中国は9月に北京で抗日戦争勝利80年記念式典を開催し、軍事パレードを実施する。習国家主席が重要演説を行うと報じられ、9月3日を抗日戦争勝利記念日と定めている中国は終戦80年を勝利から80年として大々的に内外にアピールする予定だ。ロシアは5月にモスクワで対独戦勝記念日を祝う式典を開催、軍事パレードを行った。ウクライナ侵攻中なので厳戒態勢が敷かれたそうだ。
中国やロシアが開催する式典は、勝者として戦争の記憶を伝承する行為・試みである。同時に、現在の政権の正統性を強調するために戦争の勝者であることを利用し、強調するとともに、勝利した戦争を賛美している。そこでは死者は敵味方に峻別され、自国の戦死者が愛国者として称賛される。敵味方にかかわらず、戦争における死者を追悼するといった姿勢は希薄だ。
一方、日本で毎年行われている第二次大戦に関する式典は、敗者として戦争の記憶を伝承する行為・試みである。報道では悲惨さが強調され、肉親らを失ったり、焼け出されたり、厳しい統制に従わざるを得なかったことなど人々がどれだけ苦しんだかが中心となる。死者が愛国者として称賛される雰囲気は社会の一部にとどまり、戦争を否定することに重点が置かれる。
勝者が記憶する戦争は肯定的に扱われ、敗者が記憶する戦争は否定的に扱われる。戦争を遂行した政権が敗戦後に人々により糾弾されて倒されることがあるように、敗者になると国家は揺らぐ。イスラエルとイランがともに「歴史的な勝利」を宣言し、戦果を強調して人心の離反を防ごうとするのは、そうしなければ政権維持がおぼつかないからだ。
日本では戦争を語り継ぐことは、苦しみや悲しみを語り継ぐことに限られる。南京陥落を祝う提灯行列など当時の人々の高揚感を語り継ぐことはなく、敗者としての戦争の記憶を毎年、新たにしようとする。敗者としての記憶を伝承する作業は、戦争に対する否定的な感情を伝承することでもある。敗者としての戦争の記憶を伝承することは、戦争放棄の「平和憲法」を支持することにつながるだろう。
敗者としての戦争を語り継ぐことだけを続けてきた日本の戦争観には歪みが生じている。日本が参加する戦争はこの80年間になかったが、世界各地で戦争は何回も起きている。それらの戦争に対し、「戦争は嫌だ」との感情的反応に終始し、戦争弱者に対する同情が現れても、休戦交渉などに日本が積極的に関与して、戦争のない世界の実現に日本が貢献するべきだ-などの世論は現れない。
語り継ぐべきものが敗者としての戦争の記憶である限り、日本では戦争に対する忌避感が蔓延するだけだ。だが忌避感は情緒によるものであるから、日本が戦争に巻き込まれた途端に世論は一変し、戦う理由がある時には戦わなくてはならないと好戦的になる可能性がある。敗者としての戦争の記憶が、次の戦争を抑止することに日本は成功してきたが、世論は一変するものであり、情緒に頼りすぎる脆さを抱えている。
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