体を意識して動かす運動をスポーツとすると、最も手軽なスポーツは散歩だろう。散歩は健康にも精神のリフレッシュにもいいと言われ、誰でも手軽に行うことができる運動だ。歩く速さを競ったりはせず、決められた距離を歩かなくてはならないといった制約もないので競技スポーツとは見なされないが、参加するスポーツとしては最もハードルが低い。
とはいえ、散歩している人の多くはスポーツを行っているとの意識を持っていないかもしれない。歩いて体を動かすことを目的とする散歩もあれば、気ままに歩いて街並みや風景を見ることを楽しむ散歩もあり、犬の運動に付き合う散歩もあり、知人・友人との出会いを楽しむ散歩もあろう。散歩コースなどを走る人もいて、ジョギングを行う人はスポーツとの意識を持っているだろう。
スポーツの定義は「日常の仕事を離れて楽しむ諸種の運動・球技や登山など」(新明解)とか「余暇活動・競技・体力づくりのために行う身体運動/陸上競技・水泳・各種競技・スキー・スケート・登山などの総称」(大辞林)だが、スポーツ庁は「身体を動かすという人間の本源的な欲求に応え、精神的充足をもたらすもの」とし、日々の生活から離れる気晴らしや遊び、楽しみ、休養がスポーツの本質だとする。
世界最大のスポーツの祭典とされる五輪で採用される競技数は増える一方で、1964年の東京大会では19競技163種目だったが、2021年の東京大会では33競技339種目となり、冬季では1972年の札幌大会の6競技35種目が1998年の長野大会では7競技68種目となり、ミラノ・コルティナ大会では8競技116種目と大幅に増えた。スノボやスケボ、サーフィン、クライミング、ブレイキンなど若者らに人気のスポーツや女性選手が参加する競技・種目を増やす一方、長く採用されてきた競技・種目を減らすことには抵抗があり、できない。
五輪は世界最大のスポーツ興行だと見ると、巨額の放映権料やスポンサー料の収入を獲得し続けるには時代の変化や世代の変遷に対応して、新しい競技・種目を採用することが必要だろう。気になるのは、高く飛び上がって複雑な回転技を見せる種目が増えていることだ。観客は喝采し、視聴率を稼ぐことができるかもしれないが、スポーツと曲芸の境目がぼやけ、競技スポーツが「見せ物としてのスポーツ」に偏りつつある。
見せ物としてのスポーツが曲芸化するのは、よりスリリングな芸が求められるからで、やがて五輪はサーカス化するだろう。高く飛び上がる回転技が人気となれば陸上競技などにも取り入れられよう。高く飛び上がる回転技を競う競技は採点競技であり、点数を稼ぐために、もっと高度な回転技が求められ、0.1ポイントを争って選手らは限界に挑戦し続ける。飽食の世界に住む人々は、スリリングな回転技を披露する選手に喝采を送り、事故をも見せ物の一部として楽しむようになるのかもしれない。
誰もが参加できるスポーツである散歩が五輪に採用されることはなく、見せ物としてのスポーツの採用が今後も増えるだろう。誰もが参加できるスポーツは、誰もが体験して楽しめばいいのであるが、観覧する人を多く集める興行の「演目」には地味すぎて訴求力は限られる。だから、高く飛び上がって複雑な回転技を選手が披露する種目が増え、曲芸を楽しむ場へと五輪は変容する。