2015年12月16日水曜日
悲観的になることと加齢
永六輔さんのラジオ番組ではいつも野坂昭如さんからの手紙を紹介していた。その手紙は、世相を斬るといった内容が多かったが、柔軟で個性的な独自の視点からの評というより、子供の頃に戦争に巻き込まれた体験をベースに、世の中は悪くなっているゾと警鐘を鳴らす類のものが多かった印象だ。
野坂さんは病気のため自由に外出できなくなっていたそうだから、世間の動きを知るにはテレビや新聞、雑誌などからの情報に頼り、病気になるまでに構築した思想・見方で判断するのはやむを得ず、新たな発想を求めるのは酷かもしれない。自由に出歩いて、多くのものを見、多くの人に会っていれば、見えて来る世界は広がり続けたかもしれないが。
野坂さんが永さんのラジオ番組に最後に送った手紙では「日本がひとつの瀬戸際にさしかかっているような気がしてならない」「戦後の日本は平和国家だというが、たった1日で平和国家に生まれ変わったのだから、同じく、たった1日で、その平和とやらを守るという名目で、軍事国家、つまり、戦争をする事にだってなりかねない。気付いた時、二者択一など言ってられない。明日にでも、たったひとつの選択しか許されない世の中になってしまうのではないか」などと危機感を漂わせていた。
気になったのは、そのような危機感を野坂さんがなぜ持ったのかということだ。日本が悪くなっているとの批判は年配者からいつの時代でもあったし、日本が戦争に巻き込まれかねないなどと反対派が批判する法案は過去にもあった。そうした諸々を野坂さんは見て来たはずだし、その後の日本を見て、有効な批判だったかどうかの判断もできたはず。
明日にでも戦時体制になりかねないと危機感を煽るアジテーションは、政権批判にしか存在意義を見いだすことができない少数野党の常套手段だ。そんな危機感を煽る政治屋と同列にできないのが作家・文化人としてのポジションのはずで、独自の視点からの批判が無くなれば野党の随伴者に成り下がり、作家・文化人を特別扱いする理由は失せる。
世の中は悪くなっていると野坂さんは感じていたのだろうから、危機感を露にして書いたのだろう。そこには、自由に出歩くことができなくなっていたり、加齢による影響があったとするのは意地悪すぎる見方だろうか。社会批評として書いているつもりが、悲観的な気分の影響を受けて否定的な側面に強く反応するようになっていた……若い頃の野坂さんなら、危機感をも面白い対象ととらえて書いたのではないか。
人は加齢につれて体力の衰えや様々な病気などの不安が増し、さらには、死を身近なものとして実感するようになったりして、悲観的になる材料が次々に見えるようになる。生老病死に悩むのは自然なことだが、加齢につれて気重になり悲観的になりがちなことを意識していないと、世の中を悲観的に見すぎていることに気づきにくくなる。
危機感を煽ることで自説を正当化する手法は珍しくはないし、深刻そうな顔をして世を憂うるポーズをしたがる文化人も珍しくない。斜に構えて、あれも悪い、これも悪いと言い立てるだけなら理性的な批判ではないが、メディアにとっては必要な時に都合よく使える存在となる。もちろん、それは野坂さんのことではない。
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