2020年8月29日土曜日

改正が意味するもの

 憲法の改正というと、改正の是非に問題が絞られるようだ。憲法を改正するか改正しないか、それだけが焦点となる。これはおそらく、「9条を守れ」との護憲派が、現行憲法にはいっさい手をつけさせないとの問題設定をしてきたので、それに影響されているのだろう。

 憲法の改正そのものに本来、価値判断は含まれていない。「憲法の改正=悪」とはいえず、改正の内容によって憲法の改正は、悪にも善にもなるだろう(悪や善の定義・判断は立場によって大きく異なる)。憲法の改正そのものが悪というのは政治的な主張の一つでしかない。

 1字1句変えてはならないと、憲法を神から託されたものであるかのように神聖視することは、憲法の機能を制限する。変化を続ける現実の中で人々は生きているのであり、国内外での大きな変化に対応できない憲法では、人々の暮らしに憲法を生かすことに制約が生じるだろう。

 現行憲法に変える個所はないとの主張が間違っているというのではない。国家権力が人々を抑圧しながら暴走した歴史を日本は持っているのだから、国家権力の独裁・暴走を許さず、民主主義体制を維持し、人々の権利を守ることが憲法には求められる。そうした面で現行憲法が機能していることは確かだ。

 おそらく護憲派は、国家権力の強化を目論む改憲の動きに対する危機感から、現行憲法の改正はいっさい許さないとの問題設定を行っているのだろう。それは、護憲派には、現行憲法をもっと理想的で現実的に機能する憲法に磨き上げる意思もプランも乏しいことを示す。

 もし護憲派が、もっと人々の権利や自由を尊重するために憲法を活用しようとしていたなら、憲法の改正をめぐる論議は、改憲派・護憲派の双方が改正案を出して人々の支持を競うものになっただろう。劣勢になったなら改憲派は、国家権力に対する制約が強まるのを嫌い、現行憲法のほうがまだマシだと護憲に転じるかもしれない。

 憲法の改正の内容ではなく改正そのものが悪であると護憲派が仕立てるのは、もっと憲法を良くする改正案を持っていないことと、護憲派が改憲派に押されていることを示す。護憲派の憲法に対する幻想と硬直した姿勢は、自分たちで憲法をつくらなかった過去から生じている。

2020年8月26日水曜日

食べ残しは禁止

 中国の湖北省武漢市の飲食業協会は、客が注文する料理数の限度を人数より1品少ない数字に設定した。例えば4人連れなら3品しか注文できない。さらに遼寧省では客が人数より2品少なくしか注文できないという。一皿に盛る量や種類に制限があるのかどうかは不明だ。江蘇省や重慶市などの公務員向け食堂では、食べ残しをチェックする監督員を置いたと報じられた。

 湖南省長沙にある人気レストランでは来店客に体重測定や個人情報の提供を求め、注文する料理を各自の体重に応じて決めるよう促していた。小柄な女性には肉料理などを、肥満男性には煮込みなどヘルシーな料理を勧めていたというが、ネット上で批判が広がり、謝罪に追い込まれた。客にそれぞれ適切なカロリー摂取を促しつつ食品ロスを減らすためだったと弁解し、今後は体重測定は客の自主性に任せるそうだ。

 客が多くの品数を注文し、食べきれずに残して廃棄することになったとしても客が料金を支払えばレストランに損害はなく、食べ残したとしても客が多く注文してくれたほうが客単価が上がるので歓迎だろう。なぜ客の多すぎる注文数や食べ残しを問題視し始めたのか。中国の飲食業者が環境意識に目覚め、食べ残しなど廃棄物の削減に真剣に取り組み始めた……わけではない。

 中国では宴席の料理は品数を多くし、食べきれない量を出すので食べ残すのが習慣化し、飲食店でも大量の食べ残しが出ているという。食べきれない品数を注文し、食べ残すのが贅沢の証で、そうした振る舞いをするのが客に対する素晴らしいもてなしだとみなす人々が多いから、そうした習慣が根づいたのだろう。食べ残すほどの食事=豊かさだと中国人の意識にこびりついているのかもしれない。

 中国の飲食業界が食べ残しに過敏になるのは、習近平国家主席が食べ残しは浪費で抑制すべきとする重要指示を行い、全国的な節約キャンペーンが始まったからだ。報道によると習氏は「飲食物の浪費を見ると心が痛む」「わが国は毎年豊作だが、食料の安全保障に危機感を持つことが必要だ。新型コロナウイルスの影響があり、警鐘を鳴らさなければならない」と、浪費を禁止する法律を制定し、飲食店の監督強化を指示し、社会全体で節約を尊ぶムードを作るよう促した。

 現在の中国の「皇帝」の指示とあれば、商売を行う人々は従わざるを得ず、中には進んで迎合する連中が出てくる。そうした連中が品数制限や体重測定などを思いつき、いいアイデアだと政府に誉められると期待して先走ったか。法にも何にも制約されない君臨する独裁権力の下では、経済活動は権力の意向を常に忖度しつつ、抜け駆けして儲けるチャンスを探る。

 政府主導の今回の「食べ残し禁止」キャンペーンは、今後の食糧不足に備えた動きだとの見方がある。新型コロナウイルスの感染拡大が世界の食糧生産や流通に影響を及ぼし、米国との関係悪化で大量の食料輸入に影響が及び、記録的な水害や蝗害により農作物の収穫が減少する懸念など不安要素が積み重なり、食料の安全保障が現実的な課題に浮上したという見立てだ。食料が不足するのを見越して事前に節約を始め、食いつなごうとの狙いかもしれない。

 中国人の食への意識は格別だと見えるので、政府の命令だとしても人々は食の楽しみへの干渉を歓迎しないだろうが、逆らうことはできないだろうから黙るしかない。せいぜいが、客の体重測定をするレストランを批判するぐらいか。独裁国家とは人々の食事の量さえ指示できるのだと示した今回の「食べ残し禁止」キャンペーン。自由がない国で人々は食事の量も監視される。

2020年8月22日土曜日

感染するもの

 新型コロナウイルスに感染していても無症状の人が相当多く、全米では感染例の4割になり、症状が出る前の人がウイルスをうつすケースは感染例の半数を占める(米疾病対策センター=CDC=の推計)。誰が感染させているのか分からず、感染がどう広がっているのかが見えないのだから、感染拡大の状況を正確に把握することは困難で、感染拡大を制御することなど現状では望むべくもない。

 感染していても無症状の人は、よほど不安に駆られるか陰性証明入手などの必要がない限り積極的にPCR検査を受けに行かないだろう。だから、PCR検査の対象を拡大して無症状の人を検査すると感染者を見つけ出して数がどんどん増える。無症状の感染者を見つけ出すことが感染拡大の制御につながるならいいのだが、社会から膨大な無症状の感染者を見つけ出して隔離するだけなら医療崩壊につながりかねない。

 発症前の人が最もウイルスを拡散しているとの見方もあるが、それをデータで示すのは簡単ではあるまい。発症前の人や無症状の人を日常生活で人々が見分けることは困難なので、感染を恐れるなら自分を含めて誰をも感染者だとみなして防御策を講じるしかない。誰が感染させているのか分からないが確かに存在するウイルスに人々は怯えている。

 目に見えないが確かに存在するウイルスや細菌。人々は症状が出て初めて感染を知るが、感染するものは他にもある。何かに影響されて染まるという意味でも感染という言葉は使われる。何かの主義や主張に感化された人が急に強硬な意見を言い始めたり、異論を批判しまっくたりなどと変化が現れると、感染したらしいと周囲の人に見えてくる。

 「かぶれてる」などと揶揄されたりするのは、主義や主張がまだ学習段階で自分の身についていない=自分の考えになりきっていないからだ。こちらの感染も、軽症で終わることもあれば時には重症化する。感染が短期間に終われば、当人は憑き物が落ちたかのように主義や主張を持ち出すことはなくなる。一方、主義や主張を自己の思想とすることができた人は活動家にうっかり変身したりする。

 ただし、何かに影響されて染まるという意味の感染は、体制や時流の価値観に従順に積極的に従う人に対しては使われない。「あいつは政府方針に感染した」「あいつは社長の考えに感染した」「あいつは時代の流れに感染した」などと感染の言葉を使って揶揄されることは少ない。安定した生活を脅かすものに取りつかれた場合にのみ感染という言葉を使うのは、ウイルスも主義・主張の感染も共通する。

 主義や主張に感染しても無症状の人はいる。主義や主張の正しさを認め、しかし、自らの意見としては表面に出さないから、側からは感染が分からない。こちらの感染は当人の思考に根を下ろし、以後の思考に影響を与える。こうした様々な感染を多くの人は取り込みながら、生きていく。何にも感染していない人はいない。

2020年8月19日水曜日

ひどい落ち込み

 各国が発表した2020年4~6月期の国内総生産(GDP)は軒並み大幅な減少となった。新型コロナウイルスの感染拡大を防ごうと実施したロックダウンなどにより個人消費が大きく落ち込み、観光業や旅客業、小売業、飲食業などで経済活動がほぼ停止した影響の甚大さが浮き彫りになった。

 発表された中で最も減少幅が大きかったのは英国。前期比で20.4%減と過去最大の経済減速となり、年率換算では59.8%減。英国はロックダウンなど感染拡大抑止対策の始動が欧州諸国より遅く、感染拡大が続いて経済活動再開が遅れた。GDPの約6割を占める個人消費が23.1%減で、企業投資は31.4%減、輸出は11.3%減。

 英国は当初、イタリアなどでの感染拡大にも危機感は薄く見え、集団感染戦略じゃないかとも疑われた。だが、国内で感染が急速に拡大したことで慌ててロックダウンなどに踏み切ったものの感染拡大は続き、感染者数でも死者数でも欧州諸国でトップ級になるなど対策の出遅れの代償は大きい。中央銀行であるイングランド銀行の金融政策報告書は「21年末までは回復しない」としたが、英経済がコロナ前水準に戻るには「少なくとも2~3年かかる」の見方もある。

 英国の経済落ち込みは欧州では最も大きい。4~6月期GDPの前期比減少率はドイツ10.1%(年率換算34.7%減)、フランス13.8%(同44.8%減)、イタリア12.4%(同41.0%減)、ユーロ圏12.1%(同40.3%減)と総崩れだが、これらより英国の20.4%(同59.8%減)はひどい状況だ。ちなみに米国は9.5%(同32.9%減)と感染者数、死者数ともに世界最多である割には経済の縮小度合いは小さい。

 日本の4~6月期GDPの前期比減少率は7.8%、年率換算で27.8%減。これはリーマン・ショック後の09年1~3月期の年率17.8%減を上回る大きな落ち込みで戦後最大という。マイナス成長は消費税率を10%に上げた19年10~12月期から3四半期連続で、まだ全国で感染拡大が続き人々の自粛モードが残るので経済の急回復は望み薄だから、マイナス成長が少なくとも1年間続くことは確実。

 日本経済は大きな落ち込みとなったが、欧米と比べるとマイナス幅は小さい。欧米が強制力を伴う厳格なロックダウンを行ったが、日本は政府が緊急事態宣言を出して人々の自覚を促して協力を得たため経済の落ち込みが比較的少なかったとか、感染拡大が欧米に比べて日本は軽度であったことなどが関係すると推察できるが、詳細は明らかではない。

 世界で新型コロナウイルスの感染拡大は続き、感染者は米国で540万人、ブラジルで330万人、インドで260万人、ロシアで90万人を超え、南米各国でも大幅な感染拡大が相次いでいる。感染が終息してから経済活動再開を本格化するのが望ましいだろうが、終息のメドは立たず、経済活動を再開しなければ総倒れになる。感染拡大が続き、感染者や死者の増加を織り込んで各国は経済再開を進める。個人は自衛するしかない。

2020年8月15日土曜日

国家の本質

 第1次大戦は国家による初めての総力戦だったとされる。遠くの戦場で常備軍と常備軍が戦う戦争に比べ、巨大な規模の壊滅戦となり、兵力補充や兵站のために多数の市民が徴兵され、兵器などの増産のため生産力が総動員されるとともに、戦争遂行のために精神面を含めて国民生活の統制が強化される。

 総力戦では大量破壊(大量消費)が継続するので大量生産が必要になり、国内でも大量動員が行われる。そうした体制を支えるために国内では常に戦意高揚をはかることが必要になり、文化なども戦争目的の正当化のために動員される。総力戦に反対する人は社会から排除されたりもする。

 総力戦は、前線が拡大する戦争でもある。航空兵器の発展もあって、地上の前線から遠い都市なども攻撃され、非戦闘員である市民も戦火に巻き込まれる。戦闘が空間的に拡大して大規模化し、戦争が総力戦になった。総力戦では、武器を持たない市民も攻撃対象になるとともに戦争遂行の協力者になる。

 第2次大戦も総力戦とされ、地球規模で大量破壊と大量殺戮が行われた。米国の大量生産が勝敗を決したともいえる戦争だったが、究極ともされる大量破壊兵器=核爆弾が開発され、実際に使用された戦争である。その後、核兵器を各国が保有したことにより大規模な戦争は相互の破滅になるため、総力戦という戦争形態は終わったとの見方もある。

 第2次大戦の後も戦争は世界でたびたび起きた。だが、兵器の補充は国内生産より外国からの援助に頼り、人々が周辺国に逃れて難民化することに加え、誘導兵器などの投入で大量破壊の範囲が制限されるとともに、地球規模での情報化の進展で政府主導の戦意高揚が簡単ではなくなったこともあり、従来の定義の総力戦を行うことは難しくなった。

 かつての総力戦は、壊滅戦に追い込まれた国家がその本質をさらけ出した姿ともいえる。戦争の勝利や国家の存続が最優先課題になり、「非常時」には個人より国家が優先することを剥き出しに示し、政府に集中した国家権力が人民や経済など国内の全ての資源を強制的に、あるいは半ば強制的に総動員した。

 国家の本質が変わっていないとすれば、壊滅戦は今後も起きるだろうから新たな総力戦が現れる。具体的な現れ方は様々だろうが、政府に国家権力を集中させ統制を強化することが基本になることは同じだ。ただし、情報や人々が流動化する世界に変化しているので、国家の統制の仕掛けは様変わりする。

2020年8月12日水曜日

ギャンブル必勝法

 次に来る自動車のナンバーや列車番号の奇数偶数、どこかを通過する次の人の性別など日常の中にも賭けの対象は無数にある。結果をコントロールできず、偶然性に任されている事象は大半が賭けの対象になる。


 そうした賭けはゲーム(遊び)としては容認されるが、換金が伴えば違法になる。日本で換金が合法とされる賭博は競馬や競艇、競輪、オートレースの公営競技と宝くじ、Totoだけだ。パチンコは事実上の賭博だが、換金を別店舗化することで存続を許されている。


 次に来る自動車のナンバーや列車番号の奇数偶数、どこかを通過する次の人の性別などを賭けの対象にする時、必勝法はある。それは事前に奇数偶数や性別を知ることであるが、そのための労力などを勘案すると現実性がない必勝法だ。


 換金を伴う賭けにも必勝法を匂わせる主張がある。公営競技には予想紙がつきもので、多くのスポーツ紙にも予想が載っている。書店にはロトなど宝くじの予想誌が並んでいる。それらの予想の当たる確率がどれほどかは知らないが、消えてなくならないのだから相応の成果?はあるのだろう。


 合法の賭博における必勝法も、事前に結果を知ることだ。だが、事前に結果を知ることは、未来を予知する能力が人間に備わっていなければ不可能だ。事前に結果を知るためには、先に結果を決めてレースや抽選を行うしかない。それは仕組まれたレースや抽選であり、八百長である(そうしたレースや抽選は存在しない前提で行われている)。


 レースや抽選の結果に何らかの決まったパターンがあるなら、必勝法は存在する。一定の周期で特定の数字が現れたり、何かの前兆を伴って特定の数字が現れたりするなら予測は可能だ。だが、何らかのパターンがあるかのように偶然に見えることもあり、偶然なのか法則性があるのか区別することは困難だろう。


 法則性があるなら必勝法は存在する。必勝法があるなら、予想紙や予想誌をつくって売って利益を得るよりも、その費用で馬券や宝くじなどを買って金を得たほうが、はるかに儲かるだろう。予想紙や予想誌が存在し続けていることは、必勝法が存在しないことを示す。これは、法則がないところに法則を見つけようとする遊びでもある。

2020年8月8日土曜日

春画や春本という文化

 落語にバレ噺というのがあって、寄席では幽霊噺の後に高座に上がった落語家が披露したりする。幽霊噺にゾッとした客に大笑いしてもらって、気分を変えるためだという。場所と時、相手を選ぶワイ談を皆で大笑いできる噺に仕立てるのが、落語家の鍛えた話芸だ。

 誰もが興味を持つのに、おおっぴらに語ることが憚れるのが性や性器に関する事柄。絵画や書物などにも性や性器を描いたものは古くから大量に存在するが、古今東西を問わず国家権力の取り締まり、弾圧の対象になってきた。権力が人々に押し付けるモラルの最も崩れやすい部分が性に関する事柄だ。

 権力が厳しく取り締まってきたのに春画や春本が現代に大量に伝えられているのは、それらを人々が隠れて大切に保有してきたからだ。浮世絵の春画には言葉の壁がなく、日本から流出した作品が欧米で人気だという。大英博物館など各国で展覧会が開かれたりもしている。

 権力は厳しく取り締まるから、春画や春本は密かにつくられる。明治以降も梅原北明のように度重なる発禁処分にめげず雑誌や書籍を刊行した人のほか、地下出版が盛んに行われてきた。そうした事情の一端をうかがい知ることができるのが『国貞裁判・始末』(林美一・阪本篤・竹中労の共著。三一書房。1979年)だ。

 これは雑誌『噂』連載の「口伝・艶本紳士録」を収録したもの。阪本篤氏は「発禁に屈せず“艶本”に賭ける男」で、出版人いや“本屋”の心意気を貫き通して生き、不特定多数の人々ではなく特定少数の研究家、好事家を相手に細部まで凝った本をつくり続けた。

 『国貞裁判・始末』では地下出版を含む様々な出版物が取り上げられ、つくった人々や著者・画家、そうした出版物を収集する人々のほか、取り締まりの実態と取り締まりから逃げたり、闘った人々などについて語られる。坂本氏自身が収集家であり研究者であるので、その語る情報量は膨大にもなる。

 例えば、有名作家に関係する箇所を抜き書きすると、たちまち次のような個所が目に入る。

 ▽芥川龍之介作といわれている黙陽生の『赤い帽子の女』『暗色の女の群れ』。 ▽斎藤昌三がひっかかったのは『明治文芸側面抄』というヤツだけ。志賀直哉の『濁った頭』とか発禁になった明治文芸の問題の個所だけを集めたもの。 ▽永井荷風の『腕くらべ』は一般市販しているヤツは二万四千字抜けている。その二万四千字の入っている私家版は五十部。  ▽永井荷風は、欠字の部分も私家版には全部書いている。芥川龍之介は『お富の貞操』を書いても、“以下何百字欠字”なんて部分は、もともと書いていない。芥川には、そういう洒落っ気がある。

 春画や春本なども日本の文化の重要な一面であることを実感させる『国貞裁判・始末』。政府高官や華族、財界人などにも地下出版物の顧客が多く、金払いが良かったなんてことも語られている。

2020年8月5日水曜日

協調より自己主張

 感染拡大を抑止するため世界で人々は「対人距離(ソーシャル・ディスタンシング)を確保せよ」と要請されている。感染者であるかもしれない他人の吐いた息を空気と一緒に吸い込むことを避けるためで、商店などでの間隔を開けた行列や劇場などで観客がバラバラに座る光景はもう珍しくはなくなった。

 間隔を開けてバラバラになることを好む国家も増えてきた。間隔を開ける対象は他国であり、協調よりも自国の主張を貫くことを選ぶ国家は、各国からの批判をものともしない。グーローバリズムが喧伝され、FTAで各国が経済的な結びつきを強め、EUなどのように国家を超える連合体が影響力を拡大し、国家の存在が希薄になったかと見えたが、簡単には国家は強権を手放さない。

 協調より自己主張を優先することは国家にとって当然だ。協調したほうが自国の利益になる場合にのみ協調が選択されるはずだが、国家の利益は様々あり、経済的利益が政治的利益より重視されることがグローバリズムの名の下で横行した。国家が政治的利益を優先させるようになったのは、各国が十分に豊かになり、自己主張を我慢して得られる協調する利益が相対的に小さくなったことも関係している。

 米国は自国第一主義で行動し、英国はEUを離脱し、中国は世界の分割支配を目指す動きを強め、トルコはEU加盟を諦めてイスラム強国としての再興に動き、ロシアは周辺国への干渉を強めながら反欧米の立ち位置を維持するなど、自己主張を優先する国家が続出している。グローバリズムが後退し、他国との政治的な協調を探る動きの価値が下がったかと錯覚させる世界になった。

 グローバリズムは巨大資本にとって好都合な仕組みだった。個別国家は巨大資本を制御できなくなり、巨大資本にとって国境の制約はほぼなくなり、個別国家の存在感は薄れるばかりだった。利益を求めて世界を動き回る巨大資本に対して人々は無力であり、巨大資本に制約を課すことができるのは国家しかないが、今のところ、自己主張を強める国家は巨大資本に立ち向かう姿勢は見せない。

 自己主張を強める国家はいずれも個性的な指導者を擁する。独裁者と揶揄されるほど強権を振るったり、ポピュリストと批判されたりと様々だが、自己主張を強める国家の復活に指導者の強い個性が関係していることは確かそうだ。中国を除く各国には有権者の審判があるので、対外的な存在感を強めることで国内における矛盾から有権者の目を逸らさせる計算もあるだろう。

 親密になるほど対人距離は小さくなるのが自然だった人々が、他人との間隔を開けるのはウイルス感染を恐れるからだ。自己主張を強めた国家が他国との間隔を開けるのは、孤立をも辞さずとの態度に見える。「(国際的な)連帯を求めて孤立を恐れず」ではなく「孤立を求めて連帯を恐れず」への転換か。政治的なグローバル化の実態が脆いものであったことを、自己主張を強めた国家の続出は物語っている。

2020年8月2日日曜日

ドキュメント「パンデミック7月」

 世界における新型コロナウイルスの感染者数は7月1日の1048万人から31日には1729万人と感染拡大の勢いは増している。死者数は1日に50万9千人を超え、31日には67万3千人を超えた。第1波のピークが過ぎた各国では経済活動が徐々に再開され、人々の移動が増えるとともに感染が再拡大している。
 <7月> 1日=世界の感染者が1048万人超す(米国で265万人、ブラジルで136万人、インドで56万人超す)。死者が世界で50万9千人超す(米国で12万7千人、ブラジルで5万8千人超す)。EUは15カ国から観光客や出張者を受け入れ。豪メルボルンは外出制限を再導入。米NY市などは飲食店の屋内での営業再開を延期。タイは休業措置を全業種で解除。世界の新規感染者数は21万8千人と感染拡大が加速。
 2日=世界の感染者が1070万人超す(米国で270万人、ブラジルで140万人、ロシアで65万人、インドで60万人超す)。死者が世界で51万5千人超す(米国で12万8千人、ブラジルで5万9千人超す)。米国の新規感染者数が5万3千人と感染が再拡大。
 3日=世界の感染者が1089万人超す(米国で275万人、ブラジルで144万人、ロシアで66万人超す)。死者が世界で52万人超す(米国で12万9千人、ブラジルで6万人超す)。英国は入国時に課していた14日間の自己隔離を59国・地域について解除。米国の新規感染者が約5万7500人で3日連続の記録更新。
 4日=世界の感染者が1110万人超す(米国で281万人、ブラジルで153万人、インドで64万人、ペルーで29万人超す)。死者が世界で52万5千人超す(ブラジルで6万3千人、英国で4万4千人超す)。スペイン北東部カタルーニャは感染急増でロックダウン。
 5日=世界の感染者が1129万人超す(米国で285万人、ブラジルで154万人、ロシアで67万人超す)。死者が世界で52万9千人超す。英国でパブの営業が再開。
 6日=世界の感染者が1142万人超す(ブラジルで157万人、ロシアで68万人、インドで70万人、メキシコで25万人超す)。死者が世界で53万2千人超す(ブラジルで6万4千人、メキシコで3万人超す)。豪部ビクトリア州は隣接するニューサウスウェールズ州との州境を閉鎖。仏ルーブル美術館が約4カ月ぶりに再開。
 7日=世界の感染者が1164万人超す(米国で295万人、ブラジルで162万人、インドで71万人、ペルーで30万人超す)。死者が世界で53万6千人超す(米国で13万人、インドで2万人超す)。ブラジルのボルソナロ大統領が陽性反応。イスラエルで感染が再拡大。日本で国内の感染者が2万人超す。
 8日=世界の感染者が1180万人超す(米国で301万人、ブラジルで164万人、インドで72万人、ロシアで69万人超す)。死者が世界で54万2千人超す(米国で13万1千人、ブラジルで6万5千人、メキシコで3万1千人超す)。豪メルボルン市は外出規制を再導入。アフリカ大陸での累計感染者が50万人を超す。この日の全米の新規感染者が6万人を超す。
 9日=世界の感染者が1208万人超す(米国で302万人、ブラジルで166万人、インドで76万人超す)。死者が世界で54万8千人超す(ブラジルで6万6千人、英国で4万4千人、メキシコで3万2千人、インドで2万1千人超す)。この日の全米の新規感染者が6万5千人を超す。東京で感染者増加が続く。
 10日=世界の感染者が1226万人超す(米国で311万人、ブラジルで175万人、インドで79万人、ロシアで70万人、ペルーで31万人、メキシコで27万人超す)。死者が世界で55万4千人超す(米国で13万3千人、ブラジルで6万9千人、メキシコで3万3千人超す)。
 11日=世界の感染者が1249万人超す(米国で320万人、ブラジルで180万人、インドで82万人、ロシアで71万人、メキシコで28万人超す)。死者が世界で56万人超す(米国で13万4千人、ブラジルで7万人、メキシコで3万4千人、フランスで3万人、インドで2万2千人超す)。沖縄の米軍基地で60人超の感染者が判明。
 12日=世界の感染者が1275万人超す(米国で326万人、ブラジルで183万人、ロシアで72万人、ペルーで32万人、英国で32万人超す)。死者が世界で56万3千人超す(ブラジルで7万1千人超す)。米フロリダ州のディズニーテーマパークが4か月ぶり営業再開。スペインのカタルーニャ自治州は西部の住民20万人以上を対象に外出禁止令。
 13日=世界の感染者が1293万人超す(米国で331万人、ブラジルで186万人、インドで87万人、メキシコで29万人超す)。死者が世界で56万7千人超す(米国で13万5千人超す)。米カリフォルニア州は飲食店や映画館、動物園、美術館などの屋内営業を禁止。
 14日=世界の感染者が1316万人超す(米国で338万人、ロシアで73万人超す)。死者が世界で57万1千人超す(ブラジルで7万2千人、メキシコで3万5千人超す)。英国とフランスはマスク着用義務の対象を拡大。この日の米国での新規感染者が6万7000人超す。韓国での調査で抗体の保有率は0.033%(集団免疫を形成するのは事実上不可能と保健福祉相)。日本の国内での感染者が2万2千人超す。
 15日=世界の感染者が1337万人超す(米国で344万人、ブラジルで188万人、インドで90万人、ペルーで33万人、メキシコで30万人超す)。死者が世界で57万7千人超す(米国で13万6千人、英国で4万5千人超す)。この日の世界の新規感染者が23万人超す。香港はコロナ規制を再び強化。東京都は警戒レベルを最も深刻な「感染が拡大」に引き上げ。
 16日=世界の感染者が1359万人超す(米国で351万人、ブラジルで192万人、インドで93万人、ロシアで74万人、メキシコで31万人超す)。死者が世界で58万3千人超す(米国で13万7千人、ブラジルで7万4千人、メキシコで3万6千人超す)。米国でこの日の感染者が7万7255人。日本の国内での感染者が2万3千人超す。
 17日=世界の感染者が1390万人超す(米国で359万人、ブラジルで200万人、インドで100万人、ロシアで75万人、南アフリカで30万人超す)。死者が世界で58万8千人超す(米国で13万8千人、ブラジルで7万6千人、イタリアで3万5千人、インドで2万5千人超す)。日本の国内での感染者が2万4千人超す。
 18日=世界の感染者が1407万人超す(米国で366万人、ブラジルで204万人、ペルーで34万人、南アフリカやメキシコで33万人超す)。死者が世界で60万人超す(米国で13万9千人、ブラジルで7万7千人、メキシコで3万7千人、ロシアで1万2千人超す)。
 19日=世界の感染者が1429万人超す(米国で372万人、ブラジルで207万人、インドで104万人、ロシアで76万人、南アフリカで35万人、イランで27万人超す)。死者が世界で60万1千人超す(ブラジルで7万8千人、メキシコで3万8千人、インドで2万6千人超す)。香港は屋内公共施設でもマスク着用を義務化。
 20日=世界の感染者が1449万人超す(米国で379万人、インドで107万人、ロシアで77万人超す)。死者が世界で60万4千人超す(米国で14万人超す)。米NY市で経済活動の制限緩和。
 21日=世界の感染者が1472万人超す(米国で385万人、ブラジルで211万人、インドで111万人、南アフリカで36万人、ペルーで35万人、メキシコで34万人、チリで33万人、スペインで28万人、イランで27万人、サウジアラビアで25万人、トルコで22万人超す)。死者が世界で60万9千人超す(ブラジルで8万人、メキシコで3万9千人、インドで2万7千人、ペルーで1万3千人超す)。オーストリアは公共の場でのマスク着用を義務付け。米トランプ大統領が国民にマスク着用を呼びかけ。米カリフォルニア州で感染者が40万人突破( NY州に次いで2番目)。
 22日=世界の感染者が1500万人超す(米国で391万人、インドで115万人、ロシアで78万人、南アフリカで37万人超す)。死者が世界で61万6千人超す(米国で14万2千人、ブラジルで8万1千人超す)。日本の国内での感染者が2万6千人超す。東京都の感染者は累計で1万人超す。
 23日=世界の感染者が1524万人超す(米国で398万人、ブラジルで227万人、インドで119万人、南アフリカで39万人、ペルーで36万人、メキシコで35万人、イランで28万人、アルゼンチンで14万人超す)。死者が世界で62万5千人超す(米国で14万3千人、ブラジルで8万2千人、メキシコで4万1千人、ペルーで1万7千人超す)。日本の国内での感染者が2万7千人超す。
 24日=世界の感染者が1552万人超す(米国で407万人、インドで128万人、ロシアで79万人、南アフリカで40万人、メキシコで37万人超す)。死者が世界で63万2千人超す(米国で14万4千人、ブラジルで8万4千人、インドで2万9千人、イランで1万5千人超す)。英国が小売店などでもマスク着用を義務化。ベトナムで100日ぶりに新規感染者。日本の国内での感染者が2万8千人超す。
 25日=世界の感染者が1562万人超す(米国で410万人、ブラジルで228万人超す)。死者が世界で63万4千人超す。日本の国内での感染者が2万9千人超す。
 26日=世界の感染者が1606万人超す(米国で419万人、ブラジルで239万人、インドで138万人、ロシアで80万人、南アフリカで43万人、メキシコで38万人、チリで34万人、スペインで29万人、パキスタンで27万人、アルゼンチンで15万人超す)。死者が世界で64万4千人超す(米国で14万6千人、ブラジルで8万6千人、メキシコで4万3千人、インドで3万1千人、ペルーで1万8千人、ロシアで1万3千人超す)。米フロリダ州の感染者数が42万3800人(NY州を抜き、カリフォルニア州に次ぐ)。米カリフォルニア州で感染が再拡大。中国の大連市は全市民にPCR検査。
 27日=世界の感染者が1625万人超す(米国で424万人、ロシアで81万人超す)。死者が世界で64万7千人超す。香港は外食を全面禁止し、マスク着用を義務化 。日本の国内での感染者が3万人超す。
 28日=世界の感染者が1650万人超す(米国で431万人、ブラジルで244万人、インドで148万人、南アフリカで44万人、メキシコで39万人超す)。死者が世界で65万3千人超す(米国で14万8千人、ブラジルで8万7千人超す)。中国本土でこの日の新規感染者が100人超す。
 29日=世界の感染者が1676万人超す(米国で437万人、ブラジルで241万人、ロシアで82万人、南アフリカで45万人超す)。死者が世界で65万9千人超す(米国で14万9千人、メキシコで4万4千人超す)。フランスやスペインなどで感染者が再び増加。タイは非常事態宣言を8月末まで延長。イタリアは10月まで非常事態宣言を延長。日本の国内での感染者が3万1千人超し、死者が1千人超す。
 30日=世界の感染者が1704万人超す(米国で444万人、ブラジルで255万人、インドで153万人、南アフリカで47万人、ペルーで40万人、南メキシコで40万人、チリで35万人、英国で33万人、スペインで30万人、イランで29万人、サウジアラビアで27万人超す)。死者が世界で66万3千人超す(米国で15万1千人、ブラジルで9万人、英国で4万6千人、メキシコで4万5千人、インドで3万4千人超す)。ベトナムで約3か月ぶりに感染確認。日本の国内での感染者が3万4千人超す。
 31日=世界の感染者が1729万人超す(米国で451万人、ブラジルで261万人、インドで163万人、ロシアで83万人、南アフリカで48万人、メキシコで41万人、イランで30万人超す)。死者が世界で67万3千人超す(米国で15万2千人、ブラジルで9万1千人、メキシコで4万6千人、インドで3万5千人超す)。英国は規制緩和策を延期。ベトナムで初の死者。日本の国内での感染者が3万6千人超す。

2020年8月1日土曜日

やられたら、やり返す

 米国がテキサス州ヒューストンにある中国の総領事館の閉鎖を求め、大慌てで館員が機密文書とみられる書類を燃やす光景が話題になり、7月24日までに荷物を運び出し、館員は撤収した。やがて米政府当局者らしき人々が建物に入ったと報じられた。

 閉鎖を求めた理由として米国は、総領事館が①米国に対する「破壊活動に長く関与してきた」、②米国の知的財産を窃取する一大拠点(米研究機関にいる中国人のスパイにどんな情報を盗むべきかを具体的に指示)、③香港の民主派活動家を批判する活動や、中国の反体制派を本国に強制送還するチームの滞在拠点になっていたなどとする。

 中国は24日、四川省成都市にある米国の総領事館を3日以内に閉鎖するよう求め、「米国のとった理不尽な行動への正当で必要な対応だ」と対抗措置であることをあからさまにし、「米国の館員が中国の内政に干渉し、安全を損なう活動をした」と主張した。米国総領事館は27日に閉鎖され、中国当局が米総領事館に入り接収したという。

 中国のとった行動や主張は、米国のそれを真似していると見える。総領事館をひとつ閉鎖させ、館員の退去後に占有する。自国に害をなす行為の拠点になっていたと閉鎖を正当化する。ただし、米国の主張に比べて中国の主張に具体性が乏しいのは、大慌てで作成したものだったからか(情報公開が求められる米国と情報統制が基本の中国という違いも大きい。つまり中国では当局の情報は検証されず、真贋は問われない)。

 バカと言われたらバカと言い返し、ツバを吐きかけられたらツバを吐きかけ返し、肩を押されたら肩を押し返し、1発殴られたら1発殴り返す……やられたら、やり返すという方法は相手から甘く見られず、対等に振舞うためには欠かせない。ただ、1発殴られたら、つい2発殴り返したりしてエスカレートしやすいのが難点だ。対立しながら冷静さを保つことができなければ、すぐにエスカレートする。

 外交においても「やられたら、やり返す」戦略をとる国は多い。一方的に批判されても小声でムニャムニャと言うだけだったり、領土や領海が脅かされても退去を求める呼びかけしか行わない国に対して、一方的な批判を止める国はないだろうし、領土や領海を侵犯することをやめる国はない。批判されたら批判し返し、領土や領海を侵犯されたなら追い出しにかかる国が世界では一般的だ。

 中国の今回の外交は米国に対して「やられただけを、やり返す」を実行したように見える。欧米主導の世界秩序に中国が挑んでいると見える昨今だが、米国に対して中国は慎重に振る舞う。米国以外の国に対して中国は一方的な批判や行動をし、エスカレートも辞さないとの態度をちらつかせるが、米国に対しては冷静にエスカレートを自制する。米国が「やられたら、倍にして、やり返す」国であることを知っているのだろう。