。

 歌の下手なジャリタレや学芸会レベルの演技のタレント、社会常識に疎いタレントらを見れば、芸能に対する軽視や蔑視が生じるのは自然なことだ。歌が下手でも演技が学芸会レベルでも「おバカ」でも露出が多ければファンがついて人気者になるタレントがいて、芸が貧弱でも芸能人とされる。そういう芸能界を大卒が大半であろうマスメディアが見下したとしても不思議ではない。

 芸に対する批判の不在が芸能を堕落させる。芸を真摯に見る人が少なくなり、芸を評価できる人も少ないから「芸no人」が闊歩する芸能界になったか。もしかすると芸能に対する軽視や蔑視はマスメディアに限らず、一般的なものかもしれない。人々のタレントに対する人気は芸に対する評価と大して関係ないのだとすると、使い捨てのスターやタレントに本格的な芸は必要ない。

 マスメディアはナベプロを批判できなかったし、ジャニーズ事務所も批判できなかった。芸能プロとテレビ局や新聞社は、タレントを使って商売する利益共同体であり、その関係は変わらず維持されている。

2023年9月13日水曜日

後進国の成功

 買ったものの少し読んだだけで、そのまま本棚に置かれたままになる本がある。読み続けなかった理由は、興味が続かなかったとか、先に読みたい本が出てきたとか、いつでも読むことができると思って忘れたとか、仕事などが忙しくなり読書の時間が持てないままに忘れたとか様々だろうが、数年〜数十年後に、ふと本棚で見つけ、読み始めて、「おもしろいじゃないか」などと感じることがある。

 最近、本棚で見つけて読み始めたのは加藤周一氏の『世界漫遊記』(講談社学術文庫、1977年刊)だ。どこかの古書店で入手したはずだが、いつごろ買ったものなのかは忘れてしまった。読み始めて、おぼろげな記憶も湧かないので、おそらく読んではいない本だ。これは、1964年に初版が出て、1971年に1篇を加えた新版が刊行された書籍を文庫化したものだ。

 この本で加藤氏は、米ソが鋭く対立した冷戦期の1960年代前半に米国やカナダ、メキシコ、香港、インド、ソ連、仏、オーストリア、西独、スペイン、英を訪れて見聞したことや考えたことなどを綴っている。語学に堪能な加藤氏は各地で現地の人々と交流し、会話し、議論した。海外旅行がまだ特別な体験だった当時、こうした海外事情は注目されたに違いない。

 世界的に経済の底上げが進み、社会主義が衰退し、民主主義が無条件に至上のものとは見なされなくなり、先進国以外の国の自己主張がフツーになるという大きく当時とは変化した現代から見れば、時代の制約を感じさせる記述も目につくが、実際に世界各国を訪問して滞在して得た見聞や感想などは当時の各国事情を伝えるものとして興味深い。加藤氏は当時の各国の様子(建築や街並み、演劇や美術や音楽や政治情勢など)や人々の様子を伝えた。

 この本の中に以下のような興味深い記述を見つけた。

 「後進国が短い間に強大になろうとするときには、国内では民主主義の犠牲のもとに統一が行なわれ、国外に対しては戦闘的なナショナリズムのあらわれるのが一般的な傾向であるかもしれない。

 たとえば明治維新以後の日本、ビスマルク以後のドイツ、スターリン時代のソ連……もちろん《民主主義の犠牲》がスターリン治下のソ連でほど徹底するとはかぎらないし、《戦闘的なナショナリズム》がヒトラーの場合のように侵略的になるとはかぎらない。その国により、その時代により、事情はちがい、発展の仕方もちがうだろう」

 短い間に強大になった後進国とは現代においては中国だと多くの人は思い浮かべるだろう。確かに現在の中国は「国内では民主主義の犠牲のもとに統一が行なわれ、国外に対しては戦闘的なナショナリズム」が現れている。中国は欧米日などから資本と技術を取り入れ、世界への輸出基地になることで目覚ましい経済成長を遂げたが、その経済成長は独裁権力をも強化する結果となった。

 歴史的に「後進国の成功」には類似パターンがあるように見え、後進国が強大になる過程を一般理論化できそうだと加藤氏は示唆する。「明治維新以後の日本、ビスマルク以後のドイツ、スターリン時代のソ連」と同じような行路を中国が今後たどるとすれば、粗暴な帝国主義国になって周辺国に対する軍事行動を起こすことになる。どうか一般理論から中国は外れて、平和理に成熟した先進国の仲間入りすることを願いたいものだ。

2023年9月9日土曜日

ブラウン・シュガー

  ローリング・ストンーズは2021年に北米などでツアーを行ったが、そこで彼らの代表的なヒット曲の一つである「ブラウン・シュガー」が演奏曲目から外されたことが話題になった。奴隷に関する歌詞や黒人女性を性的対象にする歌詞が批判されてきたが、そうした批判に対応した判断だと受け止められた。

 MJは1995年に、歌詞が問題になるなんて「思いもしなかった」が「今なら絶対にあの曲は書かない」「自己検閲して『ああ無理だ』と思うだろう」と述べ、歌詞に対する批判を認識していた。「ブラウン・シュガー」を外したことについて「自分たちの挑発に多くの人が過剰反応することになった」としつつ、変化しなければいけないことを受け入れていると述べたそうだ。

 歌詞は、奴隷船や奴隷商人、ニューオーリンズの市場、女奴隷にムチ打つーなどの言葉を散りばめ、「ブラウン・シュガー、どうしてこんなにうまいんだ?」と繰り返す。ブラウン・シュガーは精製されていないヘロインを指す俗語でもあるので、麻薬讃歌の曲との受け止めもあるが、それについてローリング・ストーンズ側は触れていない。

 かつてのローリング・ストーンズは時代に衝撃を与え、挑発する存在であったとMJは述べた。当時のローリング・ストーンズは反抗的とのイメージを漂わせ、良識に背を向けるポーズを辞さなかった。だが、時代の変化とともに当時の価値観と現代の価値観にはズレが生じ、笑って済まされたような文言も厳しく批判される時代となり、奴隷制や黒人蔑視などは全否定すべき対象となった。

 「ブラウン・シュガー」はロック史に残る名曲だ。米国の黒人音楽の強い影響の中にあるローリング・ストーンズに黒人蔑視があるはずはなく、「ブラウン・シュガー」の歌詞は当時の公序良俗を揶揄する反抗的なポーズの結果だろう。だが、ロック音楽が巨大ビジネスになり、ローリング・ストーンズが世界ブランドになり、メンバーがセレブ扱いされる時代となっては、かつての反抗的ポーズは重荷になったか。

 世界ブランドになった今のローリング・ストーンズには世間の公序良俗に抗って歌うエネルギーがなくなった。ローリング・ストーンズが世間に負けたと見ることもできる。「ブラウン・シュガー」を演奏曲目から外したのは、現代という時代に適応(迎合?)したとも、年老いたメンバーに時代の風潮に抗うエネルギーがなくなった表れとも解釈できる。

 かつてローリング・ストーンズは中国公演を実現するために中国当局からの規制を受け入れ、セットリストから数曲を外した前歴がある。反抗的ポーズがビジネスになった時代は過ぎ去り、「正しく」あることを装うことがビジネスに求められる現代に、世界ブランドで巨大ビジネスとなったローリング・ストーンズも合わせる。

2023年9月6日水曜日

情報環境とメディア

 東電福島第1原発の処理水の海洋放出をめぐり中国の国営メディアは「核汚染水」と呼び、不安を煽り、日本を批判する報道を続けている(報道には事実の検証が欠かせないので中国の国営メディアは、政府の意向に沿ってプロパガンダを行っていると見なすべき)。日本や韓国、ペルーで海洋放出に反対する人々を取り上げ、放出反対が世界的な動きであるかのような演出もあるとか。

 新華社は、海洋放出は「極めて利己的な行為であり、本来日本が負担し吸収すべき原発汚染水の『リスク』を太平洋沿岸諸国や島嶼国、さらには全世界に広げる。これは犯罪である」 とか「福島第一原発を運営する東京電力には、いい加減な対応や隠蔽・ごまかしの『黒歴史』が多すぎて、もはや国民の信頼を勝ち取るのは難しい」「反対の声を鎮めるために東電はあからさまな嘘までついた」  などとした。

 環球時報は社説で「日本が国際世論にうその情報を大規模かつ集中的にばらまき、無責任な行為を覆い隠した上に、正当性まで求めている」とか、日本国内で中国からの嫌がらせ電話が相次いでいることについて「日本を中国にいじめられる被害者に仕立て上げ、同情を買おうとしている」「この問題の本質は両国間の争いではなく、日本が全人類に危害を及ぼす悪事を働いたことにある」などとした。

 悪意で歪められた言説が溢れている国営メディアだが、中国国内でのSNSでは検閲によって処理水の安全性を説明する投稿が削除され、日本政府を批判する投稿ばかりが残り、ほかに恐怖を煽るフェイク動画や偽情報が拡散されているという。中国国内で国営メディアの報道を見、SNSに流れる投稿を見ているだけの多くの中国人が処理水の安全性に疑問を持ち、日本に対して批判的になるのは当然か。

 中国政府は世論を誘導することに成功している。国営メディアでもSNSでも政府の意向に沿って歪められた情報だけが大量に溢れ、連日流し続けられる。こうした情報環境に閉じ込められた人々に「情報を疑ってかかれ」とか「情報は検証しろ」などと言っても無駄だろう。国営メディアやSNSの情報を肯定する情報ばかりの中にいては検証しても、その情報の真偽は不明だ。「嘘も百回言えば真実となる」世界に中国人は生きている。

 一方、ほとんどのメディアが揃って沈黙を守ったために、長年にわたって多くの未成年者に性加害を続けていた人物の犯罪行為が隠蔽されたのは日本だ。犯罪行為が行われていると指摘されたことはあったが、ほとんどのメディアは沈黙を守り、犯罪行為は続いた。日本のメディアは沈黙を守ることで世論を誘導することに成功し、大手芸能事務所への批判を抑えることに加担した。

 それぞれの情報環境の中で人々は生きる。メディアがプロパガンダに励めば人々は意識を操作され、メディアが沈黙すれば伝えるべき情報も伝えられず、犯罪行為が行われていても人々は問題意識を持てない。中国では共産党の独裁統治が続く限り国営メディアに対する批判は抑え込まれようが、沈黙に対して日本ではメディア批判が現れた。この批判にメディアが真摯に反省することでメディアへの信頼は回復するが、反応は鈍い。中国も日本も情報環境はそう簡単には変化しそうにない。

2023年9月2日土曜日

無法者と国家

 無法者というとヤクザや暴力団員、ごろつき、チンピラ、与太者など暴力をちらつかせて好き勝手に振る舞う連中のイメージだが、国家の縛りが緩かった時代には山賊や海賊、盗賊など国家の統制から外れた連中のことでもあった。詐欺師や山師、ペテン師なども法の網をすり抜けて利益を得ようと活動する連中だから無法者といえよう。

 「法や社会秩序を無視する者」「法や社会秩序から外れた者」を無法者とすると、いつの時代にも無法者は存在した。現在も、法の網をすり抜けて利益を得ようとする連中はカタギの人々の中にもいて、政治家や官僚、ビジネスマン、投資家らの中にもいることは、暴かれた数々の経済事件が示している。外見はカタギだが実は無法者という人物は、外見や普段の言動からは見分けがつきにくい。

 活劇映画では無法者が主役となり、豊かな人間性を持つと描かれた無法者が縦横無尽の活躍で暴れ回り、「敵」を次々と倒してヒーロー扱いされることもある。だが、現実世界では、どんなに「いい人間」であっても何をするか分からない無法者がいると周囲は迷惑するだけだろう。ましてや、「いい人間」では全くない無法者が近所に住んでいると周囲は常に警戒心を持っていなければなるまい。

 無法者としての振る舞いを辞さない国家がある。現在ではロシア、中国、北朝鮮などが代表例で、その共通点は①独裁権力、②軍事力に頼る、③厳しい国内統制、④愛国心を鼓舞、⑤外交で威嚇を多用、⑥責任を他国に転化するーなどだ。そうした国家は国際法や国際規範、国際秩序などを時に無視し、自国の利益ばかりを追求し、自国の利益の尊重を他国に要求する。

 人間なら「あっしは裏街道で生きるものでございます」などと無法者であることを認めたりするが、無法者国家は国際法や国際規範、国際秩序から外れたことを認めず、自国に都合がいい場合にはそれらの尊重を主張し、自国に都合が悪い場合にはそれらを無視して一方的に独自の主張を繰り返す。国際法や国際規範、国際秩序には縛られないが、利用できるときには利用する。

 無法者国家は、カタギを装う無法者だ。カタギと無法者を使い分けながら常に自国の主張を通そうとする。国際社会から締め出されることに強く反発するが、国際法や国際規範、国際秩序の維持などには無関心だ。国際法や国際規範、国際秩序などが建前にすぎないとすれば、常に自国の利益を最優先に動く無法者国家の姿は国家の本質に忠実なのかもしれない。

 カタギと無法者を使い分けるのは欧米諸国も基本的に同じだ。異なるのは、無法者として行動する時にも欧米諸国は民主主義や人権や自由などで飾り立て、国際法や国際規範、国際秩序などをあからさまに無視しないことだ。してみると、国家の多くは「カタギを装う無法者」との定義も成り立ちそうだ。国際法や国際規範、国際秩序などを自国に都合よく使い、時には無視する外交をこなせない国家は他国に遅れをとるばかりか。

2023年8月30日水曜日

山火事の原因

 米ハワイのマウイ島で8月8日に発生した山火事は死者115人、2200棟とも3000棟ともされる建物が損壊するなどの被害を生じさせ、経済損失は約8700億円との試算が公表された。カナダ西部では400件以上の山火事が発生した(全土では1000件以上)。例年も山火事は被発しているが、州政府は今年は「州史上、最悪の山火事シーズン」だとし、約3万人に避難命令、約3万6千人に避難警報が出された。消失面積は約1400万ha。

 山火事は毎年、世界各国で発生しているが、今年は大規模な山火事が報じられている。スペイン・カナリア諸島では消失面積が8000haを超し、2万6千人以上が避難した。ポルトガルの山火事では消失面積8400ha、フランス南西部では同500haのほか、ギリシャでは観光地のロードス島から約1万9000人が避難し、伊シチリア島や米ワシントン州東部などでも山火事が発生したという。

 世界各地での山火事のニュースが増え、地球温暖化の影響を指摘する報道も多く、「地球環境が温暖化すると山火事が増えるのか。日本は山林が多いから、そのうちに全国各地で山火事が多発する時代になる」と心配する人がいた。どうやら、気温が上昇すると自然発火で山火事が発生すると連想したらしい。

 山火事が地球温暖化により増えると懸念されるのは、地球温暖化が地域によっては乾燥した気候をもたらし、枯れ葉や枯れ枝などを含め山や野原が「燃えやすい」状態になったところに、何らかの着火によって火災が生じ、消火が適切になされていない状況では、山火事が燃え広がるからだ。米西海岸やオーストラリアなどで毎年、山火事が多発するのは乾燥した気候の頃だ。

 日本は周囲を海に囲まれていて、夏の猛暑は高い湿度を伴い、ジメジメとして暑苦しい。海も暖められて水分を蒸発させるからで、猛暑だけれどカラッとした湿度の低い夏の日は日本では珍しいだろう。海に囲まれて湿度が高い日本では、乾燥による大規模な山火事が起きる確率は少ないかもしれない(大規模な山火事が起きる確率はゼロではない)。

 気候変動の影響で今年の世界各地での熱波がもたらされたとの解釈があり、熱波で自然発火して各地で山火事が発生したと早合点する人もいるらしい。だが発火温度(発火点)は枯葉で350度、木材は250〜260度、木炭は250〜300度、新聞紙は290度、ガソリンは300度、ゴムは350度、古タイヤ150〜200度などと、気温が仮に50度に達したとしても枯葉や枯れ枝、木材などが自然に燃え上がることはない。

 燃焼の3要素は「可燃物」「酸素」「着火エネルギー」で、山火事は何らかの着火によって発生する。マウイ島の山火事でマウイ郡は電力会社が通電していた送電線が倒壊して火災が発生したと電力会社を訴え、電力会社は送電は止まっていたと反論した。焼失面積13万haとEUで過去最大規模の山火事に見舞われたギリシャで警察が放火容疑で79人を逮捕した。放火のほか焚き火、野焼き、バーベキューやタバコの火の不始末など人為的な原因も多いという。世界の山火事を検証するには、地球温暖化との関係を重視し過ぎるよりも、着火が何かを調べることがいい。

2023年8月26日土曜日

風評に負ける

 風評とは「世間であれこれ取りざたすること。また、その内容。うわさ」だ。風評が立つ、風評を立てられる、風評に惑わされる、とかくの風評がある人物、風評被害ーなどとして用いられる。風評に怯えるーという使い方が最近では増えた。風評に立ち向かうーのではなく怯えるのだから、風評に負けたーといえよう。風評に負けるのは、影に怯えるからだ。

 風評には誰も責任を持たない。ある風評を口にして誰かに不利益をもたらした人は責任を問われるだろうが、世間で言われているという風評には誰も責任を持たず、その根絶は困難だ。単なるウワサであっても、それを聞いた人々が本当らしいと思ったならば、そのウワサは定着し、定着しているから本当に違いないと、さらに多くの人々が簡単に信じたりする。

 そうした繰り返しで風評が社会に定着すると、風評には根拠がないとか科学的に間違っているーなどと主張し、説明を繰り返しても、風評の根絶は簡単ではない。風評は理性的な判断による思考の結果ではなく、感情による即断から生じるものだろうし、人々の心の中にある感情を外部から動かすことは、おそらく、風評とは違う方向へ大きく感情的に揺さぶることなどを行わなければ無理だろう。

 風評に立ち向かい、風評に負けないためには「人の口に戸は立てられぬ」と覚悟を決めることが必要だ。風評を根絶することは無理だと諦めつつ、なおも風評が間違っていることを説明し続ける。風評を信じたり、あやふやな風評に従うような人々には説明しても効果が限らようが、説明して説得するという姿勢を見せ、その風評は「間違っている」と言い続けるしかない。

 風評の発信源が特定されることはほとんどなく、不特定多数の人々により風評は維持されるが、風評による買い控えなどが生じると生産者などは風評による被害者となる。風評による加害者は特定できないが、風評による被害者だけが実在する状況で、被害者が怒りをぶつけようにも相手が見えず、風評被害の補償を求めて政府に怒りをぶつけたりする。

 風評が意図的に仕組まれて流布されることが、SNSの世界的な普及に伴って広く行われるようになった。大掛かりなのはロシアによる米大統領戦での介入などが代表例で、各国は他国で風評をSNSで流して世論の操作・誘導を試みているだろう。さらに様々な組織や機関、企業などによる世論の操作・誘導にも風評が紛れ込んでいるに違いない。

 我々は多くの様々な風評にさらされて生きている。SNSを遮断し、SNSがない生活には戻れまいから、風評に惑わされないスキルが必要となる。全ての情報について真贋を確認することは不可能であり、情報を見たら「疑ってかかる」という態度が防衛策となる。風評を政治的に使う中国や、風評被害を心配すると同時に吹聴しているようなマスメディアなどは、情報を見たら「疑ってかかる」ことの必要性を示している。

2023年8月23日水曜日

残り続けるデータ

 日本のキャッシュレス決済比率は年々増加しており、2022年には36.0%(111兆円)となった。内訳はクレジットカードが30.4%(93.8兆円)、デビットカードが1.0%(3.2兆円)、電子マネーが2.0%(6.1兆円)、QRコード決済が2.6%(7.9兆円)という(経産省まとめ)。キャッシュレス決済比率を2025年までに4割程度にするという経産省の目標はほぼ達成できそうだ。

 キャッシュレス推進の社会的意義を経産省は、「決済を変革することで、現金決済に係るインフラコストの削減や業務効率化・人出不足対応等の既存の課題を解決し、データ連携・デジタル化や多様な消費スタイルの創造」に寄与するとし、キャッシュレスによって「支払に特別な意識を払わずとも行える決済が広がり、データがシームレスに連携されるデジタル社会」を目指すという。

 先進国の中ではキャッシュレス決済比率が低いとされる日本だが、量販店に加え飲食店や小売店でもキャッシュレス決済が珍しくなくなり、現金を使わずに支払いができる簡便性を実感した人々は増え、それらの人々はもう現金決済には戻らないだろうから、日本のキャッシュレス決済比率が高まることがあっても低下することはなさそうだ(どこかで頭打ちはあるかもしれない)。 

 現金での支払い決済は店頭で現金を相手に渡した時点で完了する。顔見知りでもなければ売買相手の名前も知らないだろう。だが、キャッシュレス決済は店頭での手続きが終了した後にもデータが記録されている。そのデータを見ることができるのは金融機関だが、マネロン対策など必要があれば政府がデータの提出を求める可能性はある。おそらく中国などの強権国家では政府が個人データを自由に見ているだろう。

 日本国際博覧会協会は大阪万博でキャッシュレス決済を本格導入すると発表した。会場内の売店やレストランなどの施設ではクレジットカードや交通系ICカード、QRコードなどによるキャッシュレス決済とし、プリペイドカードの販売などでサポートするほか、スマホによる「デジタルウォレット」も導入する。入場券も電子チケットとなり、前売券(6000円。通常の1日券は7500円)は11月末に販売開始予定。なお入場には来場日時予約が必要。

 大阪万博の会期は2025年4月13日~2025年10月13日。管轄する経産省は日本館を出店するが、万博会場でのキャッシュレス決済の全面導入は経産省の意向が反映したものだろう。1970年の大阪万博では総入場者数が6421万人と当初の目標の3000万人の2倍以上に達したことから今回も多数の来場を期待して、一気にキャッシュレス決済を普及させようと目論んでいる気配だ。

 インターネット網が社会を覆い、データの迅速なやり取りが日常化してキャッシュレス決済が一般化する基盤は構築された。一方で、データを見ることで権力が人々の行動を追跡・管理したり、キャッシュレス決済網から排除することで人々を抑圧することも可能になる。キャッシュレス決済については利便性ばかりが語られることが多いが、キャッシュレス決済の普及とともに、そのデータ保護・保全について議論が高まろう。

2023年8月19日土曜日

不利益を選ぶ

 親から受け継いだ工務店を社員30人ほどの建設会社に育て上げ、子息に社長職を譲って今は完全に社業から離れて悠々自適の生活を送っている友人Aは、郊外の離農した人の大きな農家を買い取ってリフォームして住み、家庭菜園というには広すぎる畑で多くの種類の野菜を育てながら暮らしている。

 さまざまな収穫した野菜を使った料理を並べて「収穫祭」を行うとの誘いを受け、久々に友人Aの顔を見に出かけた。農家だった家は、外観は農家の面影を残しているが内部はすっかりモダンな作りに変えられ、「基礎から全部新しくした。農家だった外観を生かして手を入れたけど、古材を探して、けっこう使ったから新築するよりも金がかかった。まあ、これが俺の終の住処だ」と友人A。

 そこへ友人Bと友人Cが到着した。友人Bと友人Cが友人Aと会うのは10数年ぶりだという。「農家を買って田舎暮らしを始めたというから、小さな農家で細々と年金暮らしをしていると思っていたが、ずいぶん立派な家だな。これなら民宿を始めても商売になりそうだ」と友人Bは相変わらず遠慮なしに言う。「老夫婦2人だけで住むには広すぎるな」と友人Cも時候の挨拶は省いて言う。

 前夜から友人Aと奥さんが下ごしらえし、準備していた料理が次々とテーブルに並び、「収穫祭」が始まった。「草取りなんかも適当で、まめに手入れもしないのに、場所がいいのか、結構な量の野菜が獲れるんだ」と友人A。友人Bと友人Cが持参した大量のワインや日本酒などのボトルが次々と空になっていった。

 居間に移って、話題は自然に昔の付き合いの思い出になった。「若い頃に付き合っていた連中は皆、いい歳になったが、丸い人格になった奴は誰もいないな。相変わらず言いたいことは言い、やりたいことはやる奴ばかりだ」と友人A、「類友だから、自由に生きるのが好きで、抑えつけられると反発する連中が集まったんだ」と友人C。

 「いろんな奴がいたな。あの頃は、ああしたほうがいいとか、こうしたほうがいいとか側から見ていて言いたくなっても、そんなことは本人は分かっている。そっちに行ったら損をすると分かっていても、損を承知で、やりたいことをやる奴らだった」と友人B。いろんな事情とか心境、境遇が絡み合っていたのだろうが、損をすることに負けない気持ちの強さがあったのは、若さに加え反骨心があったからか。

 「こんな経営者に頭を下げて働くよりも、窮乏してもいいから縁を切りたいと思って職を転々としてきたんだ」と友人C、続けて「我慢したほうがいいと思っても、ムズムズと心の中で動くものがあって、自分を損得では納得させられない」。「我慢することが屈辱と思えるのだったら、自分の意思を通すしかないさ。そんな生き方をする奴らだから、こっちも信頼できたんだ」と友人B。

 「利害で動くのが当然視される最近の連中から見れば、俺たちの生き方は懐メロと同じようなものかもしれないな」と友人A。「でも、損はしたかもしれないが、それなりに豊かな人生だったと思うよ」と友人Bと友人Cは口をそろえた。少し我慢すればいいと自分をなだめてーーでも、実際は少しの我慢が繰り返される人生になったりする。人生の本当の損得は何なのだろうかと深夜まで会話は続いた。

2023年8月16日水曜日

蛇行の影響

 日本では、連日のように最高気温が40度近くになる地点が全国各地で続出するなど、猛暑の夏となり、熱中症への警戒がマスメディアで頻繁に呼びかけられている。本州よりも涼しいはずの北海道も今年は各地で最高気温が30度台前半の日が続き、熱帯夜の日も続出して、涼を求めてきた本州などからの観光客を落胆させている。

 猛暑は日本ばかりではなく、北半球の多くの地域でも記録的な高温が観測されている。こうした高温は地域により様々な要因が複合して起きているのだろうが、指摘されることが多いのが偏西風の蛇行とエルニーニョ現象だ。2023年のエルニーニョ現象は規模が大きいとされ、気象庁は「春からエルニーニョ現象が続いている。冬にかけてエルニーニョ現象が続く可能性が高い(90%)」とする。

 気象庁は「7月のエルニーニョ監視海域の海面水温の基準値からの差は、6月から大きく上昇して+1.8℃」となり、「太平洋赤道域の海面水温は東部を中心にほぼ全域で平年より高かった」とし、「大気海洋結合モデルは、太平洋赤道域の中部から東部にかけて海洋表層の暖水をさらに強め、エルニーニョ監視海域の海面水温の基準値との差が大きく」なり、冬にかけて「基準値より高い値で推移する可能性が高い」と予測する。

 偏西風は、地球の中緯度の上空を西から東に向かって流れる気流で、冬は低緯度側に広がり、夏は高緯度に縮小する。偏西風が生じるのは①北極・南極に近づくほど寒く、赤道付近に近づくほど暖かいために起こる温度差により生じる気圧差、②地球の自転ーによるとされる。偏西風は波長が数千kmの波の性質を持ち、南北に蛇行して流れる(蛇行することにより南から北へ暖気を、また、北から南へ寒気を運ぶ)。

 この夏、日本では偏西風が北側に偏って流れ、太平洋高気圧などからの暖かい空気を呼び込んだことで北海道を含めて日本列島は猛暑の夏となった。台風6号の動きが遅く、西へ東へと迷走したのも偏西風が北側に偏っていたことの影響とされる。自力で動く力が弱い台風は日本付近では偏西風に流されて東に向きを変えて移動するのだが、台風6号は偏西風の影響を受けずに迷走して北上した。

 偏西風の蛇行は気象に大きな影響を与える。この夏のように偏西風が北側に偏って南から暖気を引き込むと猛暑になり、偏西風が南側に偏って寒気を引き込むと冷夏になる。冬には偏西風が北側に蛇行すると暖冬になり、南側に蛇行すると北極付近の寒気の南下をもたらし、日本列島に厳しい寒波をもたらす。

 偏西風の蛇行を事前に正確に予想できれば天気予報の精度は格段に上がるのだろうが、そうした事前予想は簡単ではないらしい。だから人々は猛暑に見舞われてから偏西風の蛇行という気象庁などの説明を目にして、そうかと納得するしかない。偏西風の蛇行を正確に予想するためには過去の多くのデータを集めて分析することが基礎となろうが、複雑な要因が絡んで様々な偏西風の蛇行が現れるのだろうから分析は簡単ではないか。

2023年8月12日土曜日

バブルの後始末

  中国経済の変調が言われ始めた。例えば、▽4~6月の実質GDP成長率は前年同期比6.3%となった。1年前は上海でロックダウンが行われていたため反動で高めとなったが、1〜3月比では0.8%と伸び率は鈍化。▽1~6月の固定資産投資は、不動産開発投資が前年同期比7.9%減と減少幅が拡大、インフラ投資は7.2%増だが伸び幅が縮小。

 ▽1~6月の社会消費品小売総額は前年同期比8.2%増だが、商品の消費とサービス消費の伸びがともに減速。小売売上は4月に18.4%増となったが、これも前年に上海市ロックダウンなどがあった反動。▽6月の都市部失業率は5.2%。大卒者を含む16~24歳の失業率は21.3%となり、3カ月連続で過去最高を更新(就職難で職探しをしていない若者を含めると5割近いとの試算もある)。

 ▽7月の消費者物価指数(CPI)は前年比0.3%下落し、2年5カ月ぶりにマイナスとなった。不動産不況や輸出入の減少などで中国経済が減速する中、デフレ圧力が強まっているとの懸念も漂う。7月の生産者物価指数(PPI)は前年比4.4%下落し、10カ月連続のマイナス。▽7月の輸出は前年同月比14.5%の大幅減で、マイナス幅は3年5カ月ぶりの大きさ。輸入も12.4%減と大きく落ち込んだ。

 ▽6月の不動産販売は前年同月比28.1%減と大幅な減少。不動産投資は1兆2849億元で前年比20.6%減少。6月の新築住宅価格は前月比横ばい。1〜6月の新規着工(床面積ベース)は24.3%減。不動産デベロッパーが1〜6月に調達した資金は9.8%減少した。不動産は中国経済の2〜3割を占めるとされ、不動産の不調は中国経済に大きく影響する。

 中国が発表する統計数字には、どこまで実態を正確に反映しているのかと信憑性に疑念があり、共産党が独裁する状況で政治的に「正しい」数字に操作されて発表されているのではないかとの疑念もつきまとう。そうした中で、楽観的な数字を発表できず経済の減速を示唆する数字を発表せざるを得なくなっているのは、実態が相当に痛んでいることを糊塗できなくなっていることを示すか。

 中国は外資を呼び込んで欧米などへの輸出基地になることで経済成長を続けてきたが、国内では不動産開発を野放図に許し、投機目的のマネーが大量に流入していた。実需を遥かに上回る高層住宅などが全国で建設され続けていたが、政府が不動産企業への融資や住宅ローン融資の規制に転じ、大手の恒大グループなど資金不足でデフォルトする企業が続出し、不動産バブルは崩壊した。

 中国は日本のバブルを研究しているから、不動産バブルに適切に対応できるなどというコメントも以前散見されたが、日本のかつてのバブルを上回る規模の中国のバブルに政府がどこまで適切に対応できるのか未知数だ。加えて中国の地方政府は土地の使用権を売って財源としてきたが、その収入が大幅に減り、過去に発行した債券の返済ができずデフォルトになるとの不安も出てきた。

 バブルの高揚感に浮かれていた中国は、不動産バブルの後始末に直面している。地方政府は疲弊しているので、リーマンショック後の経済対策のように大半を地方政府に委ねるわけにはいかず、中央政府が出て来ざるを得ないだろうが、バブルの後始末についてはマルクスの理論は役立たない。社会主義市場経済なるもので、社会主義と市場経済の弱点が重なるとどのような状況になるのかを中国は世界に見せている。

2023年8月9日水曜日

忘却する力

  忘れることが力を与えてくれることがある。悲しかったことや精神的に打撃を受けたことなどは記憶に深く刻まれ、頻繁に思い出したりして、悲しみなどをよみがえらせるが、月日が巡るにつれて記憶が薄らぎ、やがて忘れることで立ち直ることができる。時間が癒すという現象だ。

 悲しかったことなどの記憶が薄らぐのは忘れたからではなく、日々の新たな記憶が上書きされ続けることで悲しかったことなどの記憶が埋没するからだ。だから、長い時間が経っても不意に記憶がよみがえったりするのだが、年月とともに部分の記憶だけが呼び覚まされるようになり、全体像の記憶は次第に薄らぐ。

 悲しかったことや辛い体験は、時間が経っても思いだすたびに感情を揺さぶるものであり、さら記憶が新たに構成されたりもする。新たに構成される時には悲しみや辛さなどに反応した感情が付け加えられたりし、記憶が徐々に再構築されていることを意識しない人は、本来の記憶が変わらずに維持されていると思い続ける。

 恋愛の記憶も再構築される。別離の苦痛や相手への恨み、喪失感などを別れてからしばらくは強く思い出すだろうが、月日が経つにつれて喪失感や辛さは薄らぎ、やがて新たな恋が始まると以前の恋の記憶は上書きされて埋没する。新たな恋愛が以前の恋愛の記憶を埋没させ、やがて、忘れさせる。

 終わった恋愛を客観的に分析して時系列で記憶する人は小説家など以外には少ないだろうから、終わった恋愛の記憶は感情が主体になる。感情は思い出すたびにかき立てられるが、時とともに静まるものでもある。絶対に許すことができない相手がいても、年月とともに感情が鎮まり、忘れることで相手に対する強い感情が抑えられたりする。

 戦禍や災害などの記憶も感情に彩られる。それらの記憶の伝承が重要だとマスメディアは主張することが多いが、感情という記憶の伝承は簡単ではない。記録は世代を超えて伝承されるだろうが、体験者の感情を世代を超えて受け継ぐためには、体験者の世代の時代相や社会事情なども理解する必要がある。だが、体験者の感情を普遍的なものであるとみなすことで、感情という記憶を受け継ぐべきだーなどの論は成り立っている。

 戦禍や災害などの記憶は記録とともに社会として伝承されるべきものだ。だが、戦禍や災害などの記憶も新たな戦禍や災害などの記憶に上書きされ、古い記憶の伝承は難しくなる。例えば、戊辰戦争や関東大震災の記憶の伝承が大切だーなどと言われても、記録は残っているが、体験者の記憶は失われただろう。諸々のことを我々は記憶し、やがて新たな記憶に上書きされて忘れる。

2023年8月5日土曜日

ロシアの核使用

  ロシアのメドベージェフ国家安全保障会議副議長(前大統領)は7月末、ウクライナの反攻作戦が成功した場合、ロシアは核兵器の使用を余儀なくされる可能性があると述べた。同氏は1カ月前にも、「全ての戦争は即座に終わらせられる。平和条約を結ぶか、1945年に米国が核兵器で広島と長崎を破壊したのと同じことをするかだ」と述べ、核兵器の使用の可能性をちらつかせた。

 プーチン大統領は昨年2月、ロシア軍で核戦力を運用する部隊に「任務遂行のための高度な警戒態勢に入る」よう命じ、同9月には「ロシアの領土の一体性への脅威が生じた場合、あらゆる手段を行使する。核兵器で我々を脅迫するものは、風向きが逆になる可能性があることを知るべきだ」と核戦力の使用を暗示した。

 これらの核兵器への言及は、ウクライナ侵攻においてロシアが当初の目的を達成することができず、守勢に追い込まれていて、反転攻勢も撤退もできず、欧米を敵に回しているので外交で打開する余地が乏しいため、言葉による威嚇に頼るしかない状況の反映だ。欧米に対する外交が機能せず、言葉による威嚇を繰り返すロシアは北朝鮮と似てきた。対話の言葉を失い、国際的な孤立に反発するだけだ。

 ロシアがウクライナで核兵器を使用したならば①NATOとの軍事的緊張が一気に高まる、②欧米など国際的にロシア批判が一層高まる、③中国やインド、トルコなどロシア排除に距離を置いていた国々はロシアとの関係を見直すーなどが予想されるが、④核兵器が使用された地域における被害の甚大さと人間に対する残虐性を欧米メディアが熱心に取材して報道するーことも予想される。

 人類は広島・長崎で核兵器による攻撃を初めて体験したとされるが、欧米メディアにとって広島・長崎は遠く、その体験にはおそらく現実感が乏しかっただろう。さらなる人々の死傷を減らすために広島・長崎での原爆使用はやむを得なかったとする米国の戦勝史観の影響もあり、白人が核兵器の犠牲者ではなかったこともあってか、欧米メディアでは核兵器使用に対する反対は理念だけにとどまっていると見える。

 その欧米メディアは、チェルノブイリ原発の事故により放射性物質が北欧から中欧などにも到達、各国に社会的な混乱をもたらした時に、おそらく放射性物質による汚染の危険性に初めて直面した。同時に、恐怖の感情に突き動かされてか危機感を過剰に煽ったとの批判もある。最悪を想定して備えることは大切だが、メディアはしばしば最悪を想定して不安を煽ることを社会的な使命と強弁する。

 ロシアが核兵器を使用すれば、欧米メディアは詳細に被害の実態を報じるだろう。それは残虐な核兵器を使用したロシアに対する批判を強めるとともに、広島・長崎の被曝の実態にも目を向けさせる。ロシアの核兵器使用を米国は強く批判するだろうが、ロシアに対して道義的な責任を追求するには限度があろう。ロシアの核兵器使用は人道に反する行為だが、米国の核兵器使用は「やむを得なかった」などという説明は成り立たないからだ。

2023年8月2日水曜日

便利な言葉

 未成年者による残虐な犯行が行われ、社会に大きな衝撃を与えることがある。被害者に対して犯人が強い恨みや憎しみなどを持っていたわけでもなく、無差別に行われたと見える犯行の残虐さだけが浮かび上がったりすると、社会は理解に苦しみ、犯行の動機を探ろうとする。そんな時に持ち出されるのが「心の闇」だ。

 「心の闇」という言葉は何も説明していない。闇とは何か。誰の心の中にもあるだろう闇と、残虐な犯行に至った闇とは、どう違うのか。そもそも心の中にある闇とは何か。犯行を決行するには強い衝動があったのだろうが、傍からはうかがい知れない。そうしたときに「心の闇」が持ち出されるが、この言葉が持ち出された時は残虐な犯行を前に、動機の解明などについては判断停止するという合図だ。

 「人を殺してみたい」とか「死刑になりたい」などの動機で残虐な犯行を行う人がいて、疎外感が強くなりすぎて「社会に復讐する」と残虐な犯行を行う人もいる。これらの動機は一応理解できるようでもあるが、そうした動機を生じさせたのは何かを解明するには、犯人の犯行に至る前の生涯を詳しく検証することが必要だろう。だが、詳しく検証できたとしても、それは他人による解釈でしかない。

 残虐な犯行を行った当人にも理解できていないかも知れない動機を、あとから他人が理解するのは無理だろう。そこで「心の闇」という言葉が持ち出され、人々は何かを理解したような錯覚を共有して、裁判で判決が出ると、残虐な犯行のことは社会的に始末がついたことにする。「心の闇」という言葉は社会的に便利な言葉でもある。

 社会的に便利な言葉はいろいろあるが、最近頻繁に使われるようになった言葉が「温暖化の影響」だ。大雨が降ったり、強い台風が来たり、暑い日が続いたり、大きな山火事があったり、日照りが続いたりーなどニュースで報じられる顕著な自然現象を、「温暖化の影響」だとして理解した気になる人が多いようだ。本当に温暖化の影響なのかは科学的な検証を要するが、日々のニュースでは詳しい解説は乏しい。

 地球の気候は固定されたものではなく、常に変動している。温暖化も寒冷化も地球にとっては特異な気象現象ではないだろうが、人間にとっては慣れ親しんで住みやすい気候が望ましい。何を正常とし、何を異常とするかは基準の設定次第でどうにでも操作できる。温暖化に警鐘を鳴らす気候変動論は「異常」な気象現象を目立たせることで支持を広げている。

 社会的に便利な言葉は、それを使うことによって何かを理解した気になったり、何かに決着をつけた気になったりするために用いられる。詳しい検証や綿密な議論は面倒だと見向きもされず、水戸黄門が振りかざす印籠を見たように、そこで人々は判断停止する。そんな効果を社会的に便利な言葉は持っているようだ。

2023年7月26日水曜日

カタカナ表記と分断

 言葉は、人間が感じたり考えたり思ったりしたことを表現するための道具であり、人々の意思疎通のためには欠かすことができない。群れで生きる動物は鳴き声で様々な情報を伝え合っているとされるが、言葉の獲得で人間は社会性を発展させ、高度な文明を築いた。人間の知的営みの成果は膨大な言葉(文字)で残り、世界で人々が共有する。

 旧約聖書にある「バベルの塔」物語では、天に達するほどの高い塔を人間が建設していることに神が怒り、それまで1つだった言葉をバラバラにして人間を混乱させて建設を中止させたという。高い塔を建設するという共同作業は、建設部材や建設工法などの呼び名がバラバラでは工事に携わる人々が容易に理解できず、日常会話も不自由な状況にあっては不可能だろう。

 ある言葉が社会に定着するには、その意味するところが人々に共有されていることが必要だ。新しい言葉が社会に定着するには長い時間を要するのは、その言葉が意味するものを人々が共有するための時間が相当程度かかるからだ。だが、流行語などのように、その言葉の意味するところを人々が短期間で受け入れ、共有したかに見えても、飽きられるのも早いだろうから定着するとは限らない。

 中国文明の強い影響下にあった頃の日本では、新しい概念や技術などは中国経由で入ってきたので、それらを漢字で受け入れた。文明開花後の日本には欧米から大量の新しい概念や技術などが中国を経ずに入ってきたが、それらを漢字に翻訳して受け入れていた。新しい概念や技術などを漢字に翻訳する力が日本にはあった(ここで使っている「漢字」とは、日本語の中の漢字のこと)。

 カタカナ表記の氾濫を憂う声がある。そうした声が第二次大戦後の日本で顕著になったのは、欧米からの新しい概念や技術などの流入が大幅に増えて漢字への翻訳作業が追いつかなくなってカタカナ表記が増殖したからだろう。カタカナ表記で許されるとすれば、新しい概念や技術などを漢字に翻訳する努力は放棄され、やがて漢字に翻訳する力は衰える。

 カタカナ表記の氾濫を憂う声が絶えないのは、何を意味するのか不明なカタカナ表記が増えたからだ。カタカナ表記が意味するものを共有できない人々は、社会に定着していないカタカナ表記を振り回す人々にイラつく。欧米から流入する情報量が飛躍的に増え、新規のカタカナ表記を振り回す人々を見て、情報通ぶったりエリートぶったりしていると冷ややかだ(カタカナ表記を振り回す人々は、適切な日本語に翻訳する能力が当人に欠如していることも示している)。

 最近では行政関係でも新規のカタカナ表記が増えているが、それは英語に堪能な日本人が増えたからではない。新しい概念などを「輸入」してカタカナ表記で済ましているだけだ。カタカナ表記が増殖し、意味がよく分からないままに人々が暮らしている状況は、何やら「バベルの塔」物語を連想させる。意思疎通が軽視され、理解できない言葉が入り込み、人々がばらばらに分断されて統治される方向へ社会が向かっている兆しであるのかもしれない。

2023年7月22日土曜日

権力の正当性

 民主主義が成り立つ大前提は、主権を人々(人民)が持っていることだ。議会や裁判所などの社会制度を整え、人々による選挙を実施している国は世界に多いが、国家主権を人々が持っていないならば、どんなに体裁を整えようと民主主義は機能しない。さらに、民主主義が機能していると見られる国でも、例えば、議会によらず大統領令などで政治を動かしたり、議会を経ずに公金を支出したりすることが常態化すると民主主義が危うくなろう。

 軍などや個人が権力を握り独裁している国でも、議会制度などを整備し、人々に投票させる選挙を行うのは、民主主義国と世界から見られることを欲するからだ。それらの独裁権力は民主主義など欧米発祥の価値観を批判することは珍しくないが、独裁権力の正当化のためには議会や投票など民主主義的な仕組みを用いる。

 主権を人々が持っておらず、軍などや個人が独裁する国家では、権力は「力」によって維持される。だが、そうした「力」は国際的には賛同を得ることは難しく、独裁する権力の正当性には疑義がつきまとい、常に国際的な批判にさらされる。だがら、そうした独裁国の権力者は国際的な舞台に出ることを好まず、国内にとどまる。独裁国家の弱点は、外交のカードが威嚇と脅し、仲間褒めしかないことだ。

 主権を持っていない人々による選挙は、独裁する権力の決定にお墨付きを与えたり、追認したりする儀式だ。そうした選挙の結果として形成される議会も、独裁する権力の決定を追認し、お墨付きを与える役割しかない。そうした過程を必要とするのは、独裁する権力のある種の脆弱さを示す。脆弱さとは、民意を聞く姿勢を示さなければならないことだ。

 民主主義は主権者である人々(人民)が、権力に正当性を与える仕組みである。だから、現代の独裁する権力は、人々から正当性を与えられたという体裁を装う。帝国主義全盛の時代であれば、独裁することが独裁する権力の正当性であったが、貴族や王族、さらには軍の特権が否定されたのが現代だ。国家主権は人々(人民)が有することがフツーになった世界で、独裁する権力は独裁の正当化が必要になった。

 人々が自由に投票すると、独裁権力を必ず容認するとは限らない。それで独裁する権力は、人々が自由に投票したと主張しつつ、監視を強め、投票結果をあらかじめ用意した筋書きに合致させるために手段を選ばない。人々からの支持を偽装する現代の独裁する権力は、人々を抑圧することで権力を維持していることを自覚している。

 欧米などでは、自由投票の結果として分断や対立が強まる状況も見られ、民主主義の機能不全が論じられる。だが、分断や対立も人々の自由な意思表示の結果である。独裁する権力は人々の自由な意思表示を制約するので、分断や対立が現れるときには独裁する権力に対する抵抗などになる。

2023年7月19日水曜日

プーチン氏の戦争責任

 責任とは、人が自由意思による行為とその行為の結果に対して負うものである。新明解国語辞典は責任を「①自分の分担として、しなければならない任務(負担)、②不結果・失敗に基づく損失や制裁(を自分で引き受けること)」とする。また、違法な行為を行った人には法律に基づく制裁が課せられるが、違法とはいえない行為であっても道義上の責任が問われることもある。

 戦争責任は①戦争を開始した責任、②戦争を遂行した責任、③戦時期にとった行動に対する責任、④敗戦した責任ーとされる。第2次世界大戦では終戦後に、ドイツや日本の指導者らに対して①②③の戦争責任が勝者の連合国によって厳しく問われたが、例えば、広島や長崎の原子爆弾投下による大量虐殺についての責任は問われなかったなど、現実には戦争の敗者に対して追及されるのが戦争責任である。

 2022年2月にロシア軍はウクライナ侵攻を開始した。ロシアは戦争ではなく特別軍事作戦と称し、国連憲章で許される集団的自衛権の行使だと弁明したが、独立国であるウクライナに対する侵攻であると世界の大半の人々は受け止めただろう。だがロシアはウクライナの占領と体制転換を達成できず、東部や南部の占領地を維持するための防戦に方針転換せざるを得なくなっているのが現状だ。

 ロシアなりに大義名分を掲げてウクライナに侵攻したものの、目的を達成することができず膠着状態が続いている様子で、さらにロシア軍の損失は相当大きいと西側メディアは報じる。こうなると「名誉ある」撤退や休戦を模索するために外交の出番となるが、そのような動きはロシアからは伝えられない。

 現状での休戦やウクライナからのロシア軍の撤退は、ウクライナ侵攻を命じたプーチン氏のメンツをつぶし、責任問題につながりかねず、権力を一手に握るプーチン氏が決断しない限り外交の出番はないだろう。だが長期の持久戦となれば、ロシアとウクライナ双方ともに武器弾薬と人員の補給が戦況を左右するので、ロシアに国外における長期の持久戦を遂行する能力があるのかが試される。

 ウクライナにロシア軍が侵攻して戦闘が始まり、1年半近くも戦闘は継続しているが、休戦に向けた動きは見られない。ウクライナにおける戦争責任を考えると、プーチン氏には開戦責任と継戦責任がある。さらに、侵攻したロシア軍などによるウクライナ市民に対する残虐行為や子供達の連れ去りなどが西側メディアによって伝えられ、そうした戦争犯罪に対する責任もプーチン氏は問われる。

 とはいえ、プーチン氏が戦争責任を問われるのは、ロシアとウクライナが全面戦争になってロシアが敗北した時か、ロシアで体制転換が起きてプーチン氏が権力の座から追放された時に限られる。ウクライナの東部や南部のロシアによる占領が維持されたままでの休戦が仮に実現したとしても、プーチン氏が権力を握っている限り、その戦争責任が問われることはない(西側はプーチン氏の戦争責任を問題にするだろうが)。

2023年7月15日土曜日

撮り鉄と乗り鉄

 線路敷地内に侵入したり、線路沿いの市有地に侵入したり、特定の場所に群がる等の撮り鉄と称される鉄道写真マニアの迷惑行為が報じられるようになった。テレビや雑誌などで紹介された撮り鉄に影響されて、写真を撮る際のマナーやルールをわきまえない急造の撮り鉄が増えたのだろう。おそらく以前から同様の行為はあったのだろうが、撮り鉄が大幅に増えて目立つようになったか。

 乗り鉄も増えているようで、五能線など人気のローカル線では全国から乗り鉄が集まり、休日などには大混雑だという。只見線も全国からの乗り鉄で大混雑する路線だ。特に2022年10月1日に11年ぶりに全線で運転を再開してからは、マスメディアで大きく報じられたこともあってか、乗ろうとする人が集まって、日中には満席で通路に立っている人も多いと伝えられた。

 只見線は全長135.2kmで、福島県の会津若松駅と新潟県の小出駅を結ぶ単線で非電化の路線だ。例えば、会津若松駅を午前6時8分発の列車は、只見駅に9時7分に着き、9時30分に出発して小出駅には10時41分に着く。会津若松〜只見が約3時間、只見〜小出が1時間11分。只見線区間には接続する路線が西若松駅からの会津鉄道しかなく、席がない乗客は4時間以上も立っていることを余儀なくされる。

 「深く連なる山々と、蛇行する水量が多い川が織りなす絶景を車窓から楽しむには、窓際に座るに限る」と、只見線が日本有数の赤字路線とされ、乗り鉄の姿もほとんど見かけなかったころから只見線に乗りに行っていたという友人。「通路に立っていたのでは車窓からの風景は一部しか見ることができない」と、各地の観光路線で何回も立ったままの乗車を強いられた友人は言う。

 休日の日中でも、1車両に多くても4〜5人しか乗車していなかったころの只見線の記憶を思い出したのか友人は「あのころの只見線は素晴らしかった。4人掛けのボックスを1人で占領して、足を投げ出し、夏には窓を全開して、絶景を堪能できた」。「春夏秋冬、どの季節にも只見線はそれぞれの絶景を見せてくれた」と懐かしむ友人は、乗り鉄が急増して只見線が混むようになってからは乗りに行っていないという。

 乗り鉄が増えて、テレビや雑誌などで紹介された路線に集中した結果として休日などには大混雑となり、古くから鉄道に乗ることを楽しんでいた乗り鉄は乗車を楽しむことができなくなるというパラドクス。鉄道に乗る楽しさを自分で発見したのではなく、情報として乗り鉄趣味を発見して乗り鉄になった人々には、急増した撮り鉄と同様に「ここがいい」との情報が示す場所に群がる。

 只見線の混雑は続いているようで、只見線に乗ることを諦めた友人は「休日でも閑散としたローカル路線はまだまだ多い」と、テレビや雑誌にあまり取り上げられない路線を探して乗り鉄趣味を満たしている。「人気となった場所や路線に集中するのは、経験が短く、情報に操られて、“いいところ”を自分で発見することができない撮り鉄や乗り鉄だ」とする友人は最近、「連中と一緒にされたくない」と自分が乗り鉄だとは言わなくなった。

2023年7月12日水曜日

評価されて喜ぶ

 英ロンドンで毎年開催されるインターナショナル・ワイン・チャレンジは世界で最大規模の酒類の競技会(コンペ)とされる。審査員は各国から集まった約400人のワイン専門家で、中にはワイン専門家としての最高資格保持者も含まれる。ここで受賞すると世界的な評価を得たことになり、受賞品は売り切れたりするという。

 このコンペに2007年から日本酒部門が創設された。普通酒や純米酒、純米吟醸酒、本醸造酒など複数の区分けがあり、区分けごとに審査されるが、それぞれに選ばれた日本酒の中から最高の日本酒が選出される。2023年の「チャンピオン・サケ」には湯川酒造店(長野県)の「十六代九郎右衛門 純米吟醸 美山錦」が選出された。

 世界で日本酒人気が広まり、米国などでも製造されているというが、まだ大半の日本酒が日本国内で製造されているだろう。その日本酒の評価を決めるコンペが英国(欧州)で行われ、そこでの受賞を日本酒メーカーは報道によると、「自分たちのやっていることが客観的に評価された。これからも自分たちの酒造りをぶれずに続けていく自信ができた」(湯川酒造店)などと喜ぶ。

 歴史的に長い時間を日本人だけが日本酒を愛飲してきたのだから、日本にも日本酒の評価を決める協議会(コンペ)が存在するのだが、日本のマスメディアは欧米で日本の何かが評価された場合のほうを大きく扱う。そこには欧米(西洋人)による評価を喜び、世界的な評価を得たとの無邪気さが漂う。

 協議会(コンペ)を開催して評価するという仕組みは、開催する側の評価基準(価値観)を評価される側に受容させることである。大袈裟にいうならば、開催する側の価値観で世界を統一する運動であり、評価する側が評価される側よりも優位に立つことにもつながる。欧州は様々な分野で自分たちの規格を世界標準にさせることに成功し、それが欧州の世界におけ得る影響力を担保している。

 協議会(コンペ)による評価は絶対的なものであると早合点する人もいるだろうが、陸上競技や水泳競技などタイムによって決定する結果と異なり、いわば審査員の採点を集計した多数決による決定である。審査員による評価を一定レベル以上に保つために審査員に対する評価も行われ、開催する側の評価基準(価値観)を懸命に追従する人だけが審査員になる。こうした厳しい審査体制のアピールが審査が客観的であるとのイメージにつながり、競技会(コンペ)への権威付与に役立つ。

 どんな日本酒の味わいを好むかは個人によって様々だろう。フランス料理に合うという日本酒より、居酒屋の煮込みや焼いたホッケ、おでん、刺身などに合う日本酒のほうを好む日本人も多いだろう。西洋人などの他人の評価に追従せず、自分の好みの日本酒を飲めばいいのさ。日本酒の評価まで西洋人に頼る必要はない。こうした競技会(コンペ)は、そうした見方もあるのだねと参考にする程度で済ましておけばいい。

2023年7月8日土曜日

宗教と現世

 神や仏など現世を超越する価値を掲げる宗教が活動するのは現世である。現世で苦しみや悩みを抱えている人々に対して、そうした宗教は神や仏を信心することで心の平安を得ることができたり、来世における救いが期待できることなどを説いたり、さらには来世における裁きの厳しさを説いて「正しく」生きることを説いたりする。

 現世で苦しみ悩む人々に対して、超越的な価値を掲げる宗教ができることは限られる。現世の問題に対応するのは政府や自治体など政治の役割であろう。とはいえ、ホームレスの人々に対して米国では支援活動を行うキリスト教系団体もあるというが、そうした活動を日本で仏教や神道系の団体が積極的に行っているというニュースは見かけない。

 巨大な寺院や教団施設を誇る宗教団体には相応の経済力があるだろうから、苦しんでいる人々の一時避難所を各地に構築することはできそうだが、そうした動きは見えない。超越的な価値をいくら掲げたところで、現世で苦しみ悩む人々を救うことはできないと自覚しているから何もせず、超越的な価値を説くにとどめている気配だ。

 現世で苦しみ悩む人々が来世を信じなければ、超越的な価値を掲げる宗教にできることはない。そこに、現世利益をもたらすと主張する新興宗教が活動する余地があるのだが、新興宗教が、例えば、ホームレスの人々の支援を積極的に行うわけでもなく、行政などに働きかけるのは影響力行使や自己利益確保が目的だと見える。

 日本では仏教が一大勢力で全国各地に寺院は多くあるが、熱心な信者はそう多くはないようだ。超越的な価値を掲げる宗教が日本で限定的な影響力しか持つことができないことについて、加藤周一氏は「日本のシステムのなかには正義の観念がない。神道は浄いと穢れだが、それは正義じゃないんですね。仏教も曖昧で、何が正義かということがなく、正義の観念がない」(「日本禅の世界」=『加藤周一対話集①』所収。一部修正。以下同)。

 「一般化すれば、どういう価値に日本人はコミットしているのかということです。この点は動かせないという全体的な価値、どういう価値の根拠があるのか」が分かりにくいと加藤氏は続け、「鎌倉仏教は、それぞれ別のものにコミットした。道元は道元の絶対的な真理にコミットしていた。日蓮は日蓮の法華経にコミットしたし、浄土宗は浄土三部経、つまるところ阿弥陀にコミットしていたわけでしょう。鎌倉仏教は日本史上の非常に偉大なる例外だ」とする。

 日本文化の形成に仏教は影響を与えたが、現世における価値観に与えた影響は限定的だ。仏教の超越的な価値は日本では来世のことと限定され、現世との関わりは希薄になった。仏教が現世に関わるのは、例えば、平安や安寧などを祈るだけであれば、現世における影響力も限られるのは当然だろう。来世における救済という物語が色褪せるとともに、宗教が掲げる超越的な価値も色褪せる。

2023年7月5日水曜日

権利の主張

 最近、日本のマスメディアでもよく取り上げられる言葉に「LGBTQ」がある。これは性的マイノリティ(性的少数者)を表す総称で、Lesbian(レズビアン=女性同性愛者)、Gay(ゲイ=男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル=同性も異性も対象にする両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー=体の性と心の性が異なる人)、QueerやQuestioning(クイアやクエスチョニング=性的指向や性自認が定まっていない人)の頭文字を並べた言葉だ。

 性的少数者の権利主張に「寄り添う」日本のマスメディアだが、これは欧米メディアの影響と見える。欧米メディアがLGBTQの権利主張を肯定的に取り上げ、それが世界の潮流になったと見えたのか、日本のマスメディアは追随している光景だ。性的少数者の権利主張が無視されるよりも現状は歓迎すべき状況といえようが、流行りのネタを追っているだけと見えなくもない。

 LGBTQとひとまとめにされるが、LGBは性交渉の対象が異性に限られるとの「常識」に反する人たちであり、TQは性自認に問題をかかえる人たちである。LGBの人たちは同性を対象とする性行為と婚姻などの社会的な認知を求め、TQの人たちは肉体的な性に拘束されないことを求めている。それぞれは社会的な少数者だが、性別と性行為などにも多様性を求める主張で共闘する。

 これまでLGBTQの人たちが少数者とされたのは、性別は天与のものであり、異性間の性交渉により子を産んで子孫をつないでいくとの「常識」が強固だったからだ。その「常識」は自然なものと受け止められ、様々な宗教では異性間の婚姻は祝福されたが同性愛などは異端とされ、LGBTQの人たちは社会でひっそりと生きざるを得なかった。

 欧米でLGBTQの人たちの権利主張の動きが活発化しているのは、キリスト教の影響力が衰えていることも関係している。教会の聖職者による過去の性加害が各国で暴かれ、周囲の関係者が見ぬふりを続けてきたことも明らかになり、教会の権威は失墜した。皮肉にも聖職者に同性愛者などが珍しくなかったことが暴かれ、キリスト教の影響力が衰えるにつれ、LGBTQの権利主張が活発化した。

 一方、イスラム教圏では同性愛は現在でもタブーとされ、イスラム国などの宗教過激派がかつて支配地で同性愛者を殺害したことが報じられるなど、厳しい状況にLGBTQは置かれている。ロシアでは「非伝統的な性関係」に関する情報の流布は制限され、LGBTを肯定的に表現した広告や書籍、映画が禁止されるなどLGBTQは社会の安定を損なうと、その権利主張が封じ込められる。

 LGBTQの権利の主張は性愛や性別などと密接に関係するだけに特殊なものと受け止められやすいが、少数者が権利を主張し、社会的な容認を求めている行動である。この社会の多様性はどこまで拡大するのか、この社会の寛容さは少数者をどこまで包摂できるのかが問われている(もちろん、少数者の主張に異議を唱え、そうした権利に反対する権利は誰にでもあり、議論できる社会であることも試されている)。

2023年7月1日土曜日

飼い犬に噛まれた

 飼い犬に手を噛まれた飼い主の対応は①そのまま飼い続ける、②手放す、③殺すーに分かれる。①の場合も、何もせずに飼い続ける飼い主は少なく、厳しく叱って飼い主の順位が上であると確認させたり、シツケをやり直して従順になるようにしたりするだろう。②の場合は、誰かに譲ったり、飼育放棄の犬猫を保護するNPOなどに持ち込んだりする。③では、保健所に持ち込む。

 プーチン氏は愛犬家で、日本から贈られた秋田犬を飼っているとされるが、その様子が報じられることは現在では全くなくなったそうだ。特別軍事作戦でロシア兵に多くの死傷者が出ているという状況では、犬と戯れている様子を映させても親近感のアピールにはつながらないことは明白だ。プーチン氏が今も犬と戯れる時間を持てているのかは明らかではない。

 プーチン氏が飼っているのは犬だけではない。民間軍事会社ワグネルも「飼って」いた。プーチン氏は6月27日、「ワグネルに戦闘員の給料とボーナスとしてロシア政府が過去1年間で862億6200万ルーブル(約1450億円)を支払っていた」と述べ、「ワグネルの運営資金は国防省、つまり国家予算からすべて提供されていた」と続けて、民間軍事会社とされるワグネルが実際には国営軍事会社であることを認めた。

 そのワグネルがロシア南西部の軍事拠点を占拠し、首都モスクワに向けて進軍を開始したのは6月24日。モスクワまで200kmに迫り、武装蜂起で戦闘が始まると一気に緊張が高まったが、ワグネルは進軍をやめ、エフゲニー・プリゴジン氏はベラルーシに亡命することが報じられた。プーチン氏はワグネルの戦闘員に対し、▽ロシア軍と契約する▽ベラルーシに行くーとの選択肢を示した。

 プーチン氏は「飼って」いたワグネルに何をさせたか。今回のロシアによるウクライナ侵攻に協力する以前からワグネルは、シリアやリビア、アフリカ各地などで紛争に参戦していたが、その活動はロシア政府の利益に貢献するとともに貴金属などの採掘利権に関与して独自に利益を得ていたとされる。非合法の組織であるから、その活動に制約は少なく、残虐な非合法活動を辞さなかったとされる(戦争犯罪も含めて)。

 プーチン氏の私兵とも言えるワグネルが、実はプリゴジン氏の私兵だったことが今回の首都モスクワに向かった進軍で明らかになった。プーチン氏は「飼っていた犬に噛まれた状況」で憤懣やるかたない心境だろう。だが、ウクライナ侵攻に軍を大量動員しているのでワグネルを壊滅する備えは首都モスクワ周辺にはなく、また、プリゴジン側の要求を飲むこともできなかった。

 プーチン氏はベラルーシにプリゴジン氏とワグネルを預け、手放した格好だが、秘密にすべき様々な事柄をプーチン氏と共有しているワグネルとプリゴジン氏を放置してはおけないだろう。飼い犬に手を噛まれた人が独裁者だった場合、そのまま飼い続ける可能性は低く、代わりの犬はいくらでもいるから、「鳴かぬなら殺してしまえ」風に始末を命じる。独裁者が愛するのは、自分にいつも必ず従う忠実な犬だけだ。

2023年6月28日水曜日

「他人」の価値観

 2023年の世界各国の男女平等度をランキングした「ジェンダーギャップ指数」が発表され、日本は146カ国中で125位と評価が低く、先進国で最下位だった。報道によると、政治分野は138位(議員や閣僚級ポストに占める女性の比率が依然として低い)、経済分野は123位(賃金の男女格差などを反映)などと日本は男性優位の社会であり続けていることが示された。

 このランキングで日本の順位を上げるためには女性議員や女性閣僚、女性管理職などを大幅に増やし、男女の賃金格差を大幅に少なくし、女性の高等教育就学率や就業率を大幅に高め、女性の社会参加を積極化するしかない。男性が既得権益を手放さない政界や経済界などでの女性登用は難航するだろうから、ジェンダーギャップに問題意識を持っている(だろう)マスコミ各社が率先して女性登用を進めることを期待するか。

 このランキングは世界経済フォーラムが経済、教育、健康、政治の4分野で各国の評価を数値化して作成した。数値は「0」が完全不平等、「1」が完全平等となり、評価は分野ごとに小数点以下3位までの数値で示される。ただし、数値で示されると客観的な評価であるとうっかり受け止めやすいが、数値を決めるのは人間だ。何に加点し、何に減点するか。それを決めるのも人間だ。

 世界ランキングの種類は多く、人口やGDPなど各国が発表するデータを順に並べたものから、軍事力などのように各国の複数の発表データを組み合わせて順位をつけたものなど様々だ。公表データを基礎にするのはランキングの客観性を装うためと、下位にランクされた国からの批判・不満を予想するからだろう。

 だが、公表データの数値をそのまま使うのではなく、公表データの数値を評価して新たな数値に変えてランキングを作成する方式がある。評価する基準が定められているだろうが、人間がやることだから、判断には評者の価値観が反映するだろう。さらに、評価する基準には、ランキングを作成する組織の世界に対する価値観が込められている。

 ランキングを作成することは世界を評価することだが、発表されたランキングを見て人々は世界を理解する。人々は「他人」の価値観で世界を理解しているのだが、それに気づく人は少なく、自分の考えで世界を理解しているつもりが実は他人の考えをなぞっているに過ぎない。とはいえ世界各国の男女平等度を個人が調べるのは簡単ではないから、世界ランキングの有用さは存在する。

 世界ランキングの対象が、例えば、ヒット曲や映画、食品などだったら、西欧の組織が世界のヒット曲や映画、食品などに順位をつけたとしても、各国の人々は鵜呑みにはせず、異論が噴出するだろう(日本でも異論や批判が噴出するだろう)。ヒット曲や映画、食品などの評価は個人の嗜好や好悪に左右されるので、世界ランキング1位の食品でも世界各国で好まれるとは限らない。

2023年6月24日土曜日

俺の自叙伝

  大泉黒石は1893年(明治26年)、長崎で生まれた。父親はロシア人外交官のアレクサンドル・ステパノヴィチ・ワホーヴィチ、母親は本山ケイだが黒石を出産後に死亡した。黒石は祖母に小学3年まで長崎で育てられた後、父親が勤務する中国の漢口に行ったが、父親が死んだので父方の叔母とモスクワに行った。

 黒石はモスクワの小学校に入れられ、数年後に叔母に連れられてパリに移り、リセ・サンジェルマンに入った。「巴里に三年いたが勉強は何もしなかった」黒石は、酒を飲むことを覚え、仲間と大騒ぎしている酒場に踏み込んだ巡査に捕まったことが学校に知れ、退学させられた。黒石は印刷関係の手伝いをしながら雑誌に投稿したりして過ごした。

 日本に帰国した黒石は長崎の中学の3年に編入され、卒業した時には21歳だった。祖母に「露西亜で偉い人間になってくる」と言って黒石はペトログラードに行って暮らしたが、1917年のロシア革命の騒ぎで「硬化した男や女の屍が、他愛もなく重なり合って雪漬けにされていた」市中で銃撃戦に巻き込まれ、同棲相手が「顳顬の少し上の頭骨を通貫かれて」殺され、黒石は日本に帰国した。

 「日本へ帰った俺は、直ぐ京都の高等学校へ入った。間も無く日本人を妻に貰って東京へ来た」黒石は生活に困窮し、原稿を買ってもらおうと雑誌社回りをするがていよく断られ、「豚の皮を草履の裏に仕立てる」手伝いをしたり、屠牛場で牛を殺す仕事をしたりしながら、「原稿を拵えて売る気に」なって夜明かしで書き上げた『豚の皮の新考案』が採用され原稿料を得た。

 こうした半生を奔放な語り口でつづったのが『俺の自叙伝』だ(岩波文庫)。1919年に雑誌に掲載されたのが初出。文学を高尚なものと崇めていた時代に、思いつくままに饒舌に語る黒石は人々に歓迎されて人気となったが、当時の文壇に並ぶ作家たちには警戒され、誹謗されたという。黒石の饒舌な文体が当時の作家たちの文学概念を揺さぶったのだろう。

 例えば、「俺は苦しまぎれに酔っ払って女郎買いに行くんだ」という文章は、小説にしようとするなら「私は自分の心を酔わせ、神経を麻痺させる事によってのみ、一刻の猶予もなく私を追求する不安や焦燥から逃れようと試みた。または、激しい酩酊が必然に導く一切の思慮分別を無視した精神状態の中に、私の出口を持たぬ猛烈な野生を爆発させようと試みた」とするんだねと編集者が言うような時代だった。

 自叙伝とあるが、作家の創作力も随所に発揮されているだろうと感じさせる作品であると同時に、当時の時代が記録されている作品である。現代に比べて人々が貧しく、国々も貧しかった当時、人々は毎日を食いつなぎながら、仲良くしたり助け合ったり摩擦を起こしたり喧嘩したりしながら暮らしていた。5月に発売された『俺の自叙伝』は好評らしく、重版が決まったという。

2023年6月21日水曜日

闇バイトを活用

 高額の報酬を提示して「簡単な仕事です」などとインターネット上で求人する闇バイトの募集は、特殊詐欺の受け子を集める目的が多いとされるが、強盗・窃盗の実行犯や覚醒剤などの運び屋を集めるためにも使われているという。応募時に写真付きの身分証明書のコピーを送り、家族構成などを伝えているため、仕事を断ろうとする応募者は脅されて逃げ出すことが難しいシステムだ。

 そうした闇バイトに応募するのは、お金に困っている人たちや報酬目当てで軽率に動く人たち、順法意識が希薄だったり欠如している人たちだろう。闇バイトで集められた人々の多くは、使い捨てにされるだけだ。変な例えだが、犯罪組織の正社員ではなく、正社員になる見込みもなく、非正規雇用者として一定期間だけ使われる。

 闇バイトを駆使する犯罪グループが東南アジア各国に潜んで、日本に指示を出していることが次々と明らかになっている。フィリピンに潜んでいたルフィグループが関与したとされる広域強盗事件は14都府県で50件以上に及ぶとされるなど、外国から指示を出して、日本で闇バイトで集めた人々に犯罪を実行させるシステムが出来上がっている。

 闇バイトで集められた人々による残虐な強盗事件が多く起きていたことが報じられ、社会に不安を広げた。日本は治安が良いと自慢していたのに、いつどこで誰が襲われるか分からないという現実を見せつけられたのだから、不安は増すばかりか。国外に潜む犯罪グループは「テレグラム」などを使って指示を出しているとされ、日本の警察の捜査は迅速にとはいかない。

 こういう状況を見て「これは使える」と認識した諸外国の情報機関があるだろう。日本人を装ったり、日本人を使ってSNSなどで過激なコメントを発信させ、社会の分断を煽る活動はすでに行われているだろうが、高額の報酬に釣られて犯罪行為も行う日本人が多く存在していて、強盗事件も命じられた通りに実行するという日本人が多く存在することを知って「利用できる」と小躍りしたかもしれない。

 東南アジアから指示して日本国内で闇バイトで集めた人々に犯罪行為を実行させるというシステムがすでに機能しているのだから、そのシステムを諸外国の情報機関が見逃すはずがない。日本国内にデータ収集などを行う支援者を確保しているなら、すぐにでも同様のシステムを構築して強盗などを日本国内で増やす(特殊詐欺には相応のノウハウが必要だが、強盗なら障壁は低い)。

 狙いは、犯罪行為などを増やして社会不安を煽ることだ。社会不安が高まると、政府に対する信頼が低下し、ひいては国力にも影響を及ぼすかもしれない。日本を弱体化させることを狙い、手段を選ばない諸外国の情報機関なら、日本国内における闇バイトを駆使して犯罪をどんどん行わせることも辞さないだろう。

2023年6月17日土曜日

パワースポット

 パワースポットとされる場所が増殖している。この言葉の定義は曖昧で、ある場所を誰かがパワースポットだと主張し、それが広まれば新たなパワースポットの誕生となるらしい。とはいえ、どこでも誰でもパワースポットを誕生させられるものでもなく、何らかのストーリーが必要で、それが他の人々に受容されることが欠かせない。

 パワースポットとされる場所は神社が多いようだが、敬われる山や森や滝や奇岩など八百万の神が宿るとされるような場所もパワースポットとされる。古代からの自然信仰が現代人にも受け継がれているとも見えるが、本気でそれらの神を敬ったり畏れたりする現代人がどれほどいるのか不明だ。その場所に行ってパワーを浴びた気になって満足するだけの人々も多いように見える。

 パワーの定義も曖昧だ。大地のエネルギーとか超自然的なエネルギーなどと説明されたり、何かの霊力とされたりする。それらが満ちている場所がパワースポットで、訪れた人が何かを感じる(あるいは、何かを感じた気になる)ということなので、パワーもスポットも全ては曖昧なまま増殖している。

 歴史のある神社ならパワースポットなどと称さなくても良さそうなものだが、パワースポットとされることに異議を唱えている様子はない。パワースポットだと浮かれた訪問者であっても、訪れてくれれば御神籤など何かを買うだろうから歓迎しているのかな。パワースポットなどと現代風の装いに抵抗がないとすれば、本来の信仰が形骸化して、神社といえども商売大事になったか。

 おそらくパワースポットを訪れる人々の大半は本気で信じてはいないだろう。パワースポットだからと出かける口実にしたり、神聖とされる場所でパワーや癒しや御利益などを得た気分になったりとパワースポット体験を楽しむことが目的だ。観光気分で、おまけに何かのパワーを注入されたような気になることもできるのだから、手頃な気分転換には向いていそうだ。

 見ただけでパワーを注入された気分になることができる代表は太陽で、太陽信仰は世界各地に古くからあり、現代でも初日の出などを喜ぶ人は多い。ただ、太陽はどこからでも見ることができ、特定の場所と紐づけることは困難だ。いわば地表の大半が太陽のパワースポットだから、特定の場所を太陽のパワースポットとして来訪者を呼ぶことは簡単ではない。

 世界の宗教にはそれぞれ聖地とされる場所があり、信者が巡礼に訪れたりする。それらの聖地とパワースポットを同列に扱うことはできないだろうが、現代のパワースポットを喜ぶ人々にとっては同じようなものかもしれない。神も仏も霊力もパワーも、存在すると信じたり感じる人にとっては存在するのだろうから。

2023年6月14日水曜日

水で割ったブドウ酒

  近代化を目指した日本で近代化の進捗具合を見る尺度は西欧だった。西欧の政治や経済、軍事、法体系などの制度が日本の手本になり、さらには文化や生活習慣なども西欧を手本にする意識も生じた。だが、文化や生活習慣などは西欧に匹敵する水準が既に江戸時代には構築されていたので、日本と西欧の文化や生活習慣などは相対主義で見るべきだとするのが加藤周一氏。

 日本は「内部に文化的同一性があり、文化の各領域への分化が非常に進んでいた一方で、そういう文化が国民の全体に広がっていた。ですから外からのショックが自己同一性の危機を引き起こすということにはならない。緩和されてしまう。あれだけ強い文化を中国から長い間入れ続けても、明治以降に西洋をモデルに広範に改革をやっても、まだ自己同一性の危機は起こっていない」(「日本文化の特殊と普遍」=渡辺守章氏との対談、1980年。『加藤周一対話集①』所収)と加藤氏は、日本人の自己同一性の強固さを指摘する。

 西欧から日本を見るときに陥りやすい視線の偏りを分析して加藤氏は、明治以前に日本の文化が独自に高度な発展をしていたことを論じた。加藤周一氏の発言を以下引用する(同。一部修正あり)。


「日本と中国は非常に早くから、文化が世俗化された。そして、それ自体として高度に発達したということでしょう。

 世俗化の過程はかなり複雑です。それは、仏教のように高度に発達した宗教がアニミズム的な宗教としての神道的な世界を圧倒しえなかったということと関連している。キリスト教がゲルマン的な世界に入ってきたときと同じように、もし仏教が神道を圧倒していたら、おそらく文化の世俗化はなかなか起こりにくかっただろうと思います。神道的世界と仏教的体系がつり合いながら高度の文化が世俗化された形で発達したというのが日本の特徴です。

 ところがヨーロッパでは根本的な世俗化はようやく近代に起こったわけだから、いまなお文化の面では基本的に宗教的、キリスト教的だ。だから、ほかの文化をみるときにも、聖なるものと俗なるものとか、宗教的文化と世俗化された文化といった座標軸でみようとする。

 日本文化に対してもそうで、その結果、あるときは能を極度に宗教的なものとしてみたり、それに対する反動で世俗性を強調するということになる。しかし実際は水で割ったブドウ酒みたいなものなんだね。フランス人の考え方はブドウ酒か水かとなる。だから、能は水だ(完全に宗教性がない)、ブドウ酒だ(徹底的な宗教劇だ)と、どっちかになってしまう。

 しかし、日本人の歴史的・国民的体験は「水割り」なんだよね。薄くなるけど少しはアルコールもある。水でもないけどブドウ酒でもないというものなんです。極端にいえば天皇制から能までみんな同じなんですよ」

 「日本は立派だ」という日本礼賛の記事や番組があるが、その根拠は西欧などに日本文化が受容されたことだったりし、西欧を尺度にする発想が抜けきれていない。そうした日本礼賛とは異なる視点で加藤氏は、日本文化などが独自に高度な発展を遂げていたことを主張した。欧米での暮らしが長かった加藤氏だから説得力がある主張になっている。

2023年6月10日土曜日

タレントで商売

 多くの人気タレントを抱えている芸能事務所が、テレビ局やそのバックにいる新聞社、出版社に大きな影響力を有しているという構図は最近始まったものではない。多くの人気タレントを好む人々が膨大に存在しているので、テレビ局や新聞社、出版社はタレントの人気にあやかって商売する。

 マスメディアに大きな影響力を持つ芸能事務所に対して批判や怨嗟の声がないわけではない。そうした声が封じ込められるか無視されるだけで表面化しにくいのは、マスメディアが取り上げないからだ。マスメディアが自社の利害に関わることでは、批判精神を簡単に放棄するのは珍しいことではない。

 そうした中で芸能事務所に対する厳しい批判を行ったのは竹中労氏だ。『タレント残酷物語』(エール出版社、1979年)には、例えば、次のような文章がある(適時省略あり)。

「芸能プロがいかに法網をくぐり、税金をごまかし、いわゆるユニット(下請け契約)、音楽著作出版、実演興行のプロモートのからくりで不当な利益を挙げているか。1968年に出版した『タレント帝国』以降、その欺罔を暴く作業を私は一貫して、芸能界からゲット(閉め出し)された。この社会における収奪のありようは、つまりタレントを管理して、ギャラを搾取することに尽きる」

「『タレント帝国』から十年、芸能プロダクションの人間管理、略奪のシステムは、本質的には少しも変わっていない。『街角で振り返られる』スター、タレントへの憧れ、芸能人志願の少年少女が巷にあふれ、昼も夜もそれを煽り立てるTV文化のある限り、“虚像を売る”稼業は繁栄を続けていくのである」

 竹中労氏はナベ・プロに焦点を当てて収奪システムを暴いた。例えば、人気タレントが「億の単位を稼ぎながら三十万円、五十万円そこそこの月給で酷使されている」「アグネス・チャンの場合、収入の80%を芸能プロが取る」「小柳ルミ子の場合、月保証三十万円の時代に年間売上げは五千万円」「キャンディーズは推定15億円を稼いだ。月保証は“引退宣言”の時点で五十万円といわれる」など。

 ジャニーズ事務所の創業者であるジャニー喜多川氏による所属タレントに対する性加害を最近になって日本のマスメディアも報じ始めたが、そうした犯罪行為を長年放置してきた芸能事務所に対する責任追及には及び腰だ。明確な犯罪行為に対しても相手が人気タレントを多く抱える芸能事務所となれば批判精神が萎えてしまうマスメディアの体質は、竹中労氏がナベ・プロの収奪システムを暴いた当時と変わらない。

2023年6月7日水曜日

レバニラ丼

  日本の飲食店には多くの丼ものメニューがある。天ぷら屋には天丼やかき揚げ丼、寿司屋には鉄火丼やマグロ漬け丼やマグロ山かけ丼、ウナギ屋にはうな丼やうなたま丼、焼肉屋には焼肉丼やカルビ丼、中華屋には中華丼やマーボー丼や天津丼があり、食堂にはカツ丼、親子丼が欠かせないが、さらに各種の丼ものメニューを増やしている店は珍しくない。

 牛丼のチェーン店は全国に広がり、多くの飲食店がメニューに取り入れた。海辺の街では海鮮丼やシラス丼、うにイクラ丼などが名物という飲食店などが観光客を集め、豚丼など地方の名物丼が人気となって全国に広まった丼飯もある。鶏肉の代わりに豚肉を使った他人丼も一般化し、ルーローやビビンバなど台湾や韓国の人気メニューも日本で丼飯になっている。

 白米に何かの具材を載せれば丼飯が出来上がるので、新たな丼飯は増え続ける。カレーを乗せればカレー丼の出来上がりで、チャーシューを乗せればチャーシュー丼、すき焼きを乗せればすき焼き丼、豚キムチを乗せれば豚キムチ丼、牛ステーキを乗せれば牛ステーキ丼、生姜焼きを乗せれば生姜焼き丼、ジンギスカンを乗せればジンギスカン丼、焼き鳥を乗せれば焼き鳥丼、唐揚げを乗せれば唐揚げ丼などと新メニューの開発の苦労はないように見える。

 家庭でも、スクランブルエッグを乗せればスクランブルエッグ丼、缶詰の焼き鳥と卵を炒めて乗せて親子丼、また、豚肉やひき肉と卵を炒めて乗せたり、缶詰のツナとキムチを混ぜ合わせて乗せたり、納豆にネギやマグロの中落ちを混ぜ合わせて乗せたり、肉じゃがの残りを卵でとじて乗せたり、唐揚げやコロッケなど残り物を卵でとじて乗せれば丼飯の誕生だ。卵があれば、玉ねぎやネギ、ニラなどと炒めるだけでも具材となる。

 何かの具材を載せれば丼飯が出来上がるので、新作は次々と創作できそうで、丼飯は無限に増えそうだ。卵かけご飯も丼飯に似ているが、茶碗の白米に生卵を割って乗せるのが一般的で、丼ものとはちょっと違うか。丼ものの定義は①器は丼を使う、②白米の上に具材を乗せて覆うーだろう。ぶっかけ飯がイコール丼飯ではない。

 また、焼きそばを乗せれば焼きそば丼、お好み焼きを乗せればお好み焼き丼、ざる蕎麦を乗せればざる蕎麦丼、チャーハンを乗せればチャーハン丼、肉まんを乗せれば肉まん丼の誕生ーなどとはならないだろう。丼の白米に乗せるのは、おかずとみなされるものに限られる。西洋料理のおかずでも丼ものが創作できそうだが、白米を食べる習慣が乏しい歴史もあってか、西洋料理と丼ものの相性はあまり良くないようだ。

 全国には独自の丼ものを提供している飲食店がありそうだ。おかずになるものなら何でも白米に乗せることができるのだから丼ものの世界は広い。中華料理にはまだ丼の白米に載っていないおかずが多く、そのうちにレバニラ丼とかエビチリ丼、酢豚丼、キクラゲ卵豚肉炒め丼など出てきそうだ。和食店なら焼き魚や煮魚の身をほぐして乗せた焼き魚丼とか煮魚丼、様々な自家製の漬物を刻んで乗せた漬物丼か。

2023年6月3日土曜日

交換価値のデジタル情報化

  インターネットで個人ができることは、▽通信(文字や音声、画像、書類などを送受信)、▽検索(インターネット上に公開されている情報を調べる)、▽映画やドラマなど動画の視聴、▽通販でモノなどを買う、▽オンラインショップを開設してモノなどを販売、▽オークションなどでモノを売買、▽個人が作成した文章や写真などの公開、▽他人の文章や写真などを見る、▽商品や店舗の広告、▽納税など行政手続きーなどがある。

 デジタル情報に変換できるものは、次々とインターネット上に移った。書籍や雑誌や論文などの文字情報から始まり、写真や図表など静止画像が続き、やがて映画やテレビ番組などの動画の配信が可能になり、双方向性を活用して商取引、各種の行政手続きなどとともにSNSなど人々の交流の場となり、通信速度の高速化もあってインターネットは日常生活のインフラとして不可欠のものとなった。

 そして現在は紙幣や貨幣をインターネット上に移す過程が進行中だ。正確には紙幣や貨幣が有する交換価値をデジタル情報化して、インターネット上で決済できるようになった。パンデミックで、不特定多数が触った紙幣や貨幣の受け取りを忌避する傾向が表面化して日本でもインターネットによるキャッシュレス決済が一気に広まった。

 交換価値は抽象的な存在であり、見ることも触ることもできない。本当に存在しているのか不確かだが、人々は交換価値が存在すると疑わない。紙幣や貨幣の交換価値は、それらを受け取る側が交換価値の存在を疑わないことで成り立っている。1万円札は精巧な印刷がほどこされた紙切れにすぎないが、その交換価値を保証するのは国家であり、国家に対する人々の信頼が紙幣や貨幣の交換価値を支えている。

 仮想通貨もインターネット上に現れたが、民間が作成した仮想通貨の交換価値は不安定で、その交換価値は大きく揺れ動く。国家による裏付けがない交換価値は取引市場まかせだから、買いが増えれば上がり、売りが増えれば下がる。仮想通貨は実物経済における取引には限定的にしか使用されず、ほとんど投機の対象となっている景色だ。

 仮想とは実在しない何かを存在すると見なすことで、紙幣や貨幣の交換価値そのものも仮想といえば仮想である。国家の裏付けがある交換価値のデジタル情報化が可能なのは、デジタル情報化しても交換価値が実在すると人々が信じるからだ。さらにインターネット上には仮想空間も誕生して新たなビジネスの場になると期待する向きもあるが、民間が作成した空間なので、そこにどれだけの価値があるのか人々はまだ慎重だ。

 自国の紙幣や貨幣の交換価値が不安定になって減少すると、人々は他国の紙幣の交換価値に目を向け、例えば、自国通貨よりも米ドルを求めるようになったりする。現在の世界では、実物経済の規模をはるかに上回るマネー(交換価値)が動き回っているとされ、そうしたマネーが更なるマネーを得るためには、実物経済からの収益だけでは限りがあるので投機に向かい、バブルを世界各地で生じさせたりする。交換価値が過剰に存在する世界に我々は生きている。

2023年5月31日水曜日

聞きたいことを言う

  演説とは多くの人々を前にして自分の主張や意見を話すことで、聞いている人々に自分の主張や意見が妥当であると納得させたり、説得して同調させることが目的だ。英語に疎い多くの日本人にも強い印象を与えた米オバマ元大統領のように演説には名手がいるが、日本では演説の伝統が乏しく、国会でも原稿を棒読みする政治家の姿が日常で、名手とされるような演説がうまい人は少ない。

 米オバマ元大統領も原稿を用意して、それに基づいて語っていたのだが、原稿の棒読みだとは聞き手に感じさせない「語る力」があった。日本でもマイクを前に饒舌に語る政治家は多いが、一方的な主張と見えたり、人によっては饒舌に思いつくままを語って失言騒動になったりする。思いつくままに語ると失言するのは、日本の政治家が社会規範や他者の尊厳を軽視しているからだろう。

 会合などで少数の人々を前に短く話すことはスピーチと日本では呼ばれる。ここでは参会への謝意と盛会の祝意などを述べ、自分の主張や意見などを話すときには短くする(長く話す人も珍しくない?)。日常の会話は様々な状況があり、話題は身近な事柄が多いだろうが、会話にも名手がいて、当意即妙の受け答えで場を盛り上げたり和ませたりする。

 演説とスピーチの判別が日本では曖昧で、不特定の人の前で話すことと特定の人々の前で話すことを混同する人がいる。支持者や主義主張を同じくする人々に向かって話すときには思いつくままに話しても許されるかもしれないが、不特定の人々を前に話すときには賛同を得たり同調を得ることが重視されよう。

 支持者や主義主張を同じくする人々に向かって話すときに、後に失言と指摘される発言が混じったりする。それは、その場にいない誰かを揶揄したり、あげつらったり、中傷したりする発言が聴衆にウケて、許されると油断するからだ。その発言が広く知られると、社会的に不適当だとの批判が現れ、弁解しようがない発言だったりすると謝罪に追い込まれる。

 失言となる要因の一つは、支持者などのウケ狙いに、つい「本音」を吐露するからだ。聴衆が共感しそうなことばかりを述べようとするから、喝采を得ようとして言葉がスベッて言いすぎてしまったりする。失言は当人の倫理観が希薄で社会的規範などを軽視していることを示すが、失言で支持者が離反することはないだろうから、批判も一過性と当人は受け止めて神妙な態度でやり過ごす。

 失言は、支持者など聴衆が聞きたいことを言うときに現れやすい。聴衆におもねる話者が失言しやすいとすると、米オバマ元大統領のように演説の名手は聴衆におもねることはなく、聴衆を説得するために言葉をついやす。支持者を集めて話すことでは演説の名手は生まれないだろう。支持者ではない人々を交えた不特定の人々を説得し、同調を得ようと話すことに苦心するから演説の名手が生まれる。

2023年5月27日土曜日

覇権争いは他人事

 訪中した仏マクロン大統領は4月、台湾情勢について欧州は米中両国のどちらにも「追随」すべきでないとした。報道によるとマクロン氏は、台湾情勢の急変は欧州諸国にとって利益にならないが「欧州がこの問題で米国や中国の過剰反応に追随しなければならないと考えること」は最悪だとし、「私たちの優先事項は他国の予定に合わせることではない」とした。

 米国とも中国とも距離を置くとの姿勢は自国最優先の外交を行うフランスにとっては当然かもしれないが、米国との協調を重視せざるを得ない欧州各国にとっては「それは言っちゃいけない」ものだったか、批判が相次いだ。マクロン大統領が中国で手厚い歓迎を受けたこともあって、米中に対して中立の立場からの発言ではなく中国寄りだとの懸念が広がった。

 マクロン大統領は自身の発言は正当だとし、報道によると記者会見で、米国の「同盟国であることは下僕になることではない」とする一方で、台湾の現状維持を支持するフランスの立場は変えないとした。その後に台湾を訪問したフランス国民議会の議員団はマクロン大統領のメッセージとしてフランスの「台湾政策の方向性に変化はない」とした。

 米国と中国は、経済的な結びつきは維持しながら政治的には覇権争いを始めている。欧米の価値観に従っていては共産党の独裁統治が危うくなると懸念した中国は、経済的な成長もあって自己主張を強め、欧米の価値観とは異なる世界秩序の構築をあからさまに唱え始めた。米国はパクス・アメリカーナを終わらせるつもりは毛頭ない。両国とも引くに引けない状況になった。

 米中が覇権争いをしている状況で、米国側にいると見なされるフランスの大統領からの、米中に距離を置くとの発言は、米国から一歩離れ中国に一歩近寄ったと見なされて当然だ。だが、米中の覇権争いに巻き込まれたくないとはアジアから遠い欧州諸国にとっては暗黙の見解かもしれない。経済的に中国から恩恵を得ている諸国が多いだけに、米中の覇権争いから距離を置きたいのが本音か。

 かつての冷戦は米国とソ連の覇権争いだった。ソ連が解体してからは米国が単独で覇権を握ったとみなされたが、イラクやアフガニスタンへの出兵で米国は疲弊して単独の覇権に翳りが見える中で中国が経済的に急成長し、軍事的な存在感も増大した。欧州諸国にとって中国の軍事的な存在感はまだ希薄だろうから、マクロン大統領のような発言にもつながるのだろう。

 おそらくマクロン大統領にとって中国の軍事的膨張は「他人事」なのだろうし、米中のどちらが覇権を握っても、つき合っていかざるを得ないという冷静さ(冷酷さ)に基づいた発言だった。自国の利益を最優先にするという外交は当然だが、個人の本音を吐露することは外交においては余分なことだった。まあ自国の利益よりも米国の利益を優先する外交よりはマシだが。

2023年5月24日水曜日

全能感と脆さ

 なんでも自分の思う通りにでき、批判されることは少なく、むしろ称賛されるばかりで、崇拝者らが集まってきて周囲を固めているという人物。そうした人物が、現代ではパワハラやセクハラと見なされる行為を繰り返してきたことが明るみに出て、世間の批判に晒される事例は珍しくない。隠されていた「悪行」が暴かれた形だが、知る人ぞ知る「悪行」だったりもする。

 そうしたパワハラやセクハラが隠蔽されてきたのは、優越的な地位にある人物の行為を周囲が諌めることも告発することもせず、むしろ迎合するような人たちが周囲を取り巻いていたからだろう。パワハラやセクハラの被害者であると同時に共犯者でもあった人たちが周囲を取り巻いているなら、そうしたパワハラやセクハラは続く。

 優越的な地位にある人物が支配する組織や集団でパワハラやセクハラを許す環境が形成されると、秘密の共有が成員に求められる。他人の「悪行」の秘密を共有した人々は、社会に対して閉鎖的になる(それが秘密を共有した人々の組織や集団における自己防衛策となる)。社会の規範とは別の規範が形成された組織や集団では、支配する人物の意向がルールとなり、そのルールに従わない人は追放される。

 そうした「悪行」が暴かれた時に、優越的な地位にあった人物の反応は、批判を受け入れるか反発するか無視するかに分かれ、対応は①世間に対して謝罪する、②自己の行為を弁明し、時には正当化する、③沈黙を続けるーとなる。批判されることに弱い人物なら、隠されていた「悪行」が世間に晒されて狼狽し、適切な責任の取り方を行うことができない恐れがある。

 組織や集団に君臨する人物は内部の批判者を追い出すことで優越的な地位を維持し続け、批判されることに真摯に向き合う習慣がなかったりする。そうした人物が社会からの批判に直面したときに、適切な助言者が周囲にいれば、謝罪を表明して謹慎するポーズを装うことができるだろうが、迎合して秘密を共有する人たちだけが周囲にいる時には批判に対して混乱するばかりだ。

 集団や組織に君臨する人物は全能感めいたものを持っているだろうが、そうした全能感は自分の力では抑えることができない外部からの批判には脆い。なんでも思いのままにできるとの全能感が閉鎖的な集団や組織の中でだけ通用するものであったなら、全能感の喪失は優越的な地位が崩壊したとの意識につながったりもする。

 全能感を喪失した時に人は「素」に戻る。性質として打たれ強さを持っている人なら優越的な地位を失ったとしても立ち直ることができようが、打たれ弱い人が「素」に戻ると喪失感に圧倒されるかもしれない。喪失感に圧倒された人物が世を捨てて出家するというのは「熊谷陣屋」など歴史物語にはよくある話だが、現代では仏教信仰も形骸化しているようで、世を捨てて出家するという選択肢はマレか。

2023年5月20日土曜日

専門家の将来予測

 新型コロナウイルスの感染拡大の第9波が起き、第8波よりも規模が大きくなる可能性があると厚労省にコロナ対策を助言する専門家の有志が4月に見解を示した。その根拠は詳らかではないが、報道によると、▽流行は続く、▽自然感染による抗体保有率が低い、▽感染しやすいオミクロン株のXBB系統の割合が増えた、▽ワクチンの発症や重症化を防ぐ効果が薄れてくるーなどが挙げられた。

 4月の時点で、いずれ第9波が起きるとの見解は将来予測だ。将来予測を行う科学者は珍しくないが、その将来予測に客観性が欠けていると、それは占い師や予言師の言葉と同列になる。科学者の将来予測には確率が不可欠で、確率を検証することで将来予測の妥当性を確かめることができる。

 第9波が起きるという専門家の見解(将来予測)には、報道で見る限り確率は示されていない。確率が欠如した科学者による将来予測は主観である。当たることもあれば外れることもある。第8波まで感染拡大は周期的に起きたのだから、ウイルスが消滅したことが確認できず、特効薬が不在であるから、第9波が起きると予測するのは素人でもできることだ。

 専門家が第9波が起きると予測したのは、おそらく感染症法上の位置付けが「5類」に変更されて人々の警戒心が徐々に薄れることを懸念して注意喚起する目的だったのだろう。だが、3密回避やマスク着用やワクチン接種など従前の対策を人々が励行していても感染拡大の波は繰り返し起きたのだから、専門家が推奨する従前の対策を行っても第9波は起きるかもしれない。

 これは過去の感染拡大の波に専門家が無力であったし、第9波についても専門家は無力であることを意味する。なぜ感染拡大の波は繰り返し起き、その感染拡大の波はなぜ一定期間で終息したのか、専門家は明確な説明を行っていない。日本より先に厳しい行動制限などを撤廃した諸外国の感染状況のデータを検証して「5類」移行後の感染状況を予測することも行っていないようだ。

 ある専門家の見解を検証するのは他の専門家であるが、マスメディアにも専門家の見解を検証する役割があるはずだ。専門家の見解をそのまま伝えるのがマスメディアの実態のようだが、そこには批判精神が欠如している。とはいえ、専門家の見解を検証するには専門知識が必要で、様々な出来事を日々追う報道記者には荷が重いのも確かだ。

 専門家による確率が欠如した将来予測を、人々は科学的な事実と誤認しやすい。まだ起きていないことは事実ではないのだが、専門家が言うのだからと将来予測を確定した事実であるかのように信じる。第9波が起きるかもしれないと多くの人が感じているところへ、専門家に第9波が起きる可能性があるなどと言われると、うっかり信じてしまう。だから人々はマスク着用を続けているのかな。

2023年5月17日水曜日

怪力乱神を語らず

 論語の「子不語怪力乱神」(子、怪力乱神を語らず)とは「先生は、怪異と力わざと不倫と神秘とは、口にされなかった」ということ(岩波文庫、金谷治訳注)。子とは男子の美称また通称で、論語では孔子をさす。孔子は、怪しげなことや不確かなこと、鬼神、道理に反することについては話そうとしなかったという。語らなかった理由は定かではない。

 怪力乱神とは何か。怪力とは「人知を超えていて、人を迷わしやすい不思議な現象と、道理を無視して行使されやすい野蛮な力」で、乱は「世間の風俗・秩序を乱すもの」、神は「怪とほぼ同義(怪=①あやしいこと。不思議②化け物)」と新明解国語辞典。大辞林では怪力乱神は「理性では説明できないような不思議な存在や現象」とされる。

 怪力乱神について他に「 怪異と怪力と悖乱と鬼神の四つをさす。怪異は怪しく不思議なこと、怪力は怪しい力や働き、悖乱は道理に逆らい正道を乱すこと、鬼神は超人間的な力や威力を持つもの。いずれも理性や常識から遠く離れた存在のもの」とか、「怪は奇怪なこと、不思議なこと。力は武勇伝や暴力のこと。乱は道徳に反すること。神は鬼神、普通の人が認知できない神霊・霊魂のこと」「怪異・勇力・悖乱 ・鬼神の四つをさす」などの説明もある。

 理性で説明できない存在や現象について、事実や検証を重視する人なら、客観的な検証がないと否定的に語るか、孔子のように語らずにいるだろう。一方、それらを肯定的に語る人は珍しくないが、肯定する根拠が強い思い込みだったりする。検証できない存在や現象は様々な物語と結びついていることが多く、そうした物語に惹かれ、物語を受け入ることで、検証できない存在や現象を信じてしまう。

 理性で説明できない存在や現象には、例えば、幽霊(お化け)や祟り、天罰、如来や菩薩、神や悪魔、UFO、宇宙人(異星人)などがある。検証がなく自分で見たことがなくても、それらの存在を信じるには強い感情が要るだろう。その感情は信仰だったり信念だったり、単なる思い込みだったりする。

 孔子はなぜ怪力乱神について語らなかったか、理由の説明は残っていないようだが、推察するに①あやふやな対象には興味がない、②正確に語るには正確な対象が要るとした、②存在が不明確な対象について語って間違えることを恐れた、④孔子は実証主義者だったーなどが思いつく。語らなかったということは、存在が不確かな怪力乱神を孔子は恐れなかっただろう。

 現在でも怪力乱神を信じたり、感じたり、納得したりする人は珍しくない。実証を尊重する精神が弱い人が多いだろうことは、いろいろな陰謀論が現れては消えることでも確かめられよう。現在では科学的な装いをまとう怪力乱神や陰謀論もある。孔子のように、怪力乱神を語らずと己を律するのは現代でも簡単ではない。

2023年5月13日土曜日

ラーメンと絵画

  ひと昔前、大衆食堂のラーメンは醤油味が多く、そこにチャーシューやモヤシ、ネギ、ワンタン、野菜炒め、ワカメなど乗せる具材によってメニューが増えていたが、やがて味噌味が広まり、塩味も加わってラーメンのスープの定番となった。とんこつ味も人気となったが、仕込みに手間がかかるためかラーメン専門店以外で見かけることは少ない(市販のスープを使えば簡単に作ることができるが)。

 ラーメン専門店は独自の味づくりに励む。ラーメンは大衆食堂から町中華、そば屋など多くの飲食店がメニューに載せているので、ラーメン専門店は個性を出さなければ存在意味が薄れる。ラーメン専門店が個性を出すにはスープを工夫するのが常道だ。麺やトッピングに工夫することも欠かせないが、独自のスープの味を損なわずに独自のスープと調和することが麺やトッピングには求められる。

 ラーメン専門店が全国各地に増えて、魚ダシのうまみを強調した魚介系や鶏ガラスープの白湯系、背脂などの油ギトギト系、とんこつをさらに濃厚にした超こってり系、とんこつと醤油味のブレンド系、唐辛子やニンニクなどを強調したスパイシー系や激辛系など多彩なスープ味が出現し、つけ麺や油そばなど形態に工夫したところもあり、大盛りを売りにしている専門店もあるとか。

 ラーメン専門店があれば、ラーメン専門に食べ歩きする人もいる。「都内の主な店は食べ歩いた」という友人は、以前は夏休みなど休暇を利用して地方のラーメン専門店巡りをしていたが、結婚して子供も増えてからは休暇は家族サービスに専念せざるを得なくなったそうだ。加えて奥さんからは、健康のためにとラーメンを食べることを減らすよう厳命されている。友人はやや小太りの体型で、奥さんはそれを気にしている。

 とはいえ、友人はラーメンを食べることはやめてはいない。会社員で毎日出社している友人は、出かける機会があればラーメン専門店を探して昼食をとる(奥さんには内緒)。ただ外出先の周辺に都合よくラーメン専門店が毎回あるわけではなく、大衆食堂や町中華などでラーメンを食べることが増えて、専門店の凝った独自のスープではなく、こってりしすぎない町中華などの醤油味ラーメンを友人は再発見したという。

 「専門店のラーメンの味は、例えると油絵のようなもので時には味がくどくて重いと感じることがあるし、出汁が効いているという薄味のものは色鉛筆で描いた絵で、美味しいけれどなんか物足りなさがある」と友人は言い、「町中華などの醤油ラーメンはクレヨンでさっと描いた風景画のようなもので、ちょうどいい塩梅だ。飽きずに食べ続けることができる味なんだな」。

 さらに「町中華なんかのラーメンは、ひねくれずに真っ当に成長したラーメンだって気がする。目立とうと派手な格好をしたり、個性を求めて道を逸れたりせずに成長し、地味だけど安定した味を再現している」と称賛し、「ラーメンを特別視するなら専門店がいいんだろうが、町中華なんかのラーメンは日常食で、炊き立ての白米と同様の、これで十分だという味だ」。友人はラーメンの世界の奥深さを再認識した。