北陸地方では大量の降雪が続き、積雪量は福井市で平年の7倍以上の140cmを超え、金沢市も平年の約6倍になった。除雪が追いつかず、国道8号では最も多い時に約1500台が約10キロにわたり立ち往生し、60時間以上も移動できなかった車両もあった。雪下ろしや除雪中の事故も相次ぎ、物流もマヒするなど影響は大きい。
福井市では24時間降雪量が最大66cmにもなったというが、このような集中的かつ大量の降雪では、除雪体制が整っている北国の都市部でも、除雪しても次から次と雪が降ってくるのだから、除雪が追いつかない。個人が行う自宅前の除雪も、いつまでも終わりが来ない様相になる。
この大雪は1981(昭和56)年の「五六豪雪」以来、37年ぶりの大雪とされる。五六豪雪では日本海側で大雪となり、山沿いで降雪量が100cmを超え、着雪や強風による送電線切断や鉄塔倒壊が相次ぎ、漁船の遭難被害も多発、高山や福井では積雪が100cmを超え、山間部では300cmを超えた(気象庁サイト)。福井市や敦賀市の積雪は最大で196cmに達したという。
雪の重みによる住宅倒壊などの被害が相次ぎ(全壊165棟、半壊301棟)、全国の死者は133人、行方不明19人、負傷者2158人と甚大な被害をもたらした。鉄道の運休などによって孤立する集落が多かったともいう。大量の降雪は大量の降水量でもあり、床上浸水732棟、床下浸水7365棟などの被害も生じた。
世界でも降雪量が多い日本で豪雪は繰り返し起きている。例えば1963(昭和38)年の「三八豪雪」。約1カ月間、北陸地方を中心に東北から九州にかけて広い範囲で降雪が持続し、平野部での降雪が多く、最深積雪は福井213cm、富山186cm、金沢181cm、長岡318cmになった。 除雪が追いつかず鉄道も道路も機能を失い、孤立する集落が多数でた(同)。
九州でも断続的に雪が降り、日田で39cm、阿久根で38cmなど平野部でも積雪が30cmに達し、山間部では100cmを超え、交通障害や通信障害、停電、農業被害が多く発生した。2月になると雪崩や融雪による洪水が発生した。全国での被害は死者228人、行方不明者3人、負傷者356人。住家全壊753棟、半壊982棟。床上浸水640棟、床下浸水6338棟。
特別な名称はついていなくても豪雪は珍しくなく、例えば十日町では戦時中の1944(昭和19)年に「一晩に1丈5尺(4m半)も積もったの。汽車は3カ月も止まったし、食べものもなくなって」(『聞書 庶民列伝<上>』竹中労著)、1938(昭和13)年には雪の重みで劇場の屋根が落ち「死者69名、負傷者92名を出すという大惨事」「敗戦の年の雪地獄は、積雪4.25m、冬中の新雪の累計は驚くなかれ21m」(同著)と過酷だ。
豪雪による死者数や住宅倒壊数などは以前に比べて少なくなったが、交通や流通網などへの影響は大きい。都市部が豪雪に見舞われるとマスコミの扱いは大きくなるが、北国では毎年、どこかが豪雪に見舞われている。豪雪への備えは除雪の体制を整備することであろうが、豪雪は定期的にあるものと考え、豪雪に強い交通環境を構築するなどインフラの見直しが必要だ。
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