2015年11月18日水曜日
天気に勝てるか
11月も半ばになると、午後5時前には暗くなり、朝は6時を過ぎても薄暗い。1日が24時間であることには変わりがないのだが、日照時間が短くなると1日が短くなったような気にもなる。夕方に暗くなると夜を意識し、1日が終わったという感覚を持つからか。ちなみに2015年の冬至は12月22日(東京の日の出は午前6時47分、日の入りは午後4時32分)。
電気がない大昔とは違って現代では、暗くなったって人間の活動が制約されるわけではない。夜型の人間も珍しくはないし、夜型でなくたって、翌日の朝一番に、納品なり報告書を提出しなければならなかったりして夜の作業を強いられることも珍しくはない。夜になったからと人間活動の1日が終わるものでもなくなっている。だが、人類の歴史から身につけたのだろう自然の感覚は受け継がれている。
日が短くなるにつれて、寒さも増して来る。晴れて風もない日中なら、そう寒くもないのだが、日が落ちると急に寒さを感じるようにもなる。風が吹き始めたりすると、寒さをいっそう感じ、冬が近いと実感する。北国からは雪が降り始めたと伝えられているのだから、冬が近いのではなく、冬に入りかけているというべきだろうが、秋と冬の境目はぼやけている。
春ならば桜が咲き、「ここからが春」という気分になり、雪国なら初雪で冬の始まりを意識するだろうが、降雪がまれな土地での冬の訪れを伝える明確な指標は乏しい。白鳥などの渡り鳥の到来は、冬の訪れを先触れする風物詩だろうが、どこの土地にも渡り鳥が飛来するものでもない。
冬の訪れの指標は衣服かもしれない。寒さが増すに応じて、長袖のシャツを着るようになり、厚手の上着に切換え、さらにコート類なども着て、マフラーを首に巻いたりする。それでも寒くなると、長袖などの下着も重ね着したり、セーターを着るようになり、コート類も厚手のものをまとうようになる。
コートを着るようになったら冬なのか、長袖の下着を重ねて着るようになったら冬なのか、個人によりまちまちだろうが、実感する寒さが冬の指標にもなる。寒さが嫌いだからと、寒さに負けまいと抵抗して、着るものを増やさず痩せ我慢などすると、常に寒さを感じざるを得なくなるから、余計に寒さを意識するハメになる。
寒さを好む人は少ないだろうが、寒さに抗って薄着を続けても、寒さには勝てまい。寒暖などはストレスの要因になるともいう。寒くなれば寒さに負け、暑くなれば暑さに負け、雨が降れば雨に負け、風が吹けば風に負ける……でも、負けても平気だと天候に気分を左右されなくなったなら、人生の見方が変わって来るかもしれない。天気とケンカしたって、勝てる人間はいないから。
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