2015年10月28日水曜日

暴力の応酬を正当化


 エルサレムの旧市街にある神殿の丘は、古代ユダヤ王国の神殿があった場で、古代神殿の壁の一部が残っており、それは「嘆きの壁」と呼ばれ、ユダヤ教徒の聖地とされる。キリスト教徒にとっても聖墳墓教会などがある聖地であり、さらに、ムハンマドが昇天したという「岩のドーム」「アルアクサーモスク」などがあって、イスラム教徒の聖地でもあり、現在はイスラム教徒が神殿の丘を管理している。

 共通の神を信奉するが、信じる預言者が異なる3宗教はしばしば鋭く対立、神殿の丘をめぐっても緊張は続いてきた。神殿の丘でユダヤ教徒とキリスト教徒が宗教的な儀式を行うことは禁止されているが、2000年にイスラエルのシャロンが神殿の丘を訪問したことがインティファーダにつながり、平和共存を目指すキャンプ・デービット合意は事実上破棄された。

 エルサレムはイスラエルの支配下にあるので、ユダヤ教徒による礼拝を認めるよう求める訴えがあり、さらには神殿を再建しようとの動きもくすぶるが、いかなる現状変更にもイスラム教徒側は反対する。神殿再建などが現実的な動きとなれば、イスラム教徒側の反発は大きく広がり、戦争につながることも懸念される。一方でユダヤ教徒の過激派などが神殿の丘を訪れたりする挑発行為も続く。

 今年に入って、ユダヤ人入植者によるパレスチナ人殺害事件があって緊張が高まり、暴力事件が各地で頻発するようになり、9月にはイスラエル政府がアルアクサーモスクの周辺を封鎖したことで、抗議するパレスチナ人と治安部隊が衝突し、多数の死者を出した。パレスチナのデモ隊に対する銃器の使用基準を緩和し、イスラエル治安部隊が過剰に武器を使用しているとの批判もある。

 躊躇なく武器を使用する治安部隊に対して、武器を持たないデモ隊は無力だ。デモ隊側が武装すれば、それは内戦になる。パレスチナ人がユダヤ系市民や警官らを刃物などで無差別に襲撃するケースが相次いでいるというが、個別の「報復」を行わざるを得ないほど、精神的に追いつめられている状況なのか。そうした「怒り」が組織化されればインティファーダの再燃も懸念される。

 イスラエルの内外では「建国」以来、緊張が絶えることがない。平和共存を目指す政策は、常に内外で勃発する衝突事件などによって脇に追いやられてきた。現実に衝突事件が勃発するから強硬な施策が人々に支持されるのであろうが、社会的な緊張を常に高めてきた結果として衝突事件が勃発している面もある。

 共通の神を有するのに、傷つけ殺し合う人々。熱心な信仰が、精神を豊かにするのではなく、暴力の応酬を正当化するための支えとなる。むき出しの暴力が容認される社会だから、宗教の存在意義が高まっているのだとすれば皮肉だ。そんな社会で、神に熱心に祈ってみたところで、精神の平安を得ることはできるのだろうか。

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