2024年6月29日土曜日

味の評価

 タレントが地方を巡るテレビ番組が増え、各地の温泉に入ったり、名所を訪ねたりするが、欠かせないのは飲食店で名物料理などを食べることだ。どんな味かと視聴者は興味を持つだろうが、タレントは「うまい」「美味しい」「柔らかい」などと出された料理を単純な言葉で褒めるだけだ。美味しいとしても、どのような味わいなのかは伝えてくれない。

 まずかったり、好みに合わなかったとしてもタレントは正直に言うことはできない。テレビ取材を受け入れた飲食店に対して、その味をタレントが厳しく批評したり、けなしたりするのは「取材マナー」に反する行為だろうし、タレントが「正直」に味の感想を言う番組では、テレビ取材を受け入れる飲食店を見つけることは簡単ではなくなるだろう。

 平凡な味であっても、好みに合わない味であっても、まずくても、食べて感動したような顔つきで「うまい」「美味しい」「柔らかい」などと言えるのも旅番組に出演するタレントの芸なのだろう。できるのは「うまい」「美味しい」「柔らかい」などの声の大きさを場面によって変えたり、時には、しみじみと「うまい」「美味しい」「柔らかい」などと言うことか。

 タレントや番組スタッフが都内や地方の飲食店を訪ねて、料理を食べるという食べ歩き番組も増えた。こちらもタレントや番組スタッフは、甘みがあるとかピリ辛だとか塩味がいいなどと多少、味について説明するが、「美味しい」「うまい」と褒めることが基本であることは変わらない。こちらでも、まずかったり、好みに合わなかったとしてもタレントや番組スタッフは正直に言うことはできない。

 うまい・まずいは個人の感覚に左右されるから、タレントやスタッフの否定的で正直な感想を番組で伝えることは公平性に欠け、飲食店とのトラブルになる可能性がある。だから番組では、飲食店を紹介する範囲を超えないようにタレントやスタッフは基本的に味を褒めるしかない。つまり、旅番組や食べ歩き番組での飲食店の料理の紹介は、そこに料理が存在するという情報でしかない。

 テレビ番組では、紹介する飲食店の料理に対する批判は行わず、評価も行わない。どの料理も「うまい」「美味しい」「柔らかい」などと褒めるだけだ。SNSなどでは飲食店の料理に対する「正直」な批判が現れるが、それは客として入店した人にだけ許される行為であり、アポを取って取材するテレビ番組には取材先に対する配慮が求められるとともに、批判を遠慮するのは当然だろう。

 うまい・まずいは個人の感覚に左右されるので、個人の感覚を一般化できるのかという課題もテレビ番組には突きつけられる。タレントやスタッフが料理をまずいと思ったとしても、うまいと思う客がいるから、その料理は提供され続けている。味の評価は人それぞれだとすると、テレビ番組を見て興味を惹かれた視聴者は自分で食べに行くしかない。

2024年6月26日水曜日

「与えられた」課題

 SDGsに取り組んでいることを掲げる企業が増えた。これは①企業のブランドイメージ向上につながる、②新しいビジネスが生まれるきっかけになる、③社員のモチベーション維持につながる、④投資家へアピールできるーからで、SDGsの導入は、SDGsの知識習得→課題を設定→目標設定→自社のビジネスに組み込む→SDGs活動開始の順に行うという(日本能率協会HP)。

  行政関係や企業人以外で、SDGsというアルファベットの連なりの意味するものを即座に理解できる人がどれだけいるのか定かではない。生活実感としてSDGsの必要性を感じている人は少ないだろうし、SDGsの必要性を説かれても何をすれば良いのか分からないという人も少なくないだろう。行政関係や企業人にしても、共感して賛同するというより、対応しなければならないと受け身で思考・行動している人が大半のようにも見える。

 SDGsとは持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)で、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された、2030年までに持続可能で、よりよい世界の実現を目指す国際目標。17の目標・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを目指す(外務省HP)。

 17の目標は、▽貧困をなくす▽飢餓をなくす▽すべての人に健康と福祉を▽質の高い教育を▽ジェンダー平等を達成▽すべての人に安全な水と衛生の利用・管理を▽安価で信頼できるエネルギーへのアクセスを▽経済成長と雇用を確保▽産業と技術革新の基盤をつくる▽各国内や各国間の不平等を是正▽持続可能な都市を実現▽持続可能な生産・消費形態を確保▽気候変動に緊急対策▽海洋資源を保全し、持続的に利用▽陸の生態系の保護・回復・持続可能な利用促進、森林の持続可能な管理など▽平和で包括的な社会の促進、すべての人々に司法へのアクセス提供など▽持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パー トナーシップを活性化。

 国際社会の課題を列挙した17目標に異論を唱える人は少ないだろうが、どの目標も個人レベルの課題だと受け止める人も少ないだろう。日本政府がSDGs策定の議論にどれほど参画していたのか知らないが、国連で決まったことに従っているだけのような印象も受ける。SDGsは政府レベルや企業レベルで取り組む課題だが、日本独自に設定した課題ではなく、「与えられた」課題のようだな。

 他人が設定した問題を他人の解釈をなぞって考えたり、他人と同じ問題意識を持つことは教育の場などでは必要だ。そうやって子供らは、与えられた課題を考え、解くことを学ぶ。そうして大人になって、自分で課題を見いだし、問題を設定し、解決の道筋を考えるようになるーーはずだが、自力で課題を見いだし、問題を設定できる人はそう多くはいない気配だ。

 自力で課題を見いだすより、「与えられた」課題の解決の道筋を他人の解釈に追従して検討するほうが簡単だろう。だが、それは先生に課題を与えられて、考え始めた生徒の振る舞いでしかない。他人の問題意識や他人の思考を追っているだけだ。より良い世界を実現しようというSDGsは尊重されるべきだろうが、「与えられた」課題に対応すればいいとも見える行政や企業の動向から、独自の哲学めいたものが希薄なのは当然か。

2024年6月22日土曜日

横断歩道の毛虫

 郊外の割と交通量が多い片側1車線の道路で友人は、横断歩道の端のほうに長さ6〜7cmの細長い黒い毛虫を見た。樹木の多い公園側から、ゆっくりゆっくりと横断歩道を渡り始めた毛虫は、信号が変わって発進する車両に気づいたのか風圧に耐えるためか、動きを止めたが、車両が途切れるとまた動き始めたという。

 交通量が多い道路を横断しているという状況を「毛虫がどう認識していたのか見当もつかないが、あのままでは毛虫はいずれ車両に轢かれる。次に何が起きるのかを知らず、あの毛虫は身の破滅に向かって進んで行った」とし、「あの毛虫と人間は同じだ。次に何が起きるのかを知らずに毎日を生きている」と友人。

 毛虫が認識すべきだったのは、①その道路は交通量が多い、②車両に轢かれると潰される、③車両が止まっているのは前方の信号が赤の時だけ、④自身が道路を横断するには時間がかかりすぎるーだ。これらは人間なら学習によって得ることができる認識だ。毛虫の学習能力がどのくらいなのか詳らかでないが、おそらく毛虫は道路交通に関して学習することはできないだろう。

 予測可能な死に向かって進むことを毛虫が続けたのは、置かれている状況を理解せず、次に起こり得るであろうことを知らず、死の概念を持たず、捕食者以外に対する危険予知ができなかったからだ。この世界は道路交通など人間が構築したシステムで動いているが、それは毛虫には理解が及ばないことだろう。つまり、道路を横断しようとして轢かれて死ぬのは、毛虫にはどうすることもできないことだった。

 信仰を持たないが宗教には関心があるという友人は「あの毛虫を見てたら、神が人間を見ているような気分になった。状況を正しく理解せず、死や破滅に向かって進んで行く人間を神はきっと傍観するだけだろう。神が存在するとすれば、そう考えるしかない」とし、「人類が破滅に向かっているとは思わないが、死や破滅に突き進む人々は世界に数限りなくいる」。

 道路を横断する毛虫が轢かれて死ぬように、自身に予測できなかった現実は受け入れるしかない。どうにもできないことを受け入れるには運命という考えが便利だが、そうした現実肯定は無力さや判断力とか行動力の欠如などと結びついている。世界で宗教が現在も大きな影響力を持っているのは「あの毛虫と同様に、どうにもできない現実に翻弄される人々が多く存在して、何らかの解釈を求めているからだろう」と友人。

 予測可能な状況であっても、毛虫のように予測できないなら不幸な結果は自分の身に降りかかってくる。予測できないのは自己責任だともいえるが、人間の予測能力には限界があり、何が起きるか、誰もが正しく認識できるわけではない。「死が確実だと知らずに、せっせと前に進む毛虫の生き方は人間を含む生物の実相だな」と言って友人は深いため息をついた。

2024年6月19日水曜日

寄り合いと会議

 日本には民主主義の歴史がなく、民主主義は15年戦争の敗戦後に米国が日本に導入させたという解釈がある。民主主義の最低条件は、①主権を国民が有する、②主権者による自由選挙が行われる、③自由選挙は公正に行われる、④主権者による自由選挙で選出された人々が国権の最高機関である議会を形成するーだろう。

 15年戦争の敗戦前の日本では、主権は国民になく、自由選挙は損なわれ、軍部独裁体制に迎合する人々が選出される選挙システムとなり、言論や出版、集会など個人の自由は大きく制約された。敗戦前の日本で軍部独裁体制が確立する以前には自由選挙が行われていたが、主権が国民になかったので民主主義の政体とはみなされない。

 だが、人々は支配されるだけの対象だったわけではない。国権に関わる事柄は中央政府が決め、人々はそれに従うことを余儀なくされたが、地域の共同体における課題は人々が集まって話し合っていたところもあった。誰かに決めてもらって皆がそれに従うというのではなく、皆が納得するまで話し合うという仕組みは民主主義の原型とも見える。

 宮本常一氏の『忘れられた日本人』(岩波文庫)所収の「対馬にて」に、そうした民主主義の原型をうかがうことができる。当該個所の概略を紹介する。

・村の寄り合いがあり、森の中に人が集まっていた。次の日も寄り合いは続き、数人ずつ固まって話し合っていた。村で取り決めを行う場合には、皆の納得のいくように何日でも話し合う。

・初めに区長からの話を聞き、地域組が話し合った結論を区長のところに持って行くが、折り合いがつかなければ、また自分のグループに戻って話し合う。用事のある者は帰ることもあり、言うことがなくなれば帰ってもいい。

・議題に縛られずに参加者は自由に話すので容易に結論は出ないが、皆が思い思いのことを言ったあとで、話は次第に展開し、さらに話し合った後で老人や区長が結論をまとめ、皆が了承する。

・この寄り合い方式は古くからの歴史があり、村の申し合わせ記録の古いものは二百年近い前のものもあり、それ以前からも寄り合いはあったはずである。古老の記憶では、三日でたいていの難しい話もかたがついた。気の長い話だが、無理はせず、皆が納得のいくまで話し合った。結論が出るとキチンと守らねばならなかった。

・少なくとも京都、大阪から西の村々には、こうした村寄り合いが古くから行われており、そういう会合では郷士も百姓も区別はなかったようだ。反対の意見が出ても賛成の意見が出てもそのままにしておき、皆が考え、最後に最高責任者に決を取らせる。

 宮本氏が記録した寄り合いの事例が日本全国で行われていたかどうかは不明だが、共同体の成員が意見を交わして決めるという仕組みは共同体を維持するために有効かつ必要だっただろう。皆で納得のいくまで話し合うという地域における歴史があったから、日本で民主主義が大きな抵抗なく受け入れられたとも見ることもできよう。

 こうした村寄り合いは、効率を重視して長い会議を問題視し、会議をスピーディーな意思決定の場にしようという発想とは逆方向のものだ。だが、皆が自由に話し、時間をかけて皆が納得する結論に達するという仕組みは、共同体の結束を強固にするものだっただろう。社員が入れ替わる企業などで効率重視の会議が持てはやされるのは、利益や売り上げにつながらない共同体の結束は重視されないからだろう。

2024年6月15日土曜日

酒飲み無宿

  人別帳は江戸時代の戸籍だが、農民や町民ら民衆を管理する制度でもあった(後に各自の宗旨を記載させた宗門人別改帳へと拡大)。人別帳が現在の戸籍と違うのは、夜逃げや家出・勘当などで姿を消した人々、窃盗や刃傷沙汰などで追放されたり所払いになった人々らは人別帳から外されたことだ。

 人別帳から外された人々が無宿だ。時代劇映画などでは放浪するヤクザや博徒という無宿が主人公になり、非道な連中を派手な立ち回りで倒したりするが、無宿になった人々の多くは乞食になったり、江戸などに流入して暮らした。無宿となった人々の人数は不明だが、江戸幕府が何度も増えすぎた無宿の取り締まりを行い、佐渡金山に人夫として送ったり、佃島に人足寄場を設けたりしたのは相当数の無宿が江戸に集まっていたからだろう。

 無宿という生き方は完全な自己責任の生き方だ。生まれ育った土地を離れて放浪を続けて野垂れ死ぬ人もあれば、放浪先で仕事を見つけて落ち着く人もあれば、金を手に入れるために何でもやる人もあれば、裏稼業に居場所を見つけた人もあるだろう。土地を離れた人も生きるためには金を稼がなければならず、食いつなぐためには自分の才覚に合わせて何でもやらなければならないだろう。

 社会保障の制度が未発達だった当時、家族や共同体の助けもなく、市中に放り出された無宿は見方を変えると、全くの自由な生き方を送ったとも言える。自由という概念は当時なかっただろうが、国家権力(当時は幕府)は「敬して遠ざける」存在で、関わりを持たずに生きるしかなかっただろうから、自分勝手に生きるという意味で自由だった。

 無宿として様々な境遇で生きた人々に共通する精神があったとすれば、それは個として立つことだった。放浪して野垂れ死んだ人も江戸などで居場所を見つけた人も裏稼業に生きた人も、社会に放り出されてからは独力で生きねばならなかった。個として立つと各自の判断力や行動力など才覚の違いが明らかになる。生きるも死ぬも己の才覚次第というのは、過酷だが分かりやすい構図でもある。

 現代において無宿はアナキズムと親和性がある。国家権力の束縛・統制を嫌い、極端になると社会保障なども拒否して、国家権力の世話にはならずに生きると標榜する人もいる。現代の無宿の精神は国家権力の管理・統制と距離を置くことと解釈すると、学問の自由などを重視する研究者は国家権力と距離を置くことに留意するので無宿の精神を幾分か持っているのかもしれない。

 かなり以前のことだが、飲み会で酔うと「俺は酒飲み無宿だ」と必ず言う人がいた。酔っ払うと誰かのところに転がり込み、自宅に帰らないことが珍しくなかったというから、友人知人の家を放浪していたつもりだったか。彼が言う無宿は精神ではなく状況を指していたが、豪放磊落を装っていた気配もあり、時代劇や任侠映画のファンだったので、彼には無宿の精神への憧れもあったのかな。

2024年6月12日水曜日

感染拡大の波があった

 コロナ禍を経て変わったものというと「外出時にトイレを使用した後で必ず手洗いをするようになったことぐらいだ」と友人。コロナ禍の最中は自分や家族がコロナに罹患することを恐れる気持ちが強く、人と会うことが少なくなったそうだが、以前から使用することが稀だったマスクはとっくに着用しなくなり、3蜜を意識することもなくなり、コロナ禍以前の日常に復帰したという。

 仕事ではオンラインの打ち合わせが増え、飲み会は減ったそうだが、1人でチョイ飲みすることが増え、行きつけの店が増えたそうだ。知人らとの付き合い方は変わらないが、無理に会わなくてもいい人との付き合いは減り、家族や自分の健康により注意を払うようになったと言う友人は、外出を忌避するようになったりはせず、生活の価値観に「大きな変化はない」とする。

 コロナ禍の最中は、手洗いや消毒、マスク着用などが半ば強制的に求められ、外出自粛や面会自粛、旅行自粛、会合自粛、会食自粛など自粛という体裁の政府主導の感染対策に人々は従った。その効果があってかコロナ禍は過ぎ去った気配だが、対策の何が効果があって何が効果が少なかったかーなどの検証が行われているのかは定かではない。

 コロナ禍では感染症の専門家のマスメディア露出が大幅に増えた。科学的な対策だとの名分が掲げられ、数々の対策が提言され、専門家は人々に対して対策の実行を呼びかけた。それら数々の対策が現実の社会において、どのように作用して効果を発揮したのか(あるいは、期待された効果はなかったのか)を検証して明らかにすることは、今後の感染症対策をより実効性のあるものにするために必要だろう。

 例えば、新型コロナの感染拡大には何度かのピークがあり、第9波まで観測されている。それらの感染拡大はなぜ起きたのか、そして、それらの感染拡大がなぜ終息したのか。この疑問に感染症の専門家は答えていない。ワクチンの接種者が増え、複数回のワクチン接種も行われたが、感染拡大の波はワクチン接種とどのような相関関係があったのかも明らかになっていない。

 手洗いや消毒、マスク着用に加え数々の自粛を人々が行っていたにもかかわらず、新型コロナの感染拡大の波は繰り返した。何が感染拡大を起こさせ、何が感染拡大を終息させたのか。科学的な分析が専門家からまだ示されていないのは、検証しているが結果がまとまらないのか、検証をしていないのかも明らかではない。ウイルスの変異によって感染拡大が繰り返されたとの解釈もあるが、それなら客観的に検証することは難しくはないだろう。

 新型コロナの感染拡大の波は「自然現象かもしれない」と友人。感染者が市中に増えても「天井」があって、それ以上に感染者は増えずに感染拡大は終息に向かい、市中の感染者が減れば感染拡大に転じることを繰り返すとの解釈だ。「その説では、第9波の後に第10波以降の感染拡大が起きていないことを説明できないな」と聞くと友人は「そうすると考えられるのは、ウイルスが急速に弱体化したということか? 感染拡大の波が自然現象だとしても、そのメカニズムを解明するのは専門家の責務だよ」。

2024年6月8日土曜日

独裁者の後継者

 国家における最高権力者の決め方は様々だ。米国などでは大統領を選挙で決め、日本などでは首相を議会が決めるが、議会の議員は自由選挙で選出される。だが、最高権力者が居座るために選挙に介入し、対立候補の立候補を阻んだりして結果を有利にするよう仕組んだりする国もあって、自由選挙の実態も様々だ。

 人々の自由選挙で国家権力のあり方を決めるという民主主義では、最高権力者の交代による混乱は少なく、権力承継の安定性を確保するためには有効なシステムだ。民意が反映されて最高権力者が決まるシステムが明確に構築され、そのシステムに則って最高権力者の交代が行われる。北朝鮮などのように最高権力者の選出が選挙によらず、支配層トップだけで決める国もある。

 最高権力者の交代がシステム化されている国では、最高権力者は決められた任期を務めるだけだ。そうした国では、国家の主権は人々にあることが明確化され、最高権力は主権者にあり、それを代表して行使する人を選出して権力の行使を委ねる。一方、最高権力者が居座ることを正当化するために権力が行使され、憲法や選挙制度、司法制度などを都合よく変えたりする国もある。

 権威主義の諸国でも最高権力者を選出するシステムは構築されているが、中国では習近平氏が権力を掌握し、憲法を改正して最高権力者の座に留まり続けることを可能にし、ロシアも憲法を改正してプーチン氏が最高権力者の座に留まり続けることを可能にした。これらの国では最高権力者が国家主権を有し、それに憲法も従っているように見える。

 個人が国家主権を有している国で、最高権力者の交代は最大の不安定要因となる。後継者を決定するシステムが曖昧だったり、システムが明示されていても実態は支配層トップの談合で決定したりするなら、権力継承の安定性は低い。むき出しの権力闘争が勃発する可能性があり、軍を掌握することが決め手になったりする。

 ある国家で、好きなように権力を行使できる最高権力者であったとしても人には寿命がある。最高権力者の突然の死によって権力の承継レースが始まる。そうした国での最高権力者の正当性は民意に関係なく、最高権力を掌握したことによってのみ担保されるので、承継者が決まっていなければ、後継者を争って権力闘争が始まるだろう。最高権力者の死がしばらく隠蔽されたりすると、死んだ最高権力者の警護責任者が承継レースのキーパーソンになったりすることもある。

 最高権力者が国家の主権を掌握している場合、最高権力者の死は国家主権の空白を示す。国家は永続すると思われているが、個人が主権を掌握している国家では、最高権力者の死によって主権の存在が希薄になり、人々が周辺諸国に流失したりすると国家は衰弱する。個人が主権を掌握している国家には、権力の承継という不安定性が付きまとう。

2024年6月5日水曜日

朱鷺と大山椒魚

 食用のために輸入されたチュウゴクオオサンショウウオ。逃げ出したのか放たれたのか定かではないが、やがて野生化して定着した。食用にならずにすんで日本に住み着き、子孫を残して生命のリレーを行っているのだから、静かに見守っていてもいいはずだが、日本在来種のオオサンショウウオとの交雑が問題視され、環境省はチュウゴクオオサンショウウオとその交雑種を、生態系などに被害を及ぼすとして特定外来生物に指定した。

 交雑できるほどに近い仲間である日本と中国のオオサンショウウオ。日本では特別天然記念物で絶滅危惧種、中国では重点保護野生動物で絶滅危惧種に指定され、どちらも希少な生物だ。報道によると見た目は「交雑個体や中国種は模様が大きめ、頭部のイボが少なく対になることが多い。在来種は模様が小さめ、頭部のイボが対になることはあまりない」そうだが、交雑種であっても希少なオオサンショウウオの種の保存にとって貴重だろう。

 中国では養殖のオオサンショウウオが食べられていて、高級食材になっているそうだが、日本でもかつては食べられていた。北大路魯山人は「山椒魚は珍しくて美味い。それゆえにこそ、名実ともに珍味に価する」「腹を裂き、肉を切るに従って、芬々ふんぷんたる山椒の芳香が、厨房からまたたく間に家中にひろがり、家全体が山椒の芳香につつまれてしまった」「すっぽんを品よくしたような味で、非常に美味であった。汁もまた美味かった」(青空文庫から)。なお天然記念物ではない小型のサンショウウオは唐揚げなどで現在も食べられている。

 一方、歓迎されているのが中国産のトキだ。日本産のトキは1952年に特別天然記念物に指定されたが減少は止まらず、1981年に野生のトキが捕獲されて人工飼育に移行した。だが、繁殖は成功せず個体数は減るばかりで、2003年に最後の1羽が死亡し、絶滅した。そこで日本にトキを「復活」させようと、1999年に中国産のトキを導入して人工繁殖に成功し、2008年から毎年のようにトキの放鳥が行われ、現在では野生下での繁殖が実現するなど中国トキは日本で増え始めた。

 中国トキと日本トキは、報道では遺伝子の違いは0.065%で個体差レベルとされ、日本トキのDNA型と中国トキのDNA型は共通のものがあり、両者に遺伝的な違いはなく、大陸と日本のトキが行き来して交雑していたことを示すとされる。それで中国トキを日本で人工繁殖で増やし、放鳥して野生に戻して増やすことが国策として続けられている。

 チュウゴクオオサンショウウオとその交雑種を特定外来生物に指定したのは日本のオオサンショウウオの「純血」を守るためだろうが、トキは日本で絶滅しているので「純血」を守りたくても、もう守ることはできない。それで日本産でも中国産でもトキには大して違いはないとして、中国トキの導入で、日本のかつての生態系を再現しようとすることが進められ、賞賛されるばかりで批判は封印される。

 中国トキは日本の固有種ではないが、日本における生存は歓迎される。中国トキが増えれば日本の生態系に影響を与えるだろうが、チュウゴクオオサンショウウオの存在のようには問題視されない。 ニッポニア・ニッポンという学名を持つからトキは政治的に特別扱いされるのかもしれず、おそらく潤沢な予算措置が続いていて、日本トキの保護から中国トキの繁殖へとトキに関わる人々が多く存在することもトキの「特別待遇」を支えているか。

2024年6月1日土曜日

革新と伝統

 非常に偉い人の定義とは「革新的なことをする人」で、シェーンベルクの十二音階の音楽やゴッホの絵、ピカソのキュービズムとか偉い人は「全く新しい世界をつくる人だ」とするのは加藤周一氏。ただし、初めから革新的であったのではなく、伝統的な方法を短い期間で習得し、伝統の方法の中でやることがなくなって革新的なことをやり始めるのだと言う。発言を引用する。

 偉い人というのは早く卒業をするんだ。親父までの人たちのやっていたことを卒業しないで偉くなる人はいない。必ず伝統的な方法を経るんだけれど、ただ卒業の時期が非常に早い。たいていの人は一生卒業しないだろうけど。

 たとえば音楽ではシェーンベルク。彼の《浄夜》は初期の作品ですが、後期ロマン派の手法で書いたオーケストラの曲として完璧でしょう。彼もまた非常に早く卒業して、やがて十二音階という問題に出会う。絵画でいえばピカソですね。初期のピカソを観るとだいたい16、7歳で伝統的な技法を完全に卒業してしまう。

 モンドリアンは美術学校を出る頃にはもうオランダの伝統的な描き方で、とびきり上手な風景画を描いてた。それを崩し出してたちまち、あの抽象の時期になる(「20世紀芸術家の肖像」中村真一郎との対談=『加藤周一対話集④言葉と芸術』所収。一部修正あり)。


 偉い人は割に短い時期に絵画史を通過してしまう。ゴッホは、古典的な近代絵画はオランダで卒業して、パリでは当時の典型的な印象派の絵を描き、アルルに移って独創的なことを始め、我々がよく知っているゴッホの絵を描き出した(「ドイツの言語空間と文化空間」大町陽一郎との対談=『加藤周一対話集④言葉と芸術』所収。一部修正あり)。

 革新的な独創性は、ただ才能によるのではなく、伝統の中で成長し、伝統の中には収まりきらなくなった才能が独自の表現などを求めて活動するところに現れると加藤周一氏は指摘する。言い換えれば、才能を育む伝統が希薄なところには革新的な独創性が現れることは難しい。

 西洋音楽の伝統がない社会からは西洋音楽を革新する音楽家の出現は珍しく、西洋絵画の伝統がない社会からは西洋絵画を革新する画家の出現が乏しい。革新的な表現は伝統に対する反逆であると見なされやすいが、伝統の中で成長し、伝統の中に収まりきれなくなった才能によって革新的な独創性が現れるのだろう。