2015年1月3日土曜日

試される「普遍的でない部分」


 異質なものを認めたり、受け入れたりすることは、時には簡単であり、時には困難を伴う。食物ならば、馴染みのない異質なものでも試してみるというようにハードルは低いだろうが、異質な価値観などともなれば、受け入れる前に、まず理解する努力が必要になるし、そもそも理解しようと思うには異質なものに対する関心が必要だろう。

 異質な価値観に対して関心がない人々に受け入れさせるためには、理解を求める努力をするよりは、強制したほうが簡単だ。そうした例は世界の歴史に珍しくない。代表的なものが欧州の価値観で、帝国主義の時代に欧州各国は、武力による支配を世界に広げるとともに、欧州の価値観も伝え広めた。

 異質の判断は基準の設定次第で変わる。欧州の価値観を基準に世界各地の価値観を異質だとしても、世界各地から見れば、欧州の価値観こそ異質なものであるかもしれない。そうした中で欧州の価値観が世界に受け入れられたのは、そこに人間として共有すべき価値観が多く含まれていたからだろう。ただし、欧州の価値観の全てが普遍的なものではない。

 現代でも欧州の価値観は、なおも世界に大きな影響を与えているが、21世紀になって欧州経済の相対的な勢力衰退とともに、欧州の価値観の優勢が脅かされるようになった。例えば、経済的に圧倒されるようになった中国に対して欧州は人権や民主主義を持ち出すことを控えるようになった。さらに中東やアフリカの旧植民地における、欧州の価値観の「不在」も明らかになった。

 昨年、イラクなどで急速に勢力を強めた「イスラム国」は、欧米人の人質を処刑するなど残忍な過激武装集団として報じられる。その実態は定かではなく、中東やアフリカに散在する武装集団と同類なのかもしれないが、目新しい点もいくつかある。「イスラム国」がつきつけているものは、欧州の価値観とは異なるイスラムの価値観だ。

 それは、▽指導者たるカリフ(後継者)を擁立し、シャリーア(イスラム法)による統治を行う、イスラムを国教とした一つのウンマ(国)樹立▽欧州がオスマン帝国領の分割をしたサイクス・ピコ協定を否定(現存する国境線を否定)▽初期のイスラム共同体を理想とし、再現する▽イスラム文化への矜持と誇示▽欧米中心の資本主義体制の否定……など。

 単なる抵抗運動ではなく、欧州が押し付けた国境線を拒否し、イスラム共同体の再構築を掲げる「イスラム国」は、欧州の価値観に挑んでいる。中国も欧州の価値観をベースとした欧米主導の“世界秩序”にあからさまに挑むようになった。欧州には、その価値観を押し付ける武力も経済力もなくなりつつある。残っているのは知力だけか。

 こんな大雑把なことを考えていると、普遍的とも見なされた欧州の価値観の、普遍的ではなかった部分などが世界各地で挑戦を受けることが今年も続きそうに思える。その結果として世界史的な大変動につながって行くのか……今年も世界は面白そうだ。

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