2022年2月26日土曜日

巨大なシマエナガ

 高さ30cmほどのシマエナガのぬいぐるみが書店で売られているのを見た。丸っこくて、可愛いい姿ではあったが、大きすぎる。実際のシマエナガは体長14cmほどの小鳥で尾が7~8cmほどと長く、重さは8gほどでスズメより小さい。実際にシマエナガを見た人は少ないだろうが、写真や動画などでは大人気だ。

 ふわふわの白い羽毛に覆われた丸い体に、つぶらな黒い両目と、ちょんとついたクチバシがつくる顔が愛らしいシマエナガは、ぬいぐるみなどには最適なモデルだ。以前からシマエナガの“等身大”のぬいぐるみやグッズ類は販売されていたが、高さ30cmほどに巨大化したシマエナガを見たのは初めてだった。

 巨大化したシマエナガには他の動物などのぬいぐるみと同様の可愛さはあるものの、可憐さは希薄だ。体の小ささが可愛さにつながる要素である小鳥や小動物は、巨大化させると可愛らしさが減り、イメージが違ってくるのだろう。クマなど可愛らしさと無縁な動物は、小さく造形することで可愛らしさが出てくる。

 巨大化したシマエナガのぬいぐるみは、ジブリのアニメ作品の登場人物に似合いそうでもある。だが、可愛さだけが目立つシマエナガは善良なキャラクターを脱することはできまいから、シマエナガが活躍するストーリーは限られる。可愛さとともに何かのストーリーを持っていそうな雰囲気をまとうキャラクターにシマエナガを設定するならアニメの主役も務まりそうだが、シマエナガが苦悩する姿を描いても観客の共感を得ることができるか定かではない。

 「やはり野に置け蓮華草」という言葉は、蓮華草は野に咲いているのが美しいから、摘み取ったりするなという主張だ。可愛くて人気が出たとはいえシマエナガは、巨大化させて観客の注目を一身に集める主役の座に置くよりも、冬の北海道の林などを飛び交っていて、滅多に見ることができない存在に置いておくほうがいい。

 シマエナガを主役とした多くの写真集が書店に並び、各種サイズのぬいぐるみなどシマエナガのグッズも増えた。こうなると、実際にシマエナガを見たいと思う人は多いだろうが、北海度に広く生息しているとされるものの実際に見ることは困難だ。個人で捕獲して飼うことは禁じられているので、北海道内の動物園などで飼育展示されるのを待つしかない。

 白くて、まんまるの小さな体に、つぶらな黒い目がチョンチョンとついている小鳥シマエナガは、そのままの姿で愛されるだけの存在でいい。巨大化させて他の生物のぬいぐるみと同じような愛らしさをまとったところで、失うものは多く、そのぬいぐるみがシマエナガでなければならない理由は希薄だ。

2022年2月23日水曜日

緊張を高めるメリット

 国際関係において国家間の緊張関係は常に存在する。同盟国の間でも経済的な利害などをめぐって緊張関係は少なからず常にあり、政治的な利害が対立する国の間や、歴史的要因や民族紛争などで反目がある国の間では緊張関係は明確になる。常に冷戦状態にある諸国が存在するのだが、冷戦という言葉はかつての米ソの緊張状態を指すために使われる。

 米ソの冷戦は共産主義と資本主義のイデオロギー対立とも理解され、当初はソ連の封じ込めを米国などは目指したが、東欧諸国など世界各地に共産主義国家が誕生して封じ込めは失敗した。以来、世界において米ソは緊張状態を高めながら、影響力の拡大を競い合う状況が続いた。

 冷戦の緊張関係は長く続いたが、実際に米ソの交戦の現実的な可能性が心配されたのはキューバ危機の時だけだった。しかし、世界では各地で戦争や紛争が絶え間なく起きていて、米ソが様々な形態で関与していたことが多い。それらの戦争や紛争はアジアやアフリカ、南米などで起きていたが、米ソの勢力圏の中心である欧州では限られていた。

 冷戦は米ソによる世界分割支配だったとも解釈できる。同盟国の離反を許さず、米ソは互いに相手の勢力圏の切り崩しに務めた。中ソ対立に加え、欧州諸国や日本の経済的成長など米ソの勢力圏内での変化もあったが、米ソ両国の圧倒的な軍事力と米ソが具体的な緊張関係をつくり出し続けたことにより冷戦の構造はソ連崩壊の直前まで持続した。

 対立構造は、敵と味方を峻別するために有効だ。対立で緊張関係を高める最も確実な方法は、戦争の危機が迫っているとする状況をつくり出すことで、具体的であればあるほど効果は上がる。敵を明確にし、その敵を侵略者として宣伝し、味方の支持を強固にすることで対立構造は維持される。敵国が常に存在することが重要で、体制引き締めに役立つことはジョージ・オーウェルの小説「1984」でも描かれている。

 冷戦では、互いの勢力圏の「周辺」で戦争や紛争が起きることは容認され、緊張関係を維持するために役立ったが、互いの勢力圏の「中央」では非戦が維持された。米露の影響力が相対的に減少し、多極化が進む現在、「周辺」と「中央」の再構築が進み、緊張状態を高めるには場所を選んでいる余裕がなくなり、例えば、ロシアは隣接するウクライナを舞台に緊張を高める。

 冷戦体制は米ソの影響力を維持するために好都合だった。戦争の危機を匂わせて緊張状態を維持することで米ソへの求心力を高め、同時に同盟国に対する干渉力を高め、政治的な利益を米ソは享受した。冷戦構造において最も利益を得たのが米ソ両国だから、緊張状態を高めて米露が利益を得ようと発想するのは自然なことだ。例えば、原油や天然ガスの価格を高値維持することは米露双方の利益になる。

2022年2月19日土曜日

函館本線とバス転換

 JR北海道の函館本線は、函館と旭川を札幌を経由して結ぶ全長458kmの幹線で、高速道路網の整備が北海道でも進むが、なお多くの人々や大量の貨物の輸送を担っている。ただし、長万部からニセコ〜小樽を経て札幌までの区間(山線)は急勾配が続き、単線であるため、特急や貨物列車は長万部〜札幌間は室蘭本線・千歳線を経由する。

 北海道新幹線は札幌までの延伸を2030年度末に予定しているが、その開業時に並行在来線である函館〜長万部〜小樽間はJR北海道から分離される。新函館北斗駅まで北海道新幹線が開業したときに並行在来線の江差線が第三セクターの道南いさりび鉄道に移行したように、並行在来線は事業運営形態を変えて存続するのが通例だった、

 だが、長万部からニセコ〜余市間はバス転換されることがほぼ決定し、余市〜小樽間は余市町が鉄道の存続を求めていることから、どうなるかは未定だ。函館〜長万部間は第三セクターに経営移管される見込みだという。函館〜長万部間をバス転換して鉄路をなくすと、北海道の農産物を本州に運ぶ貨物列車の運行ができなくなる(道南いさりび鉄道にも貨物列車が走る)。

 道南いさりび鉄道に変わった江差線は、函館と日本海側の江差を木古内を経由して結んでいたが、江差〜木古内間は2014年に廃線となり、バス転換した。木古内からは松前まで伸びる松前線があったが、こちらは1988年に廃線となった。函館から江差や松前には定期バスが走っており、路線バスを使った渡島半島1周が可能になっている。

 新幹線開業に伴って並行在来線は日本各地で第三セクターなどに経営移管したが、鉄道事業は存続した。それが可能になるには、①少なくない利用客が存在する、②地元の自治体などからの援助がある、③貨物列車の運行に鉄路の維持が不可欠ーなどの条件が必要だ。逆に言うと、利用客が少なく、貨物列車が走らず、地元自治体が援助に否定的なら、鉄路の維持は難しい。

 北海道の場合、冬には長い鉄路の除雪が必要になり、長い鉄路ではレールを支える道床の砕石の隙間に水(雪)が入って凍って膨張するので頻繁な点検や整備が欠かせず、鉄路の維持にコストがかかる。鉄路を地元自治体が維持管理すれば鉄道事業者は列車を走らせるだけで済むが、コストがかかる鉄路の維持を引き受ける自治体は現れてはいない。

 バス転換すると、バスは一般道を走行するので、除雪や道路維持などは行政が担い、事業者はバスを走らせるだけですむ。鉄道の利用客数をカバーする本数のバスを走らせることを担保するならバス転換は有力な選択肢になる。問題は、鉄路にはロマンがつきまとうことだ。つまり鉄道を維持することが情緒的に「正しい」とする人々が必ず存在する。

2022年2月16日水曜日

ウイルスとの共存へ

 世界の新型コロナ感染者数は2月9日に累計で4億人を超えた。3億人を超えたのが1月7日だったので、ほぼ1カ月間で1億人の新規感染者が発生した(2億人を超えたのは21年8月6日なので3億人まで1億人増えるのにほぼ5カ月、1億人を超えたのは21年1月27日なので2億人まで1億人増えるのにほぼ6カ月半かかった)。

 オミクロン株の強力な感染力で、感染拡大がスピードアップしている。感染拡大の終息の見通しはつかず、新型コロナウイルスの根絶は期待薄か。こうまで大幅に感染者の増加が続くと、世界においてゼロコロナ戦略は不可能だろうから、ウイルスとの共存体制に転換するのが合理的な判断ともなる。

 スウェーデンは、新規感染者が発生しているが重症者は少なく、ほぼ全ての規制を9日から撤廃した。無料の検査もやめ、「パンデミックは終わったといえるだろう」と保健相。警戒は続けるものの、社会の脅威とはもう見なさず、新型コロナウイルスと共生する路線に転換した。「スウェーデンの社会を再び動かすときだ」と首相。

 デンマークは2月から、ワクチンの接種証明の提示などほぼ全ての規制を撤廃した。「2月から新型コロナが社会にとって危険な病気と分類しない」と保健相。「規制にさようならを言い、コロナ前の生活にこんにちはと言える」と首相。ノルウェーも2月から規制をほぼ撤廃した。フィンランドも14日から段階的に撤廃した。

 新規感染者は増えたが入院する人が減ったオランダは、店舗の営業制限などの規制を段階的に緩和した(感染対策をとることが条件)。イタリアとフランス、スペインは屋外でのマスクの着用義務を解除し、米国ではニューヨーク州など屋内でのマスク着用義務を撤廃する州が増えた。

 英国は1月から規制緩和に動き、イングランドではほぼ規制がなくなり、ウェールズやスコットランド、北アイルランドでも規制緩和が進む。11日からは水際対策をほぼ撤廃し、2回のワクチン接種者には入国時の検査を不要とし、隔離も必要なくなった。国内で感染が広がれば水際対策は「もはや意味がない」と運輸相。重症化率が高くなければインフルエンザなどと同じように扱うのが英国の立場だと報じられた。

 まだ新規感染者数が多い各国での規制緩和により感染者はさらに増え、水際対策の撤廃で国境を越えてウイルスの拡散は進む。これらの国の規制撤廃は隣接する諸国の厳しい規制の効果を薄めるので、各国も規制緩和を余儀なくさせられよう。

 規制緩和でウイルスとの共存に転換した各国の政策により世界で感染者は今後も増え、世界的にウイルスとの共存に向かわざるを得なくなるだろう。医療体制が脆弱な国や、厳しい規制でゼロコロナ政策を続ける国は「鎖国」をするしかない。

2022年2月12日土曜日

善悪を離れて

 日本国内や世界各地から大量のニュースが伝えられる毎日だが、目にとまった全てのニュースについて、その背後関係や過去の経緯などを正確に理解している人は少なく、また、正確に理解しようと必ず詳しく調べる人はいないだろう。仕事に関係ありそうだったり生活に影響があったり興味を持っていたりーなど特定のニュースについてだけ調べる人がいるぐらいか。

 背後関係や過去の経緯などを知らなくても多くの人は、国内外の多くのニュースを知って、それぞれに意見(感想)を持つ。ニュースが伝える情報だけで判断するのだが、誤解や短絡、理解不足などが紛れ込んだりし、それらの意見が正しいとは限らない。でも、偏ったり誤ったりする意見だと多くの人は感じていないだろう。

 それらの意見はおそらく、個人の善悪の感覚によって仕立てられる。善悪の基準は、社会で培われた倫理観や価値観など集団が共有するものと、個人が生きてきた中で習得したものが混じり合って形成される。社会や宗教などによって善悪には大まかな基準があるものの、細部は個人の感覚が決めるものだ。

 何を善とし、何を悪とするか。地球が国家によって分割された現在、社会的に悪とされる行為は各国で法により規定され、処罰対象となり、許されざる行為として明確化された。だが、法だけが善悪の基準を独占しているわけではなく、法によらず個人に任されている価値判断=善悪の基準がある。

 法以外の善と悪を判断する基準は個人により様々だが、社会の変化や新たな情報などに影響を受け、揺れ動く。基準が揺れ動くのだから、ニュースに対する判断も揺れ動く。だが、自分の善悪の基準が変化すると認識している人は少なく、自分の判断を常に懐疑的に検証する人もいまい。だから自分の善悪の基準は一貫していると思い込む。

 善と悪を哲学者や宗教家らは真剣に考えるが、一般の人の多くは直感で判断する。直感は思い込みに影響を受けるので、直感による判断の適否は当人には分からない。また、真剣に考えると直感で判断するより的確な判断ができるかどうかは、人によるし、時と場合にもよるだろう。

 善悪に振り回されずに判断するには、事実を検証することだ。直感を判断材料の一つにとどめ、事実を伝える情報をより多く集め、「分析する」と意識する。さらに、判断する時には意識的に善悪の概念を制御しなければならないが、それは簡単ではない。善悪の概念に振り回されないためには、善悪の2分法から離れると意識するしかない。

2022年2月9日水曜日

大切な温室効果

 温暖化を真剣に心配し、「このまま世界でCO2の排出が増え続ければ、僕たちが大人になった将来に、地球の環境は大変なことになる」と10代のM君は危惧する。大気中のCO2濃度をすぐにでも下げなければならないと考えたM君は、大気中からCO2を回収するシステムを早急に整備するべきだと主張する。

 各国はCO2の排出削減を打ち出し、CO2や温室効果ガスの排出をEUと米国、日本、英国、カナダなどは2050年までに実質ゼロにするとし、ロシアと中国は2060年までに実質ゼロにするとし、インドは2070年までに実質ゼロにする目標を掲げた。CO2など温室効果ガスの排出を抑制することは国際政治的に各国とも反対できない事項となった。

 CO2の排出増加により温室効果がさらに強まると危惧するM君は、各国の削減目標からすると今後30〜40年はCO2など温室効果ガスの排出は各国で持続するので、大気中に蓄積するCO2などは増え続けると理解した。温暖化の危機が欧州主導で世界的に煽られる中で、危機感に反してCO2などの排出は今後も増え続けるという世界。

 M君はこの状況に納得できない。CO2などの排出により地球規模で温暖化が進行し、すでに気象災害などが各地で顕著になって現れているのだから、CO2などの排出削減を各国は最優先で行うべきだとし、排出を実質ゼロにすることを各国に任せるべきではなく、例えば、5年後には実質ゼロにすることを各国に強制する世界ルールを策定すべきだとM君は力説する。

 温暖化が進行すると、世界的に平均気温が大幅に上昇し、気象災害が増え、氷河の溶解などで海水面が上昇し、気候難民が増加するとM君は信じた。2050年や2060年まで待たず、すぐにCO2などの排出削減をするべきだが、各国の削減目標は中期的な目標でしかない。このままでは地球環境は大変な危機状態になると信じるM君は、CO2などの排出削減に時間がかかるのだから、大気中のCO2を回収する行動をすぐに始めるべきだと主張する。

 だが、各国は大気中のCO2回収などには動かない。排出権取引という金融市場は儲けのチャンスだし、EV普及などCO2排出削減のための産業構造の転換は膨大な新たな市場を創出するから、資本主義にとっては好都合だ。それに、各国でバラバラに大気中のCO2回収を始めると、「必要」以上に大気中のCO2を減少させる可能性がある。

 CO2などによる温室効果がなくなれば、人間など地球上で生きる生物は絶滅するかもしれない。気象庁HPでも、温室効果ガスによって「太陽からの光で暖められた地球の表面から地球の外に向かう赤外線の多くが、熱として大気に蓄積され、再び地球の表面に戻って」きて、戻ってきた赤外線が地球の表面付近の大気を暖めるが、「温室効果が無い場合の地球の表面の温度は氷点下19℃と見積もられていますが、温室効果のために現在の世界の平均気温はおよそ14℃」。氷点下19℃の地表で農作物は育たないだろう。

 CO2などによる温室効果をM君は「悪いもの」と理解しているようだが、温室効果は人間の生存にとって必要不可欠だ。世界各地でバラバラに大気中のCO2などの大量回収を始めたなら、大気中のCO2などが減りすぎて、寒冷化に向かいかねない。温暖化で想定される以上の被害を寒冷化は招くだろう。

2022年2月5日土曜日

自分で健康管理

 家族の誰か1人が感染者になった場合、同居家族の自宅待機期間を厚労省は「感染者の発症から7日間」に見直すとした(従来は最長17日間の待機)。10歳未満を含め若年層の感染が急増しているが、看病などで親が休職せざるを得ない日数が短縮される。ただし、家庭内で感染対策を行わない場合は、従来と同じ最長17日間の待機となる。

 急激な新規感染者の大量増加で保健所の業務が回らなくなっているとされるが、政府に助言する専門家の有志が、重症化リスクの低い感染者の健康観察の省略を求める提言を行ったという。重症化率や致死率が顕著に低下していることも背景にある。

 提言は報道によると、基礎疾患などがない6~49歳の人が無症状や軽症だった場合、保健所が行う健康観察や濃厚接触者の調査を省略する。また、症状が悪化した場合は患者が自分で保健所などに連絡し、健康観察を受ける。従来の感染症対策が新型コロナウイルスに白旗を上げ、感染経路の追跡などを放棄せざるを得なくなった形だ。

 濃厚接触者の調査・認定は保健所が行ってきたが、感染者と誰が「いつ」「どこで」接触したかを、感染者の発症2日前から療養期間中までを対象に聞き出すのだから手間がかかる。爆発的に新規感染者が増加しているのだから、そんな調査・認定が感染爆発に追いつくはずがない。

 無症状や軽症の感染者や濃厚接触者に自主的な管理を求める状況は、事実上、重症化しないだろうから自分で何とかしてねーということだ。新型コロナウイルスのオミクロン株による感染に対して、国による管理レベルが低下して打つ手が乏しくなったことであり、人々は自力で新型コロナウイルス(オミクロン株)に対応する状況に転じたことを示す。

 とはいえ、人々が自力でオミクロン株に対応するのは簡単ではない。不安に駆られて万全の健康観察や治療を求めて人々は保健所や病院などに指示を求めるが、それが限られるとなった。人々は、自己判断と自己責任で対応するしかない。特効薬が配布されるわけでもないので、解熱剤や風邪薬などを服用して安静にしているしかない。

 自力で対応せざるを得ない状況で、無症状の感染者や濃厚接触者の中には、保健所に管理されるメリットを感じない人々もいるだろう。保健所に管理されなければ、体調が良くなれば自宅待機期間に関係なく出歩くこともできる。オミクロン株による感染爆発は日本における従来の防疫体制を崩壊させた。

2022年2月2日水曜日

日本から出て稼ぐ

 2020年の国勢調査では、日本の人口は1億2614万6099人(2015年比で94万8646人減)。2010年の人口1億2805万7352人が国勢調査では過去最高で、減少が続いている。ちなみに国勢調査で人口が初めて1億人を超えたのは1970年で、1985年に1億2千万人台に乗せていた(総務省サイト)。

 東京など8都県で人口は増加したが、39道府県で人口が減少し、33道府県では減少幅が拡大した。全国1719市町村のうち人口が減少したのは1419市町村で、全体の82.5%にもなる。さらに、人口減少が5%以上になった市町村は710で、減少した市町村の51.3%と半分を超す。

 人口減少とともに高齢化も進み、総人口の28.6%が65歳以上(約3602万人)。15〜64歳は約7508万人(総人口の59.5%)、15歳未満は約1503万人(同11.9%)。また、日本人の人口は約1億2340万人で総人口の97.8%(2015年比178万3千人減)、外国人は約275万人で同2.2%(2015年比83万5千人増)。

 日本は人口増加から人口減少に転じたことがデータで明らかになったが、人口減少は以前から予想されていて、国内消費市場が縮小するとの懸念が広がっていた。さらに高齢者人口の増加と生産年齢人口の減少で日本の国内市場は「衰退」するとの見方も現れた。かつて日本の企業は豊かな国内市場に基盤を置き、それから海外市場を開拓して成長を続けた。

 その国内市場が縮小するのだから先行き、企業は売上減少と利益減少が必至だ。さあ大変だと危機感は高まるが、人口の減少を止めて、増加に転じさせることは企業にはできない。企業にできる対策は①海外市場を開拓する、②国内市場で他社からシェアを奪うーだろう。どちらにしても市場での熾烈な競争が待っている。

 国内市場の成長が頭打ちになると世界各地に新たな市場を開拓し、実物経済の市場の成長が頭打ちになると金融経済の市場を開拓し、さらにインターネット空間の市場を開拓して収益を高めるなど、投資にリターンを求める資本主義にとっては常に新たな市場が必要だ。日本の国内市場が縮小するのであれば、企業は新たな収益源をどこかに見つけなければ、市場とともに縮小する。

 人口減少に加えて非正規雇用の増加など国内市場における購買力の低迷は続きそうだ。国内の購買力を高める有効な政策が日本では皆無とあって、企業が成長を目指すなら海外市場を開拓するしかない。世界は広い。開拓できる市場はまだまだ残っているはずだ。受け身ではなくグローバル化を企業の戦略として活用するには、日本から出て行って稼ぐしかない。