2016年10月1日土曜日
中国人とサングラス
日本に多くの中国人観光客が来るようになり、その姿を地方の観光地でも見かけることが多くなった。集団で歩き、活発に大きな声で話したり、女性らが原色の組み合わせの目立つ服装だったりするので、それと察しがつく。子供や老人も多く、一家眷属揃って出掛けてきているらしいことがうかがえたりする。
中国人観光客は旺盛な購買態度を示し、その購買力を受け入れ側でも期待するが、外国に出掛けることは見聞を広める機会でもある。外国旅行を繰り返すことによって中国人観光客が「自由」な世界を味わい、その価値を理解し、中国国内の国家統制の異常さに違和感を持つようになって中国の民主化につながるなら、中国人観光客は大歓迎だ(そう単純にはいかないだろうが)。
中国人観光客といえば、その中に子供も含めて揃ってサングラスをかけている家族がいたりする。日差しが特に強いというわけでもないのに、まだ小学校にも行かない年頃らしき小さな子供もサングラスをかけて、はしゃいでいたり、観光施設の中で大人も子供もサングラスをかけたままだったりするので、奇異な感じを受ける。
ニュースなどで中国国内各地の映像を目にすることが多くなったが、それらの映像を見る限り、晴天であってもサングラスをしている中国人の姿はほとんど見かけない。もしかすると、サングラスをかけるのは外国旅行での「バカンス」の時だけなのかもしれない。映画などでバカンス中の白人がサングラスをかけているのを見て影響を受けたのかなどと邪推したくなる。
白人がサングラスを常用するのは、瞳(虹彩)の色が薄いので目の中に入って来る光の量が多くなり、茶色の瞳が多い東洋人に比べて同じ光の量でも、まぶしく感じるためだという。逆に屋内の照明が薄暗くても、虹彩の色が薄い白人には十分な明るさだと感じるという。薄暗い間接照明は白人にとっては十分な明るさだが、多くの日本人には暗すぎたりする。しゃれたファッションを気取るのも楽ではない。
必要があってサングラスをかけている白人の姿を真似ていると見なすなら、中国人観光客のサングラス姿は外国旅行に出掛けるときのファッションだろう。白人が多く住む国に旅行に行った経験がある中国人観光客が、現地の人々にサングラス姿が多いことに刺激を受け、サングラスをかけてみたくなったのかもしれない。
ファンションは真似ることで伝播する。必要性は二の次で、スタイルから入る(形から入る)というのは流行の基本形だろうから、中国人が外国に旅行して見聞を広げ、「自由」な世界を知ることで、多くのファッションが中国に流入する。真似るは学ぶにつながる……かもしれない。自由や民主主義を真似ることはファッションを真似るようには行かないだろうが、中国人にはサングラスよりも必要なものだろう。
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