2015年7月15日水曜日
緊縮の苦しさを知っているはずのドイツ
第1次大戦後に敗戦国ドイツは、船舶や物資等の現物賠償のほかに国民総所得の2倍以上にもなる多額の賠償金を戦勝国から課され、外貨で支払うことを強要された。国内ではハイパーインフレとなり、人々の生活に大きなダメージを与え、通貨マルクが暴落したことで、賠償金の支払いは困難を極めた。
さらに世界恐慌もあって経済はさらに落ち込み、企業の倒産が続き、失業者が溢れ、ドイツは賠償金を払うことができなくなった。生活に苦しむ人々は、共産党なども支持したが、一方で大衆政党のナチスの台頭を助けた。やがて政権を掌握したナチスは賠償金の支払い停止を宣言、ナチスはヒトラー独裁体制を構築して、軍事的な膨張を始め、第2次大戦が始まる。
第1次大戦後のドイツと現在のギリシャには、経済が大打撃を受け、失業者が溢れ、人々の生活が厳しい中で、外国への多額の支払いを行わなければならない等の共通点がある。外国への支払いといっても、ドイツは敗戦国に課された賠償金であり、ギリシャは自分でつくった借金という違いはあるが、現実に支払いが不可能であることでは似ている。
冷ややかに見れば、第1次大戦後のドイツも現在のギリシャも、外国への多額の金の支払いで窮しているのは自ら招いた結果だ。どんなに人々の生活が苦しかろうと、自分たちが選んだ政府による政治の結果なのだから、主権者としての責任がある。とはいえ、主権者の責任として、自分らの生活が破壊されることまで人々は甘受しなければならないのかという疑問は残る。
生活に苦しむ人々は政治を変えようとする。第1次大戦後のドイツの人々はナチス政権を選び、ギリシャの人々は反緊縮財政を掲げる急進左派連合を選び、新たな政府に期待した。状況が似ていれば、どこの国の人々も似たような行動をとるらしい。外国への多額の支払いに国内経済が押しつぶされ、窮乏する人々のことを過去の経験から、よく理解できるのはドイツ人のはずだ。
第2次大戦で敗戦国ドイツが多額の賠償金を課されなかったのは、困窮した人々がまた、ナチスのような政権を選ぶようになることを避けるためだった。第2次大戦後にドイツが多額の賠償金を課されていたならば、今日の経済大国ドイツはなかっただろう(EUやユーロもなかったかもしれず、ギリシャ危機もなかったかもしれない)。
現代のドイツの人々はギリシャに批判的だという。自分たちが稼いだ金が、「働かない」ギリシャ人のために使われることに反発するのだと伝えられている。韓国などはドイツを「歴史認識問題」の模範として日本批判の時に持ち出すが、その模範のドイツがギリシャに対しては、自らの過去の歴史を封印しているように見える。ドイツが模範になるのは、対ナチスに関わる歴史認識に限定されるのかもしれない。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿