国政選挙において、それまでの政治を容認する人々は与党に投票する人が多く、それまでの政治に批判的な人々は変化や改革を求めて野党に投票するだろう。だが、野党が変化や改革の具体的で練り上げた政策を提案をせず、政府・与党に対する批判に終始したり、崇高な理念を掲げるだけだったとしたら、主権者は野党に投票しても何も変わらないと思うだけだ。
野党は国政選挙では、それまでの政治を変え、もっと人々の生活がよくなることをアピールし、政権交代を主張しなければ野党が存在する意味がない。変化をもたらし、改革してくれそうとの期待をもたせることができない野党はいずれ主権者に見限られる。野党は、それまでの現実を変えようと具体的な政策を主張することで確かな存在感が生まれる。
野党には政権・与党の政策や政治方針などを批判し、チェックする機能が求められる。日本では自民党の長期政権が続いたこともあって、野党には現実的に政治を動かし、官僚を動かす力量が育たず、野党はもっぱら政権・与党を批判する役割だけを果たしてきた。だが、それは野党に政権を任せても大丈夫かという「頼りなさ」を主権者に感じさせてもきた。
自民党の長期政権が続く中で、野党の存在価値は自民党の「暴走」を抑えることにしかないと見られれば、選挙で野党に多くの票が集まるはずもない。自民党の長期政権を結果的に野党が支えてきた=野党は自民党の長期政権の補完勢力でしかないことを主権者はとうに見抜いたから、かつての野党第1党の社会党から続く野党勢力は退潮を続け、分裂を続け、退場していく。現状を変える力量がない野党は見放された。
米国でトランプ氏は変化を主張した。当選後に次々と、それまでの民主党主導で行ってきた政策を覆し、変化を実現させた。その変化の方向は議論の余地が多いもので、熱烈な支持層以外からは違和感を感じさせるものだっただろう。変化を強いた手法は強引で、対話や合意形成を軽視し、異論や批判を切り捨てる姿勢は独善的だが、善し悪しは別としてトランプ氏が米国と世界に変化をもたらしたことは確かだ。
日本の選挙では、減税や社会保険料の負担軽減など具体的な政策を掲げる弱小政党が増えた。具体的な政策提案を行う野党が増えたことで主権者の選択範囲は広がったとも見えるが、現実には弱小政党の議員数が多少増えたところで、1つの法案さえ独自に成立させることはできず、弱小政党が掲げる政策を実現するためには与党である自民党にすがるしかない。
自民党にすがる弱小野党は自民党の補完勢力と化す。自民党にすがるしかない弱小政党が多少増えることは、自民党の長期政権の持続を助けるだろう。つまり弱小政党が増えても政権交代は起こらず、自民党の長期政権は続く。そして、「どうせ自民党の長期政権は変わらない」と主権者は、大衆ウケする政策や排外主義、愛国主義などを煽る弱小政党に投票して選挙を面白がる。
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