2019年8月17日土曜日

北海道の公共交通

 JR北海道は2016年に同社単独では「維持困難」とする10路線13線区を発表し、沿線自治体などの支援が路線維持には必要としたが、沿線自治体の同意を得たのは2線区で、他の路線の協議は進展していない。同社単独では維持できず、沿線自治体などから支援が得られないとすれば廃線しかない。

 協議が難航するのは、沿線自治体には資金がなく、公共交通についてのアイデアもないからだ。利用者がいない鉄道を維持するには、赤字を補填し続けるしかないが、それは沿線自治体には困難だ。だが、過疎化に拍車をかけるなどと廃線には抵抗する。抵抗する姿を見せることが目的だとも見える。

 北海道の鉄路は、冬季の低温と降雪という過酷な環境にある。隙間に入り込んだ水分は凍ると膨張し、融けると流れ去るので毎年、鉄路は傷められ、修復作業を必要とする。JR北海道は除雪作業に加え、全道の鉄路の修復が毎年欠かせないという高コスト体質なのだが、自動車の普及や過疎化で北海道での鉄道利用者は減っている。

 鉄路維持と鉄道運行を分け、沿線自治体や北海道などが鉄路の維持管理を受け持ち、JR北海道は列車の運行だけに責任を持つなら路線は維持できようが、赤字を垂れ流す構造は同じで、赤字を付け替えるだけだ。鉄路の維持管理を収益化するのは困難で、公共事業として行うしかないだろう。

 冬季の低温と降雪は道路も傷める。道路の維持管理は自治体や北海道などの責任だから、あちこちの道路で春先から補修工事が繰り返される。道路は誰でも使うことができるので道路を維持管理する公共性は高いが、利用者が減っている鉄道を維持するためだけの鉄路の維持管理については公共性が高いとは見えない。

 鉄道の廃線をマスコミは感傷的に報じ、「ありがとう」などと叫ぶ鉄道ファンの姿を伝えるのが定番パターンだ。沿線自治体も廃線に対して感情的な対応が先立つようで、廃線は受け入れられないとの姿勢を崩さなかったりする。自治体が考えるべきは、公共交通のシステムを維持することであり、移動手段が鉄道であろうとバスであろうと構わないはずだ。

 JR北海道単独では「維持困難」とする路線は、人々から見限られ、その役目を終えたともいえる。鉄道が公共交通システムの主体であった時代は、少なくとも北海道では終わったから、JR北海道は苦しんでいる。システムとして北海道の公共交通を考えるなら、バス利用の利便性を高めることに比重を移すべきだろう。

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