英ケンブリッジ大学出版局が中国当局の要請に応えて、中国研究誌サイトに掲載された文化大革命や天安門事件、チベットやウイグル等の民族問題、台湾問題、民主主義などの315論文への中国国内からのアクセスを遮断した。世界的に高名な大学が政治に屈し、地理的に遠い中国政府の影響力が及んだことを示した。
報道によると同出版局は要請に応じた理由について「他の出版物や学術記事が中国国内で閲覧できる状態を確保するため」と説明した。同出版局の子ども向け英語教材の販売が中国で好調で、要求に従わなければ中国での業務全般に悪影響が出ると警告されたそうだ。警告されて従う行為は、権力に頭を垂れる姿である。
同出版局は、今後も中国国内で他の学術資料にアクセスできるようにするため中国当局と北京で協議を行うまでの短期的な措置だったと説明した。だが、遮断という行為の重大さを認識していたなら、「少しの間だけだから」と簡単に踏み切れるものではあるまい。協議前に環境整備に動いたと見られても仕方がない行為だ。
英ケンブリッジ大学が中国の経済力に屈したとの国際的な批判が高まり、同大学は態度を一変、中国国内からのアクセス遮断の措置を撤回した。声明を出して「学問の自由は最も重要な原則だ」と強調したそうな。どこかに隠していた最重要な「学問の自由」原則を引っ張り出して、自らを正当化して見せた。
国際的な批判が高まると、あわてて学問の自由を掲げてみせた同大学だが、その内実が今回の遮断措置で世界にさらけ出された。学問の自由とは、同大学の都合によって無視することもでき、また、誇らしく掲げることもできる。つまり、普遍的な理念ではなく、方便にすぎなかった。
もしかすると同大学は、市場としての重要性が増す中国で、1党独裁で抑圧が強まる国内には学問の自由はないから、学問の自由を今の中国人に認めてあげなくても、中国国内の研究実態は変わらないと中国からのアクセスを遮断したのかもしれない。
これは英国人流の合理的な発想か。過去の植民地支配でも英国は、民主主義や諸権利などを植民地の人々には享受させず、収奪するだけだった。皮肉っぽく見るなら英国人は、自由や権利、民主主義などは人々が闘って勝ち取るしかないと認識していて、抑圧されたままで生きる人々には同情しないのかもしれない。そうした考え方は、植民地支配者としての自己正当化に都合がいい。
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