2016年1月6日水曜日

100年前は1916年


 イラクやシリアで勢力を拡大した「イスラム国(IS)」が主張しているのが、サイクス・ピコ協定の破棄。英仏とロシアがオスマン帝国領の分割を定めた秘密協定がサイクス・ピコ協定で、現代の中東諸国の国境線を決めたといってもいいもの。欧州による植民地支配が現在まで影響を及ぼしていることを如実に示すこの秘密協定が結ばれたのが、100年前の1916年だった。

 1916年にはまだ、14年に始まった第1次世界大戦が続いており、欧州の西部戦線などで激しい戦いにより何百万人もの死傷者を出していた。パリは独ツェッペリンの空襲で大被害を受け、ソンムの戦いでは戦車が初めて使用された。ポルトガルやルーマニアなど参戦していなかった欧州諸国も相次いで参戦、欧州における戦火は拡大した(中東、アフリカなど各国の植民地でも戦闘は拡大)。

 中国では袁世凱が帝位につき、国号を中華帝国にしたが、各地で軍閥が反乱を起こし、3月に袁世凱は帝位取り消しを宣言、中華帝国は短命に終わった。しかし、南方からの第3革命の波は収まらず、広東・四川・陜西・湖南が独立を宣言するなど、中国は各地で軍閥が相争い、割拠するようになった。6月に袁世凱は病没した。

 欧州での戦火拡大は日本から世界への商品輸出を急増させ、日本は貿易収支が大幅黒字になり、空前の好景気になった。軽工業に加え、重化学工業も発展し、工場労働者が増え、都市への人口増加が加速した。成金が現れ、景気回復で補助貨幣不足となり釣銭が無くなったりしたが、インフレも進み、賃金生活者に生活苦が広がった。河上肇は「貧乏物語」を新聞に連載した。

 9月に、工場労働者を保護するための工場法が施行された。といっても、産業界からの反対で長らく制定が阻止されてきたものであり、年少者の就業年齢や女性労働者の就業時間などに制限を設けたが、例外規定があったり、小規模工場は適用外で、勅令で適用除外を拡大できるなど、産業界の意向に背くことはない内容。

 この年、デンキブランが登場し、見合いの場として帝劇・三越・白木屋・文展会場が人気になった。東京で闘犬が流行し、京都の小学校が林間学校を始め、チャップリンやキートン映画が人気になったが、コレラが流行して全国で患者数は1万人を超え、翌年にかけて7482人が死亡した。

 軍艦島として知られる長崎県端島に7階建て炭鉱住宅(日本で最初の鉄筋コンクリート造アパート)が建設されたのも、この年。それから58年後の1974年に閉山し、やがて無人島となって、放置された建物は廃墟となった。その廃墟が人気を集めて、有望な観光スポットになるのだから、歴史は面白いというか皮肉というか。

 11月には、葉山日陰茶屋で神近市子が大杉栄の首を刺すという事件が起きた。大杉は重傷を負い、神近は自首したが、世間の同情は神近に集まり、大杉の評判はガタ落ちになったという。自由な恋愛を主張しつつ大杉は神近から資金援助を受けていたのだから、自由恋愛論は身勝手な主張と受け止められても仕方がない。この事件で大杉と伊藤野枝は孤立するが、絆を一層強め、大杉の自由恋愛の実践は終わる。

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