疫病が流行したり、地震や水害、津波などが発生したり、暴風や雷雨に見舞われたり、日食などに遭遇した古の人々は、怨霊と結びつけて祟りが災いとなって現れたと解釈したという。現在では、疫病の流行や天変地異などにはそれぞれ原因があり、発生するメカニズムも解明されているから、怨霊の祟りの出番はなくなった。
しかし、怨霊信仰が否定されると、例えば、崇徳天皇、菅原道真、平将門らを祀っている神社の存在の意味がなくなる。怨霊が本当に存在するかどうか定かではないが、祟りがないのなら、怨霊を鎮めるとの主張は虚偽だということになる。
祟り封じの神社が存在し続けるためには、怨霊の存在を主張し続けなくてはならず、怨霊と天変地異などの祟りを切り離す必要がある。ただし、科学が発展した現在においても存在すると信じられる祟りは、客観的な検証が不可能で、解釈で祟りだと言い張ることができるものに限られる。
それは例えば、個人の死だ。菅原道真の政敵や失脚劇の関係者らが相次いで死んだり、平将門の首塚を撤去しようとした工事関係者に不審死が相次いだりしたことは怨霊の祟りだとされる。怨霊の祟りが個人に死をもたらすかどうかは検証不可能だが、そうした主張を続けることで神社は存続できよう。
東京の富岡八幡宮の主祭神は応神天皇(八幡神)で祟り封じの神社ではないが、怨霊になって祟るゾと脅して死んだ人物が現れた。宮司を務めたことがあるというから、怨霊と祟りの関係について知識はあっただろうし、遺書ともいえる長文の文書には、宮司職をめぐる家族間の争いや姉への中傷、暴露などが書かれていたという。無念の思いを残して死んだようだ。
その文書には、「私は死後に於いてもこの世に残り、怒霊となり、私の要求に異議を唱えた責任役員とその子孫を永遠に崇り」続けるとし、一の宮と二の宮神興を出したなら「私は死後に於いてもこの世に残り、怨霊となり、神興総代会の幹事総代とその子孫達を永遠に崇り」続けると書いているそうだ。
人知を超えた存在や事象を肯定することで信仰は成立するため、怨霊や祟りを否定することは神社には難しいだろう。だが、今回の怨霊宣言を神社は肯定できまいから、真の怨霊は極めて限られているとして、今回の怨霊宣言は死んだ男の妄想に過ぎないとでも否定するしかない。
でも、今回の怨霊宣言は神社にとってビジネスチャンスといえる。もしも関係者に変事があったなら、怨霊の存在を匂わせて神社の存在意義を強調できようし、なんの変事も起きなかったとしても、祟り封じが成功したのだとして神社の存在意義を強調できる。怨霊の祟りがあってもなくても、神社の商売に利用できる。
0 件のコメント:
コメントを投稿