ラーメンの食べ歩きに熱中していた友人は気が向けば、平日は仕事帰りにどこかのラーメン店に寄り、休日には午前中に1杯、昼過ぎに1杯、夕方に1杯、夜に1杯と食べ歩きを続けていたという。訪れた店を途中から記録するようになり、600店以上のラーメン店(町中華を含む)の評価・感想記を持っているそうだ。
そんな友人は65歳を過ぎ、会社勤めも辞めてラーメン店の食べ歩きを毎日できるようになったが、「食えなくなった」と残念そうに言う。たまに昼に出かけても1軒のラーメン店で食べると、お腹いっぱいになり、夕食を食べる気が起きないことが珍しくなくなったそうだ。加えて、濃厚な味には美味しさを感じることが少なくなったという。
「歳をとったということだな」と言ってやると友人は、「量を食べられなくなったのは年齢が関係しているだろうが、食べ歩き経験の蓄積で俺の味覚が洗練されて、本当にうまい店しか認めなくなったのだ」と強がる。食べ歩いたラーメン店を思い出して友人は「うまい店も凡庸な店も、時には俺の味覚に合わず、まずいとしか感じられない店もあった」が「ラーメンのまずさにも段階がある。まずいラーメンを食べることも食べ歩きの面白さだ」とする。
そんな友人はテレビの食べ歩き番組にしばしば出てくる大盛りやメガ盛りメニューを批判する。「腹がいっぱいになればいいというのは、邪道だ。俺の食べ歩き美学に反する。同じ味を食べ続ける大盛りは、仕事メシには適してるが、おいしさを求める食べ歩きでは対象外だ。たったの一口でも、これはうまいと感じさせる味に出合うのが食べ歩きの醍醐味だ」と力説する。
海鮮丼を出す飲食店が増え、テレビでは刺身を山盛りにした海鮮丼が紹介されたりするが、友人は「あれは刺身を乗っけているんじゃなくて、切り身を積み重ねているだけだ」と手厳しく、「本当においしい刺身を食べた経験のない連中が、山盛りの切り身を乗っけた海鮮丼をありがたがっている。刺身はガツガツ食うものじゃない」と冷ややかだ。
体を使って働く人々やスポーツ選手ら量を食べることが当然視される人々がいるし、成長期の若者も量を食う。「若い頃、お前は大食いだった。腹いっぱい食べる喜びを忘れたんじゃないか」と聞くと、友人は「食べ歩きを始めたのは30代後半からで、目的は量ではなく質、つまり味だ。量が目的なら、わざわざあちこちに出向く必要はない。でも、腹いっぱい食いたいという人を否定しないよ。満腹感を得ることも食事の楽しみの一つだ」。
続けて友人は「おバカな舌を持っている連中が群がるから、飲食店は堕落する。大盛りやメガ盛りメニューは量を増やすだけだから、手間隙かけて新しいメニューを増やすより簡単だ」と批判し、「食べ歩きの楽しみは味との出合いだ。大盛りメニューよりも半盛りメニューを増やしてほしいな。そうすれば、いろいろな味を楽しむことができる。けど店にとっては手間がかかる割に売り上げが上がらないので、半盛りメニューは広がらないだろうな」と話を閉じた。
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