トルコ軍がシリアに侵入して攻撃を始めた。攻撃の対象は、クルド人を中心としたシリア民主軍(SDF)だ。SDPはアメリカの支援を受けて、ISIS掃討において地上戦での主力となっていた。SDFはシリアで反政府勢力とされるが、ISISに目標を絞って攻撃していたとみられている。
イラクやシリアでのISISはほぼ壊滅されたとみられるのに、なぜ、トルコがシリアに侵入してSDF攻撃を始めたのか。それは、シリア北部のトルコ国境地帯にSDF主体の3万人強の警備部隊を創設するアメリカの構想が明らかになったため。
ISISを掃討してシリア北部を押さえたSDFが、アメリカの承認のもとで新たな警備部隊に衣替えすることは、クルド人勢力がシリア国内でトルコ国境沿いを支配することが承認されることでもある。トルコは、SDFの人民防衛隊(YPG)などクルド人民兵部隊がトルコ国内のクルド労働者党(PKK)とつながっているとし、警部部隊が発足する前にクルド勢力の拡大を阻止しようとした。
1990年にイラク軍がクウェートに侵攻し、国連安保理はイラク軍の即時撤退を求め、やがて多国籍軍が結成され、イラクに対する攻撃を始めた。しかし今回のトルコ軍のシリア侵攻を国際社会は黙認している気配だ。それは、第一に攻撃目標がクルド勢力と限定、第二にシリアは分裂状態、第三にトルコと決定的に敵対することを各国は望まない。
トルコ、シリア、イラク、イランなどに広く住むクルドは、ほかの民族や国家から都合よく利用され、また、切り捨てられる存在である。イラクでもクルド人自治区が独立に向けた動きを強めたが、イラク政府軍に制圧された。クルド人部隊が頑張ってISISを掃討し、「分け前」を要求したなら、すぐに拒否された格好だ。
独自の国家を持つことに失敗し続けてきたクルド人。第一次大戦で諸帝国が解体して多くの国家が誕生し、第二次大戦後には植民地の独立が相次いだのに、なぜクルドの民族自決は達成されないのか。各国に分かれて住むために民族としての統一した意志が示されにくく、国家の主体になるには民族としてのまとまりが足りなかったからか。
現在のイラクやシリアなどの国境線は、かつての英仏の植民地の境界であり、そんな国境線の無効をISISは主張した。そのISISの掃討に尽力したクルドが、イラクやシリアの国境線で分けられ、それぞれの国境線の内側に押し込められているというのは皮肉だ。
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