2021年2月27日土曜日

本屋での出来事

 とある本屋で、声高に話しながら店内を歩いていた夫婦が、立ち読みをしていた若い男性の横に来て、男性の前の棚を物色し始めた。夫婦は男性に声をかけることもなく、棚から本を取ろうと手を伸ばし、男性を少し押すことになった。男性はムッとした様子で、だが、少し横に移動した。



 夫婦は本を棚に戻し、さらに別の本を取ろうと手を伸ばし、また、男性を少し押した。男性は夫婦を睨んだが、夫婦は気付かない様子。男性は、見ていた雑誌を夫婦の前あたりに放るように置き、立ち去ろうとした。それを見て夫婦の夫が「なんだ、おまえ」と声を荒げ、振り返った男性と睨み合いになった。



 男性の声が小さかったので、どんなやり取りだったのかは聞こえなかったが、少しして男性は立ち去り、夫は「ああ、気分が悪い」と繰り返した。妻のほうは「変な人がいるわねえ」などと応えていたが、やがて夫は男性を追うように店の外に出て行った。



 残った妻の横に子供が来て、どうしたのかと聞くと、妻は「いきなり本を投げたのよ」と言い、「変な人も、いるわねえ」、さらには「立ち読みなんかしないで、買えばいいのに」と繰り返した。戻って来ない夫の後を追うこともなく、妻と子供は店内の別の場所に移動して本を見ていたが、何かを買うこともなく、やがて店外に出て行った。



 端から見ていると、体がぶつかったり、押したりしたほうが一声かけていれば何事もなかったであろう出来事だが、そうした“マナー”が欠如している人々は、自分の振る舞い方に気付かないのだろう。そして、いきなり何かをされたと言い出して被害者感情を持ち、「変な人」がいたと言い、挙げ句に「立ち読みせずに買えばいいのに」などと相手への批判を高める。



 本屋で客同士が、押した・押すな云々で言い合っているのを見るのは、そう珍しいことではない。一方、頑として動こうとしない人もいて、声をかけても、睨み返され、動かない。通り抜ける時など、そんな相手とうっかり体が触れたりすると、“戦闘開始”にもなりかねない雰囲気だったりするので、余計な気を使うことにもなる。



 本屋は不思議な空間だ。文化的な香りを漂わせているが、社交的な場との雰囲気は薄い。立ち読みだけの客も多く、彼らは個に籠ったままでいることもできる。そんな彼らが、意図せぬ他人との接触で、いきなり個でいることを中断され、個の世界から引き出されたことに戸惑い、不快感全開でやり合ったりする。端から見ている分には面白い空間だが。



2021年2月24日水曜日

超新星爆発はいつ?

 オリオン座の赤色超巨星べテルギウスは、いつ超新星爆発を起こしてもおかしくないとされてきたが、東京大学などの国際共同研究チームは明るさの変化を分析し、べテルギウスがまだ爆発する状態にはなく、超新星爆発は10万年以上先だとした。現在生きている人々が超新星爆発を見ることができるとの期待は遠のいた。

 研究は、べテルギウスの中心部でのヘリウム燃焼段階が、爆発が起こる10万年以上前の状態であるとした。また、べテルギウスの質量や半径が従来考えられていた値より小さいことや、地球からべテルギウスまでの距離は従来考えられていたよりも25%近いことも明らかにした。べテルギウスの現在の質量は太陽質量の16.5倍から19倍ほどで、半径は太陽半径の750倍、べテルギウスまでの距離は地球から530光年。

 実際よりもべテルギウスが遥か遠くにあると推定し、遠くにあるのに非常に明るいから巨大であり、中心部での核融合反応が鉄を融合させて次の段階に進んでいると考えて超新星爆発がすぐにでも起きるか、既に起きたと従来考えられてきた。近くにある発光体を遠くにあるとみなすと、発光体の大きさなどを過大に見積もるのは当然か。

 超新星爆発は一つの銀河で100年に1個ほどの割合で起きるとされ、べテルギウスが超新星爆発を起こすと地球からは半月と同じくらいの明るさになり、日中でも見えるほどだとされた。超新星爆発といえば、かに星雲。1054年に起きた超新星爆発の出現は藤原定家の日記「明月記」をはじめ中国などにも記録が残っており、超新星爆発の噴出物などは今でも膨張を続けていることが観察されている。

 太陽質量の8倍以上の恒星では中心核でヘリウムから鉄までを核融合で合成するが、鉄の核融合に至るとエネルギーが吸収されるようになるため、中心部から放出されるエネルギーよりも重力が優って恒星の表面が中心部に向かって一気に落ち込むと共に激しい爆発現象となる。これが超新星爆発。この時の莫大なエネルギーにより核融合が次々に起こり、ウランまでの元素が作られる(『ミクロの窓から宇宙をさぐる』藤田貢崇)。

 この宇宙には大小様々な銀河が2000億個あるとされたが、2兆個以上あるとの推定もあり、宇宙では超新星爆発は珍しい現象ではない。だが、人間の寿命と地球から肉眼で見ることができるとの条件では、超新星爆発を見ることは極めて稀なことだ。今回の研究チームのメンバーは「べテルギウスの超新星爆発は、残念ながら今生きている私たちが見ることはできないだろう」とする。

 今回の研究もさらに新たな研究により上書きされるだろう。そうして、いつかべテルギウスの大きさや位置などが精密さを増して認識されるようになり、人類の宇宙に対する知見は拡大する。科学は仮説と検証の繰り返しで成り立つものであり、仮説と真理との判別ができない人は科学(仮説)を絶対視したりして誤る。CO2排出増加による温暖化論や新型コロナウイルス感染拡大対策などで科学を振り回す人々の中には科学(仮説)を絶対の真理とする人々が散見される。

2021年2月20日土曜日

相手の論理を使う

 自分の考えを主張することは簡単で、誰もが日常的に行っている。誰にも言い分があるので、互いに譲らず、互いに言いっ放しになることも珍しくはない。自分の考えを主張したことで満足できるなら、言いっ放しでも構わないだろうが、自分の主張を理解してもらいたい場合、相手を説得しなければならない。

 相手を説得するために必要なのは、第一に、相手と自分の考えの相違点を明確にする。相違点が、考えの主要な部分であるか細部であるかによって説得の困難さは異なる。相違点を明確にすることは、考えを共有できる部分を明確にすることでもあり、共有できる部分を互いに意識することは協調性へとつながる。

 第二に、自分の主張を相手がどう見ているかを推量する。自分の主張を相手が受け入れないのは、自分の主張を①相手が理解していない、②理解したうえで反対する、③理解しようとしない、に大別される。①②は説得のための話し合いを続けることができようが、③の相手に対して対話を続けるのは無駄かもしれない。

 また、自分の主張よりも説明の仕方(論理の展開)が相手に受け入れられない場合がある。論文なら精緻な論理の展開を行うこともできようが、話し合いにおいて、時間を要する精緻な論理の展開を相手が黙って聞いていてくれるとは限らない。むしろ、苛立って相手が自分の主張を始めたりする。

 説明の仕方(論理の展開)とは、明らかになっている事実や客観的に正しいとされる認識などを積み重ねていくこと。明らかになっている事実をめぐって議論になるのは、自分の主張に都合がいい事実だけを強調し、自分の主張に不都合な事実は無視することがあるからだ。自説に都合のいい事実だけで構築されている論は珍しくない。

 説明の仕方(論理の展開)には個人差があるとともに、社会的に自明とされる要素については説明を省いたりする。社会的に自明とされる要素とは、倫理観や社会規範、宗教、歴史観、慣習など、その人が属する社会的な通念の複合により形成される。だから、異なる社会に属する人は異なる説明の仕方(論理の展開)を用いる。

 自分の主張を相手に理解させ、納得させ、支持を得ようとする時には、自分の主張を自分の説明の仕方(論理の展開)を使って行うのが一般的だろう。それで同じ社会に属する相手に対しては細かな説明を省くことができるが、異なる社会に属する相手には説明不足となることがあり、論理の飛躍があるなどと受け止められたりする。

 異なる社会に属する相手に対しては、自分の主張を相手の説明の仕方(論理の展開)を使って説明することが効果的だろう。それは容易なことではないが、例えば、外交などのように国際社会で広く理解を得ることが必要な場合には、国際社会で行われる説明の仕方(論理の展開)を使って日本の主張を説明し、理解や支持を得ることが必要になる。

2021年2月17日水曜日

巨額の支出の始末

 ワクチン接種が世界各国で広く行われ、新型コロナウイルスに対して、いわゆる集団免疫を人類が獲得してパンデミックが終息する……が現在、人々が期待する未来だろう。その未来が実現したならば人々が直面するのは、縮小した経済活動の中でどう生き延びるかだ。パンデミック中に飲食店や小売店などの閉店が増え、大企業でも給料カットや人員削減が相次ぎ、多くの人々の生活が不安定化した。

 需要が縮小すると大企業ももろかった。例えば、ANAホールディングスの昨年4〜12月のグループ全体の売り上げは前年比66%減で、最終的な損益は過去最大の3095億円の赤字。国際線は8割、国内線は7割を減便したので売り上げ、利益とも大幅に減るのは当然だ。JALも昨年4~12月期決算は最終的な損益が2127億円の赤字。国際線の収入が前年比95%減、国内線の収入は68%減で、まさに需要が蒸発した結果だ。

 外出や旅行の自粛が続き、JR東日本の昨年4~12月期決算は売り上げが42%減、最終的な損益は2945億円の赤字。今期の業績予想を4180億円の最終赤字から下方修正し、4500億円とした。近ツーを傘下に持つKNT―CTホールディングスは昨年4~12月期決算で最終利益が216億円の赤字となり、債務超過に陥った。旅行需要の急回復が期待できず、今期の最終赤字は370億円になる見込み。

 経済活動の収縮は深刻で、大企業にしがみついている人や公務員らは生活を維持していけるだろうが、不正規雇用や自営業などの人々の多くの生活は不安定になるかもしれない。パンデミック終息で経済活動は徐々に活発化し、旅行を含め消費も活発化するだろうが、人々の生活がパンデミック前の水準に戻るかどうかは不確かで、生活に困窮する人々が相当程度残る可能性がある。

 生活に困窮する人々が増えたなら政府による支援が欠かせないが、日本を含め各国政府はパンデミック対策に巨額の支出を行った。それは、戦時に例えた「非常時」の対応として正当化されたが、財源は借金。つまり、パンデミックが終息して平時に戻ったならば、巨額の借金の財政的な処理=償還の道筋を明確化することが求められる。そこでは、更なる支援のばらまきはを行う余裕はないだろう。

 パンデミック終息後に巨額の財政支出のツケを処理するには、①増税、②歳出削減、③インフレ、④デフォルトさせて借金棒引き、などがある。最も望ましいのは、経済を活性化させて大幅な税収増加を図ることだが、それは簡単ではないから各国とも苦労する。増税も歳出削減もデフォルトも難しいなら、インフレで借金を目減りさせるしかないが、実体経済を遥かに上回るマネーが蠢いている世界では、少しでも金利の高い国にマネーがすぐに移動するだろうから、インフレを起こすのも簡単ではない。

 失業者を増やさないためにと疲弊した企業の救援策は行われても、パンデミックの影響で生活が破綻した人々を支える力は各国政府に乏しいだろう。だが、民間経済から排除されて困窮した人々は政府に生活支援を要求するしかない。自由や民主主義などを求めて立ち上がる人々の姿は世界では珍しくないが、生存権を求めて立ち上がる人々の姿を先進国も含め、これから世界各地で見ることができるかもしれない。

2021年2月13日土曜日

測る計る量る

 自然の中に長さや重さは実在するのだろうが、それらの概念を具体化して共有するために人間は単位を考え出し、やがてメートルやキログラムなど世界共通の基準となる単位を設定した。長さや重さは人間が測ることによって数値として現れる。

 時間も人間が単位を設定することで計測可能になった。距離を時間で割ると速度になり、時間に速度をかけると移動距離が示されるように、時間を数字で表すことができるようになって人間の世界認識は飛躍的に広がった。時間の実在については諸説あるようだが、人間が計ることによって時間は認識されるのだから、時間は人間の精神活動と密接に関連する。

 温度も人間が単位を決め、測定されることで認識される。温度の単位を設定したことにより気温の変化が可視化され、最近は地球が温暖化しているとの意識が生じ、気温上昇を2度以内に抑制しなければ大変だなどと騒がれる。温度の単位が存在しなければ、温暖化に対する人々の認識は違ったものになっていただろう。

 力の大きさ(強さ)も単位が設定されて、力の作用が数式化され、力学が発展した。圧力や周波数、振動数、熱量、照度、角度、電流・電圧、電力、磁力、放射能、面積、体積、質量、加速度、密度、運動量、湿度など自然の中に存在する、あらゆるものに単位が設定されている。

 人間の知見が広がるにつれて単位も増えた。例えば、長さの単位は海ではカイリ、微小な世界ではミクロンやオングストローム、宇宙では天文単位(地球と太陽の距離を1とする)や光年があるように、それぞれに適したスケールの単位を設定することで人間は自然や世界の認識を深め、共有できるようになった。

 単位を決め、自然を測定することで人間は自然や世界に対する認識を拡大し、自然に潜む法則性を明らかにしてきた。単位は生活の利便性を高め、不可欠のものともなった。だが、自然界に例えばメートルやキログラムが存在しているのではなく、人が計測することによってのみ現れる。単位は便利でありすぎるため、それが人為的な決め事であることを忘れがちだ。

 単位に類似したものに方向があるが、基準次第で揺れ動く。北を北極方向、南を南極方向としたが、東と西に明確な基準はない。フランスから見てドイツは東にあるが、ロシアから見るとドイツは西にある。また、空のほうを上、地面のほうを下とするが、右と左は基準次第。その人が向きを変えると左右は変化する。基準次第で揺れ動くものは計測できず、単位にはならない。

2021年2月10日水曜日

パンデミックから学ぶ

 北朝鮮の公式発表では、新型コロナウイルスの感染者は国内にゼロ=いないとする。中国やロシアとの人の往来を素早く停止し、ウイルスの流入を防いだとのストーリーだ。北朝鮮の公式発表を素直に信じる人は少ないだろうが、同国内の状況を外部から知ることは困難で、感染状況は闇の中だ。大規模な感染拡大が発生したなら情報は少しは漏れ伝わってくるだろうから、感染者がいたとしても少ないかもしれない。

 強権による独裁支配が続き、指導層でも庶民レベルでも粛清が行われる社会では、独裁政府が感染者ゼロを主張したなら、その主張は実現されよう。もし感染者が現れたならば、感染者ゼロとの政府方針に対する反逆者だとして社会から排除され、感染者ゼロが実現する。つまり感染者が発生したなら粛清されて姿を消し、感染者ゼロの社会が維持される仕組み。

 その北朝鮮がWHOにワクチンの分配を申請し、約200万回分を受け取る予定であると報じられた。感染者ゼロなのに、なぜワクチンが必要なのか。推察される理由は①将来の流行に備えるため、②国内に感染者が存在するため、③優先的に指導層に接種するため、④貰えるものは貰うため。さらに北朝鮮は中国やロシアからワクチンなどを購入したとも報じられ、北朝鮮がワクチン確保に動いたのは確からしい。

 北朝鮮と同様に各国も国境を閉ざし、人々の往来を停止させた。それが感染拡大への主要な対応策だったのだが、そこに英国などでワクチンの接種が始まり、各国は自国民へのワクチン接種の拡大に躍起になり始め、ワクチン供給量がまだ限られていることもあって、各国によるワクチンの争奪戦の様相ともなっている。感染者ゼロを主張する北朝鮮も、ワクチン接種が現実化したとあって、手を上げてワクチン確保レースに参加するのは不思議ではない。

 以前から閉ざされていた北朝鮮の国情は詳らかではなかったが、1月に開催された第8回朝鮮労働党大会で新たに党総書記の肩書を得た金正恩氏は、2016年からの経済発展5カ年戦略について「ほぼ全ての部門で掲げた目標が全く達成できなかった」と述べたそうだ。計画経済で、いくらでも統計数字を操作できる体制で目標未達を認めたのは、国内経済の疲弊が糊塗できないレベルにあるためだろう。昨年夏には大規模な水害被害があったと伝えられる。

 最高指導者の金正恩氏に対する責任追求や批判が許されない体制であるから、目標未達の責任は「共同責任」と化し、頑張りが足りなかったのだゾと人々の奮起を促す。核やミサイルを手放さないので制裁の解除の目処は立たず、貿易に厳しい制約があるので、自力更生と自給自足を掲げるしか、閉ざされた北朝鮮には活路がない。だが、農業、工業、商業などが疲弊しているとあっては自力更生も自給自足も「未達」が続きそうだ。

 今回のパンデミックで北朝鮮は何を学んだか。目標未達を認めざるを得ないほど経済は疲弊し、核やミサイルを持っても世界からは制裁されるだけだが、新たな感染症を流行させる能力を持ったなら、世界に対して北朝鮮の影響力は格段に強くなる……これは間違った戦略だが、独裁体制を維持するために、生物兵器の開発にさらに懸命になる可能性はある。多くの自国民の粛清を続けてきた独裁体制が、世界の人々の生命を尊重するはずもない。

2021年2月6日土曜日

仕掛けは大成功

 節分に巻き寿司を食べることは大阪で生まれた風習とされるが、起源には諸説があって定説はないようだ。恵方を向いて巻き寿司を丸かじりすると願いがかなうと大手コンビニチェーンと電通などが仕掛けて21世紀に入ってから全国的に広まった。巻き寿司を丸かじりしただけで願いがかなうなら、人生に苦労はないな。

 今ではマスメディアが節分の話題として恵方巻きを必ず取り上げ、歳時記的なネタとして定着した観がある。バレンタインデーに女性が男性にチョコレートを贈ることは1950年代から始まり、各社が積極的に仕掛けたことで全国的に定着したとされる。商業的な動機でPRされたものが、やがて習慣化したことは恵方巻きと共通する。

 恵方巻きの起源の諸説は、古い順に①船場の旦那衆が花街でやっていた遊び(女性に太巻きをくわえさせて、旦那衆が見物)、②大阪のすし商組合が巻き寿司PRのため始めた(1930年代)、③大手のスーパーとコンビニ企業が全国展開PR(1990年代。大阪の海苔組合なども協力)。太巻きを女性にくわえさせた遊びが商業化されて、くわえやすい巻き寿司を主に売るようになり、さらには様々な具を使って味の種類を増やし、すっかり全国で馴染みのイベントと化した。

 花街で行われていた御座敷遊びの一つが、企業の売り上げアップのために、性的行為を連想させる由来が消されて、恵方だの願いがかなうだのと改変された。恵方にも願いがかなうにも根拠は何もない。「そう言われている」との適当な由来を何度も企業PRやマスコミ報道で聞かされ、批判能力が希薄な人々は素直に従い、女も男も大人も子供も巻き寿司をくわえるようになった。

 恵方巻きやバレンタインデーは企業にとって大成功だ。適当にでっち上げたストーリーで販売促進のチャンスをつくり、それが定例のイベントとして全国的に定着した。稼げる時に稼げと数多の企業はチャンスに乗ろうとし、マスコミは季節ネタが増えたと歓迎する。クリスマスにはホールケーキ、バレンタインデーにはチョコレート、節分には恵方巻きと、何かを食べることをイベント化する手法は企業にとっても美味しい。

 いつでも食べることができる食品に、でっち上げでも何でもいいから特別な意味を持たせて販売促進に活用する手法はマネが簡単そうに見え、次の仕掛けを考える企業や団体がありそうだ。だが、@@の日などと特定の日と食品を結びつける試みは珍しくないが、広く知られているものはほとんどない。企業や広告代理店などが大量のPRで仕掛け、マスコミが無批判に季節ネタとして取り上げることが必要か。

 節分に巻き寿司をくわえることに、人々は抵抗しない。古くからの習慣なら人々は科学的な根拠が皆無だとしても伝統として受け継ぐが、大量消費社会に生きる人々は、でっち上げの伝統でも何かを消費することが正当化される消費促進のイベントに無抵抗に見える。「日本全国酒呑み音頭」という歌があり、毎月何かを口実に酒が飲めるぞと歌っていた。酒でなくても何かを食べることが正当化されると人々は、それに乗る。

2021年2月3日水曜日

人の自由な移動

  日本の新型コロナウイルスの感染者数は39万人、死者数は5800人を超えた(2月1日現在)。東京の感染者数は10万234人と10万人を超え、全国の4分の1を占める。埼玉2万5363人、千葉2万2531人、神奈川4万983人を加えると首都圏1都3県で全国の48.3%とほぼ半分。通勤通学などで日々の人の移動が多い首都圏だから、接触感染や飛沫感染が抑えられず感染が広がるのは当然か。

 首都圏以外でも人口密度が高い大都市で感染者の大幅増加が続き、大阪4万3966人、兵庫1万6538人、京都8515人、愛知2万4127人、福岡1万6239人の2府3県で10万9385人。これは全国の27.9%を占め、首都圏1都3県と合わせると全国の感染者の4分の3以上が大都市に集中していることがわかる。第3波の流行が最初に顕著になった北海道は1万7521人だが、その56%が札幌市で出ている。

 これらの1都1道2府6県が1万人を超える感染者を確認している。次に多い県は沖縄7591人。茨城4846人、広島4828人、静岡4612人、岐阜4137人の4県が4千人台で続き、群馬3892人、栃木3774人、宮城3416人、熊本3343人、奈良3005人が3千人台。首都圏1都3県の感染急増が茨城、群馬、栃木の感染増加につながっていると見え、宮城や静岡も首都圏からの人の移動が多い。

 2千人台は岡山2345人、長野2291人、三重2203人、滋賀2139人の4県、1千人台は宮崎1832人、福島1735人、鹿児島1632人、長崎1530人、石川1466人、山口1240人、大分1166人、和歌山1066人の8県。広島で感染者が急増し、隣接する岡山、山口でも増えている。九州では福岡と沖縄以外は少なかったが、熊本で感染者が増えてから各県でも感染者が増えている。

 千人以下は愛媛995人、佐賀953人、新潟912人、山梨902人、富山873人、高知851人、青森717人、香川655人、福井517人、山形506人、岩手496人、徳島386人、島根269人、秋田261人、鳥取202人。四国4県では感染者数が少なかったが、各県で徐々に増え、愛媛が四国初の1千人台になりそうだ。佐賀が1千人台に乗れば、九州全県で1千人未満の県がなくなる。鳥取、秋田、島根の3県は1年前に感染が拡大して以来、感染者数の最小近辺で推移している。

 東日本では東北で感染者が少なく、西日本では中国、四国、九州で少なかったが、第3波は大都市中心に感染者数を大幅に増加させるとともに、全国でも徐々に感染者を増やしている。元日には全国で感染者23万9千人、死者3500人を超えたが、この1カ月間で感染者は15万人、死者2300人以上も増えた。外出や飲食店営業の自粛などは対症療法でしかなく、何が感染爆発の要因なのか解明しなければ感染の終息はない。だが、日本でも世界でも模索が続くだけだ。

 休日や休暇などで人の移動が活発になると、やがて感染急増が起きる現象は日本でも世界でも同じだ。強権で人々の移動を監視し、制限する中国は感染を抑え込んだと主張するが、そんな抑圧された社会で暮らしたいと望む人は少ないだろう。人々が自由に移動できる社会を維持しながら、どう感染を抑制するかが問われている。