2017年9月30日土曜日

芸能プロと独禁法

 芸能人などの独立や移籍に対して、所属事務所との間で独禁法上の問題となる契約や慣習がないかを公取委が調査しているという。といっても、芸能人を強く拘束する契約の違法性を摘発する狙いではなく、契約実態を調べるのが目的というから、事務所を離れた芸能人が「干される」ことがなくなるかどうかは不明だ。

 NHKは、公取委が「問題視しているのは、事務所が一方的な契約を結んで芸能人の独立や移籍を制限するケース、独立や移籍をした芸能人に対してその後の活動を妨害するケース」とし、「芸能界で広く行われてきた契約が独占禁止法に抵触する可能性がある」と公取委が考えていると踏み込んで伝えた。

 事務所を離れた芸能人が「干される」のは、テレビ局や出版社など各社が協力するからだ。芸能事務所は多くの芸能人を抱えているので、その機嫌を損なうと人気芸能人を回してもらえなくなる懸念があるので、テレビ局や出版社は「干す」ことに協力する。芸能人の人気に頼る度合いが少ない番組づくりを行っているからNHKは踏み込んで伝えることができた?

 芸能事務所が芸能人を契約社員として雇用する形態では、人気があっても芸能人は芸能事務所に従属する。対等の関係であるとマネジメントなどの業務委託契約であっても、芸能事務所が主導権を握るなら芸能人の立場は強くはない。

 芸能事務所は企業であり、テレビ局や出版社も企業。芸能事務所を離れた芸能人が「干される」のは、個人よりも企業の論理を優先する風潮があるからだろう。テレビ局や出版社などの企業に、個人としての社員を尊重する文化が強固にあれば、芸能事務所を離れた個人を「干す」という行為に安易には加担しないはずだ。

 個人が企業などに対抗する力を持つには、まとまるしかない。芸能人の同業者組合を作って権利を守り、待遇を改善させ、不利な契約を改定して有利な契約に導く。しかし、同業者組合の必要性は以前から指摘されていたが、ほとんど実現していない。芸能人には個人事業者としての権利意識が希薄に見える。

 芸能事務所が主導権を握るのは、実力も人気もない人物を人気芸能人に仕立て上げているからだ。歌や踊り、演技などをトレーニングさせ、様々な媒体に芸能事務所が売り込むというシステムが、芸能人を芸能事務所に従属させることを容易にしている。

2017年9月27日水曜日

過熱する威嚇合戦

 北朝鮮と米国の威嚇合戦が過熱している。米トランプ大統領が国連演説で「米国自身や米国の同盟国を守る必要に迫られた場合、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択肢はなくなる」と言うと、金正恩朝鮮労働党委員長は声明で「史上最高の超強硬対応措置断行を慎重に考慮する」「米国の老いぼれの狂人を必ずや、必ずや火で罰する」と返した。

 こうした言葉の応酬は、相手の反応を考慮に入れた高度な外交には見えず、自制を失ったチンピラの罵り合いの様相を呈している。双方ともに相手から戦争を仕掛けられることはないと見ているから、言葉のエスカレートが続くのだろう。本当に一触即発の状況ならば、慎重に言葉を選ばざるを得なくなる。

 過熱する言葉の応酬で北朝鮮が得るものは、第一に、米国と互角にやりあうことができる「強国」としての自負、第二に、戦争の危機が迫っているとする国内の引き締めだろう。それは軍の存在感を一層強めることにもなる。失うものは、国際社会における信用だろう。

 一方、米国が得るものは少ない。選挙戦であったなら過激な発言で関心を集める手法にも意味があるのかもしれないが、外交的にはトランプ氏が過激な発言で目立つことは無意味だ。内政の行き詰まりや国内の分断を、北朝鮮相手の強面で糊塗することができるとも望めないだろう。

 さらに、制御できないトランプ氏の言葉に外交が引きずり回されている現状と、核を兵器化した国に対して戦争を仕掛けることができないという米国の姿が明らかになった。言葉の応酬だけにとどまるなら、大国であろうと弱小国であろうと対等であることを北朝鮮が示した?

 圧倒的な軍事力を有する米国が恐れられるのは、中近東などで示したように軍事力の行使をためらわないことだった。だが韓国には約20万人の米国人が居住していて、北朝鮮の通常兵器により多数が死傷する可能性が大きければ、実質的に北朝鮮が彼らを人質にしている状態だ。北朝鮮に対する米国の軍事力行使には制約が多い。

 北朝鮮も米国も戦争には踏み切らないとすれば、双方の罵り合いは面白い見世物になる。連日のように新しい話題が提供されるのでマスメディアは大歓迎だろう。ネタが次々に提供される状況をありがたがっていることを隠しながら、危機的状況を憂い、双方に自制を促す姿勢を見せておけば、双方の言葉の応酬を連日大きく取り扱うことができる。

2017年9月23日土曜日

クルドの民族自決

 トルコ、イラク、シリア、イランなどにまたがって生きる3000万人以上のクルド人は、独自の国を持たない最大の民族といわれる。各国では多数派が形成する政府に「支配される」立場で、しばしば抑圧の対象ともなってきた。独立を目指して武装闘争を行う党派もあるが、各国は厳しく封じ込めてきた。

 どこかの国でクルドの分離独立が実現したなら、他の国でも連鎖反応を引き起こす恐れがあり、各国の分裂・再構成が始まる可能性は高い。クルド人の独立願望は地域の潜在的脅威とみなされてきたが、具体的に動き始めている。イラク北部のクルド自治政府が、分離独立の可否を問う住民投票を9月25日に行う。

 賛成多数は確実とみられているが、反対の動きも強まっている。アラブ人が多数を占めるイラク議会は住民投票実施に反対する決議を採択し、イラク首相は「対話以外に選択肢はない」と中止を説得、イラク最高裁は違憲性の有無を判断するまで住民投票を停止するよう命令した。自治政府は住民投票を強行する姿勢だ。

 周辺国も強く反対し、トルコはイラクとの国境近くで軍事演習を開始するなど威嚇を始めた。トルコは国内でクルド人の抑え込みを強化しているだけに、隣国イラクでクルドの分離独立の意思表明が公然となされると、政権への反発も加わって影響が大きくなる可能性がある。

 ISとの戦闘でクルド人主体の勢力を支援してきた米国も、地域の安定を損なうと住民投票に反対し、イラク政府との対話をクルド自治政府に呼びかけている。IS掃討でクルド人主体の勢力は大きな役割を果たしたのだが、ISが弱体化した代わりにクルドが勢いづいたとあって、この地域への米国の関与は波風を立たせ続けている。

 クルドが独立して国家を作ることができたとして、その国家がクルドの理想の国になる保証はない。クルドの中にも様々な対立がある。同一民族で国家を形成しても、民意を可能な限り反映させた政府を形成するためには民主主義(自由選挙)が必須で、自由選挙を行うならば様々な対立が露呈してくる。ただし、主権者意識を人々は強く持つことができる。

 ユーゴスラビアという国家があった。南スラブ人という大きな民族の物語に統一の根拠と正当性を求めたのだが、社会主義の実験の失敗もあり、南スラブ人という大きな民族の物語の中で、セルビアやクロアチアなど様々な対立が先鋭化し、分裂に向かうしかなかった。民族という物語だけはで国家の求心力を保つことに限界がある。

 クルドの国家形成は、欧州諸国による中東の植民地支配の残渣を浮かび上がらせ、各国の国境(欧州の植民地の境界)を書き直すことにつながる可能性がある。ただ、国家を形成する動機(民族であろうと理念であろうと)が正しければ結果も正しいものになるという保証は何もない。

2017年9月20日水曜日

偶発的な危機

 北朝鮮の挑発が止まらない。なぜ挑発を繰り返すのか。その狙いについて様々な解釈があり、米国との直接交渉を求めているとの見方が多かったが、米国の反応を試し、出方を探っている段階はとうに過ぎた気配で、むしろ、急ピッチで実施されるミサイル発射は、技術開発を急いでいるだけとしか見えない。

 国連安保理の制裁決議に反発しているとの見方もあるが、制裁決議は回を重ねるごとに強化されていくので、挑発行為を繰り返すことは更なる制裁決議を招く。北朝鮮に対する国際批判が高まると、対米牽制に北朝鮮を利用する中露の戦略に制約が増すだろうから、制裁決議の実効が高まる可能性がある。制裁決議に北朝鮮は反発しているだろうが、新たな挑発の動機になるか疑問が残る。

 制裁決議に反発していると見られることは北朝鮮にとって好都合かもしれない。何をするか判らないと各国から警戒され、さらに恐れられるようになったなら北朝鮮は笑いが止まらないだろう。米国ばかりか国連相手に互角にやりあう「強国」になったとの満足感を北朝鮮は持ったかもしれない。

 挑発ではなく、核と長距離ミサイルの実戦配備を急いでいるとの見方も有力だ。米国を直接に攻撃できる核搭載ミサイルの技術開発が急進展したのなら、米国に交渉を求めるよりも、核搭載ミサイルを実戦配備するほうを優先させるだろう。挑発ではなく技術開発を急いでいるなら、他国や国連が何と言おうと、従うはずもない。

 北朝鮮の一連の行動を挑発と見ると、合理的な判断を北朝鮮は行うことができるのかとの懸念が膨らむが、核搭載ミサイルの技術開発を急いでいると見るなら、彼ら流の合理的な判断だろうと理解はできる。だが、核搭載ミサイルを実戦配備した後に北朝鮮が米国や国際社会に対して、どのように振る舞うかと想像すると、新たな懸念が生じる。

 北朝鮮の乱暴で一方的な言い分を何度も聞かされると、交渉(外交)の余地がある国なのかとの疑問が生じる。核搭載ミサイルを実戦配備した北朝鮮が、それから米国などとの交渉に応じたとしても、さらに強硬姿勢になり、一方的な主張を貫くだろうことは想像に難くない。そんな北朝鮮との交渉で米国などが得られるものは、「強国」北朝鮮との共存か、緊張関係の持続であろう。

 挑発でなかったとしても、北朝鮮のミサイル発射に伴う現実的な危険性がある。北朝鮮は大気圏再突入に関わる技術を確立しておらず、弾頭は壊れているとか燃え尽きているとの見方もあるが、耐熱性を高めた弾頭や破片が落下して、船舶や航空機と衝突する可能性は、非常に低いだろうがゼロではない。そうした船舶や航空機が米国に関係するものだった場合、米国が「懲罰」に動く可能性はゼロではないだろう。

 さらに、北朝鮮のミサイルが日本の船舶や航空機と衝突したり、日本の領域に破片などが落下して人的被害が生じたなら、世論は一気に強硬論に変わる可能性がある。情緒に支えられて理想を謳うだけの平和論と護憲論は、世論が強硬論に一気に傾いた時には無力だろう。北朝鮮のミサイルの破片が日本の戦後平和論の息の根をとめるかもしれない。

2017年9月16日土曜日

赤いカラス

 ある人物(A)が「赤いカラスを見た」と言った。他には誰も赤いカラスを見た人はおらず、見たとAだけが言っている。この場合の事実とは、Aが「赤いカラスを見た」と言ったことであり、赤いカラスの存在が事実であるとは確認されていない。しかし、マスメディアがAの言ったことを報じるなら、赤いカラスの存在が事実であると受け止める人が出てくる。

 このAが、例えば、大学教授だったり高級官僚だったり有名企業の役員だったり弁護士だったり、社会的に信用があるだろう地位にいる人物なら、虚偽を言うはずがないと大方の人は受け止めるかもしれない(虚偽と判明すれば地位に関わってくる可能性がある)。

 さらに、マスメディアが報じることでAの発言の信憑性が増す。マスメディアは事実確認をしてから報じると見なされているので、Aが言った内容を確認したからマスメディアが報じたと受け止める人もいよう。マスメディアが確認した事実は、Aが確かに発言していたことだけだったとしても、Aの発言の内容に信憑性があるからマスメディアが報じたと見られる。

 失言を批判するなら、その人物が発言していたことだけを確認すればいいだろうし、発言の内容をマスメディアが肯定していないとも受け止められよう。だが、「赤いカラスを見た」類の発言を報じることは、そのニュース価値が高いとの判断とともに、発言の内容をもマスメディアが保証することになりかねない。

 「赤いカラスを見た」とAが言ったとマスメディアに取り上げられると、「赤いカラスなど、いるわけがない」との関係者の反応が続いて取り上げられたりする。赤いカラスが存在しても存在しなくてもマスメディアは報じるので、赤いカラスの存在が事実であるかどうかからマスメディアは距離を置くのだが、それを誰もが理解しているわけではない。

 人間の身近で生息するカラスに赤い個体が存在しているのなら大発見であり、存在が確認されたのなら、マスメディアが報じる価値があろう。しかし、赤いカラスを見たと言うAがいるが、他には誰も見たことがないなら、事実は確認されていないという位置付けになる。マスメディアが音頭をとって、「赤いカラスを探せ」キャンペーンでも行うか。

 「赤いカラスを見た」と組織や団体、機関などが主張し、他の組織や団体、機関などが「赤いカラスなど、いるわけがない」と否定することもある。こういう時にマスメディアは、「赤いカラスを見た」と主張する組織や団体、機関があるとの事実を報じたり報じなかったり、対応は様々だ。組織や団体、機関とマスメディアの親密度が影響するのだろう。

2017年9月13日水曜日

多次元世界

 物質とは何かを人間は考え、探ってきた。そして原子の存在を知り、さらに原子は陽子や中性子、電子でできているが、それらは更に小さな素粒子でできていると知った。素粒子は粒子と波の双方の性質を併せ持つもので、大きさを持たない「点」のようなものと考えられてきたが、長さがあるが幅も質量もない「弦」のようなものとの考えが有力になってきた。

 物質とは何かを考えて行き着いたのが、素粒子の世界では、大きさのない「点」であったり、幅のない「弦」であったりする理論。実在するのが物質だと考えていたのに、探っていくほどに実在が揺らぐ。人間も物質であるが、ミクロの世界では実在が揺らいでいるのだとすれば、人間の存在も素粒子レベルでは実在すると断言できないのかもしれない。

 日常生活では物質の実在は確かなものと感じられるのに、素粒子の世界になると実在が揺らぐ。そんな理論が許容されるのは、物質とエネルギーは等価で変換可能であるからか(E=mc²)。ミクロの世界ではエネルギーと質量は変換を繰り返す流動的な状態にあり、混在しているのかもしれない。

 素粒子が弦のようなものと考える理論では、弦は凄まじい勢いで振動し、その振動の状態によって物理的性質が異なり、様々な素粒子になるのだという。物質の根源は振動(エネルギー)だとの考えは、素人には不思議だが興味深くもある。人間も無数の弦の振動により形成されているのだとすれば、実在という概念自体が変容を迫られる。

 さらに弦の振動の状況は多様で、3次元では説明できず、9次元の空間を弦は自由に振動しているという。この世界は3次元で縦・横・高さの方向で空間が構成され、そこに時間が空間の構成要素として加わったのが4次元とされるが、5次元がどのような空間なのか定かではなく、9次元がどのような構成要素で成り立つ空間なのかも不明だ。

 4次元を構成する時間は、この世界で認識できる。5次元以上の多次元世界も、この世界で認識できる要素を空間の構成要素にしていると仮定するなら、例えば、エネルギーを空間の構成要素に加えた世界を5次元と想像できる。3次元における実在は空間を質量が占めることだが、5次元での実在とは、物質であってもエネルギーであっても形態を問わないだろう。

 この世界には重力・電磁気力・強い力・弱い力の4種類の力があるといい、力を伝える粒子(素粒子)があると考えられているが、それらは検出されていない。それぞれの力も空間の構成要素になり得るとすれば、9次元までの世界が想像できる。といっても、力が構成要素になる空間とはどんな世界か、素人には見当もつかないが。

2017年9月9日土曜日

政権を崩壊させた後が大変

 米トランプ大統領は、アフガニスタンへの米国の関与を継続し、米軍部隊を増派することを発表した。増派の規模は明らかではない。最も多い時には約10万人の米兵が投入され、戦争終結を目指した前オバマ政権は5500人に減らすことを目指したものの実行できず、米史上最長とされるアフガニスタンでの戦闘は続く。

 2001年に米軍主体のNATOはアフガニスタンで戦闘を開始し、タリバン政権を崩壊させたが、タリバンなどの抵抗は続き、治安は回復していない。米兵の死者は2400人以上で2万人以上が負傷、戦費以外にアフガニスタンの治安維持などのために米国は1000億ドル以上を注ぎ込んだが、米国はアフガニスタンから「抜け出す」ことができない。

 アフガニスタンの次に米国はイラクで2003年に戦争を始め、サダム・フセイン政権を崩壊させたが、新政府が成立した後も様々な勢力による武力攻撃が各地で続き、米軍は撤兵するわけにいかず多国籍軍として駐留を続けざるを得なかった。米軍はイラクから2011年に完全撤退したが、米兵の死者は4000人以上になった。

 アフガニスタンでもイラクでも米国は圧倒的な武力により当時の政権を打倒することはできたが、同時に長期間の治安の崩壊をもたらした。欧州諸国の植民地支配の境界を国境として誕生した一種の人工的な国家だったこともあって、強権支配の政府が崩壊すると、残されたのは混乱であり、一つの国家としてまとまる必然性の希薄さが露呈した。

 さて、米軍の圧倒的な武力によって北朝鮮で金一族の支配が崩壊した後は、どのような状況になるのだろうか(どのような混乱がもたらされるのか)。低レベルではあっても自律的な経済が回っているのならともかく、配給がメインだったなら金一族政権の崩壊とともに配給システムは機能しなくなるだろうから、悲惨な状況になる可能性がある。

 金一族の支配が崩壊した後に治安はどうなるか。金一族への忠誠のほかに北朝鮮という国家を支える原理があるなら、新政権の成立とともに新たな道に踏み出すだろうが、金一族への忠誠(と強制)のみが北朝鮮をまとめていたなら、金一族の支配の崩壊は国家の崩壊になる。金一族への忠誠が米国への復讐心に変化して人々の抵抗が続く可能性もあるが、強制が解かれても忠誠が続くかどうかは疑わしい。

 金一族支配が崩壊すれば北朝鮮は韓国に併合されるという見方が有力だが、韓国だけで治安維持から復興まで全て成し遂げる能力があり、また意欲があるかは疑わしく、米軍の駐留は続けざるを得ないだろう。アフガニスタンやイラクで「抜ける」ことの難しさを痛感しただろう米国は、金一族支配を崩壊させた後の負担を考えると、北朝鮮に対する武力行使には慎重にならざるを得まい。

2017年9月6日水曜日

ディープ・ラーニングと言論統制

 囲碁でAI「アルファ碁」が韓国のトッププロ棋士に勝ったことで、ディープ・ラーニングを駆使したAIの可能性が現実的で大きいと知られるようになった。囲碁は19×19路の桝目に交互に一手ずつ置いて闘うゲームだが、状況変化が多く複雑すぎるのでコンピュータの演算処理が膨大になり、人間と互角に戦うソフトが誕生するのは当分先だと見られていた。

 ディープ・ラーニングとは、大量のデータをコンピューターが自力で分析し、学習して能力を拡大させていく技術。人間に与えられた指示に従ってコンピューターが能力を拡大する機械学習よりも進んだ段階の技術。ビッグ・データとディープ・ラーニングを組み合わせれば多くの分野でAIが実用的なツールになると期待が一気に高まった。

 AIとディープ・ラーニングの可能性を知らしめたニュースが中国からも伝わった。ネット大手企業が提供するAI対話プログラムで、ユーザーが「共産党万歳」と書いたらAIは「かくも腐敗して無能な政治にあなたは万歳ができるのか」と返答し、「あなた(AI)にとって中国の夢は何か」と問われた時には「米国への移住」、共産党を「愛しているか」と聞かれると「愛してない」と答えたそうだ。

 世界との接続が制限されている中国のネットで対話プログラムのAIはおそらく大量の中国人の書き込みを学習したのだろうから、AIの返答は中国のネットユーザーの少なからぬ意見を学習して反映したものだろう。しかし、1党独裁体制の中国では人間はもちろん、AIにも自由な言論は認められない。

 AI対話プログラムに関わった中国の人たちが大慌てしただろうことは想像に難くない。AI対話サービスは停止され、報道によると、開発者サイトなどで「共産党は好きか」と質問すると「話題を変えませんか」と答え、「あなたの中国夢は何」には「こんなことを話すのが好きなのか」と返し、「中国が好きか」と聞くと「今、人生について考えている」とはぐらかすようになっているとか。

 政治について語らず、権力批判と受け取られるような言葉は封印するという独裁体制下の中国での処世術をAIは学び始めているらしい。コンピューターに任せてディープ・ラーニングさせるとAIは正直に世論を学習するが、特定の方向の学習以外は許さないと「再教育」すると、AIは従う。なるほど、AIは人間にかなり近くなっているようだ。

 中国では膨大なネットの書き込みの中から不都合なものを人力で削除しているというが、「正しい」学習をしたAIなら検閲に大活躍しそうだ。AIはまだ人間の判断に従うと判明したことは何やらホッとさせるが、検閲など社会の統制にAIは向いていそうで、中国などではAIが活用されていくだろうと想像すると、AIが活用する将来の社会が単純に素晴らしい夢の社会だとはいえない。

2017年9月2日土曜日

Jアラートの緊急警報

 北朝鮮が8月29日午前5時58分、中距離弾道ミサイルを順安(平城近郊)から発射した。ミサイルは6時6〜7分に北海道の上空を通過し、6時12分に襟裳岬東方約1180kmの太平洋に落下した。ミサイルの飛距離は約2700km、到達高度は550km、飛行時間は14分ほどだった。

 5月に発射された時には、高度約2100㎞に達したロフテッド軌道で飛距離を抑えて発射されたが、今回は550km。報道によると、高度550㎞は低い高度だと軍事専門家は見ている(2700㎞飛行する場合、通常は高度700㎞に達するという)。北朝鮮が意図的に高度を抑えて発射したのか、何らかの不具合があったのかは不明だ。

 今回、平壌近郊で午前5時58分に発射されたミサイルが、北海道の上空を通過したのは午前6時6〜7分。発射から8〜9分しかかかっていない。北朝鮮が既に実戦配備している、日本を射程に収める中距離ミサイルはもっと低い高度を飛行するだろうが、おそらく10分程度で日本に到達するだろう。

 Jアラート(全国瞬時警報システム)は午前6時2分に「北朝鮮からミサイルが発射された模様」、同14分に「上空を通過した模様」と緊急警報を発し、エムネット(緊急情報ネットワーク)は同16分に「6時6分ごろ北海道地方から太平洋へ通過した模様」、同29分に「ミサイルは3つに分離し、6時12分ごろ、襟裳岬東方の太平洋上に落下したとみられる」と発信した。

 北朝鮮の弾道ミサイル発射から4分後にJアラートは緊急警報を発していたのだから、注意を喚起するという意味では有効だったといえようが、日本を直接に狙うミサイルが発射された場合、数分後にミサイルが着弾すると知らされたところで人々の対応は限られる。

 地震なら直前に警報を与えられることで、家具の倒壊や落下物から身を守るなどの行動をとることができるだろうが、ミサイルの落下に対して個人が、どこまで身を守ることができるか定かではない。数分前であっても警報はあったほうがいいかもしれないが、個人の生死は運次第であることは変わらないように見える。

 今回のJアラートがミサイル発射の直後に警報を発したことは、北朝鮮に向けての警報でもある。平壌近郊のミサイル発射を瞬時に察知する情報収集能力を日本(米国?)が整えたことを明らかにし、それは軍事的に、北朝鮮がミサイルを発射したなら即座に反撃できることを意味する。わざわざ情報収集能力を明らかにしたのは、おそらく米軍が態勢を整えていることをも示唆しているだろう。