2018年1月31日水曜日

「韓国+北朝鮮」の脅威

 韓国で開催予定の冬季五輪に北朝鮮が参加する。開会式で朝鮮半島を描いた統一旗を掲げて韓国と合同入場行進したり、アイスホッケー女子で合同チームを結成したり、北朝鮮が大規模な応援団を派遣したり、五輪開幕前に文化行事を共催したり、合同練習することで北朝鮮と韓国が合意した。

 ミサイル発射と核実験を繰り返していた北朝鮮が、韓国の誘いに応じて「平和の祭典」五輪に参加することは、東アジアの緊張を低下させるので歓迎すべきだとの見方もあるが、北朝鮮が核やミサイル開発を止めるはずもなく、北朝鮮の時間稼ぎを助けるだけだとの批判も多い。

 なぜ韓国は北朝鮮を冬季五輪に誘ったのだろうか。現在の政権が親北であるから、朝鮮半島の軍事的な緊張を少しでも緩和するために北朝鮮に「対話」の場を提供したと見られている。朝鮮半島周辺で米国と合同軍事演習を繰り返しているのは韓国なのだから、緊張を高めてきた責任は韓国政府にもあるのだが、政権交代した現在の親北政権は既存の緊張関係を崩すつもりなのだろう。

 今回の合意は北朝鮮が主導権をとり、韓国の親北政権が譲歩し、北朝鮮の国際的な“悪評”払拭を助けているように見える。ふと想像した。核とミサイルで「強国」になろうとする北朝鮮は、北朝鮮主導による朝鮮半島統一を目指しているという。韓国が親北政権であるなら、統一交渉でも北朝鮮が主導権を握る可能性が高い。

 北朝鮮主導による朝鮮半島統一では、北朝鮮が失うものは少なく、韓国が譲歩する場面が多くなるだろう。そこで北朝鮮が得るものは、第一に金一族と朝鮮労働党の身分保障であり、第二に核とミサイルの保有であろう。韓国が得るものは、第一に核とミサイルであり、第二に豊富な地下資源、第三に2千万人以上の低廉な労働力である。

 北朝鮮の主導で朝鮮半島に統一国家が誕生すると、韓国の経済力に北朝鮮の核とミサイルがプラスされる。そうした統一国家は、韓国の親北政権や北朝鮮に融和的な人々にとって考慮に値するだろう。韓国の親北政権は北朝鮮に譲歩するように見えるが、実は民主主義などの理念よりも核を保有する「強国」になることを重視しているのかもしれない。

 韓国の経済力に北朝鮮の核とミサイルがプラスされた統一国家は、おそらく日本に対して、いっそう強硬になるだろう。北朝鮮に対する日本の戦時賠償を求める交渉では莫大な金額を要求してくる可能性がある。北朝鮮に譲歩する韓国の親北政権は、そうした統一に向け、北朝鮮の延命に役立っていることは間違いない。

2018年1月27日土曜日

民主主義と国民主権

 人々の自由な普通選挙により形成された議会で国家運営の方向を決定するシステムである民主主義を支えるのは、国民主権(人民主権、主権在民)の概念だが、民主主義と国民主権の間には緊張がある。それは、民意は常に揺れ動くが、一度形成された議会は次の選挙まで勢力構造が変わらないということだ。

 ここから、議会制民主主義より直接民主主義のほうが民意を正確に反映するという考えが出てくるが、数千万人の主権者が集まって議論することは不可能だろうし、インターネットを介して討論するとしても、議論がまとまらないであろうことは想像に難くない。直接民主主義を取り入れるとしても、国民投票制度を採用して、限定的に運用するのがせいぜいか。

 投票結果を民意と見なすことで自由な普通選挙も国民投票も成り立つが、そこには主権者が、投票結果を受け入れ、共有するという前提がある。確固とした政治的な信念を持つ主権者が、自分の意に反する投票結果を受け入れないとしたなら、民主主義というシステムは成立しない。

 投票結果を受け入れない主権者にできることは、第一に、再度の普通選挙や国民投票を求めるなど次の投票機会を早めるように運動する、第二に、投票結果を実力行使で覆す、第三に、沈黙する。どれを選択するかは、当人の民主主義の理解によるだろう。

 一方で、確固とした政治的な信念を持たない主権者は、何を基準として投票するのかが判別しにくく、投票結果が大きく揺れ動くことは珍しくない。民意は常に揺れ動いているもので、その時々の民意しか投票結果は示すことができないのだろう。だが、投票後に民意が変化すると、先の投票結果が民意に反したものに見えてきたりし、それも民主主義と国民主権の緊張を招く。

 別の問題もある。確固とした政治的な信念を持たない主権者や情緒的に煽られた主権者が多数を占めている時には、投票結果に現れた民意が「正しい」とは限らないことだ。もちろん「正しさ」は立場により様々だが、議会や法の支配、人権などを軽視する人々に権力を委ねたことがある各国の民主主義の歴史を振り返ると、国民主権だから民主主義が機能するとは言い難い。

 だが、民主主義と国民主権に緊張があるのは、憂うべきことではなく、人々が国民主権を確保しているからだ。主権者である人々が国民主権を放棄したならば、独裁者などの新たな主権者が民主主義を放棄するだろう。片方が放棄されれば国民主権も民主主義も失われるのだとすれば、民主主義と国民主権に緊張があるのは双方ともに機能している証しである。

2018年1月24日水曜日

クルドと民族自決

 トルコ軍がシリアに侵入して攻撃を始めた。攻撃の対象は、クルド人を中心としたシリア民主軍(SDF)だ。SDPはアメリカの支援を受けて、ISIS掃討において地上戦での主力となっていた。SDFはシリアで反政府勢力とされるが、ISISに目標を絞って攻撃していたとみられている。

 イラクやシリアでのISISはほぼ壊滅されたとみられるのに、なぜ、トルコがシリアに侵入してSDF攻撃を始めたのか。それは、シリア北部のトルコ国境地帯にSDF主体の3万人強の警備部隊を創設するアメリカの構想が明らかになったため。

 ISISを掃討してシリア北部を押さえたSDFが、アメリカの承認のもとで新たな警備部隊に衣替えすることは、クルド人勢力がシリア国内でトルコ国境沿いを支配することが承認されることでもある。トルコは、SDFの人民防衛隊(YPG)などクルド人民兵部隊がトルコ国内のクルド労働者党(PKK)とつながっているとし、警部部隊が発足する前にクルド勢力の拡大を阻止しようとした。

 1990年にイラク軍がクウェートに侵攻し、国連安保理はイラク軍の即時撤退を求め、やがて多国籍軍が結成され、イラクに対する攻撃を始めた。しかし今回のトルコ軍のシリア侵攻を国際社会は黙認している気配だ。それは、第一に攻撃目標がクルド勢力と限定、第二にシリアは分裂状態、第三にトルコと決定的に敵対することを各国は望まない。

 トルコ、シリア、イラク、イランなどに広く住むクルドは、ほかの民族や国家から都合よく利用され、また、切り捨てられる存在である。イラクでもクルド人自治区が独立に向けた動きを強めたが、イラク政府軍に制圧された。クルド人部隊が頑張ってISISを掃討し、「分け前」を要求したなら、すぐに拒否された格好だ。

 独自の国家を持つことに失敗し続けてきたクルド人。第一次大戦で諸帝国が解体して多くの国家が誕生し、第二次大戦後には植民地の独立が相次いだのに、なぜクルドの民族自決は達成されないのか。各国に分かれて住むために民族としての統一した意志が示されにくく、国家の主体になるには民族としてのまとまりが足りなかったからか。

 現在のイラクやシリアなどの国境線は、かつての英仏の植民地の境界であり、そんな国境線の無効をISISは主張した。そのISISの掃討に尽力したクルドが、イラクやシリアの国境線で分けられ、それぞれの国境線の内側に押し込められているというのは皮肉だ。

2018年1月20日土曜日

100年前の平和原則

 大規模な戦争が続いていて、多くの惨状を具体的に突きつけられると、人は戦争の愚かさと平和の尊さを痛感するだろう。戦争に対する拒否感が強まるとともに、愚かな戦争がなぜ起きたのか分析し、戦争を起こさないためには何が必要かと考え、恒久平和のために理想を重視した考えを受け入れやすくなったりする。

 まだ第一次大戦が続いていた100年前の1918年1月、米国の第28代大統領ウッドロウ・ウィルソンは、「すべての平和を愛する国民にとって、世界を安全なものにする」ためという平和原則14カ条を発表した。諸帝国が解体した後の世界の国際規範の提案でもあった。

 平和原則14カ条の内容は、1)講和交渉の公開・秘密外交の廃止(開かれた形で到達した開かれた平和の盟約。外交は常に率直に国民の目の届くところで進められるものとする)、2)海洋(公海)の自由(平時も戦時も同様に、領海外の海洋上の航行の絶対的な自由)、3)経済障壁の撤廃(和平に同意する全ての諸国間における、全ての経済障壁の可能な限りの除去と貿易条件の平等性の確立)。

 4)軍備縮小(国家の軍備を、国内の安全を保障するに足る最低限の段階まで縮小することで、適切な保証を相互に交換)、5)植民地問題の公正な処置(植民地に関する全ての請求の自由で柔軟かつ絶対的に公平な調整。当事者である住民の利害が、法的権利の決定を待つ政府の 正当な請求と同等の重みを持たされなければならない)。

 6)ロシアからの撤兵とロシアの政体の自由選択、7)ベルギーの主権回復、8)アルザス・ロレーヌのフランスへの返還、9)イタリア国境の再調整、10)オーストリア=ハンガリー帝国内の民族自治(彼らには、自治的発展の最も自由な機会が与えられるべきである)、11)バルカン諸国の独立の保障。

 12)オスマン帝国支配下の民族の自治の保障(トルコ人の支配下にある他の諸民族は、確実な生命の安全と自立的発展のための絶対的に邪魔されることのない機会を保証されるべきである)、13)ポーランドの独立、14)国際平和機構の設立(大国にも小国にも等しく、政治的独立と領土保全の相互保証を与えることを目的とする具体的な盟約の下に、諸国の全般的な連携が結成されなければならない)。

 第一次大戦を引き起こした諸帝国は解体に向かった。帝国の時代は第一次大戦で終わったともいえるのだが、2)3)4)あたりは現在でも中国絡みで国際的な懸念を生じていることから、遅れて来た帝国に中国が変貌していると見えてくる。歴史は繰り返すとするならば、いつか中国帝国は大規模な戦争を引き起こし、その結果として中華帝国が解体し、10)12)のように中国帝国内の民族自決が実現するのかもしれない。

2018年1月17日水曜日

新しい世界を広げる

 2年前に60歳になった知人がいる。親戚を集めて盛大に還暦祝いをしたいとの家族の提案を知人は拒否し、少し高級なレストランに出かけて家族だけで誕生日を祝うにとどめたそうだ。「還暦なんて言われると急に年寄りになったみたいで嫌だったし、照れ臭くもあった」と知人。

 還暦とは、生まれた年の干支と同じ干支になる数え年61歳のことで、めでたいとされる。生まれた年の干支は本卦といい、還暦は本卦帰りともいわれる。干支は、五行を陰陽に分けた十干と十二支の組み合わせなので60通りあり、61年目に生まれた年と同じになることから、生まれ直すという意味もあるそうだ。

 60歳を前に早期退職制度を使って会社勤めをやめた知人は、何かをしようとは思うものの具体的には思いつかないからと、たまに仕事を頼まれれば出かけるが、ほとんど引退状態だ。傍目には悠々自適の生活を楽しんでいるように見えるが、知人は「のんびりしすぎると、感性が鈍ってしまいそうだ」と焦る気持ちがあるという。

 出かけることが減って知人は、人との新しい出会いがなくなり、対応しなければならない出来事に巻き込まれることもなくなり、世の中との接点がテレビや新聞だけになって、世の中から置き去りになっていくような気がしたという。「これでは自分の世界が狭くなっていく」との予感にとらわれて知人は考えた。

 行動範囲が狭くなり、刺激を受けることも減って、それまでの人生で築いた知見や考えに固執する頑迷な老人になっていくことを恐れた知人は、「還暦とは、生まれ直すということか」と知り、「世界が狭くなり、縮んでいくような生き方は嫌だ。新しい体験をして、新しい世界を知り、自分の世界を広げる」と決めた。

 初めに、18キップを使っての各駅停車の旅に出てみた。仕事をしていた頃に乗ったのは新幹線や特急ばかりで、地方の各駅停車に乗るのは子供が小さかった頃の家族旅行以来だった。のんびり旅を楽しみ、地元の人との触れ合いにも期待した知人だが、車内にはリタイア組の乗りテツらしき人々が多く、乗換駅などで窓側の席に座ろうと争う景色もあって幻滅を感じたという。

 各駅列車の旅に特に惹かれるものを感じなかったという知人は、次に妻に連れられて歌舞伎を観に初めて行ってみたが、じっと座っているのは俺に向いていないと痛感したそうだ。気にいる新しい世界になかなか出合えない知人だが、地方の祭や食が目当ての旅なら楽しそうだと情報を集めているそうだ。さらに、新しい世界を体験したいなら競馬場や競輪場に連れて行ってやると友人に誘われているとか。

2018年1月13日土曜日

中国のジェダイ

 「スターウォーズ(SW)」の世界で銀河帝国の再興を目指すファースト・オーダーを、中華民族の復興(中華帝国の復興?)を目指すという中国に見立てると、類似点がいくつかある。例えば、最高権力者の存在(中国では「核心」)、最高権力者の独裁を許容する組織、力による支配などだ。

 構成員の多様性が劣ることもファースト・オーダーと中国は似ている。レジスタンス側には様々な人種や宇宙生物が混じっているが、ファースト・オーダー側は白人主体で、司令部からは様々な形態をした宇宙生物は排除されている。独裁支配だから中枢が均一化するのかもしれない。

 両者が似ているのは、軍事組織の論理で構成されているからだろう。最高司令官や司令部の命令に部下が異論を唱えたり、反論することを許せば、軍事組織としての統率が乱れる。だから、宇宙で戦争をしているファースト・オーダーが軍事組織の論理で動くのは理解できるが、戦争をしていない現在の中国が軍事組織の論理で動くのは奇妙に見える。

 中国が軍事組織の論理から脱却できないのは、中国共産党の一党独裁を維持しなければならないからだ。軍事組織は基本的に上意下達だ。戦略などを決めるために参謀らが討議し、決まった方針に基づいて兵に一方的な命令が与えられる。下級兵士も人間だからと意見を求められたり、下級兵士が異議を唱えることは許されない。

 平時における軍事組織的な構造は、中央(司令部)の独裁を維持し、異論を封じ込めるためには好都合な組織形態だ。選挙ではなく武力で政権を握った中国共産党にとって、独裁を持続するためには「平時の民主主義」ではなく戦時体制を持続するしかないだろうから、軍事組織の論理を放棄できない。

 中華民族の復興を目指す中国がファースト・オーダーなら中国内のレジスタンス側は、自由や民主を求める中国人と、抑圧されているチベット人、ウイグル人、モンゴル人らとの共同戦線ということになろう。多様な人々が広く結集しなければ、中国共産党の独裁を崩すことは難しい。しかし、そうした共同戦線の構築の機運は見えない。個別の運動はいろいろあるが、まとまらない。

 共同戦線を構築するにはSWにならうと、中国にもジェダイが必要なのかもしれない。ジェダイといっても念力で物体を動かす能力は映画の世界のことであり、中国のジェダイに必要なのは、自由と民主を求める強い意志と、志を同じくする人となら誰とでも連帯できる柔軟さだろう。中国のジェダイは、フォースではなく中国の民主化が可能だと信じる人で、誰でもなることができるはずだ。

2018年1月10日水曜日

善が勝つとは限らない

 「スターウォーズ(SW)」の世界では、銀河帝国に対して、共和国再建を目指す反乱同盟軍が形成されて戦い、帝国を打倒したが、次には銀河帝国の再興を目指すファースト・オーダーが強大な勢力となって現れ、レジスタンスとの戦いが繰り広げられる。宇宙を舞台に展開する壮大なストーリーの様相だが、実は登場人物(生物?)の感情のもつれや絡みのほうが中心だ。

 映画では帝国やファースト・オーダー側が悪で、反乱同盟軍やレジスタンスが善だと明確に設定され、それぞれの側に属する登場人物(生物?)の善悪も自明のものとされる。現実世界では、善悪の判断には主観が混じったり、相対的になったりするが、映画は宇宙版の勧善懲悪物語だと楽しんで見ていればいい。

 ところで、銀河帝国をソ連、ファースト・オーダーを中国と見なし、反乱同盟軍やレジスタンスを米国(と同盟国)と見るならSWは、米国とソ連、中国との世界覇権争いの構図と何やら似ている。ソ連が崩壊した後に中国が台頭し、米国(と同盟国)が劣勢に見えるのも現実をなぞっているように見えなくもない。ただ、映画なら最後は善が勝つのだろうが、現実世界では善が勝つとは限らない。

 現実世界で善悪が揺らぐのは、権力の在り方と善悪の判断が関連しているためで、ある社会で悪とされるものが、他の社会で善とされることは珍しくない。例えば、中国などでは、中央権力を批判することは悪とされ、権力に従うことが善とされるが、米国などでは政権批判は悪とはみなされない。

 人権や民主主義を尊重し、中央権力より上位に位置する価値観とすることは中国などでは悪とされるが、米国などでは善とみなされる。善悪の判断が食い違うのは、中央権力が人々を監視することと、人々が中央権力を監視することのどちらを善とするかが異なるためだ。中央権力が個人を支配する社会において、善の解釈も中央権力が独占する。

 ただ、中央権力と個人の関係における善悪の違いは中国などと米国などとの比較では明確だが、個人が考える善悪については米国などでも揺らいでいる。一神教による社会の「縛り」が緩くなり、また、個人の権利意識が強くなったことと関係しているのだろうが、個人の利害に添って善悪の主張がなされることは珍しくない。

 SWの世界では、善の側の人物が強い情緒的な葛藤に負けて悪(闇)に引き込まれ、悪の側の有力者になる。悪(闇)に引き込まれない強い精神力を有する者だけが善の側の勇者になることができる仕組みだが、その勇者が無敵のヒーローになるわけでもない。善だからといって必ず勝つとは限らないのは、現実世界と同じか。

2018年1月6日土曜日

100年前は1918年

 100年前の1918年の日本で起きたのが米騒動。投機などによって米価が暴騰し、怒った人々が廉売を要求して米屋を襲ったり、高利貸しや地主など資産家宅を襲撃したりした。富山県魚津市で漁民の妻女らが動いたのが最初で、全国に広がり、大規模化した。

 名古屋では3万人が警官隊と衝突、軍隊が出動して鎮圧し、京都でも軍隊が出動して鎮圧した。大阪や神戸でも大規模な暴動が発生し、焼き打ち、略奪などが行われ、東京でも大騒動になった。農村や炭鉱でも暴動が起こり、参加者は数百万人ともされる。

 米価の暴騰を後押ししたのが、シベリア出兵を見込んでの買い占めだ。日本は米国と同數の1万2千人を派遣すると宣言したが、参謀本部の判断で増派を続け、7万3千人に達して東シベリアを占領した。また、コメ以外にも鈴木商店が製粉、三井物産が木材など買い占めが行われた。

 シベリア出兵は欧州が主戦場となった第一次大戦と関連していたが、その第一次大戦は、劣勢のドイツで労働者が蜂起し、皇帝は亡命、共和国を宣言したドイツは降伏、11月に連合国と休戦協定を調印して終わった。死者1000万人以上、負傷者2000万人以上という惨禍をもたらした第一次大戦で諸帝国は解体し、諸国が独立した。

 日本では第一次大戦戦終結で好景気にブレーキがかかり、錦糸相場が暴落し、鉄も暴落して鉄成り金が続々倒産、大阪造船鉄工所が職工130人を解雇したりし、失業対策事業として土木事業が盛んに行われた。

 東北・北陸が大雪に見舞われたこの年、浅草オペラの人気は最高潮で、歌舞劇協会が「カルメン」を上演し、宝塚少女歌劇が東京で初公演、東京音楽学校演奏会でベートーヴェンの「運命」が初演された。交通事故の増加で警視庁は赤オートバイで取り締まりを強めたが、女性に初めて運転免許証が交付されたのもこの年。

 「白虹日を貫く」が流行語になった。これは、大阪朝日新聞の寺内内閣弾劾関西新聞記者大会記事に「白虹日を貫けり」とあり、日が天使を意味すると警察は解釈して発売禁止になるなど大きな騒ぎになったため。社長は辞任し、編集局長らの幹部記者や長谷川如是閑・大山郁夫ら客員が退社し、後任の編集局長に国体論者が就任して朝日の論調は一変した。

2018年1月3日水曜日

リンゴの木を植える

 「たとえ明日、世界が終わるとしても、それでも今日、私はリンゴの木を植える」という言葉は類似名の書籍が現代の作家により出版されたり、作家の開高健が色紙に書いていたとして知られる。もともとは宗教改革者マルティン・ルターの言葉だと伝えられる。

 この言葉にルターがどのような考えを込めていたのかは、ルターが直接に言及した文献が残っていないので、想像するしかない。宗教的には、世界の終わりが神の裁きの日を意味し、リンゴの木を植えることは人間が信仰を堅持することなどと、キリスト教の枠組みで解釈するべきか。

 神の恵みに対する深い信頼感があるから、世界が終わるとしても安心して生きることができるとの宗教的な確信をこの言葉は表しているとも解釈できる。この言葉はまた、第二次大戦で敗戦したドイツで共感されたという。そこでは宗教的な意味よりも、困難の中で生きざるを得ない人々に対する慰めと希望を持って生きることを励ます意味合いで使われたのかもしれない。

 この言葉は宗教から離れても、人々に訴えかける力を持っている。人間は不死の生物ではないので、いつか死ぬ。それは明日かもしれない。世界が終わるとは個人にとって死ぬことである。だからと享楽的に生きることも一つの人生だろうし、生きる意味や価値をしっかり見いだす人生もあろうし、過程に奮迅して生きることも一つの人生だろう。

 世界が終わる日がいつなのか、人間は知ることはできない。だから、世界は明日終わるとの意識を持って生きることが大切なのかもしれないが、そうした意識は長々と続く平凡な日常に埋没するものだ。世界の終わりから逆算して生きることなど、宗教者以外には難しいだろう。

 世界の終わりが明日だと知っていてリンゴの木を植えることと、世界の終わりがいつなのか知らずにリンゴの木を植えることは、行為として同じでも意味は異なる。後者はリンゴの実を収穫することを期待しているが、前者は収穫できないことを承知した行為だ。

 収穫できないことを承知で、それでもなおリンゴの木を植えますかと、この言葉は問う。植えるべきリンゴの木とは何か、人により異なるだろう。自分は、植えるべきリンゴの木を持っているのか、それは何か。世界が終わろうと終わるまいと、自分のリンゴの木を自分は植える……そんな年にしたいものです。