金正男氏殺害事件でマレーシアの捜査当局は連日、判明した事実を発表し、それが世界で報じられている。それに対して北朝鮮の大使館も当初、会見したりしていたが、そこで発表したのは彼らの主張であり、解釈であり、マレーシア当局などに対する批判だった。
事実と解釈は根本的に異なる。事実とは、客観的に判明した改変できない事柄であり、立場を超えて共有される認識となる。立場により事実の様相も異なるならば、それは限定的な事実認識であり、事実から選び出された1面であったりする。
一方、解釈は主観により事実を再構成したものだ。細々とした事実の羅列よりも全体の構図が分かりやすかったりするので解釈は重宝されているが、都合のいい事実だけを選び出したり、事実認識に主観をまぶしたりすることは珍しくない。多様な見方を知るために、他人の解釈は参考になるが、解釈をそのまま事実と受け止めることには注意が必要だ。
事実よりも解釈を尊重する姿勢を強く打ち出しているのが大統領を始めとする米トランプ政権だ。メディアが報じるのはフェイク・ニュースだなどと強く批判を続けている。しかし、メディアの代わりに政権側が事実を伝えるかというと、そうもいかず、政権側の主張や解釈を言うだけにとどまっている。
事実を扱うことについてはメディア側に一日の長があるから、客観的な事実認識を争うならメディア側が有利だろう。だから、大統領報道官が記者懇談に「参加させる」メディアを選別したり、気に入らないメディアの報道にはフェイク・ニュースだとのラベルを張り付けようと一生懸命になる。
事実と異なるからフェイク・ニュースだと批判しているのではなく、政権に都合が悪い事実だからフェイク・ニュースだとしてメディアへの信頼を揺るがそうとする戦略にも見える。トランプ氏は「敵」を設定し、容赦なく攻撃することで選挙戦を勝ち抜いてきたが、政権はメディアを当面の「敵」に設定した気配も漂う。
メディアが報じるニュースにも解釈がまぶしてあることがあり、フェイク・ニュースだとの政権のメディア攻撃に現実感が全くないわけではない。そこに政権側の付け入るスキがあり、メディアを「敵」に設定して騒ぎを大きくし、批判し、闘い続ける姿を見せることで、一定の支持は維持できるという計算かもしれない。
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