2024年10月16日水曜日

開放的な人

 開放的と見られる人がいる。開けっぴろげな人物で自分を包み隠さないというイメージで、何でも思いついたことをすぐ言葉にし、会話を弾ませる。時には、発言が不適当で批判されたりすると、自説に固執することなく、納得すると批判を受け入れ、さらに会話を発展させたりする。

 開放的な人は楽観的な性格だと見られる場合もあって、周囲の人から親しみを持って遇される。逆に、何を考えているのか分からない人は閉鎖的な人物と見られ、あからさまな警戒感を持たれたりはしなくても周囲からは距離を置かれたりし、周囲からの親しみを得ることに苦労したりする。

 他人を分け隔てなく受け入れると感じさせることは開放的な人物の条件だ。自分が気に入った人だけを受け入れることは誰でもやっていることだが、どんな人物であれ受け入れることは誰にでもできることではない。他人の肯定的な部分を受け入れ、否定的な部分を批判・拒否することも誰でもやっているだろうが、否定的な部分をも受け入れることは簡単ではないだろう。

 誰であっても他人を受け入れることは、好き嫌いがないことではなく、また、嫌いな人を笑顔をつくろって我慢して受け入れるのではない。考えや感情が自分と他人は異なることを自明とし、ことさら意識しなくても、自分とは異質な他人の存在を容認する。開放的な人は他人の目にさらされても動じない自己を持っていて、そんな自分と異質な他人の存在を認めるようにも見える。

 自分の思ったことを素直に言っているようなイメージも開放的な人物にある。他人の感情などに配慮して、自分が言いたいことを言わないのではなく、思ったことを言葉にしているイメージだ。言いっぱなしの人もいるが、相手の反応により言い換えたり修正したりといった気の使い方をする人もいる。

 こうした開放的な人物のイメージは類型的なものであるかもしれない。開放的に装うことは可能であり、周囲に人がいる時にだけ開放的な人物になってみたり、本音を隠したまま気軽な話題について開放的に振る舞ってみたりと、時と場合によって開放的に振る舞う人や、仲間内でだけ開放的になる人は珍しくないだろう。

 心の内を全てオープンにしているように見える開放的な人物にも、いわゆる素の部分が心にあるだろうが、それは見せない。1人になった時には素に戻るのかもしれないが、それを人前では決して見せないのが開放的な人物に見える秘訣か。開放的な人物とは誰かという問いは、誰が開放的に見えるかという問いである。

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