2023年4月29日土曜日

政治家の条件

 政治家に求められる条件を松下幸之助は、①自分のこと以上に国家国民の繁栄、平和、幸福を思う心がなければならない、②国民生活の実情に通じ、それをさらに高めていくことのできる豊かな識見と力強い実行力がなければならない、③議会制度の本質についての正しい認識とそれに基づく行動ができなければならないーとする(松下幸之助HP)。

  政治家の条件については識者がそれぞれに論じた多くの著作があり、それは実在の政治家について多くの識者が批判的に見ていることを示す。政治家は公衆に奉仕する公僕であるのだが、広い視野に欠け、自己や所属政党の利益や体面を優先し、時には権力に固執することを政治活動の最優先目標にしたりするのだから、批判される。

 政治家に求められる能力を経済同友会は、▽政策や法律を理解し、その政策や法律が現実社会に及ぼす影響を想像できる能力、▽自分たちの考えや理屈や将来見通しなどを説明・説得できる国民に対するコミュニケーション能力、▽討論・演説、説明・説得・主張などをシナリなしで行うことができる能力ーとし、さらに▽行政府の役職に就く人には行政官としての能力ーが必要だとする。

 高い見識や高潔な人格を有し、社会の広範な人々に対する理解と共感を持ち、法律に精通していて人々が豊かに暮らせる社会に向けて具体的に行動する人で、自分の考えを理性的に説明できるとともに、反対する人々も含めて言葉で説得する能力があるーそんな人こそ政治家にふさわしいだろうが、そんな人が現実社会に大勢いるのか定かではない(そんな人物像だと既成の政治家を宣伝することは珍しくないが)。

 政治家になるためには日本では選挙に立候補して、相当数の票を獲得して当選しなければならない。政治家としての能力を備えている人物であっても、選挙戦で街宣車に乗って自分の名前を連呼し続けながら笑顔で手を振り続けなければならない。政治家に求められる条件には、選挙戦で企業や組織などの支持を固め、街宣車に乗って笑顔で手を振り続け、時には車を降りて人々と握手をし続けるーことが加わる。

 選挙で当選しなければ政治家になれないので、立候補者は利用できるものは何でも利用する。例えば、参院議員や衆院議員や都知事を務めた石原慎太郎は選挙戦で「私は石原裕次郎の兄です」と言っていたことは知られている。作家としての知名度があるのに人気俳優の弟の名前を持ち出したのは、親しみやすさをアピールする狙いだったのだろうが、人気俳優の親族であることと政治家の能力は無関係だ。

 親族に人気芸能人がいる候補者が選挙で有利となり、当選する可能性が高いとなれば、政党は人気芸能人だけでなく、その親族も有力な候補者としてピックアップするだろう(政治家に求められる能力よりも、どれだけ浮動票を獲得できるかが優先される)。そうして政治は見世物の要素を強め、政治家に求められる能力などの検証は忘れられ、当選するのが政治家の最高の能力となる〜かな。

2023年4月26日水曜日

合理的に間違う

 目標設定は誤っているが、その目標を達成するために合理的に行動計画を立てて熱心に活動し、目標を達成することは現実では珍しいことではない。その目標設定が誤っていることは社会的に問題にされることもあるが、看過されることもある。企業や組織が硬直的で、トップ層の判断に批判や反対が許されない状況では、そうした誤った目標設定がなされたりする。

 目標設定は誤っているとはいえないが、その目標を達成するために不適切な行動計画を立てて不適切な行動により目標を達成することも珍しくない。不適切な行動は目につきやすく、社会的に問題にされたりする(必ず問題にされるとは限らないが)。適切な目標設定のもとで合理的な行動計画が立てられたとしても、目標達成が至上命題にされると、行動が強引になったり、不適切な行動が容認されたりすることも珍しくはない。

 誤った目標設定を達成するために合理的に行動計画を立てて実行した典型がドイツだ。ナチスは「ユダヤ人がすべての問題の原因である」と考え、ユダヤ人は生きている価値がなく、世界を征服しようとしている怪物のようなものだとし、ナチスはユダヤ人に対する組織的な襲撃を行った(ホロコースト記念館HP)。

 第二次世界大戦が始まり、ナチスはゲットーと呼ばれるユダヤ人居住地域を各地につくり、すべてのユダヤ人をそこに住まわせ、さらにナチスはヨーロッパに残っているユダヤ人を全滅させることを決め、全ヨーロッパに住む1100万のユダヤ人抹殺計画を決定して、実行した。6つの絶滅収容所を建設し、ユダヤ人を集めて移送、ガス室に入れて毒ガスで殺害した。選別されて生き残った人々は強制労働収容所に移された(同)。

 ナチスがユダヤ人の抹殺を目的としたのは誤った目標設定であることは明白だが、その誤った目標を合理的に実行して、ナチスは約600万人のユダヤ人を殺害した。ユダヤ人を絶滅させるというナチスの目標をドイツ人は支持し、実行した。ドイツ人は誤った目標設定に対して合理的な判断を放棄したが、その実行においては合理的な計画に基づいてユダヤ人の大量殺害を実行し続けた。

 おそらく当時のドイツ社会においてユダヤ人に対する強い憎しみが共有されていたからユダヤ人抹殺計画が支持され、その誤りは看過され、具体的な計画をドイツ人は着々と実行した。目標設定が情動に強く影響されると歪みが生じるが、そうした歪みは感情が昂った人々には歓迎すべきものと見えるだろう。合理的に振る舞う人々でも感情に左右され、「暴走」することがあるとドイツの歴史は示している。

 人間には感情があり、情動に左右されることは自然なことだ。問題は、合理的に判断するべきところで感情や情動が介入することだ。現在でも世界各国で政党や政治家は、人々の感情を刺激することで支持獲得を行っている。だが、感情に動かされた人々による支持で権力を握った政党や政治家は支持者の人々を裏切ることができない。歪んだ目標設定が行われ、その目標を合理的に人々が実行する可能性は常にある。

2023年4月22日土曜日

第三地域の解体

 かつての世界は裕福な先進国とその他の多くの発展途上国に色分けされていたが、中国やアジア諸国の経済発展と資源輸出国の成長、世界を動き回るマネーによる世界各地での投資・開発などで準先進国が増え、色分けは複雑になった。発展途上国には第三世界に属すると見られた国が少なくなかったが、ソ連が崩壊し、中国が資本主義化したので第三世界(地域)という言葉は死語になった。

 かつての第三地域(=東西両陣営のどちらにも属さない地域)の諸国が抱えていた経済や政治・社会などにおける諸問題は残っているが、第三地域というくくりがなくなり、個別国家の問題として残る。市場主義に世界が覆われ、問題を抱える個別国家は「敗者」として見られるだけになった。

 そうした問題を考えるときにヒントとなりそうなのが加藤周一氏の言葉だ。加藤氏の『文学の用語ーー狭義の文学概念から広義の文学概念へ』(1979年)は、広義の文学を再定義することを論じた文章だが、第三地域の問題にも触れている。以下、関係がある個所を引用する(適時省略あり)。

 「現代の状況は、一方で現実の全体化としてあらわれ、他方では現実の細分化としてあらわれている。一方はいわゆる第三地域に典型的な現象であり、一個の中心に向かって集中する圧倒的な現実の全体である。他方は先進工業社会に共通の傾向であり、知識の細分化に応じて、市民の接する世界が、現実の全体から切り離されたように見える一局面である」

 「現実の全体化は歴史的状況の作り出したものである。その歴史的状況は、先進工業国による軍事的・政治的・経済的・文化的支配であり、そこで人間の在り方のすべてが定義されざるをえないところの支配者=被支配者関係である。

 多くの現象、例えば、飢え、文盲、広範な売春、農民および低賃金労働者の低い労働意欲、多数の役人と政治家の腐敗、買弁資本、軍事独裁政権とその人権無視、強い民族主義、民族主義的大衆運動の左翼革命化の傾向などが第三世界にあるのではなく、ただ一つの現実、すなわち先進国支配とその国内的再現(支配者=被支配者関係の特定の型)がある。

 その現実を外から見れば、多くの現象が見える。殊に現地を調査し、客観的に「科学的」に、資料を分類し、整理し、分析して、状況を叙述しようとすればするほど、ますます多くの特徴的な現象がみえてきて、ただそのすべてが収斂する中心だけがみえなくなるだろう。

 たとえば合衆国の国連大使が、「第三地域に民主主義はない」と言ったときに、彼は第三地域にないものを数限りなく挙げることができたに違いない。彼は第三地域の現実の核心を全く理解してはいなかっただろう。内から見れば唯一の現実は全体としてあらわれ、その核心はアメリカ帝国主義である」

 「支配者=被支配者関係の枠組のなかに、全ての人間的現象(人間の堕落と尊厳、またその絶望と希望)はあらわれる。魯迅は、腐敗堕落が支配者を冒すばかりでなく、被支配者をも冒すことを指摘し、その根源が両者の関係そのものにあることを見抜いていた。

 問題は相互理解ではなくて(なぜならそれは基本的関係を変えないだろうからだ)、相互無理解の意識化であるとフランツ・ファノンはいった。支配者=被支配者関係の状況と、人間関係の世界とは、直接に結びついて切り離し難く、一個の求心的な構造としてあらわれるのであり、それが現実の全体化ということである」

2023年4月19日水曜日

日常化した不安

 人が不安を感じのは、①危険にさらされていると思う、②悪いことが起きると思う、③何かを失うと思う、④状況の把握ができず何が起きるかわからないと思う、⑤将来や健康などで気にかかることがあるが見通しがつかないーなど様々な状況がある。暗い夜道などで人影を怪しいと感じたりすると不安になるなど不安は日常的な感情だ。

 多くの人が同じ不安を感じると社会的な不安となる。最近では新型コロナウイルスの感染拡大が人々の不安のタネとなった。毎日、全国各地の感染者数と死者数が発表され、少しでも増加傾向があると警戒を呼びかける専門家の発言をマスメディアが大きく伝え、人々は感染拡大がまだ続いていると用心して慎重な行動になる。毎日、感染者数などが報じられるのだから不安は日常化した。

 感染者数が報じられなくなると、不安を掻き立てられる機会が減って人々は不安を忘れるのだろうか。新型コロナウイルスが感染症法の「5類」に移行する5月8日から、都道府県が毎日行う死者数や感染者数の報告と公表を取りやめることを厚労省は決めた。「全数把握」から約5千の医療機関による「定点把握」に変更し、感染動向は週1回の公表となる。入院者数や重症者数の把握も定点報告となり、毎日の収集・公表はなくなる。

 感染者数や死者数の毎日の公表が行われなくなると人々は、①更に不安を強くする、②次第に不安が薄れるーのどちらかになる。マスメディアには独自に感染者数や死者数を把握する能力はないだろうから、公式発表がなくなるとマスメディアからも感染者数や死者数の報道は少なくなる。過剰に不安が煽られることがなくなって人々が落ち着きを取り戻すなら幸いだが。

 世界各国の感染者数と死者数は米ジョンズ・ホプキンス大学のサイトなどで知ることができたが、同サイトの更新は3月10日で終了した。世界で感染が沈静化したからではなく、各国から「リアルタイムに公開される情報が少なくなり、正確なデータの把握が難しくなった」からだという。中国のように政府の思惑で数字が操作されている懸念がある国もあり、データの正確さに責任が持てなくなったことも一因かもしれない。

 世界でも日本でも感染者数や死者数の公表が減ることで、マスメディアの感染者数の報道も減り、警戒を呼びかける専門家のマスメディアでの露出も減るだろうから、人々が過剰に不安を煽られることも減るだろう。とはいえ、感染の実態はぼやけ、現実に何が起きているのか見えなくなるので、新型コロナウイルスに対する人々の不安はすぐには解消されないかもしれない。

 ウイズ・コロナの日常には新型コロナウイルスに対する過剰な恐れや警戒心は不必要だろうが、現在でも日本では少なくない新規感染者が出ており、3年にわたって人々に植え付けられて日常化した不安を刺激する。「正しく」恐れて警戒するには正確な情報が必要だが、公式発表がなくなり、マスメディアからも感染情報が消える。やがて人々は新型コロナウイルスに対する不安を忘れて穏やかに暮らしましたーとなればいいのだが、マスメディアは別の材料で人々の不安を煽るだろうな。

2023年4月15日土曜日

独裁者のための戦勝記念日

 ロシアは5月9日を第二次大戦で連合国がナチス・ドイツに勝利した日として戦勝記念日と定め、盛大に祝ってきた。当時のソ連軍がベルリンを陥落させ、ヒトラーを自殺に追い込んだことから、ソ連が欧州を解放したとも主張する。ロシアは日本にも勝利したとして9月3日を対日戦勝記念日としている。

 中国は9月3日を抗日戦争勝利記念日とするが、軍事パレードなどが盛大に行われるのは10月1日の国慶節だ(1941年に天安門広場で毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言したのが10月1日)。ただし、2015年には9月3日に軍事パレードを行い、対日勝利を大々的に祝った。習近平主席の中国が、世界にアピールするとともに日本に圧力をかける狙いがあったと見られる。

 広島に原爆が投下されたのは1945年8月6日だが、中立条約を結んでいた日本にソ連が戦端を開いたのが2日後の8月8日。日本がポツダム宣言を受諾したのは8月15日だが、その後もソ連は侵攻を続け、千島列島を占領した(ソ連の参戦はヤルタ会談で秘密決定され、見返りに米英はソ連に南樺太と千島列島を帰属させることを容認したという)。

 当時のソ連はナチス・ドイツ軍と正面から戦い、死者2700万人以上という大きな犠牲を出したが、対独戦に比べ短期の対日戦でのソ連軍の死者は約8200人とされる。人々が共有する惨禍の記憶を継承するために記念日設定などで追悼を定期的に行うことは各国で行われているが、ロシアや中国が戦勝記念日を祝うことには現在の政権による政治的な意味づけが多分に付与されている。

 ロシアと中国に共通するのは、第一に政治的指導者の個人独裁の傾向が強い、第二に民主主義や自由、人権など西欧由来の価値観に強く反発する、第三に強国願望が強い、第四に軍事力を誇示する、第五に国民に愛国心を強く求める(=強制する)、第六に国内では情報統制を行い、批判者などを強権で社会から排除するーなどだ。

 そうしたロシアや中国が過去の対独・対日などの戦勝を盛大に祝うのは、国内の愛国心を高め、政権への求心力を高め、強国になったことを誇示するほかに、そうした戦勝記念を欧米は批判することができないからだ(かつてはロシアも中国も欧米とともにドイツや日本と戦った)。かつてのドイツや日本と同様の全体主義国だとロシアも中国も見られているが、戦勝記念日には「全体主義と戦った」などと主張する。

 自由選挙が行われない中国では政権の正統性を民意に求めることができす、戦争に勝利したことが政権の正統性の重要な1部分になる。与党が圧勝する選挙が行われているロシアでは、プーチン政権が独裁色を強め、その「無謬性」を強調するイベントの一つとして対独・対日の戦勝記念を祝う。現在ではなく歴史上の「功績」を持ち出さざるを得ないロシアや中国からは、人々の愛国心を高めつつ常に統制し続けなければならない個人独裁を許す国家の構造の脆さが透けて見える。

2023年4月12日水曜日

政治献金とキャッシュレス

 2025年4月〜10月に大阪・夢洲で開催される大阪・関西万博で、会場内の売店や飲食店での決済はすべてキャッシュレスにすると発表された。現金は使用できず、クレジットカードや交通系ICカード、QRコードなどでの支払いに対応し、万博独自の決済アプリも導入する。決済手段を持たない人向けにはプリペイドカードの販売を検討するという。

 日本国際博覧会協会はキャッシュレス決済の全面導入により、▽釣り銭のやりとりがなくなり、レジの待ち時間が縮まる▽店舗で現金を保管する必要がなくなり、防犯対策になるーなど利点を強調したというが、多くの来場者が期待されている万博を契機に日本のキャッシュレス化を加速させる狙いもあると見られている。

 今回のパンデミックを追い風にして飲食店や小売店などでQRコードなどでの決済が日本でも広がり、22年の消費全体に占めるキャッシュレス決済の比率は36%と増えた。だが、欧米は6割ほど、中国は8割以上などに比べると日本のキャッシュレス決済は少ない。経産省はキャッシュレス決済比率を「25年までに40%、将来的には80%を目指す」としており、「消費者の利用拡大と店舗の導入拡大の両方の観点で取組を検討」していた。

 Suicaの導入により鉄道利用者は切符を毎回購入する手間がなくなり、改札を素早く通り抜けることができ、キャッシュレスの利便性を実感した。同様のことが小売店や飲食店の利用に際しても起きており、キャッシュレスの利便性を実感した人々は増えるであろうからキャッシュレス決済は増えこそすれ減ることはないだろう。万博の行われる25年にはキャッシュレス決済は更に普及している可能性が高い。

 キャッシュレス決済には追跡が可能だという利点もある。犯罪絡みの金を出自がわからなくするマネーロンダリングに現金が必要なのは、金の出所を隠すためだ。現金なら追跡は困難で、政府や金融当局は証拠がない限り、そうした怪しい現金があっても差し押さえることはできない。キャッシュレス決済の広がりは政府による金融監視の網を広げつつ強固にする。

 キャッシュレス決済は政治の場においても利点がある。政治献金を全てキャッシュレス決済にすることを義務化すれば、政治とカネの関係が可視化されよう。こっそりと現金の受け渡しがあれば、それは贈収賄とみなされ、責任を問われる。キャッシュレス決済なのだから全て1円単位で記録されるので、透明性は各段に向上する(パー券もキャッシュレス決済)。

 さらに全ての政治に関わる資金をキャッシュレス決済に義務化すれば、流れが記録されるとともにクリーン度が大幅に向上する。官房機密費もキャッシュレス決済になると、ブラックボックスに隠されていた金の流れが可視化され、与野党の国会議員やジャーナリスト、官僚などに配られているなどという疑惑を払拭することができよう。官房機密費は公金であり、たかっていた連中を排除するだけでも日本の政治の透明性は少し向上するだろう。

2023年4月8日土曜日

候補者の迷惑行為

  統一地方選挙が始まった地方都市に住んでいる友人から電話があり、「候補者ってのは、当選するためには何をやっても許されると考えているんだな」と静かに怒っている口調で言い、「あんな候補者が当選して議員になったら、大威張りで好き勝手に振る舞いそうだ。マナーも法も気にかけず、ほかの人々の迷惑も考えずに、自分がやりたいことだけをやりそうだ」と言う。

 何があったのかを問うと友人は「駅前の交通量が多い通りで、候補者の名前を大きな音量で連呼する3台の選挙カーが連なって走っていたが、窓から運動員が上半身を出して、大きく手を振り、笑顔を振り撒いていた」「1人や2人ではなく、3台の助手席と後部座席の両側から運動員らが身を乗り出していた」と言い、「交通量が多いので、周囲の車に気を使わせていた」とする。

 窓から身を乗り出すにはシートベルトが邪魔になるが、友人が警察に問い合わせたところ、選挙の候補者と運動員にはシートベルト着用義務が免除されるそうだ。「窓から上半身を外に出す行為も許されるのか? 若者らが同じように窓から上半身を出して走っていても許されるのか?」と友人が聞くと、「そんな行為は取り締まりの対象になる」と警察。

 「それなら、なぜ選挙カーで窓から上半身を外に出して手を振る行為を取り締まらないのか」と友人が聞くと、「そういう現場を確認した場合には注意している」と警察は答えたそうだ。だが、パトカーが選挙カーを止めて実際に注意したりできるのか、友人は疑っている。「候補者が当選して地方議会議員になれば警察の予算に注文をつけることができるからな」と友人。

 この話を首都圏に住んでいる友人に話すと、「俺が以前に見たのもひどかった」という。「朝、通勤・通学の人々で混んでいる駅前広場を、名前を書いたノボリを立てた自転車が7、8台、けっこうなスピードで走り抜けた。候補者や運動員が手を振って愛嬌を振り撒いていたが、ちょっとでも通勤・通学の人に接触したら大ケガをさせていたかもしれない」と言い、「人混みを突っ切ってくる候補者らが乗った自転車を見て俺は横に動いて身をかわしたが、腹が立ったなあ」。

 選挙カーから候補者や運動員が上半身を出してアピールする行為は各地で珍しくないようで、見かけた人々から自治体に苦情が来たりするという。選挙管理委員会が立候補予定者に注意喚起しているそうだが、当選を夢見て気分がハイになり、「選挙戦の恥はかき捨て」と勢い込んでいる候補者らには効果は限定されるようだ。自粛を求めていると選管はするが、おとなしく自粛するような候補者はどれだけいるのか定かではない。

 選挙カーは「車両通行止め」「駐車禁止」などの規制からも除外されるそうで、地方都市に住んでいる友人は「20世紀半ばから選挙運動の形態はほとんど変わっていない。ネットの活用などで21世紀の新しい選挙運動に変化させるべきだ」とし、「地方議会議員の選挙などは公営の部分を増やして、街頭活動を減らすのも一案だと思うよ」と言う。議会議員選挙に立候補する人がいない地域があるというが、街頭活動をなくせば立候補する人が増えるかもしれないな。

2023年4月5日水曜日

温暖化の恩恵

 今年は全国で桜の開花が早い。例えば、沖縄以外で最も早かった東京の開花は3月14日で平年比10日早く、各地も大分、熊本などを除いて平年より早い(4月4日現在)。平年比10日以上早いところも多く、盛岡は平年比15日早く、長野と福島は平年比14日早い。平年は4月に入ってから開花する北陸や東北は、全地点で10日以上早く3月に開花するなど雪国での早い開花が目立っている。

 桜の花の芽は冬の初めに休眠に入るが、真冬の寒さに一定期間さらされると目を覚まして(休眠打破)、成長を始め、春に開花する。開花予想には2月1日からの毎日の最高気温の累計を使う。その累計が400°Cに達したころに桜が開花するという見方と、600°Cになるころに桜が開花するという見方に分かれるが、冬が寒くて春先に暖かいことが、桜が早く咲く条件(水資源機構HP)。

 今年は北海道では雪解けも早かった。札幌では3月20日に積雪0cmと発表され、昨年の4月5日よりも2週間以上も早かった。3月に入ってから降雪がめっきり減って、雪解けが進んだ。1月と2月の平均気温は昨年より低かったが、3月の平均気温は4.9°Cで観測史上最高だった(昨年は2.6°C)。3月の暖かさで北海道各地で雪解けが急速に進んだ。

 桜の開花が早いのも北国で雪解けが早いのも、気温上昇に関係があると素人でも類推できるが、多くの人々は桜の開花や雪解けを喜ぶだけで、気候変動と結びつけて温暖化を憂う声はほとんど報じられず、春の到来を喜ぶ声が圧倒的だった。今年の日本における早い気温上昇が気候変動の現れなのか、周期的な変動なのか、判断は難しい。

 温暖化が気象災害などと関係するときには、気候変動を憂う声が多く現れ、マスメディアは温暖化の危機を強調する。だが、温暖化が気象災害を伴わず、例えば、桜の開花を喜ぶなど春の到来を喜び、寒い冬の終了を喜ぶだけの時には温暖化論議は現れない。気象災害は悪い温暖化の影響だが、桜の開花や雪解けが早いことは良い温暖化の影響として問題視されない?

 春が早いことを喜ぶ一方 温暖化の影響で冬が短くなることを懸念する声が人々から聞こえて来ないのは、「温暖化は悪いもの」との意識が植え付けられたからだろう。桜の開花を喜ぶことを「悪い」と意識するのは困難なので温暖化論議はフタをされて浮上しない。厳しい冬が短くなることを人々は歓迎するだろうが、良い温暖化の影響と認めることに躊躇し、温暖化論議に触れずに済ます。

 気候変動についての議論は、「悪いもの」との認識が根底に据えられて展開され、人々も温暖化は悪いもので日常生活を脅かすものとして意識づけられた。そのため、桜の開花や雪解けが早く、春の到来を感じてウキウキした気持ちになった人々は、面倒な温暖化論議など忘れて、春の早い到来を喜ぶ。梅雨期の大雨や夏の台風・猛暑、秋の集中豪雨などに見舞われた時に人々はまた憂い顔で温暖化を問題視してみせるのだろう。

2023年4月1日土曜日

三権分立の危機

 イスラエルのネタニヤフ首相は、裁判官任命に対する政権の影響力を拡大したり、最高裁の判断を国会が覆すことができるようにする等の司法制度改革の立法化を延期すると表明した。司法の独立性を損ない、三権分立を危うくするとして批判が高まり、1月から大規模な抗議デモなどが続き、世論の反対に押されて延期を表明せざるを得なくなった。

 批判の声は閣内からも上がり、ネタニヤフ首相は改革中止を求めた国防相を更迭して押し切ろうとしたが、それが人々の反発を強め、抗議デモを拡大させ、国会を数万人が取り巻いたという。さらに主要な労組が抗議のストライキを展開し、医療機関や大学、大型商業施設などが機能を停止し、混乱が広がっていた。

 司法制度改革により「深刻な分断が軍にまで広がっている。イスラエルの安全保障にとって明らかに脅威だ」と更迭前に国防相が述べたと報じられ、軍関係者による抗議デモも行われ、多くの予備役兵士の服務拒否の動きも出ていたという。法曹界はもとより経済界からも強い批判が出ていたネタニヤフ政権の司法制度改革が実現するのか、行方は不透明だ。

 ネタニヤフ政権は「国民が選んだ代表者(国会)の意向が司法府に反映されるべきという名目で改革を目指している。改革案は、判事の選定に政府の意向を反映し、最高裁が国会での立法に介入できないようにする方向性で作られた」(中東調査会HP)。その司法制度改革は、▽全国の裁判所で政府寄りの判事を大幅に増やすことができる、▽最高裁の法律審査権を大幅に制限するなど司法の機能を弱体化させるものだ。

 三権分立は「国の権力を立法権・行政権・司法権の三つに分ける仕組み」で「国の権力が1つの機関に集中すると濫用されるおそれがあるため、三つの権力が互いに抑制し、均衡を保つことによって権力の濫用を防ぐ」(参議院HP)。ネタニヤフ政権が司法制度改革に動くのは「過去に法曹界がネタニヤフ政権の政策に異議を表明し、対立した経緯があるから」で、この司法改革は、選挙結果としての多数派の専制で「司法府を政府の従属化に置く試みである」(中東調査会HP)。

 制度としての三権分立を採用している国は多いが、強権国家では形骸化し、民主主義国では米国などのように最高裁の判事の選出によって行政が司法に影響力を行使したりする。三権が常に緊張関係にあり、相互に監視しているのが理想だろうが、行き過ぎや暴走を是正する強制力は立法と行政には乏しく、法の支えがある司法には強制力がある。

 司法の独立性が損なわれ、三権分立が危ういとして反対運動に立ち上がったイスラエルの広範な人々は、三権分立を機能させて「国のかたち」を守ろうとしている。制度としての三権分立は主権者である人々に支えられていることを今回のイスラエルの人々は示した。司法が行政に従属しているように見える国は多いが、司法の独立には人々の支持が不可欠であることも示した。