2024年1月31日水曜日

情報と付加価値

  昨年、一般紙とスポーツ紙を合わせた発行部数が合計2859万486部となり、3000万部を割り込んだ(2023年10月現在。新聞協会調べ)。前年の3084万部6631部から225万6145部も減り、減少幅は過去最大の前年比7.3%減だった。2000年には5370万8831部だったので、44.9%減とほぼ半減した。

 一般紙の発行部数は2022年に2869万4915部ですでに3000万部を割っていたが、昨年は2667万4129部で前年比7.0%減と減少に歯止めがかからない。スポーツ紙は前年比10.9%減の191万6357部と200万部を割った。2000年に630万7162部を発行していたので、ほぼ3分の1にまで減少し、「紙の新聞離れ」がスポーツ紙でも顕著であることを示した。

 2000年には4741万9905世帯で1世帯当たり部数は1.13部だったが、2008年に0.98部と1部を割り、昨年は0.49部で0.5部を割った。昨年の世帯数は5849万3428と2000年に比べ世帯数は1千万以上増えているのだが、それが宅配部数の増加に結びつかず、紙の新聞に対する需要は減り続けている。

 国内における需要が減少し続けている状況に直面した企業は、製造業や小売業などなら海外市場の開拓に取り組むだろうが、英語マーケットに出て行って欧米勢と勝負できる新聞社は日本にはないだろう。それに、世界でも紙の新聞の需要が減少していることを考えると、国内で生き残り策を考えるしかない。

 紙の新聞には、一般紙なら国内外の出来事を伝える記事を中心に解説記事や論評、生活に役立つ記事、寄稿など多種多様な文章がびっしり掲載されている。1面から社会面まで一通り見るだけで時間を要するが、それが情報獲得の窓口であった時代は過去のものになった。自分が欲する情報だけをスマホなどでいつでも得ることができる時代に、紙の新聞による情報提供には付加価値が求められる。

 その付加価値を新聞社は、調査報道や記事の論評・解説を充実させたり、生活情報を増やすことなどに求めるが、そもそも紙の新聞を手に取ってもらえなければ、どんなに充実した紙面を作っても人々に伝わらない。縮小する需要に合わせて新聞社が生き延びていくためには、インターネットの世界で地歩を固めるしかないが、低い収益性に阻まれて斬新な情報提供サイトを構築できないでいるのが現状だ。

 ※新聞協会の発表によると、減少幅が最も大きいのは大阪で9.8%減。次いで近畿(9.6%減)、東京(8.4%減)、九州(8.3%減)と続き、北海道は7.4%減、四国7.3%減、関東6.8%減。中部は6.6%減、中国6.5%減、沖縄4.8%減、北陸4.7%減、東北4.5%減。

2024年1月27日土曜日

自然災害とEV

 1月中旬から全米を寒波が襲い、カナダ国境沿いのモンタナ州では過去最低のマイナス45度を記録、比較的温暖な西部や南部でも氷点下の気温となり、インディアナ州で積雪が約1mに達し、フロリダ州でも降雪があった。全米で凍結による交通事故が多発し、空港の滑走路面の凍結により大量のフライト欠航や遅延が続くなど交通網の混乱が広がった。凍死や交通事故などで80人以上が死亡したという。

 この寒波で話題になったのが、シカゴ市外のEV充電所で立ち往生するEVが多発したことだ。低温のためにバッテリー充電が正常に機能せず、充電に時間が長くかかるとともに、電力を要する暖房を使えなくなったので、レッカー車でけん引されるテスラ車が相次いだと報じられた。「極端な気象条件における電気自動車のぜい弱性を浮き彫りにした」とロイター通信。

 テスラの充電施設「スーパーチャージャー」でEVを接続しても充電できない問題が発生したのは、「氷点下ではバッテリーの正極と負極の化学反応が遅くなり、充電が困難になる」「バッテリーで駆動するEVを非常に寒い環境で作動させるのはかなり難しい。寒くなるとバッテリーを急速充電することができないが、物理的に解決できる方法はない」と専門家の解説。

 EV普及率が高い北欧ノルウェーでは所有者のほぼ9割が自宅に充電設備を備えるほか、全国に充電所を増やすなどEVインフラ整備を進めている。米では寒波の中、「スーパーチャージャー」には多くのテスラ車が集まり、充電器に接続するために数時間待たされ、接続できてバッテリーが機能したとしても時間がかかる状況だった。

 EVは充電が切れると動かない。大きな地震が起きると停電になる。停電した被災地で充電が切れたEVは暖房を使えないので季節によっては車中泊にも使えまい。集中豪雨や台風などの自然災害でも架線の切断により地域的に停電することがある。自然災害が多い日本でEVへの転換を進めると、そのツケはEV所有者に回ってくる。

 自然災害は世界各地でも多発しているとともにEVの普及を国策として推進している国も多いので、自然災害に弱いEVの事例がこれから増えそうだ。気候変動論によると今後、気候の不安定さは増加しそうなので強い寒波に襲われる地域が世界で増えるかもしれない。環境に良いというEVの実用面での弱点についての検証が低調だが、それは欧州などの政府が強引に進める気候変動論の邪魔になるためかなどと邪推したくなる。

 米コンシューマー・リポート誌は、米国内の33万台以上のデータから「EVはガソリン車よりも問題が79%多い」「EVはまだ主力車種としては発展途上だ」とし、テスラは車体や塗装や内装などに問題を抱え、他メーカーのEVは駆動装置やバッテリー、充電の問題の発生率が高かったとした。EVトラックでは被災地に救援物質を届けることは簡単ではないだろう。気候変動で異常気象が増えるのなら、信頼できる移動手段が存在し続けることは重要だ。

2024年1月24日水曜日

群れるから無力に

 「衆を頼む」とは、多くの人数を集めて数の力で要求を実現させたりすることだ。人々によるデモや署名集めなども多数による要求行動だが、「衆を頼む」は数の力で圧力をかけたり強引に何かを実現させたりする人々の行為を批判的に見るときに使われる言葉だ。選挙などで制度化されている多数派の行動に対して「衆を頼む」の言葉は使われない。

 衆を頼むのは、個人ではできないことを数の圧力で強引に通そうとするからだ。個人は非力だが、そうした個人が多数集まると何とかできるようになる…かもしれず、多人数による圧力の効果を期待する。非力な個人の力を1とすると、非力な個人が15人集まると力は15になり、個人で10の力を持つ人をも圧倒できるとの発想だ。

 衆を頼むのは、「衆寡敵せず」と多数が少数を圧倒するから群れて多数を形成するのだろうし、「衆知を集める」と多数が集まれば何か優れた見解や知恵、策略などが出てくると期待するからかもしれないが、イワシがいくら群れてもマグロなど大型魚に襲われて喰われる。「 大功を成す者は衆に謀らず」とは、大きな事業を成し遂げる人物は周囲の意見を聞いたり相談したりせず自分の判断によって事を行うことだが、そういう人物は群れたりしないだろう。

 派閥とは、出身・縁故・信条・利害・政治的な主張などで結びついた人々が形成する私的な小集団のことで、政治的な派閥は権力を集団で私的に把握することを目指す。自民党内の派閥が裏金づくりの温床になっていたことが明らかになり、政治資金だとされる裏金の使途は不明で、私的に使われていた疑いも浮上し、複数の派閥が解散を表明せざるを得なくなった。

 自民党内の派閥に属する議員から、派閥は政策集団だとの主張も聞こえるが、各派閥の政策にどれほどの違いがあるのか具体的には示されない。自民党内の派閥は党の総裁選のための人数集めを目的に形成され、有力政治家とそれに従属する「子分」から成り立ち、閣僚ポストや役職、資金などの配分を行う。「子分」を立派な人材に育てるためにも機能しているとの主張もあるが、その当否は不明だ。

 「人は無力だから群れるのではない。群れるから無力なのだ」とは竹中労さんの言葉で、「組織を持たぬということは、孤立することではない」、団結の神話に決別して「自由かつ平等な個々人に解体を遂げよ」「メダカやイワシのようには群れるな」などのメッセージも残した(『ルポライター事始』)。「人は弱いから群れるのではない 群れるから弱くなるのだ」は寺山修司の言葉。

 なぜ自民党の議員は群れるのか。選挙で当選するために地盤(後援会)・看板(肩書きや知名度)・鞄(資金力)が必要とされ、派閥に属することが選挙に有利だからだろうが、大臣や首相を目指さず単独で選挙を闘うことができるなら、派閥に属さずとも政治活動を行うことができよう。原稿なしで20分間、自分の政策をぶっつけ本番で演説するほどの力量がなく、原稿無しのガチでの政治討論に臨む能力もない議員なら、どこかの派閥に属するしかないかな。

2024年1月20日土曜日

8000万人

 日本の人口が減少に転じ、国内市場が縮小するため企業の売り上げは減るなど経済活動の停滞が予想され、インフラ整備や年金、社会保障などの社会システムの維持にも支障をきたし、人口減少が先行する地方では消滅する自治体が相次ぐなどと騒がれ始めて久しい。だが、想定される縮小する日本に対する有効な即効性がある対策は希薄な気配だ。

 昨年末に国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の地域別将来推計人口」では、①11県で2020年比で2050年の人口が30%以上減少する、②25道県では2050年に65歳以上人口割合が40%を超える、③2050年の人口が2020年の半数未満となる市区町村は約20%に達する、④2050年には65歳以上人口が総人口の半数以上を占める市区町村が30%を超え、2050年の65歳以上人口が2020年を下回る市区町村は約70%に達する、④2050年の0〜14歳人口は99%の市区町村で2020年を下回るーとした。

 2050年の人口は東京都を除いた全ての道府県が2020年を下回り、2050年の人口が2020年より減少する市区町村数は1651(政令指定都市を1市としてカウントした1728市区町村数の95.5%)。うち0〜3割減少するのが605(同35.0%)、3〜5割減少が705(同40.8%)、5割以上減少が341(同19.7%)とする。 65歳以上人口割合が各地で増える一方、2020年比で2050年の0〜14歳人口が減少する市区町村数は1711(同99.0%)とほぼ全国だ。

 民間の人口戦略会議は1月、長期の人口戦略などをまとめた提言書を公表した。2100年に8000万人で人口が定常化することを目標に、人口減少の流れを変えることや、現在より小さい人口規模でも多様性に富んだ成長力のある社会を構築する戦略などを提案した。人口減少のスピードを緩和させ、最終的に人口を安定させることを目標とする定常化戦略では、合計特殊出生率2.07を2060年に達成するとし、そのために▽若者の雇用改善▽女性の就労促進▽総合的な子育て支援制度の構築―などを行うべきとした。

 現在より小さい人口規模でも多様性に富んだ成長力のある社会を構築する強靭化戦略では、生産性の低い産業の改革や人への投資の強化が重要だとし、▽人への投資の強化▽人口減少地域で医療・介護、交通・物流、エネルギー、教育などのサービスの質的強靭化と持続性向上▽日本での活躍が世界での活躍に直結するようなイノベーション環境の整備ーなどを論点として挙げた。

 報道によると、人口戦略会議議長の三村明夫氏は「政府も民間も危機意識を十分持っていなかった。2100年までに『これ以上減らない』という人口状況が必要だ。人口減少のスピードをとめるのが我々の責任だ」とし、副議長の増田寛也氏は「この数字が達成できなければ社会保障などは完全に破綻する。地域のインフラの維持も難しくなり、様々な場面で選択肢が狭められる社会になっていく」と述べた。

 「このままでは悪い状況になる」との悲観的な将来予測は珍しいものではないが、具体的かつ強制的な対策に結びついた代表例は気候変動をめぐる世界的な動きだ。一方、日本の人口減少については、過去の「産めよ増やせよ」政策の反省もあってか、子供を産むのは個人が決めることとの原則に国策として介入はできず、子育て環境を整備するとともに子育て世代の収入増を図るなどの対策に限られよう。

 合計特殊出生率は2.00を下回った1975年(昭50)以降、低下傾向が続いている。人口は敗戦後に急増して1950年(昭25)に8400万人、1967年(昭42)に1億人を超えたが、減少傾向に転じた。人口減少の一方、日本の国家財政は膨張に歯止めがかからず、赤字国債頼みの状態が続いている。2100年に8000万人で人口が定常化したとしても、赤字国債頼みの財政が維持できているのか。未来に責任を持たない日本の政治の貧困が見えている。

2024年1月17日水曜日

豊かな奴隷のパラドクス

 近現代において初めて、市民的な自由を伴わずに、専制支配下で総じて人々が豊かになったのが中国だ。中世のころの中国は産業が発展して栄えていて、当時の中国は欧州よりも経済が発展していたとされる。だが、その後は停滞が長く続き、自力での産業革命はなされず、自由を求める人々による市民革命もなかった。

 中世において王侯貴族の支配下で繁栄した国はあったが、支配下にある大多数の人々が豊かであったとはいえない。だが人々は支配されて貧しいままに置かれることに不満を持ち、やがてフランス革命などにつながり、社会を改革して社会の主人が人々である体制を実現した。それが自由な経済活動を刺激し、経済の発展につながった国もある。

 王侯貴族の専制支配を覆して主権を人々が確保した近現代では、「経済は資本主義、政治は民主主義」に移行した欧州の国々がまず繁栄した。ドイツや日本など全体主義や専制支配の国々は争いに敗れて、「経済は資本主義、政治は民主主義」へと移行した。近現代において多くの人々が豊かさを享受したのは「経済は資本主義、政治は民主主義」体制の諸国であった。

 個人の自由と豊かさを実現したのが、民主主義であり資本主義であった。国家の主権者となった人々が、自由を求めることを保証するシステムが民主主義であり、人権が保証されて個人が自由を求めることが確保された。また、資本主義的な自由のなかで個人が豊かさを求めることが社会的に制度化された。

 現代の中国は国家統制の手綱を維持しながら資本主義経済に移行して、外国資本の投資を呼び込み、最新の技術も外国から導入し、膨大な低賃金労働者を活用して産業を発展させ、世界的な輸出基地となり、目覚ましい経済発展を遂げた。総じて国民は豊かになったが、国内での貧富の格差は相当あると言われる(これは欧米諸国も同様なので、制約を少なくすると資本主義は強者の総取りに向かうのだろう)。

 総じて人々が豊かになった中国では個人の自由は制限されている。自由を求める人々が存在することは、厳しい統制にもかかわらず時折伝えられる人々の抗議行動から察することができるが、それが改革につながることはなく、封じ込められる。中国社会の主人を政府(=共産党)とすると、人々は豊かになった奴隷とも映る。自由を求めない奴隷というパラドクスは豊かさに担保される。

 資本主義と民主主義が近代国家の基本という西欧由来の国家観を中国は覆した。豊かさがあれば人々は自由が制限されても、おとなしく政府に従うのであれば、民主主義は必要ではなく、「政治は専制支配、経済は資本主義」でいいとなる。個人が自由と豊かさを求め、それを制度として保証するという西欧型の近代国家像を中国は打ち砕いた。経済発展が遅れていて民主主義が定着していない国々にとっては中国型の発展モデルは現実的なものと映るだろう。

2024年1月13日土曜日

外れる地震予測

  政府の地震調査研究推進本部は全国地震動予測地図を公開している。最新は2020年版で、全国の各地点が、どの程度の確率でどの程度揺れるのかをまとめて計算し、その分布を示したのが確率論的地震動予測地図。これは、今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を示した地図だが、能登半島は0.1%未満とされている。

 その能登半島の北部を震源域とするM7.6の地震が24年1月1日に発生し、最大震度7だったが、震度5強などの余震が続発し、死者数は200人を超え、崖崩れや亀裂などで道路網は寸断され、家屋の倒壊なども多く、電気・ガス・水道などの復旧は遅れ、孤立集落が点在し、被害の全容はなお明らかではない。

 2020年版での確率論的地震動予測地図では、北海道南東部や関東から四国までの太平洋側などが今後30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率26%以上とされた。「日本国内で相対的に確率が低い地域でも、油断は禁物」「今後の調査によって過去の地震や活断層の存在が明らかにされ、確率が上がる可能性があるなど、地震動予測地図には不確実性が含まれます」との注意書きがあるが、能登半島地震が起きた現在、確率論的地震動予測地図の信憑性は大きく低下した。

 なぜ、大地震の発生を予測できないのに全国地震動予測地図の作成が続けられているのか。その辺りの事情を解き明かす記事が東京新聞に掲載された(1月10日付)。その記事の概要は次のとおり。

▽南海トラフ地震の発生確率が「えこひいき」されるあまり、他地域に油断が生じている。地震調査委員会は、全国地震動予測地図の在り方について抜本的な見直しから逃げてはいけない。

▽予測地図は地震の発生確率を一律に評価し、行政がどこの災害対策を優先すべきかを判断する材料だ。ところが、確率が低い場所でばかり地震が相次ぎ、役割自体が揺らいでいる。

▽地震の発生確率が「一律」に評価されていない。南海トラフ地震の確率「30年以内に70~80%」だけ特別な計算式が使われた。他の地震と同様の計算式だと「20%程度」にまで下がる。特別な計算式の採用に「科学的に問題がある」と反対した地震学者たちの声は、国の委員会で「確率を下げると予算獲得に影響する」などの意見によってかき消された。

▽現在の地震学では正確な予測は不可能で、確率には政治的な要因も絡む。その実情が隠されたまま、南海トラフ沿いや首都圏の高い確率ばかりが注目され、低確率の地域に油断が生じ被害拡大につながったならば、それは「人災」である。

▽予測地図について「確率で色分けしているのだから、全国どこでも地震が起きる可能性があると注釈を入れても低確率地域の受け手が安全宣言と捉えるのはむしろ当然」「高い確度の予測は不可能なのに、南海トラフ沿いや首都圏など確率が高い地域にばかり注目が集まり、防災意識を偏らせる結果となっている」と名古屋大の鷺谷威教授。

▽石川県はこの予測を「石川県の地震リスクは小さい」と企業誘致のPRに活用していたが、専門家は「低確率地域では安全との誤解が生まれて油断を生じさせている」と指摘。

2024年1月10日水曜日

実態は無法地帯

 昨年はロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻、アゼルバイジャンのナゴルノ=カラバフ占領など、支配地拡大を目指す軍事行動が公然と行われた年だった。国連憲章で許される戦争は①侵略された国が行う自衛のための戦争、②国連軍による戦争ーの2つだけだが、安保理はまとまらず、ロシアやイスラエルに対する非難決議さえ出すことができない。

 こうした軍事行動を国連は傍観するだけで無力さを露呈したのだが、都合がいい時には国連を利用し、都合が悪ければ国連を無視する諸国の振る舞いは昨年から始まったことではない。例えば、1999年に米欧で構成するNATOはユーゴスラヴィア空爆を行ったが、国連の決議はなく、国際法や国連憲章を無視した戦闘行為だった。

 民主主義国も権威主義国も、国際社会の安定を軽視する行動を行ってきたことは歴史が示す。自国の利害や時の指導者の意向次第で各国は国際社会で好き勝手に振る舞ってきた。もちろん、そうした行動をとることができるのは軍事的かつ政治的に国際社会で強い位置にいる国々で、例えば、日本などは国際社会で好き勝手に振る舞うことは米国などから「許されていない」ようだ。

 ロシアやイスラエル、さらには中国など自国の利害を優先して行動する国々を米欧は強制力を持って制止することができないことが明確化したのも昨年だった。民主主義など欧米が持ち出す崇高な理念がもはや現実世界において説得力が弱まり、米欧の国際政治における影響力は減退し、欧米に対するグローバルサウス諸国の求心力は後退し、欧米と権威主義諸国とのあからさまな対立が目立つようになり、国際社会は分裂の様相を濃くした。

 軍事行動による支配地拡大などが実質的に容認されるようになった世界で、「それなら我が国も!」と軍事行動によって近隣国と争っている問題の解決を目指したり、支配地拡大に動く国が現れる可能性が少し大きくなったとすると、これから世界の各地で紛争が増えることになる。欧米とロシア・中国の対立が続くなら、国連の無力さは維持されるだろうから、増えた紛争は放置される。

 国際社会は無法地帯である。これまでは国連や国際法などによって一定の秩序が保たれているとのイメージがあったが、ロシアやイスラエル、中国などの行動がそうしたイメージは幻影だと暴いた。それが一過性の動きなのか、世界の構造的な変化が可視化され、世界の実態は無法地帯だとはっきり見えるようになったのか、2024年の世界を見る一つのポイントだろう。

 ※国連憲章は第1条で国際連合の目的の最初に「国際の平和及び安全を維持すること」を掲げる。第2条では「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない」とし、第42条は「安全保障理事会は(中略)国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含む」、第51条は「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には(中略)、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とする。

2024年1月6日土曜日

太陽信仰

 久々に会った友人と一献酌み交わしていたら、ポツリと「朝起きると、窓から東の空に向かって、手をあわせるンだ。太陽が見えることもあれば、雲がうっすらと明るくなっているのが見えるだけのこともあるし、雨降りのこともある。でも、東の空に太陽があるのは確かだから、今日も御守り下さいと太陽を拝むようになった」。



 その友人は東京で勤めていた会社を早期退職して、地方都市の郊外に移り、小さな畑を耕しながら悠々自適の生活を送っている。彼は過去に宗教と関わったことはなく、占いやら言い伝えなどにとらわれることもなく、陰謀論などにも無関心だった。信心深いというタイプではなく、合理主義者といった方がいい人間だ。



 そんな彼が太陽を拝むようになった切っ掛けは、「別にない。なんとなく思いついて、拝んでみたら1日の始まりにメリハリがつくような気がして、それ以来、なんとなく続いている」。拝むようになって何かいいことがあったかと聞くと、「そんなもの、あるはずがない」と笑う。



 彼は、太陽が神ではないことを知っている。太陽が水素の集合体で、核融合してヘリウムになっていることで膨大なエネルギーを放出し、それが地球に光や熱として降り注いでいることも知っている。太陽と同じ恒星が宇宙には無数に存在し、太陽より遥かに巨大な恒星が存在することも知識として理解している。



 古代からの太陽信仰について彼は「調べたことがない」と興味がなく、太陽信仰と関わる天皇制についても、「そんなこと、考えたこともなかった」という。「天皇制のそもそもが太陽信仰とつながっていたとしても、現代の天皇制は、明治維新以降に日本が近代国家の体裁を整えるための道具として再構築されたものだから」と彼は、太陽を拝むことと現在の天皇制には関係がないとする。



 人が仏像を拝むのは、物質として存在する仏像に何らかの神性・仏性を感じたり、期待するためだろうが、神ではないと理解している太陽をなぜ拝むのか。彼は「拝んではいるけれど、信仰ではないんだろうな。太陽の恩恵に感謝するというより、新たな1日を生きることに感謝するという気持ちかもしれない。誰に向かって拝んでもいいンだけど、朝の太陽が何となく、ふさわしい」とおおらかだ。



 彼が住むのは、住宅は増えているがまだ自然が豊富に残っている土地だ。東京から移り住んで4年ほどだが、そんな環境での生活がすっかり気に入っている。「木々が覆う山や薄暗い森の中を歩くと、何かの存在を感じるような気になることがある。八百万の神なんて存在しないだろうが、存在しても構わない。畏怖の念というより、ゆったりした気持ちになる」と彼。



 続けて「神が存在するから信仰が生まれたのではなく、自然の中で生きるうちに信仰心めいた感謝の気持ちを人間が持ったから、その対象としての神が創造されたのではないか」と彼は、原始的な信仰の始まりを推察してみせた。自然が豊かな中で生活することは、想像力なども刺激するようだ。

2024年1月3日水曜日

100年前は1924年

 前年の関東大震災は家屋の全焼が約38万、全壊約8万4000、半壊約9万という甚大な被害をもたらし、その復興・復旧が本格化した1924年(大正13年)。1月には前年9月の震災後に宮城前にできていたテント村が解散した。震災後に女子の洋装が広まり、震災で市電のレールが破損したためアメリカから輸入されたフォードの小型バス(円太郎自動車)が走り始めた。

 前年12月の虎ノ門事件により第二次山本権兵衛内閣が総辞職し、枢密院議長・清浦奎吾を首相に貴族院勢力を基礎とする清浦内閣が1月に成立した。すぐに政友会・憲政会・革新倶楽部は「特権階級内閣だ」として清浦内閣の打倒運動を開始、政党内閣の樹立を目ざす第二次憲政擁護運動が高まり、2月に上野精養軒で護憲全国記者会が開催された。

 清浦内閣は衆議院を解散したが、5月の総選挙で憲政会が第一党になり、護憲三派が絶対多数を獲得し、6月に清浦内閣は総辞職して護憲三派の加藤高明内閣が成立した。7月に衆議院が貴族院制度改正に関する建議案を可決、9月に政府・与党3派の普選連合協議会が普選案大綱を決定した。

 モボ・モガが銀座を闊歩し、夏の簡単復(アッパッパ)が流行したこの年、1月に摂政裕仁・久邇宮良子が結婚式を行い、恩赦で甘粕が減刑された一方、11月13日に難波大助に死刑判決が下され、2日後に死刑が執行された。新潟などの農村で女子の出稼ぎ(女工)が増加し、12月には婦人参政権獲得期成同盟会が結成された。

 3月には全国水平社大会で小学校における差別撤廃決議が採択され、八戸で大火があった5月に沸蘭西現代美術展でロダンの彫刻「接吻」は鑑賞を制限する特別室扱いにせよと警視庁が通告し、フランス外務省が抗議した。7月に全ての計量をメートル法に統一することになったこの年、日比谷公園のバラック商店の営業が禁止され、東京に婦人職業紹介所が設立され、大阪のカフェに初のジャズバンドが登場したり、麻雀が流行したり、男のオールバックが流行した。東京市内の自動車は1万台。

 4月に国民政府建国大綱を発表した孫文は11月に神戸で「王道は徳と正義、覇道は力と策略、日本はアジアの王道の干城となるのか西洋覇道の犬となるのか」と、アジアの王道と西洋の覇道の違いを強調する大アジア主義演説を行った。孫文は12月に北京に入ったが、病魔に侵されていた。3月にイタリア総選挙でファシスタが65%を獲得し、5月にドイツの国会選挙でナチスと共産党が躍進した。

 米国では4月に両院で新移民法が可決され、アジア人の移民が禁止された。中国人の移民はすでに禁止されていたので同法は日本人移民の禁止を意味し、NYで日本国債が急落し、円為替相場も下落した。KKKによる排日運動が激化し、日本では新聞が反米熱をあおるなど親米論が後退し、日本人の移民先はブラジルなどへ移った。6月にはフォードが1000万台目の自動車生産を達成した。

 築地小劇場が創設された日本では帝劇や歌舞伎座が落成し、第8回パリ・オリンピックで三段跳びの織田幹雄が陸上初の6位入賞を果たした。米の排日に反発して米映画の上映反対運動が起き、東京15新聞社が米の排日移民法に反対して共同宣言を発表した。大阪毎日新聞・大阪朝日新聞が100万部を突破し、正力松太郎が読売新聞を買収した。この年に亡くなった有名人にはレーニン、カフカ、松方正義、黒田清輝、アナトール・フランス、プッチーニ、富岡鉄斎らがいる。