2017年7月8日土曜日

「このハゲぇ〜」

 「このハゲぇ〜」「違うだろ〜」などと激しく政策秘書を罵倒し、殴るなどの暴行も加えていた国会議員の姿が明るみに出た。最初に週刊誌が話題を発掘し、テレビや新聞が後追いして大騒ぎするという馴染みの構図だ。当事者以外にとっては笑える話題であり、パワハラ批判という大義名分があり、探せば他にも批判材料が出てきそうで、マスコミにとっては格好の話題だろう。

 公職にある人間には説明責任があるが、当の国会議員は説明責任を一切果たさず、隠れたままだ。弁解のしようがない行為だったと本人も気がついたか、批判されることに我慢できないプライドの高い人間なので反論できない状況から逃げ出したか、自分は間違っていないと反論するつもりが周囲から止められたか、騒ぎが収まるのを隠れたままで待つように見える。

 こういう国会議員がいることが明らかになると、議会の議論の質を高めるためには、まず議員になる人間の「質」を確保することが大切だとつい考えたくなる。だが、議員になる人間の「質」を確認するのは簡単ではなく、さらに「質」についての見方も立場によって様々だろうから、結局は主権者が選挙で、議員には適さない人間を見極め、投票しないことしかない。

 ところで、「このハゲぇ〜」という国会議員の罵倒の言葉を、音声が録音されていたこともあり、テレビも週刊誌も遠慮なく使っていた。社会的にもハゲという言葉は遠慮なく使用されている。一方では、容姿や外見を揶揄したり、笑ったり、貶めるような言葉は慎むべきとされ、チビとかデブ、ブス、出っ歯などの言葉はあからさまには使われない。

 ハゲという言葉が社会的に使用が容認され、面白がって使われているのはなぜか。ハゲの対象はほぼオジサン(中高年男性)だから、社会的弱者と見なされないのかもしれない。だが、社会的立場などに関係なく、ハゲという言葉は個人に向けて嘲笑や罵倒などに使われるのだから、個人の尊厳を尊重するという意識があるなら、ハゲという言葉の使用はためらわれるはず。

 ハゲと言われたことで傷害事件になったという話は聞かないし、居酒屋などでハゲとからかわれた当人が笑って済ます光景も珍しくない。ハゲと言われた当人が怒りだしたり、相手を咎めたりせず、照れ笑いで不快感を誤魔化したりすることも、ハゲという言葉の使用を許しているようだ。ハゲと言われた人々が不快だと主張すればハゲという言葉は使用しにくくなるだろうが、ハゲに引け目があるのかハゲの当人はハゲという言葉を放置する。

 この社会がハゲの人に対するハゲという罵倒や嘲笑を容認しているのだから、「このハゲぇ〜」と政策秘書を罵倒した国会議員は、人間の「質」としては一般人と同等なのかもしれない。つまり、この社会では議員に不適格ではなかった? ハゲという言葉は、使用する人間や社会の「質」を表すものでもあるようだ。

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