2024年7月31日水曜日

スポーツとルール

  パリ五輪の体操女子代表の宮田笙子選手(19)が、喫煙と飲酒の発覚により代表を辞退した。成人年齢は18歳となったが、喫煙・飲酒は20歳以上という法規制は残っており、体操協会の行動規範では、日本代表として活動するときは20歳以上でも飲酒・喫煙は禁止となっていることから、代表辞退は当然と世間は受け止めたようだ。

 一方、「問題だったが、代表権を奪うほどではない」とか「厳重注意のうえ反省文を書かせれば良いことだ」「些細なことで19歳の夢を潰すのか」「成人しても煙草、酒がダメなままなのが理解できない」「ドーピングではなく犯罪でもないから、出場停止は過剰な罰だ」「投票権も持つ19歳の体操選手が喫煙で代表辞任に追い込まれる異常さ」などと五輪代表辞退に疑問や異議を唱える反応も報じられた。

 五輪代表選手としての重圧があったであろう19歳に同情する声や代表チームのコーチらの選手管理の責任を問う声なども上がったが、飲酒・喫煙は禁止という明示されていたルールを破った当人が悪いと受けとめた人が多かったようで、賛否両論が激しく衝突することは続かず、開幕したパリ五輪の話題に隠れてしまった。

 スポーツにはルールがあり、選手がルールを守ってプレーすることは義務であり、違反行為にはペナルティーが課せられる。例えば、19歳だからとサッカー選手が手を使ってボールを動かしてもいいとなれば競技は成り立たないだろうし、体操競技で19歳だからと着地で大きく動いても減点しないとなれば競技が歪むだろう。側から見ているとスポーツのルールには不合理なものも見受けられるが、それぞれのスポーツのルールをプレイヤーが遵守することは義務だ。

 だが、社会では多少のルール破りは大目に見られることもある一方、厳しく咎められることもあるなど状況次第で責任の問われ方は変わる。ルール破りが見つかれば批判されたりするが、見つからなければ問題にはならない。20歳未満で飲酒・喫煙している人はいるだろうが、見つからなかったり、周囲の大人が甘かったりすると容認された状況になる。

 ルールは人間が決めたものであり、スポーツのルールでも社会のルールでも現実に合わなくなったり、ルールを守ることによる弊害が大きくなったりしたなら、変更することができる。だが今回の代表選手辞退を受けて、法を変えて飲酒・喫煙の年齢制限を18歳以下にしろ等の主張は希薄で、現行の飲酒・喫煙ルールの是非はほとんど問題視されていない。

 スポーツに大金が絡むようになり、スポンサーの意向もあってか世界のテレビ視聴者に分かりやすくするため多くのスポーツでルール変更がなされた。時代の変化に合わせてルールに問題があれば変更するのは当然だが、現実には社会でもスポーツ界でもルール変更は簡単ではない。特に、決められたルールは守るのが当然で、ルールを決めるのは自分たちではないとする人々が多数の社会では、ルールに不満があっても我慢することが要求される。「みんな我慢しているんだから、おまえも我慢しろ」と。

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