2015年3月25日水曜日
実現しなかった過去
好きになった相手に振られたなど、実らなかった恋愛などの経験を持つ人は珍しくないだろう。最初に好きになった相手と結婚して、共に齢を重ねたという人もいるだろうが、いろいろな人と出会い、つき合ってみて、好きになったり嫌いになったり、振ったり振られたりして、何回かの恋愛を経て結婚生活に入るという人のほうが多いだろう。
その結婚生活が、子供にも恵まれ幸せな家庭を築いたものであれば、傍からは、申し分ないものに見える。でも、実は、昔の恋愛相手への想いを胸の片隅に秘めたまま長年暮らしてきたというケースもあったりする。別れた相手への純粋な愛情を持ち続けていたのか、未練が断ち切れなかっただけか、あるいは過去を美化して疑似恋愛をしていただけなのか。定かではない。
例えば、元気だった五十代の夫が突然亡くなり、夫が使っていた机の鍵がかかっていた引き出しから出てきた日記に、昔の恋愛相手への想いが書きつづられていることを見つけた妻は、何を思うのだろうか。子供も独立し、夫婦2人の生活に戻っていたのに、夫が死に、さらに精神的にも家庭や自分から夫が離れていたことを知らされた妻の孤独感はいや増すだろう。
実らなかった恋愛は、時が経てば経つほど、美化しやすくなる。別れて暫くは相手の嫌な記憶が新鮮で、相手を恨む気持ちが強いだろうが、次第に記憶は薄れていく。不思議なもので、だいぶ時が経ってからふいに思い出したりすると、嫌な思い出や辛い思い出は薄れ、楽しかった思い出が断片的ながら鮮やかに蘇ったりする。
記憶の一種の防御作用なのかもしれない。嫌な思い出や辛い思い出が消えずにいつまでも残っていると、人生は辛すぎるから、そうした種類の思い出は徐々に薄れ、いつしか記憶の表面からは消え去るようにできているのかもしれない。だから、穏やかに別れた恋愛相手との楽しかった記憶ばかりが蘇り、結果として過去は美化されるようになる。
しかし、実らなかった過去の恋愛相手と結婚していたとしても、幸せになったかどうかは分からない。円満な家庭を築いていたかもしれないが、一緒に暮らして初めて真の相性は分かるものであり、また、相手が病気になったり、借金や犯罪などのトラブルに関わったりする可能性もあり、結婚生活が破綻していたかもしれない。
人は、やり直すことができない1回だけの人生を生きる。多くの出会いと別れがあり、様々な分岐点で、進む方向を選択して自分の人生を築く。あのとき、あそこで違った選択をしていれば自分の人生はどんなに変わっていただろうと想像することは誰にでもあるが、違った選択をしたとしても、美化した記憶通りの素晴しい人生になったとは限らない。過去を美化して楽しむことは悪いことではないが、思い出は思い出の引き出しの中にしまっておくことも悪いことではない。
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